なんか打ち切り最終回っぽくなってる
目覚ましのアラームが頭の中で鳴り響き、僕は睡眠から覚醒へと促される。目覚ましのアラームをカード型モバイル端末で操作して消す。
目を覚ました僕はもぞもぞとベッドの中から這い出る。
カーテンを開けると薄暗い空は東から朝焼けの色に染まっていく。
白い家々が並ぶ住宅街は朱の色に染まり、僕たちの住むウエストガーデンにも朝がやって来た。
朝焼けの空は居住区の天蓋に映し出された色だ。
この光景を全ての月国民が同じ空を見ている。天蓋に空の映像が映し出され、僕達の街は光と共にゆっくりと活動を始める。
ここは、僕の家の2階にある子供部屋、つまり僕の部屋だ。
カード型モバイル端末を操作すると空中に半透明のパネルが飛び出す。今は新暦315年5月1日午前6時06分を指し示していた。
今日は僕の10歳の誕生日、待ちに待ったエールダンジェのプレゼントをもらえる日である。
「おはよー」
僕は起きて1階のリビングに行く。
既にお父さんは黒いスーツに着替えていて、仕事先へ行く準備を終えてソファーにゆったりと座っていた。いつものお仕事に行く前の様子と同じだった。
あれれ、今日はお仕事ないはずだけど。
お父さんの目の前には空中に浮かぶ半透明のウィンドウパネルが開いていて、ニュースが映し出されている。
お父さんは僕と違ってカード型ではなく腕時計型のモバイル端末を付けていて、そこから二次元画像を目の前の空間に投影して朝からニュースを読んでいる。
「貴方、食事にしますよ」
お母さんは食事を運んで台所から出てきて、お父さんを注意する。
お父さんはすまんすまんと謝罪しながら目の前のウインドウパネルを閉じる。
だが、僕としては朝食はどうでも良いのだ。いや、どうでもよくはないのだけれど。僕が欲しているのは朝のエネルギーではなく、この日の活力なのだ。
今日はいつだと思っているの?
今日は僕の誕生日だよ、お父さん。
何かあるんじゃないのかな?
僕は熱い視線で両親に訴えてみるが、両親は朝食に気持ちを切り替えてしまっているようだった。
「ところでお父さん。今日はその…」
僕はご機嫌を窺うように揉み手で父を見上げる。そんな僕を見て、父さんは露骨に呆れたような顔をする。
「全く、朝からもう誕生日プレゼントの催促か?」
やはり、ソワソワしているのがバレバレだったようだ。
今日はエールダンジェをプレゼントをしてくれると言っていた約束の日だ。今すぐほしい。学校から帰ったら速攻でスカイリンクへ飛びに行きたい。いや、むしろ学校をさぼってスカイリンクに行きたい。その位、気が逸っていた。
「仕方ないわよ。もう2年以上も待ち焦がれていたのだから」
お母さんも僕をみて苦笑を見せる。
「プレゼントは仕事の後にしようと思っていたんだけどな。まあ、仕方ない。早速、今日から練習したいのか?」
「うんうん」
「とは言っても、ちゃんと飛行講習受けてからじゃないとな。スカイリンクの講習に行くんだぞ」
「2年前からそのシミュレートをしてきたから大丈夫だよ。学校からダッシュで帰って、公営第2スカイリンクまでエールダンジェを持って10分で到着。飛行講習を受けた後にカイトと合流までたったの1時間。完璧だね!」
スカイリンクというのは大きなドーム型のエールダンジェ専用飛行場だ。
直径200メートルの半球型飛行空間の周りには客席があって、見た目は大きなスケートリンクに似ている。元々、地球ではスケートリンクを夏場に使う方法の一環として利用されたことが発端なので、スカイリンクと呼ばれているらしい。
この公営第2スカイリンクは、空を飛びに何度か家族でレンタルエールダンジェで飛んだ場所だ。エアリアル・レースの市民大会なんかは、プロで戦うような大きなスタジアムではなく、このスカイリンクで行なわれるらしい。一昨年は市民大会が行われて見に行ったのを覚えている。
練習場へ自前のエールダンジェを持って飛びに行く。一度やってみたかったシチュエーションである。
ボウリングでマイボールを持っていくのと同じ感覚だろうか?
