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エールダンジェ交換

 ステップアップツアー本選でついに念願の一回戦に勝利した俺達は、世界ランキングポイントを手に入れ、二回戦へと駒を進めた。

 げっそり、そんな擬音が聞こえてきそうな心象風景だった。そんな感じの顔になっているだろう。

 食事を食べて、サプリを飲んでみるが、体力というか精神力が回復する様子は一向に無かった。とにかく集中ができない。食事を食べていてももっているフォークを落とす。コーヒーを取ろうとして、袖で食事を引っ掛ける。歩いていて誰でも気づけそうな窪みに足を取られて転ぶ。

 はっきり言って、まともに生活ができる状況でさえなかった。



 俺達は、大会関係者の集まるロビーへと入る。中央に5メートル四方はありそうな巨大モニターが広がり、天井にはシャンデリラが輝く、煌びやかな彩られているロビーには大会関係者が集まり賑わっていた。


 巨大モニターでは現在行なわれているこの大会のレースが放映されている。


 他にも別の画面ではプロクラブ選手権大会というグレードS(グランドスラム)のレースが放映されていた。レースグレードはE⇒D⇒C⇒B⇒A⇒Sという具合で格が上がっていく。俺の出ているフィロソフィアカジノオープンのグレードはDなので下から二番目。

 この手のオープンツアートーナメントは3週間おきに開催され、予備予選となる市民大会で1週間、予選で1週間、本選で1週間となっている。本選しか出ないトップ飛行士(レーサー)は1週間を移動時間、1週間を練習時間として使うのである。

 1週間もあれば星間移動も可能な時間だからだ。


 ちなみにプロリーグは2部や3部相当のレースでも世界ランキングが付与されるので、世界ランキングを持たないプロの選手というのは多くない。

 その為、俺みたいにステップツアーでコツコツポイントを稼ごうと言う選手は稀だ。月だけでも世界ランキングを持つ選手は1000人以上いる。火星、地球、木星圏、小惑星圏を含めると世界ランキングを持ってる選手は4000人以上いる。俺の世界ランキングがどの程度なのかは分かるだろう。

 まあ、つまり俺は世界ランキングをゲットしたけど一番下っ端4000位前後になっただけなのだ。




 俺は会場に来て気付く。

「そういえば本選に入ってから、スカウトとかマスコミとか減ってない?」

「正しくはベンジャミンが負けてから、だけどね。気付いて無かったの?」

 呆れたようにリラは返してくる。あの一番楽に勝たせて貰った相手にそこまでスカウトやメディアがついていたとは驚きだ。


 フィロソフィアは若手を多く試合に出していたが、残っているのは予選で勝ちあがった俺と最初から本選出場のクレベルソンだけの筈だ。確かにステップアップツアーに出ている選手と言うのはほとんどが良く知られた選手、1部の下の方にいる選手や2部や地方リーグにいる選手だけで構成されている。


「予選決勝は試合が無かったし、王子様対策で忙しかったから周りを見る暇が無かったし」

「まあ、そうね。それに来週からはリーグ戦があるから今週は移動日なのでしょう?」

「ああ。それもそうだね」

「ちなみにレンはネットでフルボッコよ?対戦相手の武器を盗む不届き者って」

「盗めって指示した人が楽しげに言わないでよ」

 リラは楽しげに笑ってネットで叩かれている掲示板を見せてくる。酷い話で、俺に指示を出したのはリラなのに、何で叩かれるのが俺なのだろう?

 そもそも悪いのは俺なのか?武器を置きっぱなしにして戦ったベンジャミンが悪いのだろう?いくら使わないアピールをしたくてもホルスターを外すなんてアホの極みだ。

 レース中に武器が落ちたら、拾って使わせなくする事はよくある。最初から落として戦うバカが悪い。


「まあ、次のレースが休みだったから、別にあんな事をしなくても全然問題なく勝てたし、私もレンも折角の経験を無駄にしたといえば無駄にしたけどね。でも、殿下と戦う前に精神力温存したかったのよ」


 精神力温存とは聞いたことも無いが、今日既にヘロヘロで試合に出る気が全く起こらないほど変な感じなのだ。

 やる気がないというか頭が回らないというかそんな感じだ。昨日もレース後に38度の高熱を出して、チェリーさんから間借りしている部屋では氷枕をして寝たくらいだ。

 チェリーさん曰く、グレードS(グランドスラム)のレースは勝てばずっとこんな感じだとという。実際、相手はそのグレードS(グランドスラム)覇者に勝ったことのあるレーサーだった。それくらい厳しいレースだったのは否めない。


