2人の足跡
フィロソフィアカジノオープンの予選が開幕された。
スター候補生とも言うべき選手達が多くいる。予選なのでこれから活躍しそうな選手が多い。どこを見てもエールダンジェ雑誌に載っているような高校や大学などで活躍した選手が並んでいる。
俺は2ヶ月ぶりのレースに心を躍らしていた。
既にレース目前の俺は、競技場のスタート台の前にいた。
レース開始1分前を切る。
背後にはハーフタイムに飛行技師が調整する為の作業場があり、そして相棒リラ・ミハイロワの姿があった。過去に何百回と飛んだレース場は自分の庭のようでもある。
俺は、多くの声援を受けながら、颯爽とレース場のスタート台と呼ばれる飛行士の出発する壇上に足を掛けていた。
「さあ、行こうか」
カウントダウンが始まり数字がコミカルに踊る。約1年半ぶりのフィロソフィアだ。
「何かっこつけてんのよ。腰が引けてるわよ、相変わらず」
リラがジトッとした視線を俺に向けて呆れた様な声を出す。
うん、スタート台、ちょっと高くなっている縁に足を置いているだけだ。怖くてそれ以上前にはいけない。だって、このレース場は直径250メートル、高さ250メートルの中空円柱形状になっていて、スタート台の位置はちょうど中央。つまり高さ125メートルと言うちょっとしたビルの最上階と同じくらいの高さだ。窓のない高層ビルの上に立つなんてできるか?怖くて当然だろうが!
俺は素直に相棒の方へ視線を向けて、高所に恐怖で凍りついた引きつった笑顔を見せる。
リラは念を押すように基本作戦を授ける。
「対戦相手は近接系、スピードは遅いから早々つかまることは無いと思うけど、見ての通り捕まったら終わりだから油断しない事」
リラが説明するまでもなく、スタート台の正面にある対戦相手のスタート台の上に立っている青年はレスラーのような筋肉ムキムキなガタイをしている。茶色い髪と白い肌、濃い顔をしたイタリア系って感じの男だ。
相手に掴まれる事はあまり無いが、体で壁に押し付けて相手から片っ端から点数を奪っていく、そういう戦術を取る相手もいた。さすがに体格差があるとも逃げられない。ぶつかればバランスを一方的に崩しやすい。恐ろしく面倒なのだ。
「まずは本選出場だからね。相手が誰だろうと負けないから」
「分かってるよ」
カウントダウンが1桁になる。俺は気持ちを落ち着けてスタート台に足を置いてスタート態勢に入る。
そして0と同時に出力を上げて白銀の翼を広げ、スタートを切って空へと飛び立つ。
俺のスタートはセオリー通り、円柱を右回りで飛ぶ。だが、相手はセオリー無視の左回りで俺の飛ぶ方へ直接叩きにやってくる。
俺は正面から向かってくる相手に対して、一気に急上昇して相手を振り切る。
確かにパワーはありそうだけどスピードは大した事がない。
事前にリラに見せられたレース映像通りの遅さだ。一瞬で振り切ると同時に、相手の方向転換のタイミングを見極めて右手に持った重力光拳銃の照準を相手の腰に向けて撃つ。
得点のブザーと共にレース場に映っている俺の名前の下に点数が入り、相手の腰部のポイントが落ちたのが見える。
相手も撃って来るが、そんなスピードで照準を定めても、エールダンジェはもっと速く動く。俺は簡単に相手の照準から外れる事が出来た。
直線的に追ってくる相手を俺は小さく蛇行をしながら攻撃をかわして逃げる。
相手は点を取られて慎重になったようで、しっかり守りを固めて追いかけてくる。年齢は倍以上ありそうな相手だが、1点取られてから慎重になるなんて甘い。そもそも最初に1点を取るか取らないかで負けるなんてのは致命的だ。
俺は逃げながらも、攻撃が当たらないのを覚悟でばら撒くように重力光拳銃を射撃をする。
相手は照準が向いていると勘違いして必死に蛇行をして逃げに走る。そうするとスピード差はさらに歴然とする。俺はそこで一気に加速して急旋回をしつつ、相手の届かない範囲で近くを通り、すれ違い様に重力光拳銃のトリガーを4度引く。
相手も応戦して来たが、照準が合って無いのがバレバレである。盾を使う必要さえなかった。
そして、オレの射撃が相手の右腿に当たったようでさらにポイントが入る。
当たればラッキーくらいだったが、今日はついているようだった。
