ペレーダ・ポジェ
新暦319年2月、俺がエールダンジェ同好会と一緒に団体戦練習を始めてから1月ほどが経過した。
ついにやって来たのは彼らエールダンジェ同好会の集大成を見せる中学の大会の日である。俺とリラの2人は、エールダンジェ同好会とアンリ・レヴィナスという友人を含めた混成チームで中学の大会に参加する。
大会名称はインターミドル、後期中学生が参加する2つある全国大会の一つである。最初に行われるのはウエストガーデンで行われる市予選であった。市予選、州予選を勝ち進むと全月大会となる。
「さあ、行くわよ!まず、最初の目標は市大会制覇!全員、私に付いて来なさい!」
「おおおおっ」
エールダンジェ同好会のメンバーがリラに率いられて大会会場へと向かう。
「って、いつの間にか一番部外者だった筈のウチの相方がキャプテンみたいになってんだけど!?」
そう、エールダンジェ同好会は飛行士不足で困っていた。
そこで彼らはアンリに声を掛け、アンリ伝手で俺にも声が掛かった。俺は運命共同体である相方に一緒に出てみないかと誘った。
いわば最もオマケなのはリラだったはずだ。
そんな異様な光景を俺とアンリは少しだけ距離を取って見ていた。
「まあ、ただのメカ好き集団で、図体がでかくても草食系だからな。あんな肉食系美女に振り回されたらただ付いて行くだけだろう。良いんじゃね?エールダンジェに興味は無いけど、だからってレースに出てただ負けるだけってのは悔しいじゃん。覇気がある方が良いよ」
「和気藹々して、楽しそうなサークルだったのに、何だか妙に勝利に拘っちゃって。最初の雰囲気の方が好きだったのに」
「まあ、気弱でカイトの後にいた虚弱な少年が、プロで勝利目指す程度に人間が変わるんだろ?あの変人美女と関わると」
過去の自分がどう変わったか、アンリに指摘されて俺も複雑な気分になる。
純粋無垢で可愛かったレナード・アスター君は確かにどこにもいなくなっていたが、別にこれはリラに変えられたというよりは、フィロソフィア下層に落ちて酷い目にあった結果とか、フィロソフィアカジノでタフに稼いで生きていかねばならなかったという事実が大きいだけなのだが。
レース会場となっている市営体育館の観客席では、たくさんの学生達がレースに向けて準備をしている。レースをするにはインナースーツを着るので一度脱がなくてはならない。女性飛行士が簡易着替え室で着替えているのを見るとちょっと目が行ってしまう。
「で、君はどこを見てるのかな?」
俺がよそ見をしていると、突如、耳が引きちぎられるような痛みを感じる。俺の耳を掴んでいたのは相方のリラ・ミハイロワであった。
「い、いえ、たくさん人がいるなーと」
「女子選手の着替えを覗くとか人間として下の下みたいな事を私の相棒はやらないものね」
「イエス、マム」
「最近、脳波測定しなくてもアンタの頭の中身がわかってきつつある自分が嫌になるわ」
リラは大きい溜息をつく。どうやらお見通しだったらしい。最近、オレの考えまで見透かされているようで嫌になる。
いや、むしろこれは以心伝心、とても良い事なのかな?但し、エロい事を考えてる時に、見透かさないでほしいのは確かだけど。
「それにしても凄い人だな。さすがエールダンジェ。剣武とでは競技人口が違いすぎる」
「そりゃ、今日は70チーム以上もここに集まってきてるんだから」
アンリは普段の試合と人数が違う事にちょっと気後れしているようだった。
まあ、剣武はマイナー競技だけど、エアリアル・レースは宇宙でも屈指の人気スポーツで、月では最大競技人口を誇るスポーツだから当然なのだが。
しかも、ロブソン地区近辺限定で70チームだ。その家族もたくさんいたりする。
1チーム飛行技師がいなければ3人だけかもしれないが、サークルとして集まっていれば10人20人で1チームを支える事もある。
さらに言えば、このインターミドル市予選・団体戦の部は登録数が1966チームもある。
しかし、州予選に出場できる8チームだけである。そのチームを選定するには1958チームを敗退させなければならない。
シードチームが4チーム、7つの開催場所で4日間の28トーナメントを使って、5日目の決勝トーナメントの32枠を決める。
つまり今日のこの場所で70チーム以上も集めて行なうこのトーナメントこそが28枠の1枠を決める大事な闘いとなっている。
気が長くなる程大変な大会であった。
俺達が市営体育館に入るとそこには巨大な仮設競技場が作られていた。
エールダンジェの公式レースが可能な大きさは直径200メートルの半球より広い事が条件になっている。この体育館内の競技可能な面積は縦幅200m、横幅250メートル、高さ200メートルという巨大建造物なのである。
今の時代、スポーツ施設は大きいのが当然だが、月の建物は特に巨大なのが特徴だ。まあ、月の建物で一番でかいのは月のほぼ3分の1を覆うような居住区なのだから当然と言えば当然だ。
レース場は中央に重力制御装置によって張られた薄い光の膜で上下2つに分けて戦うようになっている。エアリアルレースの為に二面使えるほどの巨大なフィールドとなっている。
出来れば低い場所からのスタートが良いなぁなんて思っていたが、どうやら出場場所は上のレース場らしい。余計なことを考えると逆の結果が出るという、フラグって奴だな、これは。
「バスケットボールなら一体、何面取れるんだろう、この体育館」
「つーより地下に格納された巨大客席が埋まっている事実の方が気になるけど。2年前の社会科見学で、交響楽団の演奏を聞いただろ?その時、このスペースの大半は階段と客席だっただろ?」
アンリは広大な体育館を見てぼやく。
だが、アンリよ。俺はその社会科見学時にはいないぞ?
