決め手がない
俺とリラはシャルル殿下とのドライブを終えると、ウエストガーデンの運動公園に下ろしてもらう。
彼らと別れると、2人で第二スカイリンクのある運動公園の方へと歩いていく。
「ねえ、リラ。何か珍しくレースに出るのに消極的じゃなかった」
「別に」
ツンッとリラはそっぽ向く。
そんな姿も可愛いんだけど、むしろレアすぎてどう対処すればいいか分からない。
「嫌だったなら嫌って言ってくれて良かったんだけど」
「……別に。アンタの元カレと比べられるのが腹立たしいとか、何で私がレン風情に上から目線で飛行技師比べされなければならないのかと言う怒りがフツフツと湧いてきているとかそういうんじゃないから」
嫉妬どころか、上から目線で怒ってた。右手に持ってるスパナを腰の工具入れに戻してから話をしよう。直にそれでオレを殴るからやめてほしい。
「って、元カレって何さ、元カレって。俺はそっち側の住人じゃない。具体的に言うとチェリーさんと同類じゃないから!」
「違うの?」
とんでもない誤解まで加えられていた。キョトンとした表情でリラは俺を見る。
「何を期待しているんだ、相棒よ。俺はお前だけだよ」
「そういう寝言はどうでも良いんだけど」
そしてどさくさ紛れに告白してみたのに寝言扱いされた。悪魔か、この女。いや、悪魔だった。スパナの悪魔。
「ただ…………はあ」
俺とリラは溜息を吐きながら先を歩いていく。
辿り着いた場所はウエストガーデン第二スカイリンク。
直径200メートル程度半球状のドーム施設で、その周りにはずらりと観覧席が並んでいる。
公式戦は出来無いが、学生の練習試合などではよく使われていた。普段は一般人の使う飛行練習場で、観客席は荷物置き場や休憩所扱いになっていた。
俺達はそこの観客席に座って、缶ジュースを飲む。
何となくよく行く場所なのだがエールダンジェの練習以外で来たのは初めてな気がする。普通にデートっぽい感じなので俺としてはちょっと嬉しかった。
この手の練習場では、草レースなども行なえる設備がある。
今もストリートファイトのように見知らぬ飛行士と見知らぬ飛行士同士が戦っていた。10代後半の大人と、10才くらいの少年がレースをしている。スピードは時速100キロ程度であるが、後期中学の地区大会1回戦がこのレベルなので、無難なレベルなのかもしれない。
10代後半の方は素直に空を飛び小柄な少年を追い立てるのだが、この小柄な少年は宙返りなどでくるくる回って相手の後を簡単に取り、主導権を握る。
だが銃撃が下手なのか上手く当たらない。
それでも相手の攻撃を曲芸飛行で避ける辺り、テクニックはかなりのものだ。
レースは経過が上の方にモニターで表示されており、得点も記されている。10代後半の方はジョンさんと言い、10才位の少年はクリストファー君と言うらしい。どちらも所属が市営養護施設になっているので、5年前のテロ事件で孤児になってしまった人達だと理解する。
リラのこれを見ていたようで少し呆れた様にぼやく。
「最近の流行はこの手のタイプなのよね」
それは俺も知っている。
中学王者ベンジャミン・李もそうだが、高校王者であるパウルス・クラウゼといった近年注目を浴びている期待の若手は、大概が飛行曲芸を得意とするテクニシャンタイプだ。
その理由も分かっている。俺が乗り始めた頃、一時期、この手の曲芸の得意な木星のスーパースターであるゲルハルト・アンデション選手が物凄くピックアップされたからだ。他にも事故で引退した天才レジェス・レナート・レセンデス選手も曲芸の天才として大人気だった。
俺の好きな飛行士はカルロス・デ・ソウザ選手のような近接攻撃系だったから他人事のように見ていたが、テクニシャン系隆盛時代の為にテクなしの自分がスカウト達からシカトされている事実にはちょっと他人事じゃなくなって来ていた。
「見栄えも良いし格好良いからね。今の時代だったら父さんは喜びそうだけど」
「ふふっ。そういえばレンの名前ってレオンから取ったんだっけ?」
「まーね」
