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回想~リラ・ミハイロワ~

 時間軸で説明しますと現在は新暦315年で、この話は本作ヒロインが新暦326年にした回想です。おそらく本作ではそこまで年代は進まないと思いますが、新暦326年は2人にとって栄光と挫折の年として後に語られる事になります。

 レン視点ではどうしても描けない部分を触れる為にここで入れています。

 何年前の事になるだろうか。私、リラ・ミハイロワが本当の意味で世界一の飛行技師(メカニック)を志したのは。


 当時の私も今と変わらずエアリアル・レースに夢中だった。

 養護施設で育った私にとって、最も大好きな施設の先輩、お姉ちゃんと呼び親しんでいたレティシャ・アマリージャがエアリアル・レースの飛行士(レーサー)だった事も大きい。

 ただの飛行士(エアリアル・レーサー)ではない。

 まだ13歳の後期中学1年生なのに、プロ資格を取り、ムーンランド州の最年少プロ飛行士(レーサー)だった。

 当時の私にとって彼女は憧れだった。当時の私の夢は、彼女の機体を整備する飛行技師(メカニック)になる事だった。


「リラが大きくなって凄い飛行技師(メカニック)になったら一緒に組んであげるよ」


 そんな彼女の言葉を頼りに、機械に夢中になった。飛行技師(メカニック)になりたくても練習する為の機体を買えないから、地元ウエストガーデンのゴミ山に登り、ゴミの中からエールダンジェの部品を探し、組み立てていた。

 私の技術の基礎になったのはレティシャに買って貰った『飛行技師(メカニック)の基礎・著エリック・シルベストル』という技術書のデータだった。その技術書は飛行技師(メカニック)が目を通すもので、私は何度も何度もモバイル端末を使って読み返していた。

 姉に買って貰ったからというのと、それ以外に興味が湧くものは存在しなかったからだ。

 ただ、その資料を読み返す事で不思議に思ったことがあった。


 今の機体技術は頭打ちで、エールダンジェはこの50年で性能の進化はほとんどないらしい。その為、機体はコンセプトや使い易さ、デザインや各々の機体の持つクセの違いがあるだけで、基本的にレース用の機体ならレース用の性能が横並びにあるだけなのだそうだ。故に、飛行技師(メカニック)はどれだけ飛行士(レーサー)のジャストフィットに導くのが仕事なのだと、技術書に示されていた。


 その文書を読んで幼かった私は、そんな事よりもお姉ちゃんを勝たせるための技術が欲しいと思った。飛行士(レーサー)のジャストフィットなんてどうでもよかった。この業界で一番偉い人が何で勝つ為の調整方法を教えてくれないのかわからなかった。当時の私はシルベストルはケチなのだと勝手に考え、勝つ為にその技術書を利用するだけで良いと考えた。

 これが、ある意味で私、リラ・ミハイロワの出発点になっていた。そのせいで、技術力があまり育たずに将来苦労することになるのだが………。



 日々、エールダンジェとエアリアルレースの事ばかり考えて生きていた私に、大きい事件が起こる。

 レティシャがレースで事故を起こしてしまった。相手の過剰攻撃によって大怪我を負い、機体が壊れ地面へと落下し、後遺症の残る傷を負ったのだ。攻撃による恐怖が刻み付けられ、高い所が怖くなり、レティシャは本来の姿に戻れなくなった。

 飛行士(レーサー)生命はほとんど終わったと周りに言われた。怪我した彼女への風当たりは厳しかった。

 今まで持て囃していた人たちは去って行った。


 彼女が軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)という身の上だったからか、差別的な言葉を叩きつけられるようになった。ウエストガーデンは安定的な生活を求める人が暮らす土地なので、特殊な才能を持つ軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)を『カラス』と呼んで忌み嫌う環境にあった。


 彼女に多くの悪意が叩きつけられた。


 軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)は特別だ。確かに何の努力をしなくても、そのスポーツの才能があれば、初めてやろうが凄まじい能力を示す。

 でも、レティシャの努力を私は幼いころからずっと見ていた。だからこそ、彼女が軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)だからと見下すような言葉を放つ人間が嫌いだった。

 今までならば、レティシャは実力で見返していた。活躍をすれば誰も文句を言えなくなる。でも、活躍が出来なくなってしまった。


 日増しに思い悩む姿を見て、私も励ましたかったが、やがてレティシャは私にさえ当たるようになってしまった。


 そして彼女はセキュリティシステムを切ったエールダンジェで空を飛び、天蓋に体を打ち付けて死んでしまった。遺書が残されていて自殺だった事が判明した。


 そこには差別にあってきた事による怒りと苦しみと恨み辛みが書き連ねられていた。


 実際、そういう人間をたくさん見ていた。あまり気にしてなかったが、確かに存在していた。

 ウチの養護施設にも幾人かの軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)がいるが、学校へ通ってない事が多い。彼らは何をしても評価されないし、良い成績ならば当たり前の事として誉められることもなく、悪い成績なら軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の癖にとバカにされる。


