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フィロソフィアカジノオープン本選1回戦

 ついにフィロソフィアカジノオープン本選1回戦が訪れる。

 結局、何の対策も練れずに、その日を向かえる。リラ曰く『アンタはいつも通り飛べば良いのよ』との事。


 何だろう、この掌で転がされている感は? 昔からだけどさ。


 当のリラは作業場に篭って徹夜で仕事をしていたようだ。

 朝に会って、レース場に一緒に移動して、機体の登録の為に大会本部に届けたら、『レース1時間前に起して』とそのまま控え室で寝てしまった。


 そのため、俺は一人取り残されてしまった。いつもなら作戦会議なのに。


 リラは隣に俺がいるというのに、長いベンチで横になってスヤスヤと寝ていた。チェリーさんから支給された飛行技師(メカニック)用の制服は清楚さと色っぽさの両立したものだ。

 基本的に襟のついたシャツにジャケット。飛行技師(メカニック)の女性は少ないが、男性はスラックスに安全作業靴といった服装だが、女性の場合はスカートにストッキングとロングブーツというタイプが多く、リラも同様だ。


 ちなみにロングブーツも先が作業靴同様に硬質な安全靴仕様になっている。先が尖っているから蹴られた時の痛みは作業靴の比ではない。何で知っているかは聞かないで欲しい。


 そんなリラの着ている飛行技師(メカニック)用の制服はのシャツは胸元がそこそこ開いており、後期中学1年生とは思えないボリュームある胸の谷間が見えそうで見えない場所までVネックが切れ込んでいる。タイトスカートは膝丈辺りなのだがスリットが入っていて下着が見えそうで見えない位置まで開かれている。

 チラリしそうで絶対にしないと言う完璧な設計だ。昨今のアイドルの着ているものに似たギリギリ感がハンパ無い。


 しかし、リラも男の前で居眠りとは迂闊である。そのギリギリで見えないというのは普通の状態だから見えないのだ。真下からとか真上から見れば見えるという事だ。

 思春期なレナード君の前でうっかり居眠りなどもっての他である。ここに狼さんがいるのに寝たらダメじゃないですか、リラさん。


 なんて事を考えながら、スカートを覗こうと場所をそそくさと移動していると


 ピロリッと電子音が鳴り、リラのノート型モバイル端末から空中にパネルが浮かび上がる。


『不埒な事をしたらコ・ロ・ス♥』


 可愛らしい文字で、物凄い過激なメッセージが綴られていた。

 そして俺は知っている。この目の前の女が有言実行をする事を。

 俺は恐らく監視カメラ代わりになっているリラのノート型モバイル端末を一瞥し、元のポジションに戻る。


「信用が全く無いな」

 大きく溜息をつく。まあ、信用されないのは仕方ないかもしれないけど。



 俺は神の怒りに触れるのを恐れ、覗きなどと言う人間として最低な行動をする事を諦めた。何だか自分で自分を貶めている気もするが、敢えて言おう、未遂であると。

 そういう訳で、下心はどこか遠い彼方に放り投げ、次の対戦相手のレースを見るべく、検索サイトで名前を入れて調べさせると、リラが言うように対戦相手のレースがダイジェストで見られるらしい。


 だが……

『火星の王子様、名門ルヴェリアFCを相手にU-15を率いて10-0で勝利』

『火星の王子様、プロテニス選手にラブゲームで勝利』

『火星の王子様、サバゲーでルヴェリア連邦軍特殊部隊を単身で全滅させる』

『火星の王子様、高校生ボクシングヘビー級王者を1RKO勝利』

『火星の王子様、カラオケ連続10回100点記録達成』

『火星の王子様、10桁暗算10問を10秒で解く』

『火星の王子様、世界科学大賞受賞』

『火星の王子様、欧州国際サロンで絵画が金賞』

『火星の王子様、株式会社ブレードメザリアを買収』

 エールダンジェ以外の競技で活躍している検索結果が腐るほど出てくる。


「この王子様、一体どこに行くつもりなんだ?」

 分野もスポーツ、軍事、格闘技、音楽、芸術、学術、商売、色んな分野で活躍しているようだ。年齢はまだ11歳の筈だ。一体何をすればそうなるんだろう?

