閑話~カイト・アルベック~⑤
引き続きカイトの一人称です。次章のプロローグ的な位置にもなります。
フィロソフィアからカジノ居住区へ帰ってから、俺はカジノ専属飛行技師として再び働くことになる。
世界ランキングを手に入れて、少しずつ前に進んでいるかつての友に負けたくないと言う想いが、機体調整への熱へと向かわせる。レースには出ていないが、仕事は着々と進めていた。
不毛な事は分かっている。
クソみたいな世界で生きているのも分かっている。
それでも、やらずにはいられなかった。
そして今日は特にそのやる気が大きい。
理由はあった。昨日のレースは酷く心を燃やすものがあったからだ。
319年度の第6節に行われるエアリアルレースのステップアップツアーの一つ、『ネクタリス飲料オープン』のレースを見たからだ。
対戦カードはレナード・アスターとジェロム・クレベルソン。
ジェロム・クレベルソンはかつて子供の頃からテロリストとして育てられた所をルヴェリア連邦軍に保護されて、更生プログラムを受けている少年だった。
だが、プログラムが終わる今年最後のレースは、月でレースをしたという。どうやら、話では所属しているブレイドメザリアという企業の用心棒兼飛行士として帯同しているらしい。ブレード・メザリアはシャルル王子が買収した企業なので、恐らくはスポンサーが彼なのだろう。
このジェロム・クレベルソンという選手だが、正直に言えば本物の天才の1人だ。
事実として、今年に更生プログラムが終了し、来年からはエアリアルレースにおいては火星で1~2を争う名門『ワイルドアームズ』に入団が決定している。
このワイルドアームズは旧国営最大企業にして火星屈指の複合企業でもある。そして『G16』というエアリアルレースクラブで最も権威のある16クラブの1つで、世界最大クラスの国際企業だ。
この事実は、エアリアルレースの支配者ともいうべき『G16』が、更生プログラムを受けた子供を受け入れると大々的に認めたのだ。
そんな注目を受けている天才とレンの勝負は、玄人好みのかなり白熱したレースだった。
ジェロム・クレベルソンは飛行も上手いが、売りは何といっても遠距離狙撃だ。飛行自体はレンがペースを握る。終始、レンは相手を抑え込んで自分のペースで攻撃をしけ続けていた。
だがクレベルソンは曲芸飛行で上手く距離を取って、レンが一瞬の気を抜くような遥かに遠い遠距離から想定外のポイントを撃ち抜いてくるのだ。
天才スナイパーで、更生プログラム中に、銀行強盗4人組を、3キロ離れた距離から4連射で全員麻酔弾で眠らせたというのは有名な話だった。
どうも、狙撃の為に生まれた遺伝子を受け継いでいるらしい。
レンはそれでもペースを握り、レースを作る。だが、クレベルソンの遠距離の決定力によって、4対3で一歩届かずに敗退する。
「前は全月高校選手権ファイナリストのディ・ミケーレに惜しくも敗退、今回はジェロム・クレベルソン。最近は中学や高校のスターがピックアップされてて、レンのニュースは少ないけど、かなり良い成績なんだよな。とはいえ、どうにも才能の無さが目に付くし、将来的に強くなりそうな、これっていう武器が無いんだよな」
おれは溜息を吐く。
レンは強くなった。
俺が拳銃を向けた際に全く怯えてないが、そもそもちゃんと狙っていないのが分かっていたのだろう。
これ程、完璧に飛べるし、相手の射撃もかわせるんだ。ヘッドギアについている射撃予測なんかなくても、視認できる場所で拳銃を向けられれば、自分に当たるだろう射撃かどうか分かる程度には拳銃を向けられる事に慣れている。
「アイツはあれからどんどん先に進んでるのに、俺は何の進歩もねえ」
正直に言えば悔しかった。
色々と調べてみれば、レンの奴はどうもテロの時にゴミ山の方へ逃亡していたらしいのだが、ゴミ山が崩落してフィロソフィアの下層に落ちてしまったらしい。そこでコンバットレギュレーションのフィロソフィアカジノのレースに2年も出続けていたらしい。
