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どうやら勝者は俺じゃないらしい

 そして予選準決勝がやって来た。あと2勝で決勝トーナメント出場である。本線で勝たなければ世界ランキングがつかないので実に険しい戦いである。


 対戦相手はベンジャミン・李、後期中学生の全月王者である。

 俺が後期中学1年生で、対戦相手は後期中学3年生なので二つ年上といった所か。前期中学時代は一年代下の桜さんに負けていた筈だ。

 後期中学になってから一気に注目を集めるようになったようだ。


「うーん、勝てるイメージが全くつかめない」

 前日まで脳内シミュレーションを行なってきたが、どうやって勝てば良いのだろう。飛行技能でかわされて攻撃が効かないとしか思えなかった。


「レースの勝ち方っていうやつを教えてやるわ」

「うーん、でもさ、リラの立てた作戦なんだけど。本当にあんな無茶苦茶な戦い方で勝てるの?」

「前半戦でKO勝利、あるいはリードして後半に入れば確実に勝てる」

 リラはビシッとスパナを振り翳して、唇を吊り上げて笑う。


「っていうか、その勝ち方をしても俺は間違い無く会場からブーイングの嵐を生んでしまうんだけど。総スカンだよ」

「はあ?勝者こそが全て、敗者が何を言おうと、どう評価されようが、連綿と残るエアリアル・レース史の中ではただの白星と黒星でしか残らないのよ。どんな八百長疑惑が残って極めて黒に近い判定でも、正式な記録が白から黒に変わらない限り、勝利は勝利として残るのよ」


 この勝利への執念だけは絶対にこの女の右に出る人間はいないと思う。正直に言えば、俺は誰よりも速く高く、そして楽しく飛べればどうだって良いんだけどな。

 まあ、プロになって、世界ランキングを取らなければ、その楽しく飛べる場所さえ手に入らないのだから仕方ない。リラが言うように、極めて白に近い判定でも負けてしまえば、世界ランキングが手に入らない。楽しく遊べる場所にたどり着くことは出来無いのだ。