 時間はまだたくさんあるので、片っ端から見てみるのだが……全てが圧倒的であった。年齢相応の体で対戦相手と比べて小さく、どう考えても勝てなさそうな相手でさえ技術と頭脳を駆使して、年齢を誤魔化しているような運動性能を見せて捻じ伏せるのだ。

 団体競技においてもまるで指揮官となり戦略的に相手を上回って倒す。


 クレベルソンが『完璧』と評した理由を理解する。彼は何をやっても完璧にこなすのだ。絶世の美女さえ羨むような美しさを持つ男でありながら、あらゆる分野で恐ろしい結果を出している。


 そこでやっとエールダンジェ競技のレースが検索にヒットする。


『火星の王子様、火星U-20王者アンドレア・マルダに勝利』


 ブッと俺は噴出してしまう。3年前のレース記録なのだが、対戦相手が恐ろしすぎる。アンドレア・マルダという選手は、3年前は確かに有望な高校生だったが、今シーズン最初に行われるグレードS(グランドスラム)大会のスーパースターズカップに出場し、若くして優勝し、世界王者の一角に名を連ねた選手だ。

 そんな選手に勝ったとでも言うのか?

 俺はモバイル端末を操作してその映像を見る。


 空中に浮かぶ空間モニタにはアンドレア・マルダとシャルル・フィリニア・ルヴェリアのレースが映し出される。


「……な、何だこのレース…」


 リラが俺に態々見せようとしなかった理由を理解する。


 当時のアンドレア・マルダは世界王者でなく火星王者だった時代だ。

 飛行速度が速く、射撃能力の高いレーサーで非常にバランスが良い。特にチェスのように相手の動きを読み、戦略的にレースを作るのが上手な選手だ。

 基本能力が違いすぎて比べるのも恥ずかしいが、俺が一番嫌いなタイプである。

 そして、その戦略を遂行させるために必要なベテランメカニックにホルディ・ルドルフがついていた。このベテランメカニックは未だ現役であり、かつては飛行技師の王キング・オブ・メカニックのライバルとして知られ、年齢は80歳を越えている。さすがにこの年齢まで飛行技師(メカニック)を続けている人間はおらず、この若き天才アンドレア・マルダのタイトル獲得時に、世界四大大会(グランドスラム)の最年長優勝飛行技師(メカニック)としてその名を刻んだほどの人物だ。


 だが、シャルル王子のレースは、マルダの戦略を食い破るように、次々と攻撃を仕掛けて、相手を追い込んでいき、ポイントを奪っていく。マルダのメカニックであるホルディ・ルドルフは必死に前半を逃げ切るように叫んでいるようだが、シャルル王子は相手の戦略を上回り前半でKO勝利を決めてしまうのだった。


「化物かよ」


 俺はベンジャミンなんか足元にも及ばない程の怪物を、これから相手にしなければならないことを理解する。

 3年前に未来の世界王者を倒したシャルル王子からすれば、こんな大会に出てくる方が可笑しい。普通にメジャーツアーでも優勝できる実力がある。


「勝てるはずないじゃないか…」

 俺はクレベルソンが諦めるような口ぶりをやっと理解する。彼は実際に戦った事があるのだろう。だから、わかるのだ。

 他のレースを見るのだが、今度の相手は攻撃的な近接系タイプだ。その相手に近接系で圧倒する。飛行系の相手では、飛行テクニックで上回り、相手に一切良いポジションを取らせずに勝利する。いずれもトッププロだったり、引退した元世界王者だったり、非公式戦とは思えない高レベルの練習試合をやっていた。


