生きろ
いきなりシリアスモード突入します。
一応、この回がR15、残酷な描写ありの理由かな、と。
作者の描写力不足でR15が必要ないのでは?という可能性もありますが(笑)。
玄関を開けて我が家に飛び込む。
「ただいまー!」
僕が家に帰り、いそいそと靴を脱いでいると母がリビングの方から顔を出す。
「お帰り、レン。早かったわね」
「今日はエールダンジェで空を飛びに行くからね。ゆっくりなんてしてられないよ」
「本当のエールダンジェしか頭にないんだから」
僕は靴をペイッと脱いで、自室に置いてあるエールダンジェを取りに行く。
ドタバタドタバタと二階の階段を上る。エールダンジェの入っている手提げ袋を手にして、背中に背負う。体一つ入るような装備なので、意外と手提げ袋が大きいのだ。
僕は更にどたばたと二階から一階へと走って戻る。
「お父さん、今日、早く帰るかなぁ」
「お父さんよりも貴方が早く帰れるか心配ねぇ」
「おおう」
母は苦笑して僕を見る。急いでいるのは練習できるウエストガーデンの公営スカイリンクのやってる時間が夜までやってないからだ。だから早く帰るしか方法はないのだ。なので心配する必要はないのだ。
僕はそのまま玄関の靴を履く。ポイッと脱ぎ捨てたせいで、自分の靴の置いてある場所に足を延ばす羽目になっていたが、素早く靴を履く。
「それじゃー、いってき…」
玄関のドアノブに手をかけた瞬間、
ピーンポーンピーンポーン
僕のカード型モバイル端末とお母さんの腕時計型モバイル端末が同時に緊急避難警報を鳴らしてブルブルと震えていた。
「何だろ?」
僕より先にお母さんが自分の端末を操作して空中に画面を開く。
『大規模テロ発生。最寄の避難所へ避難して下さい。避難区域:ウエストガーデン市、ガーデン市、フィロソフィア市』
「てろ!?」
「大変。早く避難しないと」
「え、えー、エールダンジェは?」
テロなんて起こっても、今まで大したことが起こったためしがないんだし、問題ないのではなかろうか?ゴミ山のゴミ処理場の警備をしているお父さんは大変そうだけど。
「スカイリンクも閉じちゃってるわよ」
「あうううう」
僕はショックで肩を落とす。
折角、折角の僕の自前エールダンジェの初飛行記念日なのに。否、誕生日なのに。どこのバカだ、テロなんてした奴は!
僕とお母さんは避難すべく外に出ると、外は緊急避難警報のサイレンがけたたましく鳴り響いていた。
いつもは青い空を映し出している天蓋が珍しく赤と青で点滅している。
「お父さん、大丈夫かなぁ」
「大丈夫よ。さ、早く避難しましょう」
「う、うん」
僕はエールダンジェの手提げ袋を背負ったまま、母さんと手を繋いで避難用の地下シェルターのある市民会館へと向かう。
速攻で帰ったので恐らく学校の皆は学校の地下シェルターに避難をしているのだろう。
カイトはゴミ山のゴミ処理場付近に住んでるから父さんと同じゴミ処理場かな?あるいはスカイリンクに行く約束をしていたので、近くの地下シェルターに避難したのかもしれない。
そんな事を夢想しながら人の波に流されて市民会館へと向かう。
僕とお母さんが市民会館に付く頃には、既に人で溢れていて行列が出来ていた。
シェルターに入る為、長い行列に並ぶ事になる。早く前が進まないかなと、ゆっくり進む人の群れを眺めて溜息を吐く。
10分ほど並んで市民会館にあるシェルターの入り口が見えてくると、突然頭がぶん殴られたような大きい爆発音が鳴り響いた。
辺り一帯が衝撃で震えていた。
天蓋が燃えていた。
さっきの衝撃居住区の天蓋に穴が開き、宇宙空間が露出する。そして、そこから現れるのは巨大な船だった。
最近、映画で見たような大きな宇宙戦艦によく似ていた。
すると、天蓋を破壊して現れた船から一筋の光が走る。
熱い風が吹き荒れて、市街地の方が赤く染まる。
豪風と爆音の中に悲鳴が混じる。
