閑話~カイト・アルベック~④
カイトの一人称です。時間はフィロソフィアカジノオープン予選前まで遡ります。
俺は青き地球の連中と共にフィロソフィアへとやって来た。
人が多くカジノに詰めかける中、フィロソフィアの北部にある廃ビルの中に運び込んであった爆弾の組み立て作業を行なう。
組み立てているのは空間プラズマ爆弾という発動すると一定の領域だけを崩壊させる小規模高威力な暗殺によく用いられる爆弾だ。
無論、その手の爆弾は月において、持ち込み禁止である。その上、重力制御による過剰出力は使用出来ないシステムが確立されている。
今の時代は全て重力制御によってエネルギーが運用され、データベース内で演算した情報を、ネットワークを介して命令が送られ稼働する。
そうでなければペタバイトやエクサバイトものプログラム演算を用いる情報を、小型製品に命令することは不可能だからだ。
そして、それが居住区におけるセーフティ機能になっている。
つまり、ネットワークに繋がらなければ製品が動かない。しかも、ネットワークに繋がらない電子機械製品は売る事も作る事も許されていない。
月居住区内で規定以上の重力異常を感知すると、停止信号が送られて、辺り一帯のエネルギーが強制停止させられる。
エールダンジェやカジノ等の過剰重力エネルギーを用いる武器や装置は、その規制緩和された場所の身で使えるように設定されている。
じゃあ、どうやってそんな規制に引っ掛かる兵器を作ればよいのかと聞かれれば、言ってしまえば簡単だ。
現代科学は全て重力制御装置とネットワークを基盤に作られているならば、両者を取っ払った旧時代の兵器を作ればいいだけの事。
この二つを介して物を作る必要はない。事実、旧時代は様々な機械を使って複雑なプログラム演算や重力制御を用いなくても空も飛んだし、宇宙にも行けたし、大規模破壊兵器も運用していた。
無論、それを知るには専門的な大学で身に付ける必要がある。
俺の場合はかつての師匠がそうしたように、ウエストガーデンのゴミを拾って修理して使えるようにするほど機械を弄り続けてきたので、旧時代の知識を経験的に自力で学んでいた。
***
幼い頃、レンと二人でゴミ山に登って機械弄りをしていた頃は、新しいものの出会いや宝探しのように楽しく、機械を触る事が好きで仕方なかった。
だが、今は楽しくも何もない機械弄りを、フィロソフィアの片隅で行なっている。
必要な部品のある製品を事前にフィロソフィアに送りつけておき、俺は現地でそれらをばらして、重力制御とネットワークを介さない爆弾へと作り変える。大きな演算機を取り付けるので、どうしても爆弾が大きくなるのだが、それでも周囲20メートル程度を吹き飛ばす、10インチ四方の大きさに収まる小型爆弾を作る。
騒がしいカジノから離れた場所で爆弾の部品を組み合わせて作成をし、重力制御装置に特別な設定を仕込むためにプログラムをする。
「ふう、終了っと」
重量は20キロほどでかなり重い。
バッグに入れればばれない大きさだが、カジノに持って行けるかは怪しい。見た目はスピーカーにも見えるので持っていても変には思われないようにしているが。
「さすがだな。武器の調整までやってもらったし、ケビンさんがほめたたえていただけはあるぜ」
レックスはうんうんと頷く。
「おれだって頭のいい遺伝子さえあれば」
「くっ、だからミリエラちゃんはコイツに興味津々だったのか。子供のくせにおれのミリエラちゃんを取ろうとしやがって」
「いや、ミリエラ(8歳)にお前は何を考えているんだ」
「このロリコンが」
「だったらキースもロリコンじゃないか」
「くそ、俺だってキースくらいの頭があれば食堂のイアンナさんにちやほやと」
「ちょっと待て、イアンナさん(45歳)にチヤホヤされて嬉しいのか?」
