ゲーリー・高山
シャルル殿下が去った翌日だった。更なる一波乱がオレを待っていた。
俺の日常は、日曜でレースのない日の午前は、アンリと近接戦闘訓練となっていた。
互いに重力光剣を持ってチャンバラ状態になる。大体アンリにしこたまやられて終わるのだ。
強くなっている気はあまりしないが、レースではそれなりに近接戦闘で惨敗する事はなくなりつつある。強烈な攻撃を仕掛けてくるバリエーションや近接の強い相手に慣れたおかげかもしれない。
あと、一緒にやるトレーニングのお陰で身体能力も上がってきた点がある。成長期なので背も伸びてきてるし。
勿論、一番劇的にレースで勝てる様になったのは、9ヶ月前にシャルル殿下からプロ仕様の機体と交換して貰った事で、機体性能が格段に上がったからだ。
そのため、近接で無理やりぶつかってくる相手を簡単にかわせるようになった。
9ヶ月前から今日まで参加したステップアップツアーの4大会の内、まともに負けたのは2試合、その時の相手が高校トップクラスだった飛行技術の上手いタイプの選手と、遠距離の得意なジェロム・クレベルソンだ。
リラやロドリゴ氏が言うように、俺は決め手がなくズルズルッと負けてしまった印象がある。
ちなみに他の2試合はスポンサーと揉めて不戦敗や棄権で負けている。
対戦相手の飛行士が取引先だから接待試合をしろとか言われてしまい、泣く泣く負ける羽目になるので、危険とか不戦敗をしている。
八百長は反則です。
今日も今日とてアンリに剣術訓練をしようとして、小さな公園で待っていると、奥の方から慌てる様に走ってやってくる黒い影が見つかる。
褐色の肌に短く刈り込まれた髪、格闘者らしく筋肉質ながらもスラリと細い体躯、我が友人アンリ・レヴィナスであった。
そのアンリが何故か顔色を変えて俺の前へとやって来る。いつもなら遅刻してもたらたら歩く男がどうして?
「どうした?慌てて?そんなに時間に厳しくないだろ、いつも」
10分遅刻して、わりーわりーで済ます男なのだ、目の前のアンリ・レヴィナスは。気の良い奴だが気まぐれで手が早い困った奴だ。
……………あれ、良い奴か?
「ちげーよ。やべえ。ついに師匠にばれた」
アンリからの言葉に俺は一瞬理解できずに首を捻る。
この剣術トレーニングは、アンリが師匠から『人様に剣術を教えるのはご法度』とされていたので、こっそり教わっていたものだ。アンリが修行の合間の暇つぶし程度の時間で、剣術のABCを俺が教わるという内容で、今に至るわけだ。
「それって別に今後は続けられないかもとか、アンリが怒られるだけって話じゃないんだっけ?」
「い、いや、まあ、そうなんだけどな。お前を呼んで来いって言われて」
「何故に!?」
おっかない師匠に俺まで対面させようと言うのか。
悪魔か、この友人は?
「いや、お前が嫌ならミハイロワ養護施設に出向くとは言ってるけど、出来れば道場でという事だから俺をお遣いとして出して、呼んできて欲しいって頼まれたんだ。師匠はヒマだから何時でも良いって言ってたけど」
「………俺まで一緒に怒られるとかじゃなくて?」
「…………ふふふふ、とっくに俺は半殺し近く叩きのめされて、医療ポッドのお世話になる程のダメージを負って、ここに来ているがな」
アンリは遠くを見て、何かを思い出したのか体をブルリと震えさせて、どこか狂ったように自嘲する
。
医療ポッドって死に掛けた人を救う為の緊急医療設備だよね?戦場に持って行って、腕が切れても、腹に穴が相手も、医療ポッドに入れば助かるっていう万能医療機器だよね?
何で君、死に掛けてるの?何で一介の剣術道場にそんなものがあるの?
