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俺達は火星へと行く

 新暦320年2月。俺達は火星へと行く。

 初めての宇宙旅行だった。前日はワクワクして眠れない程だ。


 ウエストガーデン居住区(ハビタット)の東部、僕らの住む西部と逆側にある国際空港へ、大型客用飛行車(バス)に乗って向かう。

 バス停で空港に降りると、空港を歩き、火星行きの通路を歩く。

 いつ持ち物チェックを受けるのかな、いつモバイル端末に入っているパスポートチェックをするのかなと周りをきょろきょろと歩いていた。

 そして、空港の待合室に通される。たくさん置いてある座席の中、俺達の番号が書いてある座席に、リラと並んで座っていた。

 俺はソワソワしながら周りを見ている半面で、リラはというとモバイル端末を使って何かの資料を読んでいるようだった。

 読書というよりはお勉強なのだろうか?受験があるからと最近は勉強している姿がよくみられる。


「いつ宇宙船に乗るんだろう」

「さあ」

「もうそろそろ出発時間なんだけど、ちょっともたついてるのかなぁ。パスポートデータのチェックとか身体検査とかあるんじゃないの?」

「別に1時間おきに出てるし、まだ余裕だから困る事もないでしょ。落ち着きなさい。子供か」


 まだ、後期中学生の子供だよ、俺達は。

 そんな心の突っ込みを入れていると、


『当宇宙船のご利用ありがとうございます。現在、本船は月を出港しまして…』


 船内放送が流れて、俺は目を丸くする。

「は?」

 慌てて周りを見渡す。いつの間にか閉まっている待合室の出入り口。


 外部カメラボタンというのが自分の座っている席についていて、そのボタンを押すと、俺の席の後ろの画面は宇宙を映し出す。月が既に遠くなっていた。


「ま、マジか」

「桜が宇宙船は乗っても実感がわかないってこういう事だったのかぁ」

 俺はあまりにあっさり宇宙にいた事にビックリだった。リラも驚いていたようで、離れていく月を眺めていた。


「このまま40時間くらいここでボケーってしてるの?」

「一応、奥の方に仮眠所みたいなカプセルがあるし、食事もとれるみたいだし、お子様は探検してくれば?」

「リラって、エールダンジェ以外だとクールだよね。っていうか興味が薄いよね」

「だって別に宇宙に出るのは私の人生設計の中で決まっていた事だし。輸送費を出してくれるスポンサーがいるなら、こっちとしては|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選には毎年出場したい所なんだし」

「気持ちは分かるが」

 グラチャン予選は俺だって出たい。むしろそれに出るのが夢と言っても良い。プロなら誰でも出場権利があるのだが、地球開催の為に移動費用を貯める方が大変なのだ。


 グランドチャンピオンシップとは世界最強決定戦と呼ばれていて、16人の飛行士(レーサー)が戦う年末最大のレースだ。この大会はグレードS(グランドスラム)の優勝者と準優勝者、そして地球、月、火星、木星圏の最強決定戦の優勝者と準優勝者ののべ16名出場が出来る。

 16人しか枠が無いなら予選の必要がないと思いきや、そうではない。グレードS(グランドスラム)決勝の顔触れはそこまで変わらないので、出場権を二つ三つ持つ選手が現れる。するとのべ16人でも合計13人になったりする。

 そこで行われるのがグランドチャンピオンシップ予選。年度末最後に行われる大会で、グランドチャンピオンシップと同じルールで、全てのプロ選手が参加資格のあるビッグトーナメントである。4000人以上ものプロ選手が集まり、巨大客船に乗って太平洋上で1月近く争わせ、1位から16位までの順番を決める。

 そこで勝ち抜けばグランドチャンピオンシップに出場が出来るという訳だ。


 だが、何よりグランドチャンピオンシップ予選はグランドチャンピオンシップと同じレース場、太平洋上を借り切って、高さ制限なし、10キロ四方の巨大競技場を自由に使って飛んで良いという圧倒的なスケールでレースが行われる。

 天蓋の無い広大な地球の空を思う存分飛んで良いというのはさぞ気持ちいい事だろう。


「|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選に出れるようになるには良いスポンサーがつかないとね」

「シャルル王子もどうせなら|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選でこういう話を持ってきてくれたらいいのに」

