メリッサ・フィリニア・ルヴェリア王女殿下
新暦320年2月10日火曜日。
1週間の中でもこの火曜日とは、エールダンジェの業界においては多くのセレブで賑わう特別な日でもある。
空中で争うエアリアルレースは、リーグ戦や団体戦など種々様々な形式が存在するが、最も主流なツアーレースが有名である。
そしてそのほとんどが1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝、決勝の5試合を1日ずつ消化していくトーナメント形式である。
つまり日曜日に決勝戦を行うようにツアーを組むようになっているので、1回戦は水曜日に始まる。
そして、メジャーツアーのような大規模な興行では、多くのスポンサーやメディアが関わり、開催地の都市や国が飛行士や飛行技師、そしてクラブチームなども交えて大々的に顔合わせを行なう。
つまり、メジャーツアー開催前夜は多くのセレブがやって来てパーティーを催すのだ。そして、ピンポイントなスポンサーしか後ろ盾のない俺達であっても、そのパーティーに参加する必要があった。
予選決勝で勝利すると、泊まっていたホテルに戻って全ての荷物をもってチェックアウトをする。そこから送迎に来ている客用飛行車に乗せられて、俺達が戦っていたヘラスクリスタルスタジアムの近隣にある巨大な高級ホテルへと運ばれる。
ここが俺達の今日からツアーで敗退するまで泊まる予定のホテルだ。
だが、こんな素晴らしい高級ホテルに無料で泊って良いという時点で感激ものなのだが、トップリーグの選手たちはこの手のホテルでは徹底した調整が出来ないので自分達が集まれる巨大な施設やホテルを借り切ってしまうらしい。恐ろしい話だ。
それはそれとして、セレブだらけの高級ホテルのパーティー会場にいる俺は非常に肩身の狭い思いをしていた。
「やべー、完全に場違いだ」
「レンのタキシード。スポンサーのアレスウェアが作ったからなのか、大衆用服店だから、この手の舞台だと安っぽく見えるわね」
「スポンサーさん、思い切り失敗しているよ?」
「もしかしてメジャーツアーに出れると思ってなかったのかな?何て失礼な」
リラは俺と違ってアレスウェアと契約していないので自前のドレスを着ている。薄いピンク色ワンピースドレスは暴力的なプロポーションをしたリラを学生らしい清楚な姿に見せる。いつもの如く、リラの衣装はチェリーさんのデザインしたものらしい。周りの参加者がジロジロとリラを見ているので、俺が目立たなくて何よりだ。
いや、逆に俺の女を勝手に見てるんじゃねえって言いたい。
でも、言ったら言ったで、どこから持ち込んだのかきっとスパナを取り出して俺の頭を殴るに違いない。だから決して口にしない。いつか言える日が来たら良いなぁ。
それにしても最近思うんだが、リラは俺もエールダンジェの部品か何かだと思っている節がある。だが、俺もエールダンジェの部品も精密に出来ている事を理解してもらいたい。
俺は、『叩けば直る』などという眉唾物の伝説が残る『ブラウン管テレビ』のような黎明期の映像機器ではないのだ。
だから叩かないでほしい。俺は叩いたら壊れるのだ。
俺がそんな事をぼんやりと考えていると、アレスウェアの営業さんがやって来る。地味な営業さんって雰囲気なのだが、聞けば肩書は専務さんだとか。意外に大物だった。
そもそも今回アレスウェアがワイルドカードの推薦枠を手に入れたのには理由があるらしい。
1月頃に100年前の英雄スバルの着ていたという服が王室保管庫から公に出されたのだが、それがアレスウェア製品だったらしい。しかもアレスウェアは今回のスバルカップのスポンサーの1社で、スタッフのユニフォームなどを提供していた。
予選のワイルドカードの枠はまだどこの企業が使うか決まってない状況で、アレスウェアに大会主催者から1枠が渡されたという。
だが、アレスウェアは幾人もの飛行士のスポンサーをしているのだが、既に火星にいる選手は他のレースなどの出場が決まっていた。そんな中、フィロソフィアで火星の王子に勝った飛行士を、過去に短期スポンサーを務めた事を思い出し、レース予定もないそうだったので声を掛けたそうだ。
ルヴェリア連邦王国の王室保管庫から火星の英雄の服を取り出したら、レナード君がスバルカップに出場するという謎の展開。
え、この超展開、あの王子様は読んでたの?