テロリスト達の人間模様はめちゃくちゃだった。
どことなく怪しげな性癖を持っている方が、軍用遺伝子保持者であるよりも深刻な気もするが。
あと、自己弁護させてもらえるなら、ミリエラが俺に近づいてくるのであって、8歳児に興味はない。あと、イアンナさんの件も、俺が細身だからと飯を食えと言わんばかりに多くよそってくるだけだ。他意は全くない。むしろ、太りそうだから勘弁してほしい。
とはいえ、 青き地球の連中は俺に嫉妬交じりの称賛をする。
俺からすると難しい作業ではないのだが、月の防衛システムを熟知していないと、爆発物や武装を作る事は困難だろう。これは頭の良さというよりもしっかりと調べる必要がある。頭のいい遺伝子を持つ必要性もない。
と、こんな脳筋集団でまともに武器の持ち込みも怪しかったことから、結局、今回のミッションでは武器の調整も全部やらされていた。
彼らが捕まると俺の足もついてしまうからだ。
面倒臭い連中のお守りをやらされている気分だった。多分、ケビンさんはそれを分かっていて、俺に頼んできたのだろう。ただ、この青き地球の連中は頭こそ悪いが、気の良い連中だ。
イラッとする事は多いが、嫌いにはなれなかった。
俺はビルの中で作業を終えると、爆弾を運ぼうとしている連中と別れ、数人の仲間と共に下に移動する。
エレベータなどの電源が切れており、歩いて階段を降りるのが面倒だった。
すると俺と一緒にいる仲間の端末に連絡が入る。
「え?侵入者だと!?」
そんな事をぼやきに、俺は驚くようにその仲間を見る。
「どこからだよ!」
「上からエールダンジェで降りてきたのを見たってよ。上に行かねえと」
上だけで強襲するだろうか?そもそも上からではバレバレだ。ここら辺は無人ビルの多い地域だ。上は囮で下から来る可能性もある。
「上下から挟み撃ちの可能性もあるだろうが」
上と下、或いは壁を抜いて横から来る可能性もある。爆弾の確保だけなら一点突破の方が早いだろうが。
「急げ!」
「くそっ!ルヴェリア軍の連中か!?」
「まさか、もう嗅ぎつけられたというのか!」
凡そパニックになる一同、慌てて上へと走り出す。仲間を守りに行ったのか、爆弾の確保に行ったのか。
俺は溜息を吐くように周りを見る。
「キース!下からの襲撃がないか、そこで見てろ!」
俺に火薬式の拳銃を投げ渡して上へと走っていく青き地球の仲間たち。
「俺はただの技術屋だぞ。何でお前らの戦争に付き合わないと…」
俺の文句を聞きもせずにさっさと上へと走っていく。
むしろ、こんな武器を持たされたら俺まで一味と思われるじゃないか。そもそも下を見るのも俺じゃなくてお前らの仕事だろう。
「ったく、何でオレがこんな……」
とはいえ、俺までテロリストとして捕まるわけにはいかない。どうにか奴らと一緒に逃げないと、そもそも逃げる為の足を持っていないのだ。
俺は嫌々ながらも警戒しながら周囲を見渡す。
すると、階段の陰になっている片隅に小さくなっている少年がいた。
ばっちり目があってしまう。だがスッと少年は目を背ける。
見なかったことにするか?
「って、騙されるか!誰だ!そこから出て来い」
もしも敵だったら後ろから撃たれても困る。取り敢えず捕えておこう。
俺は拳銃をその少年へと向ける。
「あううう、ばれたぁ。何かよく分からない事に巻き込まれた」
出てきたのは小柄な俺と同年代くらいの少年。涙目で両手を上げながら、両足をガクガクと震わせていた。
こいつ絶対にルヴェリア軍とか関係ない、ただの巻き込まれただけの子供だ。当人の言葉を聞く必要もなく、ボンボンって感じだ。
「手を挙げてゆっくりとそこから……ん?」
拳銃を向けた先、陰から現れた少年は見知った顔だった。
「お、お前、まさか……レ、レン?」
「あ……カ……カイト」
何故!?どうして?