 俺達は理不尽なボヤキをする。

 そもそもメジャーツアーに参戦させてもらうだけでも十分にありがたい事なんだが。今回の場合、ハードルが高すぎる。



***



 ウエストガーデンの国際空港から大型旅客宇宙船にのって2日ほどで火星が見えて来る。

 宇宙船についている窓を模した映像モニタからは外が映し出されていて、巨大な赤い星が存在していた。普段、月で俺達が見上げる青い母星とは違い、火星は真っ赤だった。


「火星は赤かった」

「それ初めて宇宙から地球を見た人の言葉のパクリだろうけど、普通に火星は赤いでしょ?月の空から見えるんだし」

「あうう」

「月を出る時に『月は銀色だった』くらいにしておけば良いのに」

 僕ら月の民は地球なんてそれこそ常に空を見上げれば天蓋の映っている星だし、宇宙の空を見上げれば様々な星々がグルグル流れている。火星も見た事があるのは当然だ。

「月はそもそもあっという間に遠ざかって見る機会なかったし。帰りに見よう」

「多分、気づいたら到着してたって感じになるわよね」

「くっ…なんて味気ない宇宙旅行なんだ!」


 俺は悲しくなって肩を落とす。

 全くもって悔しい。

 だが、重力制御システムが生み出されてから、極めて光に近い速度で宇宙船が飛べる様になったしまった昨今、宇宙旅行は非常に快適であった。揺れないしGも感じないし、月から火星まであっという間だし。まあ、そこそこ近くにある公転周期だったらしいけど。



 巨大な赤い星の上には転々と銀色の居住区(ハビタット)が見える。

 月の場合、一つの巨大な居住区(ハビタット)が地球側を覆いつくすかのように存在しているのだが、火星の場合は小さい居住区(ハビタット)があちこちに点在している。

 元々、月も点在していたようなのだが、隣り合う居住区(ハビタット)がくっ付ているうちに気付いたら全部くっ付いていた、みたいな感じらしい。元々、母星である地球の国々が勢力争いをするように月に居住区(ハビタット)を作っていったからそういう風になってしまったとか。


 ちなみに、火星で一番大きな居住区(ハビタット)は人工2億人もいるという首都ヘラスだろうか。こっちから見ると南極付近に巨大に陣取っている居住区(ハビタット)である。。



***



 俺達はヘラスの西側にある空港に到着する。

 居住区(ハビタット)の内部は月によく似ていた。ただ、少しだけ月よりも空が狭い様に見える。


 俺達は迎えに来てくれたのは、今回のスポンサーである『アレスウェア』の営業さんだった。彼らの案内に従い、飛行車に乗って宿泊宿へと向かう。アレスウェアは文字通り火星の服飾関連の企業で、太陽系の各所に存在する。スポーツウェアもやってるけど、どちらかというと一般的な服を売っている企業だ。結構大きい会社だったので、まさかまた契約してもらえるとは思ってなかった。


 ホテルに入ると、黒服の女性が出迎えてくれる。セミロングの髪をした美しい白人女性だった。確かシャルル王子の斜め後にいた黒服の1人だったと思う。

 同じ年代か少し上くらいかという女性だったので覚えていた。


「リラ、レナードさん、いらっしゃいませ」

「ロレーナ、久し振りー」


 ……


 リラはゴロゴロとエールダンジェの入ったバッグを転がしながら、黒服の女性に右手をあげて挨拶をする。そんな様子を俺はポカーンと見て唖然としてしまう。


「って、何で君達、いきなり仲良しみたいな感じなの?対面するの二度目だよね!?」

 俺は驚いてリラと黒服の女性を交互に見る。


「ん?ああ、殿下の車に乗ってた時に、ロレーナに通信先を教わってたから。彼女、私達と同じ歳なんだって」

「へ、へー」


 リラの意外なコミュ力にビックリだった。学校ではいつもエールダンジェの事ばかりやって、むしろ孤高の存在ともいうべき女なのに。

 何で出会ってから時間がほとんど少なかった人と仲良くなってんの?

