カイトのお師匠さん
1人ぽつんと取り残された俺は、再び道場の端っこで座るのだが、そんな俺の横にチョロチョロとアンリがやってくる。
「ちゃんと見たか?」
「凄かったね」
「お前からすれば、どれ程すごいのか分からないだろうが、俺達からすればどんな奇蹟的な事をしているか分かるから、凄いのレベルが全然違うんだよ」
アンリはウンウンと頷きながら自慢する様に語る。
そりゃ、俺は剣術の素人だ。アンリに習ったが、大してうまくなってない。エールダンジェを付けていれば、かわす位なら難しくも無いが。
だが、一々、俺を貶める言い方をしなくても良いだろうに。お前の教え子はプンプンだぞ?
「そんなに凄いのか?」
「アレを真似しようなんて、誰も思わない。昔、やってみろって言われたら、全員が無理ですってお手上げしたくらいだからな。まあ、バカが1人、それをやろうとして、さっきドテッ腹に穴を開けて医療ポッドに入ってたけど」
「あれ?……ここの居住区、武器の持ち込み禁止だった筈なのに、そういえばどうして怪我してんの!?」
「ここ、警察や軍の練習施設の代替場所でも登録されてるからな。もしかしたら、お前の父ちゃんも研修とかで来たことあるんじゃないのか?」
警察や軍の練習施設は、殺傷武器の扱いも必要となるため、居住区内で許可されていない高密度な重力子の取り扱いが許されている。普通ならば、撃つ前に高密度な重力子の集中が発生したら、近隣のエネルギ利用が一瞬で停止される。
「なるほど。で、武器の練習場所だからか。それで、あの幼児は祖父の真似して血溜まりの中に倒れてたのか」
それにしても祖父の真似をする為に、そんなやばい事をするなんて何を考えているのだろう。幼児が殺傷性ある重力光拳銃を誰かに撃って貰ったのだろうか?
高山さんは止めなかったのだろうか?
「師匠の孫は頭悪いから、そこら辺の出来る出来ないも理解してないんだよ。軍用遺伝子保持者だけど、ありゃ、一般人以上に鈍臭くて運動神経悪い遺伝子だからな。IQも凡人だしさ。ま、からかって遊ぶ分には楽しいし、可愛い弟分ではあるんだけど」
アンリはケラケラ笑う。
「っていうか、止めてやれよ」
「ムリムリ。アイツ、バカなくせに頑固だから。無理な事を無理って分からないんだよ」
アンリは諦め気味に言う。
いや、そこを止めるのが年長者じゃん。そういう所だけは、この男はかなりドライである。普段は無駄に熱いのに。
「それにしても、子供が出来ないのは当然だろうけど、アンリでもやっぱり難しいの?」
「俺くらいの天才だとレイブレードでライトハンドガンの攻撃を叩く事は可能だぜ」
「マジか!?アンリ、凄くね?」
何だ、出来るのかよ。
「でも、師匠のあれは別次元だ。1発だけじゃなくて10秒間に100発ペースで撃っても、全て弾く。結構適当な照準を合わせてる俺本人でさえ、どこに当たるか分かってない撃ち方をしてるのに、しっかりと弾くんだ。1発を弾くのと、あの連射を片っ端から弾くのでは難易度は1000倍くらいに跳ね上がる。しかも、師匠の凄いのは低出力のレイブレードでやってる事だ」
「低出力?」
「ああ。それを成すにはミリ単位でブレードを制御して、弾く角度叩く時間全てを完璧にする必要がある。今回やったのはお前の為に『エールダンジェ』に合わせた出力だったんだぜ?」
光の弾丸は重力の力場に過ぎず、干渉可能な範囲は直径1センチくらいの球体なのだそうだ。対してレイブレードは厚みが1mm、幅1センチしかない力場だそうだ。
それを一定の角度で中心より少しだけずれた場所を叩くと軌道が変わるらしい。極めて弱い力を斜めに叩いてやる事で自分に当たらない角度になるらしく、叩く角度が平行に近いと弾いても自分に当たり、角度が垂直に近いとレイブレードの力場を貫く。
絶妙な角度で絶妙なタイミングで絶妙な場所を叩かなければならないという。
「師匠の空間把握能力、相手の動きを読む洞察力、それに反応する速度、重力光剣を扱う技巧、何もかもが別格だ。更に言えば……」
「まだあるの?」
「師匠は5年前のテロ事件で左腕を切り落されたが、元々は左利きで、両方の手で同時に同じことが出来た。だから今の実力は当時の半分にも満たないんだよ」
「!?」
軍用遺伝子保持者の頂点ってのはそこまでデタラメなの?