俺の『Leonard』という名前は、『Leon』を元につけられている。父としては愛称をレオンにしたかった様だが、友人関係の都合上『レン』になってしまった。残念。
ちなみにレオンとはレオン・シーフォという選手という過去の名飛行士の名前だ。10年前ほどまでカルロスさんと権勢を争い、最強を誇るジェネラルウイングでも歴代屈指のスター選手だ。また、ベンジャミン・李と同じテクニック系の選手でもある。すべてにおいてレベルが高く、グランドチャンピオンシップという年末に行なわれる世界最大のエアリアル・レースの祭典において選手紹介の時に与えられた2つ名は『完全無欠』である。
世界王者達の中にあっても、その異名がつくほど凄い飛行士だったのだ。
今、同じ飛行を得意とするタイプとして彼の過去のレースを見ると色々と参考になるものが多い。彼は俺の大好きな高速飛行をベースに、曲芸や射撃、格闘も得意というタイプだからだ。
「ただ、レオン・シーフォが強かったのは、超絶技巧の数々よりも、基礎技術の高さなのよね。超音速状態ではテクニック一つ使うのも難しいのに、自由自在に既存技術を使って相手を翻弄していたからね」
「うーん、俺も超音速で飛んでみたい」
「…機体がね…」
「また、機体問題!?」
おれは悲しくなってしまう。折角、最新のプロ仕様の機体をゲットしたのに、それでも機体に問題があるとはどういう事だ。
「あと飛行技師もね」
さらに自分までディスる始末。どこか哀愁を漂わせている姿が美しいが、全然似合わないよ?
いつも傲慢な相方の姿は何処に?
今日のリラはとことん卑屈だ。どうしたのだろう?
まさか月のものでも?いや、うっかり口にしようものならスパナが飛んでくるから辞めておこう。
「どういう事?」
「機体が高速対応していないって事が1点。そもそも超音速に対応できる飛行士がいないから、機体をそこまで仕立て上げる必要性がないの。そんな助走距離が取れるレースなんてグレードS大会の|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》やユニバーサルOPみたいな広大な敷地を使ったレースくらいだから。レオンはこのくらいのスカイリンクでも超音速で飛ぶ化物らしいけど、普通は誰もそんな速度で飛ばないのよ」
「な、なるほど」
「勿論、グラチャン予選もグラチャンと同じレース会場だし、グラチャンをシードで出れないトップ飛行士も出るから、超音速で飛ぶ例もあるけどね。そんな特別なレースの為に機体の速度マージンを無理に伸ばす事は無いでしょ?」
「つまり機体がそこまで耐えられる様に作られて無いから、プロ仕様だろうが無理なものは無理って事だね?」
言われて見ればその通りだ。機体問題というよりはエアリアル・レースの構造に関する問題だという事か。だが、そうすると疑問が残る。
「でも、プロでも超音速出してたよね。っていうか、よく考えたら俺の使ってる機体って年末にグラチャン制したホンカネンさんと同じ機体だけど、ホンカネンさんって超音速出してなかった?」
「だから、言ったでしょ。メカニックの問題だって」
言いたくなさそうにリラは口にして俺の足を思い切り蹴っ飛ばす。
すいません、デリカシーがなくて。
「まあ、言い訳をさせてもらうと、そういう特別なレースになる場合、機体の出力部分を堂々とメーカーがそれ専用に取り替えるのよ。飛行技師はその出力に関する知識も豊富で、チューニングもするって訳。チューニングを担当する飛行技師と言うよりは、大元の設計者的な技能まで必要になってくるの」
「それ、そもそも飛行技師の領分とか逸脱してない?」
「トップ飛行技師になると逸脱しているのが当然なのだそうよ。ロドリゴ先生もそう言ってたし」
リラは大きく溜息を吐く。
9ヶ月前、リラに名刺を渡しアドバイスをしてくれると言ってくれた飛行技師の名前を出す。俺の前で連絡を取っている素振りを見たことは無かったが、色々と相談しているようだ。
いつの間にか先生呼ばわりしているのは何故?
