シャルル王子は俺の耳元に口を近づける
決してBLではありません(笑)
本作のサブタイは物語の中で出てきた文字をそのまま選んで抜き出してます。
フィロソフィアカジノオープンが終わってから9ヶ月が経った。俺は後期中学の2年生に進級していた。
今は新暦320年1月。飛行士としては非常に成長したのだが、正直に言えば未だに良い立場には無かた。
まずプロへの道がかなり険しい状況だ。
ベンジャミンに勝ったレースなのだが、あのレースの所為で評判が非常に悪い。
更に言えばクレベルソンがあの大会で優勝したのは良いのだが、クレベルソンの圧勝したレースとして俺との対戦が紹介されてしまった。その為、奴が有名になる程、俺が落とされるという悲しい状況になった。昨年12月にムーンレイク州ネクター市で行われたネクタリス飲料オープントーナメントで、クレベルソンとに来ていた再戦を果たした際は本選ベスト8でかなり互角のレースを展開したのだが、残念ながら1点差で敗退。
この時、初めて『武器がある選手』をプロスカウトは獲得に進言するという話を思い出させられる羽目になった。クレベルソンは遠距離狙撃や射撃が上手く、飛行戦闘による削り合いで主導権を握っていても勝てなかったのが痛い。
ツアーレース自体の成績は悪くない。プロランキングがついた事で、短期スポンサーもついて、試合にも出やすくなった。ツアーレースに出れば確実にプロランキングのポイントが加算される、その程度の実力は既についていた。
つまり、予選を勝ち抜いて本選で勝ち星を挙げる程度は普通にできるようになったという事だった。
これは自慢する所だ。
そして本選でそこそこ勝てると、機体整備の金も入るので、シャルル王子と交換して手に入れたプロ仕様の機体の整備や維持費も十分に稼げている。
その為、ウエストガーデンにあるゴミ山へゴミ拾いをする必要がなくなった。練習に集中できるのは嬉しい。
***
俺のいるミハイロワ養護施設は相変わらずバタバタしている。
小さい子供の面倒を見たりと結構大変だ。
ただ、幸運なのは他の公立の養護施設と違って、子供が少なく、どこかの子供がたくさんいる家にいるような雰囲気だ。
公立の養護施設で規則正しく生活をしてたら、エールダンジェで遊ぶどころでは無かっただろう。その手の養護施設の子供に聞いたが、やはり1人になれる時間も少ないし、施設内で仕事もあるし、大変だと言っていた。高校に進学する際には養護施設から出る為に、寮のある高校を受験しようと企んでいるとか。
多分多くの子供がそんな企みを持っているので、かなり偏差値に偏りが出そうだ。
養護施設の居間では、リラは進学のために勉強をしていた。ムーンレイク工科大学付属高校への進学を目標にしているらしい。
ムーンレイク工科大学とその付属校はお隣のムーンレイク州のジェネラル居住区のジェネラル市に存在している。ジェネラル居住区は世界最大のエールダンジェメーカーであるジェネラルウイングの作った居住区だ。そもそもジェネラル市はジェネラルウイングの会長の下に、市長や学長がいるのだ。つまり、企業の下に都市があるという場所である。
あのリラがエールダンジェ業界の権力の中枢に行くなんて考えられないのだが、本人はその予定のようだ。
養護施設では小さい子供がどたばたと走っているが、武闘派リラ・ミハイロワに構って欲しがる猛者はいないので、受験勉強をしているリラの周りだけは非常に静かだ。
そんな事を思っていると、俺の心の声が聞こえたのか妹の一人が近づいてくる。
「武闘派って、レン兄が殴られているけど、基本的にリラ姉がレン兄以外を殴ったの見たことないけど」
「そんな馬鹿な」
「小さい頃はスパナで素振りして威嚇くらいはしてたけど殴られた子供はいないんじゃないかな?丸くなったなぁと思うよ。昔は男っぽかったしね」
俺の問いに呆れるように答えるのは、妹分の一人メイ・セガールである。
茶色い髪を三つ編みにしたどこか田舎っぽい感じの少女で、年齢は俺達より一つ下の後期中学1年生。養護施設の料理担当をしている。将来は調理師志望だとか。
だが、そんな彼女の言葉によって俺はとある事実に気付かされるのだった。
まさか、俺専用の打撃スパナだったのか、アレは?