「珍しくハイテンションだな」
「どんな機体でも受け入れる準備は出来ている。中古でも大丈夫だよ」
いや、スポーツ仕様の機体なら、どこのメーカーでも文句は言わない。第一希望のシュバルツハウゼンのカルロスモデルが欲しいとか言わないよ?
「まあ、安い未使用の中古って感じかな?」
お父さんはそんな事を言いながら、クローゼットへと向かう。そして中から綺麗にリボンで包装された大きな箱をを取り出す。
「おおー。でっかい」
僕はそれを両手で受け取って感動に打ち震える。
そして、意外と軽い。そもそも、空を飛ぶ為の機体なのだから軽くて当然だ。
「開けてごらん」
「うん。」
僕は包みを引っぺがして中を開けると…
そこに現れたのは白銀の美しい流線型のフォルムをした機体。スカイブルーのラインが入っているのがポイントだ。
「……おおおお。こ、これは……ムーンライト311レオン・シーフォモデルだ!」
背部に重力制御装置が取り付いているハーフトップ型の重力翼制御装置。
重力翼制御装置の胸部には大きい穴があり汎用電力供給装置が搭載される。
その電力供給装置を包み込み、重力翼制御装置を覆う外部装甲で構成されている。
他にも人差し指だけ抜けている手袋型操縦桿、そして操作する手や腕を覆う小手となる操縦系装甲。
エールダンジェの主要部品全5点が全てそろっていた。
「ふっ…2年前に引退した所為で在庫が残ってたらしい」
「ホントに?お父さんの趣味じゃなくて?」
「そりゃ、お父さん、レオンのファンだよ。それとこれとは別だから。ちゃんと探したんだよ、カルロスモデル。でも無いものは無いのだから仕方ない」
父さんは肩をすくめる。
そう、父さんはレオン・シーフォのファン。僕はレオンのライバルだったカルロスファンだ。カルロス選手は地球の選手で、レオンは地元・月の選手だ。レオンはすでに引退したけど、カルロス選手はいまだ現役のベテラン選手で、未だに世界王者に返り咲いたりとすごい選手でもある。
「これでもレンと同じ年の頃に、全国大会であのレオンと戦った事だって…」
「それはもういいから」
既に100回くらい聞かされている父の自慢話。
父は若い頃、プロ飛行士を目指したらしいのだが、結局プロにはなれなかった。前期中学3年生の時に個人戦でまぐれと偶然が重なって全月大会に出た事があったとか。その時にレオンにKO負けを食らったのだが、1点を取ったのが最高の思い出なのだと自慢していた。
「でも、これは良いモノだ!」
僕は機体を持ち上げて大興奮だった。父さんの昔話はどこか遠くに投げ捨てて。
ここは小躍りの1つでもしたいところだけど、落としたら大変だ。
まあ、落としても壊れる代物じゃないけど、色々と僕の気持ちが落ちるから丁寧に扱おう。
「レンの好きなシュバルツハウゼンのカルロスモデルは古いのでも売ってなくてね。ドイツ物は輸入になるから高いし。さすがに現役選手は古いモデルでも売れていて値段が下がってなかったな」
どうやら父は僕の第一希望を探してくれていたようだ。さすが人気№1選手なだけあって簡単には買えなかったらしい。
がっかり。
「確かに僕はカルロスファンだけど、レオンも好きだから大丈夫だよ。僕と名前も似ているし」
というよりも、僕の名前『Leonard』は『Leon』から付いている。父さんがレオン・シーフォの大ファンで、そこから付けたらしい。
ただ、僕が使うエールダンジェがレオンモデルとか思い切り狙ったのか?完全に父の趣味が出ているように思える。
「さすがにあざといから辞めようと思ったんだが、予算内に収まるスポーツ仕様で安全性の高いメーカーはそれ以外になくてな」
父さんが苦笑する。やはり同じ事を考えていたようだ。そして、そこら辺は気を遣ってくれていたようだ。
「しかし、ついに念願の…ふおおおおおっ」
色々と思う事もあるが、しかし今、自分のエールダンジェで空を飛べるという喜びに勝るものはない。むしろ、今すぐこれで学校に行きたい。
「朝からハイテンションねぇ。いつもこれなら起こすのに苦労しないのに」
「いつも朝からこのテンションだと逆にこっちが疲れるだろう」
「ほら、早く朝ごはん食べなさい。もう出来てるからね。学校あるんだから早くしなさい」
お母さんはエールダンジェに夢中な僕に食事を促す。
「はーい」
エールダンジェを手提げ袋に入れようとするのだが、間違えて手を滑らせてしまう。
ゴトンッ
手から滑り落ちたエールダンジェの操縦系装甲がテーブルの角に見事にヒット。
見事にテーブルの角の形がうっすらと操縦系装甲に刻みつけられていた。
「ぎゃあああああああああああああああああっ」
「乗る前に傷ついたな」
あははははと笑うお父さんとお母さん。そこは笑い事じゃないよ!