 学校でもレティシャの事を笑う男子がいた。

「女の癖に軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)だからって調子に乗ったから、きっと天罰が下ったんだ」

 その言葉を放った男子を思い切り殴り飛ばしてやった。後にも先にも男子とつかみ合って殴り合いなんてしたのはその時だけだ。


 取っ組み合ったせいで突き指はするわ、何度も殴ったせいか拳が腫れてしまい、しばらく飛行技師(メカニック)をするのも難儀になるくらいだった。

 そして、養護施設の家族、主に年上の姉貴分達からは女の子なのに顔を腫らすまで喧嘩なんてするなとかなりこっぴどく怒られた。


 でも、私は許せなかった。

 レティシャの努力を知っていたから。

 彼女の努力も知らず、彼女を馬鹿にする連中が許せなかった。


 だから、私はレティシャの墓前に誓ったのだ。

 自分が勝利を重ね、飛行技師王キング・オブ・メカニックと讃えられているエリック・シルベストルを超え、世界最高の飛行技師(メカニック)になる事を。

 そして、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)をねたむような輩を黙らせようと。軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)でない私が彼らより上なのだから、彼らを差別する理由なんて一切存在しないのだと言ってやるのだ。

 努力もしてない癖に才能がある人間を妬むのは筋違いなのだと。



***



 私はそこからかなり極端な行動をした。

 誰よりも強い飛行技師(メカニック)になる為、実践を求めてお隣のフィロソフィア市にあるカジノの飛行技師(メカニック)になる為に、養護施設を家出して、貯めていたなけなしの小遣いを持ってフィフロソフィアへ殴り込みに行ったのだった。

 正直に言えば当時は8歳だったので、8歳児の行動力じゃないと大人になった今でも思う事がある。養護施設もかなり大慌てだったらしい。


 そして、そんな子供が飛行技師(メカニック)の仕事にありつけないのも当たり前だったと思う。


 そんな私に手を差し伸べてくれたのがチェリーさんだった。

 最初は怪しげな女装のオカマに目をつけられたと恐怖したが、話してみると良い人だった。

 本名はランディ・ゴンザレスという。元プロ飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)として活躍をし、世界最高峰のレース・グランドチャンピオンシップに出場したり、世界各国の代表選手が集まるワールドトーナメントに参戦して月のキャプテンを務めて優勝した事もある超大物だった。

 現在、彼はファッションデザイナーをしているらしく、幼い私をモデルとして雇う代わりに、飛行士(レーサー)の仲介役をしてくれる事となった。


 後から知った話だが、彼は秘密裏に私を保護して、養護施設に状況を教えていたらしい。そりゃそうだよなぁとは後になっては思った事だ。

 だが、当時は一人で独立した気になっていた。


 彼の下で飛行技師(メカニック)業をやる事、数か月。

 多くの飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)を務める事になった。

 分からない事も、チェリーさんが飛行技師(メカニック)の先輩として教えてくれた。

 彼は私のやり方が面白いとほめてくれていたが、それが本音かどうかは怪しい。調子に乗せてモデルの仕事を増やそうとしているようにも感じたからだ。


 その中で、一番印象に残ったのが私の一つ年上の藤宮桜という東洋系の顔立ちをした飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)だった。

 彼女は前期中学の大会で優勝した飛行士(レーサー)だった。つまりレティシャ以上の成績を挙げている同年代の子だった。

 彼女は私よりも遥かに上の飛行技師(メカニック)としての能力を持っていた。自分の稚拙な技術を彼女の技術が詰まった機体を弄るのは屈辱以外の何物でもなかった。

 私の中で『打倒・藤宮桜』が刻まれたのはその時だったかもしれない。




 やがて、私はチェリーさんの下から独り立ちして、飛行技師(メカニック)として雇ってくれる飛行士(レーサー)と組んでカジノに出る事になった。


 だがいくつか勝って調子に乗っていた最中、私の飛行士(レーサー)は事故で死亡してしまった。

 機体に問題があった訳では無い。むしろ標準的な整備だっただろう。

 だが、勝利を考えて機体調整をするのを基礎にしていた筈なのに、年上の飛行士(レーサー)と組んだ事で、調整は相手に言われるがままになっていた。

 桜への対抗心が植え付けられて以来、技術を追い過ぎていた。

 年に数人は死ぬ事もあるコンバットルールを採用している過激な賭博レースなのだから、飛行士(レーサー)に文句を言われても、安全を確保できるような整備をすべきだったのだ。