とはいえ、このまま相手に張り付くのは危険だ。距離を取りながらスピードで攻撃をかわしつつ射撃で攻撃をする。
試合時間は前後半合わせて20分ある。20分も逃げ続けるのはかなり難しいので、最低でも5点を取って余裕を手にしたい所だ。万一近接に捕まったら2点以上は確実に奪われてしまう。
頭、胸、腰、両肩、両腿の7点を先に落としたものが勝利条件のこのエアリアルレースでは、盾で防御が出来るので、射撃戦だけなら1ポイントだけ死守する事は難しくない。
逆に言えば6失点になった時点で、KOが難しいから勝利がなくなったともいえる。
その為、6点を奪われた相手は起死回生の近接による逆転KOを狙ってくるのが多い。それが俺としては一番嫌だった。なので6点ではなく5点で止める。そしてそのまま逃げ切るというのが一番理想的だった。
相手は遅く、俺を捕まえるような戦略は無さそうだ。前半の10分で既に5対0という理想的な点差で折り返す。
俺はスタート台に戻るとリラはすぐさまにエネルギーの充填とプログラム修正を行なっていた。とは言っても、修正は俺がレースをやっているうちに終わっているので、もっぱらデータ交換を充填ついでに行なうといった話であるが。
「どう?」
リラはエールダンジェに充填器を電力供給装置に差し込みながら、オレの戦った感触を尋ねてくる。
「まあ、問題ない相手だとは思うよ」
「もしも相手が詰めて来たら一度慣性飛行に戻してから一気に加速しなさい」
リラは親指で中指をトントンと2度叩くようなしぐさを見せる。
慣性飛行時から加速飛行、加速飛行から慣性飛行にする場合に中指と親指を触れさせる事で切り替えるのだが、2度触ると言う事は一瞬だけ慣性飛行に戻すと言う意味をする。
「………どういう事?」
俺は意味が分からず首を傾げる。一瞬でも慣性飛行にして操作を止めるのはあまり宜しくない。それを勧める理由が分からなかった。
「運転モードから慣性モードに切り替えるとき稼動していたエネルギーが少しだけ溜まるのよ。それを利用して溜まったエネルギーを加速時に使うエネルギーを加える事で、このスポーツタイプのエールダンジェが本来持たない急激なエネルギー増加を一瞬だけ増やせるの。名付けてブーストアクセル」
「何、それ、凄い。何かのパクリ?」
「さあ、そういうネタは無いけれど、というかそういう状況になる事がプロでは機体性能上起こり得ないから耳にもしないけど。貧弱なエネルギーパックと強力な重力翼制御装置だからこそできる、一瞬だけプロ仕様並みの出力に上げる方法を探ったの。でも、ユニバーサルエアロスポーツ社から発表された『瞬間移動』のプログラムに似た調整があったかも」
「まさか、俺もそれを極めれば『瞬間移動』の使い手に…」
俺はトッププロでさえほとんど使えない超高等技術が出来るのかと思って期待したが……
「無理だから。あの技はプロ仕様じゃないと出力不足で出来ないから」
リラはブンブンと手を振ってあっさりと否定する。少しくらい夢を見せてくれてもいいのに。
「そ、そうなんだ」
「使わない事に越した事は無いけど、散々捕まって負けてきたからね。保険の為に考えておいたのよ。もしも、ヤバイと思ったら頭の片隅に置いてってだけね。咄嗟の時にそれが出来るとは思って無いから」
「まあ、確かに。でも、うん、咄嗟の時が万一にも起こる事を考慮して、頭の中に一度慣性モードに落とすことは考えておくよ」
「うん」
と、言っていた側から、後半終了間際で使う機会がやってきてしまうのだった。
後半は既に大差がついている状況、圧倒的有利の中で俺はあっさりと1点を取って6点に追い詰めてしまった。あまりにも無防備だったので5-0で逃げるつもりがうっかり6点を取ってしまったのだ。
すると、相手も左肩のポイントだけを盾で隠しながら、俺に無謀な突進を延々と繰り返してくる。KO以外に勝利が無いからだろう。射撃戦はもうやめたらしい。
そんな無謀な突進を繰り返す相手に対して、俺はマタドールのようにヒラリヒラリとかわす。その度に観客からは歓声が湧き上がるのだが、流石におれも10分間も延々とこれをやらされるのは厳しい。
その疲れが出てしまったのだろう。