正直ビックリだった。
俺達はというと、アレスウェアの営業さんに連れられてあちこちとパーティー会場を歩いて挨拶をする。ワイルドカードを使う企業選定をしたスポンサーのお偉方とかである。俺がメインの筈なのに、リラにデレデレするおっさん達が恨めしい。
気持ちは分からんでもないが。
俺は立食パーティーなので、皿を受け取って軽く食事をする。
周りにはエリアス・金選手やカイトがいないので係の人間に聞いてみるが、参加の有無は分からないそうだ。
今日会えないのならば気を張る必要もなく、適当に小腹を満たそうと、高級そうな食事の置いてあるテーブルへと向かう。
他の飛行士もスポンサーやクラブスタッフに囲まれていて賑やかにしているようだ。セレブ相手にサインをしている人も見かける。火星の映画に出てた女優さんとかも多くいて、声を掛けにくい雰囲気がした。
「マイヤーさん、サインをください」
「ん、ああ、良いよ。明日のスバルカップは頑張ってね」
などと逆に飛行士が有名人にサインを貰っているケースもある。
これは俺も想定してなかった事だ。
よく見れば、あそこで飛行士にサインをしている有名人は、火星と月で世界王者に輝いた事もあるテオドール・マイヤー選手ではないか!
ジェネラルウイングでスターが多くいた時期の選手で、レオン・シーフォ、ディアナ・クナート、ランディ・ゴンザレスと同時期にいて、月の団体リーグの連覇に貢献した飛行士の一人だ。
その頃のジェネラルウイングの団体メンバーと言えば、キャプテンで飛行技師もこなす『豪傑熊』ランディ・ゴンザレス、エースにして世界一になった回数は歴代3位に名を連ねる『完全無欠』レオン・シーフォ、そして全ての飛行が見本になると言われた『教科書』テオドール・マイヤーの3人がいた。
もちろん、俺が小さい頃なので、主に父さんがビデオで何度も見せてたんだけど。
俺は個人的には近接戦闘が見ていて面白かったのでランディ・ゴンザレスの大ファンだった。父さんが飛行の美しさや全てを高度にこなすレオンに関して熱く語っていたが、俺の好んだ選手に愕然としていたのを覚えている。
プロになったらこういう過去のスターに会えるのであれば、俺もいつかランディ・ゴンザレス選手に会ってみたいものだ。
それはそれとして……テオドール選手のサインが羨ましい。くう、色紙を持って来るべきだった。
俺は一人で勝手に落ち込んでいると、何かがテタテタと俺の近くに駆け寄る姿が見える。
「わー、レナード君だぁ」
青い髪をした小さな子供がキラキラと目を輝かせて俺の方にやって来ていた。
比喩的な意味と、実際の意味で目がキラキラと輝かせて、俺の足元に小さな女の子がいた。どこかで見たことのある顔で、どこかで見た事あるようなドレスを着ている。
「ええと………」
俺の名前を知っているとは中々コアなファンなのかな?就学前くらいだろうか6~7歳くらいに見える幼女が俺を見上げている。染めた訳でもない綺麗な青髪と輝く黄金の瞳から察するに軍用遺伝子保持者なのは間違いないだろう。
すると、同じくらいの年齢の黒髪幼女が、青髪幼女の後を付いて来るように小走りにやって来る。
「お久しぶりなのです」
黒髪幼女はペコリと丁寧なお辞儀と共に挨拶をしてくる。
俺はその幼女の姿を見て思い出す。彼女はシャルル王子の膝の上に座っていた、王子の婚約者と紹介された幼女だ。
たしかサラ・シュールストロームとかなんとかいったような。
すると青髪の幼女はサラの手をクイクイと引っ張って何かを求めているようだった。
サラちゃんはそれを察したようでコクリと頷き、
「こちら、メリッサ・フィリニア・ルヴェリア王女殿下なのです」
「ああ、王女様か。どこかで見たことあると思ったけど、そうか昔ウエストガーデンに来てた時にテレビで見たからかぁ」
俺はやっと彼女の正体を思い出す。シャルル王子の妹という事もあって、王族なのになぜか親近感が湧く。
「メリッサです。ええとレナード君は、お兄ちゃ……お兄様に勝ったって本当?……ですか?」
