幸先のいいスタート
ついにメジャーツアー本選の日がやって来る。
幼き日、メジャーツアーにでも出られたら一生の思い出だなーなんて思っていたのに、14歳の現在で既に辿り着いている自体が自分でも恐ろしい。そんな選手、世界のトップしか見た事がない。
俺とリラはメジャーツアー会場の選手控室手前にある多くの選手や飛行技師の一団が滞在するロビーの片隅で、レースに備えて早めに来ていた。
「ついにメジャーデビューかぁ。なんかすごくない?明日からスカウトがじゃんじゃん来ちゃう?サインの練習しておかないと」
「冗談はともかく、今回は組み合わせにも恵まれていたし、あまりそういう話は期待しない方が良いわよ」
リラは呆れるように、自分の目の前にポップさせている空間映像を眺めながら、俺のボヤキに突っ込みを入れて来る。
分かってますよぉ、リラ先生。
でも、スポンサーが付きやすくなってくれると嬉しいでしょう?
「ところでさ、リラ。何を見てるの?」
「……昔の映像よ。アンタには関係な…」
俺はリラの出している映像をのぞき込むように見る。
そこには一つのレースのダイジェストが映し出されていた。
茶色いセミロングの髪をした綺麗な女性飛行士がいかつそうな重力光剣を持つ男性飛行士と戦っていた。
女性飛行士の方が優位に進めていた。
だが、男性飛行士の近接攻撃にぶつかり、女性飛行士を斥力フィールドへ抑え込んで、顔面や防御する腕やらを関係なく殴って殴って殴りまくっていた。
最後は女性飛行士が、血まみれになって腕を変な方向に曲がった状態で地面へと落下していく。
あまりにも凄惨なレースだった。
「…これって、もしかして……ミハイロワ養護施設の……その、リラの姉貴分だったっていう…」
「レティシャが参加したチャレンジツアーのレースよ。10月にあるユニバーサルオープンのプレ大会ね」
「ああ……。相手は完全に確信犯じゃないか?」
「一応、相手の反則負けになってるんだけど」
「そ、そうなんだ」
反則負けじゃなかったら怖いレースだ。フィロフィアカジノの舞台だったとしても、ここまで露骨な攻撃はそうそうみられない。
「でもね、以来、レティシャはレースを恐れるようになって、全然勝てなくなった。唯一の自信だったエアリアルレースで勝てなくなって、塞ぎ込むようになったのよ。このレースで私の夢はぶち壊された。レティシャは高所恐怖症になって、相手と向かい合って戦う事さえ恐れるようになった」
「ぬ」
「そういう意味じゃ……どっちもダメなレンが当時のレティシャと同じ年ごろなのに、その上の舞台に立とうっていうんだから、分からないものよね。あの頃、今の私がいたら、レティシャは思い詰めて自殺なんてしなかったんじゃないかって思ったりするんだけど。だってほら。もっと才能がない、殴られるのも高いのも怖いレンと組んでここにいるんだから。自信をもってレティシャに声をかけられたと思うのよ」
「その事があったから今のリラがいるんだろ?ガキだった俺らに何が出来る」
その過去があったからこそ、リラはフィロソフィアに渡り、テロの事故によってフィロソフィアに落ちてしまった俺と出会ったんだ。
俺と出会わなければ、人生の中で高所恐怖症の飛行士と組むことなんてそうそうないだろう。
そもそも、俺だって命が掛かってると勘違いしなければ、あの状況でレースに出ようなんて思いもしなかった。
「やっぱりさ、そういう過去から逃れられないのかな」
「ん?」
「レティシャの対戦相手の所属よ。コバチェビッチラボってあるでしょ?」
「あー、うん。そういえばカジノハビタットの研究所か何かみたいだね。………ん、あれ?」
どこかで聞いた事があると思ったら、カイトの所属がコバチェビッチラボだった。
「気付いた?……あんたの幼馴染の所属している場所よ」