カジノ居住区で飛行技師をやり続けていた俺によく似ていた。
更生プログラム出身というジェロム・クレベルソンの経歴を見て、どうしてもうずいてしまう。俺もそっちに行きたいと。
ケビンさんに相談してみるかと、俺は立ち上がる。DKの下で飛行技師をしていても、やはりこのプロで戦いたいと言う想いは消せない。彼の下では思い切った調整なんて無理だ。
カジノのショーに合わせた暴力的な調整なんて好きでやっているわけじゃない。
俺はそう考えて意を決する。
もうやめよう。自分を偽るのは。レンや死んだレンの両親に顔向けが出来なくても、やっぱり俺はエアリアルレースの世界に戻りたい。どんな汚名を受けても再びあの輝く世界に行きたい。
レックスは俺に道を示してくれた。俺がレックスを苦手だったのは、きっとあの真直ぐな生き方が眩しかったからだ。
俺はケビンさんの住んでいる区画へと向かう事にする。
***
カジノ居住区の治外法権区画は危険な人間が多くいるが、俺は一人で歩いても襲われたりはしない。この業界が長いせいで、ケビンさんやDKのようなカジノ居住区で権力を握っている人間の庇護下にあるので、恐れられている部分がある。まあ、中国の故事曰く虎の威を借る狐とでも言えば良いのかもしれないが。
俺が勝手知ったるケビンさんの部屋に行くと、そこにはDKもいた。
打ち合わせなのだろうかと二人の様子を見るが、どうにも違うようだった。いつもどこか余裕のあるケビンさんらしからぬ、真剣な表情をしていた。
「カイ……キースか。よく来たな」
今はキースで通っている。昔のままカイトと呼ぼうとしてケビンさんは名前を言い直す。
「何かDKに用事でもあったんですか?」
「ああ、少々、問題が起こった。お前も知ってる連中の事だ。青き地球の奴らを覚えているか?」
「ああ、あの脳筋自称テロリスト集団」
「そう言ってくれるな」
ケビンさんは苦笑する。
「それがどうしたんですか?」
「全滅した」
ケビンさんは何の前触れもなく結果だけを俺に伝える。
「は?」
何が全滅したと?
「だから、青き地球の連中が全滅したと言うんだ。宇宙船を包囲されて皆殺しだ」
「な、……いや、でも………え」
何を言ってるんだ。そもそもあの脳筋集団は殺したって死にそうにもないのに。冗談がきつすぎないか?
「DKには報復のための武器調達を頼んでいる所なんだが、そっちもそっちで立て込んでいるみたいでな」
「ちょ、待って下さいよ。レックスたちが死んだ?冗談とかじゃなくて?何で?そもそもあいつ等の活動って、皆殺しにされるような凶悪犯みたいな活動はしてないでしょ。自称テロリストですけど、やってる事って言えば過激な反戦争奴隷解放運動団体じゃないですか」
「そうだな。俺らノアの方舟系列が後ろ盾してるから、表立ってはテロリストみたいになってるけど、中身はホント可愛いもんだよ。でも事実だ」
俺は信じられなかった。
ひょっこりまた現れるんじゃないかって思う位だった。
「今、ニュースでも大々的に報じている。フィリップ王子率いるルヴェリア軍によって青き地球の宇宙船を一網打尽にして全滅させたって。映像付きだが、見るか?」
ケビンさんはモバイル端末から空中にウインドウを作って俺へ動画を見せる。
そこに映っているのは間違いなく、俺がこのカジノ居住区のある小惑星エロスへと向かって乗っていた、彼ら青き地球の所有する小型宇宙船だった。
それが火星軍に包囲され、逃げる事も応戦する事もなく四方八方から重力光砲弾の雨霰を受けて、爆発して崩壊していく。
「な、何でルヴェリア連邦軍が青き地球を叩きのめすんだよ。むしろ、逆だろ!青き地球の連中は、火星側に近い思想じゃねえか!極秘裏に保護しても…」
「凡人ってのはよ、天才に嫉妬して、天才を貶めようと必死になるんだ」
ケビンさんは全く関係ない事をボソリと口にする。俺は意味を理解できずにいると、ケビンさんはさらに言葉を継ぎ足す。