フィロソフィアの下層で会った頃からボコボコ殴られてたよ、俺。
リラはモバイル端末から空間モニタに映し出される高校受験用過去問題を読みつつも、右手ではクルクルとスパナを回していた。俺はそんな宙を踊るスパナを凝視して戦慄する。
すると今年3歳になるアンナちゃんが近付くと、リラは適当に頭をなでて膝の上に乗せながら勉強を続ける。
「昔なら邪魔すんじゃねえって追い払うもん。これが大人になったという奴なのかも」
メイはそんな事を言って苦笑する。
「おかしい、俺が膝に乗ろうものならスパナで頭を3発くらい殴られるのに」
「同じ歳の男の子が膝の上に乗ろうとしたら、そりゃ殴るでしょ」
呆れたようにメイがオレを見る。
「まあ、その気持ちも分からないでも無いけど」
「分かる?」
「リラ姉、日増しに成長著しいもんね。小さい頃は同性としてずるいとか妬ましいとか、成長が早くて良いな、とか思ってたけどさ。そういう感情が出なくなるくらい違ってくると、もうあの人は違う生物なんだなって思う様になってきたよ」
「性別どころか種族さえも諦めるの?」
同じ人間、同じ女の子でもそう思うのか。
「だって、一緒にお風呂に入るじゃん。もう、1つしか年齢が違わないのに、何かもうボンッキュッボンッって感じで……凄いんだよ。何か、同級生と並ぶと人並みな筈なのに、私って貧弱だなぁって思うんだよね。しかもリラ姉の胸って、湯船に浮くんだから。14歳の体じゃないよ、あれは」
「マジで?よし、今度、リラと一緒にお風呂を」
するとシュッシュッシュッシュッと風切り音が聞こえてくる。ふと顔を上げると目の前に銀の鈍器が迫る。避けようと思うが、体が動かない。
くそう、エールダンジェをつけてパワーアシスト中ならこの程度の鈍器…
そんな事を頭の中で過ぎらせながら思い切り鈍器が頭に辺り、目の中に火花が散る。
「何か、ボケたこと聞こえたけど、何か言った?」
リラが試験の過去問題を映し出す空間モニタに目を向けたまま俺に声をかける。リラの右手にあったスパナがない事に気付き、俺の頭を強打した鈍器がリラのスパナである事に気付かされる。
そんな惨劇を見たアンナちゃんは、リラの膝の上から逃げ出す始末だった。
「それと、メイも余計な事を言わない」
「あははは。いやー、うっかり」
メイは苦笑して頭を搔く。リラが右手を寂しそうにしているので、俺は鈍器、ではなく地面に落ちたエールダンジェ専用スパナを拾ってリラに渡す。
「自分の頭を殴った鈍器を再び渡す辺りが、既にリラ姉に飼いならされてるよね、レン兄って」
「仕方ないんだよ。人間、生きて行くには必要な処世術ってあるんだよ」
「後期中学2年生にしてウエストガーデン市で屈指のプロランキングの飛行士なのに、レン兄って普通の人だよね。ウエストガーデン市の後期中学大会で決勝トーナメントに出たり学生の市選抜に選ばれたりするだけで、取り巻き連れて我が物顔で練り歩く同級生とかいるのに。一応、レン兄ってウチの中学の頂点なんだけど、普通にそういう人達からそそくさと道を開けてるよね」
「え、絡まれたら怖いじゃん」
「……」
何故かメイはオレに残念なものでも見るような視線へとシフトする。尊敬する少なくともお義兄様への視線では無かった。
「でも、ムーンレイク工科大付属って高等部からしか入れないの?」
メイはコテンと首をかしげて俺に問いかけてくる。
「そうでもないよ。でも、中等部まではスカウトしないらしい。もちろん、勉強で越境入学する人はいるらしいけど」