避難訓練のような感覚だった。でも、これが現実なのだと訴えられた気がした。
僕が状況を飲み込めず呆然としていると、周りは行列を無視して我先にとシェルターの中へ避難しようと割り込んでくる。僕とお母さんはその人混みに押し出されてしまう。
自分の命が簡単に消える、テロという現実を初めて知った気がした。どこか遠くの話だとばかり思っていた。
「大丈夫よ。お母さんがついているからね」
お母さんは僕の顔を見るとギュッと僕の手を握る。
船からは、更なる光が二度三度と繰り返される。
近くのビルが崩落してたくさんの人間が潰れていく。
「ひっ」
僕は怖くなってお母さんにしがみつく。お母さんも僕を抱えるようにして震えていた。
爆発する音が徐々に近づいてくる気がする。お母さんは僕を抱え込むようにして一緒に地面にうずくまる。
轟音が響くと同時に、僕は強力な力が体に加わり、地面にこすりつけられる。
目の前が真っ暗だ。
凄く体がいたい。
体中がズキズキとしていて何が何やら分からなくなっていた。泣きたくて気持ちはいっぱいになるのだが必死に我慢する。
何が起こっているか分からなかった。
そうだ、お母さんは?
僕は真っ暗な状況を理解できず手で周りを探る。
ずりっと手が固いものを擦り、痛みを感じる。一瞬、分からなかったけど、多分地面だ。僕は倒れたんだ。
まさかあの船の攻撃で世界が真っ暗になっちゃったのだろうか?
でも体は何だかチリチリと熱かった。
僕は必死にもがいていると、僕の上にのしかかっていたナニカが崩れ落ちて、やっと目の前が開かれる。
「え?」
僕の視界に映し出された世界は、真っ赤に燃えていた。
近くのビルが残骸となっており、あちこちに黒焦げになった人間が倒れていた。
「う、うそ……」
避難しようとしていた市民会館の場所に穴が開いていて、人の形をした黒い何かがたくさん落ちていた。
これ以上、何かを考える事が出来なかった。
「そ、そうだ。お母さん。お母さんは?」
周りを見る。
だが僕の周りに動くものは何もなかった。まるで辺り一帯が大災害の後のようになっていた。
未だに空では巨大な戦艦が鎮座していて、小さな警備艇が応戦をしているのが見える。
更に遠くの方から別の戦艦が現れて轟音をあげて、巨大戦艦へ攻撃を仕掛け、光の筋が何度も散らばり、天蓋に穴が開き、空から天蓋の残骸が落ちていく。
そこで僕は立とうとし、初めて気づくことになる。
自分を庇うようにして自分の上に伸しかかってたナニカは、辺り一帯が炎の色に染まって赤く気付かなかったが、真っ赤な血に染まっていた。
僕はそれを見て、突然、息が出来なくなる。
自分の上に倒れていた真っ赤な血に染まっていた存在が、誰よりも見知った存在だったからだ。
それが、僕には全く理解できなかった。こんなことがあり得る筈がない。
だけど、岩や爆発時に飛んだ破片で体中に穴が開いた、その人だった筈のその存在は、母と同じ腕時計型モバイル端末を腕に嵌めていた。
奥歯がカタカタと震えて頭に響く。未だにあちこちで光が輝き爆音が響き渡っているが、僕は自分の心臓の音が五月蝿くて何も聞こえなく鳴る。
ダメだ、考えが纏まらない。
致命的な何かに思い当たるが、どうしてもその先を考えたくなかった。
「あ………うあ……ああああああああああああっ」
ぼろぼろと涙が止まらない。何かを認めてしまったら、もう僕は何も出来ないように感じてしまっていた。
僕がそこで呆然としていると、燃え盛る建物の残骸を掻き分けるようにして、いくつかの人影が現れる。
頭からつま先まで何だかすっぽり覆うような古典宇宙服のような格好をしている人達だ。
「子供がいたぞ!」
「奇蹟だ。もう死人しかいないのかと思った」
「まだ産業廃棄物処理施設のシェルターが生きてるはずだ。そっちへ連れて行くしかないな」
「おい、坊主、大丈夫か。今、安全な場所につれて行ってやる。家族はいるか?」
やってきた大人達は僕に何かを話しかける。
家族?