「まあ、この大会は良い経験出来たし、世界ランキングも手に入ったし、ここら辺で満足したといいたいけど、あともう一ふん張りしましょうか」

「リラらしくない言い草だけど……」


 まるで今日のレースを諦めているかのようだ。いやいや、レースに出るには絶対に負けないをモットーにしているリラという勝利の権化の言葉とは思えない。

 俺の言葉にリラは引き攣ったような表情を見せる。


 俺とリラは控え室に入ると、リラからその返答を聞かされる事になる。


 ハッキリ言えばレースに出れる準備を整えるだけで手一杯だったと。

 俺の体調、特にメンタルグラフと呼ばれる機体と同調させる為のグラフが既にトップレースでやれる領域をはみ出ており、機体調整はギリギリ及第点であわせこんだが、今の状況でどうなるか分からないとの事。チェリーさんからは辞退するように言われたほどだ。

 さらに昨日、シャルル殿下対策で使った予備バッテリは無理やり繋ぎこんだので本日は使用不能状態になっていたらしい。奥の手も無く、飛行士(レーサー)はポンコツ状態だという事。


 リラはチェリーさんだけでなく、早速ロドリゴさんにも連絡を取ってアドバイスを求めたのだが、どちらも『棄権した方が良い状態』だという事。

 ロドリゴさんは『昔、それでも無理やり合わせこんで優勝させた事があったけど、今の君の立場だったら俺でも棄権する。対処するには人手も時間もないから』とバッサリだった。


「ロドリゴさんなら対策が練れるけど、リラの立場にいたら無理って事か。さすが三大巨匠」

「そうなんだけどね。多分、今のアンタを勝たせるには、100人位の部下を持って完璧な調整が必要だって事なのよ。……ジェネラルウイングのトップ飛行技師(メカニック)なら、この状況を対処できるとも言えるのよね。1人で奴らに勝つ実力を示す必要があるんだから、勝つつもりでやるけど、とにかく安全を配慮して調整する。良いわね」

「……うん」


 リラはフィロソフィアで飛行士(レーサー)を殺されたことがある。その為か、まずは安全を確保する事を最優先にしていた。恐らく、今の俺の状態は安全性を確保する事も困難な状態なのだろう。

 実際、俺は凄く体も頭もだるかった。



**



 そしてレースが始まる。対戦相手のクレベルソンはやる気満々でレースに臨んでくる。その楽しみを奪ってしまうのが申し訳ないほど、今日の俺は最悪だった。

 普段なら反応できる銃撃を避ける事が出来ない。どうしても操作が遅れるのだ。

 それ所か、いつもなら集中すれば周りの世界がゆっくりに見えるのだが、今日はその集中さえままならない。

 前半で7点取られて敗退してしまう事になった。




 レースが終わって再びロビーに戻ると、クレベルソンがダッシュで俺の方にやってくる。

 彼は目を吊り上げて俺の襟首を掴みブンブンと振り回して文句を言ってくる。


「どういう事だ、レナード・アスター!今日は折角楽しみにしてたのに。何だ、あの腑抜けたレースは!やり直しを要求する!」

 勝った相手が負けた相手にやり直しを要求するのは初めて聞いた。


「無茶を言うモノじゃないよ、ジェロム」


 そんな中、シャルル王子がゆっくりと歩いてその場にやってくる。この煌びやかなロビーに相応しく王子らしい服装に加えマントを纏った姿であった。右手に大きい荷物を持っていて、周りには3人の黒いスーツ姿にサングラスというSPっぽい感じの人達がいた。

 王子様なのでマフィアの子分ではなく間違い無くSPっぽいのではなくSPなのだろう。というか、多分、フィロソフィアで俺を追いかけて麻酔拳銃を撃ってきた人達だ。


「何だよ、クソ殿下」

 ジトと自分の主を睨みつけるクレベルソン。この2人、主と従者というよりは友達と呼んで差し障り無い関係のようだ。

「いや、公でそれ言うなよ。頭にきているのは分かるが、君のアンポンタンな頭でも分かるように説明してあげよう。だからレナードの襟首を離したまえ。可哀想だから」

 シャルル王子は苦笑しながらクレベルソンに言う。

 クレベルソンも自分がかなり血が上っていた事に気付き、慌てて俺の襟首から手を離し、俺に軽く謝罪する。


「で、どういう事だ?」

「僕とステップツアーレベルのレーサーが20分もガチで戦ったんだ。しかも軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)でもない彼がね。頭がオーバーヒートして、恐らく今日はレースできる精神状態ではなかったのだろう。というか筋肉痛も残ってるんじゃないか?指先一本に至るまで気を張っていたからね。本来の実力なら良い勝負をしただろうが、残念ながら今日の彼は棄権しても可笑しくない状態だったという事だ」