勿論、ロドリゴ・ペレイラは世界に名高い飛行技師で、三大巨匠の1人、錬金術師などとも呼ばれる2つ名持ちだ。あの『我が上に人を作らず』とでも言いそうなリラであっても、うっかり先生と呼んでしまうのも分かる気がする。
そもそも、全然注目もされていない俺の飛行技師であるリラに、誰もが知ってる有名人が目を掛けてくれているというだけで凄い事なのだが。
「でも、そういえばロドリゴ・ペレイラって、超高速飛行の代名詞、ディアナ・クナートの飛行技師じゃなかったっけ?レース場の最速記録をレオンと二分してたよね?」
ちなみに、俺はというと前回と前々回の大会で堂々と月のしょっぱいレース場の最速記録を歴代3位に名を連ねていた。
そういう記録があったんだぁと初めて知り、調べてみたら有名なレース場の大半はレオン・シーフォとディアナ・クナートによって塗り替えられていた。
リラに『アンタは意味なくスピードを出すスピード狂だからそりゃ上位に行くでしょ』と呆れられたが。
俺も有名なレース場じゃないから別に嬉しくないけどさ。
「…レオン・シーフォやディアナ・クナートが使ってた『ムーンライト』って、超音速対応の飛行特化機体なんだってさ」
「マジか?」
俺が父さんに買って貰った誕生日プレゼントがその機体だった。勿論、レース用ではなくスポーツ用だったので超音速対応はして無かっただろうが。
「先生は超音速対応は出来ても、機体知識がそこまである訳じゃないから、ディアナと組んだ時はジェネアルウイングの標準機体『スティンガー』じゃなくて、『ムーンライト』にしてたみたい」
「あの時失われたのが悔やまれる」
「何処とも知らないクズに渡すからよ。あんな間抜けなとられ方をするって知ってたら、アンタから奪って、そ知らぬ顔で自分の物にすればよかったと後悔したくらいだからね」
「酷い女だ」
確かにあの頃の俺は疑う事を知らず、無邪気で裕福な、そして、愚かな子供だった。
「まあ、実際、有名な話でしょ?ディアナは機体さえ変えれば無敵になると見込んで、あの飛行技師の王が無能の烙印を押したにも関わらず、それに反発して自分の飛行士にして、あのジェネラルウイングでレオンと並ぶエースになったのは」
「そうだね」
そう、ロドリゴ・ペレイラという飛行技師は飛行士の長所を見て、それを伸ばす事に掛けては世界一とも言われている。
事実として、三大巨匠の中では圧倒的な時代を作った事はないが、誰もが最高の領域から見放された飛行士と組んで最高の栄誉を手にしている。路傍の石ころのような飛行士でも黄金の輝きを持たせるから、彼は錬金術師と呼ばれる様になったのだ。
話しこんでいると、いつの間にか草レースは終わっていた。クリストファー君はジョンさんに負けたらしい。ジョンさんは小さい子供達に囲まれて、銃の撃ち方を教えており、クリストファー君もそこに紛れていた。やはり同じ養護施設で、ジョンさんというのはお兄さん的な役割で子供達に教えているのかもしれない。
俺も子供達にエールダンジェとか教えた方が良いのだろうか?
そんな事をちょっとだけ思ってしまう。
「最初にアンタが盗まれたあのエールダンジェがあったら、先生にアドバイスを貰って超高速領域をお試し出来たかもしれないけど」
「やはりか。くそう。悔しすぎる。俺の大事な宝物を…」
「今更、零れたミルクを嘆いてもしょうがないでしょ」
「5年前に戻れたら、純朴だった少年レナード君とカイト君に人を疑う事を教えてあげたい。よくよく考えたら俺もカイトも周りに騙されてろくな人生を歩いてないじゃないか」
「へー。アンタは碌な人生じゃないんだ」
「いや、俺はリラさんに出会って素敵な毎日を送らせて貰ってますよ?まさに天使!」
「白々しいわね」
ジト目で俺を見るリラ。
いや、冗談ではなくマジで。
かつて、騙されて、それこそ泣いて喚いて何もかも恨みたくなるくらい悔しかった。だけど、リラと出会えたから今がある。14歳でプロになって世界ランキングに名を連ねている。
当時の俺に今の状況を教えても、絶対にありえないと信じないだろう。リラに出会えなかったら、俺はフィロソフィアで死体になっていた。
「ところで、リラ。折角、向こうがスポンサーをつけてメジャーツアーにまで出してくれるって言うのに、さえないね。いつもなら『このままメジャーツアーを制してトップにのし上がるわよ!』とか言いそうなのに」
