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エールダンジェ・ゼロ~高所恐怖症の飛行士とスパナが凶器の飛行技師~  作者:
第4章 ウエストガーデン後期中学1年生
30/84

俺の分って、お前関係ないじゃん!

 俺達はスタート台でレース開始を待ちつつも、カウントゼロの前に陣形を組む。俺が先頭で背後に三角形を作るようにアンリとドミトリ先輩が並ぶ。

 団体戦も基本的には個人戦と同じで10分ハーフで間に5分の休憩時間がある。そしてポイントも頭、胸、腰、両肩、両大腿の7ポイントがあり、チーム得点を競うという点は個人戦と全く同じだ。

 大きく異なるのは3対3対3対3の潰し合うレースなので12人が入り乱れるという事、そして1人が7点を取られるとチーム全体が敗退となる。その為、普通のレースよりも防御を優先する傾向が多い。

 ちなみに自分のチームに当てても点数に影響は無い。かつては、勝利の為にフレンドリファイアをすることがあったようで、そういう卑怯な事をしないようにルール改正が行われたとか。




「まずは右回りでセオリー通りに移動。ドミトリ先輩は防御を中心、ドミトリ先輩の裏側で付いて行くようにアンリが移動、レンは一番先頭を飛びつつ、敵の攻撃を誘導」

 リラは作戦を説明する。

「何度も言わなくても分かってるよ」

「俺はお前ほど大会慣れしてないからやっぱり緊張するなぁ」

「俺なんてエールダンジェ初レースだっての」

「まー、フィロソフィアに落ちてた頃は何百戦とレースしてたし。でも団体戦は初めてだからちょっとなぁ。相手がこんなにたくさんって経験も無いし」

 こんなデコボコなグループでも中学のレースに出れてしまうのが、素人レースの醍醐味なのである。



 カウントダウンが始まり、メカニックのメンバーは後ろに下がる。俺達3人は陣形を組んだままレース開始を待つ。

 かなり高いので腰が引けてしまうが、最初にスタートするのは俺だ。この上下二層になっているレース場では、下でも同じタイミングでレースを始めようとしており、同じように全員が準備をしている。緊迫した空気の中、カウントダウンの数字はどんどん小さくなっていく。


 0と同時に甲高いスタート音が鳴り響く。俺はエールダンジェを起動させてからスタート台を蹴って空へと舞い上がる。俺に続いて二人も空を舞う。

 対戦相手の9名もそれぞれのスタート台から空を飛ぶ。セオリー通り右回りで全員が飛ぶ。全員、同じように左手でライトシールドを持って、右手で持っているライトハンドガンで攻撃をしている。

 俺にとっては同年代と行なうレースは桜さんと戦って以来だ。

 大人の世界で戦っていたので自分が同年代の中でどのレベルなのか知ることも無かった。


 とりあえず最初に感じたのは遅いの一言だ。フラフラ飛んで遊べちゃうレベルで遅かった。時速何キロ位出てるの?

 前期中学までの大会は時速200キロ制限が設けられていたが、後期中学の大会はスピード制限がないから時速200キロ以上を出して良い筈だ。


 何故、3人で纏まってノロノロ飛んでるんだ?


 パキュンパキュンと重力光拳銃(ライトハンドガン)によって打ち出された重力制御された光弾が飛び交うのだが、遠いのかセミオート照準でも全くあたる様子が見られない。というか、こっちの方に向いているけど銃口が完全に外れてからトリガーを引いてしまっている。結果俺達の背後に飛ぶという状況だ。