カルロスさんはレース中に光の弾丸を弾いた事があったが、当人はマグレだと言っていた。だが、彼はそれを狙ってやれるって事だろう?
もしも飛行士だったら、重力光拳銃の攻撃が一切当たらず、追いかけて近接で叩いて勝利するという無敵な選手になるように思える。
すると医療ポッドのある部屋から高山さんが戻ってくる。
その後ろから、医療ポッドから懐が真っ赤な胴着を着ている幼い少年と昔のリラを思わせるツナギを着た同じ位の年頃の幼い少女が並んで歩いてくる。
幼児2人はグシグシと泣きながら、道場の脇にある廊下へと出て、2人仲良く日向ぼっこでもするかのように外の方を眺めるように座る。
そんな2人を一瞥してから、高山さんは俺の近くに来て、アンリの方へと視線を向ける。
「さてと。さっき、ウチの孫が高出力重力光拳銃を撃つ機械を使って腹に穴が開いた件だが、機械製作者に問い合わせた所、お前の入れ知恵らしいな」
高山さんは剣呑な雰囲気で弟子を見る。
ギクッと音が出そうなほど狼狽するのはアンリだった。
俺は『お前、またそんな事を…』って口に出そうとして堪える。これ以上、アンリの罪が増えたら死ぬかも知れぬ。だが、周りのお弟子さんが「お前、またそんな事を」と口にしていた。
どうやら、アンリはこの道場でも問題児のようだ。
「そ、そこは製作者に問題があると…」
「その製作者は父親がこっ酷く説教して泣いてたろう」
高山さんは泣いている幼児2人へ再び視線を向ける。
ああ、なるほど。片方の懐が血で赤くなった胴着を着ている小さい方の幼児は高山さんのお孫さんで、オーバーオールを着た幼女はさっきいたカイトの師匠の娘さんのようだ。機械弄りが好きなのか、腰に工具を差し込むウエストポーチが巻いてある。
っていうか、あの年齢であの機械を作ったのか?
凄い子供だ。
そして、2人で無茶をして酷い目に会い、一緒に怒られたという事だろう。痛い思いをした上に怒られた高山さんのお孫さんもさすがにこれ以上無茶はしないのではないかと思うのだが。
とはいえ、2人の後姿を見て、小さい頃の俺とカイトを思い出してちょっとだけ微笑ましく感じてしまう。さすがに俺もカイトも慎重だったのでそんな手酷い真似はしなかったけど。
「この黒幕は親がいないらしい。さて、師匠としてどうするべきか。………何か言い訳はあるか?」
「いやー……弟分が師匠の真似をする為に重力光拳銃を撃ってくれる装置を作りたいって言うから、妹分にその装置の元になる機械人形をプレゼントしただけなんですけどねー」
アンリは思いっきり引き攣って後退り、逃げようとする。
あんな幼女が機械を直したのは驚きだが、そんなものを渡す方がどうかしている。しかも殺傷性のある攻撃が可能な道場でやる時点で確信犯だ。
逃亡を試みるアンリだが、他の門下生の小父さん達が捕まえる。
「まあ、リンチにならない程度の修行をしようか、アンリ」
「お前のそのちゃらんぽらんは本当に治らないよな」
「今日は特訓だな。強くなれるぞ。よかったな」
小父さん達、すっごい良い笑顔でアンリの肩を叩く。アンリの顔が一気に青褪めるのだった。
いーやーだー
とか嘘泣きをしながら、アンリは先輩達にズルズルと引き摺られて、道場の端っこへと連れて行かれる。俺や高山さんのいる場所とは丁度道場の対角線の位置のようである。
パワハラのような気もしなくもないが、あれは完全に自業自得だと思う。
アンリも悪い奴じゃないのだが、あの調子の良い所はどうにかした方が良いだろう。
「全く…あのバカは」
呆れるように高山さんは溜息を吐く。
「悪い奴じゃないんですけどね」
「……ウチの息子にそっくりすぎて将来が心配すぎる」
そう言われると何とも言い難い所だ。アンリが一角千金目指してマフィアになっても可笑しいと思わない自分がいるからだ。友達として気をつけてやろう。
「ところで、お孫さんは大丈夫だったんですか?」
「まあ、いつもの事だからな」
「いつも放置しているんですか、あんな危ない事」
今日、誰も気付かないまま放置されていたら死んでたんじゃないんですか?