「まあ、桜さんとの戦いと違って、今度の相手は別にどんな卑怯な勝ち方をしようと、良心は一切痛まないから良いけどさ。それで負けたら恥ずかしいだけだし」

「だったら勝つしかないでしょ。恥とか形振り構わないとかバカにされようと、0-0で前半を終わらせるなんて言っちゃった、あの生意気なクソガキの方がダメージでかいし」

「まあ、確かにね。確かに、今回に限って言えば…勝てば良いんだよな、勝てば。でもさ、卑怯すぎじゃない?」

「はあ?あんな無様な事をやってるあいつが悪いのよ。普通気付くでしょ?だから、桜の時と同じ事をしたら堂々とやりなさい」

「まあ、良いけどさ」


 オレはたまに思うんだ。

 もしもリラが飛行士(レーサー)だったら間違い無く最強最悪の悪役(ヒール)として歴史に名を刻んだだろうなと。



***



 俺達は試合会場へとやってくる。

 怒号のような歓声が会場を揺るがす。スター選手が相手とあって、注目されている試合だからこそ、観客も非常に多かった。

 こんなたくさんの人の前で、桜さんは10分間もおちょくられ続けたのかと思うと、確かに嫌な奴としか言えないだろう。

 案外、前期中学時代の王者だった桜さんに対して、立場がひっくり返ったからこそ、私怨で相手を貶めようとしたレースをしたのでは無いかと疑うほどだ。


 試合会場の正対した場所にはベンジャミン・李が立っている。そして、奴はスタートポジションで、武装の入ったホルスターを地面にわざとらしく放り投げる。

 その様子に観客も大喜びで、昨日の完璧なレース展開が再び見れるのかと盛り上がりを見せていた。


「馬鹿な奴め」

 クツクツと笑うリラの姿に、俺は思い切り引き攣る。

「そういう訳だから、今日は馬力マシマシの調整だからね。練習の感覚を忘れないでよね」

「分かってるよ。で、もしも相手が武装を捨てなかったらどうしたの?」

「それはそれで勝つ方法は前もって伝授してたけど」

「勝つ方法あった?」

「基本的に同じよ?アンタが勝てるものを使えば自ずとそうなるもの。作戦どおり。捕まえ方が違うだけで」

「……そ、そーっすか」

 エールダンジェのレースなんて一切やらせるつもりは無かったらしい。まあ、ルールに抵触していないので、これもエールダンジェのレースといえばレースなのだが。


 カウントダウンが10秒を切り、リラもメカニック用控え場所へと下がる。オレはスタート台に足を掛けて、競技場へ飛び込む準備をする。

 コミカルに数字が踊り、徐々に数字が小さくなっていく。


 3……2……1……


 カウントゼロと同時に、俺はフルスロットルで白銀の翼を射出させ、右手側から飛び出す。ベンジャミンもセオリー通りの右回りだ。何の問題も無くぐるっと回ると思うだろう。

 だが、俺はリラの指示通り、半周した時点でベンジャミンのスタートポジションに置いてあった重力光拳銃(ライトハンドガン)重力光盾(ライトシールド)の入ったホルスターをゲットする。


「え?」

「ちょ、良いの?」

「お、おい、それは…」


 武装は必ずレース場内に持ち込む。だから、全ての武器をホルスターに下げるのだ。


 途中で壊れた際にパーツ交換は許されるが、登録されていない武装を持ち込む事は許されていない。つまり新しい武器を手にすることは不可能だ。

 そして、レースの中で相手から武器を奪ったり壊してもルール上では問題ない。

 実際、一昔前の近接戦闘がはやった時代、相手の武器を叩き落して使えなくさせるというのも手法として存在した。


 つまり、俺はベンジャミンの武器を全て懐にしまいこんだ時点で、ベンジャミンは後半戦も武器を使えないという状態になったのであった。


「「「「「「「汚ねええええええええええええっ!」」」」」」」


 会場の叫びが木霊する。

 いや、俺悪くないし。武器捨てて試合するベンジャミンが悪いし。

 無論、その事実に気付いたリラの悪どさには驚嘆すべきものがあるが。


「き、キサマアアアアアアアアアッ!」

 ベンジャミンは慌てて戻ってくる。

 まさか飛行士(レーサー)の控え場所に対戦相手が降り立って、武器を盗むとは思いもしなかっただろう。

 顔を真っ赤にして怒りを露にしていた。自分の控え場へ侵入して物色していた俺にベンジャミンは襲い掛かってくる。

 だが、俺はそこから逃げるのではなく、ベンジャミンへと方向を向けて一気に体当たりをしに飛行する。


「!」


 逃げると思った相手がまさか体当たりをするとは思わなかったのかもしれない。確かにただの窃盗犯なら逃げるのだが、今日はレース中である。

 飛行しながら巧みに回避する飛行士(レーサー)がわざわざ近付いてくるなんて、ネギを背負ってくる鴨の如き様相である。捕まったら弱いのは飛行系特化の特徴。それは俺だけじゃないのだ。


「確保―っ!」

 オレの体当たりはベンジャミンを見事に捉える。


 ビビーッ


 ぶつかった拍子にポイントが落ちたブザーが鳴る。

 オレの右肩のポイントとベンジャミンの腰のポイントがぶつかった拍子に落ちたのだ。

 だが、俺はベンジャミンの腹にしがみ付くと、そのまま更に加速させて、ベンジャミンを競技場の壁を保護する斥力壁へと叩きつける。


 ビビーッ


「ぐあっ」

 ベンジャミンは壁に叩きつけられて背中と右肩を打ち付けられて、胸と右肩のポイントが落ちる。

 本日のオレの機体は馬力優先型で、低速高馬力の設定にされている。なので機体性能が負けていても、瞬発力とパワーは絶対に負けない。相手がプロ仕様でであっても、それを考慮した極振り設定である。


 だが、これは華麗な飛行をしながら、技巧を駆使したポジショニングの奪い合いや、重力光拳銃(ライトハンドガン)での撃ち合い、時に激しくぶつかり合う刹那の駆け引きを楽しむエアリアル・レースとは全く別物である。


 空飛ぶ相撲とでも言えば良いのか?