「エールダンジェは安全機能があるって聞いていたけど?」
母さんは不思議そうに首を傾げる。
「そういうのは本体の機能がついている重力翼制御装置だけだよ。操縦系装甲はただの保護部材だからそんな機能ないもん」
そして、本体である重力翼制御装置が起動してなければ操縦系装甲の重力制御装置も起動しないし、この手の衝撃にも弱いのだ。
僕はなんてことを……。
「ほら、壊さないようにちゃんとしまっておきなさい。空を飛ぶ前に学校、学校に行く前に朝ご飯よ」
お母さんに優しく諭されて、僕は気付いてしまった。
言われてみれば、空を飛ぶには学校の授業を終わらせなければならず、学校へ行く前には食事をしなければならない。
いつも作業のように食べている食事もエールダンジェの為とあれば活力が湧いて来た。まだ食べてないのに活力が!
「いただきます!」
そんな和やかに始まる食卓の中、リビングの端にある壁にニュース映像が映し出され、アナウンサーの声が流れるように聞こえてくる。
『マルブランクカップ準決勝はジェネラルウイングのディアマンティディス選手とセレネーのパオロ・メンサー選手の試合。アマチュア登録ながらも準決勝まで辿り着いたメンサー選手でしたが、流石に世界王者の前に終始圧倒されます』
エアリアル・レースの映像が流されていた。
エールダンジェを纏い、重力光拳銃と重力光盾を持つ2人の飛行士が広大な空を舞い、互いに重力光拳銃を撃ち合いながら勝負をしている。
片方の白い機体を纏うのがディアマンティディス選手で、もう片方の青い機体を纏うのがメンサー選手なのだろう。
エアリアル・レースは頭部、胸部、腰部、両肩部、両大腿部に攻撃を当てるとそれぞれ1ポイント手に入り、合計7ポイントを奪ったら勝利となる。
ディアマンティディス選手は3月に開催された世界最強を決める大会で優勝しているので、流石に月の有望な若手程度には簡単に負けない。それでも準決勝に辿り着くのは凄い事なのだが。
とはいえ、6点を先取してしまうと相手は残った1ポイントを盾で防御ポイントを覆って守りに徹するので、7点奪ってKO勝利するのは難しい。
多く点数を取った方が勝利なので、前半10分、後半10分の時間をいっぱいいっぱいに飛んで終了となる。
『6点獲得で難なくディアマンティディス選手の勝利、決勝進出です』
ダイジェストなので流れた画面は1分もなかったけど。
いつもならばスポーツニュースで放映されるレースのダイジェストとその結果をチェックしようと齧りついていたのだが、今日はエールダンジェを手にしてしまった為に、あまり気にしてなかった。
迂闊である。
『次のニュースです』
どうやら見始めたのが最後のニュースだったようだ。
僕はガックリと肩を落とす。
『昨日、ルヴェリア王国の王太子殿下夫妻が来訪されました。そのお子様の8歳になられるシャルル王子殿下は3歳になられるメリッサ王子殿下と仲良く手を繋いでいらっしゃいますね』
『火星王族が月に来るのは実に10年ぶりでしょうか』
『そうですね。シャルル王子殿下は高度な遺伝子改造が成されており、既にルヴェリア大学を首席で卒業しているとのこと、運動も得意なようでBSAやフットボール、それにエールダンジェにも興味がおありだという話です。将来が楽しみですね』
『今日の王太子夫妻のご予定はウエストガーデン市で産業廃棄物処理場の視察だそうです』
テレビには火星王族らしく赤いネクタイをしたスーツ姿の男女と、女の子みたいに綺麗な顔をした王子様がよちよち歩きの赤ん坊と一緒に歩いている姿が映し出されていた。
