隊列飛行練習
ウエストガーデン市営第2スカイリンク、ここがオレのよく使う練習場だ。
何でここが良いのかと言えば、ここは人が少ない上にた無料からだ。
何で人が少ないかといえば、プロのレース規定より狭く、レンタルエールダンジェがスカイリンクから廃止されて以降、家族連れも滅法減ってしまったからだ。
小さい頃は両親と足しげく通ったのだけれど。
そもそも、家から近いから設備が悪くても我慢するという考えがウエストガーデンには存在しない。
何せ客用無人飛行車はほとんど無料、移動時間は広大なウエストガーデン内であればどんなに遠くても数分でついてしまうほど高速移動が可能なのである。
歩いて近くの設備の悪い第2スカイリンクへ行く位なら、客用無人飛行車に乗って他のスカイリンクへ行った方がよほど経済的だからだ。
俺はいつもそんな場所で練習をしていた。
この日はスカイリンクへ来ているというのに、近接格闘練習として地面に足をつけての練習をする。
このスカイリンクは直径200メートルの半球状の競技場があり、その周りには取り囲むように小さな観客席が存在する。
俺とアンリは競技場の隅で互いに重力光剣の柄をもって立っていた。
「まあ、エールダンジェのレースとオレのやっている剣武は似ているって言われてるからな。きっと近接練習でも役に立つだろう」
「アンリ先生。お願いします」
俺は同じようにアンリの前に立って頭を下げる。
ちなみに、近接格闘練習をする俺とは他所に、エールダンジェ同好会を引き連れたリラはというと、エールダンジェのテストフライトをしていた。飛ぶのは同好会の会長であるドミトリ先輩である。
「さて、説明はおいといて、ちょっと軽く重力光剣で叩きあってみるか。ダメージは最小に落として、軽くポカポカって程度だけど」
「そりゃ、いきなりモノホンでやられたら斬り殺される自信があるぜ」
「そんな自信満々でいうなよ」
アンリは呆れたようにぼやく。
ちなみに、俺はエールダンジェを装備しているが、アンリは強化服にジャケットといった剣武の格好である。
「じゃあ、まずこっちから攻撃するぞー」
「おう」
アンリは重力光剣の柄を握り、光の刃を放出させる。俺もそれに習って光の刃を放出させる。俺との距離は20メートル程度、野球でキャッチボールをする程度の距離感だ。
エアリアル・レースであれば十分な加速をするには短すぎる距離なので、これからスタートをするというのであればあまりにも不適切な距離である。
アンリは右肩に重力光剣の光刃を置きながら、棒立ちの状態で立っている。そこから、右足で軽く地面を蹴り飛ばす。
刹那、フェンシングっぽく半身で構えている俺の目の前へ、凄まじい速度で接近していた。ほとんど予備動作もなく高速で俺の目の前に飛んできた為に全く対応できなかった。
アンリはそのまますれ違い、オレの背後、5メートルほど先で振り返りながら重力光剣を構えて、ドヤ顔で立っていた。
どうだ、凄いだろうって感じだ。
「分かったか?最初だから寸止めにしてやったけどな」
アンリは笑いながら俺を見る。
「反応できなかった」
「そうだろう、そうだろう」
アンリは得意げだった。
「何、あの一瞬で、2回フェイント入れてたよね?最後は胴を当てずに右にすれ違おうとして左側から抜けていったし。あれってもしかして一足飛びで来たんじゃなくて何歩か走ってたの?」
「は?」
「だから、2回フェイントを…」
「お前、見えてたの?」
「?」
今更何を言い出すのだろう、アンリは?
流石に目の前に現れた時には驚いたが、人間には目がついているのだから見えないわけがない。
「なるほど、仮にも中学でプロ資格を取る飛行士って事か。へえ、面白いじゃん」
「何、勝手に納得してるのさ!その前に、オレの質問に答えようよ」
俺はプンスカ頬を膨らませて文句を言う。
「ああ、走ってたのかって事か?それは不正解だ。まあ、見た目やスピードからすれば走ったのと同じだけど、俺からすれば一度お前の前に止まった、って感じかな?両足で地面を一度踏んでいる」
なるほど、だから目の前で左右に体をフェイントで動かせたのか。
「でもよくあんな速く重力光剣を振れるね。やっぱり特訓による筋力トレーニングの賜物?」
「あほか。そんな筋力ねえよ。どこの怪物だよ。強化服のおかげだよ」
アンリは呆れたように俺を見る。
「ああ、なるほど」
「それに、普通の重力光剣は全方向に反発力を持ってるから、普通に振ると、質量体ほど重くてなくても、振る方向は抗力、横方向には摩擦力が生じて速度が削がれる」
「ま、まあ、そうだね」
コーリョクだかマサツリョクだかと言われて頭が回転しきってないけど、重力光剣は軽いけど動かそうとすると空気が邪魔して速度が遅くなるのは良く知っている。
なのでよく分からないけど取り敢えず頷くことにした。
「オレの重力光剣は指向性を持たせていて、刃の中央を相手方向の力、側面に空気摩擦をを起こさないせん断力だけを発生させている。上手く刃筋を通せなければ振る速度も遅くなるし、何のダメージも与えられないけど、上手く振れれば進行方向は空気を斬り割き、相手に向かって叩く方向の力にもなる。つまり重量のない刀と同じって事だ」
アンリは得意げに語る。
なるほど、武器の質が違うという事か。
実際、昔の金属の刀剣は攻撃方向が決まっていた。今の重力光剣はどう持っても、どの方角で叩いても、同じダメージを与えられる。それが重力光剣の長所なのだが、その長所を取り除く事で操作性は悪くなるけど、スピードは増すという事なのだろう。
「でも人の手はそんなに速く動かないでしょ。いくらアンリの重力光剣は重量のない剣だとしても」
「重量がないんだから、刃筋さえ空気を通せば、指先で一本で動かせる。チアダンスのバトンみたいにグルグル回せることもできる。重量が軽いからもっと速く回せる。剣武の速度なら、擦れ違い様に7つのポイントを取れる」
アンリは事も無げに言い、手先で凄まじい速度でギュンギュンと重力光剣を回す。それ程の速度ならばあの一瞬で切っ先のフェイントくらいはやってのけるだろう。これはもはや曲芸の領域だ。
だが、話を聞けば聞くほど、ただ刃を回すだけなのに、向きまで常に一緒にするというのはかなり難しい。
「そんな難しい操作をしているの?」
「だから、俺みたいなガキでも大人を蹴散らせるんじゃん。まあ、道場に通う先輩達は俺より強いし、師匠にいたっては俺が10人同時に強化服を着て戦いを挑んでも、強化服抜きで蹴散らすだろうけどな」
お前の師匠は一体どんな怪物なんだ?確かアンリって剣武のU15とかの大会で去年全月大会に出て活躍してなかった?