僕は無意識に自分の上に覆いかぶさっている存在を握る。
すると大人達はまるで僕が可哀想な子供でも見るように顔を悲しげにゆがめる。
何でそんな顔をするの?
僕は状況が全く理解できず、凄く不安に襲われる。
「坊主、ここは危険だ。安全な所に避難しよう」
「で、でも………」
「急げ!次に攻撃されたら死ぬぞ!」
僕は大人達に抱えられてその場から連れ出されるのだった。
***
僕はゴミ山の近くにあるゴミ処理場に連れて来られていた。確かウエストガーデン産業廃棄物処理場…とかそんな名前だった気がする。
ゴミ処理場の施設は、ゴミを食べる大きな口を持った大きな半球状の建物の上に、ゴミ山全体を見渡す監視塔が聳え立っている。一番上は民間の展望台にもなっていて、ウエストガーデンを一望できることでも有名だった。
建物の中に押し込められると、一時避難場所として解放されているみたいで、大きなロビーにはたくさんの人がいた。
「レン!」
建物に入る僕をみたお父さんは駆け寄ってくる。
「お父さん…?」
いつもと違って警備員らしい服装をしていた。
「よかった。……ウチの避難地区は1人だけしか救助できなかったと聞いていて…」
お父さんはぎゅうと僕を抱きしめる。
「1人……あ」
僕の頭にお母さんの姿が過ぎる。
「でも……お母さんが……お母さんがぁ……う…ううう…あ……ああああ」
涙が溢れてくる。
お父さんは僕を宥めながら頭をなでてくれた。とめどなく溢れて来る涙でぼやけるお父さんの顔は凄く辛そうに歪んでいた。
暫くするとお父さんと同じ服装をした人達がやってくる。
「アスター主任。申し訳ありませんが宜しいでしょうか」
「すまない。レン、お父さんは仕事があるからここで避難しているようにな」
僕は涙を拭きながらうなずく。
お父さんは僕の頭を優しくなででから、同僚の人達と一緒に仕事へと向かう。
「…」
一人になりたくなかった。
だけど、何も言えなかった。皆、お父さんと同じようにとっても悲しそうな顔をしていたから。僕だけわがままを言ったらダメだって思った。
***
暫く僕はポツンと1人でいた。
外から何度も震動が発生する。重力制御装置を敷き詰められた月において、自信という自然現象は存在しない。
この震動はまだ、テロリストが攻撃している音なのだろうと感じる。
あちこちで避難していた人たちが小さい悲鳴を上げる。不安なのはみんな一緒なのだろう。小さい子供はずっと泣きっぱなしだ。大変になっている事だけが分かる。
そんな中、見知った顔が歩いてやってくる。
どうやらカイトもここに避難していたようだ。
「よ、よう、レン」
「カイト」
一人で不安だったが、カイトが現れてくれて少しだけホッとする。
「その…大変だったみたいだな」
「うん」
僕は慌てて目元を拭く。カイトは何故か僕に気まずそうな顔で声を掛けてくる。
ポリポリと右頬にある刃の古傷を搔く。
何か言いにくい事があるとその仕草をするのは昔から変わらない。だから何か言いたい事があるのかな、って思っていると
「その…ごめん」
「?」
カイトは落ち込んだように顔を俯かせる。キュッと強く唇をかみ、地面に視線を向ける。拳を強く握って震えていた。
そういえばいつも相手の目を見て話すカイトらしからぬ様子で、僕に視線を全く合わせようとしていなかった。
「どうしたの?」
「な、なんでもない。住宅街は全滅だって聞いてたんだ。ウチの養護施設なんかも焼けたって聞いてて。ガキ達が避難できてれば良いけど」