「奴らを滅ぼしたフィリップ王子は、そこそこ有能な遺伝子を持っているが、従弟のシャルルの遺伝子に比べたら凡人だ。シャルル王子は単身で暗躍し、多くの事件を解決している。凶悪なテロ集団を捕縛したり、俺達の上にいるノアの方舟の幹部も捕まえたりと大活躍だ。だが、手柄をルヴェリア軍に譲っている為に、公にされていない」
「うちらの間ではよく知られてる話ですが、確かに公の情報はそうではないですね。前回の爆弾の時もですが」
「だが、その為かルヴェリア軍はシャルル王子の信奉者が多い。フィリップ王子はシャルル王子に対抗すべく、名前は売れても力のない青き地球を潰すことで自分の名を広めようとしたんだ。手柄を公にしてな」
ケビンさんはクツクツと笑う。
その言葉に俺の頭は一瞬で沸騰してしまっていた。
「ふ、ふざけるな!そんな……そんなくだらない理由で」
「奴らとて不法武装集団だ。こういう最後くらいは予想してただろうさ」
「だけど!………」
納得がいかない。
そりゃ、アイツらは気の良い奴らだったが、犯罪者だ。いつ滅ぼされたって仕方ない。
俺もケビンさんも断罪されるべき側だってのは分かっている。
レックス達もそうだ。
だけど、アイツらは俺やケビンさんみたいな自分可愛さに手を汚しているわけじゃない。ちゃんと目的があって、戦っている。軍用遺伝子保持者の未来の為に。不遇な同胞を救うために。
ケビンさんは黄金の瞳を強く光らせて虚空を睨みつける。
「奴らは子供が幾人か更生プログラムを希望していたのは知っているか?」
「あ、ああ。俺もそれに誘われて、それで…」
俺は、それを受けようと思ったんだ。
どんな罪でも全て償うつもりだった。親友に軽蔑されても良い。それでもエアリアルレースの世界に行きたい。そう思ったから……。
「アイツらは戦災孤児が傭兵として働いていた子供達を運ぶためにルヴェリア王国に打診して、子供たちを連れて行ったんだ。だが、フィリップの率いる軍は武装解除してやって来たレックス達を包囲して襲撃、口封じの為に皆殺しにしやがった。つまり騙し討ちだ」
「!」
ケビンさんの言葉に俺は頭をハンマーで殴られたかのような感覚に陥る。
あまりの事に呆然としてしまっていた。
「そんな事でレックス達は……殺されたってのか?」
更生プログラム自体が囮だったとでもいうのか?
だったら、一度落ちた人間に未来なんてないって事か。あまりにも呆気ない真実の暴露は、まるで俺の夢が崩壊するかのような衝撃だった。
「ただの王位継承権欲しさの手柄を上げる為だけにつまらないマネを。俺達からすれば、まあ、青き地球は大した手下じゃないし、ノアの方舟の連中は全く気にしてなかった。俺とて、ルヴェリア連邦と事を構えるつもりはない。だが、報復したという形を取らなければどうにも収まりはつかない」
まるでケビンさんは面倒くさいけど報復をしなければいけないという口ぶりだった。
「まるで、義務的ですね」
俺は言葉に険を持ってしまったのに自分で気づいたが、感情が止められなかった。
「言っただろう?ルヴェリア連邦とは敵対したくない。俺達の間には無言の不戦協定がある。だが、それを知らないバカが喧嘩を売ってきた。責任者の首を出せって言いたいが、それが連邦の次々期王候補だ。手打ちにする方法が無いって訳だ。まさか、アホだと思っていたが、フィリップはシャルルよりも頭が悪いだけじゃなく子供だったとは思わなかった」
ケビンさんは大きく溜息を吐く。
だが、そんな様子を見て、俺は愕然とする。
レックスはケビンさんを兄貴分だと慕っていたが、ケビンさんはそんな事を思っては無かったようだ。
仕事が増えたから面倒、それだけのようだ。報復はしたくないけど、体裁的にしなければならない、そういうスタンスをまざまざと見せていた。
結局、レックス達はあの王家の権力闘争に巻き込まれて、無駄死にしたとでもいうのか?