「……アンタのせいだ!」
リラは何故かいきなり矛先を俺に向けて、足を蹴ってくる。
「何故に!?」
「………2年前の事故のレースは私も見てたわ。ニュースになってたから、記録映像も保存してるし。王子様からはエリアス・金とキース・アダムス対策として彼らの出場しているすべてのレース記録を貰ってる以前に、彼らと戦う事を考えた事はあったもの」
「元々、対策は練っていたんだ」
「その対策が困難なのよ。王子様は気楽に『勝てるのは君たちしかいない』とは言ってたけど、正気を疑ったわ」
「そこまで厳しいのか?」
「………飛行士同士の技術的差はそこまでない。機体は同レベル。相性は…向こうに有利だけど、そこは埋められるだけのキャリアがあると思ってる」
「あれ、思ったよりも差がない?まあ、近接訓練をいつも以上にアンリと取り組んで見るよ」
後期中学1年生の時にアンリと剣術訓練を始めたが、未だに続いている。カイトの飛行士と戦うとなれば、いつも以上に熱心に教えてくれるだろう。
「圧倒的な差が1つだけあるわ」
「?」
「…………飛行技師の技術の差よ」
怒りを押し堪えて、死ぬほど言いたくない言葉を口にする。
分かってしまった。
リラは自分がカイトより劣る事を認めたくなかったんだ。
ただの先輩飛行技師ならともかく、同じウエストガーデンの孤児で、しかもカイトは今組んでる俺の元相方だ。
これで俺が負けたら、飛行技師が逆だったら勝敗も逆だったのになんて思われると感じたのかもしれない。それも俺はリラと出会う前に親友で、飛行士志望と飛行技師志望という間柄だ。
世界の頂点を目指すリラにとってこんな屈辱は無いだろう。
だが、どうなんだろうか?
俺にとってリラは唯一無二だ。
恋心は一先ず置いておいて、飛行技師としてカイトとリラをどっちと組みたいかといわれたら、間違い無くリラを選ぶだろう。
素人だった俺を負傷するような事故も頻発し、死亡事故さえあった過激なフィロソフィアのカジノで何百戦と戦って、一度も大きい事故を起さずに切り抜けたのは彼女のお陰だ。危険な相手の場合、毎晩徹夜で作業をしていたのは俺も覚えている。
口は悪いし、手も早いが、誰よりも俺を大事にしてくれて、苦楽を共にした相棒だ。
カイトには小さい頃から一緒にいていつでも俺の手を引っ張ってくれた親友だが、それとこれは違うかもしれない。
「そこまで差があるの?」
「…認めたくないけど、アンタの幼馴染は化物の類よ。去年のソードマスターズでエリアス・金はファントムを使ってたわ。ファントムってのは飛行士の技量だけじゃなくて、飛行技師の技量も必要となるの。欧州最大のエールダンジェクラブ『シュバルツハウゼン』では、ファントムを使えて初めてプロの専属メカニックになる資格を得られるとも言われてる一流飛行技師の登竜門的技巧なのよ」
「でも技術って基本的にはプログラムを組めば、あとは飛行士任せなんじゃないの?」
色んな技術は全てエールダンジェの重力翼制御装置に内蔵された量子演算機のプログラムで一律管理されている。
飛行技師の仕事は、試合前のハードの微調整が大きくあるが、それ以上に機体プログラムを書き換える事はメカニックの仕事の半分を占める。
つまるところ、飛行技師は一種のプログラマーでもある。
「基本プログラムは公開されてるわ。でも飛行士のメンタルグラフやバイオリズムの合わせ方やバランス感覚は反応速度みたいな係数を上手く調整する必要があって、機械の知識だけじゃなくて飛行士への合わせこみの技量を問われるのがファントムなのよ」
「そういわれると既に俺の頭はパンクしそうだけど」
難しい話だが、きっとプログラムを入れて、飛行士が技術を身につければ簡単に使えるようになるのではなく、それぞれの飛行士によって異なるプログラムに修正する必要があるから難しいという事なのだろう。
「飛行士が使える力が有るかさえ分からないし、初見の人は99.9%失敗するわ。だからプロでファントムが使える飛行士に飛行技師が手伝ってもらいながら覚えていく必要があるの。それでも覚えるのに2年は掛かるといわれてる」
「カイトがそれを使ってるって?しかも…」
