大きい流れに逆らうような力なんて無い
俺は明日レースだというのに、レンタルエールダンジェを使って市内を暴走していた。高い場所を飛ぶのが怖いのでかなり低空飛行だ。
(あの黒服連中から振り切るのは訳がない。だがこれはちょっとやばいのではないか?レース前日だと言うのに、空を飛ぶのが怖すぎる。なんじゃこれは。気持ち悪い。飛びたくない。だけど…)
「そこの子供!とまれ!」
「ちょろちょろと逃げるな!」
黒服の連中もエールダンジェを使って追いかけてくる。
都市内では時速100キロまでしか出せないのでそこまで早く飛ぶことは出来無い。重力制御装置で動くので、基本的には出力が上げられないのだ。
時速100キロの市街でのチェイスが始まる。
「勘弁してくれよ!」
俺は人混みを縫うように彼女を抱えたまま逃亡する。
背後から追ってくる黒服達もさすがに一般市民に向けて銃は撃てないらしい。だが向こうは一般市民にぶつからないよう高さ3メートル程度の高い場所で飛んでいるので、簡単に振り切れない。
「す、凄いですね。こんな速度で誰にもぶつからないなんて」
「背に腹は変えられない」
「拳銃ですか?」
「違う!高いのが怖いの!」
「え!?」
そりゃ、こんだけ飛べる人間が、実は高所恐怖症とは思うまい。
だが、自慢ではないが、俺はコーナリングにはかなりの自信がある。時速100キロ程度の速度ならば半径2メートル程度の曲線で180度曲がれる自信がある。基礎の賜物とも言えるだろう。
「それよりも、加速度大丈夫ですか!?エールダンジェしてないと加速度がきついって聞くけど」
「だ、大丈夫です。結構頑丈なので」
「それなら重畳」
抱きかかえているお姫様は意外とタフなので、思い切って逃げれそうだ。
とはいえ、追いかけて来ている黒服の連中らからは追いつかれもしないが、振り切るのも難しい。低く飛べば人混みの中で騒ぎになるのでばれてしまう。というか、警察に見つかったら補導確定だ。飛行士資格は脅かさないだろうが、公道の飛行資格は一発免停と罰金は間違い無しだろう。
ただ、さすが娯楽都市なだけはあり、映画の撮影か何かと思っている人が多く、警察が動く様子も無かった。
「あの、次を左に曲がって、曲がったら直右の細い路地には入れますか?」
オレの抱えている少女はいつの間にかモバイル端末を使って地図を見ていた。
「何故?」
「エールダンジェに慣れない人は通り難い道のはずです」
意外と冷静な少女に、俺は従うように左に曲がって直の路地へストレートインする。横幅は2メートル程度、確かに狭くてエールダンジェに慣れない人はそもそも入るどころの幅じゃない。俺が超高速のまま入り込むと後ろの連中はついてこれなかった。そもそもこの狭い場所を飛ぶ能力がないようだ。
追いかけていた連中も慌てて路地の前で小高いビルの上まで登ろうと急上昇を始める。そんなタイムロスを許すほど、俺も甘くは無い。戦いは苦手だが、こういう操作技能勝負はかなり得意だ。
それから20分ほど、エアリアルレースよりも長く飛行する事で見事に逃亡に成功した。
抱きかかえていた少女のナビのお陰もあったが、その所為で逆に市街地域から離れてしまっていた。
俺は彼女を下ろしてぐったりしていた。
「はあ、ここまでくれば大丈夫かな」
「助かりました。それにしてもあんなジェットコースターみたいなエールダンジェは初めてです」
「いや、もう変な事に巻き込まないで欲しいんだけど。俺、明日に備えての準備が…」
げんなりって感じでオレが肩を落としてぼやく。
逃亡によって市街から少し離れたビルの上に到着している。
彼女がモバイル端末で言われるままに逃げていた為、もはやここがどこかも分からない。実は俺もどうやって帰ろうかと考えている始末だった。何せ時速100キロほどで20分間以上も飛び続けていたのだ。右に左に曲がって来たが、直線距離でもチェリーさんのビルから数十キロも移動している。戻るのが面倒すぎる。
フィロソフィアという居住区は、閉鎖された場所で、南側はウエストガーデンの産業廃棄物のゴミ山が見え、東側は宇宙航空便の発着場になっているので隣接都市と繋がっているが、北側と西側は巨大な壁で封鎖されている。
俺が彼女を運んで辿り着いたこの場所は、丁度北の壁に近いビル群が並ぶ一角だ。オフィスビル街といった様子だった。天蓋まで繋がる建物は一切ないので平べったい印象を受ける。
「とりあえず、ビルから降りますか」
少女はビルの屋上についている中へと入る出入り口を指す。
俺もここからエールダンジェを使って飛び降りるのは、高くて嫌だから、それに従う事にする。背後の黒服が怖くてかなり必死だったが、未だに心臓がバクバク鳴るほど大変だった。そもそもここも高くて怖いし足がガクガクする。
ビルの屋上にある出入口を開けると、中は真っ暗だった。
今日は木曜日、平日でありながらもまるで人の気配が感じられない。内部の機能は失われているようで小さな電子音や空調設備の音も聞こえない。ちょっとひんやりしていた。
廃ビルなのか、今日はたまたま休日だったのか?