子供の扱いが雑すぎやしないか、俺はそっちが心配だ。
「辞めろと言っても聞かぬのだ」
「末は高山さんみたいな剣士になりたいとか?」
「いや、あの子は剣士どころか、人を傷つけるのも苦手な子だ。あれでも道場でそれなりに鍛えてるから運動は出来るんだが、徒競走では絶対に最後になるんだ。人を蹴落とすのが苦手でな。優しすぎるのが玉に瑕だな」
テロリストになってしまった父親から、人を蹴落とす事さえ苦手な優しい息子が生まれるというのも面白い話である。
「ん、じゃあ、何であんな無茶をしてるのでしょう?」
「…………あの子にはあの子の頑固になる何か琴線みたいなものがあるんだ。それがなんだか分かれば良いんだが……」
高山さんは呆れるように溜息を吐く。孫の奇行を理解できないらしい。自殺願望が目覚める何かがあるのだろうか?
「すいません、ゲーリーさん。ウチの子が…」
そこにやってくるのはカイトの師匠だった人だ。ペコペコと頭を下げている。
「仕方あるまい。あの2人はいつもワンセットだったし、ウチの子がまた我侭を言ったのだろう。すまぬな」
「いえ。……まあ、今の内に自分の作ったもので何が起こってしまうのか、ちゃんと分からせなければならないし、今回はさすがに反省したでしょう。女だてらであんまり整備士なんて目指して欲しくも無いんですけどね」
「大体、ウチのバカ孫が迷惑を掛けているからなぁ」
2人は苦笑しあう。
***
暫くして高山さんは俺に向き合って、本来呼びつけてしまった本当の理由を説明し始める。
「さて、本題に入ろう。君を呼んだのは他でもない。アンリが中途半端に剣術を教えたと聞いてな、どの程度のものか見ておこうと思ったのだ。間違っているなら正すし、送れるアドバイスもあろう。日本にいた頃はエールダンジェの若い飛行士に重力光剣を教えた事もある。君は確かプロの飛行士なのだろう?」
高山さんはそんな事を口にする。
へー、エールダンジェをやってる飛行士に重力光剣を教えた事があるのか。それは頼もしい。
「飛行士に重力光剣を教えた事も有るんですか?」
「うむ。高山道場に引き取られて最初に受け持った子供の中に未来の世界王者がいた。剣術を学びに環太平洋連邦に留学していたらしい。最初の弟子だったから、私も人への教え方を総師範に教わりながら教えていたものだ」
少し懐かしそうに高山さんは目を細める。
「……未来の世界王者?……もしかしてあのカルロス・デ・ソウザ選手ですか?」
そういえばシュバルツハウゼンの育成部門にいたカルロス・デ・ソウザ選手は若い頃に剣術修行のために環太平洋連邦に一定期間留学していたと聞いた事がある。
「ああ。でも、あの子も剣術のセンスは全く無かった。ただ頭が良かった。だから剣を使った駆け引きで勝てる方法を念入りに教えた」
カルロスさんは確かに剣術が上手いというよりは、擦れ違い戦のスペシャリストだ。そこで確実に勝利して、相手を何度もバランスを崩させてKOまで持っていく『剣舞』と呼ばれる嵌め手を使って、相手から勝利を奪うのだ。
故に『剣舞士』という2つ名を与えられている。
そのアドバイスをしたのが目の前の人?