カイトは自分の生まれ育った養護施設の心配をする。
僕も何度か遊びに行った事が有るがやんちゃな子供達で賑わっていた。彼らは無事なのだろうか。
確かに心配だ。避難するならこっちの方だと思ったけど、自分の事でいっぱいいっぱいで探す気にも起こらなかった。
「くそう……まさか…」
「?」
カイトはさっきから何かを悔やむ様にぶつぶつと独り言を口にしていた。そして親指の爪を噛み、いらだたしそうな表情をする。
いつも快活なカイトらしくない顔だった。
するとここでも再びモバイル端末の避難警報が鳴り響く。ここにきている人間全員のモバイル端末が同時に一斉に作動したのだ。
凄いビックリした。
避難所のあちこちで悲鳴が上がる。怯えて泣き出す人もいる。それくらい怖い思いをしていた。
僕がカードを取り出すより先にカイトは腕時計型のモバイル端末を操作して空間に画面を取り出す。
当然だが避難警報が出ている。
『ウエストガーデン市に大規模テロ発生:ウエストガーデン市ダスト地区』
ダスト地区、まさにここだった。
「ルヴェリア王太子が来訪中なのか?」
「ここが襲撃地点じゃないか!」
誰かの叫びがどこからか聞こえてくる。
「そ、そういう事か!レン!ここから避難しよう!」
カイトは慌てて僕の腕をつかむ。
「ほえ?避難て……?」
何で避難所から避難をしなければならないのだろうと僕は首をかしげる。それに外は凄く危ない。ここの方が安全だと思うんだけど。
「テロリストの狙いはここに来訪している火星の王太子なんだよ!ゴミ山なら多分狙ってこない筈だ。ここが襲撃されるぞ!」
カイトは慌てたように僕の襟首を掴んで振り回す。
「で、でも…」
ここを守っているのはお父さんだ。来訪している火星の王子様の家族を警備しているんだ。
そんな中、四足歩行の大きな蜘蛛みたいな警備ロボットがガシャガシャと音を立ててやってくる。20体ほどだろうか、お父さん達警備員の人達も、ロボットを配置するよう操りつつ、腰には銃を携帯していた。
『皆さん、奥の部屋へ移動してください。繰り返します。奥の部屋へ移動してください』
人の集まっていた場所の奥の方にある巨大なシャッターが持ち上がる。
建物の半分ほどを占めているゴミ処理場で、外のゴミ山が露出される。ゴミ山を飲み込むようにベルトコンベアが付いていて、その上にゴミが並んでいた。ゴミ山と同じ鉄と油の匂いが漂う。
以前、工場見学で訪れた時はベルトコンベアによって運ばれるゴミを、大きな穴がムシャムシャ食べていたのだが、今は動いていないようだ。
シャッターが持ち上がると、避難していた人達がそこへ我先へとなだれ込む。
「レン、行こう」
「う、うん」
カイトが僕の腕を引っ張ろうとする。
その時、鈍い金属の引きちぎれるような音が響き渡る。
鉄が引き裂かれるような音が響き、入口がけたたましい音を立てて吹き飛ぶ。
そこから、武装した男達がぞろぞろと現れる。
彼らは映画で見るようなものものしい軍用強化服を身に纏っており、腰には銃と斥力光剣の柄をホルダーに収めていた。
テロリスト
僕だけではないだろう、誰もが即座に何者が来たのかを理解する。
その中でも先頭を歩く右腕のない大男が左手に斥力光剣を握ったまま前を歩く。右腕は布に巻かれて血が滲んでいた。
殺気だった雰囲気で誰もが息を飲む。
「ここは立ち入りを禁止している。お引取り願おうか」
お父さんは毅然とした態度で相手に警告をする。
