次に出場する予定のレースは『スバルカップ』
俺とリラの2人は養護施設を出ると、施設の前に真っ黒い運搬用飛行車のような乗り物が止まっていた。
運搬用飛行車ような、と付けたのはよく見る運搬用飛行車と異なり、後の荷台が居住空間のようにも見えるからだ。
女性運転手さんに挨拶をしてから車内に入り、奥の荷台に通されると、普通にリビングのような部屋が広がっていた。
俺とリラは2人掛けのソファーに通される。
一番奥にある一際大きいソファーの中央にシャルル王子が座ると、その左側には今時珍しくも眼鏡を掛けているキャリアウーマン風の女性が座り、その逆側には小さな幼女が座る。
ボディガードなのだろう、黒服の女性が両側に立っていた。
シャルル王子は運転手のお姉さんを含めて、5人の女性を伴ってここに来ていたようだ。
「何だか、本当に腹立たしいんだけど、何なの、この美女揃いの状況」
何故、俺には美女1人さえ好意を持ってくれないに、この男には美女ばかりいるのだろう。12歳児のクセに生意気だ。
正直、羨ましい。
「いつも隣に絶世の美女がいる君に言われたくも無いけど、彼女達は私の経営しているブレードメザリアの社員だ。そして、こちらの彼女が私の婚約者でサラ・シュールストローム」
シャルル王子は幼女の頭をなでて、幼女はエヘヘヘヘと嬉しそうにするのだが、どう見ても年齢は未就学児である。
「まさかの幼女愛好家疑惑」
メリハリボディを持つお姉様方を周りに侍らしながらも、まさかの趣味に俺は驚きを露にする。
「失礼な。私は単に守備範囲が上も下も広いだけだ」
下は分かったが上はどこまで許容してるんだろう?隣にいる眼鏡のキャリアウーマン風のお姉さんも20代半ばのように見えるが、年齢差は10歳以上と考えて良いだろう。
「私はどうも、事件があれば女性を救い出し、ハーレムメンバーが次々と増えるという女難の呪いに掛けられているんだ。」
「何、その呪い。羨ましすぎるんだけど」
俺もその呪いに掛かりたい。でも事件が起こるのは勘弁して欲しい。
「とはいえ、まだ私も12歳、成人するまであと6年だ。6年後は周りのレディも凡そアラサーという悲しい状況だぞ?可愛い幼女を理想の女に仕立てるのは当然だろう」
「殿下好みの女の子になるのです」
ピシッと挙手をし、ふんすふんすと鼻息を荒くして意気込む幼女。ショートカットで幼い顔立ちをしており、自分の言ってる言葉の意味を理解して内容にも見える。
将来どの様になるかは分からないが、青田買いにもほどがある。
「世界最古の長編小説でも幼女を自分好みの女に育ててイチャコラする物語があったそうだ。それは新暦になっても、遺伝子単位で超人になっても変わらない。つまり、これは人間の業と言う奴だろう」
シャルル王子は偉そうに語っているのだが、嘘くさい事この上ない。俺がバカだから適当に言って軽くかわしているのだろう。
そんな中、リラは興味深そうに幼女を一瞥してからシャルル王子に問う。
「シュールストロームって事はもしかして、あのシュールストローム家?」
「ああ、分かってくれた?あの、シュールストローム家の末だよ。この子は巷で助けた美女じゃなくて、幼馴染だからね」
リラの問いに対して嬉しそうに応えるシャルル王子。
シュールストローム家って有名なのかな?響きが北欧系っぽいけど、アフリカ系と北欧系移民が多かったルヴェリアではむしろありふれてると思うけど。
俺は首をかしげているが、周りはそれを気にする様子もなく話を進めていた。
「火星の王子様にシュールストローム家ね。何だか歴史浪漫を感じるわね」
「まあ、それをいうなら、私の秘書を務めているウルリカは、姓をヨンソンという」
「ヨンソンっていうと、あの有名な英雄の?」
「ああ。第三次太陽系戦争以前に、女性軍人として名を上げ、木星から亡命して来た後の英雄スバルの養母になったあのヨンソン家の末裔だよ。こう、説明すると私が王子だって実感するだろう?」
火星の王子様はちょっとドヤ顔で説明する。
リラは『凄いのね』なんて納得しているが、火星の歴史に疎い俺には何が凄いのかサッパリだった。
有名な話なのになんでしらないの?