レースの隅に追い詰められた俺は相手のタックルをもろにくらいそうになる。
その刹那リラの声が脳裏に過ぎり、俺は一瞬だけニュートラルに落として一気に超急加速する。
すると、自分でも予測しなかった急加速がエールダンジェに走る。刹那の瞬間に相手に詰められるより速く、相手の脇をすり抜けて近接範囲から離脱する。
「いつもなら捕まってたシチュが見事に回避できた!」
さすが我が相棒である。
そして俺もこの相棒に応えなければならない。すれ違って相手の背後に回った一瞬、確かに見えるのは相手の左肩のポイント。盾で隠されてどうしても当てる事のできなかった場所も背後に回りこんだ一瞬ならば露出する。
俺は照準を左肩に合わせてトリガーを引く。
ビーッ
俺の射撃が当たると同時に試合終了のブザーが鳴り響く。
『7対0 レナード・アスター選手、KO勝利です』
観衆からの大きな歓声が響き渡る。
俺はレースが終わると相手と握手をしてから、速攻で入出場口であるスタート台に戻り、リラとハイタッチをする。
「凄いよ。上手く逃げれた」
「まあ、色々と苦し紛れだったけどね。余計な工程を飛行士に使わせるのは飛行技師として問題だけど、まあ、無茶の代償だから仕方ないよね」
「相手のしつこさはハンパ無かったからなぁ。今回のこれは凄いよかった」
「とはいえ、次回は相手もこれがあると推測してくるからちょっと厄介だけどね」
「ああ、そう事になるか」
「まあ、使いどころを間違いないようにしてね。何度も使える技じゃないからさ」
「分かってるよぉ。うううう、俺が解決する前にリラに解決されるとか」
「解決してないし。相手が弱いだけだし。根本的な問題はレース用エールダンジェの入手。せめてこの大会で優勝できれば賞金でゲットできるのに」
「どこまで高望んでるの!?」
リラは楽しげに笑い、俺は苦笑する。
とはいえ、2人で試行錯誤して、それが上手くいって勝った時、リラはすごく嬉しそうに笑うのだ。
その笑顔を見られるだけで嬉しくなる。いつも殴られてるだけに。
***
俺とリラがレース場を後にし、着替え終えると選手控え用ロビーに出ると、 桜さんが迎えてくれる。昔は車椅子だっただけに、普通に立っていると一瞬どこの美少女だろうって思ってしまう。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「レン君は相変わらず変わりませんね。さすがと言うか…、ところでリラ。最後のレン君の超加速はなんだったんですか?」
桜さんは凄く興味深そうにリラへ尋ねてくる。
やはりあの加速に関しては一見で気づいてしまうのか。さすが飛行士でありながらも飛行技師でもある人だ。
だからこそ、リラも多用できるものでは無いと言っていたのだろう。分かる人には分かってしまう、そして対策も練られてしまうからだ。
「まあ、エールダンジェの機能を利用して、どうにかこうにか搾りかすのような燃料を溜めて加速力を向上させる技術といった所かな?」
「自分で考えたの?」
「まあ、一応」
「以前に誰かがやってたのを見た気がしなくも無いですね。とはいえ、致命的な弱点だと思ってた部分を、このレベルでその機体を使ってクリアしたのは素晴らしい戦果だと思いますよ」
「え、そういうのってあったの?くっ、知っていれば苦労なんてしなかったのに」
リラは戦果を誇るでもなく、悔しそうにする。彼女は偉業を同様に思いついた自分は凄いなんて感傷に浸らない。
過去に行なっていたのであれば、その飛行状態を解析するだけで、簡単にやり方もプログラムも作れるからだ。一々考えた時間が無駄になるという考えはリラらしくもあった。
「いや、プロがやっていたような技法を自力で編み出したのはある意味で偉業なんですけど。貴女ってそういえば昔からそんな子でしたね」
桜さんも同じような意見を抱いたようで呆れたように笑う。
「いずれ超える相手の道をトレースしても意味ないじゃん。そういうのは前もって知っている事の筈なんだから、ひょいっとつまみ食いすれば良いのよ」
リラは臆面もなく口にする。
実際、強豪クラブチームなんかは、最新飛行技術の基礎プログラムは全て公開している。