何せフィロソフィアの中層にいたからな。もっと凄い社会科見学してたし。フィロソフィアの下層、通称アンダースラムに。
「野球も出来るからなぁ。そういえば、シーズンオフに野球チームが興行しに来てたし」
「体育館の中で野球か……」
そんな世間話をしながら俺達はレース場の脇にある通路を歩いて出場場所へ向けて移動する。
すでに負けて泣いているチームもあれば、勝ち抜けを決めて次のレースの支度をするチームもある。
70チームが集まると言っても4チームずつ戦い、勝ち抜けるのは1チームだけ。通常、この手の試合は2チーム勝ち抜けるのだが、たくさんの人間を篩いに掛ける大会は、1チームだけを勝ちあがらせる形式を取るようだ。
結局の所、この集まってる中で1位しか勝ちぬけられないのだから、2位のチームも勝ちぬけさせる意味がないとも言える。なので俺達は勝ち抜ける事が出来れば4試合する予定だ。
ダブルヘッダーでもきついのに、クアラダラブルヘッダーはきつすぎると嘆きたくなった。
俺達が歩いていく先には、次のレースの為に集まっている人達がたくさんいる。どうやら対戦相手もいるようだ。
そんな中、大きな図体をわざとらしく広げてずかずかと歩く男がいた。
アンリやドミトリとも異なる褐色系の小太りと形容できる少年である。ニヤニヤと周りを見下した視線を巡らす少年は、たくさんの取り巻きを連れて我が物顔で体育館を闊歩する。
デジャヴか?
何ていうか、どこかで見たことのあるような感じの少年だ。
小太りにこびへつらうように付き従う少年たちと、道をどけつつも煙たそうな視線を向ける他の大会出場者たち。
「あいつは…ポジェ精密工業の御曹司ペレーダ・ポジェか」
「このトーナメントの優勝候補筆頭の?」
「くそ、悔しいけど勝てないんだろうなぁ」
「ポジェ精密工業はムーンランド州リーグの1部で、下部組織も持ってる。あのペレーダは子供の頃からプロ仕様のエールダンジェを使ってて、ウエストガーデンにあるU15でもトップクラスの実力があるらしいぜ」
「まだあの巨漢で後期中学1年生だってよ」
「10月の中学大会でも州大会に個人戦で入賞してたし、今回は団体戦もエントリーしてるのかよ」
彼を説明してくれる声がチラホラ。
説明してくれた人たち、ありがとう。
なるほど、どうやら俺達は初戦からハードな相手に当たったようだ。
ずかずかと歩いてくるペレーダという少年は、ニヤニヤと笑いながら脂肪を揺らし、何故か俺達の前で足を止めるのだった。
「よう、人殺しが何しに来てんだよ。ここはレース場だぜ」
奴の視線の先にはドミトリ先輩がいた。明らかに因縁をつけに来ていた。
「それが何か?」
だが、ドミトリ先輩はいつもの温和な表情を冷たく閉ざして、冷えた視線でペレーダ少年を見る。
「はっ、テメエみたいなクソガキがのうのうと生きていられるのは俺様のお陰だという事を理解したらどうだ?オレの親父はロブソン地区で一番の高額納税者だからな。だがなぁ、テメエみたいな人殺しなんざお呼びじゃねえ。今日はテメエをブチ殺してやるから覚悟しろよ。大好きなエールダンジェが嫌になる程惨めな思いで帰してやるぜ。このポジェ精密工業の育成チームのエース、ペレーダ・ポジェ様がな!」
なんだかとっても偉そうな少年だった。なるほど、ロブソン地区の有名会社の御曹司なのか。それにしてもポジェか。
「ポジェ?どっかで聞いたような?」
俺はどうもこの肉塊、もといペレーダ・ポジェの事が引っ掛かる。どっかで会った事がある筈なのだが、全く思い出せなかった。昨日の朝飯を思い出そうとするような、思い出せそうで全く思い出せない感じだった。
「レン、何、難しい顔してんのよ」