という突っ込みと共に長い説明を貰ったのだが、100年前の第3次太陽系戦争まで遡る話を聞かされる羽目になった。
この第3次太陽系戦争は木星圏を統べるイオ帝国が火星や月、地球を支配しようとした事で端を発した。
この戦争の主役は英雄スバル・ヨンソンである。これは有名で、この太陽系で知らない人間は多分いないと思う。多くの劇や映画などでも上演された英雄だ。
彼はイオ帝国皇帝の亡き皇子のクローン人間の一人だ。しかも100万いるクローン人間の1人で、帝国では一流の軍人になるべく非人道的な扱いを受け、薬物によって狂ったスバルは大量虐殺犯となった。
事件現場にて、当時のルヴェリア軍の上層部にいたヨンソン准将が保護し、彼女は退役して自分の息子として育てる事にしたらしい。
元々、正義感の強かったクローン兵スバルはスバル・ヨンソンという名で、ヨンソン女史の後ろ盾により火星軍の士官候補生に入隊、後の第3次太陽系戦争で活躍をし、実際にたった数年で3等兵から大佐まで昇格したとか。親の七光り説もあるが戦争での活躍は恐ろしいものだったらしい。
そして最後には世界征服を企むイオ帝国の地球侵攻を止め、自身を生み出した皇帝への復讐を成し遂げ、太平洋上で己の命を引き換えに戦争に終止符を打ったのだった。
その映画や物語の中で描かれるのは、スバル・ヨンソンの華麗な活劇もさる事ながら、彼と同じく士官候補生として活躍したアンジェラ・レイン・ルヴェリア王女との恋愛物語が有名だ。そして、アンジェラ王女付きの侍女で親友に近い間柄だったのがシュールストロームという家名を持つ少女で、彼女もまたスバルに恋をしていた事で有名だった。
つまり、英雄の物語の好きな人間からすればまさに有名な人間の親戚だらけという事らしい。
ヨンソンさんとシュールストロームさんに囲まれるルヴェリアさん。言われてみればなんとも時代がかった末裔である。
「ま、彼らの家であって、子孫では無いんだけどね。3人共子孫残してないから。更にいえば私など、両親の遺伝子を元に大幅に改良設計されてるから、火星王族の名残さえ無い訳だし」
ワハハハハとシャルル王子が笑うのだが
「そう言われると切なくなるね」
両親の血を継がずに生まれるというのでは、火星の王子であっても、誰の子供でも良かった事になる。両親に一身に愛されて生まれた身としては、何だかオリジナルの遺伝子改良という存在が少しかわいそうに感じる。
「ちなみに後の2人が一応私の護衛で、黒髪を後に縛ってるオリエンタルな感じの子がシャオレイ・リー。その隣にいる銀の瞳をしたセミロングの女は君と同じ歳で、ロレーナ・カルバリョ。どっちもクソみたいなテロリストの戦争奴隷だったのを拾ったんだ。まあ、ジェロムと同じ感じだな」
色々と大変な事をしているのは確かなようだ。
「……まあ、それは良いや。それよりも…」
火星の話はどうだって良い。俺が知りたいのはそこではないのだ。俺はカイトの事を知りたくてこの王子様の話に食いついたのだから。
「キース・アダムス」
それを分かっている様にシャルル王子は口にして、ニッと唇を吊り上げてオレを見る。
「カイトを知ってるのか?」
「ああ、知っている。ノアの方舟の傘下にある非合法兵器開発組織の幹部だ。数多ある居住区の殺傷能力制御された重力子探知機を潜り抜ける兵器を生み出している。何でも若き『死の鍛冶師』と呼ばれているらしい」
「……カイトが?」
俺は5年前の事件を思い出そうとする。ひどく思い出したくないことだった。
カイトは、そう、取り返しのつかない事をして動揺して、奴らの共犯者となってしまって、あっち側に行ってしまった。
「まだ、生きているんですよね?」
フィロソフィアカジノオープンの時に災害現場で災害し、その身を心配していた。
「ああ。今回、私は彼らを捕縛する積もりだ。手遅れにならないように」
「また、テロが起こると?」
「ああ。とはいえ大きいテロじゃない。今回は事故に見せかけた殺人事件、と言ったほうが良いかな?要人暗殺だからテロと言えばテロだろう」
「!」
シャルル王子は淡々と話す。殺人事件にカイトが加担をするというなら事前に止めたい。
「以前、シルフィード・ケレスの大統領子息がエールダンジェのレースで死んだ事件は知ってるか?」
俺はそれを言われてもピンとこなかったのだが、リラが即座にうなずく。
「ええ」
「その事件が再び起こる事を察した。しかもプロ協会非公認のチャレンジツアーじゃない。今度はメジャーツアーで起す積もりだ」
そこで、俺も思い出す。
キース・アダムスという名義でカイトがメカニックとして一緒に戦ってた飛行士がどこかの大統領の子息を事故で殺してしまった事があった。シャルル王子は存外にあれが事故じゃなかったと断言していた。