その基礎プログラムを元に、自分の飛行士が使えるように飛行技師が調整する事自体が難しい事だし、技術を見たからには即座に解析される昨今、発明した飛行技師が公開するのは一種の発明者としての誇示でもある。
「それこそが、飛行技師において知識や経験が必要とされる由縁でしょうけどね」
「ううう、知識不足が恨めしい」
リラは大きく溜息を吐いていると、場内放送が流れる。
桜さんへの召集案内だったようだ。そろそろレースが近いという事らしい。
「次は桜さんですよね」
「ええ。レン君ほど上手く勝てるかは分かりませんが、全力を尽くします」
サクラさんはいつもの上品に笑うと、レースの個別控え室の方へと向かう。
暫くして、桜さんのレースが始まる。
俺達はロビーでそのレース映像を眺めていた。
フィロソフィアで行われていた普段のカジノでは圧倒的な能力を示していた桜さんだが、今日のプロレースでは、相手のスピードに押し負けて翻弄されていた。
だが、堅実な戦闘方法で失点を最小に抑えつつ、相手の弱点を巧みに突いて、すれ違い戦のような近接でポイントを稼ぐ。
結局、ハーフタイムを含めた25分をフルに使って、4対3で勝利を収める。
「何だか桜さん、弱くなった?」
「違うわよ。回りが強くなったのよ。まあ、このレベルでも駆け引きや堅実な防御で勝てるのは、さすがカジノで最強を誇った実力者って所ね。ただ、後期中学レベルで全国大会の領域を出れていないのは事実よ。グレードEで本線に上がれないプロ飛行士をFランク飛行士と呼ぶけど、まさにそのレベルなのよね」
「それいうなら、俺もだけど」
「レンはどっちかって言うと……グレードEの本線に出れるレベル、Eランク飛行士だから。っていうか、同じ世界ランキング0ポイントでも、カテゴリが違うし」
俺の方がレベルが高いとでも言いたいのか?
とはいえ、エールダンジェの専門誌などではオレの情報なんてほとんど載ってないが、桜さんは度々顔を見せる程度に有名な選手だ。俺が載るのは『今節の最年少選手』という欄で名前だけである。
そもそも桜さんは元前期中学の月王者、後期中学の女子最強選手、ベジェッサ育成部門の上位ランカーという肩書きはかなりでかい。
容姿が良いのでチヤホヤされている面もあるのが否定できないが。
「あと2つ勝って、予選決勝に早々と駒を進めるわよ。誰が来ようと、育成世代の試合ではなく、日頃からステップアップツアーの予選に出てる我々こそが先輩であるところを見せないと」
「言われて見ればそうだったね」
そう、フィロソフィア中層にいた頃はカジノで長らく戦っていた桜さんが俺達の先輩であった。
しかし、ウエストガーデンに戻ってプロ活動を始めた俺達に対して、桜さんは強豪クラブの育成チームに入って育成世代の中で戦っている。つまり、プロとしてのキャリアは確かに俺達の方が上になる。
いくら桜さんの知名度が高くて年上であったとしても、負けるつもりは毛頭ない。
それにフィロソフィアにはカイトが来ていた。あの事件でどうなったかは分からないが、もしも生きているならきっとオレの事を見ているだろう。俺がプロでやり続ければきっともう一度会えると信じるしかない。
***
翌日、フィロソフィアカジノオープンの予選2回戦が行なわれている。
この日も250メートルの中空円柱型スタジアムには多くの観客が詰め掛けていた。
スタジアムは透明な遮断板越しに10万を超える観客が場所狭しと集まり、莫大な金額の金がカジノ内で流れている。
予選2回戦の対戦相手の名前はシャイフ・イブラヒム選手。中東系の顔立ちと肌の色をしており、漆黒の軍用遺伝子保持者の瞳、茶髪を短く刈ったような容姿で、背が高く手足の長いヒョロッとした感じで、レスラータイプではなくキックボクサータイプのファイターといった印象だ。
大学での実績はほとんどなく、そもそも大学リーグ真っ只中でこのレースに出るのだから、大学リーグのチーム代表になれない選手。
だから、強い筈は無いとタカを括っていた。実際、俺よりもオッズが悪い。
レースが始まるとその予想は確信になる。遠距離は強いけど、スピードが遅く全然俺に近づけないから当たる程、近距離に近づけられていない。