 シャルル殿下の説明に対して、クレベルソンは俺とリラを見る。俺は負けた言い訳を言いたく無いので無言を徹するが、リラは肩を竦めて自嘲する。


「そ、そうか、悪かったな」

「いや、こっちこそ、楽しみにしてくれたのに、ちゃんとしたレースにならなくてごめん」

 クレベルソンは思い切り肩を落として謝ってくる。俺も申し訳なく思い謝る。


「というか………つまり、テメーが俺の遊び相手を昨日壊したって話じゃねーか!」

 クレベルソンはシャルル王子を振り向いて、今度はシャルル殿下の襟首を掴んで振り回す。


「フハハハハ、今気付いたか、ジェロムよ。貴様の玩具は俺が壊していたのだ」

 振り回されて文句を言われているが、それに対してブンブン振り回されながらも憎まれ口を叩く。

 それ以前に王子様をそんな扱いして良いのか?

 シャルル王子の近くにいる黒いスーツにサングラスをかけて周りにいるSPはというと、呆れたようにそれを眺めていた。

 どうやら、この王子様。粗雑な扱いをされても問題ないらしい。



 クレベルソンの怒りも収まって地面に降りたシャルル王子はと言うと

「いやー、昨日はさすがに私もくたびれたよ。まさか世界ランキングも持たないステップアップツアーの飛行士(レーサー)と引き分けるなんて。最後まで付き合っても良かったけど、昨日はあの後、商談が入っていてね。遅刻するわけにも行かないので切り上げさせて貰ったんだ。まあ、延長に入っても勝てる自信は無かったし、素直に負けを認めるよ」

「商談って……」


 何故、レースの後にスケジュールを入れているんだろう、この王子様。

「このレースにはそもそも、月の企業と商談をする為に来ていたんだ。私はそのついででこのレースに出場をしていてね」

 そういえば、他にも外交だのなんだのと有ったっぽい情報があった。フィロソフィアの幹部と対談をして、対談相手が公で大問題をしでかしたとか。

 用事のついでに、このレースに参加していると言っていたが、ついでの為に、延長戦に突入できなかったとは驚きの理由だ。


「勝てる気がとは言っても、本気で勝ちになんて来て無かったじゃないですか、シャルル殿下は。レンの対策なんて、貴方が本気で勝とうと思えばいくらでも出来た筈。無論、それに漬け込んで調整した私が言う台詞じゃないかもしれないけど」

 リラはジトとシャルル王子を半眼で睨み訊ねる。

 さすがにリラに睨まれるとシャルル王子も引き攣った笑みを見せる。


「無論、形振り構わず勝つという選択肢はあるのだが、それではこの大会に出て楽しめる筈も無い。相手の得意分野に合わせたスタイルで堂々迎え打つのでなければね。だが、私だって矜持はある。ハンデのある相手に本気で戦うなんてクソ喰らえだ」

「ハンデ?俺にハンデが?」

 もしかして俺達が軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)じゃないという事なのだろうか?

 それはハンデとは言い難いし、認めたくも無いことなのだが。


「プロスペックの機体を持つ私が、大衆スポーツ用の機体を使う相手に、本気で勝ちに行くなんてアホな事出来るか。軍艦と商船が戦争するようなモノだろうが。しかも、軍艦を制御する為に生み出された軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)が乗っているのに、一般人の乗る商船と引き分けてしまったような状況だ。ハッキリ言って、レナードのスタイルに合わせようが、私は自分の存在価値を否定されるくらいに完璧な敗北だと思っているよ」

 シャルル殿下は両手を上げて大袈裟に敗北を認める。その姿に俺もリラも困惑してしまう。そもそも大衆スポーツ用の機体なのは金がないからだ。別に好きでハンデマッチをしていたわけでもない。