俺は全く理解できなかった。
だが、目の前にいるのは間違い無く、幼馴染のレナード・アスターだ。
何でこんな所に?問いただしたいことは腐るほどあった。
だが、上から何度も銃声や悲鳴が聞こえて来る。
恐らく交戦を始めたのか、あまり戦いに行きたくはないが、あの爆弾を弄られたら大変なことになる。止める必要があった。
「おい、キース!そっちから物音がしたが敵がいたのか!?」
階段の上から青き地球の仲間が声を掛けて来る。
「え?あ、いや、いねえよ。仕事の終わった俺まで関わらせるんじゃねえよ!大体、お前らが俺を使うんじゃねえ!ケビンさんに言い付けるぞ、クソが」
「ちっ、まあ、良い。とにかく、下から襲撃があったら直に教えろ。まさかシャルルの野郎が単独でここの爆破装置を抑えに着たとは考え難いからな」
シャルル王子が単独で?意味が分からない。何が起こってる?
銃声の鳴る方角へ走る仲間達。
そこで俺は、青き地球の中で、自分が一番下の階にいる事に気付く。周りはもう誰もいないだろう。
視線を周りに向けながら、レンに背を向けて、上からレンが見えなくなるような配置に立つ。
「ばか、お前、何でこんな所にいるんだ」
「そ、それは俺の台詞なんだけど。俺だって何でここに来ちゃったか分かってないのに。困ってるっぽい女の子を助けてここのビルに不時着したら、何か知らないけど実は男の子だったり、いきなりドンパチ始めちゃったり」
うん、さっぱり理解できない。
コイツ、本当に何でこんな場所にいるんだよ。そもそもフィロソフィアなんかに用事は……
俺はそこまで考えてふと思い出す。今回のフィロソフィアカジノの任務は、フィロソフィアで大きいイベントがあり、どさくさに紛れてルヴェリア軍幹部と黒鳥網の幹部が密談をするという状況を邪魔するのが目的だった。
何で、直に気付かなかったんだろう?
この時期のフィロソフィアカジノの大きいイベントは一つだけ、エアリアルレースのステップアップツアー『フィロソフィアカジノオープン』に決まっていた。
一般市民がたくさんカジノに集まる『フィロソフィアカジノオープン』の予備予選では非常に人が多い。その騒動に紛れての行動だ。
レンは飛行士だ。つまり明日から始まる『フィロソフィアカジノオープン』の予選に出場する為にここに来ていたのだ。そして、偶然、ここに流れ着いてしまったという事か?
何て間の悪い奴だ。
宗教さえ否定された新暦の時代だというのに、レンには何か悪いものでも憑いているのではないかと勘繰ってしまうレベルだった。
「ちっ…だからお前はいつも無駄な事に首突っ込むなって言ったのに」
「それ、カイトにだけには言われたくないよ?」
そういえば俺の方が厄介者だったとレンに指摘されて初めてその事実に気づく。思い切り舌打ちをしてしまっていた。
「カイト、何でこんな所に…」
「仕事だ」
「……やっぱり……キース・アダムスはカイトだったんだね。アンリも心配してたよ」
言われてみれば気付かれない方がおかしい。レンはもはやただのエアリエルレースファンじゃない。
立派なプロの飛行士だ。軍用遺伝子保持者さえ除けば、上位100人に名を連ねる実力があった。
汚れた俺なんかとは全然違う。月の最年少プロ飛行士という立場は恐らく軍用遺伝子保持者を除く一般人では初の快挙だ。こいつをこんな場所にかかわらせちゃいけない。俺なんかと知り合いだなんて知られちゃいけないんだ。
「だったら分かるだろう?俺がどれだけのクズなのか。とにかく、ここは危険だ。今は下の階に誰もいない。さっさと降りて出口から出て、ここから離れろ。下手するとビルごと吹き飛ぶぞ」
あの王子が何をやるかは分からないが、下手に弄られれば爆弾が爆発する恐れは十分にある。この馬鹿だけは俺が死んでも巻き沿わせる訳には行かない。
「か、カイトは?ど、どうなっちゃうの?」
「まだ、俺には使い道がある。使い潰されることは無いだろうよ」
「い、一緒に逃げようよ」
レンはどこか心細そうに、だが俺に手を差し伸べようとする。
こいつはどこまでお人よしなんだ。
俺がケビンさんに乗せられて武器なんざ作らなければ、あの悲劇は最小限に留められていたんだ。お前の親父を殺したのは俺みたいなものだってのに、何でこんな事が言えるんだ。
大体、お前はもうプロの飛行士だろうが!俺なんか堕ちた奴と関わって良いはずないじゃないか!自分の飛行士としての未来までぶっ潰す積もりか?