「って、待て。じゃあ、何か?………故意に潰されたっての?」
「分からない。でも………変な事件が多いのも事実なのよ、この所属チーム。飛行技師も幾人かいるし、所属する飛行士はカジノハビタットで戦う賭博飛行士ってのは基本変わってないんだけど。つまりさ、そういう事なんだよ」
リラは悔しそうに顔をゆがめる。
まさかかつてレティシャさんの自殺の原因となるエアリアルレースでの事故が、よもやカイトが現在所属している場所の飛行士によるものとは思わなかった。
「この10年で10人の飛行士が100回以上ものレースに出てる。エリアス・金はチャレンジツアーに10回出場して7度優勝。1度は反則なく相手を殺害して次のレースを辞退。他の2度は相手を大怪我させて反則負け」
「……知ってる。反則がなければトップ飛行士にもなれるって評判だし。カジノ出身で荒いせいだとか。実際はどうだか分からないけど」
荒い飛行士が多いだけ、なのだろうとは思う。だが、今回は露骨に殺人をするという話だ。
今まで、狙ってやったのかどうかは不明だ。
「それだけじゃないのよ。どうも抑制が利かないってのも嘘じゃないみたいなのよ」
「どういう事?」
俺は首を傾げる。リラは真剣な顔で俺を見る。
「王子殿下に言われて調べたのよ。反則負けの1回は、大規模犯罪シンジケートを摘発した刑事の子供だった。その後、その刑事は職を辞しているらしいわ」
「………つまり……トップ飛行士の実力があるのに、テロリストの一味として公の舞台でそういう事をしてるって事?」
「ええ。そしてもう1試合の反則負けは有望な若手選手で、再起不能にしてるんだけど」
「それも何か政治的な何かが?」
俺の問いに、リラは首を横に振る。
「その次の対戦相手がカジノハビタットに政治的圧力をかけていた政治家の孫だったけど」
「お、おい」
「つまりさ、狙いとは別の相手にプッツン来てやらかす奴なのよ」
「ま、マジか?」
「だから辞めようかって言ったんじゃない。しかも、今回は……人を殺せる武器を調達してるかもしれないのよ」
リラの言葉に俺の腕には一気に鳥肌が立つ。
対戦する相手は飛行技師がカイトだという事だけしか考えてなかった。殺すつもりでやるのは次の相手、自分を殺そうとはしないと思ってた。
だが、相手が理性的に来た場合だけだ。もしかしたら、プッツンと切れて、俺を殺しにかかる可能性もあるんだと言う事実に思い至る。
だが、俺は不安そうなリラをさらに不安にさせる言葉だけは吐けなかった。
「………大丈夫だよ。対策は練ってきたじゃないか。ファントムが初見って部分はあるけどさ。それに……別に命がけのレースは初めてって訳じゃない。フィロソフィアカジノでも相手を殺すくらいで突っ込んでくる飛行士と何度も戦った経験はある。でもおれはこうして生きてるからね」
「…そうね」
「今日も頼むよ、相棒」
「分かってるわよ、相棒」
俺とリラは互いに笑い合い、拳と拳をぶつけあう。
***
ついにレースが始まろうとしていた。俺はエールダンジェを身につけて、リラと並んで競技場へと立つ。
血の五月事件から4年9か月が過ぎた。
俺達は道を違えてしまったけど、今、こうして世界一を決めるスーパースターズカップと同じレース場で、メジャーツアーという大きい場で向かい合っている。
俺の立つ向かい側には二人がいる。カイトの横に立つのはエリアス・金。茶色い髪を後ろに撫で付け、鋭い双眸をこちらへと向けている。腰のホルスターには重力光剣が入っている。
逆に、俺は今大会では重力光剣を腰のホルスターから外していた。使わないものを持っていても意味がないからだ。
それにしても、本当に競技場を挟んだ先にいる選手は人殺しなんかをするような選手なのだろうか?