「自分の存在価値を否定って、それは流石に…」

「そうか?私みたいなオリジナルの軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)とは、基本的に『特定分野の技術を人類が出来る範囲で極限まで発揮できる』ように生み出された存在だ。私達はちょっと学べば、20年以上も技を磨いてきた天才といわれるような存在に、簡単に並び立てるように設計されている。私の場合はその特定分野が他の軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の100倍以上広い領域を持っている。私はそのように生み出されたのだからな」

「……」

 俺は言葉を失ってしまう。


 生まれつきチートで生まれてきた存在、それが目の前の少年だという事実を本人から聞かされるとは思いもしなかった。

 通常の軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)というのは軍用兵器として生み出された人間の子孫であり、どんな才能があるのかはあまり分かっていない。だが、色んな分野で才能を見せるので、一般人からは卑怯だと忌避される。

 だが、シャルル王子はオリジナルだと言う。つまりどんな才能があるか明確にされていて、遺伝子設計通りに生まれて来たというのだ。


「エールダンジェの操作もしかり、銃器や刀剣の扱いも、機械への知識や技術もそうだ。その私が得意分野の1つであるエールダンジェで、一般人と並び立たれる。私の遺伝子は人類の頂点だとして生み出された事実が、まさに否定されたんだ」


 俺は冷たい汗を流す。そこまで大それた事だろうか?

 するとシャルル王子は真面目な顔から一転して、華の咲くような笑顔を見せる。


「だが、私はこんな日が来るのを待っていたのかもしれないな。だからこそ、色んな分野で悪目立ちをしていたのだから」

「そんな理由で色んな分野を引っ掻き回してたのかよ」

 呆れたように呻くのはクレベルソン。


 俺も同感だった。


「私の才能とは、人の命を玩具の様に扱う腐った両親の呪いみたいなものだ。奴らの所為でどれだけの子供達、私の妹もだ。まるで呪いを受けたかのように、進むべき人生を決め付けられて生み出されてきた。だが、その呪いに打ち勝てる人間がいなかったのも事実」

「両親って、王太子様ですよね?……そのウエストガーデンに来ていた…」

 俺は思い出すように尋ねる。


「……血の五月テロ事件ブラッディ・メイ・アタックの時、君は両親を失っていたんだったね。アレは我ら火星王族の所為で起こった事件だ。申し訳なく思う」

 シャルル王子は真摯な様子で頭を下げる。

「シャルル王子自身も被害者なわけですし、それは別に…」

 いきなり頭を下げられて、俺もワタワタとしてしまう。


 そもそもシャルル王子やその妹御はあの事件でテロリストに捕まりそうだった所を助けられたという話がある。俺もそうだが、両親が失ったという点ではシャルル王子も同じ立場だ。


「あの事件とて公にはされていないが、人の命を弄び、遺伝子細工に没頭した両親を殺す為に、そして両親の手によって生み出された命をテロリスト達が確保する為だけに起された事件だ。確かに私は被害者側かもしれないが、悲しい事に私を生み出した両親はテロリストに狙われるだけある立派な加害者側だ。こんな事になるなら、その前に私があの両親を殺すべきだったと思っている。いくら子供だったからと言え、親子の情にほだされて、知っていて尚も野放しにした罪からは逃れられないよ」

 シャルル殿下は嫌悪感を示すように顔を歪ませて口にする。


 ああ、そういう事か。

 この子は自分の万能遺伝子そのものを否定したかったのだ。遺伝子研究をして軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)を生み出していたという両親が嫌いだったのだ。彼の言葉からすると、妹も研究素体として生み出された事が窺える。妹とは仲がよさそうな報道は見ていた。可愛い妹さえ実験動物のように生み出す親に対して、何も思わない筈がない。


「以前、ホンカネンに負けたけど、ホンカネンの母親は俺の両親の持つ組織によって生み出された軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)だからね。血こそ繋がってないが、遺伝子設計上でいえば俺と同類だ。成長して、エールダンジェでの経験値の高い彼が勝つのは仕方ない。だが、今回は全く別だ。何の遺伝子も弄ってない存在に私が負けたのだ。負けたのに私はほくそ笑んでしまったよ。『どうだ、お前達の作った最高傑作が一般人に無様に負けたぞ、ざまあ見やがれ』とね」

「負けるつもりでレースしてたんですか?」

「やるからには本気でやるさ。それでなきゃ遊びは楽しくない。その点でいえばあのレースは実に楽しかった」

 シャルル王子は遊びきった子供のように笑う。そもそも彼自身、まだまだ子供で遊んでいても可笑しくない年齢なのだが、既に商売をやっていたり大学の学位を持っていたりと社会人顔負けの忙しさなのだから、子供扱いも出来ない。