 俗に言う泥レースである。


「グッ…テメエ!殺す!ぶち殺してやる!」


 必死に加速させて振り切ろうとするが、オレの機体とベンジャミンの機体の馬力では差が大きい。

 俺はこの組み付いて勝つ為の馬力優先機体でこのレースに臨んでいるのだ。捕まえたら絶対に離す積もりはない。

 更にアクセルを強く握り締め、ベンジャミンを更に重力障壁に叩きつける。


 更なる電子音が2回鳴り響き、ベンジャミンの頭と左肩のポイントが更に落ちる。

 ジタバタするベンジャミンを振り回して、地面に叩き落とす。とどめとなる電子音が再び3回鳴り響く。俺が右足で相手の両腿を抑えながら地面に落下するので、俺の右腿のポイントとベンジャミンの残った両腿のポイントが落ちる。


『7-2 勝者 レナード・アスター』


 秒殺だった。

 会場はシーンと静まり返る。何せ大半はベンジャミン優勢と言われていて、オッズもベンジャミン勝利が大半を占めていた。俺が前半戦のしかも1分以内の秒殺KO勝利なんて賭けている人間がいたかどうかさえ怪しい。

 案の定、暫くして我に返った観客達は大ブーイングで競技場を包み込むのであった。


 俺とリラは勝者でありながら、逃げるように競技場から姿を消す。流石にブーイングされている競技場で勝利をアピールするバカではない。



***



「いやー、してやったりね。あの悔しそうな顔。ざまーないわー」

 選手や関係者が多くいる中、ゲラゲラ笑うリラの姿に、俺は思い切り引き攣っていた。


 周りの飛行士(レーサー)達もアレはどうなんだろうと疑問を呈すレベルだっただろう。事実、満悦なリラに対して、周りの関係者は冷たい視線を送っていた。

 俺もどうなんだろうと思ったさ。でもリラが言ったとおりの展開になってしまったのだから仕方ない。労せず予選決勝のチケットが転がり込んだのだ。ありがとうと言うしかない。

 そもそもプロになると、皆が皆、一癖も二癖もあるメンバーばかりで、KO勝利でもギリギリの展開になる。追い詰めても窮鼠猫を嚙むというが、そのまま嚙まれて負ける事も多かった。事実、俺はそんなのばかりで負けている。

 それを考えれば、過去最高に楽な勝利だったと言えるだろう。

 あまりに厳しく集中しすぎると、明日までに精神的な疲れを持ち越して、負ける要因にもなるのだから、楽勝で勝てる事は卑怯だろうとなんだろうとお得なのだ。


「まあ、確かに楽だったから良いけどさ。世間の評価は最悪だろうな、と」


 こういう考えに至ってしまうのも、きっと彼が未だに壁を知らないアマチュア選手で、俺は勝ったり負けたりを繰り返してるプロの末端だという証拠なのかもしれない。

 幼い頃の自分なら、こんな勝利をうれしいとは流石に思わなかっただろう。だけど、プロになって散々負けてきた俺からすると超うれしい。

 純真無垢なレナード君はこの世のどこにもいなくなっていた。


「世間の評価で飯が食えるかっての」

「いや、世間の評価があればスポンサーに困らないじゃない」

 楽しげな相方の横で、俺は深々と溜息をつく。そう、プロだから勝てば良いとは思いつつも、だからと言ってスポンサーのつかない勝ち方はあまりお得でもないのだ。

 そしてリラも俺の突っ込みに初めて気付いたような顔で凍り付く。


 そこら辺、考えてなかったな?


 そんな中、不機嫌そうにベンジャミンが控え室の方から出てくる。荷物は飛行技師(メカニック)がもっているようだ。

 そして、負けたにもかかわらず相変わらずマスコミやスカウト陣に囲まれていた。

 ニヤニヤと勝者の余裕を見せるリラに対して、ベンジャミンは殺すような視線を向け、そしてその視線を俺へと向ける。


「はっ…あんな卑怯な方法でレースに勝とうが、これがお前らと俺の差なんだよ。あんなので立場が変わるとでも思ってるのか?何のスポンサーもついてない、誰のスカウトも受けないクソザコと、誰からもプロを嘱望されるこの俺様とじゃ生きてる世界が違うんだよ、雑魚共が!次会った時は、生きてた事が恥ずかしいくらいの大差をつけて叩き潰してやる!」