 そして組んでいた飛行士(レーサー)の借金の連帯保証人になっていた事から、私はその借金を払う事も出来ず、フィロソフィアの軽犯罪者や返し切れない負債を持ってしまった人間が集められる、フィロソフィア居住区(ハビタット)の下層落ちが通達されたのだった。




***



 下層に落ちてからは地獄だった。

 隙あらば人のもうけを奪おうとする連中ばかりで、どうやって稼いで上に登ればいいかも分からない状況だったからだ。今更チェリーさんに頼るなんて出来ない。きっと頼ればあの人は喜んで受け入れるだろうが。


 毎日、小金を稼いでは顧客を変えて、住処を変える。私が小金を手に入れたと思われれば次から次へとハイエナのようにならず者が湧くからだ。フィロソフィアの下層は軽犯罪者や借金を背負った人間が落とされる場所。

 私は犯罪者では無いので、懲役が無い。だから、ここで稼いで上へ行く資金さえあれば、中層・貧民街へと昇ることは可能だ。


 それがフィロソフィア下層のルール。


 ただし、上層や中層にある開かれたカジノのレースでさえ過激だが、そのレースさえも段違いの危険な殺し合いのレースを、飛行技師(メカニック)として渡り歩くのは困難極まりなかった。

 何度も騙され、何度も襲われ掛けた。逃げ足と騙されない方法だけを身につけて小さく小さく稼ぐ事だけを考えて立ち回った。


 これが愚かな自分への罰なのだと受け入れる気になっていた。



***



 私が下層で生きる事に慣れてきたころ、ウエストガーデンとフィロソフィアの居住区(ハビタット)の境にウエストガーデンからゴミが流れ落ちている事を知った。

 それを拾って使えるものへと変えて、生計を立てるようになってからは、毎日のようにゴミ拾いへと向かった。


 とある日、私は空から大量のゴミが降ってきて死にかける事になる。


 まるで居住区(ハビタット)の境で何か問題が発生したのだろうか、瓦礫がくずれ、フィロソフィア下層にある天井の遥か上、フィロソフィアの上層にもつながってそうな場所からゴミが降り注ぐ。中には私同様に拾いに来ていて、そのゴミに潰されて死んだ人間が何人も目撃することになった。


 おそろしさのあまり、逃げている最中、空からユックリと男の子が降って来たのだった。


 それはまるで何かの物語のヒロインのように。


 普通だったら空から落ちて来るのはヒロインで、それを受け止めるのが主人公の役割だろう。

 だが、現実はどうやら全く逆で、女の私が空から落ちて来る美しい男の子を見上げる形となっていた。


 次から次へとゴミが降ってくる中、私は空から降ってきた少年がゆっくりと地面に落ちていくのに目を取られていた。

 恐らく背中に背負っている手提げバッグの中にエールダンジェが入っていて、安全機能が働いていたのだろう。


 私は地面に舞い降りた少年を置いて逃げようとする。

 だが、上から落ちて来るゴミの塊を見て、放置すればいずれその少年がゴミに潰れるのは明らかで、それを見捨てて逃げることを人としての良心が許してくれなかった。

 私はその少年の両足を両手でつかむと、引っ張ってその場から逃げる事にする。その数秒後、私達の居た場所を巨大な鉄のゴミの塊が落下して大きい埃を巻き上げる。


 あと少し遅ければ二人とも死んでいただろう。




 これが私、リラ・ミハイロワと、レナード・アスターとの運命の出会いだった。

 神さえも科学によって否定された時代において、私とレンの出会いはそれでも運命と呼べるものだったと感じていた。

 全く人間に興味も持たず、夢さえも半ば諦めて、フィロソフィアの下層でその日暮らしをしていた私に、まるで道を示すようにレンが現れた。


 これが、私とレンの出会いの物語。

 地獄の底に落ちた私と、地獄の底に落ちてきたレンが、やがて天上へと登り至るまでの序章だった。




 ちなみに、男に全く興味の無かった私が、落ちてきた少年の美しさに一目惚れをしてしまったという事実は、あれから長らく経った今でさえも誰にも話した事はない。

 私達の出会いから11年が過ぎ、レンの奴は世界最高の飛行士(エアリアル・レーサー)と呼ばれるようになった現在でさえ、この手の件に関しては一切教えていない。


 それが私とレナード・アスターの関係でもある。

 ちなみに新暦とは『Anno Novum』と書き、科学が進んだ時代にとある哲学者が神の不在を証明した年を後に新暦1年として太陽系で運用されている暦です。

 なぜ西暦2500年とか3000年とかにしないのか?

 作者は出来るだけリアルから外れた設定を使いたくない(重力制御装置なんぞを勝手に作っておいて言うのも可笑しな話ですが)ので、実際にこのくらいの科学技術が西暦何年頃に到達できるか想像つかなかったために、年代を特定させない為に生み出したご都合主義的な暦です。

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