俺は歯をきしませる程に口を噤んで大声で叫びそうになるのをこらえる。
「お前、テロリストと友達にでもなる積もりか?もう、お前はプロなんだろう?だったら昔の事なんて忘れて、こんな場所からさっさと消えろ。お前をこのまま放置してるのがばれたら、こっちの身だって危ないんだ。分かれよ」
「でも…」
「良いからさっさと消えろって言ってんだよ!」
声を殺してこの馬鹿を追い払おうと銃口をレンに向けて、トリガーに指を掛ける。
だが、レンは銃口を向けているにもかかわらず、全く動じる事が無かった。全く恐れさえ感じていなかった。
何でビビらない。お前は弱虫でビビリのレンだろう?
大体、何でお前から親を奪った俺が、そんな同情されるように見られなきゃいけない。
違うだろ?憎しみの目で見るべきだろう?
やめろ、やめてくれ!
「……早く…してくれよ」
俺の前から消えてくれ。頼むから……。
「キース!こっちがやばい!サポートに来てくれ」
俺は全く戦場になんて行きたくなかったが、目の前の幼馴染の純粋な瞳が、恐れも恨みもない様子に怖くなり、逃げるように戦場の方へと向かう。
俺は本当に何をやってるんだ………。
***
レンから逃げるように上の階へと登ると、上の階に倒れている仲間が見える。
恐らく交戦があったのだろう。現場へ向かう中でも壁に背を持たれて倒れている連中がいる。敵はどうやら予想以上に強いらしい。
俺が現場に飛び込むと、そこには美しい少年が、俺の作った爆弾の上に足を置いて、まるでフットボールのように転がしながらそこに立っていた。
何人かの青き地球のメンバーは倒れていた。
「ふはははは、この世界最強の遺伝子たるこの俺に勝とうとは笑止千万。青き地球よ、投降しろ!」
なぜか、包囲されている少年が、包囲している面々に投降を呼びかける。かなりおかしな状況なのだが、
「くそっ、コイツやばすぎる」
レックスは歯噛みするようにぼやく。
「っていうか、何で俺の見てない内に爆弾取られてるんだよ!」
青き地球の連中の無能さにびっくりだ。
それとも、目の前の少年、シャルル・フィリニア・ルヴェリア王子というのはそこまで化物なのか?普通に女性ものの服をたくし上げている怪しげな美少年にしか見えないが。
あ。
この王子の格好を見てレンのよくわからない供述が何となく理解する。思いっきりこの王子に巻き込まれたんだ。
相変わらずの巻き込まれ体質だと思い出す。
「くそっ」
すると青き地球のメンバーの一人が腰にある拳銃を手に取って、攻撃をしようとする。
だが、シャルル王子は右手を前に出す。
刹那、手に取ろうとした拳銃が何かにぶつかって宙を舞い、地面へと転がる。
シャルル王子が一体何を打ち出したのかと思えば、一緒に転がっているのはフィロソフィアカジノのコインだった。
コインを指で打ち出して叩き落したとでもいうのか?