 しかも、ウチの学校の女子が不憫になるくらい、リラとロレーナさんの二人が並ぶと、美形度が高い。ロレーナさんの方が背が高くモデル体型なので、17~8歳と言っても通りそうなスタイルをしている。


「近い年代だとは思ってたけど、絶対に年上だと思ってた。背とか、スタイルとか。くそう、これがシャルル王子のハーレム要員の実力か。死ねば良いのに、あのリア充め」

「いや、ロレーナはシャルル殿下のハーレム要員じゃないみたいよ」

「そうなの?」


 リラから齎された意外な情報に俺はちょっと驚く。てっきり彼女もあのリア充の自称ハーレム要員の1人だと思っていた。

 もしかしてシャルル王子の周りって女が多いけど、誰も彼もがハーレム要員ってわけじゃないのでは?本人がそう言ってるだけで。

 そうだよね、いくらなんでもあんなたくさんの女の子を侍らしている筈がない。しかも、奴はまだ12歳では無いか。あんなモテモテ人生なんて、ずる過ぎる。リア充、爆ぜればいいと思ってたけど、意外にリア充でもないのかもしれない。


「シャルル殿下の周りで、私だけですね。ハーレム要員じゃないの」

「とんでもない事実が判明した。爆発してしまえ、あのリア充王子め!」

「正直、あの空間で形だけとは言え護衛をするのは疲れます。つい先日、更生プログラムが終わって、解放されたんですよ。なので、今はここの管理バイトをしているだけですけど」

 ロレーナさんは苦笑気味に笑う。

「あれ、ロレーナさん解放されたのに、お仕事で来てるの?」

「まあ、直接殿下からの給与は出ませんが、メジャーツアーの予選出場選手の指定宿でAIの管理をするだけでお金がもらえるバイトが来たので受けただけです。多分、遠回しに貴方達を護衛しながら面倒も見てあげてねって事なんでしょう。割りが良いので受けました」

 ロレーナさんは言葉遣いこそ丁寧だが、結構ざっくばらんに話す。


 俺達はロレーナさんに案内されて宿泊宿の自室へと向かう。

 宛がわれた部屋はワンルームではなく、大きいベッドの横に、そこそこ大きいテーブルがあり、数人くらいが座ってゆったりと話せそうなスペースがある。イスではなくソファーになっていて、ちょっとしたリビングだ。

 俺は荷物を置いて、部屋着に着替えると、リラとロレーナさんが、オレの部屋へとやってくる。

 リラはメカニックの仕事の為に来たようで、右手に機体のはいったバッグを持っていた。ロレーナさんは差し入れなのかサービスワゴンを引いて軽い食事を持ってきてくれていた。

 何故か、この2人、知らぬ間に仲良しになっていたようだ。


 何かを話しながらやってきたかと思えば、2人は俺達のスポンサー契約の事で話しをしていたようだ。

 取り敢えず中に通して、俺達はソファーで向かい合いながら情報交換をすることにしたのだった。


 それにしても、俺のホテルの部屋に2人の美女がやってくる。何とも心躍る状況だ。


「そういえば、アレスウェアが1ツアーだけのスポンサー契約の話を持って来たのよ。火星のメジャーツアーに出れる若い選手を探していたらしくてさ。以前、1ツアーだけスポンサーになった私達に声が掛けたとか。ああ、これかって思ってスポンサーの事を受けたんだけど、向こうは殿下の事を全く知らなかったみたいなのよね」

 リラはロレーナさんに自分達の事情を話す。


 あの謎のスポンサー事件の事だ。

 最初、アレスウェアからスバルカップの出場をする若い選手を探しているらしく、出てみませんかという話が入った。即座に受けたものの、殿下経由なのかと聞いてみれば何のことだかさっぱりといった様子だった。本当に受けてよかったのだろうかと首をかしげていたのだが、トーナメント表を見れば、予選勝ち抜けば初戦にエリアス・金選手と当たるようになっているので、間違っていない事がよく分かった。


「そう、不思議だったよね。」

「国王様や王子様の影が一切見えなかったから、かなり不安だったんだけど」

 俺とリラは首を捻ってロレーナに問う。


「ああ、私のこのホテルからの仕事の依頼も同じですよ。……シャルル殿下は様々な能力を持ってる事で天才と呼ばれてますが、本当に凄いのは計算力の方なんです。例えば………そうですね。バタフライ効果ってご存知ですか?」