当然、人がいないので階段を下りるとカツーンカツーンと自分の足音が異様に響く。
「不法侵入にならないかなぁ」
「まあ、さっさと出てしまえば大丈夫ですよ。とはいえ、勝手にエレベータを使ったら怒られそうですね」
「っていうか、このビル人が使ってないんじゃないかな?エレベータとかも動いてないような気がする。でも逆に人に見つかったら超怒られそう」
「まあ、こちらはエールダンジェに乗って不時着したとでも言えば」
「そ、そうだね。ただ…、ここが既に20階という時点で、降りる気力がかなり萎える」
「だったら、エールダンジェで飛んだらどうですか?」
「やだよ。視線が高くなるのは怖いし」
何故か変なモノをみるような視線を向けられてしまう。おかしな事を言ったのだろうか?
「エールダンジェでここまで登ったのに?」
「必死だったし、下見なかったし。高所恐怖症なんだから仕方ないでしょ。階段を降りるにしても下を見るのは結構怖いんだから」
「ふふふ、変わった人ですね」
少女は上品に笑って俺を見る。すこしだけドキッとさせられるが、少しだけである。
スパナを振り上げる相方の姿を思い出し、何となく後ろめたい気持ちが過ぎる。いや、別に浮気とかじゃないよ?
それにしても暗い。人がいなかったのがよく分かる。
13階に降りた時に、俺より先に階段を下りていた少女は、オレが歩くのをとめるように手を前に出して抑える。
「人がいます」
「へ?」
「おかしいですね。ビルは使われていないのに、人がいるのは」
確かにビルは使われていないようだ。普通ビルの照明は使っているのであれば点けられる、あるいは人のいる場所や歩く場所だけが点くようになっている。
でも、僕らが歩いている階段の通路は一切の灯りが点かない。
だが、彼女が視線を向ける先、13階の奥に見える一室から明かりが漏れていた。廊下に灯りが点いていない事からもあまりに不自然だった。
「まあ、僕らもいるし。それに使われていないビルだから人が住み着いているのかもしれない」
「ここは住所不定無職なんて直に地下スラムに落とされるフィロソフィアという観光都市ですよ。ありえるのでしょうか?」
何も知らないお姫様かと思えば意外と知っているようだ。確かに言われてみればおかしいのは確かだ。
「まさか、あてずっぽうで探してた場所付近に下りてもらったものの、一発目でビンゴか?」
いきなり雰囲気を変えてお嬢様は不吉な言葉を口にする。
「?……って、まさか逃げる振りして目的地まで運ばされてたの!?」
すると
「誰かいるのか!出て来い!」
照明のついている部屋から人影が現れる。
拳銃を握りこちらの方へ警戒するようにと向かってくるのが見える。
やばいよ。何か、俺、凄い厄介事に巻き込まれている。
やはり不幸体質なのだろうか?