マジデスカ?
あまりの驚きに、高山さんの誘いに乗ってしまう。
俺は言われるまま道場の片隅で高山さんとお互いに重力光剣を持って構えあう。
彼は右手で重力光剣を持ち右側を前にして半身になる。俺も右手で持ち、左側を前にして半身になる。俺の場合、エールダンジェで使うから、左手に重力光盾が有るから、左が前に来るのだ。
「いきます」
俺は高山さんへ踏み込み剣を振る。
3合ほど俺と高山さんの重力光剣同士が打ち合わされる。高山さんは俺の攻撃を受けるだけという感じだ。
だが、4合目で高山さんがゆっくりと動きながら俺の攻撃を重力光剣を使わずにかわし、胸元に重力光剣を突き当てる。
「は?」
高山さんは俺よりも遥かにゆっくり動いているのに、俺は全く反応が出来なかった。分かっているのに、自分から負けに行ったような感じだった。
「ふむ。…やっぱりか」
高山さんは納得したような表情で頷く。
だが、俺は余りに簡単に負けてしまい驚く。
アンリみたいに激しさがあるわけでも無いのに、いとも簡単にあしらわれてしまった。エールダンジェの機体スペックが圧倒的に勝利しているのに、こっちが自由に動けて何でもできるのに、まるで誘われるかのように負ける方向に動く、そんな見えない不可思議な感触だった。
「君はエールダンジェの為に剣をやっているんだったな?」
「は、はい。まあ、出来たら格好いいなとか、近接戦闘が苦手なので強くなれたら嬉しいなとか思いはありますけど。カルロスさんのファンだし」
俺は言い訳する様に手をバタつかせて訴える。
「ふむ。なるほど。ならば重力光剣を持つのはやめた方が良いかもしれないな」
「え?」
「アンリの仕込み方が悪いというのもあるが、そもそも向いていない。特に剣が好きでないなら、やらないほうが良いだろう」
いきなり高山さんに処刑宣告を受けた気分だった。目の前がクラクラしてしまう。
「ゲーリーさん、言葉が足りてませんよ」
すると近くにいた青柳工務店の店主さんは、うろたえている俺に気付いたようで慌ててフォローに入って来る。
「む?………ああ、別に才能がないとか、やる気がないなら辞めろとか、そういう剣士としての意見という訳ではない。単に飛行士である君には不要な産物だと感じたのだ」
高山さんは自分の顎鬚を弄りながら、困った様に弁解をする。どうやら、オレの剣術に対して色々とモノを申したいという訳ではないらしい。
「アンリの仕込みは悪かったんですか?」
「あのバカは軍用遺伝子保持者に教えるように人に教えてしまっていたようで、君には全く剣術の基礎が身についていない。見栄えはそれなりにあるが、基本的な部分がないから本職には勝てないだろう。1年以上も無駄な事をさせたのは申し訳ない。まあ、筋力トレーニングくらいにはなったかもしれないが、そのくらいの価値しか無かったという事だ。だから、私はアンリに他人にものを教える事を禁止していたのだ」
「な、なるほど」
つまり軍用遺伝子保持者用の教え方と普通の人間への教え方は違うという事なのか。
で、アンリは俺に自分が教わったとおり教えた。だから仕込みが悪いと。
なぜなら俺は軍用遺伝子保持者じゃないから。分かりやすい構図である。
「軍用遺伝子保持者と言う奴らは見て出来る事は基礎が無くても即座に模倣できてしまう。無論、反復練習をして精度を高める練習は必要だが、やらなくても人並み以上に基礎が出来てしまうから、即座に実戦練習に入れるんだ。だが、君は常人だ。故に基礎を叩き込まねば身にならぬ」
「そういう事……ですか」
まあ、あんまり強くなってないのも気付いていたけど、筋トレにはなってたし、強い相手と戦う事には慣れたからプラスにはなってたと思う。