突っ込み所は満載だ。
「行きたくないんだけど……行かなかったらウチの養護施設に押しかけるんだよね?」
俺の問いにスススと目をそらすアンリ。
この野郎、俺までとばっちりさせるつもりか。
「分かったよ。行くよ、行く。いつ行けば良い?明日の学校が終わったらが良い?」
「そんな感じで頼むわ」
アンリは適当な感じで俺の肩をバシバシ叩く。こいつ、これっぽちも反省してないぞ?
***
アンリ曰く、剣術道場の師匠はゲーリー・高山という70歳の男らしい。剣術の流派は無形刀流、剣術道場の名前は無形刀流剣術道場・第一月道場というらしい。
ちなみに第二月道場が本部らしい。何で本部が第二なのか理解不能だ。
環太平洋連邦の日本と言う島国の剣術道場で、世界的には無名な流派だった。当初は日本刀と呼ばれる美しい芸術品みたいな刀を使う剣術だったそうだが、西暦が終わり、新暦が始まると、重力子を利用した輝く光の剣『重力光剣』が主流となった際に、廃れてしまったらしい。
地球に10の剣術道場を持つだけの古武術の流派だったが、約25年前に未だ現役と言う大ベテランの飛行士『カルロス・デ・ソウザ』がその流派で剣術を学んだという事で劇的に増えたらしい。
第二道場が本部という理由が謎なので聞いて見ると、5年前のテロで師匠の高山さんは左腕を失ったという。そこで、月の本部機能を第二道場へと移管したので、第一道場が支部になり、第二道場が二本部に入れ替わったとか。紛らわしい。
だが、畳む予定の第一道場は、慕ってくる弟子が多く、仕方なく教えてくれているとか。元より高山氏は地球総本部にいる総師範の義弟という立場らしく、地球総本部は彼の余生の為に道場だけは残しているらしい。つまり、高山氏はやめたけど、弟子がやってくるから続けてるだけという状況だとか。
そんな事をアンリはペラペラと教えてくれる。
「テロの被害者がここにも」
「師匠は自分の教え子だけでなく、息子さえもテロに加担しているから、被害者とは言い切れないかもな。だから腕を治すこともせず、そのまま道場を畳もうとしてたんだって。実際、道場の権利は持ってないらしいぜ」
「………」
それは確かに複雑だ。被害者であり加害者を育てていた事実もあるわけだから。
いや、今思えば父さんは切り殺されたのだ。あの時、父さんを殺した男は、もしかしたら道場の出身である可能性が高い。
俺としても非常に複雑な気持ちだ。
「でもな、師匠の剣術は別格だよ。俺達軍用遺伝子保持者って、基本的に自分の適正のあるものっては一目見れば出来るようになるんだ。出来なくてもある程度再現できる。道場に来ている多くの大人達は歴戦の軍用遺伝子保持者達だが、彼らをもってしても師匠の技術を盗む事はままならない」
アンリは目を輝かせて喋る。この気まぐれなアンリにここまで言わせるのだから余程凄いのだろう。
「そんなに凄いんだ…」
俺の知人にいる王子様だったら一発で盗みそうだが、アンリの話に水を差すほど野暮でも無いので黙っておこう。
***
たどり着いたのは何やら異国の文字で書かれた表札のあるオリエンタルな道場だった。漢字で『無形刀流剣術道場』と書かれていたらしい。環太平洋連邦に所属する日本列島に伝わる剣術なのに、何で東亜共和国の文字なのだろうと俺は小首を傾げる。アンリに聞いても知らないと返された。
歴史を知ってれば分かったのだろうか?
俺は道場の門をくぐる。
「『タノモー』とか言った方が良いのだろうか?」
「どこで知った無駄知識だか知らないが、嬉々として排除してくれるから辞めたほうが良い。まだ死にたくないだろ?」
「物騒な場所に来てしまった」
「まあ、大丈夫だよ。手加減ができて一流だからな。死んだりはしないから」
アンリが先導してガラガラと道場の入口を開ける。
俺は深呼吸をして、気合を入れて道場へと足を踏み込む。
そこには8歳くらいの子供が血溜まりの中で転がっていた。
腹には穴が開いており、大量の血が人間という容器から零れ落ちるようにドクドクと流れていた。右手にはレイブレードの柄を持っているのだが、その右手が有り得ない方向に曲がっている。
「さ、さ、さ、さ、殺人事件!?」
俺はいきなり恐ろしいものを見て驚愕する。
何が死んだりしないから、だ!