「レン兄ちゃんは勉強で入る気はないの?」
「勉強で入っても、飛行士で上にいけなければ意味がないじゃないか」
「言われて見れば…」
メイはふむふむと頷いて納得する。
「でも飛行技師の場合、勉強はそのまま飛行技師としての力になるからね。実際、ジェネラルウイングの飛行技師の人がそう言ってたよ。勿論、エールダンジェ関係者として携わるなら、飛行士もちゃんと勉強は必要だけど」
「あー、なるほど」
「まあ、ジェネラルウイングはプロ資格さえあれば、スカウトに声を掛けられなくても、こっちが希望すればムーンレイク工科大付属には特待生扱いで入学できるらしいよ。ただ、他のクラブよりも扱いが悪いらしい」
「名門なのに扱いが悪いの?何か調子に乗っちゃってるんじゃないの?」
プンスカとホオを膨らませるメイだが、別にジェネラルウイングが調子に乗っている訳ではない。
「他のクラブならプロ候補生としてスカウトされる実績でも、ジェネラルウイングだとプロ候補生にもなれないらしい。それでも良いなら是非どうぞって感じで入団が認められるんだってさ。逆に言えば俺はジェネラルウイングには入れる実績はあるけど、入団してどのレベルとして扱われるかは別なんだってさ。……地方クラブの選手よりも世界ランキングが上なのに、何で俺にはちゃんとしたスカウトが来ないんだろう。そろそろ二部くらいのプロから直接来ても良いと思うんだけど。若くてピッチピチなのに」
俺は自分で言ってて悲しくなってくる。
「まあ、レン兄って、レース見てても、何故か勝つけど、あんまりテクニシャンって感じじゃないもんね。淡々と飛んで、淡々と勝つだけで。やっぱり、こう魅せて勝たないとダメなんじゃないの?」
「ぬう。別に淡々と勝ってるわけじゃないんだけどなぁ。テクニックがないだけで。やっぱりそういう技術も身につけなければならないのだろうか?」
俺は真剣に考慮したほうが良いのかな、とか考えていると
「必要ない」
リラは俺達の会話を耳にしたのか、バッサリと切って捨てる。
「そういうものなの?」
人並みにエールダンジェを知っていても、専門家では無いメイは小首を傾げる。
「レンは速く飛ぶのが好きでそれ以外出来ない。好きでも無い上に才能も無い事を必死で覚える時間があるなら、レンの大好きな基礎練をやった方が良い。メイのお腹みたいに余計な脂肪は持つべきではないわね」
「リ、リラ姉、言ってはならない事を!違うもん、私は標準体型だもん。むしろリラ姉が痩せすぎなのよ!」
そこまで言うほどメイちゃんは太ってないと思うが。むしろ13歳としては標準体型だとは思う。
リラの脂肪のつき方がむしろ神秘的なのだろう。腰回りが痩せているのに胸元が太っているのは凄くおかしい。無論、俺としてはそれが良いんだけど。
とはいえ、口に出すと大概飛んでくるのはスパナなので何も言わない。
「確かに、最近ちょっと痩せたかも」
「そうなの?」
「メイの入らないって言ってたハーフパンツが緩いんだよね」
「世の中って理不尽だよ、レン兄。何でこんなに自分の容姿に頓着しない人が、美貌を一生懸命磨く我ら女性陣をぶっちぎって勝利するんだろう。もう軍用遺伝子保持者差別よりもリラ差別とかした方が絶対良いって」
メイは膝をついて嘆き悲しむ。
俺は彼女の肩をポンポンと叩いて慰めてあげる。クラスの女子も皆似たような反応なので、家族である彼女にとってはまさに謎の人物だろう。
何せどういう生活を送ってるかさえ知っているのだから。