同時に無人機械兵器がテロリストたちに銃器を向ける。
先頭に立つ右腕の無い大男は左手をホルスターにある斥力光剣の柄に手をかけてお父さんたちを見る。
「俺達は火星の王太子殿下に用事があるだけで、貴様らなんぞに興味は無いんだがな。断ったらどうだというのだ?」
「断るならば、マニュアル通りに指示をするだけだ」
「やってみな」
斥力光剣を持つ10人の男達はその場に堂々と正面から進む。
「くっ……やれ!」
お父さん達警備の人達は一瞬の逡巡をするが命令を出す。
すると四足歩行の蜘蛛のような戦闘兵器が動き出す。この施設の防衛システムなのだろう。その数は20台ほど。
前方の戦闘兵器がガシャガシャと音を立てて、テロリスト達に襲いかかる。
後方の戦闘兵器がテロリスト達に砲台を向ける。砲台から光が走りテロリストを襲う。何人ものテロリスト達が吹き飛ぶ。
先頭に立っていた右腕のない大男は一直線に走って進む。
斥力光剣を一閃、自分の背丈よりも巨大な蜘蛛型戦闘兵器を真っ二つにする。
蜘蛛型戦闘兵器についている砲台は、迫るテロリストに向けて光の砲弾を連射する様に幾度となく放つ。
だが、右腕の無い男は斥力光剣を一閃すると、光の砲弾を弾いて自身へ向かってきた弾道をそらしたのだった。
更に、次々と飛んでくる光の砲弾を走りながら回避し、自分へと向かってくる光の砲弾を叩き切って、更に先へと進む。
映画でしか見た事のない、ちょっとありえない光景が目の前で広げられる。
「終わりだ」
テロリストは強化服による身体能力強化によって凄まじい速度で走り、次々と斥力光剣で蜘蛛型戦闘兵器を切り落し、壊れて沈黙させる。
「総員!撃てーっ」
お父さん達は腰のホルスターに収められていた斥力光拳銃を手にしてテロリスト達に照準を合わせる。
テロリスト達は何人も倒れていくが、右手の無い大男は止まらない。
自分に飛んできた光の弾丸を斥力光剣で撃ち落し、次々とお父さんの同僚の人を斬って行く。
たくさんの血が飛ぶ。
右腕を持たない死神のような男は、風のように駆け抜け通りざまに左手に持つ斥力光剣を父さんに一閃させて、さらに先へと進む。
一瞬にして世界が赤く染まる。
「お、お父さん!」
僕は目の前にテロリストがいる事さえ忘れて、ゆっくりと倒れていくお父さんへと駆け寄る。
一体、何が起こったのかわからなかった。
だって、今日は自分のエールダンジェで初めて飛ぶ日で、人生で一番待ち望んでいた誕生日だった筈なんだ。
なのに、何で?
何が起こってるの?
「王太子は地下シェルターだ。オレについて来い。1時間後にここを爆破する。船はそれまでもたせろと伝えておけ」
「はっ」
「何人生き残った?」
「6人です!」
「2人は俺について来い。残りは最下層の重力制御システム室へ行き、脱出と同時に重力を解放させるようプログラム変更を取り付けろ。さぞ面白い世界が見えるだろう」
「はっ」
バタバタと走り出すテロリスト達の足音が煩わしかった。
僕は必死に父さんへと声を掛ける
「お父さん!お父さん!やだよ!目を覚ましてよ!」
血塗れのお父さんにしがみついて声を掛ける。だけとお父さんはぐったりしたまま動かない。たくさんの血が流れている。止めようと思ってもどこを止めればいいのかもわからない。
「ケビンさん!どういう事だよ!聞いてないぞ!」
僕がお父さんにしがみついている中、カイトが声を荒げて叫ぶ。
叫んだ先は右腕の無い大男に対してだった。
何でカイトがこのテロリストを知ってるの?