そして、今度はトッププロがいるメジャーツアーで同じ凶行を侵すと言うのだ。
安全性を確保されたエールダンジェの世界において、とんでもない事件だ。
しかも公で要人暗殺を実行するとなると、世界中のニュースに載るし、エールダンジェ史にさえ刻まれるような社会的大事件になる。エアリアル・レース界そのものへも大打撃を与える。
「まさか、それをカイトがやると?」
「ああ、キース・アダムスはメカニックとして、メジャーツアーの機体審査を通して、人を殺せる武器を供給するようだ」
ぞっとするような言葉をシャルル王子が口にして、俺は総毛立たせて目を開く。
「そんな事有り得ない!カイトは誰よりもエールダンジェが大好きだったんだ!小さい頃からずっと俺の手を引っ張ってくれて……いつだって助けてくれて。……それが…エールダンジェの世界を壊すような事をする筈が……」
カイトがいたから俺はエールダンジェにのめりこんだのだ。誰よりもエールダンジェの好きだったカイトが、エールダンジェの世界を破壊するなんて考えられなかった。
「私は彼の人柄を知らないが、今回、奴らは実行するのは確かだ。そして、それを止める術がない」
「何故?警察とかに…」
「証拠が何もないんだよ。少なくとも私の集めた証拠は、証拠として認められないだろう。不法ハックによって間接的な情報を得たものだ。普通なら妄想の類と一笑されるレベルだね。実際に殺されないと罪を問えないが、殺されてからでは手遅れだ」
シャルル王子の言葉に俺は口を噤む。
「どうやって逮捕すると?」
「まず、暗殺を阻止する。レースが終われば招待客じゃなくなる。火星を出る際に、奴らの持ってるエールダンジェの武器をチェックし、殺傷性ある武器を持ち込んだとして逮捕する」
「レース前に逮捕できないんですか?」
「国際スポーツ協会との協定上、ツアー招待客をひっ捕らえるのは難しい。例えばプロ仕様のエールダンジェはそもそも持ち込み不可能な武装制限に引っ掛かる。そして、レースだからこそ許可を出して持ち込ませている。レース規定に抵触しない安全性の確保された武装を持ち込んでいる相手を逮捕するのは無理がある。レースが終わってしまえば、いかようにも出来るだろうが、レースが終わるって事は暗殺も終わっているって事だ」
つまり、公式エールダンジェの武装規程の範囲で人を殺せるようにチューニングしたのがカイトで、レースの中で対戦相手を殺害するのが飛行士となる。
そしてプロ協会が選手を招待客として火星に身分を保証する限り、警察に突き出すのも不可能だと。
「対抗手段としては、組み順を暗殺対象と暗殺者が当たらないようにすれば良い」
シャルル王子はさらりと恐ろしい事を言う。組み順を操るなんてそれこそ無理じゃないのか?
そもそも何処になるかなんて分からない。
「プロ協会にハッキングを掛けて参加者を調べれば、組み順がどうなるかは予想がつく」
「組み合わせが分かるの?」
「ランダムと言われているが、凡そ予想はつくさ。特にワイルドカードや予選の位置はね」
言われてみれば、予選上がりとワイルドカードの位置は主催者が決めているケースが多いと聞く。完全なランダムにはならないとも。
だが、俺から言わせてもらえば、量子演算機のサーバーに不正アクセスをして調査できる事実の方が恐ろしかった。
「暗殺対象と暗殺者が対戦する前に組み合わせを壊さずに割り込める場所は予選から本選に出てくる選手だけだ。だが、暗殺者の実力を考えた時に、世界ランキングで100位以内に入るレベルじゃないと勝てないだろう。そんな選手が予選から割り込める筈も無い。……予選から出場できて、彼らに勝てる可能性がある飛行士として、私は君達の存在に思い当たったと言うわけだ」
シャルル王子は俺とリラを見る。
リラは複雑そうな表情へと変わる。いつもなら二つ返事で任せなさいとでも言いそうだけど。
「つまり、カイトが殺人の片棒を担がせる前に、カイト達を負けさせろって事?でも、誰が暗殺対象になってるんですか?要人、なんですよね?」
俺はシャルル王子に訪ねると、シャルル王子はおもむろに重たい口をゆっくりと持ち上げる。
「フィリップ・シルヴェーヌ・ルヴェリア。私の従兄で、現王位継承権第一位にあたる王太子殿下の息子だ」
シャルル王子は第一声からしてとんでもない立場の名前を出してきた。
「ええとつまり次期国王陛下って事?」
「まだ決まってはいないが、王族だ」
「何で狙われてるの?」
「フィリップは私設軍を率いてテロリスト集団『青き地球』を一網打尽にした。彼らは宇宙最大のテロリスト『ノアの箱舟』の幹部と兄弟分の契りを結んでるらしく、その報復だと推測されている。私も詳しくは把握していないが、暗殺の動きは見えている」
「当人に伝えてないの?」
伝えてレース参加を避けて貰えばいい話じゃないかな?