最初に入る時に気合を入れていなければ、小便をちびっていた自信があるレベルだ。フィロソフィアの下層で見かけたような光景だが、平和なウエストガーデンで再び見る羽目になるなんて思いもしなかった。
それともテロか!?テロが起きたのか!?
「あっちゃ、またやらかしたか」
恐怖に凍り付いてしまう俺を横目に、アンリは何か呆れたように頭を抱えて、倒れている子供の方へと駆け寄る。
奥の方からも筋肉隆々の巨体を持つ猛者達が次々と現れる。10人くらいの男達なのだが、フィロソフィアカジノにいたちょっとやばそうな雰囲気を持ったおっさん達と同じ空気を、更に濃密にさせたような感じである。
全員、瞳が薄っすらと銀色を宿しており、恐らくは軍用遺伝子保持者なのだろう。
ここ、犯罪者の集積所か何かなの?
数年前に落ちた最悪の地獄を思い出させるような場所をウエストガーデンで見るなんて思いもしなかっただけに俺は恐怖に体を竦ませていた。
「師匠!大変です!また、お孫さんが!」
「また、やらかしたのか、あのバカは!」
「速く医療ポッドへ!」
「担架持ってこい、担架!」
奥の方から大人達が大慌ててやってきて、アンリも倒れている子供を担架に乗せて、奥の方へと連れて行くのだった。
俺はポツンと取り残されてしまう。
そこで奥の方から1人の老人が現れる。
白髪で左腕のない東洋系の容貌をした男だが、老いてなお猛禽を思わせる鋭い雰囲気を持っていた。
胴着と呼ばれる白い丈夫そうな長衣に、黒い袴と呼ばれるオリエンタルなスタイルだ。桜さんが昔着ていた服装である。
そして、その瞳は黄金、金属そのものにしか見えない。軍用遺伝子保持者でも一際血の濃さを窺わせる。
その老人は大きい溜息を吐いて、奥の方にある金属でできた丸くて大きい水槽のような場所を心配そうに覗き込む。どうやら奥にあるあれが医療ポッドらしい。お孫さんという言葉からして、倒れていた少年は彼の孫だったのだろうか?
基礎学校に就学してないくらい小柄な子供だったように見えるが。
そこでぱったりと俺とその老人の目が合う。
俺はビクッと反応して腰が引けてしまうのだった。恐らくこの老人こそが無形刀流剣術を教えているというゲーリー・高山氏本人なのだろう。
「君がアンリの言っていたレナード・アスター君だね?」
「は、ひゃい」
恐怖の余りに声がひっくり返ってしまった。
どうしよう、無理にアンリに頼んだ事を咎められるのだろうか?まさか俺までどてっ腹に穴が空く事になったりしないだろうか?
そこで俺の様子を見かねた高山氏は眉根を顰める。
「あのバカ、何を吹き込んできたんだ?」
高山氏は怪訝そうに医療ポッドの近くにいるアンリの方を睨む。
そして、コホンと咳をして気を取り直したように高山氏は俺に一礼する。
「態々、ご足労痛み入る。気兼ねなく入ってくれ。ああ、この屋敷は土足禁止なんだ。そこで靴を脱いで入ってきてくれ」
丁寧に土足置き場の土足をどけて、俺の土足を置く場所を空けてくれる。
「は、はい」
俺は頷いて、慌てて靴を脱ぐ。
そういわれてみれば、全員裸足だった。土足禁止の屋敷なのだろう。国際スポーツ大会などでみかける古い時代に建物の床として使われた『畳』が敷き詰められている事から、そういう文化を継承している事が窺える。
ちょっと神秘的だなぁと思うのだった。
通された場所は道場の端にある少しだけ高い台座になっている場所で、小さな丸いテーブルが置いてある。
奥の方からリラに匹敵するほどの美女がやってくる。黒いショートボブの女性で年齢は20歳くらいか、リラと出会っていなければうっかり求婚したくなる程の美女だった。特に揺れる胸が素晴らしい。
彼女は湯飲みに入れた緑茶を俺と高山氏の前のテーブルに置くと、一礼して去っていく。
すると高山氏は俺に正面から向かって正座をしたまま頭を下げる。以前、チェリーさんがやったドゲザと言う奴である。
「申し訳ない」
真摯に謝ってこられたので俺も困惑してしまう。
「え、いや、その……アンリには俺が頼んだんだし、その逆にご迷惑をお掛けしたと…」
高山氏は頭を上げて首を横に振る。
「それでも君には恐らく間違ったものが伝わっただろう。私はアレに人にものを教える方法を教えていない。それに、私のバカ息子や幾人かの弟子は、己の力に慢心し、ウエストガーデンに多くの迷惑を掛け、多くの人を殺した。君の事もアンリからは聞いている。恐らくは私の知る誰かによって殺されたのだろう。本当に申し訳ないと思っている」
「それは……」
だが、どうなのだろうか?