ウエストガーデンではテロに巻き込まれるし、フィロソフィアの下層には落ちるし、安全だと思ってたフィロソフィア上層でもこんな厄介事に巻き込まれるなんて。
でも、よく考えたらただの警備員さんかもしれないじゃないか。うん、きっと勘違いに違いない。そう、世界はそんなにやばい事ばかりで出来ていない筈だ。
「す、すいません。エールダンジェで飛んでいたらこのビルの上に不時着しちゃいまして。電気が動いていないようだったので歩いて階段を下りていたのですが」
俺は適当な説明をして誤魔化そうとする。
「あん?こんな所でか?」
「は、はい。俺、明日、レースに出場予定で、レース前にちょっと飛んでいただけなんですけど。えと、警備員さんですか?」
今時、警備員なんていない。
こういった施設を回るのは基本的にAI搭載型警備ロボットや監視ドローンだ。父が警備員なのでよく知っている。でも、こう言っておけば無関係なんだし見逃してくれないかな?
「モバイル端末から自分の照会データを見せろ。そこを動くなよ」
相手の男は拳銃をオレに向けたままゆっくりと歩いて近付く。
「は、はい。えと、カード型モバイル端末でポケットに入っているので、ポケットに手を入れますよ?」
断ってから腰のポケットに手を入れて、カード型モバイル端末を取り出す。
そして自己紹介用データを空間に映し出す。
その瞬間、疾風のように階段の陰に隠れていた少女が動き出す。
彼女はスカートの中に手を入れると太腿にくくりつけていたのか小銃を取り出して相手へ向けて射撃する。
プスッ
空気の抜けた音が響く。俺に拳銃を向けていた男はそのまま前のめりに倒れる。
「ふう、とりあえず障害排除と」
少女は男の持っている拳銃を拾いながらぼやく。
「こ、こ、殺したの?」
「ん?いや、麻酔銃で気を失ってもらっただけだ」
「………ん?」
さっきから口にしていた丁寧な女性っぽい喋り方から、やけにざっくばらんな男っぽい喋り方になっていた。
「え、あ、いや、わ、私ったら、嫌ですわ」
それに気付いたのか、少女は慌てて取り繕うように声を少しだけ高くして、丁寧な言葉で喋りつつ、服の乱れを直すのだが。
「まさか、君、男の子?」
ジトッと俺は訝しむ様に視線を向ける。
少女はツツツとコメカミから汗を流し、作り笑顔を引き攣らせる。すると大きく溜息をつき
「あーあ、ばれたか。別に騙すつもりも無かったんだけどな。どうせなら女の子を助けたって夢を見せてやって、さっさと別れようと思ってたんだよ。まさか乗り込んだビルが一発でビンゴとは思わなかったしさぁ」
開き直ったかのように少女は、いや、女装した少年は肩を竦めて暴露する。
「ふ……ふはははは、まったく、どうなってんだ、この町は。こん畜生め。男だと思った奴が女だったり、露骨に男らしい女装野郎とか、今度は並の女より美人の男かよ。もう、オレのピュアな男心を傷つける為だけに存在してるんじゃないか?こんな都市滅んでしまえ」
俺はあまりにガッカリ感で両手を地面につけて愕然とする。一瞬でもときめいてしまった数分前の自分をぶん殴ってやりたい。
ごめんなさい、俺はリラさんだけです。気の迷いです。
「落ち込んでる暇は無いぞ。お前、そこの階段を下に降りた方がいい。ここは戦場になる」
少女だった少年は、長いふわふわの髪を毟り取り短く切り揃えられた少年らしい姿になる。どうやら鬘だったようだ。女装をやめようと育ちの良さそうな容姿は変わらず、その姿から出てくる言葉は似ても似つかない
だが、いきなり戦場と言われてもピンとこないのだが。
「せ、戦場?」
「悪いな。巻き込むつもりは無かったんだけど…」
少年はスカートを捲し上げると腰当たりで布を結びつけて、自動小銃を片手に明かりの点いている方向へと歩き出す。
どこかで見た事のある少年だとも思うが、俺はあまりにも無力で場違いだ。俺は少年に指し示された通り、この場から去る為に階段を下りようと向かう。
だが俺が階段を下りていくと、10階辺りで、何人もの男達がウロウロとしていた。
どうやら、このビルの中には安全地帯なんて存在しなかった。
そうだ、真ん中まで下りてきちゃったけど、今から屋上に出て、エールダンジェで空を飛びながら地面に降りよう。
怖いけど、登れたんだから我慢すれば降りられるはず。上を見ると
ドドドドドドドドッ
激しい銃撃の音が鳴り響く。続いて男の壮絶な悲鳴がいくつもビル中に響き渡る。
これじゃあ、皆が階段の方へやってきちゃうじゃん!