 フィロソフィアのアンダーカジノよりも遅く、攻撃の精度も威力も全く低い。

 初の団体戦だというのに、あまりに腑抜けたレース展開に緊張感がどこか飛んでいってしまった。


「レン。大丈夫か?行けそうか?」

「ドミトリ先輩、スピード上げられますか?」

「さすがにちょっときついが…もうそろそろ接敵しそうだし、ちょっと上げるか。レン、相手の近くに行って攻撃して足止めできるか?」

「了解、先輩」


 ドミトリ先輩の指示に従い、俺は一気にスピードを上げる。

 前方を飛ぶ対戦相手3名は三角形に対陣を組んで、四角いレース場に円を描くように飛んでいた。俺は思いっきりショートカットして相手の真横にやってくる。

 俺に気付いたのは相手だけでなく、他の団体様ご一行様もである。中央に躍り出たんだから当然だろう。大量の重力光拳銃(ライトハンドガン)の光弾が飛び交う。

 即座に急上昇で敵の攻撃を一瞬で振り切り、相手へ上から攻撃を仕掛ける。


 なんとも無防備。加速減速をしていようと速度自体も遅いし速度の入れ替えも遅い。俺は相手に銃口を向けて重力光拳銃(ライトハンドガン)のトリガーに指を掛ける。


 簡単に1人に当たる。

 相手は反撃しようと重力光拳銃(ライトハンドガン)を俺の方へ向けようとするが、既に俺はそこに存在しない。

 なんともあくびが出るほどの遅さだ。速く飛ぶのがいっぱいいっぱいで射撃する余裕がないという感じだ。時速100キロくらいなのに。


 最初は一日に4試合もやると聞いて途方もない疲労感と眩暈を感じたが、このレベルなら、一日中飛んでいても疲れそうにないし、攻撃が当たるとも思えない。

 当たったらボクサーに思い切りぶん殴られるような衝撃が走るフィロソフィアでのレースと比べたら、威力も制限されていてちょっと中学生同士で軽く叩かれた程度のダメージしかないので、ぶっちゃけ緊張感もない。


「レン!こっちに敵が来たぞ!戻れ!」

 アンリの声に俺は即座に相手の追撃を振り切って、ドミトリ先輩とアンリのいる場所へと引き返そうとする。

 俺が前方の相手をかく乱している間に、早々と向かいにいた筈のペレーダ達がドミトリ先輩やアンリ達を狙いに来ていたのだ。


「早速潰してやるぜ!ドミトリ!」

「一応、従兄なんだけどなぁ」

 ドミトリは斜め後方から迫るペレーダの姿を見て応戦する。


 ペレーダ達は3人で三角形の配置でドミトリ先輩とアンリへ銃口を向けて次々と攻撃をしてくる。

 ドミトリ先輩は回避行動をしつつもアンリを守るように盾で攻撃を裁く。さすがに団体レース経験者なので上手いものだった。

 とはいえ、ペレーダはプロの育成組織にいるらしい。近づいてしまえば、相手がドミトリ先輩でも簡単に攻撃を当てていく。


「くっ…こんなオレの所為で…」


 ドミトリ先輩は防戦一方で攻撃を受ける。飛行では振り切れず、盾で守ろうとするが攻撃は次々と当たる。真っ先に両脚のポイントを奪われ、次いで頭や腰のポイントが奪われる。盾で守り難い場所だ。

 ペレーダが戦い慣れているのはよく分かる。


「おらおらおらおら!」


 ペレーダは弱者をいたぶる事にご満悦のようだ。

 だけど、俺からすると、形容しがたいものがある。ドヤ顔で攻撃している割には、かなり近くから撃ちまくってるにも拘わらず、精度が低くほとんどポイントに当たっていなかった。

 脇が甘く銃口はブレブレで照準が定まっていない。機体の操作はノロノロ過ぎて、折角のプロ仕様のエールダンジェが、全く仕事をしていない。俺のエールダンジェと交換してほしい位だ。

 豚に真珠という奴だろうか?


 とはいえ、これではドミトリ先輩が7点取られて落ちるのも時間の問題だった。俺は引き返してペレーダと先輩の間に入る。


「はーい、おいたはそこまでだー」


 俺はペレーダとドミトリ先輩の間に入ってヒラヒラと挑発する様に動く。そしてわざとペレーダの持つ重力光盾(ライトシールド)に3連射して光弾をぶつける。

 そして、わざと俺はホルスターに重力光拳銃(ライトハンドガン)をしまって挑発する。

 俺に向けて攻撃してくる連中の射撃を避けながら、ペレーダの直近くへと躍り出る。


「機体が泣いてるよ~。重い重いって」


 わざとらしい挑発、危うくKO負けしそうになってたドミトリ先輩への攻撃をそらす為だ。

 実はこの手口、フィロソフィアのカジノで、そんな挑発をしていた飛行士(レーサー)を見た事があったからだ。

 無論、その相手と戦ったこともある。彼は俺と実力的には大差がないので、俺に対して挑発する余裕もなく、対戦時はガチバトルだったけど。7勝4敗くらいだったと記憶している。