「だったらエールダンジェの世界に来れば良いのに」

「いや、来なくて良いから」

 俺が誘ってみるが、ブンブンと手を横に振って拒否するのはクレベルソン。微妙な主従関係に俺は苦笑してしまう。


「嬉しい申し出だが、私にはやる事がある。私はあの腐った両親のしでかした色んなものの片付けをしなければならないんだ。なにせ自分達の研究の為に、非合法のテロ組織まで利用していた連中でね、そのテロ組織を潰す為に色々と動いている」

「実際、その活動の中で拾われた身だからなぁ」

 クレベルソンは溜息と同時にぼやく。


「………あの両親によって生み出された被害者の救済は私の義務だ」

 自分が一番救われていないのは気の所為だろうか?


 普段はふざけた感じだが、王子殿下として相応しい人物なのかもしれない。そういう教育を受けて来たのだろう。


「つーか、殿下よ。王女様を構ってやれよ。あの子も被害者だろう?」

「王女様ももしかして殿下と同じ感じで生まれてるんですか?」

「いや、あの子は別だ。まさしくくだらない理由で生み出された存在だ」

「くだらない理由?」

「ウチの両親は一般人面しているが、中身は狂っている。それでも血筋の順番で王太子になっていたからな。人様に語るには恥ずかしいくだらない理由で、何人もの人間の命をもてあそんでいたクズなんだ」


 火星王室の恐るべき内情に俺は戦慄する。非合法な遺伝子細工に手を染める王太子と王太子妃。

 さすがに酷すぎる話だ。


「だから国王陛下は、高齢なのに王太子に王位を譲ったりしなかったのは火星でも有名だぜ。実は王位継承権を持ってる人間が、人格的に問題ある連中が多くて、ちゃんと王位を渡せられる人間が育つまで、国王陛下は80という御歳になっても未だに王のままだ。無論、シャルル殿下が王位を継ぐと言えば、そのまま譲るつもりでいたみたいだけど」

「え、この人が一番まともな王子なの?大丈夫、火星」

「だから大変なんだよ」

 クレベルソンは頭を抱えて呻く。


 何故か黒服のSP達までもが、サングラスで目元が見えないにも関わらず、哀愁を漂わせるのが分かる。

 3人のSP達がポンと俺の肩を叩き、まるで『君も理解してくれるか』と同情してくれた事に感謝するような様子を見せる。


「私の家臣は酷い連中ばかりだ」

 不服そうなシャルル王子だった。

 しっかりした王子としての義務感を持っていても、普段からフラフラして、SP達までも振り回しているのだから仕方ないと思う。


「ところで、王子様はホンカネン選手に負けたの?」

 話を切り替えるようにリラがシャルル王子に尋ねる。王位の事よりもエールダンジェ、さすが我が相棒である。


「ああ。後半にな」

「やっぱり」

 リラが納得したように笑う。

「全部出し切った上で完敗だ。さすがに本職の世界最高峰を相手に、今の私で勝つのは不可能だろう。手足も短いし、筋力も足りない。何より」

「メカニックがいない、でしょう?」

 シャルル殿下の言い訳に、リラが先回りして口にする。


「ああ。私がもう1人いれば負ける気はしないのだがね。残念ながら、ホンカネンとヴァージーペイーのコンビを相手に、1人で勝つのは不可能だ。あのレベルの戦いを飛行技師(メカニック)としてまともにサポートできる人材が手元にいなかったからな」

「そうでしょうね。レース中に作業準備できる飛行技師(メカニック)がいるといないでは2対1で戦ってるようなものだもの」

「そういう意味では、昨日も2対1みたいな状況だったがね。私とは違う角度で切り込んで、機体差と私が戦術的に縛りをつけているのを逆手に取った見事な調整だった。ああいうやり方で来るのなら延長戦は違った戦い方をして見せたかったが……まあ、機体と戦略を見事に操った君にも恐れをいったよ。過去のレースでは後半を見せた事は無かった筈だ。ホンカネンとの試合は映像データとして残して無かったし」

飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)の場合はハーフタイムの5分しか機体調整が出来ないけど、単独の飛行技師(メカニック)ならレース中を含めれば15分も作業可能。5分の機体調整じゃ間に合わないくらい、15分を使って大幅な機体変更可能な飛行技師(メカニック)と、それに対応可能な飛行士(レーサー)がいれば劣勢を引っ繰り返せると思ったわ。無論、殿下が形振り構わず勝ちに来てたら話にならなかったでしょうけど」