「へー……って、ゴミ山見に来るの!?」
だが、僕が気になったのはアナウンサーから出た言葉だった。
普段から有用なゴミを探しに行っている場所に、まさか火星王族がやってくるとは驚きだ。
「知らなかったのか?今日はそれで仕事に行くことになったんだよ」
「それにしてもなんでまた?」
「リヴェリア王国は破損したBSAをウエストガーデンに捨ててるからな」
「そうなんだ~」
「それで、仕事行くけどプレゼントをいつ渡すか考えてたんだよ。本当は外で食事でもと思ってたんだけどな」
「そっかー」
お父さんは公務員だが主な仕事はこのウエストガーデン市の警備担当である。
他の国の人には勘違いされがちだけど、別に悪い人を逮捕する職業では無い。警備ロボットの基本配置などを管理したり、テロ対策などを練るようなお仕事だ。勿論、現場に出て警備ロボに直接指示を出す事もある。悪い人を捕らえる事もするけどそれは本業じゃないのだ。
確かに火星の王子様が来ているというなら、お仕事は抜け出せないのも仕方ない。
僕は物分りの良い子供なので、誕生日だから早く帰ってきてよーとか言わないのだ。まあ、誕生日プレゼントのエールダンジェを貰った今、別に帰りが遅くなっても問題ないし。
「去年は、早く帰ってきてよーってピーピー泣いてたのに。やっぱりエールダンジェ効果かな」
「恥ずかしいくらい、現金な子なんだから」
何でいつもお父さんもお母さんも僕の心を簡単に読めるのだろう。それがとても不思議だった。
***
今日は土曜日、週末である。
なので学校も午前で終わりだ。まさに世界が僕にエールダンジェをやれと言っているように感じるのは僕だけだろうか?
本来、お父さんはお仕事がお休みの筈なのだが、今日は休日出勤との事だ。火星の王子様の家族が職場を来訪するから仕方ない。普通は平日のお仕事している時に、工場見学とかするものだと思うのだけれど何故だろう?
だが、午前授業を乗り切れば、午後はフリーで明日は休み、そして僕は大いにエールダンジェで飛びまくるのだ。
午後から間違い無くエールダンジェ祭りだ。
放課後早く来い!
この日の学校の事は覚えていない。
いつものように宿題データを奪われたり、カード型モバイル端末をペイっと校舎の外に投げられたり、グーパンチで顔を殴られたりしたような気もするが、放課後が楽しみで仕方ないので、全然気にならなかった。
何だか僕を気持ち悪い奴みたいな目で見られている気がしなくも無いが、エールダンジェの前では全てが無きに等しい。
先生も熱があるなら保健室に行ったらどうだとか言っていたが、確かにエールダンジェ熱があるかもしれない。
だが早退するならまだしも、保健室に行くと学校が終わったら教室よりも校門から遠ざかるので論外だ。下校時間が数秒遅くなるじゃないか。
4時間目の終了のチャイムが鳴ると僕は素早く家に帰るべく走り出す。
「エールダンジェが僕を待っているのだーっ」
「おい、ちょっと待てよ、レ…」
声を掛けてくる野豚、もといペレーダがいるが無視だ。
「てめえ、ペレーダさんに呼ばれているのに…」
ペレーダの腰巾着がいたけど、よく聞こえないので無視だ。
シュバッ
僕はセキュリティカードを通して、開く学校の教室の自動ドアを潜り、颯爽と教室を去る。まだチャイムが鳴り始めてから鳴り終わってない。
「廊下を走るなー!」
何やら後で文句を言う教師を背後に、いざ自宅へ。
僕達の戦いはこれからだ。
あれ、なんか打ち切り最終回っぽくなってる?