もしかして知り合いなのだろうか?僕は相手の名前を叫んだカイトを不思議に思う。
「おう、カイトじゃないか」
右腕のない男は軽い調子でカイトの方に視線を向ける。部下の5人は既には知って移動している様子だった。
「あんたは言った筈だ!俺達軍用遺伝子保持者が差別を受けない世界にする為に役立てるって。なのに…何でこんな…」
カイトは吐き捨てるように右腕の無い大男をののしる。
「MONICA計画を主導した火星王太子は始末しなければならない。奴こそ未だになくならない軍用遺伝子保持者の生み出し手だからだ」
「だからって!オレはそんなつもりでライトエッジを仕立てた訳じゃない!」
「お前の仕立てたコイツはよく出来ている。宇宙最強と謳われた怪物と互角にやりあえた。右手を失ったが生き延びてここまで辿り着けたのだからな。師匠ほどではないが、奴が弟子として取っただけはあった」
テロリストは淡々と語る。
「なっ……何て事を……」
カイトは拳を握って体を震わせる。
「それよりも良いのか?こんな場所で、武器をこさえた共犯者だと分かるような事を口にしてしまって」
右腕の無い男は悪魔のように唇を吊り上げてカイトを見下ろす。
「!」
あのカイトが顔を青ざめさせて、周りを見る。逃げ遅れていた人々の視線にカイトは晒されていた。
「カイト、こっち側に来い。軍用遺伝子保持者のお前ならば、その技術はいずれ師匠を超えるだろう。世界を変える為にお前は必要だ。それに、もうお前はそっち側に残れないだろう?」
右腕の無い大男は左手をカイトへと差し伸べる。
「カイ……ト?」
僕はよく分からないけど、カイトが悪い人に悪い事を唆されているという事だけは感じる。
あの手を取っちゃだめだ。
そう感じてしまう。僕はカイトを見る。
だけどカイトは俯いたまま、頑なにこちらを見ようとしてくれなかった。
カイトは俯いたままテロリスト達の方へと足を向け、僕に背を向ける。
「ごめん、レン。謝っても……許してもらえるなんて思ってないけど……」
ギュウッと強く拳を握るカイトは、結局、僕を一瞥もせずテロリスト達についていく。
行っちゃだめだ!
大きい声で叫びたいのに、恐怖で竦んでいた僕は何の言葉もかける事が出来なかった。
僕は血塗れになったお父さんの横でへたり込んだまま、何がどうなっているのかも理解できずにした。
母さんは死に、父さんが倒れ、カイトは去っていった。
するとお父さんがゆっくりと目を開けて、震える右手で自身のモバイル端末を操作する。
「お、お父さん?」
「やつ…ら。このままでは……この都市どころか千万……近い………人が…殺されて……しまう」
お父さんは震える手で、必死に空中に浮かんだ画面を操作する。
「目が…かすんで……操作が……」
お父さんは操作を誤まったようで何度も操作をやり直しながら空中の画面を操作する。僕はそれを支えながら見ていた。
支えている僕の手が真っ赤に染まっていた。まるで壊れた水道の蛇口を抑えている様に、お父さんから血がずっと流れ続けていた。
血が出ないように抑えたくても、血の出ている場所が僕の手より大きいのでどうしようもなかった。
誰かに助けを求めたくても、皆が逃げていなくなってしまった。
「お父さん?」
指を震えさせたままお父さんは焦点の定まらない瞳で僕に訴える。
「レ、レン……俺の…指を……承認に合わせて……もう…何も見えない…」
正直、僕はお父さんが何を必死にやっているのかわからなかった。だけど、その必死さをどうにか手伝おうと僕はうなずく。きっと、それが必要な事なのだろうと感じて。
「あ……う、うん」
僕はお父さんの手を取ると、“APPROVAL”と空中に浮かんでいる画面にお父さんの指を合わせる。