 ベンジャミンは負け犬らしい台詞を俺達に吐きつけて会場から去ろうとする。それを追いかけるマスコミとスカウト達。彼らは俺達に見向きもしない。


「マジ、ハンパ無いわー」

「普通、相手の武器をかっぱらうか?」

「とんでもない泥レースだったな」

「まあ、盗まれる状況を作る相手なんていねえからなぁ」

「いくら実力で敵わないからってアレはなぁ…」

 周りからも、呆れるような声が漏れている。案の定、思い切り周りの飛行士(レーサー)達に呆れられていた。


 そんな中1人の男がベンジャミンの近くへと歩いていくのが見える。


 男が現れた瞬間、周りの関係者は少なからずどよめきが広がる。何故かって?その男は俺でも見覚えがある超有名人だったからだ。

 何でこんな場所に?という疑問が過ぎる。いや、その疑問は愚問だろう。恐らく彼はベンジャミンをスカウトしに、クラブのスカウトと一緒に帯同していたのだろう。


「ロドリゴ・ペレイラ」


 誰かの呟きが耳に届く。

 そうだ、彼はあの世界最高のエールダンジェメーカーであるジェネラルウイング社の代表的な飛行技師(メカニック)だ。この業界における飛行技師(メカニック)の頂点に立った飛行技師王キング・オブ・メカニックの直弟子にして、三大巨匠の1人として数えられており、現役最高の飛行技師(メカニック)の1人でもある。

 あのロドリゴさえもベンジャミンを見にやって来ていたのだ。


 ロドリゴ・ペレイラの隣にいる同じジェネラルウイング社の人間らしき男がそそくさとベンジャミンの方へと行き、何やら自己紹介をして名刺データを渡してペコペコしている。

 恐らく彼はジェネラルウイング社のスカウトの1人だろう。ロドリゴと一緒に視察にでも来たのかもしれない。


 それにしても、こんな小さいプロツアーレースにとんでもない有名人が現れたものだ。


 ベンジャミンの野郎は得意げな顔でこちらを見て、ニヤニヤと笑って格の違いでも思い知らせようとでも思っているのかもしれない。

 負けたくせに面倒くさい奴だ。


 ベンジャミンはえらそうに踏ん反り返ってロドリゴ・ペレイラに挨拶でもしようかとしているのだが、当のロドリゴ・ペレイラはベンジャミンをスルーして通り過ぎるのだった。


「ブフーッ」

 ベンジャミンが偉そうにして迎えようとしていたが、思い切りスルーする大御所。

 あまりの様子に、周りのレーサー達は笑いを堪えるのに必死だった。無論、俺は吹き出してしまっていた。


 そしてロドリゴ・ペレイラは歩いて何故か俺達の方へとやってくる。まさか俺に用事が?いや、仕方ないなぁ。これこそが勝者の…


「嬢ちゃんが、リラ・ミハイロワか?」

 挨拶をしようとした俺をもスルーして、ロドリゴ・ペレイラは俺の横にいたリラに声をかける。


 周りのレーサーが笑いを堪えるよう俺を見ていた。

 あかん、ベンジャミンと同じ事をしてしまった。恥ずかしすぎる。


「そ、そうですけど」

 何とリラが敬語を使って返答をした。あのリラがである。俺の空耳かと思ったがどうやら違ったようだ。マジか?


「面白い調整だったな。出来れば万全な状況で戦わせて見たかった気もするが、その坊主が唯一勝てる調整になっていた。誰に習った?」

「別に誰にも習っては……。アドバイザはいますけど」

「確かにランディっぽい調整だが、全く別ベクトルの視点で調整されているからな」

「……もしかしてランディさんに聞いて見に来たんですか?確かに私達のアドバイザがランディ・ゴンザレスですけど」

「いや、過去に一緒にエンジニアチームを組んでるし、ランディの調整はクセがあるから、調整見れば何となくランディの教えを受けた事のある調整だなと思っただけだ。アイツが師匠って訳じゃないのか」


 リラは信じられないモノを見るようにロドリゴ・ペレイラを見ていた。あのいつも平常心で傲慢なリラがまるで尊敬でもするかのような熱視線をロドリゴ・ペレイラに向けている。