 俺がレースを見て慄いていると、チェリーさんがやってくる。

「あら、リーちゃん寝ているの?」

「昨日、徹夜だったみたいですから」

「もう、徹夜は美貌に良くないからダメっていっているのに、仕方ない子なんだから」

「どうしたんですか?」

「例の秘密兵器をちゃんと大会本部から使用許可を通しておいたって伝えておいて頂戴」

「秘密兵器?」

 俺はリラが何を用意したのか分からず首を傾げる。

「ええ。まあ、私もあれが何の秘密兵器になるか分からないけれど、どう使うか楽しみに見ているわ」

「チェリーさんでも分からないんですか?昔、凄い飛行技師(メカニック)だったって聞いてますけど。むしろリラが見当外れな事をしているのではなくて?」

「リーちゃんは面白い事を考える子だからね。私が理解できなくても、きっと何か役に立つのでしょう?」

「…でも、正直、俺はあの王子に勝てる絵が全く見えませんよ。ベンジャミン以上に」

「まあ、確かにねぇ。でもリーちゃんは2人の一流の飛行技師(メカニック)に認められた才能を持っているのよ?多分、私に分からない何かを見つけたんじゃないかしら?」

「チェリーさんも大概、昔からリラを過大評価してますよね」

「実力的にはまだまだだけどね。現在の飛行技師(メカニック)理屈(セオリー)で言えば、リーちゃんは最下級と言っても過言ではない技能よ。でも、レンちゃんより格上の飛行士(レーサー)を相手に、自分よりも遥かに格上の飛行技師(メカニック)がついていても、2人はレースを勝っている」

「その理屈が間違ってるんじゃ?」

「私の師匠、|エリック・シルベストル《キング・オブ・メカニック》の理屈、つまり現代エアリアル・レースの理屈よ?つまり、リーちゃんは言葉通り、現在の存在する理屈を覆すような事をやろうとしているのよ。本人もあんまり分かっていないみたいだけど」

「むう」

「その点では、私はレンちゃんを推薦した事は上手く行ったと思ってるけど」

「…」


 最初は殺そうとしてたくせに、という心の声は置いておく。

 ともあれ、あのどん底から逃れられたのもチェリーさんのお陰だ。リラの為に利用されたという事実はさておき。


「レンちゃんはメタリックカラーじゃないけど、彼らに負けない長所もあるからね」

「俺にそんなものが」

「集中力よ」

「集中力?」

「トップ飛行士(レーサー)になれるかどうかはそこにあるわ。レースは1日1試合でしょう?普通の飛行士(レーサー)なら、別に1日3試合でも5試合でも出来るのよ。実際、練習は2時間くらいするでしょう?」

「まあ、そうですけど…普通に疲れません。精神的に。レースが終わったら、大体その後の事なんてまともに覚えられないくらい疲れますよ」

「普通の人はそういう事がないのよ。でもレンちゃんは未熟な内からトップ飛行士(レーサー)並の集中力を持っていた。俗に言われるゾーンに入るって奴ね。素人なのに、遥か上のレベルの上級者を、まるでスローモーションでも動いているかのように相手を見えていたでしょう?トップ飛行士(レーサー)は全員あの領域で戦っているのよ」

「……でも、俺は普通に負けてますけどね?」

「技量不足なのは仕方ないわ。その領域に入りこめなくても、強い飛行士(レーサー)はいるからね。高い情報処理能力と戦闘技能を持っていても、グレードB以上のレースに勝つには、高い集中力がないと無理。グレードS(グランドスラム)のレースなんて全員がそのレベルだから、いかに集中力を使い切って勝ち残るかの方が大事になってくるのよ」

「何か凄い領域ですね」

「ええ。……そこを楽しめるか楽しめないかが別れる所ね」

「楽しめるか楽しめないか?」

「一部の人間しか飛ぶ事さえ許されない頂上決戦。たったの20分が物凄く長くもあり短くも感じられる。その時間で技術を競い合いポイントを奪い合う。優勝する飛行士(レーサー)というのは基本的に、その時間が楽しくて仕方ないって連中だけなのよ。結局、私は楽しめなかったわ。余りにも高いレベルで、勝ちたくても勝てない、強い相手と当たらないように願ってしまう。トップレベルと言われても、グレードB(メジャーツアー)優勝経験や団体世界王者経験があっても、世界最強の座には届かないのよ」

「楽しむかぁ。正直、もどかしくて楽しむとかそういうのは無いかなぁ」


 俺は溜息をつく。

 そもそも、レースでの自分の技術の低さがあまりにももどかしいのだ。

 やられるのが分かっていても逃げる事も反撃する事も出来ないようなケースが多い。もっと先を読んで、機体を動かせたらとは思うけど、何故かこっちよりも向こうの方が速く動くのだ。だから全く読めない。


「レンちゃんはあの命懸けのレースでもそれなりに楽しめていたじゃない?」

「そりゃフィロソフィアアンダーカジノは俺より速いレーサーなんていなかったもん。まるで止まって見えるような相手だよ?でも最近はさー、相手は速くなったけど、別段困る速さじゃないんだよね。どっちかっていうとこっちがトロいんだ」