王女様は俺を見上げておずおずと尋ねて来る。まだ丁寧な言葉が苦手なようだ。
「シャルル王子に勝ったかって?うーん……レースでは結果的に勝ったけど棄権勝利だからなぁ。内容は引き分けだったし」
「でも勝ったのです?シャルル王子はとっても楽しそうだったのです」
「すごーい」
お姫様は俺が兄に勝てたという事を伝えられて、むしろ喜んでいた。
とはいえ、こちらとしてはあまり勝った気はしない。向こうは俺のレースに合わせて戦っただけに過ぎない。形振り構わず勝ちに来たら万に一つも勝てなかっただろう。その位、実力差があった。
「お兄様はとっても意地悪で負けず嫌いなの。いつも私とゲームしても勝たせてくれないのよ」
「でもメルちゃん……じゃなくてメリッサ王女殿下も手を抜かれた怒るのです?」
「むー」
あの王子様に手抜きしてもらわないで、幼女の身で勝つというのは少々厳しいと思う。基本、あの王子様は弱点がない。調べた時の数多の分野で数々の実力を示していたほどだ。大学の名誉教授になったなんて話を聞いて冗談か何かかと思って調べたら、本当に大学のホームページに名前が載ってたし。
ちょっとおかしいんだ、あの男は。
「でも勝ちたいの。お兄様にね、メルは凄いねって誉められたいの。レナード君やゴスタさんに負けた時、お兄様は凄く嬉しそうに誉めてたなの」
「…」
確かに、自分が負けた事が嬉しそうだった。何でもかんでも見て、やってみれば超一流に出来てしまうから、何をやっても退屈なのだろう。必死に戦うという事自体が恐らく新鮮だから、勝っても負けても喜べてしまうのだと思う。
「お兄様の苦手なものって何かあるかなぁ、サラちゃん」
「んー、シャルル殿下は何でも出来るのです。…‥弱点なんてあるのかなぁ」
幼女二人は顎に指を置いてウーンと悩んでしまう。。
「シャルル王子の苦手なものじゃなくて、自分の好きなものに取り組んでみたらどうかな?」
「好きな事?」
メリッサ王女は俺を見上げて小さく首を傾げる。
「自分の大好きな事を誰よりも一生懸命やってみたらどうかな?そうしたらシャルル殿下にも勝てるかもしれない。正直、俺もエアリアルレースは得意分野じゃないと思うんだよね。でもこのエアリアルレースが大好きだから、誰よりも飛ぶのが好きでたくさん練習できるから人並み以上に上手くなれて、あの王子様に幸運もあって勝てたんだと思う。好きな事じゃないとやっぱり練習って続かないと思うんだよ」
「な、なるほど」
メリッサ王女はコクコクと首を縦に何度も頷かせる。
「シャルル殿下ならきっとメリッサ殿下が何をやっててもきっと勝負してくれると思うのです」
「じゃー、好きな事で勝負するー。…………何か好きなことあったっけ」
自分で宣言しておいて、ふと我に返り首を傾げてしまうメリッサ王女殿下。俺とサラちゃんは同時に肩を落として小さく息をつく。
まずは何かやりたいことを探しましょう。
幼女の相手をしていると今度は会場がドヨッと声が上がる。
多くのセレブたちの視線が現れた集団に向かう。
青髪の青年を筆頭に、その四方を守るように4人の男が警備についており、その近くには初老の男が2人ほどいる。
するとメリッサ王女は慌てて俺の後ろに逃げ込み、サラちゃんはササッと俺の横に立ってメリッサ王女殿下を隠す位置に立つ。
どうしたものかと思ってるとサラちゃんが小声で教えてくれる。
「あれが、フィリップ王子殿下なのです」
「あの人が?」
今回、エリアス・金選手が命を狙っているという噂の王子。
どこかのテロリスト殲滅を指示して、その報復に狙われているという話だ。シャルル殿下は嫌っている雰囲気だったが、どんな人物かはあった事が無いので何とも言いようがない。
「いつもメルちゃ……メリッサ王女殿下に意地悪な事をするので、隠してあげて欲しいのです」
「そ、そーなの?」
メリッサ王女が顔色を悪くして俺の後ろに隠れている所を見ると、意地悪をするのかどうかはともかく苦手な相手なのは分かる。どちらも現国王の孫という事なので従兄妹の筈なのだが、性格的に合わないのだろうか?