食生活同じなのに。しかもその食生活を構築しているのが、料理業界を希望して、施設で料理担当をしているメイ本人だというのだから皮肉である。
リラは基本的にチェリーさんに言われて清潔感、最低限の手入れ、TPOを弁えた服装等はしっかりやるようになったが、積極的に美貌を磨くような事をしたことがない。だが、街を歩けば10人男がいたら15人くらい振り向く美少女である。5人どこから出てきたのか分からないけど、その位の美少女だ。
普通、子供の頃に美少女だった場合、大人になると美しさが翳るものだ。子供の可愛さと、成長した女性の美しさは別物だ。だがこの女はそういうモノを凌駕する。
多くの天才よりも遥かに謎な人物が目の前にいる事を考えていると…………
養護施設にインターホンが鳴り響く。
食事の準備をしようとエプロンをつけていたメイは、それを切り辞めて玄関の方へ向かおうとする。
「良いよ、俺が出るから」
仕事は分担、いくらプロになって金を院に入れられる立場になっても、ゴロゴロしていてはよくない。子供の面倒も余り見ていないし。なので俺が雑用をしに玄関へと向かう。
「はーい」
玄関を開けると、そこには絶世の美少女が立っていた。それこそ、リラに匹敵するほどの。
「えへ、来ちゃった」
キャピッって感じで口元に手を当てて、ぶりっ子をする美少女。
ふわっとした長い金髪にクリクリッとした大きな金色の瞳、お姫様のような真っ白いドレスがよく似合っていた。
一瞬、凍り付いてしまったものの、俺は即座に玄関を閉める。そして鍵も閉める。
きっと、あれは俺の見た幻だろう。まさか、こんな場所に絶世の美女に扮した火星の王子様がいる筈がない。
「すいません、女装王子とか間に合ってますんで」
「って、いきなり閉めるな!え、女装王子が間に合ってる養護施設なんてあるの!?ちょ、開けろー。せっかく来たのに無視するな!」
ドンドンドンドンと扉を叩く音が聞こえるが、無視をしておこう。
「レン兄。お客さん、誰だったの?」
玄関の方にメイが近づいて小首をかしげる。
「さあ、何かの押し売りじゃないの?無視しておいた。暫く外に出ないほうが良いね、うん」
メイはドンドンと音が鳴る玄関を一瞥して素直に頷く。
俺は王子殿下訪問を無かった事にして、再び養護施設の居間へと戻る。
だが、居間に戻った時、何故か小さな子供達と遊んでいる貴公子が存在していた。
「ブフォーッ!ななななななな、何でここにシャルル王子が!?あれ、さっき玄関にいましたよね!?いましたよね!?」
さっきまで玄関でドンドン叩いていた筈なのに、何故か王子様然とした格好をしたシャルル・フィリニア・ルヴェリア王子殿下がそこにいた。
「フッ…最近知ったんだが、どうやら私は『奇術師』の遺伝子も完璧だったらしい」
「人の家にイリュージョンで入りこまないでくださいよ」
俺は怒鳴りたくなる所を必死で敬語を使って必死に王子様対応をする。
「ちなみに、種明かしをすると、事前に子供達に仕込んでおいたのだよ。服装を瞬間で変えたのは企業秘密だ」
チッチッチッと指をタクトの様に振ってニコリと笑う。
「企業秘密って…」
「ブレードメザリアの誇る最新鋭イリュージョン機械『かわーる君X』。定価1万2980U$で発売中だからな」
「しかも秘密でもなんでもない、ただの売り物じゃねえか。しかもメチャクチャ高いし!」
どこに突っ込めば良いのか分からない、ネタ振りをする男なので俺は肩を落とす。