リラが心配そうに俺の腕を掴んで揺すり、考え事をしていた俺を現実へ引き戻してくれる。
「レン?……お前、まさかレナード・アスターか?」
いきなりペレーダが俺を指差して唾を飛ばす位の大声で訊ねてくる。
うわ、面倒くさそうな奴に目をつけられた。しかも向こうは俺を知ってるときたものだ。やはり既視感があったように、彼とは面識があったようだ。
だが、俺には全く記憶にない。誰だ、このデブ、偉そうに。
「はっ、軍用遺伝子保持者の次は人殺しと一緒にいるのかよ。クズの腰巾着なテメエらしい交友関係だな、おい」
からす……軍用遺伝子保持者?
そういえば俺の小学にカイトを軍用遺伝子保持者とよんでいた豚みたいな学友がいたのを思い出した。そういえばあの太っちょは何て名前だったか。そう、たしかフットボール黎明期の歴史的人物に似た名前だった。
確か親がモンスターペアレンツで……
「……あー、思い出した!ポジェ精密工業の御曹司って言われて全然ピンと来なかったけど!そうか、前の基礎学校時代のクラスメイトだ。確かモンペの両親がいて、学校の皆が陰でモンペレって呼んでたペレーダ君だ」
俺は喉に詰まった魚の骨が取れたような感覚にポムと手を打って喜ぶ。
「カイトに泣かされて、ウチの養護施設を潰すだの言い出したあのモンペのガキか」
アンリも思い出したようにポムと手を打つ。
「「予想通りのゲスに育ったなぁ」」
俺とアンリは図らずも同じ事を口走ってしまう。
「テメエ、てっきりテロで死んだと思って喜んでたのに、まさか生きてたとはな。死ねばよかったのによ!」
えー、クラスメイトが死んで喜んでたとか思っても言っちゃダメだろ。常識とか品位とか疑うぞ?
親は一体どんな教育を…………ああ、モンペだった。
「今日はまたベコベコにしてやるから覚悟しろよ。テメエラクズを纏めて始末してやるぜ」
ゲラゲラ笑ってペレーダはズカズカと周りを威嚇するように通路のど真ん中を避けようともせずに進んでいくのだった。
「何、あいつ。ぶち殺したかったんだけど」
既にスパナを手にしてリラは殺意を持った視線をペレーダへ向けていた。
スパナであの横面を殴っていたら、気持ちはスッとするけど出場前に出場停止だったね。
危ない危ない。
「基礎学校時代に俺とレンと同じ学校にいたんだよ。確かレンはカイト同様、アイツと同じクラスだったんだっけ?」
「まあ、何ていうか、目をつけられていじめられていたと言うか。しかも学校にたくさん寄付金が出てたから、先生も俺が殴られようが見て見ない振りだったし。そうか、あまりに嫌な思い出だったからすっかり忘れてたよ。当人に言われるまで思い出せなかったレベルで」
「レンって都合よく、本気で物事を忘却するよね」
リラは呆れたように俺を見る。
「そうか?ま、まさか俺とリラが昔はもっと仲良しで、水着でデートとか、一緒にお風呂とか忘れている可能性が!?くそう、何故思い出せない、オレの記憶!」
「安心して良いよ。それは100%無いから。アンタの妄想とか聞きたくないから」
「そんな素で返されたら、オレのハートがとても傷つくんですけど」
記憶の事なんて当の本人次第なのだから仕方ないではないか。
だが、基礎学生時代は虐められていたという忌まわしき記憶は確かにあるのに、俺を虐めていた相手の事を完全に忘却していた事実があるだけに、ちょっと文句も言い難い。
あの頃は会う事さえ嫌悪していて、学校に通うのも気が重かったが、今となっては路傍の石ころ程度の存在である。
「お前らは基本的に変わらないんだな」
ドミトリ先輩は苦笑を見せる。
周りもドミトリ先輩を心配したように視線を送っていた。そういえば彼はあのペレーダに人殺しとか呼ばれていた。
どういう意味なのだろう?