「……薄々気付いてはいたけど、レンちゃんはやっぱり私が見込んだだけの素質があったわね。それをしっかり導いたリーちゃんも見事だけど」

「?」

「レンちゃんなら軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)じゃなくてもメジャーツアーまで行ける飛行士(レーサー)になれると思うわ」

 ワシワシとチェリーさんは野太い手で俺の頭をなでてくる。綺麗なお姉さんならともかくごっつい女装のオッサンだと嬉しくない。




 チェリーさんが去っていって暫くするとリラがタイマーの音を聞いて起き上がる。

「ふわ~あ、よく寝た」

「おはよー。あと30分だよ」

「起こさせる必要は無かったようね。ん?アンタ、エロい事考えた?」

「え、い、いや、ちょっと荷物を取ろうとリラの足元あたりに移動したら、何か変なアテンションが出てたけど」

「………まあ、そういう事にしておくわ。今壊れても困るし」

 何を壊すつもりなんだろう?


 リラはスパナを手に俺の頭を見ているので、物凄く背筋が寒くなる。とりあえず聞かない方向性で話を進めよう。


「チェリーさんが来てたよ。何か秘密兵器を使用出来るように通しておいたって」

「……いくら化物退治とは言え、無茶してプライドを売って買ったのよ。通ってなかったら、チェリーさんでも張り倒す所よ」

「それは見てみたい」

 リラの逆鱗がついにチェリーさんに。そんな嬉しい希望を抱きつつも、どうやら秘密兵器が入ったようだ。


「それで勝てるの?」

「勝つのはアンタの仕事よ。0.00000000000000001%くらいの勝率の飛行士(レーサー)を0.1%くらいまでに上げるのが私の仕事よ」

「……100回に1回かぁ。そんでプライドを売ったって何をしたの?まあ、……聞かなくても何となく分かるけど」

「今の説明だと、100回に1回じゃなくて1000回に1回なんだけど」

 リラは俺のボヤキに余計な茶々を入れる。

 やばい、基礎学生でも間違えなさそうな計算を間違えてた。


「……あの王子相手にまともな手なんて絶対に利かないから、いつでもサポートをもらえるように、あの予選準々決勝を勝った後、チェリーさんと交渉して、着せ替え人形をさせられていたのよ。この悔しさはレースで返してもらうからね」

「あはははは………って、ベンジャミンに最初から勝てる気でいたの?」

 つまり、ベンジャミン相手は勝てるのが当然と見越す所か、予選を勝ち抜いた後の事を見越して、本選1試合目を勝つ為の手筈だけは整えていたのか?


「あの小僧は眼中にないわよ。決勝戦の相手はどっちが勝ち上がっても近接格闘系でレンと愛称最悪の相手だったからね。そっちの対策が無くなったお陰で、シャルル王子対策に頭を使う余裕が増えたのは重畳だったわ」

「……えと、正直、俺はベンジャミン相手でも勝てる気がしなかったんだけど、あの卑怯な手を使わずに勝てる方法ってあったの?」

「基本的に同じよ?レンの方がスピード耐性が高いからとにかく全力でとっ捕まえて、馬力を使って近接で勝つ。ベンジャミンは飛行こそ天才的だけど、速度耐性は桜より上でもレンよりは下だもの。おいかけっこをすれば絶対に追いつくわ。テクでかわされようと20分もあればアンタなら追いつく。いつも敵にやられてる黄金パターンを、アンタが相手にやれると確信してたもの」

「嫌な黄金パターンだね。…な、なるほど、完璧に見えてもとんでもない弱点があったのか。俺が苦手意識が強い項目だから、それで勝てるなんてこれっぽちも思って無かった」

「案外、飛行系ってそっちが苦手で極端に避けるレーサーが多いけど、近接技術に大差が無ければ、機体の馬力重視の調整にすればどうにでもなるのよ」

 そういえばロドリゴ・ペレイラ氏も普通に戦うのを見たかったというような事を言っていた気がする。つまり、普通に戦って勝たせるリラの調整を見たかったって事なのか。


「でも、今度の相手はそういう小細工は無理でしょ?」

「ええ。クレベルソンも言っていたでしょう?彼は完璧だと。でも、弱点があるわ」

「弱点?マジで?ローティーンで、プロ格闘技者に勝つ格闘技能と、火星のジュニア代表に勝つ運動神経と、グレードS(グランドスラム)優勝経験者を倒した事のある人だよ?」

