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エールダンジェ・ゼロ~高所恐怖症の飛行士とスパナが凶器の飛行技師~  作者:
第4章 ウエストガーデン後期中学1年生
31/84

閑話~メイ・セガール~

ミハイル養護施設で暮らす、とある女の子の一人称の話です。

レンとリラの日常を第三者から見ております。なぜ、レンは月の最年少プロ飛行士なのに、学校では全くモテていないのか、という理由がこの話で明らかにされます。

 ちょうど一昨年度末に、私には一人のお兄ちゃんができた。


 私、メイ・セガールが育ったミハイル養護施設では大体就学年度前に子供が来るので、既に前期中学生である私に、年上の兄が出来るという事態は、本来ならありえなかった。

 そして、高等学校進学時に施設を出る事が多いので、年上の男の子はそのお兄ちゃんだけという状況にある。まあ、弟はいっぱいいるんだけど。


 3年前に起こった悪夢『血の五月テロ事件ブラッディ・メイ・アタック』の時に養護施設が大量に作られたため、ウチに人が入る事はほとんどなくなっていた事もあるので、実に2年ぶりの新入院になる。

 連れてきたのはその頃まで家出をしていたという我らがお姉ちゃん『リラ・ミハイロワ』だった。


 リラ姉ちゃんは幼い頃からかなりの変わり者だった。

 機械が大好きで中に入っちゃいけないと言われていたウエストガーデンでも有名なゴミ山に入って機械を拾ってきたり、飲まず食わずで施設の物置に籠って機械弄りをしていたり、男子なのか女子なのかも分からない位、容姿に頓着しないのだ。

 幼い頃の私達はリラ姉ちゃんが凄い美人さんだったので、飾り立てるのが大好きだったのだが、リラ姉ちゃんはそれが凄く嫌だったようで、むしろ反発するようにボサボサ頭をしていた。

 レティシャ姉ちゃんが「勿体なさすぎる」という言葉と「私のせいじゃないからね」とよく口にしていた事だけは覚えていた。

 鉄錆と油まみれのリラ姉ちゃんは、どう見てもエールダンジェの、ひいてはレティシャお姉ちゃんの影響以外にありえないと誰もが知っていたけど。


 そんな飾り気のない男勝りの姉ちゃんが、男を拾ってきたのだ。

 しかも凄く美形で女の子にも見紛う男の子だ。背は少し低め。顔立ちは貴公子系のイケメン男子。とっても優しくて、子供たちの面倒も見てくれる。まあ、少しムッツリスケベだけど、あまりにも些細過ぎて可愛いと思えるレベル。イケメンだから許されている部分はありそうだけどね。


 名前をレナード・アスター。私より一つ年上だ。

 元々、ウエストガーデンに住んでいたらしく、行方不明という扱いになっていたらしい。事件で両親を亡くしていて、ウチの養護施設に入る事になった。

 気さくで軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)を蔑視したりしないので、直に養護施設の皆と仲良くなった。うちにも引き籠りの軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)な弟がいたりする。稼ぎが最も良いのもその子なんだけど。そんな子でも直に馴染むのは人柄なのかもしれない。

 皆がレン兄ちゃんと呼ぶので、私もそう呼んでいる。

 レン兄ちゃんは、エールダンジェのプロ飛行士(レーサー)で、姉ちゃん的には『私の拾ってきたエールダンジェのパーツみたいなものよ』なんて口にしていた。


 だが、私は騙されない。


 口から出て来るのはスラングだった姉が、女っぽい口調を使い、自分の容姿を気にするようになっているのだ。明らかに男として意識していると思うんだ。本人は飛行技師(メカニック)として『女としてふるまうのも武器の内なんだ』とか言ってたけど。

 レン兄ちゃんを意識しているんじゃないかな?

 そもそも機械以外に興味のないリラ姉ちゃんが男を拾ってくるなんてありえないから。




 そんな事を思っていたある日の事。

 私は将来の為に新しいレシピ開発に勤しんでいた。プロになるのは難しいけれどフードコーディネイターになって店を出したいと思っていた。

 今の時代、AIを駆使した自動調理が可能なので、レシピをプログラミングすれば誰もが同じおいしい料理を再現可能になっている。そのプログラムを作るには、やはり自分で絶妙の調理をしてプログラム化をしなければならない。そしてそれが世界中に売り出され、作られただけ印税となって手元にお金が入るという仕組みになっている。

 中々、プロになって食べていくのは難しい業界だけど、宇宙中に私の考案した料理が食べてもらえるというのは凄く嬉しい事だ。だからその為にたくさんの料理に対する勉強もしているし、養護施設の料理は私に一任されている。