「伝えても私の事を忌み嫌っているからな。そもそも『青き地球』を襲撃したのも、私が数々の手柄を手にしている事による嫉妬からだ。普通、恨み辛みを買うような事を、要人が堂々と『私の手柄だ』なんて言わないだろう?それを言っちゃうくらいに頭の悪い従兄殿なんだ」
うんざり気味にシャルル王子はぼやく。つまり従兄の王子殿下はシャルル王子と仲があまりよくないらしい。
「そんな相手でも守る為に動いていると」
「状況が状況だ。それにたかだか王族暗殺の為にエールダンジェの舞台を血で汚すのも不味いだろう。フィリップ殿下はその大会で活躍して、ステップアップツアーの1回戦で負けた私に当てつけをして、自分こそが優秀なのだと訴えたいらしい。これだから無力な小市民は、小さいプライドを守る為にくだらない事をする」
ほとほと呆れたようにシャルル王子は、どこか疲労を滲ませたように溜息をつく。
どうも、従兄を守る為よりもエールダンジェに迷惑を掛けないようにしたいらしい。いや、そうなのだろう。内輪のゴタゴタが内輪で収まるなら良いが、他人に迷惑を掛けるのは申し訳ないと思うものだ。
「くだらないゴタゴタだから、依頼を受けるのはちょっと考えものだけど、たしかに事件によってエールダンジェの世界を汚されるのはちょっと許せないわね」
リラはそんな事をぼやく。
あれ、ノリノリで試合に出るつもりだったみたいだけど、暗殺阻止みたいな大役をさせられるならちょっと辞めたいとか思ってたの?
「シャルル王子自身も動くんだ」
「いや、私はどちらかと言えば動けないな。というか、私の場合、独自の軍隊、独自の武力、独自の会社、独自の研究機関を持っていてね。もしもあの小者の為に私が動いたと知れば、敵は下手人だけを送り込んで、早々に蜥蜴の尻尾切りにして逃げ出すだろう。理想では下手人を止め、一緒に来ていた連中を全員確保したい。だが、問題は下手人を止めるのが一番困難という事だ」
つまり、王子がしゃしゃり出てもエールダンジェ業界への打撃は変わらないという事らしい。何て面倒な。
「その下手人を止める役を俺達に頼みたいって事?」
「偶然を装って君達は予選出場から本選1回戦でエリアス・金という飛行士と当たり、彼らを下す。そうすれば2回戦で当たる予定のフィリップとエリアスのレースは阻止されるという事だ」
「何でまたエールダンジェを舞台でそんな事が起ころうとするんだろう」
俺の言葉にリラも首をかしげる。
「嫌がらせ?アンタの友達、エールダンジェの表の世界でダメになったから業界に復讐でもしようとしてるんじゃないの?」
「それは無いよ。そういう奴じゃない」
俺はそれだけは断言する。
確かに周りからはそう思われるかもしれないが、カイトはそういう性格じゃない。カラッとした性格をしており、そういう恨みとか復讐とか、そういう感情にとらわれてネチネチやるタイプじゃないのだ。
「確かにカイトは軍用遺伝子保持者差別を受けていたけど、陰険な事をやらないからこそ、俺も含めて結構同年代の友達からは憧れられてたんだ。あの乱暴者で金持ちだからって好き放題するペレーダ相手でも、やろうと思えば排除できるのに、そういう悪巧みをしなかった。俺は………カイトをこっち側に戻したい。犯罪者の片棒を担がされる前に、取っ捕まえて、ちゃんと罪を償って、もう一度戻って来て欲しいって思ってる。それにカイトの目指しているのは飛行技師だ。飛行士ならともかく、飛行技師ならやろうと思えば80歳になっても出来るんだから、遅いって事は無いだろう?」
俺の言葉にシャルル王子は少し感心したようにオレを見る。
リラはそんな俺の言葉を聞いて、何故か逆に機嫌を損ねる。
何でだろう?