だが、高山さんの指摘はたった数回の剣を振っただけで俺を良く分かっているように感じた。そして、俺も同意見だった。
「もう1つ。君は非常に目が良いし集中力も良い。遺伝子を弄らずにそこに至ったというのも、さすがその年齢でプロになった飛行士だと個人的には感心している。だが、近接戦闘に関しては、才能がない」
「無いですか?」
だが、俺の近接戦闘は本職からもバッサリだった。それはかなり凹むからやめて欲しい。
「遺伝子と言うよりは後天的な感じだな。暴力に有ったり、怖い目にあったり殺されそうになったりした事は無かったか?」
「ええと、思い当たる事が多くて…」
「君は非常に臆病で、どうしても腰が引けてしまうし、近接となると恐怖で体の反応が悪くなる。頭の中で一度、逃げるという選択肢を過ぎらせて、踏み込んでしまっている。正直、精神的な面を直すのは私の本職では無い。努力で治るかもしれないが、そもそもやる必要のない努力ならしない方が良いと思ったのだ」
高山さんの指摘はひどく心当たりがある。たったアレだけで分かっちゃったんですか?
なるほど、これだけの猛者が彼の師事を仰ぎに来るわけだ。
「でも、どうしても近接戦闘になってしまうケースがあります。それを乗り切るには………近接戦闘は必須です。じゃなかったら、そもそもアンリに教えなんて受けようとも思いませんし。奴のチャランポランさは分かっていた上で頭を下げて教わった訳ですし」
だからと言って近接技能から逃げるわけにも行かない。
「相手が至近距離で戦いたいというならそもそも至近距離で戦う事はダメだろう。戦いとは常に自分の得意分野でやるべきだ」
「それが出来ないから困ってます」
「それでも、近接の訓練をするよりは近接にさせない訓練をした方が君には向いているだろう」
高山さんはかなり無茶な事を言っている。それが出来るなら今まで苦労はしていない。
「エールダンジェのもっとも起こりやすい近接のシチュエーションは擦れ違い戦だと聞いている」
「はい。どちかというとその状況で俺に組み付いてきたりする事も有ります」
「私ならば……そうだな、敢えて内側の死角に飛び込む」
「え?」
近接にならないように行っておきながら近接に入ってどうする?
「見せた方が早いな。参考になれば良いが。恐らく、これはエールダンジェに乗っている対戦相手の方がよく利く筈だ」
高山さんはさらに実演してくれるらしい。
「おい、そこのジョセフとホセ、マウリシオとジャックの4人。ちょっと良いか」
道場で練習している4人に高山さんが声を掛ける。4人は手を止めてこちらに振り向くと、小走りでやって来る。
「そこに立っていてくれ。私はここから向こうの柱まで走るから、私に触れて見せろ。殴っても良いし、蹴っても良いし、重力光剣で叩いても良い。行くぞ」
「は、はい」
慌てて4人は高山さんの方へと向く。
すると高山さんは一番近くの相手に真正面からぶつかりに行くかのように走り出す。相手が慌てて重力光剣を振って攻撃すると、その攻撃を避けて脇からすり抜けると、今度は2人目の相手へ向かって走る。
蹴りをしてきた相手の股下を潜るようにすり抜ける。
フックを被せて来た3人目の相手の脇をすり抜ける。最後は両手を広げて捕まえようとする相手に対して足を止めずにフェイントを掛けて、腹にタックルを狙った相手の頭を飛び越える。
捕まえようとした4人は、高山さんを捕まえる所か、畳に倒れ臥していた。
「こんな感じだな」
「こんな感じって言われても分かりませんよ!?」
確かに相手に向かっていったのは分かる。それを懐でかわしたという感じだ。
「攻撃はある程度、自分の懐よりも遠い場所で攻撃する。むしろ逃げようとすれば、相手からは叩きやすくなる。敢えて懐に飛び込む方が効果的だ」