「御名答だ。まあ、飛ぶ事以外に能の無いレナードと違い、俺の対策を完璧に練っていた飛行技師(メカニック)がいたと言うのも想定外だがね。全く、色んな世界に顔を出すものだ。私の知らぬ場所に面白い人材がゴロゴロしている」

 不敵に笑いあうリラとシャルル殿下。


 確かに飛行技師(メカニック)飛行士(レーサー)としてレースに出ていたのならば、俺とリラという一般人コンビに同時に負けたともいえるが、いってしまえば2対1でもあったのだ。


「そうそう、ところで君達にお願いがあるんだが聞いてくれないだろうか。

「………お願い?」

 俺は怪訝そうな顔になっているだろう、首を傾げてシャルル王子を見る。シャルル王子は察して、すぐさま厄介ごとのお願いとかじゃない事だけは口にする。


「私は自分より優れた者の愛用品を集める趣味があってね。中々集まらないのだが、今回君達に敗北したから、ユニフォーム交換ならぬエールダンジェ交換をしようかなと」


 ……エールダンジェ交換?聞いた事無い話だがどうしたものだろう。


「ええと、私は構わないけど、というか嬉しい申し出だけど良いんですか?ウチの機体は私が無茶苦茶チューニングしてるんで外見はともかく、中身は元の原型も無いし、レン以外が使える状態でもなくなってるんですけど。レースで補助電力供給装置(エネルギーパック)も焼き付いちゃったし」

 機体はチェリーさんから貰い、長く使っているものだ。チェリーさんからは良い機体が手に入るなら売っても構わないとは言われていたが……………。


「それが良いんだ。私はこういう生まれだから、どうしても驕りと言うものが出てしまう。人の努力の結晶によって私でも打ち砕かれるという教訓を忘れないようにする為にも、こうして過去の反省を形にして残して置きたいんだ。それに将来君達が上に登りつめれば、私の展示場もまた彩を豊にするだろう」

「その点は間違い無く。リラ・ミハイロワが使い込んだ機体として将来は100億U$以上の価値は間違いないわね」

 リラは堂々と言ってのける。

そこに俺の名前が入らない辺り、ウチの相棒の酷さを物語る。俺の使った機体ですよー。


「それに……もしも次に当たるなら、プロ仕様のレナード・アスターと戦いたいからね。その時はハンデ抜き、形振り構わず勝ちに行かせて貰うよ」

「ううう、それ以前に、プロ仕様って出力がバカって噂だけど使いこなせるのかね」

「まあ、確かにプロ仕様って軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)が能力をフルで使う為に作りこまれた製品だから、そもそも一般人には宝の持ち腐れとも言うが。私に勝った君達なら十全に使えると信じている」

 そう言って、シャルル殿下は持ってきた大きなケースをリラの前におく。

 リラは自分の持つ荷物を開いて、機体だけを機体入れ用の袋に詰め込んで、シャルル殿下に渡す。

 俺とリラはシャルル殿下と握手をしてから、この会場を後にする事となる。


「おい、レナード。次はへばって勝ちあがってくるなよ。楽しみにしてるぜ」

「うん。またどこかのレースで」

 俺はクレベルソンに手を振って、フィロソフィアカジノを後にするのだった。



***



 こうして俺達のフィロソフィアでの冒険は終わりを告げる。


 チェリーさんに挨拶をして、その日中に荷物を片付けてウエストガーデンへと帰るのだった。明日は学校かぁ等と感慨深くもあるが、いつもの日常に戻るのも悪くは無い。それ位、濃密な日々だった。

 俺としては殿下にカイトの事を問い詰めたかったのだが、さすがに人の多い場所で聞くことも憚れたので、結局口に出来ずに終わってしまった。




 ちなみに、この大会で初優勝をしたジェロム・クレベルソンは大きくピックアップされる事になる。その所為で、多くのスカウト達は彼に注目する事となり、彼の就職活動は大きい進歩を遂げたようだ。

 また、彼の目標と言っていたホンカネン選手はグレードS(グランドスラム)大会のプロクロブ選手権を制覇した。ホンカネン選手と俺のエールダンジェ競技歴がほぼ同じと考えると、かなり悔しいものがあったが、いつか戦ってみたいものだと心に思うのだった。

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