「後期中学1年生で使うなんて過去に聞いた事も無いわよ。たった12~3歳で、一流クラブで専属を認められるレベルにあるって事よ?所属がカジノハビタットじゃなければ、間違い無く世界中のビッグクラブがスカウトを掛ける。カイト・アルベックとは養護施設で何度か見かけた事はあったけど………」
リラはすごく悔しげだった。
リラは本気でメカニックを目指していた身で、養護施設の集いで何度かカイトとも顔を合わせていたらしい。カイトをただのメカニック見習い程度と侮ってたいたが、実は自分よりも遥かに凄腕だったなんて、悔しくて仕方ないのだろう。それ所か、そんな相手を上から目線で見てたと言う過去は黒歴史にもなりうる。
「まあ、気持ちは分かるけど、俺は出るし、カイト達に勝つよ」
ハッキリとリラには伝えておく必要はある。
「それは……」
「いつものリラらしくないよ。確かに俺としてはカイトをあの犯罪組織と切り離す為に王子様と手を組むけど、それ以上に……エールダンジェを利用して俺達の庭を荒らそうとする連中を野放しになんて出来ない。それに俺とリラの目標は世界一だろう。俺にそう強いたのはリラじゃないか」
「何か、今のレンの方が、私以上に“らしくない”と思うけど」
「たまには逆でも良いと思うけど」
俺は小首を傾げて尋ねる。
そんな俺の様子にリラは苦笑する。
「分かった。じゃあ、今回は……レンに助けてもらう事にするわ」
「うん。まあ、俺はリラがいないとまともにエールダンジェ使えないし、たまにはリードするさ。泥舟に乗ったつもりで…」
「泥舟は沈むんですけど」
「……大船に乗ったつもりで任せてください」
ドンと自分の胸を叩いておいて、言葉の選択を誤った事に気付かされるのだった。この場合、泥舟でなく大船である。当たり前だけど。
***
俺達はウエストガーデン第二スカイリンクを出ると、散歩がてら養護施設まで歩く事にする。
「ところで、リラ。俺もファントム使ってみたいんだけど」
とことこ歩きながら、俺は隣にいるリラへと話しかける。
そういえば、いつの間にか身長は同じくらいになっていた。いつもは少しだけ上を見上げていたのだが。
「まだプログラムの意味を解析している途中よ。難解すぎてよく分からないのよね。このプログラムを作ったカールステン・ヘスラーは天才よ」
またもや出てきた三大巨匠の名前。リラのアドバイザーとなったロドリゴ氏が現在のエールダンジェ業界の頂点の一角を占めている為、会話の中に大物が出てくることが多くなってきた気がする。
そういえば、そもそもファントムという技はファントム使い同士でないと使えないという。使えるようになるまでは使える人に導いてもらう必要があるとか。
では、最初に作ったカールステン・ヘスラーという三大巨匠の1人、2つ名を『開拓者』と呼ばれる男は、一体どうやって生み出したのだろうか?
「どうやって作ったんだろう?使う人がいない状況でカールステン・ヘスラーやロドリゴ・ペレイラは飛行士に初めて使わせたんでしょう?」
「飛行技師なら解析すれば即座に原理は分かるわ。初めて見たとしても理屈は私も直に分かると思う。先生は飛行士の思うように機体を動かすスペシャリストよ。出来る理論やプログラムさえ分かって、飛行士が使える能力を持っていたら使わせる事が出来るわ」
「マジかー。世界の頂点の飛行技師って化物じゃね?」
「それにカールステン・ヘスラーはそもそもグレードSタイトルを取ってる元飛行士だもの。調整技能は先生に劣っても、自分で自分に合わせこんで練習する事位出来るわ」
「……そういえば元飛行士の飛行技師だったね」
いわれてみればカールステン・ヘスラーは、若い頃に飛行士として世界王者に輝いている。
「最近では余り勝ててないけど、アルベルト・サンチェスも飛行技師兼飛行士でタイトルホルダーだし。大体、優秀な飛行士は飛行技師の事も分かってるのよ」
「俺にもそれを覚えろと?」
「言わないわ。レンが不器用で1つの事しか出来ないのは、私が一番知ってるもの」
「両親に言われていた事をまさかリラに言われる日が来るとは。お前は俺の嫁か!」
「死ね」
くっ、どさくさ紛れに嫁にしてみたのにダメだったようだ。
「……まあ、ファントムなら私次第だし、レンで私の練習台をさせるつもりも無いから、一度頭を捻って、やる為に必要なものを洗い出してから、練習しましょ。まあ、次の大会までは無理だろうけど」
「中々、難しそうだね」