『承認されました。重力制御装置隔壁を完全封鎖。重力制御モードを緊急凍結モードに移行。ウエストガーデン大規模産業廃棄物処理施設の運転を24時間凍結させます』
キュウウウウウウウン
ゴミ処理場の動いている機材の音が一斉に止まる。
「良かった…」
ホッとしたようにお父さんは呟く。
「お父さん…?」
「レン……すま…ないな。……お前は……お前だけは……生きろ」
お父さんは手を僕の頭に置くといつものように撫でて、そして安心した様に笑顔のまま目を閉じて動かなくなる。
「お父さん?お父さん。お父さん!やだよ!返事してよ!」
血が抜け落ちて体が冷たくなっていく。
まるでこれでは死んでしまうみたいじゃないか。
「いやだよ、お父さん、お父さん!?」
必死にお父さんを揺するが動かなくなっていた。
「………う、うああああああ…」
お父さんがどうなったかなんて当然分かっている。
涙が勝手に零れていく。
決して認めたくない。
悲しい事が起こったなんて何も認めてないのに、何で自分が泣いてしまっているか分からない。
でも、分かっているけどそれを認めてしまったら、致命的な何かが壊れてしまいそうで、僕は何も考えられなくなってしまう。
如何すれば良いのか、誰か教えて欲しい。
お父さんもお母さんも何も声を掛けてくれなくなってしまった。
いつも僕を助けてくれたカイトも去ってしまった。
呆然と宙を見上げる。
ゴミ処理場の天井は何度も爆音とともに震える。昨日まであんなに平和だったのに、何が起こったのかさえ理解できなかった。まるでこれは夢なのではないかと思うほどに。
何も考えられなくなって、死体だけが転がるこのゴミ処理場で、ぽつんと座ったままでいた。
何時間たったのか、あるいは数秒もたっていないのかさえ分からない状態だった。
『生きろ』
ただ、お父さんの最期の言葉が僕の頭をよぎり、体の重くなった僕を動かす。
「そうだ………ここから逃げないと…」
僕は生きている人が誰もいなくなったこの場所から、ゴミ山の方角へと歩き出す。
もう何が何だか分からないけど、とにかく生きなければいけない。それだけで重たい足がゆっくりとだが動き出す。
僕は理由も分からず無我夢中にゴミ山を掻き分けて登る。あのゴミ処理場は爆破されると聞いていた。遠ざからなければならないと本能的に感じたのだ。
どの位経ったのか分からない。
たくさんの人達が僕より前を逃げていた。それを追うようにゴミ山を登って先へと進んでいく。
未だに背後では大きな戦艦がドカンドカンと音を立てて戦っている。片方はテロリストで片方は軍か傭兵かといった所だろう。
そんな中、強烈な光が僕の背後で瞬く。
耳を破壊されたのではないかと思うような大きな爆発音が襲ってくる。
そして凄さまじい豪風が吹き荒れて、僕達が登っていたゴミ山が一気に崩れ落ちていく。
あちこちで悲鳴が上がる。ゴミに押しつぶされて落ちていく人、爆風に飛ばされてゴミ山を転げ落ちていく人。
僕は必死に自分の登っている途中に足場にしていた何かの大きなパイプを掴んでいた。
そんな中、ゴミ山は奥の方へ倒れるように崩れて落ちていく。
「わっ…うわああああああああああっ」
必死に引き返して逃げようとするが、それより早くゴミ山の倒壊が進む。
ゴミ山の遥か下は全く見えない黒い奈落の底、僕は足元を失って一気に落下していく。
足元を失った僕は重力に導かれるように黒い闇へと加速し、浮遊感による恐怖が体を駆け抜ける。ただ、体が大地へと叩きつけようと勝手に体が落ちていく。
「あ、ああああああああああああああああああああ」
空がこんなに怖い事を初めて知った。
生きろと言われたのに。
落下する加速と地面に叩きつけられる恐怖の中、崩れ行くゴミ山の中へと自分の体も一緒に落ちていくのを感じる。
自分の死を実感して、意識を手放すことになる。
これが僕の10歳の誕生日で覚えている最後の記憶だった。