 まあ、あのレース場でたくさん勝ってる俺に4度土をつける程度には強かったんだけど。



「テメエ!見ないうちに調子に乗りやがって!ぶち殺してやる!」

 俺に近付いて拳を振り回そうとしてくる。

 確かに俺は近接戦闘が苦手だ。


 だからと言ってこんなノロマな相手に捕まるほど落ちてもいない。こんな鈍間に負けるようなら、フィロソフィアカジノの激しいレースで600戦もやる前に確実に当たり所が悪く事故で死んでいただろう。あそこは一撃食らうだけで気を失いそうになるからな。何度か怪我をした事もある。


 オレのいた場所に拳を振り回すペレーダ。俺は即座に背後に回りこんで背中を蹴り飛ばす。

 背中への攻撃は胸と同じ判定になるので、ペレーダは胸のポイントを失う。さらにオレの攻撃に上体を前につんのめってしまい、慌てて態勢を立て直そうとする。


「ペレーダさん!」

「貴様!」


 おかしい、ペレーダの同じチームは先輩の筈なのに思い切り敬語である。さすがチームを経営している家の御曹司である。

 とはいえ、俺に攻撃を仕掛けるペレーダの仲間達だが、俺はその攻撃を全て簡単にかわしつつ、ホルスターから重力光拳銃(ライトハンドガン)を再び抜くと相手の重力光拳銃(ライトハンドガン)を持つアームプロテクタの隙間から見える指を撃つ。

 ペレーダの仲間は重力光拳銃(ライトハンドガン)を手放してしまい無手になり攻撃手段を失ってしまう。

 彼らは落ちていくライトハンドガンを拾おうと慌てて急降下する。


 チャンスとばかりに他のチームが二人に襲い掛かりに行く。


「これで1対1だ!これまでの借りは返してやるぞ、忘れてたけど!」

「ざっけんな!俺は10月の大会で州大会にも出場したウエストガーデンで屈指の中学生飛行士(レーサー)だぞ!テメエみたいな中学のレースで聞いたことも無いザコと一緒にするな!死ね!」


 あれ、うちの中学では知らない人はいないと聞いてたけど、他の中学だと知名度さっぱりなの?一応、プロなんですけど。君の所属する育成チームの元クラブより上のクラブの選手にプロの場で勝ってる筈だけど。


 ペレーダはムキになって右拳を振り回すのだが、俺はそれを避けつつ、カウンターで重力光拳銃(ライトハンドガン)による攻撃で右肩と右大腿を撃ち抜く。

 ペレーダは自分の拳の勢いと、オレの射撃による攻撃でバランスを崩してクルクルと体を捻る様に回ってしまう。

 中学のレースでは攻撃でバランスを崩すような出力設定には出来ないが、当人がバランスを崩している所を後押しする事で、相手のバランスを崩す事が可能なのだ。


「これはドミトリ先輩の分!」

 俺は回し蹴りでペレーダの左大腿のポイントを落とす。これで4点目。

「いつもバカにされてたカイトの分!」

 拳でさらに右肩を叩いて回転を助長させる。ペレーダはぐるぐる回って完全に飛行不能状態になっていた。

「くっ、テメエ、ゆるさねえ。ぶちころして」

 と未だに戦意を失っていないペレーダ。

「そして、忘れてたけど、いつも虐められていたオレの分だ!」

 腹にグーパンチ。

「ごふっ」

 普通にこれは殴られるのと同じなのでかなり痛い筈だ。


 ペレーダは悔しそうに顔をゆがめる。だけど、もはやこんなノロマに恐れる事はない。エールダンジェさえ身につけてしまえば、幼い頃に怖かったペレーダの暴力の何もかもが遅く見えてしまい、常人が相手ならどんな動きをしようと簡単に避けられる。