こんなふざけた事が許されていいのか?更生プログラムを受ける為に投降した子供達まで、まとめてこの世から葬り去るなんて、正気の沙汰じゃない。
100万人もの人間を殺す手伝いをした俺が何を言っても何の説得力もないだろう。でも……
「だが、形だけ報復すると言っても武器を大量に作るのは厳しい。今、アステロイド帯の戦争でかなり人手が割かれている。精々暗殺にしておけ」
DKはさらっと言う。
「暗殺はさっきも言ったように無理だ」
「無理?」
「シャルルは読んでいるだろう。暗殺場所はおおよそ抑え込まれてる。あの男が本気になって守りに入られたら、戦闘力だけの俺達じゃ無理だ。だからこそ、やってくれたなって話だ。じゃあ、有能な暗殺者に対して、俺のメンツの為に死んで来いって言えるか?」
ケビンさんはいらいらしながら頭を掻きむしる。
「それは…」
あの王子は確かに曲者だ。戦闘力自体が恐ろしいと感じたが、口先や情報戦でも普通にやばい。黒鳥網の幹部を生放送の会話で、上手く自供させてしまう弁舌も怪物じみている。
何でもできる理想の遺伝子とは聞いていた。そんなのがあり得るのかと首を傾げた事はある。
実際、それを目の当たりにしては認めるしかない。
俺もケビンさんも重い空気の中にいた。戦友の弔いの為に、この手を汚す事も辞さないつもりだが、下手人がいないのだから仕方ない。
「そのフィリップだがな。良い話がある」
「あん?」
そんな重たい空気を壊したのはDKだった。
ニヤニヤと笑いながら口にし、ケビンさんは片眉を上げて半眼でDKを見る。
DKがこういう嬉しそうな顔をしている時はろくでもない時だけだ。
「今度、フィリップが俺の庭の方に出て来るって話だ」
「お前の庭って……エアリアルレースにって事か?」
ケビンさんは怪訝そうにDKを見る。
俺も理解できず首を捻り、そしてふと思い出す。
確かにフィリップはプロ飛行士ライセンスを持っていた。
しかも何度かメジャーツアーにスポンサー推薦でレースに出ていくつか勝利をしていた記憶がある。そこそこに強いレーサーだ。
「以前、シャルル王子が小さいレースで1回戦負けをしていたのを見ていたようでな。奴は最近、やる事がどうにもあのシャルル王子より優れている事をアピールすることに躍起でな。今度の火星で行なわれるスバルカップ、そこで勝利する所を見せて、シャルル王子よりも有能だってのをアピールしたいらしい」
「ガキかよ」
シャルル王子より自分が上だと認めさせたいがためにマネをする。あまりにもくだらない理由だ。
「ガキのまま大人になってるだけだろう。お前と大差ないと思うが?」
「否定はしねえが、そこまでバカじゃねえよ」
DKは暗にケビンさんをガキ呼ばわりするのだが、ケビンさんは肯定しつつもあきれるようにため息をつく。
「なるほど。つまり、奴は護衛の少ない公の場所に姿を現すチャンスがあると言いたいわけか」
ケビンさんはなるほどとうなずく。
「今、最新型のライトエッジの研究をしていてな。レースで堂々と殺せばいい」
「お前に依頼を出せと?」
「まあ、飛行士はともかく、相変わらず飛行技師不足でな」
二人が話している中、俺はレックス達を思い出す。
脳筋でバカな連中だった。嫌な連中だった。ずけずけと友達面して、馴れ馴れしい連中で。何も知らないくせに、俺の踏み込んでほしくない場所に堂々と口出しをしてくる。
だが、嫌いになれなかった。
本気で自分達の活動で戦争奴隷にされている軍用遺伝子保持者を解放できると信じていた大馬鹿野郎達だった。そして、自分たちの抱えてる仲間たちや、俺みたいな奴にさえも、立ち直る道を勧めるようなお人よしだった。
そんな連中がフィリップの単なる見栄によって殺された。
何故?どうして?
たかがそんな理由で、本当に助けを欲していた連中を、誰も助けてくれないから立ち上がった連中を、自分の名誉の為だけに殺していいのか?
そもそも火星はそういう連中を守って出来た国じゃないか。
それを無残に殺すような奴がルヴェリアの王子だと?
しかも、俺が二度と立つ事さえ許されなくなった空の世界で、自尊心の為に遊びでレースに出るなんて事があって良いのか?
俺には止められない怒りが腹の底から込みあげて来る。
そんな奴に俺の大事なものを自尊心を満たす道具にされている事実が我慢できなかった。
「ケビンさん。俺がやりますよ」
「あ?」
「DK、メカニックがいないんだろう?俺がやる。それなら人手は足りるだろう?」
もはや未練はない。
フィリップを殺せるなら、堕ちる所まで堕ちてやる。
「………お前は甘い。本当にやれるのか?」
「戦友の弔いだ。それに……もう、何の未練もねえよ」
そうさ、どうせ俺にエアリアルレースへの未来なんてないんだ。更生プログラムはテロリストを呼び込むための餌だった事実が判明しているのだから。
だったら、生きてようが死んでようが同じ事。とっくに真っ赤に染まった手だ。洗ったって落ちやしない。
どうせ堕ちる所まで堕ちた身だ。
ならばせめて、戦友を殺した腐れ王子も一緒に堕としてやる。