カイトの例があるから多少割り切っている部分はある。与えられたものを正しく使うかどうかは、使う人間の責任だ。与えた人間が悪いというのは違うのでは無いのだろうか?
彼も恐らく、彼らが人殺しに剣を使うと分かっていたら教えなかったのでは無いのだろうか?
「……使う人間が悪いのであって、与えた人間が謝る事も無いと思います」
「………それでもバカ息子をまともに育てられなかったのも事実だ。せめてあの時、バカ息子を斬り殺せれば良かったのだが」
殺す気だったんすか?
確かに子供が犯罪に手を染めるのはどうかと思うし、責任はあるかもしれないけど、12歳以上の人間の犯罪に親は関係ないはずだけど。
するとアンリが俺達のいる道場の奥の方へとやってくる。
「師匠は5年前のテロ事件で、襲ってきたテロリスト『自然主義者』や『ノアの方舟』の実働部隊を壊滅させてるんだよ。1000人近いテロリスト達を片っ端から斬り伏せていったんだ」
なんて、アンリが自慢げに言うと、高山氏はアンリの頭を叩く。
スコーンと軽い音が鳴り響く。
アンリよ、それでは反省が伝わらないぞ?まあ、あんまり反省してないように見えるけど。
「この馬鹿者。彼に何を言って連れて来たんだ。私は彼に謝罪する為に呼んだのに、どうみても悪い事をして呼び出されたような顔をしていただろうが!」
「え、いやー、そんなつもりは…」
アンリは引き攣って目を泳がす。明らかにそんな雰囲気で呼びつけていた。絶対に俺をビビらせて楽しもうと考えていたに違いない。怖いお爺さんだと聞いていたが、至極真っ当なお爺さんじゃないか。むしろお前が問題児だと訴えたい。
そこで俺はふとアンリの口から出た言葉を思い出す。
「って事はやっぱり高山さんはメチャクチャ強いんですか?」
「……強さにも色々あろうが、クズの生きる世界で、最も高い懸賞金が掛けられていたというだけだ」
「へ、へー」
懸賞金って実際にリアルであるんだ。ファンタジーな物語とかアウトローな物語で出て来るけど、創作物だけだと思ってた。
さらりと恐ろしい事を言うので、さすがに俺は引きつってしまう。
「師匠は正真正銘オリジナルの軍用クローンなんだぜ。違法組織によって、白兵戦のみに特化された軍用クローンの理想形として生み出されているんだ。俺らみたいに親あy祖先が軍用クローンだったっていう軍用遺伝子保持者とかじゃなくて、完全なオリジナルなんだ」
アンリは如何に凄いかを説明するのだった。
つまり、現在は違法とされている本物の軍用クローンの生き証人という事だ。
だが、このひりつくような空気を纏いながらも、どこか好々爺然として老人がそのような暴挙をしていたようには全く思えなかった。
弟子には厳しく接しているらしいが、アンリが説明しなければ優しいお祖父ちゃんくらいに感じていたかもしれない。確かに、何も知らないで見るとただ者でない雰囲気はある。
「何か全然そんな風には見えませんが」
「……若い頃の話だ。20年前以上前に足を洗い、国連に出頭している。その時、高山さんに身元を保証するために養子として引き取られて道場などを開かせてもらったんだ。……にも拘らず、ウチのバカ息子は自身の力を過信して、多くの仲間を裏切って、月から去って行きやがった。とんでもない大バカ野郎だ」
激しく悔やむように俯く。悲しくてたまらない、そういう風に感じる。
カイトを失った俺と同じ気持ちなのかもしれない。それでも立場では加害者を育てた人間になっている。
やるせないんだろうな、と思う。
こんな優しげなお祖父ちゃんの元に生まれた子供がどうしてテロリストにぐれたのか謎である。
だが、今思えばさっき医療ポッドに運ばれた血塗れの少年がその孫なのだが、今にも死にそうだった。厳しく育て過ぎたのではないだろうか?