すると俺の近くにリラが小走りにやって来る。
「リラ。どこ行ってたの?」
「ちょっとね。あれ、見慣れた顔。サラちゃんだっけ?貴女はこっちに来てたの?」
「王女殿下のお付きなのです」
リラは俺の後ろに隠れる少女を一瞥して、憐れむように苦笑する。
「何が言いたい?」
「いや、……幼女には人気なのかなぁって」
「言わないでくれ。考えないようにしてたのに」
俺は綺麗なお姉さんにチヤホヤされたいのだ。決して就学するか否かという幼女にもてたいわけじゃない。
俺とリラは苦笑しあうが、そこで俺はリラが両手に持っている色紙に気付く。
「まさか、サイン用の色紙を準備していたのか?」
「だって、今日の参加者にヴィリ・レクダルの名前があったのよ。あのヴィリ・レクダルの名前が。普通にサインを貰いに行くでしょう?」
「ヴィリ・レクダル?聞いたことあるけど……有名な飛行技師も来てたんだ」
「まあ、レクダルも飛行技師王もいずれ私が越えて見せるわ」
リラは鼻息荒く断言する。
本当に強気だよなぁと心から感心する。でも、やっぱり大物飛行技師相手にはミーハーが出ちゃう辺り、機械も好きだし飛行技師も大好きなんだろう。
「お姉さん、飛行技師王を超えるの?」
目をキラキラさせて、メリッサ王女殿下はリラを見上げる。
「……」
リラは俺に『誰、この子?』みたいなアイコンタクトをしてくるので
「さっきサラちゃんが言ったようにメリッサ王女だよ。シャルル王子に勝った事があるからって俺らに興味をもってここに来たみたい」
と、答えておく。
「ああ。私はリラ。レンの飛行技師。よろしくね、王女様」
「よ、よろしくお願いします」
何故にお前がタメ口聞いて、王女様が丁寧な言葉なの?
突っ込みどころ満載な相方に俺の方が焦るのはなぜだろう。
「まあ、飛行技師やるなら、当然目指すはそこでしょう」
「お兄様が言ってたのです。60年早く生まれてたらエアリアルレースには飛行技師王がいたから、本気で挑んでみたかったって。もう伝説となった偉業を覆すなんて不可能だって言ってたのに、お姉さんはそれを越えちゃうの?」
「最終的にどうなるかなんて分からないけど、その上を目指すのは飛行技師としての義務よ。その位の気概がないとね」
「お兄様に勝った飛行技師さんは凄いです」
メリッサ王女はリラを見上げてキラキラと尊敬の眼差しを向けていた。リラもリラで調子に乗った様子で誇らしげにする。だが、自信満々に胸を張ると非常にスタイルの良さが強調されて誇らしげな双丘が大きく揺れて俺の目に毒すぎる。
俺は逆に前かがみになりそうなんですけど。
そんな中、ガラスの割れる甲高い音が響き渡る。
何事かと思って音の鳴った方向を見ると、そこにはフィリップ王子がいた。
「おいおい、何て安物のワインなんだよ。こんな三流品を私に飲ませるつもりか?」
フィリップ王子は呆れたような声で、ガラスの破片が散らばる赤く染まった絨毯を見下ろしていた。
周りはというと驚いた様子の人間、困った様子の人間、頭を抱えている人間、そして慌てて出て来る人間と様々だ。
「フィリップ殿下。困ります。このような場所で」
慌てて出てきた男はホテルの偉い人なのだろう、ホテルのユニフォームにネームプレートが付いている年配の男性だった。
「ここはどこで私は誰だ?言ってみろ、支配人」
「そ、それは……る、ルヴェリア王国、フィリップ王子殿下であらせられます」
頭を下げるホテルの人間に対して、フィリップ王子は居丈高に声を上げる。
「そうだ。私はいずれ王になる男だ。王族に連なる人間がいると言うのに、貴様らはクズ酒やクソみたいな食事を出して恥ずかしいと思わないのか?貴様らの仕事はこの私をもてなす事だろう。ルヴェリア王国民として情けないと思わないのか?」
まるで政治演説のように声高に叫ぶ。