「ねえ、レン兄ちゃん。今日は何が食べたい?」

 私は居間で学校の課題をやっているレン兄ちゃんに食事をどうするか訊ねる。となりでリラ姉ちゃんも学校の課題をこなしているようだが、リラ姉ちゃんの場合、勉強だと話しかけても全く聞こえなくなるので声を掛けないようにしている。


「うーん、メイの料理はおいしいから何でも良いよ」

「そういうのが将来奥さんを困らせるんだよ。良いお父さんになれないよ?」

「ぐう、正論だ。……母さんから説教を受けている父さんと同じことを言われるとは……。うーん、じゃあ、空を飛ぶのが上手になりそうなので」

「謎かけ!?じゃあ、……………空を飛ぶから鶏肉で。スポーツ選手には鶏肉が良いっていうし」

 私はレン兄ちゃんのかなり大雑把な返しを適度に訳してメニューを決める。

 まあ、油淋鶏を主食に中華で攻めてみようか。

 そんなこんなで私はこの日の料理に取り掛かる。




 料理ができると、私はイアンナ母さんと一緒に料理を運ぶ。

 レン兄ちゃんやリラ姉ちゃん、他にも弟や妹たちも席に着く。10人を超えるミハイロワ養護施設も食事時になると子どもたちが集まってにわかに騒がしくなる。


「今日はレン兄ちゃんの為に作ったんだよ」

 私がそんな事を口にするとリラ姉ちゃんは料理を見て、ああなるほどとうなずく。

「つまり、チキン野郎って事ね」

「どういう曲解!?それ、ひどくない!?」

 リラ姉ちゃんの言葉に、レン兄ちゃんは情けない声を上げ、皆が笑う。

 油淋鶏はレン兄ちゃんをチキン野郎の誹りに遭わせるネタとなってしまったのだった。


 ええと、リラ姉ちゃん、レン兄ちゃんの事を男の子として意識しているんだよね?

 なんだか自信がなくなって来たけど。


 まあ、二人の関係はこんな感じだった。



***



 さて、そんなウチのチキン野郎ことレン兄ちゃんは学校でもモテモテである。

 当人は『プロ飛行士(レーサー)ってモテる筈なのに、なんで俺はモテないのだろう。俺は女子にモテたいのだ。ここに最年少飛行士(レーサー)がいますよ~』などと公言しているのだが、実は現在進行形でモテている。

 本人に全くの自覚が無いだけで。


 私が前期中学の授業を終えて、養護施設(いえ)へ帰るべく学校の友達と共に帰途につく。


 するとお隣の後期中学から偶然だが二人の姿が見える。

 レン兄ちゃんとリラ姉ちゃんだ。

 二人は肩を並べて仲良さそうに話している。別に手を繋いでいる訳でもないのだが、もう恋人同士にしか見えない超至近距離だ。


「あ、レナード先輩だ」

「格好いいよね」

軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)じゃないのに最年少プロになったんでしょ。ウチの中学の誇りだよね」

「あーん、恋人にしてほしいけど……リラ先輩に勝てる気がしない」

「二人が並んでるとお似合いすぎて割り込む気になる女なんていないって」

 うん、第三者から見るとそうとしか見えない。


「まあ、リラ姉ちゃんはともかく、レン兄ちゃんはリラ姉ちゃんにベタ惚れだからね」

 リラ姉ちゃんの気持ちはいまいち把握しにくいのだが、レン兄ちゃんは凄く分かりやすい。


 とはいえ、レン兄ちゃんは非常に気が多く、周りに評価されたい、モテたい、そういう想いが強い。

 しかし、レン兄ちゃんは悲しい事に、高い評価を受けていてもそれが聞こえていないのだ。あれほど残念なイケメンは見た事がない。あれほど残念な最年少飛行士(レーサー)が過去にいただろうか、いやいまい。


 事実、私の友達も憧れている女子はたくさんいる。

 私の家で撮ったレン兄ちゃんの画像(半裸)が、どのくらいの値段で売買されているかを知ったら、きっと養護施設の皆が卒倒するだろう。私の料理の為の試作食材を手に入れる資金源はレン兄ちゃんなのだ。


 レン兄ちゃんに教えてあげた事もあるが『良いんだよ、そうやって気を遣わなくても』と肩を落としてぼやいていた。


 レン兄ちゃん、アンタ、モテてる。モテてるよ!