もう少し穏便にしろーっ!
巻き込む気が無かった!?嘘だろ!
俺は心の中で悲鳴を上げて階段の途中でウロウロしてから、モノが色々と置かれてる箱の物陰に隠れる。運が良いのか悪いのか、このビルの中は一切灯りがついていない。
「急げ!」
「くそっ!ルヴェリア軍の連中か!」
「まさか、もう嗅ぎつけられたというのか!」
「例の爆弾をカジノに運び込む前だってのに!」
不穏当な事を叫びながら、ドタドタと階段を走って行く男達。
俺は息を潜めて小さくなっていた。
ばれませんように、ばれませんように。
心の中で何度も何度も呟きながらひっそりとしていた。ドキドキする心臓の音も、自分の息の音も凄くうるさく感じる。
「キース!下からの襲撃がないか、そこで見てろ!」
「俺はただの技術屋だぞ。何でお前らの戦争に付き合わないと…」
銃を持った男達が走って通り過ぎていく。何やら下っ端に仕事を押し付けて先へと進んでいったようだ。
「ったく、何でオレがこんな……」
1人の男が拳銃を持ってそこで周りを警戒してしまい、俺は逃げるに逃げれなくなってしまうのだった。
俺はずーっと静かに小さくなっていると、そこでばったりと見張りに立たされていた男と目が合ってしまう。
これはやばい。
俺はスッと目をそらすと、相手は気の所為か思ったのか顔を俺から背け、
「って、騙されるか!誰だ!そこから出て来い」
「あううう、ばれたぁ。何かよく分からない事に巻き込まれた」
やっぱり気付いたようで、再び俺の方を向いて拳銃を向ける。
泣き出したい思いだ。逃げたら撃たれるんだろうなぁ。
俺は涙目で両手を上げてガクガク震えるしか出来なかった。
「手を挙げてゆっくりとそこから……ん?」
俺はビクビクしながら両手を上げたまま恐る恐る立ち上がる。
何者なのか、拳銃を向けた男は黒髪を真ん中分けにしており、カラーグラスで目元を隠していた。どこかで見た感じだ。俺はその姿を何処かで見た事があると感じる。
「お、お前、まさか……レ、レン?」
「あ……カ……カイト」
階段の陰に隠れている俺を見て、カラーグラスで目元が分からないが凄く驚いた様子でオレの名を呼ぶ。声が少し低くなって、背も随分伸びたような感じだが、顔立ちそのものは全く変わっていなかった。
間違い無く、幼馴染のカイト・アルベックだ。
何でこんな所に?
問いただしたいことは腐るほどあった。
だけど、そんな質問をする暇もなく、何度も銃声が響き渡る。戦場となっているのは確かだ。悲鳴がたくさん聞える。オレが隠れていた間に聞こえた足音の数は10人以上はいた。
「おい、キース!そっちから物音がしたが敵がいたのか!?」
「え?あ、いや、いねえよ。武器の調整で帯同したオレまで関わらせるんじゃねえよ!俺を使うんじゃねえ!ケビンさんに言い付けるぞ、クソが」
「ちっ、生意気なガキが。まあ、良い。とにかく、下から襲撃があったら直に教えろ。まさかシャルルの野郎が単独でここの爆破装置を抑えに着たとは考え難いからな」
何者かは分からないが拳銃を持った男がカイトに言い残して、女装少年の向かった先へと向かう。
辺りに誰もいなくなると、カイトは警戒する様子を見せつつ、俺に背を向けながらも周りから隠してくれるような位置に立つ。
「ばか、お前、何でこんな所にいるんだ」
「そ、それは俺の台詞なんだけど。俺だって何でここに来ちゃったか分かってないのに。困ってるっぽい女の子を助けてここのビルに不時着したら、何か知らないけど実は男の子だったり、いきなりドンパチ始めちゃったり」
「ちっ…だからお前はいつも無駄な事に首突っ込むなって言ったのに」
「それ、カイトにだけには言われたくないよ?」
余計な事に首を突っ込んで犯罪者扱いになってる友人にだけには言われたくなかった。
だが、カイトは思いっきり舌打ちをする。
「カイト、何でこんな所に…」
「仕事だ」
「……やっぱり……キース・アダムスはカイトだったんだね。アンリも心配してたよ」
俺はカイトがキースと呼ばれてる事、そしてあのテレビの隅に映ったキース・アダムスというカイトに似た少年が、カイトであったことを確信して訊ねる。