俺はここで気付いたのだが、驚いているのは若い火星人。呆れたような視線を向けていたり、頭を抱えているのは年配の火星人。困り果てているのがホテル関係者。
どうやらこの王子様の乱行は良く知られているようだ。
「恥ずかしいのはフィリップ様です」
するとそこで大きい声で割って入るのはメリッサ王女だった。いつの間にか俺の後ろから離れていた。サラちゃんも気付いていなかったようで俺の隣でアワアワしていた。
凄い態度悪い感じでフィリップ王子はメリッサ王女を見下すようににらみつける。
「私に口出しするのはどこのクズかと思えば、フィリニアの遺伝子細工から生まれた無能じゃないか」
「それは関係ないです。ここはレース関係者が顔合わせをする場で、王族を一々もてなすような場所じゃありません。選手として出るなら最低限のルールを守るべきです。大体、この会の主催者を貶める発言は控えるべきです」
メリッサ王女は至極当然の事を口にする。
幼い子供だと思ってたけど、ちゃんと教育を受けているんだなぁと感心してしまう。俺でもあんな立派な事は言えない。
「はっ、お前みたいな王族の遺伝子さえまともに継いでいない、ただナターシャ王子妃の胎から生まれただけのガキが王族面してるんじゃねえよ」
だが、フィリップ王子はメリッサ王女を鼻で笑う。
「お兄様に何も言えないくせに」
ボソッとメリッサ王女は口にする。その瞬間だった。
ドカッ
鈍い音と共に、メリッサ王女は大きく宙に浮いて床に倒れる。
さすがに誰もが驚いただろう。俺も一瞬、何が起こったか理解できなかった。10歳にも満たない幼児を、成人になる大の男が蹴り飛ばしたのだ。
「メリッサ王女殿下!」
サラちゃんは慌てて駆け寄る。俺もそれに続いて王女様の介抱へと向かう。あまりにひどすぎて見てられなかった。
「ちょっと、いくらなんでもひど過ぎるだろう」
俺はうっかり怒鳴ってしまう。だが、相手のフィリップ王子は全く聞いていないようだった。
「何がシャルルだ。ちょっと小賢しいだけのクズ風情が調子に乗りやがって。私の方が遥かに優れている事は既に証明されている。『青き地球』を壊滅させたのはこの私の手によるものだ。そしてこのエールダンジェでも私の方が優れている事が分かるだろう。ステップアップツアーでコロコロ負ける軟弱なシャルルと、メジャーツアーに参加している私とでは格が違うんだよ。この大会で、私がどれほど優れているか、スバルを冠するこの優勝杯を手にする私こそが火星の王に相応しい遺伝子であることを証明してやる!」
激しく歌うように語るフィリップ王子。
「お兄様は自分の偉業を鼻に掛ける、品位のない人間じゃないです」
蹴られて脇腹を抱えて、うずくまったままだが、メリッサ王女は兄がフィリップほど、品性の欠ける人間でないと反論する。
だが、フィリップはその言葉で一気に頭に血を昇らせて、顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。倒れてるメリッサ王女に追い打ちをかけるように走って蹴り飛ばそうとする。
俺は一番近くにいたからだが、慌ててメリッサ王女を守ろうと彼女を抱えて体で庇おうとする。
やばっ、蹴られて怪我したらどうしよう。
だが、さすがに子供を痛めつけられるのを見る趣味はないし、とっさに体が出てしまった。強烈な衝撃が襲ってくるのを恐れて体を凍り付かせていた。
だが、いつまで経っても蹴りは飛んでこなかった。
フィリップの振り上げた右足と俺の間に、もう一本の見知らぬ足が入って、蹴りを防いでいた。
その足の主は、カラーグラスをした男だった。黒髪を真ん中で分けた東洋系の顔立ちをした美丈夫がタキシード姿で立っていた。
「おい、火星のパーティーってのは幼女を蹴り飛ばす風習でもあるのか、王子様よ」
フィリップの蹴りから俺達を守ってくれた男は呆れるようにフィリップ王子を半眼で睨め付ける。
「王家の事情に凡俗が絡んでるんじゃねえよ」