漫画ではあるまい、何なんだコイツは。
「ふっ、今朝、カジノで1枚のコインをたった1時間で200万枚に増やしたからな。お前らを倒す為のコインならいくらでもあるぞ」
「いやいやいやいや、別にコインじゃなくても良いだろ」
「一昨日、火星から月に渡る間、ネット友達に勧められた西暦時代のアニメーションを見ていて、こんな事をやっていたんだ。だから、どうしても真似したかったんだもん。そのために、昨日は100万枚ほどコインを稼いだのだ。まあ、アニメで撃ち出していたのはレールガンだったけど」
一体、何の西暦時代のアニメを見ていたのか謎だ。
西暦時代の懐かしジャパニメーションオタクだったアンリ辺りに聞いたら、知っているかもしれない。恐らく、もう二度と聞きに行ける事はないだろうが。
「何か、やばいんだけど」
「レックス、どうする?」
一同に動揺が走る。
多くの面々がこのテロリストの一団のボスであるレックスに指示を仰ぐ。やってることは阿保らしいが、逆に言えば…鼻歌交じりで殲滅出来るって言ってるようなものだ。
さすが脳筋集団、野生の勘が目の前の少年の危険性に反応していた。
「ふははは、俺の強さにビビったようだな、このテロリストどもめ。今大会は俺もレースに参加して、それまでは観光三昧の予定なんだから、変な騒動を起こされたら困るんだよ。こんな爆弾如きで俺を邪魔しようなど不届きな!」
サッカーボールのよう足でゴロゴロと転がすシャルル王子。完全に図に乗っていた。
ぶん殴ってやりたいが、手も足も出ない状況だ。一同の武器は地面に転がり、囲んでいるのに無手で困り果てているのが、その証拠だ。
多分、本気で俺らを殲滅しようと思えば可能なのだろう。それをしないだけで。
俺達はシャルル王子を包囲して、悔しそうに固まっていた。すると、
カチッ
変な機械のスイッチが押されたような音が鳴る。
「あれ?」
ピッ……ピッ……ピッ……
電子音が聞こえだす。
「お、おい!ちょ、お前!足で転がして時限爆弾のスイッチ押したんじゃないのか!?」
俺は即座に思い出して指摘する。
「え?」
シャルル王子はハッとして足蹴にしていたボール、ではなく爆弾をサッカーボールのように軽く蹴り上げて、宙に浮いた爆弾を両手で手に取る。
「ああああああああっ!稼働してる、稼働してるよ!あと51秒、50秒、49秒」
シャルル王子は慌てたように爆弾を見ながらカウントダウンの数字を読み上げていた。
「ぎゃあああああああああっ!アホ王子!」
「こいつやりやがった!」
「キース!時限式を止めてくれ!」
「ネットワーク通信を付けてないから、直接操作しないと無理!」
「お、ビビったな。ほーら、爆弾動いてるぞ。へい、へーい」
「うわっ近づけるな!」
シャルル王子はまるで鬼ごっこの鬼のように青き地球の連中に爆弾を持って近づく。
爆弾が稼働していることにビビった彼らは、近付かれると慌てて逃げだす。
「やべえ、逃げろ!」
「あいつ、頭がいかれてやがる!」
「ち、近付くなー」
何か汚いものでも持って近づく子供のように、シャルル王子は爆弾を持って大はしゃぎ。完全にシャルル王子のペースだった。
「っていうか、ここで爆発したら、ビルごと倒壊するぞ!アイツから奪い返して時限式を止める余裕はねえよ!」
俺の叫びにレックスはうなずく。
「撤収!」
レックスの号令に全員が一斉に駆け出す。
***
青き地球の面々はビルを走って爆弾のある場所から逃げだし、ビルの端にあるガラス窓をぶち破る。
そこへ退路確保する為に待機していた連中が飛行車を飛ばして、ビルの窓に横づけする。