そっぽ向いて車の窓の外を眺めていた。
窓の外は随分とウエストガーデン市が復興しているのが分かる。宇宙居住区らしく、天井は青い空を映し出し、その下には大きいビルが多く並んでいる。飛行車はウエストガーデンの道路上を移動しているようだ。見知った景色が過ぎている。
「でも、メジャーツアーに出たくてもスポンサーなんかつかないよ?僕らが王子の息のかかっていることがばれないかな?」
「そこは問題ない。祖父を巻き込んで、君達にスポンサーが別口で依頼するように動かしている。予選のワイルドカードに組み込まれる手筈だ。そういう理由もあって、ジェロムを含めて、俺の息のかかってる飛行士は一切このレースに関わっていないし、王国の諜報部隊がテロリスト捕縛に動いている」
「へー……ってお祖父様って国王陛下だよね!?」
「と、とんでもない人間を動かして来たわね」
俺もリラもさすがに引きつってしまう。まさか、俺達をメジャーツアー挑戦させるために、国王まで巻き込んでいるというのだ。
「普通に君達は私に接してるけど、一応王子なんだよ?」
ちょっと傷ついたようにシャルル王子は訴える。そんなシャルルを励ますように隣に座っていた幼女が手を伸ばしてシャルルの頭をなでていた。
「まあ、俺としてもカイトをまっとうな道に戻せるなら頑張るけど、何でエールダンジェのレースでこんな事件が計画されてるんだろ…」
「キース・アダムスやエリアス・金の所属しているのは青き地球ではなくノアの方舟の傘下にある不可視の武器という組織に所属している。表向きは中古兵器の中間業者みたいな組織なのだが、テロに使われる兵器の横流しをしている。どうもエールダンジェ業界にちょろちょろと選手がいて、私がチャレンジツアーなどに出場した際に対戦した相手にも何人か不可視の武器の構成員とレースをしたことがあった。君の言うカイト・アルベックが入るずっと前からエールダンジェ業界の周りで惨劇を引き起こしているから、何かしらあるのだろう」
「そっか……」
逆に言えばテロ組織に籍を置かねばならない状況で、エールダンジェ関連の近くにいたかったから、カイトはその組織を選んだのかもしれないとも感じる。
「依頼は受けてくれるかい?」
「僕はやる気だけど……リラは?」
「え?……んー、まあ、レンが出るって言うなら良いけど。…ただ、1つ聞かせて?」
リラはジロリとシャルルを見る。
「なんだい?」
「レンとエリアス・金の相性は最悪なのを分かっているでしょう?本気で勝てると思って頼んでいるの?」
「それでも私が調べたメジャーツアー『スバルカップ』において予選出場になる太陽系中の人材を並べて、唯一エリアス金に勝てる可能性のある飛行士に声を掛けた積もりだよ。メジャーツアーのグレードC程度なら優勝可能な才能のある飛行士に対して、予選出場可能な飛行士で勝てる可能性は皆無だ」
そこでキッパリ言われてしまうのだが、どうやら飛行士のエリアス・金と飛行技師のキース・アダムスのコンビは、グレードCのレースで優勝可能な才能があるらしい。
「出来るならそもそも我が従兄殿を襲撃してレース前にレースを出来なくさせたい所だが、あっちの方が護衛のレベルが高くてね。さすがに故意に私が襲撃して病院沙汰にするのはまずい……」
とシャルル王子はさらに不穏な事を口にする。
「ともあれ、我が親友ながら恐ろしいなぁ」
「本選出場までの予想対戦相手のレースデータとエリアス・金のレースデータは全て私のエールダンジェフォルダに入れておく。まあ、キーを渡しておくので勝手に見てくれ。これは報酬の一環でもあるからね。勝ってくれれば、司法取引や欲しい報酬も色々と出そう。勝つ為に必要な装備があったら連絡してくれて構わない。取り揃えて、新しいスポンサー経由でそっちに無償で渡すから。無論、機体のような足のつく高額資産は送れないけど」
凄い厚遇である。
だが、逆に言えば、シャルル王子は大きい力は持っているし、それ程今回の任務は真面目に取り組んでいるのだろう。
「分かった。死力を尽くすわ」
リラも理解したようでコクリと頷く。
こうして、俺は4年と8か月を跨ぎ、再びカイトと向き合うこととなる。
そして、次に出場する予定のレースは『スバルカップ』だった。