「まず、向こうは全力で来るでしょうけど、レンとは恐らく飛行合戦で戦いに来るわ。あの人はそういうタイプなのよ」

「近接系には近接系、遠距離系には遠距離系、俺みたいな飛行系には飛行系で挑むって事だよね?」

 戦略を交えた遠距離攻撃で相手の攻撃を押さえ込むアンドレア・マルダに対して、堂々と戦略を駆使して、まるでチェスで相手をチェックメイトするかのような手際で勝利した姿は印象的だった。

 俺があの戦い方をされた、きっと手も足も出ないだろう。


「ええ。もしも向こうが飛行以外で向かってきたら勝てない。だから私はお手上げだった。でもこっちの得意分野に態々来てくれるならありがたいでしょう?」

「それでも世界最高峰の飛行系技能を持ってるし、ベンジャミンのように近接で勝てる相手でも無いんだよ?」

「でも近接で形振り構わず向かってきたりしない相手よ?むしろ、それをやられたら瞬殺されるでしょうね?」

「まあ、……それはね」


 近接格闘系は飛行系に強いというのがセオリーなのだが、この近接格闘系が飛行系より飛行が上手ければ、ほとんど瞬殺される。

 これはレースでもよくあって、1ランクレベルの高い近接系飛行士(レーサー)は、格下の飛行系を相手にするとほとんど秒殺する。何せ飛行で逃げれない上に簡単にくっ付かれて格闘戦をさせられる。

 飛行系にとって、遠距離狙撃系はまだ飛行で回避や防御が可能だが、近距離系は盾を手で押さえて直接相手のポイントを叩くので、簡単にKO勝利する。

 俺が憧れている全盛期のカルロス・デ・ソウザ(ソードダンサー)がまさに近接の鬼だった。


「でも、相手はレンに合わせて飛んでくる。きっと最初の10分間はずっと追い回されて、攻撃を避ける事に終始するでしょう。前半はレンがずっと緩急をつけた高速シザースの連発で、ほぼフルスロットル状態。闇雲撃ちじゃなくて、相手を狙った攻撃じゃないと避けようともしないから、攻守に全てを集中しながら、戦う必要があるわ」

「……前半でバタンキューってなりそうだけど」

「それで良い。前半燃え尽きるくらいの気持ちで逃げ切りなさい。後半で大幅チューニングをする。相手の機体状態を想定して、大きく変えて相手より上になるようにしてみせる。それで、やっと後半で互角にまで持っていける」

「後半で互角に?」

「ええ。だから、前半で疲れ果てても良いから、後半に望みを繋ぎなさい。後半は私がどうにかしてみせる」

「分かったよ」


 俺はリラのアドバイスを受けて頷く。

 そういえばアンドレア・マルダのレースも見たが、飛行技師(メカニック)が必死にマルダさんにハーフタイムまで逃げ切れと叫んでいたような気がする。メカニックから見て、もしかして後半にあのシャルル王子には弱点が出てくる何かがあるのかもしれない。



***



 俺はリラと一緒に競技場の入場口に立つ。カウントダウンは始まっており、あと数十秒で開始といったところだ。

「良い。とにかく全力で逃げ切りなさい」

 俺の頭にヘッドギアをかぶせながら命令をする。

 勿論、それが今回のレースの第一目標になるだろう。前半でKO負けをしないという事。


「…別に、前半で倒してしまっても良いのだろう?」

「…………そう言っても、恥ずかしい事にしかならないから、無駄な負けフラグを建てるのは辞めておきなさい?」

 格好良く決めた積りが呆れた表情で返された。リラは思い切りアホを見る目でオレを見ていた。でもそんな蔑まれた目で見られても俺の胸がキュンとするのは些か問題があるような気がする。


「そこはキュンと来る所じゃないの!?」

「あの王子に勝てたら少しくらいはキュンとするかもね」

 リラは肩を竦めて笑う。

 うわ、それ、全然させたい方向のキュンじゃないから。

 そういえばこの女、男に告られても、『グレードS(グランドスラム)優勝』するメカニックにさせてくれたら考えても良いとか言って振ってたな。確かにこの王子に勝てたらかなりそのハードルは近いだろうさ。マグレだとしても。