「王家が凡俗のパーティーに一々文句付ける奴に言われたくないな。そんなに嫌ならさっさと消えろ。火星の人間達も王家の面汚しだと恥ずかしい思いをする事だろう」
男はフィリップ王子を顎でしゃくるように外へ出ていくように言う。
その様子にフィリップ王子は拳を握り今にも殴り掛かりそうな勢いだった。
「何者だ、テメエ」
「しがない飛行技師さ。王子殿下とは二回戦で当たる予定だ」
男はグラスを中指で押し上げて半眼で睨め付けたまま、猛々しく吠えるフィリップ王子に言う。
「くっ…そうかい。じゃあ明後日はお前の飛行士がゴミくずのように負ける事になる訳か。クハハハハッ」
ゲラゲラ笑うフィリップ王子。だが、笑うだけ笑ったらカラーグラスを掛けた男に背を向ける。
「興が冷めた。帰るぞ」
周りに指示を出して、そのまま去って行くのだった。
それでやっと会場は平静を取り戻す。
俺はほっとして立ち上がると、慌ててお付きの使用人たちが駆け寄ってメリッサ王女を介抱しに来る。
君たち遅いよ。
「ケホッケホッ…レナード君、あと、眼鏡のお兄さん。ありがとうです。助かりました」
メリッサ王女は真っ青な顔であるが、使用人たちに捕まった状態で俺達に礼をする。
「いや、俺は何も…」
守りに行ったが、必要なかったわけだし。
するとカラーグラスを掛けた美丈夫はメリッサ王女を一瞥する。
「それはどうでも良い。あばらが折れてるだろう、さっさと医療ポッドのある医務室に連れていけ」
その言葉に、メリッサ王女よりも周りの人間達が青ざめる。一人の女性使用人がメリッサ王女をお姫様抱っこで足早に去って行く。サラちゃんは俺に一礼すると、王女に付き添うように去って行く。
俺は黒髪を真ん中に分けた東洋系の美丈夫を見る。懐かしい面影が残っている。フィロソフィアで再会した以来だろうか。
間違いなくカイトだった。
「久しぶり…だね」
「………俺はキース・アダムス。君とは初対面だと思ったけど?」
グラスに隠れた右目の目元にある古傷を指で掻きながら口にする。
その古傷も、そして言いにくい事を口にするときに古傷を指で掻く姿も、間違いなく俺の親友と同じだった。
「1回戦の相手って訳だ」
「……ステップツアーでコロコロ負けてる奴がこんな舞台に来るとはな」
「前に短期契約してたスポンサーが偶然枠が開いたからどうかって声が掛っただけだけどね。でも予選を勝って……ここに来たよ」
「精々楽しませろよ。お前ごとき才覚の無い人間が、この世界で生き残れるとは思わないがな」
「勝つよ」
俺を鼻で笑うカイトだが、俺はカイトをしっかりと見据えて視線を強める。
俺の横にはリラがいた。俺はリラを一瞥してそして再びカイトを見据える。
「約束したんだ。世界の頂点に立つって。そんで、俺達みたいな凡人でも頂点に立てるって事を示して、軍用遺伝子保持者が特別な存在じゃないってのを世界中に見せてやる。俺達は世界を変えるんだから」
そう、俺はリラと約束したんだ。
カイトと約束できなかった世界の頂点を目指すことを。だからこそ、カイトが敵となって戦うならば、今の俺を見せてやるんだ。
ずっと助けてくれたカイトに凄いって言わせてやるんだ。
するとカイトは楽しげに唇を吊り上げて小さく微笑む。
「ふっ………やれるものならやってみな」
カイトもまた俺に背を向けて会場を後にする。
メリッサ王女は、ゼロでは子供で、まだやりたい事も見つかってない少女です。
これを機にエールダンジェに興味を持ち、エールダンジェの世界へと入っていきます。
本編がもしも書かれることがあったら、主人公のライバル兼ヒロイン候補の1人として出てきます。レナードとの出会いが一つの伏線になってます。
そもそもゼロでは多くの伏線を貼りまくってますが、一切回収しないんですよね。本編を書いていたら回収するんだけど、本編を書く予定が立ってないから……。