「も、もしかしてさっき倒れてたお孫さんもそういう技能が?だから厳しく育ててたり?」
孫同様、息子にも厳しく接したからグレたのではないのだろうか?
「……いや、あの子はそういう才能は無いよ。あの子は遺伝子弄りの好きな腐った人間達によって、どうもとある偉人と同じ遺伝子になるように調整されていたらしい。普通の子供だから、普通に生きてほしいのだが、何故か私のやる事を真似をしたがってな」
少し哀れむように孫のいる医療ポッドの方へ視線を向ける。ここからでは見えないが、残された孫の将来を案じているのだろう。
「日常茶飯事なんですか?」
日常茶飯事でスプラッタな事をする子供ってどうなの?まさか就学前の子供にしてマゾヒストとか無いよね?
「ああ、普通は痛い目に会えば辞めるのだが、目を盗んでは、私のやる事を真似ようとしてああなる。特に、門下生さえ不可能な難題を真似ようとする。才能ある軍用遺伝子保持者ならば可能かもしれないと思い、弟子に見本を見せただけだ。私の孫は見た目こそ軍用遺伝子保持者だが、中身は一般人と同じ遺伝子だ。そんな才能で挑むなど、死に掛けるに決まっている。とはいえ、辞めろと言っても隠れてやろうとする。放置して死なれても困るから、少なくとも我らの見ている近くでやるようにと言い聞かせたのだ」
「そんな危険な訓練をやってるのですか?」
「いや、最終的にここに辿り着くと良い、その程度の教えを門下生に見せるのだが、誰もが不可能だと首を横に振るからな。私も簡単にできるとは思っていないで見せているつもりだが」
高山氏は、ハアと溜息をつき、どこか寂しげにする。
過去にシャルル殿下の様々な競技で無双しているのを見たが、いつもこんな感じの寂しげな表情をしていた。まるで自分だけ仲間はずれにされた子供のような表情だった。
この老体もまたあまりに才能が有り過ぎて他者との隔絶に孤独でも感じるのだろうか?
「ちょっと実演しようか。アンリ、重力光拳銃を持って来い」
俺の思案する様子を見て、どのようなものか考えている様にでも思われたのだろうか?
別に見せてくれなくても神業なら散々シャルル王子に見せられてるけど。
「見せてくれるんですか!?アレを!」
だが、高山さんが口にすると、アンリは嬉々として立ち上がる。そして奥の方へと駆け出す。
俺が何をやるんだろうと首をかしげていると、高山さんは立ち上がって、道場の隅に置いてある重力光剣の柄を手にする。
「モニカさん。青柳を呼んで来てくれ。剣武の実演の為に重力光剣を使うといえば分かるだろう」
高山さんは奥の方へ声をかけると道場の方へ、さっきお茶をくれた綺麗なお姉さんがやってきて、『分かりました。俊行さんを呼べば良いんですね?』と言って家を出て行く。
師匠が『アレ』を見せてくれる、と周りも何やら浮つき出す。何か凄い技術でも見せてくれるのだろうか?