子供達に話を聞けば既に前もって訪問していて、色々と手順を仕込まれていたとか。俺はまんまと騙されたらしい。ちなみにリラも動じた様子もなく勉強をしているので、リラも知ってたらしい。
「え、本物の王子様なの!?レン兄の友達とかじゃなくて?」
目を白黒させるメイ。
俺も気持ちは分かる。だが、目の前の男はかなり変だから気をつけた方が良い。
「これはこれは美しいお姉さん。初めまして、シャルル・フィリニア・ルヴェリアと申します」
シャルル王子はじゃれている子供達をさらりと離して、メイの手を取って手の甲にキスをする。
メイは顔を真っ赤にして目がグルグル回っているのが分かる。
「急な訪問をお許し下さい、レディ。今日は親友であるレナードに会いに来たのです。それにしても、貴方のような美しい妹御がいたとは…」
ゴッ
刹那、俺の頭に鋭い痛みが走り、目の前に星が飛ぶ。
「そこの負け犬王子。冗談でも人の妹にちょっかい掛けるんじゃないわよ。その子、男に免疫がないから本気にするでしょうが」
「あはははは。別に本気になってもらっても構わないけどね。35人目のお姫様にする位の覚悟はあるよ」
「そういう修羅の道を姉として妹に走って欲しくないだけよ」
リラはジトとシャルル王子を睨み、シャルル王子は肩を竦めて受け流す。
最強の威嚇能力を持つ女帝VS最強のスルー性能を持つ王子が互いに見合い、
「すいませんでした」
王子様はジャパニーズドゲザで謝る。勝者リラ・ミハイロワで決着がついたようだ。
「ところで、何でレナードが殴られてるの?」
それは俺が聞きたい。殴るならシャルル王子だと思う。何でスパナが俺に飛んできたのだ?
「え?このスパナ、レン専用だし」
「そのスパナ、やっぱり俺専用の鈍器だったのか!?」
今、知られざる真実に俺が一番戦慄するのだった。
――リラ、恐ろしい子
***
シャルル王子は、何故か当たり前のように我が家の居間のソファーに座り、俺達とテーブルを囲んでいた。
「それにしても何人お姫様を作るつもりなのさ。羨ましいとは言わぬぞ」
「実は、今年、1年生になったんだよ」
いきなり関係ないことを口にするシャルル王子。
そもそも1年生って何が?
俺が後期中学生2年生で、火星は俺達の住む月と同じ9月始まりの学期制度と、名称は異なるが3年置きに上のフェーズの学校に進級する学校制度だった筈から、彼は前期中学3年生相当の年齢の筈だ。
1年生になったと言う事は飛び級でもしたと言うのか?
そもそも1年生とお姫様の数って何か関係あるのだろうか?
「どっかの国の歌にあっただろう?1年に進級したら愛人100人できるかなって感じの歌が」
「それ、絶対に違うと思う。それ以前に1年生って後期中学に飛び級でもしたのか?」
「いやいや、中学には行ってないよ?」
まだ前期中学3年生相当の年齢だから、そのままの学年と言う事だろうか?
「今年、大学の名誉教授1年生だから」
「遥か彼方に飛んで行きやがった!」
何故12歳児が名誉教授になってるんだよ!?火星は大丈夫なのか?
「丁度1年前くらいに、量子テレポーテーションで、情報ではなく初めて質量を移動させる方法を確立してね。何かよく分からんが、俺が博士号を取る為に10才の頃まで通ってたルヴェリア王国大学から名誉教授の称号をあげるって言われたんだよ」
世の中、不公平なことばかりだが、やっぱり目の前の王子様ほど不公平な事はないと心から思う。軍用遺伝子保持者が人種差別にあうのは、シャルル王子がいるから妬まれてしまうのでは無いのだろうか?