 俺としてはなんだか物凄く嫉妬心がムクムクと膨れ上がる。


 ロドリゴ・ペレイラはモバイル端末を操作し、軽快な電子音をならしてリラに名刺データを送る。

 リラは自分のノート型モバイル端末に情報が入ったのを見て目を丸くする。


「基本的に弟子は取らない主義だが、何か分からない事があったらいつでも質問しくれ。できる限りで答えよう」

「え?ええと、………それってスカウト……ではなく?」

「悪いけど、俺には君をスカウトする権限も無いし、今の君がウチに入団する事は100%不可能だろう。俺に師匠くらいの権力があれば良かったんだが。だから、まあ相談くらいには乗らせてくれ。それにしてもランディの奴も水臭い。こんな面白い原石がいたのなら連絡位よこしてくれても良いのに」

「げ、原石…?」

「まあ、スカウトは出来無いけど、将来、ウチに来てくれる事を願ってお近づきにって事だ。君の事だから、最新技術調査だけは金が無いから手をつけるのに苦労してるだろう。それはランディでも厳しいが、俺なら立場上簡単に調べられるからな。まあ、飛行士(レーサー)に苦労はしてないようだから、数年もすれば実績をつけてウチへの入団基準をクリアするだろう。早くこっちの世界に来いよ。それじゃ」


 ポンポンとロドリゴ・ペレイラはリラの頭を撫でてから、引き返して行く。

 ベンジャミンをスカウトしていた男は血相を変えて何やらロドリゴに抗議をしているようだったが、ロドリゴは全く気にした様子もなく去って行くのであった。

 どうやらベンジャミンは彼からすると眼中にさえないらしい。


「ま、マジか」

 リラが一番ポカーンとしていた。

「え、あのレースを見て、一番評価が上がったの、リラだったの?どこで?」

 俺はこの意味の分からない状況に放置されて、ただ1人ぼやくのだった。



***



 俺達は何か夢でも見ていたかのような気持ちで、予選決勝戦に向けてチェリーさんの作業場へと向かう。

 今日の事を俺達はチェリーさんに報告するのだった。


「一目で私がアドバイザだって気付いたの?」

 驚いたようにチェリーさんは目を丸くしてリラに訊ねる。確かにロドリゴ・ペレイラはリラの調整を見てチェリーさんの影を感じ取っていた。


「はい」

「…さすがというか何と言うか……まあ、彼は元々そういう恐ろしい能力を持った人だったからねぇ」

「そうなんですか?もしかしてトップメカニックって皆そんな感じですか?」

 俺は恐る恐る尋ねるとチェリーさんは首を横に振る。


「まさか。ただ、彼は本当に人を見る目が良いのよ。彼は飛行技師の王エリック・シルベストルが否定した飛行士(レーサー)であっても肯定して、一流に育てて来てるから。人を見るから、レースを見て、飛行技師(メカニック)が誰かを当てるくらい当たり前のようにするわよ。私も彼と出会わなかったら一流の飛行士(レーサー)にも飛行技師(メカニック)にもなれ無かったわ」

「まあ、チェリーさんがあのロドリゴ・ペレイラのゾッコンなのは以前から知ってたから今更だけどさ」

「私もリーちゃんの調整は面白いと思ってたし、自分とは方向性が違うから余計な手をつけないようにしていたけど、私の目が節穴じゃなかったって事なのかしら。あのロドリゴに目をつけられるなんてね」

「ま、まー、いずれは世界一になる女ですから見る人には分かっちゃうんですねー」

 ウハハハハハと、珍しく嬉しそうに照れ隠しをするように笑うリラであった。上の連中は皆敵だと言ってたくせに、ロドリゴに認められるのが嬉しくて仕方ないらしい。


「調子に乗りやがって」

 俺は釈然としない思いでぼやく。

 何故、戦った俺が評価されないのか。ベンジャミンがスルーされてザマアとか思ったけど、俺なんて誰の目にも映ってないんだぜ。

 もっと悲しくなるんですけど。


「何?てっきりレンが一番調子に乗るかと思ってたけど?」

 リラは不思議そうに小首を傾げる。

「?」

「ロドリゴさんが言ってたじゃない。飛行士(レーサー)には苦労していないようだから、スカウトする前に、実績を上げて入団基準をクリアするだろうってさ。つまり入団基準を超えるだけの実績が作れる飛行士(レーサー)だって誉められてたんだけど」