「小さな入力が、結果的に大きい結果を左右させるって言う効果よね?地球でいう所の天気予報みたいな」


 リラは思い出すように口にする。

 天気予報と言うのは天体の天候を計算するものらしい。地球は俺達が住む居住区(ハビタット)がないらしく、天候が勝手に変わるので大変だとか。

 その為、天候も人工衛星などを用いて雲の動きや周りの環境を計算して予測するらしい。


「そのバタフライ効果をシャルル殿下は条件さえ調べれば、量子演算機無しで瞬時に頭の中で計算できるんです」

「マジ?」

「マジです。予知や予言みたいな事、ちょっとした些細な行動で誰かが起す犯罪を阻止して、人を助けたりするんです」

「そんな事が可能なのか?」

「……元より、殿下が言うには7~8年後に起こる第4次太陽系大戦を阻止する手段の一環で今回は動いているそうです。どうも不可視の武器(インビジブルアームズ)は世界最大のテロリスト集団『ノアの方舟』に繋がりがあって、早めに潰しておきたいそうです。彼らは殺傷武器の量産を担っている技術者集団らしいですから。公にはコバチェビッチラボと名乗っているそうですが」

 ロレーナさんは淡々と説明をする。

 っていうか、俺らが失敗したら7~8年後は戦争確定とか無いよね?なんだか話が大きくなってきて怖くなってきた。


「コバチェビッチラボ?」

 すると、リラが立ち上がってロレーナの方に顔を寄せるように詰め寄る。

「そ、そうだけど。どうしたの?」

「え、あ、いや。……何でもないわ」

 リラは慌てて首を振ってうつむく。

 俺もロレーナさんもリラが急に大きく反応するからどうしたものかと首をかしげるのだった。


「ま、まあ。王子のハーレムが思ったより大きくなくて何よりだ。あんなのと一緒に居たら大変なんじゃないんですか?」


「まあ、今はまだ殿下も口では女性を口説いても、実際的に何かしてる訳じゃないですからね。もう少し成長したらどうでしょう。実際、殿下の筆下ろしは私が、みたいな事を言ってる人もいますから。女の戦いに入らなくて良かったと」

「うわー」

 なるほど、殿下はハーレムを口にしているが、実際には女たちの方が積極的だったと。女たちこそがショタコンなのか。恐ろしい。


「まあ、そうなると、俺のもてない気持ちは、きっとハーレムを護衛するという苦行を課されているジェロムが一番よくわかるだろう。うんうん」

 俺は遠くにいるだろうライバルを思って空を見上げる。そんな俺に対して、何故かリラが哀れな子を見るような瞳で俺を見つめ、そして同情するように徐に肩を叩く。


「ロレーナさん、クレベルソンとは幼馴染で付き合ってるらしいよ」


 ………


「あのハゲ!次会ったら絶対に殺す!何でおれだけもてないの!?」

 というか、幼馴染に美女とか死ねば良いのに。俺なんて幼馴染には男しかいないぞ!?


「ライバルにとんでもない差をつけられたわね」

「俺はジェロムとなら友達になれると思ってたのに」


 あの野郎、ただの元傭兵の飛行士(エアリアル・レーサー)だと思っていたのに。まさか幼馴染の恋人がいただと!?しかも目の前のモデル系美女?

 あのハゲは俺の敵だ!


「まあ、レンが凄く男としてみっともない事を頭の中によぎらせているので、それは無視するとして」

「うぐ」

 最近、以心伝心度が高まって来たが、嫌な方向ばかりに察しが良い。


「でも、レナードさんがもてないとは意外ですね」

 ポツリとロレーナさんが口にする。

 ほほう、彼女からは俺が持てるように見えるのか。


「大体、学校でもいつも一緒にいるけど、女子から呼び出された事なんて皆無ね」

「え、いつも一緒に?」

 それは仕方ない事なのだ。技術用語とか覚えないといけないから、リラと同じ授業を取るようにしている。俺も一応理系少年なのだ。

飛行士(レーサー)は機械関連の知識も必要だから、目を離すとその手の講義から逃げようとするのよ。だから大体首輪をつける感じで、引っ張ってるわよ?」

「そう、リラが毎日一緒なのか。それは……」

 何故か哀れむようにロレーナさんは俺を見る。


 そんなにまで、もてない俺が可哀想なのだろうか?