「坊主が来たお陰であの神業を見せてもらえるチャンスが来るとは」
「今日、仕事をサボってここに来て良かった」
「同僚に自慢が出来そうだ」
いかつい道場生の小父さん達が俺の肩をバシバシと喜んで叩く。
ここの道場生達、アンリや高山さんを除くと、全員の腕回りが俺の腕の倍はありそうな太さをしている。向こうは軽く叩いている積もりだが、ゲームみたいにHPゲージがあったら間違い無く減ってる威力だ。
なんだかいきなりフレンドリーになったので、どんな仕事をしているのかと思えば、死んだ父さんと同じ警備オペレータやウエストガーデンの外からやって来た実際の警備員、元傭兵、自宅警備員、シークレットサービスなどという肩書が並んでいた。フィロソフィアの中層で出会った対戦相手に雰囲気が似ているというのはあながち間違いではなかったようだ。
だが、どさくさに紛れて変な職業の人がいたような気がしたが気のせいだろうか?
暫くすると、強面の恰幅の良い男が綺麗なお姉さんに従ってやってくる。
黒髪を短く刈った人で、東洋系の顔立ちをしていて細い目をした男だ。20代半ばといった所だろうか?瞳の色を見たところ軍用遺伝子保持者では無いらしい。右手には大きな工具箱とノート型モバイル端末を一緒に持って来ていた。
そんな小父さんを見て、どこか既視感を覚える。
俺は思い出そうとするが、誰なのか全く思い出せなかった。
やって来た小父さんは高山さんから重力光剣の柄を受け取ると、小父さんは一度重力光剣を射出させて光の刃を眺める。
「ふむ。確かにちょっと位置がずれて機能が薄くなってますね」
「毎度、すまぬな」
「いえ、持ちつ持たれつですよ」
すると、男は重力光剣の刃を引っ込め、畳に座ってシートを広げて、工具箱から工具を取り出す。
そして、重力光剣を様々な工具を使ってばらし始める。
淡々と分解して整備を始めるのだが、リラがエールダンジェを弄る時以上に、彼は手馴れた様子で機器を弄っていた。
眼鏡型モバイル端末をつけて、小さな工具を使って調整を行なう。重力子を放出するファイバーや根元の配線の位置関係をずらしているようだ。
正直に言えば凄い手際だった。手で持つことも出来なさそうな細かい部品をピンセットでつまみながら次々と調整をして行き、しかも同時に電気を付けながら内部のICチップのプログラムをあっという間に書き換えていた。
完全分解した筈なのにあっという間にもとの形に戻していた。作業時間は3分ほどだっただろうか?
「さすがだな」
「一応、国家認定工芸技術者ですから」
「ウチの流派としては俊行ほどの腕を持つ男はいないから、専属で見てもらえると助かるんだがな。義兄も俊行の技能は評価している。弟子はもう取らないのか?」
「俺だってゲーリーさんと同じですよ。5年前の事件だって、バカ弟子がバカの口車に乗って、折角教えた技術で人殺しに加担しちまった。あの技術は俺の代で終わりにしますよ」
苦笑して首を横に振る。
「私とお前とでは業の深さが違うだろう。少なくとも直接己の手を汚したわけでも有るまい」
「それでも、かつて汚れると分かっていて何百何千と傭兵達の刃を作ってきたのは事実ですから。黒歴史はお互い様ですよ」
高山さんが調整した小父さんから重力光剣を受け取る。そして光の刃を射出するのだが、見た事もない位、静かで震動もなく、刃の形が一定に保たれていた。
普通、レイブレードと言えばブォンと重力の放出音を発しながら光の刃が表れて、振るたびに不可視の力が空気とぶつかり、ブォンブォンと音がするものだ。俺の使ってるやつもそんな感じだ。
古典名作映画の光の剣にそっくりなので、重力光剣という言葉が流行る前は映画に出てくるような名称で呼ばれていた。
無論、映画の方は不思議な力で刃を出すが、現実では重力を棒状に形作っているのだが。
だが、そんなブォンブォンと音がして五月蝿い筈の重力光剣だが、高山さんの持つ重力光剣は静かで、一振りするとまるで空気だけが真っ二つに切れたかのような甲高く鋭い音が鳴り、光の揺らぎも震動音も一切ない。