「カウントダウンが始まったか。じゃあ、行きますか」
「飛び忘れて出たりしないでよ」
「やだなあ、リラ。もうしばらくそんなアホな負け方してないでしょ。大丈夫だってば。今日は調子が良いんだ」
カウントダウンが1桁に入る。
俺の集中力は一気に高まって来る。世界がモノクロームな世界に変わり、歓声は消え、競技場の形と対戦相手だけしか見えなくなる。
そう、今日は調子が良い。
何が来ても負ける気がしなかった。
カウントダウンがゼロになる。同時に俺はアクセルを握り、赤い光翼を広げ、競技場右方向へと飛び出す。
互いに距離を取り、俺は重力光拳銃を撃ちながら相手を追う。
相手は無名ながらも出場しているチャレンジツアーの全てを優勝か反則負けか出場辞退で終わっているキャリアの持ち主。俺と同じメジャーツアー初参戦だが、俺と違って優勝候補に名をつられている。
さすがに俺の下手糞な遠距離からの射撃では当たる気配さえ感じさせない。競技場が普段より広いのでいつもなら200メートル程度だが、今回は400メートル以上ある。いつも通りの飛行戦闘へ持っていかないと勝負にならないようだ。
俺はフルスロットルで加速させて距離を詰めようとする。
だが、相手の機体は俺よりも更に速く進む。エリアス・金の機体はジェネラルウイング社製スティンガー319、最新型プロ用汎用機体。こっちの使っている機体はワイルドアームズ社製クリムゾン318、近年は技術が頭打ちで10年くらいでは機体性能差は変わらない筈だが……。
高所恐怖症による余計な負荷が加速を緩めている為か。
俺は相手が背後から重力光剣を持ったまま重力光拳銃を持たずに近づいてくるのを見る。腰のホルスターには重力光盾も重力光拳銃も入っているが、ここに至るまで重力光剣しか持っていない。
つまり、飛行と重力光剣だけで俺を倒すと?
過去の調べたレースでは盾も使っていたし銃も使っていた。これは完全に舐められていると感じる。
徐々に近づいてくるエリアスは俺が射程に近づくと同時に、一気に加速して重力光剣を握り襲い掛かって来る。
なめるな!
俺は蛇行で相手の攻撃範囲から小刻みに避けつつ、相手が一気に近づこうとすると、急旋回して攻撃から避ける。そして再び相手と距離を取る。
だが、エリアスもしっかりとポジションを取っていた。俺は500メートル半球のボトム端部に押し込めていたからだ。当然だが、俺も把握していた。そこからさらに折り返してエリアスと擦れ違い戦になる。
基本的に体を不規則に分裂させるように見せる幻影攻撃は重力光盾を前に突き出して、前方の空気を乱し大量の渦を発生させる事で行う技だ。つまり、ファントムはない。俺は攻撃をしながら一気に擦れ違い戦へと突っ込む。
だが、こっちの重力光拳銃の攻撃をあろうことか首振りや体の向きをちょっと変えるだけでかわしてくる。
この飛行士は射撃を大きく避けるのではなく、シャルル王子同様に紙一重でかわせる技術があると理解する。
だが、相手も驚いているようだ。近接の苦手な俺が、逃げる技を使わずに逆に向かってくるように突っ込んでくるからだ。
相手のレイブレードの光が閃く。
重力光剣の軌道より垂直に体を移動させてかわしつつ、体の向きを変えたまま擦れ違い様に重力光拳銃を乱射する。
ビビビーッ
ポイントを奪ったブザーが鳴り響く。相手の右肩、右腿、頭の三カ所のポイントが落ちる。
よしっ!
幸先のいいスタートだった。相手は恐らく俺をかなり舐めていたのだろう。そのまま機体をフルスロットルで加速して距離を取る。
さすがに相手の方が速く、簡単に距離を詰めて来る。悔しいのは機体の速度がそもそも勝てていないという点だ。
シャルル王子と戦った時と似た展開になっているが、異なるのはシャルル王子の場合はあくまでも飛行戦闘で仕留めようとしている事。
今度の対戦相手は堂々と近接戦闘を狙いに来ている所だ。
今度は相手も重力光拳銃を撃って追いかけて来る。とはいえ、やはり本業は重力光剣なのだろう、そこまで射撃が上手くないようで、どうにか蛇行しながらよけつづける。
こっちも背後に向かって応戦しつつ相手の速度を遅らせる。
だが徐々に距離が詰まって来る。
これ以上詰められると相手に近接ポジションを取られやすくなると判断した時点で急旋回をすることになり、当然相手は回り込んで擦れ違い戦のポジション取りに向かう。
再び正面からの戦いになる。
相手はまだ盾を握っていないので幻影攻撃はない。
こちらも重力光拳銃を撃ちながら向かっていくが、エリアスは首をふり、正対した体の向きを捩るだけで光弾を避ける。
スピードも技術も勝ててない。それでも3点先取している。決して負けてない。もっと集中すればいい。
そのように言い聞かせて一気に相手へと飛び込む。
エリアスはそこで上に回転するように擦れ違おうとする。
前転飛びだ。
対面からくる飛行士を器械体操の前方回転で飛び越えるように見える事から、その名前が付いた近接戦闘の技の一つだ。そして擦れ違い様に重力光剣を俺に向けて振る。
俺は頭上から襲ってくる光刃を体の向きを変えて避けつつ、カウンターで射撃をする。相手の左足に光弾がかすりポイントが落ちる。これで4対0と完全にポイントでリードした。
いける!