「そういえば、ジェロムはレースに出ないの?」

「無理ですね。今回の件は殿下が一切絡んでいない事を示さないといけません。相手もジェロムが殿下の奥の手なのを知ってます。オペレータの私と違って、ジェロムは実行部隊の狙撃手ですから。多くの平和に生きる人々の為に、テロリストを暗殺するような汚い仕事を担ってましたし。幼い頃から『地平の果ての暗殺者』と恐れられた男が、今でこそ殿下の手元を離れてエールダンジェの世界に居を変えても、テロリスト達のマークから外れる筈も無いでしょうし」

 ジェロムってそんなに凄かったんだ。


 俺が引き攣り気味に感心していると

「エールダンジェの世界とそっち側の世界は別だからね。そもそも、その手の輩はレンって結構エアリアル・レースで倒しまくってるわよ。フィロソフィアのカジノはそういう人達ばっかりだったからね。エールダンジェの適正とそっちの適正って別なのよ。クレベルソンが偶々両方に適正を持っていただけって事でしょう?」

 リラは俺の感心を否定するように突っ込んでくる。


「と、言うよりもアイツもオレらと同じでただのエールダンジェバカみたいな所あるからな。強い相手と戦うのが好きっていうバトルジャンキー的な所もあるし。性格的には暗殺者とかスナイパーとか言われてもピンとこない。ああいうのってこそこそ隠れて、ターゲットが来るのを待って、っていう寡黙で神秘的な感じの人がやるんじゃないの?」

 俺はジェロム・クレベルソンというエールダンジェレースでのライバルを思い浮かべてぼやく。それにはリラも同感のようで頷いて同意を示す。

「才能と性格は別ですから。小さい頃からジェロムはそういう部分に苦しんでいたので、殿下には感謝してます」

「確かに、才能と性格は別よね」

 リラが俺を見てウンウンと頷く。まるで俺に才能とか性格が微妙な感じなように思われているみたいじゃないか。


「そういえば、ジェロムってプロクラブに入団していたよね。1月からだっけ」

「正確にはプロクラブの育成に入ったんです」

「いや、育成でもワイルドアームズに入団したのはすごいんだけど」


 ワイルドアームズというクラブは火星最大の異業種複合企業(コングロマリット)である。100年前の第3次太陽系大戦の頃は国営企業として、火星最大の軍需産業の拠点として知られている。そしてエールダンジェの世界で言えばG16という世界最初のエアリアル・レースの一大組織を作った16企業の1つだ。

 火星では1~2を争う強豪クラブを保持している企業としても名高い。あの先日世界最強になったゴスタ・ホンカネン選手がそこのエースでもある。


 おかしいな。実力は互角なのに、ジェロムは世界屈指のエールダンジェメーカーが保有する名門クラブにスカウトされているのに、俺には月の1部のクラブからスカウトを受けたことさえない。何ゆえに?

 俺の疑問を察したかのようにロレーナさんが訊ねてくる。

「レナードさんはその手の誘いは無いんですか?」

「無いわね」

 俺への質問に対してリラが代わりに答える。


「最近の流行から逆行しているからね。80年前なら引く手数多だったかもしれないけど」

 更に付け加えるように俺を貶めるように言う。そういう突っ込みいらないから。


 だが、リラはロドリゴ・ペレイラという世界最高峰のメカニックが相談役にいるので、色々と情報を仕入れているのかもしれない。


「って事は、ジェロムはシャルル王子の雇用契約から解放されたんだ」

「雇用契約というよりは、更正プログラムの間、生活の面倒を見る変わりに色々と仕事をして貰うって契約なんです。正確には更正プログラムが終わったので、解放されただけです。ジェロムは色んな場所から声が掛けられていて、更正プログラムを受け持つから来て欲しいって言ってたクラブもあるくらいです」

「ぐぬぬぬぬ」

 俺は別に悔しくない。奴が多くのクラブに注目を受けているスター選手だとしてもだ。


 ロレーナさんが言うには、善悪も分からない子供の内にテロリストによって犯罪者として生きる事を強要された人間は、更正プログラムを受けて社会復帰するのが火星の法律で出来たらしい。なんでもジェロムとロレーナさんは第一号の実例なのだそうだ。

 実際、火星のルヴェリア連邦王国は元々軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)が開いた国でもあるので、その手の人間の亡命先となっている事が多い。その為、致し方なく生まれ付き犯罪者のまま、大人になってしまった人間を更生させるためのプログラム作ったらしい。


 戦場で長く生きていると倫理観が崩れるから、そういう人間のフォローをルヴェリア連邦王国では当然のようにやっているのだそうだ。


 月は色んな風習のある居住区(ハビタット)群によって形成されているので、文化の差は寛容である。しかし、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の扱いはあまりよくないらしい。都市による差異はあっても、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)差別は地球と並んで酷いと聞く。