そこから次々とメンバーが飛行車へと飛び乗っていくのだった。
だが、そこで俺は思い出す。
そう言えば現場に行く途中、誰か倒れていなかったかと。
退路で倒れていた人間は途中で仲間が拾っていたが、退路にいなかった倒れている面々を構っている状況では無かった。
ビルの大きさは爆発規模を考慮するとビルの3フロア程が吹き飛ぶ計算になる。間違いなくビルは倒壊するだろう。あんな所に倒れていたら間違いなく死ぬ。
俺は慌てて道をそれ、人が倒れていた場所へと走る。
俺が辿り着くと、そこにはレックスがいた。1人で3人の仲間を背中に担ぎながらふらついて走って来る。
やはり放置されっぱなしだったようだ。
「1人、こっちによこせ。行くぞ」
「悪い、助かる」
レックスは一人を俺に預け、俺とレックスは仲間を担いで退路へと走る。
すると巨大な爆発音が背後から響き渡りビルが激しく揺れる。
俺は足が一瞬宙に浮いて前に倒れそうになるが、レックスは俺を支えて転ぶのを止めてくれる。
「大丈夫か?」
「すまない。急ごう」
俺達は背後が轟音を立てて崩れていく音を聞きながら必死に走る。
「やべ、死ぬ死ぬ死ぬ!」
「見えた!飛行車だ!」
俺たちは重たい仲間を担ぎながら必死に走る。
「うおおおおおおおおお、間に合えーっ」
俺とレックスは恐らく人生で最も全力で走り、空中に止まっている飛行車へ向けてビルの窓からダイブする。
***
俺達はどうにか助かった。飛行車で空港経由で居住区の外を出て、逃亡用の宇宙船に逃げ込む。
俺達はぐったりして床に座り込んでいた。
「何なんだよ、あのバカ王子」
「化物だって噂は聞いていたが、まさか全員で掛かって、誰一人殺さず、叩きのめされたぞ」
「人の爆弾、勝手に起動させやがって」
「完全に計画は失敗だ」
「くそっ」
全員が溜息を吐く。
俺は腕時計型モバイル端末でフィロソフィアの情報を取りに行く。
だが、その爆発の事さえ全く情報に上がっていなかった。
「どういう事だ?」
その様子を見てレックスも目を細くして首をかしげる。
「分からない。ルヴェリア王国が介入したから隠したのか?」
「いや、どうも崩す予定だったビルを倒壊させたっていうニュースは出てる」
「普通に下にパトカー来てたじゃん。あれ、事件だよな?」
爆弾の爆発について、まるで無かった事のようにされていた。
「確実に情報操作をしているな」
レックスは溜息を吐く。
「この様子だと、ルヴェリア軍の幹部と黒鳥網の幹部の密会は間違いなく行われるだろうな。くそっ」
全員ががっくりと肩を落として溜息を吐く。
そこで俺はとんでもない情報が新しく飛んできて目を丸くする。
『フィロソフィア上院議員リカルド・サラサーテ氏、シャルル・フィリニア・ルヴェリア王子との生放送対談で自分が黒鳥網である事を自白』
とんでもない情報がポンと入って来る。
「お、おい。これ」
俺はその情報を全員に見せる。
全員が全員、同じように呆れるような、がっかりするような、どこか嬉しいような、複雑な表情をする。
「俺たちの苦労って何だったんだろう」
誰かの言葉がぽつりと宇宙船の中に響く。
俺達は、爆弾の材料を運び込んで、皆で爆弾を作ったのに、シャルル王子に勝手にどうでもいい場所に起爆されて目的は果たせなかった。だが、そもそもシャルル王子が黒鳥網の幹部を衆目にさらして、恐らく会談をする事さえ困難な状況に追い込んでいたのだ。
最初からこうなると知ってたら、そもそもテロ行為なんてする必要もなかった。