 プロ飛行士(レーサー)は伊達ではないのだ。


「そしてこれが…」


「俺の分!」

「ゲヒッ」

 アンリが飛び出して、俺が止めを刺す前に重力光剣(レイブレード)でペレーダの脳天を叩きつける。

 ペレーダは悶絶して回転して下の重力制御装置によって仕切られていた光の壁にぶつかって倒れるのだった。


「俺の分って、お前関係ないじゃん!」


 最も無関係だった少年が何でペレーダに止めを刺すのかと突っ込みを入れざるを得なかった。


「あ、間違えた。モンペに攻められたアルベック養護施設の分」

 アンリはしれっと言い直す。

 このマイペース振りはカイトとよく似ていた。いや、カイトでもここまでひどくなかった。アルベック養護施設ってこういう環境なのだろうかと少し呆れてしまう。


「ちょっと待て。そこ!俺がピンチだから!助けに来いよ!」


 慌てたように声が聞こえてくるのは壁際に追い詰められていたドミトリ先輩。

 俺とアンリが離れてしまった事で、ポイントが少なくKO負け寸前だった事もあり、ハイエナのように他の2チームが攻め込みに来ていた。


「お前が離れるからいきなりピンチじゃん!」

「お前が目立ちすぎるから狙われただけだろ!」

 俺とアンリは互いに文句を言い合いながら、慌ててドミトリ先輩の救出へと向かう。


 ビーッ


『ドミトリ・ルソル選手KO負け、ロブソン北中学敗退です。撤収してください』

 助けに入るのが遅く、結局はKO負けのアナウンスが流れる。

「ノオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 俺は頭を抱えて叫ぶしか出来なかった。



***



 ガッカリと俺達はレース中の最中だが引き返す羽目になる。

「はあ、アンリが先輩から離れるから」

「いやいや、お前が目立ちすぎてチームが狙われたんだって」

「いや、アンリが」

「いや、レンが」

 俺とアンリは互いに責め合っているのだが

「ねえ、レン。とりあえず、スパナで殴られるのとキン●マもがれるのと、どっちが良~い?」

 可愛い笑顔とキャピキャピッと擬音が出そうな感じの甘えた声で俺を迎えてくれるのは相棒であった。俺の右手に両手を絡ませて恋人もかくやという熱々ぶりである。

 だが、口から出てきた言葉は少し聞き取るのに苦労するものだった。


「え、ええと……で、出来ればどちらも嫌なんですけど」

「どっちも良い?」

 すっごい笑顔が深まった。

 キラキラ輝くその笑顔は物凄くかわいい。オレ、この子の笑顔だけで生きていける。アイドルの写真集なんて捨ててリラの写真集だけで生きていける。

 でも、そっと外した右手は、腰に差してあるスパナへと持っていく。俺は嫌な汗がダクダクと流れるのを感じる。

 かつて、命を懸けたフィロソフィア下層のレースで飛ぶよりも冷たい汗が流れていた。


「す、スパナでお願いしま…」


 ゴッ


 しゃべり終える前に、リラのスパナがオレの顔面に捻じ込まれ、打撃音がオレの言葉を掻き消す。

 リラさん、スパナは凶器じゃないですよ?

 薄れゆく意識の中で俺はいつもの声に出来ない思いを胸に抱くのだった。



***



 俺達の試合は終わり、会場の外へと歩いて出る。

「いやー、意外とエールダンジェ面白いのな」


 アンリだけは楽しげに笑う。そりゃ、美味しい所だけを手にする分には楽しいだろうさ。しかもいけ好かない野郎を合法的にぶちのめしてるんだし。

 でも、お前の所為で俺は相棒にスパナでぶん殴られたんだぞ。自重しろ!

 俺は恨みがましい視線をジトリとアンリに向けているのだが、アンリは全く気付く様子が無かった。


 すると、背後の方から悔しげに顔をゆがめたペレーダがドカドカと大股でやってくる。

 俺達と目が合ってビクッと反応する。特にアンリを見て近付きたくなさそうな雰囲気を醸し出す。そういえば、コイツ、昔もカイトにやられて以来、カイトに腰が引けていた。基本的に、権力の積容姿ない相手にはビビリなのだろう。豚ではなく(チキン)野郎なのかもしれない。