火力の強さでバランスを崩した所を叩くという遠近両用タイプで、フィロソフィアの中層にいた頃によく戦ったタイプと言える。
とはいえ、どっちつかずでどっちも使えないという印象を受ける。彼もまた俺と一緒で世界ランキングポイントを持ってないし、実績もほとんどない。
どうもこの大会の1回戦を勝ったのがプロの予選で初勝利したような俺よりも遥かに格下の相手だった。
前半戦、3対0でリードしたまま折り返す事になったのだが、予想以上に疲れたのは事実。俺は息切れをしながら、ハーフタイムになってリラの元へ戻る。
「何か疲れた」
リラはオレの感想を聞きつつも、テキパキと胸部についている外部装甲を外して電力供給装置の充填作業をする。
「掌の上で転がされてるからよ」
「どういう事?」
やっと余裕が出来たところでリラが俺に放った言葉はかなり辛辣だった。
「相手は飛行技能が低い。大学に入ってからプロ資格を取ったくらいで、レンとなら、飛行勝負をすれば100回やって100回勝てないレベルね。プロツアー以外の戦績は見れないから分からなかったけど、団体戦のオフェンス専門で、ピンでは弱いタイプなんじゃないかな?」
「ああ、言われてみれば、そういうタイプは団体戦で見かけるね」
団体戦はスペシャリストでも他に活かされる事で活躍する選手もいる。飛行が下手でもチームメイトに守られて、後ろからガンガン攻撃を仕掛けるオフェンスのスペシャリストとか見かける。
彼のオフェンス能力が大学で通用するかは怪しいが。
「ただ、多対多で戦ってる経験値がある所為か先読みが上手いのよ。自分が何をすると相手がどんなアクションをするかが分かってるから、何手も先を読んで動く。結果としてレンは息をつかせてもらえてないから疲れる」
「な、なるほど。どうすれば良いんだろ」
「自分からアクションする事ね。相手に先手を打たれる事で後手に回るから。まあ、それは昔からのレンの悪癖なんだけど。ここで負けたら承知しないわよ?」
「う、ういっす」
「さあ、準備万端。予選では特にやることは無いからしっかりと閉めて来ること。負けたら本当にモグわよ」
「ひぎっ……あ、あの、リラさん。女の子なのだから、あまりそういう怖いことは言わないで下さい」
「ほら、チンタラしない。後半始まるわよ」
「は、はーい」
リラはパタンと俺の外部装甲を閉じて、スパナでエールダンジェのボルトを締める。
ウチの相方は本当に怖かった。偶にスパナでボルトじゃなくて俺を締めるのだ。見た目は天使だけど、中身は俺より男らしいってのは些か問題があるように感じる。
俺が学校でモテないのはいつも隣にリラがいるから、女々しさが目立っているのではなかろうか?鏡を見るに俺は結構いけてると思うんだけどなぁ。
気のせいかな?気のせいだな。
「そうそう、あとね、減速方向の感度を緩めたから。相手に合わせてスピード緩めないように」
「無茶苦茶な!」
こういう機体にハンデつけて飛ばせるとか、メカニック的にありなのか?
加速より減速が大きい設定なのが常識だ。ブレーキが利かない飛行車なんて存在しないのと同じだ。
最高の状態の機体で飛行士を送り出すのが飛行技師の仕事だって聞いた事がある。ウチの相方は偶に常識を無視する。
カウントダウンは0となり、俺は気持ちも整理つかないままに、アクセルを握り、白銀の翼を広げて慌てて飛び出す。
確かに普段から緩めるよりも、空気抵抗を使った減速しか使わないけど、だからってブレーキを緩められるのは心許ない。
対戦相手よりも自分との戦いになってしまった。
俺は必死でアクセルを握りながら相手とのポジション取りを制して、相手の利き腕と逆方向から攻撃をする。
相手は近接狙いでスピードを緩めて近付こうとするのだが、こっちとしてはそれにあわせてスピードを落としたくても落とせないので、そのまま追い抜いて再び好ポジションを取りにいかねばならない。
結局だが、意味のないエンドレスを繰り返す羽目になっている。
とはいえ、相手の攻撃は当たらないが、こっちの攻撃は当たる。どんどんポイントを奪い、後半の3分で3対0から6対0に一気に突き放していた。
だが、勝負はこれからである。
6対0になると相手は左肩のみを守れば後は失うものは何もない。