 そう言っても、多分気付かないんだろうな。もっとダイレクトに誰かが伝えないと、もしかしたら全然通じないのかもしれない。

 そもそもレースが地元開催の時は、ファンクラブのような連中が、レン兄ちゃんを応援しに行くのだが、レン兄ちゃんは恐ろしい事にその事さえも気付いていない。

 ものすごい集中力が強すぎて、レースの時はまるで他人のような凛々しい顔をして全く周りを見ないでレースに向かう。

 もうね、そんなレン兄ちゃんの横顔を見たら、女なら落ちるよ。友達の付き添いで応援に行った女子が何人落ちたか、もはや数えきれないもん。


 そもそも、スカイリンクへ練習に行っても、練習が終わるまで私が来ていたことに一切気づかずに3時間くらい飛び続けていたこともある。だからプロになれたのだろう。だから、まったく気づけないのも仕方ないのかもしれない。


 今日も今日とてウチの美形コンビが歩いていると、1人の女子生徒が2人の歩いている前を待ち構えていた。


 あれはロブソン北後期中学の文化祭で行われた『女子人気投票(ミスコン)』で優勝したアンネマリア・デラ・ペーニャ先輩だ。さすがにすごい美人さんだ。


 レン兄ちゃんの事が好きだという噂を耳にしたことがあるが、どうやら本当だったらしい。手書きの手紙を手に持っているという事はあれが噂のラブレターという奴だろうか?今時、手書きなんて、という思いもあるが、それが良いという話はよく聞く。


 だが、レン兄ちゃんはリラ姉ちゃんと話をしている為に、まったくアンネマリア先輩に気付いていない。

 声を掛けようとするアンネマリア先輩は前に踏み出そうとするが、2人がぶつからないようにリラ姉ちゃんがレン兄ちゃんの腕を引っ張る。


 そこでバッタリとアンネマリア先輩はリラ姉ちゃんと見つめ合ってしまう。リラ姉ちゃんは軽い感じでレン兄ちゃんの代わりに謝る。

 だが、アンネマリア先輩はアップでリラ姉ちゃんの美貌を見て後退ってしまう。

 更にアンネマリア先輩はリラ姉ちゃんの胸元に視線を落とすと、同じ後期中学生とは思えない豊満な二つの脂肪が詰まっており、アンネマリア先輩も同学年ならばかなり良いスタイルなのだが、それでも高みには届かない、大きい隔たりを感じたのだろう、物凄いショックそうな顔をする。


 わかる。すごくわかる。あれは狂暴過ぎる。13歳でそれはないだろって叫びたい。同じ養護施設で一緒にお風呂に入ったりするから嫌というほど打ちひしがれるんだよ!大きさだけじゃない、形も色も何もかもが完璧なんだ。脱いだらもっと凄いんだよ!くそーっ!


 おっと、頭の中で暴走しすぎた。


 すると、2人はそのまま去って行き、アンネマリア先輩はレン兄ちゃんに声を掛けたくても声を掛けられないまま、そこで何度も逡巡する。それはもう、長縄に入りたいけど入れない子供でも見ているかのような様子だ。

 結局、アンネマリア先輩は諦めたように肩を落とすのだった。


 リラ姉ちゃんは性格的な面に問題があるから男女ともに人気投票が伸びなかった。しかし、こと美貌やスタイルの良さはアンネマリア先輩さえも圧倒するものがある。

 そして、さすがにアンネマリア先輩も、リラ姉ちゃんに手を引かれてデレデレするレン兄ちゃんに声を掛ける事が出来なかったようだ。


 こうして、実際には学校一の美女さえも憧れているレナード・アスターは今日も今日とてモテないと勘違いしたまま日々を過ごすことになる。

 ちなみに、この光景、うちの養護施設に来て以来、他の女子で過去に30人くらい見た事がある。




 え?何で教えてやらないのかって?


 そりゃ、リラ姉ちゃんにはさすがに白旗を振るけど、他の女の子に取られたくないでしょ?

 それならまだ、私にもチャンスがある訳だし。

 結論から言いますと、モテていないのかが明らかになるのではなく、モテていないと思い込んでいる理由が明らかになるわけですが。

 エールダンジェ・ゼロはレンの一人称なのでどうしてもモテている事実とか書けていません。三人称なら、レンの勘違いっぷりを書けるのでしょうが。


 そもそもこのエールダンジェ・ゼロの元になっている未だ投稿していないエールダンジェ本編におけるレンの設定は『眉目秀麗で軍用遺伝子を持たないのに世界最強の飛行士としてエアリアル・レースに君臨する月の英雄』という、これでもかというスター要素てんこ盛りな存在です。

 そんなリア充が心の中で「リア充爆ぜろ」と呪ってる様は滑稽なのですが、そこにさえ触れてないのがこの作品。


 実はゼロには本編の為の伏線がたくさんあったりします。本編でのレンは偶像的でキャラクター部分を書く機会がなかったので、だったらレンのスピンオフを書いちまおうって考えたのがこの作品なのです。

 まさかこっちが先に物語構成を終えて投稿する事になるとは……。まあ、結末が決まっているから、そこに向けて書く以外に方法もないので仕方ないかもしれないけれど。というか、結構分量多くなって本編より長くなってないか?とか自問自答しながら書いてます。


 本編スタートは皆さんの熱いポイントが作者のやる気に火をつけます。見たい方はブックマークにしたり評価にポイントを入れていただけると幸いです。

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