 木星と火星はどちらかというと軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)が支配者階級だったり富裕層なので、むしろ差別がないのだそうだ。


「それでは、試合の準備の邪魔になりそうなので、私はこれで。一応、仕事もありますし。ご武運を祈ってます」

「第4次太陽系戦争にならないように頑張りますよ」

 俺は軽口を叩いて、部屋を出て行くロレーナさんを見送る。



***



 ロレーナさんが出ていくと、リラは俺を見て真面目な顔になる。

「予選の相手は強いわよ。そこで4勝拾って、本選でメジャーツアーでも勝てる飛行士(エアリアル・レーサー)に勝たないといけない。過去最難関の課題だと思ってる」

 メジャーツアーというもののレベルがあまり理解してない。今回、初めてのツアーなので不安ではある。


「メジャーツアーに出ようってのは予選だとしても、過去にステップアップツアーを優勝でもしてないとそこに参加しようなんて思わないでしょ?つまりそういうレベルが相手よ」

「ぐぬ」


 つまり、オレの対戦キャリアで言うと前大会や前々大会で戦って俺を葬り去って行ったレベルの相手が敵になるという訳か。

「手強い相手が多いわ。そもそもメジャーツアーの決勝トーナメントに出るって事は前期でプロリーグに出ているような選手と当たる可能性もあるからね」


 リラの言葉に俺は益々顔を引き攣らせるのを自覚する。

 だが、メジャーツアーに出ると言う事はその位すごいことだというのは覚悟していた事だ。最低でもプロランキング500位以内に入る猛者がいる。2000位台の俺とでは格がちがう。


 そもそもエアリアル・レースは3つの異なるルールを持つプロ競技が発祥したのだが、プロテニスのように作ったツアーをする試合形式と、モータースポーツのようにメーカーをバックボーンとして毎月行なう試合形式、そしてサッカークラブのように作ったクラブチームのリーグ戦形式で始まった。


 合併統合など紆余曲折して出来上がったのが現在のAARP(プロ・エアリアル・レース協会)なのだが、その所為で企業がクラブチームを保持して、所属する選手がリーグ戦をしたり、ツアーを回ったりする複雑な試合形式が出来上がってしまったのだ。育成チームがあるのもその名残だ。

 火星のトップ飛行士(レーサー)達のスケジューリングは大体決まっている。俺のようなクラブにも所属しない下っ端は10月~5月まで催されるステップアップツアーに出れる時に出ると言う感じであるが、彼等はしっかりとした日程で毎年チーム事情を考慮しながら出場するレースを決めている。


 9月初~中:地方オープントーナメント(個人戦/グレードA)

 9月末~10月初:スーパースターズカップ(個人戦/グレードS)

 10月中~12月前:プロリーグ(団体戦/グレードA)

 12月末:グランドチャンピオンシップ(個人戦/グレードS)

 1月~5月:メジャーツアー(個人戦/グレードB~C)

 2月末~3月初:プロクラブ選手権(個人戦/グレードS)

 3月~4月頃:各星最強選手選出大会(個人戦/グレードA)

 4月末~5月初:ユニバーサルオープン(個人戦/グレードS)

 5月中~末:ワールドトーナメント(地域別団体戦)

 6月:グランドチャンピオンシップ予選(個人戦/グレードA)



 現在は2月なので、メジャーツアー真っ盛りである。

 しかも大きいイベントが一切無いシーズンなので、グレードS(グランドスラム)大会に出ている選手さえもメジャーツアーの方に出ている。

 俺の出場するスバルカップというレースは第三次太陽系戦争の英雄の名を下に作られたグレードC(メジャーツアー)に相当する。同じ時期に火星の衛星であるダイモスで行なわれるダイモスSCというレースが行なわれ、トップクラスはスバル杯よりもダイモスSCの方に出る。

 とはいえ強豪が出ないわけではない。


 今、一番強いゴスタ・ホンカネンとか、火星の元王者サンドロ・ハンとか、若き怪物アンドレア・マルダとか、スター選手は皆ダイモスへ渡っている。ジェロムの奴もそっちに行ってるらしい。