「いや……どうせ私がぶち当たる問題だし、レンがやりたいって言うなら私の練習にもなるし。タイプ的にレンに必要な技術しか考えた事も無かったから」
「ま、そうだけど。元々、カルロスさんに憧れてレーサーを志した所もあるし、使えるようになって見たいなぁって。って、何だか、いつものリラらしくないよね。何でそんな下から目線で俺のファントム練習に付き合ってもらうみたいな感じなの?」
俺は小首を傾げてリラを見る。
リラは悔しげに俺を睨むのだった。
「勿論、同年代のファントム使いの飛行技師がいるのも知ってたからどの程度の難易度なのかは、先生に聞いて見たのよ」
「ほほう」
「『ファントムの肝は基礎飛行。基礎飛行だけならトッププロ級のレナードだから、俺だったら練習なしの一発本番でマスターさせられる自信がある』って言われたのよ」
「……リラ、超えるべき壁は果てしなく高いね…」
世界の頂点に立つと言う事は、先生と呼ぶロドリゴ・ペレイラをも抜いて行く事だ。
「良いのよ、それは。それぞれに個性があって、私には先生の持たない個性がある。だからこそ将来一緒に戦う飛行技師仲間になるかもしれないから目をかけてくれたんだもの。それに応えて、そんでもって頂点にのし上がるんだから。先生は私に、その場所にこれる可能性を感じたから目を掛けてくれてるんだし!」
リラはグッと拳を握って振り上げる。
それはある意味、リラの自信の1つにもなっていたのかもしれない。そして、だからこそ、今現在の立ち位置の低さを思い知っている最中なのかもしれない。怪物的な相手の力量をダイレクトに聞いてしまうと、自分のレベルの低さを思い知らされるから。
でも、そろそろ俺にも大物からの声を掛けて貰って、自信の1つや2つをくれてもいいと思うんだけど。どうやら、世の中そんなに甘くないみたいだ。
「でもさ、だったら、俺が一度ロドリゴさんに使わせてもらって、そこからリラが勉強したほうが効率良さそうだけど」
「いや、……『レンは飛行の地力だけならかなり高い。武器が無いから勝ちきれずに下の方をウロウロしているだけ』って言ってたわ。だから、ファントムを使える飛行技師と組めばちょっと調整すれば直にファントムをマスターするだろうって。一々、誰かに使わせてもらわなくても大丈夫だろうってさ」
「そ、そーなん?もしかしてロドリゴ氏から見た俺の評価ってかなり高い?」
「上手いけど勝てない飛行士だって。あんなんで勝てたら飛行技師の王もびっくりだってさ。むしろ私に声をかけたのはあんな勝てない飛行士と組んで、ステップアップツアーで予選を勝ち抜いている事に驚いたんだって」
「まさかの弱小飛行士認定!」
ロドリゴさーん、ダメな飛行士でも勝たせることが出来るなら、俺を勝たせてください。そんなに才能が無いんですかー?
「逆に言えばさ、武器があれば下の方でウロウロしないって事でしょ」
「武器かぁ。そもそも俺にこれっていう決め手がないよなぁ。ベンジャミンは飛行テクで相手を翻弄して隙を狙い撃つタイプで、ジェロムなら遠距離射撃。去年の年末に戦った大会でもジェロムとは良い勝負したけど、あと一歩届かなかったもんな。俺は、確かに、これって言う決め手を持ってないなぁ」
「まあ、それはずっと課題だったけど、カジノ時代は相手の飛行技術が低いから地力で押し切れたし、ステップアップツアーに出れるか出れないかのレベルでも同様に押し切れるようになった。近接に無理やり持って行って勝とうとする無茶な相手の対策で手一杯だったから、後回しにしてたけど。そろそろ武器が欲しいよね」
「武器かぁ。個人的には近接系が良いです。そう、折角なのでファントムを覚えて、カルロスさんみたいに……『剣舞士』二代目を襲名するとか!」
俺はハッと気付いて、今ここでその方向性へシフトチェンジするのはどうだろうと考える。アンリにはいまだ剣術を習ってるし、意外といけるのでは?
そんな俺に、リラは何やら同情するような優しい目を向ける。
「レン。近接関係はデータを見る限りでも才能がサッパリ無いから、無駄な夢は見ないほうが良いよ。その、気持ちだけは応援するから」
かつてないほどリラに優しい声を掛けられrう。優しく叩かれた肩が、今までで一番重たく感じた。まさか、ここまで絶望とさせるくらい悲しげな才能だったとは。
薄々気付いていたけど、そこまでダメだったのか…。