まるで本物の鋭利な刀を振り回しているようだった。
以前、父さんを殺害したあの光の刃はもう少しブンブン五月蝿かったが、その重力光剣によって人を斬ったのを思い出した。
そこで俺はハッと思い出す。
重力光剣の調整に来ていた小父さんはカイトの師匠だと。そういえばここの道場って、カイトがバイトに行っていた工務店のお隣さんだった。
カイトが仕立てた記憶の中にある重力光剣よりも、遥かに美しい重力光剣を見て、カイトが尊敬していた理由を理解する。
こんな身近にこんな職人がいたとは驚きだった。
すると、高山さんはアンリに重力光拳銃を持たせて、道場の中央でアンリと相対する。
「さてと、レナード君。私の見せた技術ってのはこういうものだ。アンリ、良いぞ」
「ういっす」
アンリは重力光拳銃を高山さんに向けて、引き金を引く。
キュインッ
「!?」
高山さんが重力光剣を一瞬だけ振ると重力光拳銃から放たれた光の軌跡が高山さんを避けたように見える。
いや、目に残った残光が確かにそのように動いていた事が物語っていた。
「ドンドン来い」
道場の門下生達もオオオオと盛り上がる。
キュンキュンキュンキュン
アンリが重力光拳銃の引き金を引く度に、ゲーリーさんはただ手首を捻るだけで重力光剣を振るい、次々と自分に向かって飛んでくる光弾の軌道を自分の前からそらしていた。
さらにアンリは連射して、あちこちと狙いを変えるのだが、高山さんはすべての光の軌道を重力光剣で当てて軌道を変える。普通に剣を持ってクルクルと刃を振っているだけに見えるが、全ての重力子による光弾で重力光剣で弾いていた。
そして高山さんはそのままゆっくりと前に歩き出す。
アンリは重力光拳銃を撃ちまくるのだが、高山さんは歩く速度を緩めず、全ての光の弾丸を重力光剣で弾き、真っ直ぐ前へ進む。
最後にアンリの持つ重力光拳銃の銃口を重力光剣の切っ先に引っ掛けて宙に浮かし、アンリの首元に重力光剣を突きつける。
「御見それしました」
アンリは首元に刃が突きつけられているのを見て、引き攣っていた。
すると道場の門下生達は感動したように大きく拍手をする。
俺もまた信じられない物を見て、あまrの驚きに動けなかった。
重力光剣で重力光拳銃の光弾を叩くってのは理屈では理解できる。重力光剣も言ってしまえば重力光盾と同じ、重力場を形成するだけの装置だ。実際に盾と刀で、形が違うだけなのだから、ぶつかれば跳ね返す事も出来る筈だ。
だが、あんな細い棒で、秒間何発も飛んでくる光弾を叩くなんてありえない。
「信じられない」
俺は余りの衝撃に呆気に取られる。
高山さんはというと、疲れた様子も見せず、感心する弟子達に対して、少し寂しげな様子で視線をめぐらせ、ふうと小さく溜息を吐く。
そして再び道場では練習が始まり、高山さんはというと俺に断りを入れて医療ポッドの方へと向かう。あの青柳工務店の店長さんと思しき小父さんも一緒だ。
どうやら高山さんのお孫さんが目を覚ましたらしい。
こんな神業を持つ剣術道場の師範であっても、やはり孫は可愛いらしい。
実はこの話の中にエールダンジェ本編の主人公がちょっとだけ出ています。って書いてしまうと、誰が本編の主人公なのか分かってしまいそうですが(笑)
元々、この物語を書くにあたり、剣術無双をする本編主人公の兄貴分が出奔して、敵となって立ち塞がるというストーリーがあり、その兄貴分がアンリでした。
本編主人公は、憧れのレナードの母校である後期中学に入学する所から始まります。
で、よく設定を見てみるとアンリとレナードは同じ年で、同じ中学に設定されていたんですね。
私の作った設定では『レナードが一時的にカルロス氏に憧れて剣術をやったものの、才能がなく諦める』というものがありました。当初、ゼロに出す予定のなかったアンリは、丁度噛み合ったので、ゼロにも顔を出す事になったのです。
なので、次回、才能がなくて諦めます(笑)