「仲間使って調子に乗りやがって!個人戦でぶちのめしてやるからな!覚悟しておけ!」

 怒鳴り散らしてドカドカと去っていく。面倒くさい男である。


「個人戦、誰も出ねえよ」

 ぽつんとぼやくアンリに俺達は全員で苦笑する。


「まあ、でもありがとよ。最初からそこまで良い結果は求めて無かったけど、引退前に楽しいレースが出来たし」

「あのいけすかないデブを倒したのはスッとした」

「チームは負けたけどな」

「オレの仕立てた重力光盾(ライトシールド)がデブの攻撃を弾き返したのをみたか」

「いや、それは弾き返すだろ」

「去年は最下位負けだったけど、今年は先に1チーム落とせたし」

 ドミトリ先輩の感謝の言葉に続き、他のサークル会員達も楽しげに言葉にする。

 皆が笑顔であった。少なくとも良い思い出が作れたようで何よりだ。彼らの目標は達したようだ。

 俺としても皆が楽しめたのならばそれで良かったのだ。

 まあ、酷く痛い思いをしたけれど。


「うう、だが、頭がズキズキする」

「調子に乗って遠くに出すぎるからよ。アンタがいれば市予選の決勝トーナメントくらいはいける算段だったのに。ぶっちゃけ、アンタ、余裕だったでしょ」

 リラはジトりと俺を睨む。


「まあ、確かに」

 遅すぎてあくびが出るレベルだった。


 実のところ、練習段階ではドミトリ先輩とアンリの飛ぶ速度があまりにも遅すぎて1回戦を勝ち抜くもの危ういと思ってた。


 だが、どうだろう。


 どちらかというと1回戦では2人が比較的速い部類だったのには驚いたくらいだ。そしてこの組み合わせで最も速いはずのペレーダは、俺の速度からしても超スローモーションに見えたほどだ。こんなのでウエストガーデン有数の選手?ないわーって感じだった。


「フィロソフィアで戦ってた連中は少なくとも遅い遅いといっても、軍用やスポーツ用を装備して時速200キロを軽く超えてくるもの。後期中学生からはスピード制限がなくなっても、市予選1回戦レベルじゃそもそも時速200キロを超える事もないっての。そもそもエールダンジェが市販品を使っていて、200キロ出ないケースもある位よ。一応、うちらの使ってるのはスポーツ用だけど、市民レースや中学レベルのレースで、全員がスポーツ用って訳でも無いからね」

「な、なるほど」

 リラの説明に自分の無知を知る。

 世間知らずだったと言うか、一般のレベルを知らなかったというのが正しいのだろうか。何せ初の対戦相手がインターハイ出場経験のある元プロで、戦闘経験があり当たり所が悪ければ死ぬこともあるルールで傭兵たちと戦ってきた。それが終わればプロ資格(ライセンス)を取って、プロとしか戦っていない。

 これまで、年代別レースや学生レースに出た事がなかったし、戦って事ある相手は一つ年上の桜さんくらいだった。まさか自分が同年代に対してここまで強いとは思ってなかった。桜さんが前期中学校時代に全月大会で優勝したというのもうなずける。


「州のプロチームの育成選手って言っても、所詮はあの程度なのよ。後期中学生レベルで200キロ越えてレースを出来る選手は少ないわ。レンの場合、スピード感覚が高いから、中学生とやるのは、むしろ遅いスピードになれて才能を潰すのよ。じゃなかったら、無理してプロに出ようと背伸びしないわよ」

「…そっかぁ」

 何だかんだ言ってウチの相方はオレの将来設計の方を考えてくれているようだ。っていうか、俺の将来設計を俺が立てていないというのも問題なんだけど。


「でも、どうしようかなぁ。中学のレースで活躍してスポンサーを呼び込むほうが良かったのかもしれない」

「確かにそういう方法もあるよなぁ」

 フィロソフィアの上層に出て、プロになって以降、そもそも俺は学生のレースに出るという事自体を頭から抜け落ちていた面は否めない。

「とはいえ、中学で全月へアピールするような大きい大会はこれが終われば次は10月まで無いからね。まあ、いつものように営業活動しながら頑張りましょ」

「そうだな」

 俺とリラの2人だけのチーム会議をしていると


「おーい、そこのバカップル。打ち上げに行くぞー。2人で空気作ってんじゃねえよ」

 声を掛けてくるのはアンリだった。

「いや~、それ程でも~」

「誰がバカップルなのよ、全く」

 照れてる俺と違って、リラは素で呆れたように溜息と一緒に返事をするのだ。


 だから違う!そこは『だ、誰がバカップルよ。私達はそんなんじゃないんだからね!』と、照れて否定するのが王道(ツンデレ)なのだ。

 無論、この女にそういう異性的なあれこれを期待した所で無駄なのは分かっているけどさ。

 もう3年と9ヶ月の付き合いになるのだが、俺の相方の脳みそにはエールダンジェしか入っていないことだけは嫌と言うほど分かった。


「行こうぜ」

「ま、今日の所は楽しむ事が第一目標だったしね」

 俺とリラは諦めた様にエールダンジェ同好会のいる方へと足を向ける。


 え?もしかして全月優勝だって言ってたのはジョークだったの?

 リラ・ミハイロワは自分に厳しく、俺にもっと厳しく、だけど皆には甘いようだった。

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