確かに高レベルな飛行士だが、今日は本当に調子が良い。近接になっても落ち着いて対応できている。過去最高クラスの近接戦闘者にも拘らず、一番落ち着いて戦えているように感じる。
だが、相手は幻影攻撃を持っている。プロの一部リーグクラスの飛行士しか使わない技術だけに、そのレベルで戦った事の無い俺には頭で対応できても体が対応できるか分からない。
そして、相手はついに重力光剣をホルスターに収め、右手に重力光拳銃、左手に重力光盾を持ち、本格的にエアリアルレースらしい戦いとなる。
エリアスは射撃をしながら、スピードだけで俺の背後を取る。
蛇行をいれながらエリアスの射撃をかわす。だが、それはそのまま飛行のロスになる。近接へと着実に近づいてくる。
これ以上近づかれたらそのまま併走戦になると感じる。
併走戦になると一気に点数を奪われる可能性が高い。それは避けないといけないからこそ、急旋回で相手の背後を狙う。
だが相手もそれは当然理解しているので、俺の逃げ道をふさいで擦れ違い戦が発生する。
再びの擦れ違い戦。相手は右手に持っていた重力光拳銃を重力光剣に持ち替えて左手の重力光盾を前に突き出す。
エリアスの体が不規則にぶれる。残像を作って複数人にさえ見えるエリアスが俺を前方から襲い掛かって来る。
幻影攻撃だ!
この攻撃、避ける場所が一切ない。どこに逃げればいいのか分からない。だが、さすがに向こうも激しく動いていたらこっちを捕らえるのは難しいはずだ。
擦れ違う一瞬、エリアスは俺の右側から重力光剣を振るって攻撃を仕掛けて来る。明らかに盾の無い側で止めて攻撃を仕掛けてきた。
それは予想通りだった。
左に体一つ分スライドして重力光剣を避け、擦れ違い様に射撃を仕掛ける。エリアスは胸に放たれた光弾を盾で防御されてしまう。さすがに当たらなかった。
ファントムは脅威じゃない。十分対処できる。
俺は『いける』と感じる
再びの追いかけっこになる。俺はフルスロットルでエリアスとの距離を取って逃げる。背後に攻撃を仕掛けるがさすがに当たってはくれない。だが、明らかに相手がイライラしているのが分かる。
徐々にだがこちらの射撃のよけ方にも余裕がなくなって来ていた。
急旋回で振り切りやすくなっていた。
飛行戦の主導権は一気に停滞する。
俺が飛行で背後から迫るエリアスを、不規則な蛇行と相手の不意を衝く急旋回によって完全に振り回して距離を保つ。互いに攻撃が当たらない状況。
周りから見れば戦いにならないから退屈かもしれないけど、前半戦で4対0で俺が逃げ切れる展開となっている。
俺としては歓迎できるシチュエーションだった。
単純に言えばこの蛇行も急旋回も俺の大好きな基礎飛行にある技能だ。
どこまで速度を緩めずに左右に動き、切り返せるかが練習のポイントだ。シャルル王子と戦ってから息を継がずに一気に集中してやりきる練習なども加えており、スペックの上がったおかげでこの機体でもこの競技場の大きさではフルスロットルでも最高速度で飛べるようになっている。
前半終了のブザーが鳴り響く。俺は優勝候補相手にもまともにレースをして戦えていた。メジャーツアーという大舞台の初戦で4対0というリードのまま前半を折り返すのは上出来すぎるだろう。