「だったら分かるだろう?俺がどれだけのクズなのか。とにかく、ここは危険だ。今は下の階に誰もいない。さっさと降りて出口から出てここから離れろ。下手するとビルごと吹き飛ぶぞ」
カイトはオレの質問に自嘲する様に返す。
ではやはり、意図的に人を殺せる刃を作り、エールダンジェのレースで、飛行士に人殺しをさせたのかと分かってしまう。
でも、カイトは変わらず俺を心配してくれていた。
確かにあの時、僕らは袂を分かったかもしれない。だけど、友情は決して壊れてなんていない、そう感じるのだった。
「か、カイトは?ど、どうなっちゃうの?」
「まだ、俺には使い道がある。使い潰されることは無いだろうよ」
どこか悔しげにカイトは口にする。
「い、一緒に逃げようよ」
「お前、テロリストと友達にでもなる積もりか?もう、お前はプロなんだろう?だったら昔の事なんて忘れて、こんな場所からさっさと消えろ。お前をこのまま放置してるのがばれたら、こっちの身だって危ないんだ。分かれよ」
「でも…」
「良いからさっさと消えろって言ってんだよ!」
小さい声できつい視線でオレに対してすごみ、銃口を俺へ向ける。
でも、カイト、君、これっぽちも俺を撃つ気なんてないよね?
一応、俺はプロの飛行士で、銃口を向けられるのに慣れている。カイトの向けた銃口が俺の体へ照準が向いていないことくらい分かるんだよ。
「……早く…してくれよ」
カイトはどこか泣きそうな声で俺に命令する。いや、これはまるで命令ではなく懇願だった。そして、それを拒めるほど、俺も強くないのを自覚している。どうしてこうなっちゃったんだろう。
すると上の方からカイトを呼ぶ声が響く。
カイトは武器も持たない俺から逃げるように走って戦場へと去って行く。
結局、オレも戦場に付いて行く余裕もないので、その場を見送るしか出来なかった。
どうにもならない、
俺にもカイトにも大きい流れに逆らうような力なんて無いのだと思い知る事になる。
オレはビルから出てそこから離れようとしていると、突然大地を揺るがすような巨大な爆音が鳴り響く。
ビル上層で大爆発が起こり、ビルそのものが崩壊していく。
「う、うわあああああああああああっ」
オレは慌ててエールダンジェを起動させる。
空から瓦礫が降って来たのだ。気持ち悪いから高く飛べないのでビルの瓦礫をかわしてそこから脱出する。
「な、なんなんだよぉおおおおおおっ」
次から次へと落ちてくる瓦礫、それを必死にかわす。
凄まじい勢いで降り注ぐ。
そこから抜け出しても、炎と粉塵が背後から追ってくる。俺は一気にその場からエールダンジェで逃げて、どうにかその場所から離脱する事に成功するのであった。
「うぇ………だ、大丈夫かな…」
オレはどうにか着地して、一息吐く。冷たい汗が大量に流れる。生きた気がしなかった。所詮はレンタルエールダンジェだからだろうか、非常に動きがなれない。怖くて怖くてたまらなかった。
あのビルの上には謎の少年やカイトがいた。
何があるのか、何があったのかさえサッパリ分からない。完全に第三者がたまたま居合わせてしまった不幸な事故である。
だが、何かの事件の臭いがするのは正しくて、この事件が3年前の事件と繋がっているのは目に見えていた。
命からがらこの事件現場から脱出すると、もう救助ヘリや救助飛行車などが押し寄せて、俺はあっという間にこの場所から押し退けられる事となった。中の事を確認したかったが、辺り一帯を黄色いテープで封鎖されて中に入れない様にされていた。
後で、チェリーさんのオフィスに戻って、モバイル端末で情報を調べたがビルの爆発事件は、『重力制御装置の劣化による過剰重力が掛かった崩壊』という、どこかの建築ミスでよくありそうな事故として処理されていた。
どう見てもビルの上層で爆発崩壊していたのにだ。何か大きい力が働いていることだけは明らかだった。だが、チェリーさんに聞いても知らないの一点張りである。
そして、ただの中学生であるオレには調べる術も存在しなかった。