予想通りというか、重力光盾を左肩密着してこっちの射撃をあたらないようにしつつ、一気に俺へ突っ込んでくる。近接による一発逆転KO狙いだ。
ツアーに出場して、負けている大半がこれだ。
そして俺が一番苦手なシチュエーションが近接の専門にただくっ付きに来る為だけに追われる事だ。
そのタイミングをコントロールする事で無理なく勝ちたいところだが、スピードを緩められないので、攻撃のタイミングが逆に早くなってしまい、相手を速く6失点に追い詰めすぎたような気がする。
まだ7分も試合はあるのだ。逃げ切るのは至難の業である。
結局、俺は今も盛大に逃げ続けている。
昨日の試合ではKO勝利だったが、普通はKO勝利するというのは困難だ。6点を取ってしまえば、どうせラスト1ポイントは奪えやしない。
背後から俺を追いかけるのはシャイフ選手。重力光拳銃を撃って来るが、俺は上下左右に機動させて、円柱を時計回りで回る様に逃亡する。
右、左と急角度で曲がりながら移動していると、イブラヒム選手は右上の方から重力光拳銃を向けて連射してくる。こうやって相手が破れかぶれの連射をしてくると、相手のエネルギーは切れやすい反面で、ドサクサ紛れの一撃が俺に当たってしまう恐れもある。
俺は一気に急降下して振り切ろうとするのだが、散々逃げていたのでポジションが非常に厳しい。円柱形状したレース場のボトム部分、円形ではなく角になっていて非常に曲がり難い状況になっていた。
「しまった!」
このレース場で数百戦とやっていたくせに、こんなミスをするとは自分でも驚いてしまう。
だがよくよく考えればリラの言ったとおりで相手はそこへ追い詰めようとしていたのだ。
相手も嵌った事を確信して一気に詰めに来る。逃げ場がない。完全に角ばった円柱の端に追い詰められて飛行を続ける。中央をイブラヒム選手に抑えられてしまい、逃亡するにも近接を裂けられない状況になっていた。緩急を使って速度を遅くしようとした時に、リラの設定が頭を過ぎらせる。急減速が出来ない状況だった。ならば加速するしかない。
だが相手は既にこちらの手を読んでいたようだ。一瞬先に相手が加速してオレの逃げ先を塞ぐのだった。
壁ギリギリを沿ってすり抜けようと壁に向かってぶつかる勢いでさらに加速するが、相手のリーチは予想以上に長かった。
そういえば、この人、めっちゃ手足が長かった!
俺は心の叫びと同時に、相手の|ライトシールドによる体当たり《シールドバッシュ》にぶつかって右肩のポイントと同時に吹き飛ばされて競技場の重力制御膜にぶつかりプラズマを飛ばす。
やばい、これは負けパターンだ!
相手は盾を使ってさらに俺を競技場の斥力壁に重力光盾で挟み込んで捕らえる。
同時に俺の胸と腰のポイントが重力光盾に押し付けられて落ちてしまう。
あっという間に6対0が6対3に点差を詰められる。
だが俺は逃げれていない。苦し紛れで重力光拳銃を使って相手を押し返そうとするが、相手は重力光拳銃から重力光剣へと切り替えて俺の右手を叩く。
俺はそれによって右手に持って重力光拳銃を取りこぼしてしまう。
「くそっ!」
もはや手がほとんど残されていない。
こっちも左手に持つ重力光盾を展開して相手を押し返そうとするが、今度は相手が少し引いてオレの押し返しをかわし、シールドバッシュで両腿のポイントを叩きつぶすように奪ってくる。
「!?」
相手は、飛行でも駆け引きが上手かったが、近接の駆け引きでも俺を遥かに上回っていた。ポイントが更に2つ落ちる。
既に6対5と1点差に迫られる。逃げたくても逃げられない状況はまだまだ続く。
もはや俺に残されたポイントは頭と左肩のみ。俺は必死にポイントを守るように重力光盾で左肩と頭を守ろうとする。
ドガッ
相手は強引にパワーを使って俺の持つ重力光盾を重力光剣で叩き落して、同時に左肩のポイントを奪い取る。
ついに6対6の同点だ。武器も防具も失い攻撃も防御の手も失っていた。
だが、俺はそこで1つ思い出す。アンリに近接を習ってから昨今、俺の腰には重力光剣も腰のホルスターに刺してあった。
「終わりだ!」
相手はオレの左肩を撃ち据えた重力光剣を今度は上段に構えてとどめとばかりに俺の残った頭のポイントを奪いに来る。