「でも、すまないな、皆。オレの所為で皆に迷惑を…」
「気にすんなよ、知ってる事だし」
「ドミトリ先輩が謝る事じゃないっすよ」
「俺達を纏めてくれたのも先輩じゃないっすか」
ドミトリ先輩は何故か申し訳無さそうにするのだが、サークル活動をしている仲間達もドミトリ先輩を励ます。
とはいえ、事情を知らない俺もリラも首を捻るばかりであった。
***
レース前に準備を始める俺達は、雑談をしながら順番を待っていた。
そこでドミトリ先輩からペレーダに因縁をつけられた理由を説明される。
「俺とペレーダは従兄弟なんだ」
というドミトリ先輩の言葉に俺は驚きを持つ。
言われてみれば褐色の肌とか巨体とか共通点はある。言われてみればそうなのかもしれない。似ていない理由の1つとしては、筋肉質なドミトリ先輩に対して、ブクブク横に太りすぎたペレーダに問題がありそうだが。どっちが飛行士なのかも分からない容姿だ。
「オレの親父はポジェ精密工業の役員だったんだけど、DVが酷くてさ、妾だった軍用遺伝子保持者の母さんは毎日殴られてばかりいた。その暴力の先が俺や弟に向いて、弟が風呂の中に頭を突っ込まれて動かなくなっちゃってさ、弟を助けようと思って近くにあったスピーカーで親父を殴ったら、当たり所が悪かったみたいで…」
ドミトリ先輩は俯いて、ボソボソと口にする。俺やリラに黙っていた事を申し訳なさそうに。
「それは明らかに父親に非があるのでは?」
「子供を虐待するなんて」
俺もリラも憤慨する。
そもそも、俺達のいる養護施設はテロ事件前から存在していたので、親を失った子供以上に、親に恵まれずに育った子供が多い。ろくでなしの両親を持って大人を怖がる子供達を知るだけに、ドミトリ先輩の父親に憤慨する。
捨て子のリラや親を亡くした俺達だからこそ、客観的に彼らを守ろうという気持ちが大きい。
「それで、母親も病んでいなくなっちまったし。俺も子供だったから、情状酌量の余地があると市営のフロン養護施設に兄弟で預けられたんだ。でも人を殺したのは事実だしな。何を言われても仕方ないよ」
ドミトル先輩は落ち込んだように俯いて洗いざらい喋る。
「そんな気にする事ないですよ。大体、俺らは人殺しを責めるような神経してないですからね。そもそも、俺なんて殺しが日常で行なわれてる場所で生きる為に飛行士始めたし。ウチの相方なんて知り合いの命が掛かったレースであっても、全力で勝ちに行くって、やる気の無い俺に切れるような奴ですからね。むしろ俺らより善人だと思いますよ?」
「まーね。弟の為に自分より大きい相手に体張れるなんてむしろ誇っていいんじゃない?むしろ、ヘタレの相棒に少しはそのガッツを分けてもらいたい」
リラは俺へと飛び火する発現をしてジロリと俺を睨む。
俺は慌ててリラから視線をそらす。ウチの相棒は俺へのハードルだけは並大抵では飛べない高さに設けてくるのだ。
「俺も前から事情は知ってたし、むしろそんな因縁を聞かされちゃ、適当にレースに参加する程度の気持ちだったけど、俄然やる気が出てきたぜ。あのブタに吠え面かかせてやろうじゃん」
アンリもドミトリ先輩を励ますように口にして、バンバンと背中を叩く。
「悪いな、皆」
ドミトリ先輩は頼もしい仲間を得て嬉しそうに微笑む。
『次はロブソン北中AA同好会、ロブソン西第1中AA部Bチーム、ロブソン中チームポジェ、ロブソン西第3中エアリアル・レース研究会のレースを始めます。選手は所定の場所へ移動してください。
レース5分前となり放送が流れる。
俺達は自分達のスタート台へと向かうのだった。
レンと同様忘れている人が多いと思いますが、小学時代にレンをいじめていた少年の再出です。
次回はギャフン回です。