「で、何で殿下がここに来たのよ」
リラは半眼でシャルル王子を睨む。
「うーん、用事があるのは確かだけどね。子供がたくさんいるここでは話しにくいな。そう、あえて言うなら大人の話し合い?」
12歳と14歳で何処ら辺から大人の話し合いになるのか聞いておきたい所だ。ここはスルーしておきたいな。
「火星のレースに出て欲しいんだよ。費用は全部火星側が……」
「そこ、kwsk!」
その言葉を聞くや、リラは空間モニタを消し、テーブルを乗り出してシャルル王子の襟首掴んで食いつく。
リラ、言葉が可笑しくなってるよ?
「その詳しい事情とか色々な部分を説明するには、ここでは話せない事が多い。場所を変えないか?そこに車を付けてるから、市内をブラッと観光しながらでも」
「観光する場所なんて無いよ?それに俺はあまり乗り気では無い」
「何で?費用は向こう持ちよ」
リラの目が$マークになっていた。いつか俺にハートマークにして向けさせたい所だが、彼女はエールダンジェにしか興味がなく、その為には金が必要だから、やっぱり金に関してはかなり厳しい。
「この王子様の持ってくる話がまともな筈がない。俺はこの王子様絡みで2度も死に掛けてるんだぞ?2回近付いて2回も。ああ、今日当たりにでもウエストガーデンが滅ぶかもしれない。2度ある事は3度ある」
「それは誤解だよ。1回目は両親がらみで私だって被害者だ。2回目は向こうの活動を未然に阻止しただけだ。むしろ私がいるからこそ世界は平和なのだよ。そして行く先々で女性を救っていったらハーレムが出来てしまったんだ」
「とりあえずリア充は爆ぜてしまえば良いと思う」
「金蔓王子殿下に失礼よ、レン」
リラがオレを窘めるのだが、シャルル王子が金蔓王子殿下になっているよ?そっちのほうが失礼だと思うんだけど。
実際、シャルル王子も引き攣った表情でリラを見ていた。さすがの王子さまも美貌の毒舌少女には敵わないらしい。
「というよりもまず口説くならリラからだと思ってたけど、シャルル王子ってリラにはあまり近寄らないよね?」
「私は無駄な事はしない主義だ。『王子、何それ?アステロイド帯にいる奴隷商とかに売ったら良いエールダンジェ買えないかな』みたいな乗りの、明らかに俺に全く興味のない女性に近付くような、マゾヒスト的な趣味は持ってないよ」
「さすが人類史上最高の天才ね。まさか9ヶ月前に脳裏に浮かべた事を言い当てるなんて」
リラはゴクリと息を呑み、驚いた様子でシャルルを見ながら額の汗を拭う。
そんな事よりも火星の王子を不法移民の多いアステロイド帯の奴隷商に売ろうと少しでも考えた俺の相棒が一番怖い。さすがにその発想は無いわ。シャルル王子もリラに対してはちょっと腰が引けていた。
「でもなぁ。俺は目先のレースよりも安全を取りたいんだよ」
「君も頑固な男だね」
それでも拒否するオレを、呆れたようにシャルル王子とリラがジト目で見る。何で俺が聞き分けのない子みたいに思われなければならないのだろう。むしろ、俺としてはシャルル王子に自分の胸に手を当ててみて欲しい。いや、膨らみの有無ではない。ないのは分かっているから。
そこでシャルル王子は俺の耳元に口を近づける。
「カイト・アルベック。彼を救いたくないのか?」
「あ?」
俺は目を大きく開き、信じられない事を聞いたようにシャルル王子へ視線を送る。シャルル王子は何事も無かったかのように、飄々とした様子でオレを見ていた。
その名前を出されてしまったら、引くことはどうあっても出来ない。
もう5年近くも前に生き別れた親友、9ヶ月前にシャルル王子によって巻き込まれたテロ未遂事件の時に再会したが身元は全く不明のままだった。
かつて一緒に組んでエールダンジェの世界で暴れようと夢を見た、唯一無二の親友の名前だ。忘れる筈も無い。
「話を聞かせろ」
俺はシャルル王子の要求に応える事にする。