その時、攻撃に気を取られた相手が、左肩の防御がおろそかにしている姿を確かに目に入った。
「負けて…負けてたまるか!」
俺は左腰に差していた重力光剣の出力を上げて一閃する。
互いの光刃が交差する。
ビーッ
そして、試合終了のブザーが鳴り響く。俺は頭に喰らった痛みに顔を歪めながらも右手で振った重力光剣の感触を思い出す。
恐らく、ほぼ同時に互いのポイントを触っていた。叩いた感触と叩かれた感触は自分でも分からない位、同時だった。
『7対6 レナード・アスター選手、KO勝利です!』
幾度となくカジノで聞いていた電子音声が鳴り響く。
ホッとため息が漏れる。
薄氷の勝利だった。敢えて勝因を挙げるなら、最近、重力光剣の練習をしていたからだろう。
アンリに教わった技の1つが見事に嵌った。ホルスターに収まっている状態からブレードの出力を使って撃ちだすように攻撃を仕掛ける、高速の居合い切りを仕掛けるという技だ。
まさか一度もアンリ相手に取れなかったポイントを実戦で取れるとは思っていなかった。
俺は近接で負けていただけに、また負けパターンに嵌ったが、1回戦ではリラの機転、2回戦では俺の近接戦闘練習の成果が出て、ちゃんと成長している2人の足跡が残せた事が嬉しかった。
「く……。負けたよ。結局、テクの1つも出させずに温存されたまま負けるなんてな」
相手のイブラヒム選手は悔しそうに呟く。
「?………いやいやいやいや、温存とかしてないですから!テクなんて持ってないですから」
「は?」
「自慢じゃないですけど、俺はジグザグ飛行と急旋回以外はスピードで飛ばす以外に何のテクも持ってないですよ?」
「あれほど飛べるのにテクを持ってない?」
「というか、やれば出来るかもしれないですけど、テクの練習とかした事ないですから」。
「そ、それじゃあ、何の練習をしてるんだ?」
イブラヒム選手はオレを見て不思議そうに訊ねてくる。
「俺はとにかく速く飛びたいので、練習はいつも基礎飛行練習だけしかしないですね」
「基礎飛行?あんな旧時代の僧侶の苦行みたいな反復練習の何が楽しいんだ?」
「え?俺、速く飛びたくて、それをするにはとにかく基礎練習あるのみですから。大体暇があれば一日中基礎飛行練習してますし。他の練習とかできればしたく無いっていうか」
この人は何を言ってるのだろう。
とにかく速く飛ぶためには基礎飛行が重要なのだ。それ以外の練習などしたくはない。俺はとにかく速く飛ぶ為に基礎飛行練習を毎日暇があれば飛び続けている。家に帰っても暇があれば、その場で止まったまま基礎練習の練習として、姿勢制御練習をしている。
むしろテクなんて俺には不要だ。楽しいのはもっと速く飛ぶことだけだ。
だが、俺の思いとは裏腹に、まるで変な子供を見るようにイブラヒム選手は俺を見ていた。
「なるほど。…そういう事だったのか」
「大体、そんな温存なんて偉そうな真似したら、ウチの相方にスパナで頭叩かれますもん。不甲斐ない試合とかしたらホント、後が怖いっていうか…………やべーな、今日の試合見事に相手に捕まっちまったけど……。あの、一緒に謝りに行って貰って良いですか?」
俺は自分で口にして、とんでもない事に気付く。
うん、本日のレースの出来は見事にリラさんの逆鱗に触れること受け合いだと思われる。
「基礎練習か………私に足りないモノが何か分かった気がしたよ。今日は良い勉強になったよ。明日も頑張ってくれ。いつかトッププロチームの選手として、もう一度戦いたいね」
何だか勝手に納得して、イブラヒム選手は握手を求めてくるので、俺は握手で返す。
そして俺達は互いのスタート台の方へと向かうのである。
やっぱり、一緒にリラに謝ってはくれないようだ。薄情な人だ。いや、まあ、勝った相手に謝るのもおかしな話か。
だが、よくよく見ればイブラヒム選手は飛行技師もつれてきていない。大学リーグにも出れないような立場では、プロになっても本当に大変なのだろう事がよく分かる。今の俺のスポンサーも決まらず、世の中の厳しさを味わっている状況で社会人になってしまうのだ。きっと大変なのだろう。
俺がスタート台に戻ると、まあ、案の定、雷ならぬスパナが落ちた。
今日の戦闘よりも痛かったとだけ付け加えておこう。