***
カジノ居住区が存在する小惑星エロスに宇宙船が到着する。
「今回は助かったぜ」
「職にあぶれたらウチが雇ってやろう」
青き地球の連中は俺に声を掛けて来る。
「いやだ。さっさと自分の拠点に帰れ」
シッシッと追っ払うように俺は青き地球の連中を追い払う。脳筋集団はゲラゲラ笑っていた。
するとケビンさんが背後から現れる。
「レックス。失敗したそうじゃないか」
「ケビンさん」
「まあ、あの王子様は俺達の完成形だ。頭も切れるし、戦闘能力も高い。火星の英雄に最も近い戦闘能力を有するとも言われている。そんな化物相手に生きて帰れただけでもありがたく思っておけよ」
「キースを貸してもらったのに申し訳ない」
「何、お前らが無事で何よりさ。それに目的そのものも無くなったんだろ?結果オーライじゃねえか」
ケビンさんは大きい手でバシバシとレックスの肩を叩く。
「それじゃー、またなー」
俺はレックスに声を掛ける。
「おう。………」
レックスはここから去ろうとして、そしてしばし考えて再び俺の方へ向き直る。
「なんだ?」
「お前さ、火星に亡命したら?」
「は?」
「お前にこっち側は向いてねえよ。火星には軍用遺伝子保持者の傭兵の子供の為に更生プログラムってのが存在している。過去に何かやらかしたお前くらいの子供ってのは多くてさ。そういうガキを更生させて社会に戻すように出来ているらしい。今の国王が3年前に作った法律らしいんだけどさ。俺達の仲間の中にもお前より年下の子供も保護していてな、そっちに預けようと思ってるんだ」
レックスはふとそんな事を口にする。
俺の胸がその言葉に反応するように早鐘を打つ。
戻れるとでもいうのか?また再び、あっち側の世界に。それは甘美な誘惑だった。
だが、そっち側へ踏み出したい、そう思って足を止める。
何を馬鹿な事を考えているんだ。
俺は、俺の重力光剣は大事な親友の家族を殺したんだ。しかもそれを実行したのは他ならぬ軍用遺伝子保持者仲間たちのリーダー、今、俺のすぐ横に立っている大男、ケビンさんだ。
親友の父親を斬り殺した男と仲良くやってる俺が、どんな面してエールダンジェの世界に戻ろうっていうんだ。そこにはその親友が戦っている場所があるってのに。
「まあ、考えておいてくれよ」
レックスは俺の肩を叩いて去って行く。
本当に、心の底から思う。目の前の男は俺の一番の急所を感覚的に理解してずけずけと踏み込んでくる『嫌な奴』だと。
こうして、俺と青き地球の面々は短い付き合いだが、再び別れる事となった。
ただ、あの連中はテロリストを自称する割には、お人よしの脳筋集団すぎる気がするし、俺よりもよほど全員で更生プログラムとやらを受けた方が良いような気がする。
俺は疲れたまま、コバチェビッチラボの自分の部屋へと入って、ぐったりとベッドに倒れ込む。
寝ようかと思いながらも、そこでふと思い出す。
フィロソフィアにレンが来ていたのはレースの為だ。レンのレース結果がどうなったのかだけ、寝る前に確認しようと考える。
「レンの奴、今回はどこまで行ったかね。最近はプロランキング取れそうで取れないギリギリな感じだったしな。そろそろプロランキング位取らねえと…」
俺はモバイル端末でAARPのホームページにアクセスする。
そこに映し出された結果に俺は言葉を失う。
〇レナード・アスター VS シャルル・F・ルヴェリア●
「まじか?」
もっとも信じられない結果がそこに出されていた。
全く信じられない結果だった。あの凡人の中の凡人がどうやったら、あの天才に勝てるのかと。