「まあ、とにかくハーフタイムにちゃんと私のところに戻って来なさい」

「ああ、行って来るさ」


 俺はレース場を見る。カウントダウンの数字がコミカルに踊りながら数字が刻一刻と小さくなっていく。

 目の前にいる飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)をつけずに1人で参戦している。11歳でありながら、羨むような美しい容貌は多くの女性ファンを魅了していた。そして、黄金のように光り輝く瞳を俺へと向けていた。


 恐らく、過去最大級の対戦相手だ。

 勝てる筈がないと思う半面で心は躍っている。惜しむらくは機体が自分の思うように動いてくれないこと。まるで水の中で泳いでいるように、必死にもがいても機体が反応しないのだ。

 だが、それでも俺は勝ちに行く。正直に言えば、強気すぎる相棒には弱音を吐くが、心の中で諦めたことは無い。桃ちゃんの手術費が掛かってると思い込んで戦った桜さんのレースで死に物狂いで勝ちに行ったあの日から、勝ちに行くのに全力を尽くさないという選択肢はとっくになくなっていたからだ。


 そもそも知り合いの、しかも自分を応援しているといってくれた幼い女の子を見捨ててまで勝ちに行くような飛行士(レーサー)が、たかが相手が強いだけで勝ちに行く事を辞める理由にはならない。勝てる可能性が0でも勝ちに行く覚悟は出来ている。

 リラが勝てる可能性を0.1%まであげたというならば、1000回やって1回勝てるなら、今日その1回を引き当てれば良いだけなのだ。


 俺は集中力を一気に上げていくと、遥か前方にいる美しい金の瞳を持つ対戦相手の瞳の色が段々と色あせ、白と黒の世界へと変わって行く。コミカルに動くカウントダウンの数字が3を切ると、徐々に動きがゆっくりになるのが分かる。スローモーションのようにカウントが動き出す。

 今日はいつもより集中力のノリがいい。


 カウントが0になり、レース開始のブザーが鳴り響く。中空円柱形状をした強大なレース場へ、俺はセオリーと逆に左回りで飛び出す。いつもなら慣れに従って右に飛ぶのが普通なのだが、対戦相手のシャルル王子が右回りで飛ぶ振りをして左へ飛んだのを目で捉えたからだ。

 スタートは逆回りながらも即座に俺は天井を仰ぐような姿勢になって、左側を競技場内側に向けて重力光盾(ライトシールド)を展開する。


 早速、シャルル王子は遠距離で撃って来る。

 俺は上下に緩急を付けて飛びつつ、直に最高速度へともっていく。


 シャルル王子の撃ち方は恐ろしく分かり難い。高速で狙いをつけに行きながら引き金を引いている。普通は狙ってから銃口を一度止めて射撃をする。

 そのタイミングでヘッドギアについているグラスが銃口の向いている方向から射線を算出して、どこら辺を狙っているか把握可能になる。

 そこで回避行動に入るのが飛行士(レーサー)としての基本だ。

 だが、シャルル王子は一度も銃口を止めて狙いを定めていないのに、正確にこちらへ向けて撃って来る。上下に激しく動いて交わすのだが、全て紙一重だ。恐ろしく精度が高い。

 重力子の光弾が頭の近くを掠め鳥肌が立つのを感じる。

 常に動いて相手の指の動きのタイミングを見計らって加速減速しなくては当に7ポイント取られていただろう。それ程、精密だ。


 俺も負けじとシャルル王子に銃口を向けようとするのだが、銃口を向けていると、その銃口を向けている先をピンポイントでよける。それこそ頭をちょっと傾けて重力光拳銃(ライトハンドガン)の脅威から逃れるのだ。


 本当に小さい動きだけで攻撃を避けるので、飛行に影響を全く及ぼさない。

 俺も実感してくる。目の前の王子様は、テレビで見ているグレードS(グランドスラム)に出ている飛行士(レーサー)達と全く同じレベルの選手なのだと。


 無駄な飛行をする俺と違い、シャルル王子は全く無駄がない。その結果、距離が縮められ、ついに後ろのポジションを取られてしまう。


 これから、一切の集中を切らせない逃亡劇が始まるのだった。

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