 どうもロレーナさんが言うには、ホンカネンはシャルル殿下を救った騎士だから、かなり注意されているのだそうだ。そのホンカネン選手なのだが、いまや押しも押されぬトップ飛行士(レーサー)になってしまっていた。

 昨年度、世界一になって、今年度は既にランキングトップに立ち、スーパースターズカップとグラチャンの2つを取って二冠。このまま歴代5人しかいないといわれる年間グレードS(グランドスラム)全制覇を成し遂げてしまうのではと思ってしまうほど、メチャクチャ強い。

 この大会で勝ち抜いてもあたらないのが悲しい。チャンスがあるなら一度戦ってみたい相手だった。



***



 そして、やってきたのは予選1回戦である。

 対戦相手は火星の2部リーグの選手だ。予選は特別注目する選手はいないのだが、火星の2部リーグの選手が多く、プロとして活動している猛者ばかりだった。その為、総合的にレベルが高い。

 火星は各地域リーグが2部リーグの役割をしており、2部と呼ばれる選手が非常に多いのだ。


 スバル杯の開催場所はスーパースターズカップでお馴染みのヘラスクリスタルスタジアム。直径500メートルはある巨大な半球状のドームスタジアムで、俺の戦った事あるレース場では最も大きい。大きい場所で飛べるのはテンションが上がる。


 レースの始まる時にファンファーレが鳴るのも、空中や地面にカウントダウンの文字が描かれるのもスーパースターズカップと同じと言う点についてはちょっと感動モノだった。

 だって、レースはただのツアーレースの予選だけど、グレードS(グランドスラム)と全く同じ始まりをするのだ。

 感動しない人間がいない筈がない。


 カウントゼロと同時にレースは始まる。

 俺は出力を上げて赤い光翼を広げてレース場へと飛び出す。


 レースはいつも通りの展開だ。俺が飛行でイニシアティブを取り、相手が俺から近接戦闘をしようと近づこうとするが、スピードで回り込み相手の嫌なポジションをつき続ける。

 そして相手は当たりそうにない射撃をしかけ、俺はそれをかわし続け、一方的に射撃で攻撃を仕掛ける。


 こちらが有利にレースを進めて5点を取って後半に入る。


 リラにはいつものようにそろそろ仕掛けてくるから気をつけろといわれるが、さすがに俺も把握している。

 いつもの事だからだ。

 今回は秘策がある。高山さんの助言より思いついた近接対策だ。



 後半もポジション取りで完全に制圧する。得点差は5対2と優勢。負ける雰囲気は全く無かった。

 相手は徐々にじれてきて、起死回生の特攻を仕掛けてくる。さすがにメジャーツアーに出る飛行士(レーサー)なので、俺を端へ追い詰めて捕らえようとするのが非常に上手い。また、半球状のスタジアムなので寄せやすく出来ているのもその理由の一つだ。


 だが、この時の対策は簡単だ。


 高山さんのアドバイスを聞いて相手の懐に飛び込んで避ければ良いというのだが、まさに目から鱗だった。とはいえ、別に相手の懐に飛び込むつもりではない。

 危ないからね。


 レースにおいて攻撃に切り替える際は銃を撃つにもレイブレードを振るにも、相手を拳で叩くにも、一度加速機動状態からニュートラルへ切り替える必要がある。

 つまり、ニュートラルへ切り替えたら相手は動けないのだ。

 ギリギリまで引きつけて、チキンレースの様にニュートラルへの移行を待って、そこで逃げる。超高速の世界なので、判断は極めて困難だが、それでも数十メートル先で接触するタイミングを見計らってニュートラルへ切り替えるのだから、間違い無く逃げる事は容易となる。


 逆に言えば相手がニュートラルモードに入ったら急な移動ができなくなるから、俺は逃げられるという事だ。


 だから、相手に追い詰められ擦れ違い(ジョスト)戦になった状態でも相手の機動状態を見極め、ニュートラルにした瞬間、俺は相手が拳で対応しようとしているのを確認すると、足元へと加速する。

 俺は見事に対戦相手の背後へとすり抜けるのだった。


「もらった!」

 無防備になった相手の背後へ向けて、ライトハンドガンをから残りのポイントを奪う。同時に終了のブザーが鳴り響く。


『7対2、勝者レナード・アスター』


 勝利の放送が鳴り響く。


 こうして俺はメジャーツアー予選1回選を勝ち抜くのだった。

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