「相手の懐に」
「君は集中力と目は良さそうだ。ギリギリまで相手に向かって行き、相手の攻撃を読んで、即座に掻い潜る。ボクシングなどでカウンターとしても使われるし、フットボールでドリブルを使ってかわすのも基本的には相手の動きの逆をつくのが最も効果的だと聞いている。まあ、対人の駆け引きとしては基本だな」
なるほど、逃げよう逃げようとしていたが、逃げる事がわかっていればそこに飛びつけば良いから捕まりやすい。自分から相手の攻撃を避けに行くために懐に飛び込めって事か。
「それに逃げようとして相手の攻撃を見ると体が硬直するだろうが、自分から相手の攻撃を避けに向かっていく場合、精神的にも有利だろう。逃げよう逃げようと考えすぎてないか?」
「確かに逃げようと思い過ぎてた気がしなくもないです。実際、勝てる相手には自分からぶつかりに行ったこともありましたし、別に近接が怖いという訳じゃないとは……」
「自分から避けに行く。相手の裏を取りに行く。相手の攻撃を自分の逃げる方向とは逆方向に誘う。色々な手はあるだろう。逃げるという感覚は持たない方が良いと私は思う」
逃げよう逃げようとしていたが、逃げる方が捕まりやすいなんて言われてしまうと、何とも恥ずかしくなる。臆病が故に出なかった発想だった。目から鱗とはこの事だろう。
特に今度の相手はファントムという分身の術のような技術を使ってくる。
逃げようと思っても、不規則に揺れてどこから仕掛けて来るか読めないから、擦れ違いで逃げれるスペースを探すのは困難だ。
だが、ファントムは少なくとも攻撃の瞬間だけは動きが止まる。そこで相手に向かって動いて避ける事が出来れば確実に近接を避けることが出来るだろう。
言われて見れば、他の飛行を得意とする飛行士は飛行技術で相手の攻撃をヒラリヒラリとかわしているが、あれはほとんど相手の攻撃を誘導して逆方向に避けて空振りを狙うものだ。
近付く振りをして相手が止まった所を逃げる。一種のチキンレースだったのだ。
「あ、ありがとうございます!何だかちょっとだけ掴めた気がします!」
「そうか?それなら良かった」
高山さんはホッとした様子で頷く。
俺は早速試してみたいので戻ろうとすると、道場を出たあたりでカイトのお師匠さんに呼び止められる。
「君、プロの飛行士なんだって?」
「え?あ、はい。一応」
「そうか」
おずおずとカイトのお師匠さんは何か納得したように頷き、言い難そうにしながらも重たい口をゆっくりと持ち上げる。
「もしもで良いんだがな。キース・アダムスと名乗るカジノハビタット国籍の飛行技師に会えたら伝えて欲しいんだ。彼は私の知人でね」
「え」
「『馬鹿な事してないで、さっさと戻って来い、まだ教えてないことが山ほどある。中途半端な状態で飛び出すんじゃない』と青柳っていうチンケな技師が言ってたと伝えて欲しいんだ」
カイトのお師匠さんから出た言葉に俺は言葉を失ってしまう。そして、彼は未だに自分の弟子を慮っているようだった。
カイトは自分のやった事を恐れて、ウエストガーデンから逃げだした。だけど、ちゃんと待ってる人がいた。
カイトのバカは師匠にまで心配かけて何やっているんだろう。本当に全く。
「………はい。分かりました。間違い無く伝えます」
俺も伝えたいことがある。
そして、あのバカを月へ連れ戻すんだ。
レナードはこの時点でレイブレードを持つのをやめます。
将来、レナードは『重力光拳銃の攻撃が一切当たらず、追いかけて近接で叩いて勝利するという無敵な選手』と戦うことになります。
ゼロでは出演予定はありませんが、本編を書けたらお目にかかる事でしょう。