 ………言われてみれば誉められていた。


「………ま、まーな。ふっ、さすがかの錬金術師(アルケミスト)の異名を持つ男よ。俺の実力を見込んでいたという事か」

「気付いて無かったわね。そしてウザイ」

 ファサッと髪をかき上げて威張ってみるが、リラが何げに酷い突っ込みを入れてくれる。

 大体、俺にそんな言葉の細かい機微を察しろなんてわかる筈がないだろう。


飛行士(レーサー)なんて、基本アホで良いんじゃないかしら?」

「そうですか?元飛行技師(メカニック)飛行士(レーサー)の人が言いますか?」

「ロジックで物事を進めるタイプの飛行士(レーサー)ならそうでしょうけどね。ロジックを超えたタイプっているのよ。リーちゃんが向かう先はそれこそ飛行技師王キング・オブ・メカニック錬金術師(アルケミスト)さえ勝たす事が出来ない飛行士(レーサー)を頂点へと導かなければならない。むしろ、あのロドリゴ・ペレイラはレンちゃんを見てどういう評価を下したのかしらね」

 チェリーさんはニヤリと笑ってオレを見る。


 少なくとも、リラの前でスルーされる程度のレーサーのようだ。ベンジャミン同様スルーされてしまいましたよ。


「くそう、俺がリラ以下だと?飛べるのは俺なのに」

「アンタ、私じゃないと飛べないじゃない」

「それを言っちゃあお終いだよぉ」

 確かに俺はリラの付属物的な扱いだった事実を思い出す。


「くうう、いつかギャフンと言わせてやる」

「何で私を恨みがましそうに見るの?アンタの敵、私じゃないでしょ」

 リラは呆れたようにオレを見る。だけど悔しいじゃん。何でリラなの?もっとオレをチヤホヤしても良いのに。スカウトとか全然受けないし。何故だ!?


 するとチェリーさんが俺達の間に入ってフォローをしてくれる。

「まあ、一流になれば、飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)は馴れ合いじゃないからねぇ。特に飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)を選ぶ立場だから、飛行技師(メカニック)に舐められてちゃダメなのよ。レンちゃんがリーちゃんにライバル意識を持つのは悪い事じゃないわよ」

「そういうモノなんですか?」

 リラは指を頬に当てて小首を傾げる。


「そういうものよ。だって……飛行士(レーサー)よりも飛行技師(メカニック)の方が世界王者になった事のある人数は少ないのよ。現役でいられる期間の長さのせいもあるけれど、だからこそ頂点に立てる飛行技師(メカニック)は本当に一部だけなのよ」

 

 実際、複数の飛行士(レーサー)と組んで頂点に立っている飛行技師(メカニック)はいても、複数の飛行技師(メカニック)と組んで優勝している飛行士(レーサー)というのは少ない。飛行技師(メカニック)が変わったら勝てなくなる飛行士(レーサー)が多いのも事実だ。


「だからこそ、クラブスカウトは飛行技師(メカニック)に見てもらうのよ。将来のトップ飛行士(レーサー)候補を。まあ、そういう意味では……ベンジャミンもレンちゃんも不合格だったのかもしれないけど」

「ガフッ」

 チェリーさんに引導を渡された気分だった。


「ただ、少しだけ嫉妬しているわ」

「?」

 崩れ落ちているオレを尻目に、チェリーさんは珍しくリラに厳しい視線を向ける。リラは不思議そうにチェリーさんを見る。

「彼は飛行士(レーサー)に声をかけても飛行技師(メカニック)に声をかける事は無かった。それが、クラブの外にいるリーちゃんを自らアドバイザを買って出る程、才能を惚れ込んだと言う事実に嫉妬をするわ。私には何となくしか見えなかったリーちゃんの才能が、あの人にはもっとはっきりと見えているのかもしれないわね。旦那を実の娘に寝取られるってこんな感じかしら!」

「いや、私はチェリーさんの娘でもなければ、ロドリゴさんはチェリーさんの旦那でも無いじゃん」

 リラは素で突っ込みを入れる。うん、俺も同感だ。


 そして、何でその頂上決戦的な会話の中に俺の名前が一行たりともでてこないのだ。所詮俺は金魚の糞なのか?

 悔しくて涙が出そうだった。


 ちなみに翌日の決勝戦だが、対戦相手が準決勝で怪我をしたらしく棄権で不戦勝となった。なんだかあっさりと決勝トーナメントを決めるのであった。


 ただ、一つ分かった事がある。

 どうやら勝者は俺じゃないらしい。

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