「……剣武の世界に首を突っ込まなくて良かった。そういう精密作業と肉体運動は絶対無理だよ、俺」
そしてそんな暴力の世界は二度とごめんだよ。
「まあ、そもそもこの剣武ってさ、俺みたいな軍用遺伝子保持者が始めた代物だからな。軍用遺伝子保持者と同じ戦闘領域でなければ戦いそのものが成立しねえんだよ。常人はポカーンって感じだ」
「まあ、俺もポカーンって感じだけどな」
本当に何も出来なかった。身構えようと思ったときには通り過ぎていたわけだし。所要時間はコンマ何秒だったのだろう?
「でも、レン。やっぱりお前、面白いわ」
「何が?」
「普通はポカーンでもそもそも俺が何をしたかなんて見えるはずがないんだ。剣武の剣士ってのは超高速の世界で動く住人だ。その超高速の世界に住めない奴は、そもそも上にさえ目指す事が許されない。どんな才能があったって、初見で高山流の目録を貰ってる俺の動きに目がついていける奴なんているはずがねえ。だけど、お前はオレの動きを全て見えていた。普通はちょっとありえない」
「そうか?エールダンジェはもっと速いよ?」
エールダンジェを使ってのすれ違い戦というシチュエーションでは相手とこちらで向き合って移動するので、俺のような下っ端でさえ相対速度は時速600キロを超えるケースさえある。0.01秒位しか直接攻撃が当たるチャンスは無い。いくら遠くから動きが見えると言っても、すれ違う一瞬は剣武よりも短い。
「それって、お前、見えてる?」
不思議そうにアンリは首を傾げて訊ねてくる。
「まあ、見えてるよ?でも、あれは駆け引きなのかな。遠くても相手の動きは見えるんだから接触の瞬間の駆け引きだけだよ。速かろうが、遠かろうが、ぶつかる瞬間だけが勝負だから」
一瞬のすれ違いでの戦闘なので、相手もこっちも条件はさほど変わらない。ただ向かい合って構えている時点で俺は気づいてしまう。
ああ、多分、これは負けるな、と。
事実として相手のポイントを奪いに行く俺の重力光剣は簡単に相手の重力光剣にかち上げられて、かち上げた刃の軌道は俺からポイントを容易く奪う。
しかもそのダメージは重たく、飛行している事も有って、強い衝撃で吹き飛んでしまうのだ。バランスを崩した俺はさらに追撃を受けてたくさんのポイントを奪われてしまう。
「なるほどなー。つまり、お前の場合は、どうしても避けられない接近戦があって、そこで負けるとどうにもならないと」
「せめてもう少し強ければ良いんだけど、一撃を喰らうとバランスが崩れてたくさんポイントを奪われちゃうからね。だからそこで勝てる様にしたいんだ」
「オーケー、分かったぜ。じゃあ、お前は飛びながら俺に向かって来いよ。俺がそれを撃退するって感じな。うち等でもよくある超高速の駆け引き戦と同じようなものだろ?俺はそっちも得意分野だから」
「分かった」
アンリはオレの説明に納得してくれて、近接戦闘訓練が始まる。主にすれ違い戦を地面で行なうという事だ。
こうして、エールダンジェ同好会の活動とは別に、俺はアンリと一緒に近接戦闘の訓練をする。
俺はエールダンジェで空を飛び、地面にいるアンリへ向かう。アンリは重力光剣を構えて俺と対峙する。
とはいえ、さすが近接戦闘の競技をしているだけあって、本職の技能は凄かった。8度の大会に出場して、1度くらいは近接で勝った事はある。
だけど、アンリはこの日100度ほどの仮想すれ違い戦を俺とするのだが1度たりとも取らせてくれなかった。それどころか、エアリアル・レースでは近接戦闘の高等テクニックと呼ばれる技能を、地に足をつけているといえど、堂々と見せ付けるのである。
本職との力量差は歴然、余りにも強すぎて何を取り入れれば良いのかさえ分からなかった。
***
俺とアンリの近接戦闘練習が終えた頃、エールダンジェ同好会の面々は機体をきっちりくみ上げて、飛行士役のドミトリ先輩がやって来る。
「じゃあ、軽く隊列練習でもしようか」
「そっちは大丈夫なの?」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」
フンと鼻息を荒くして胸を張るリラ。同時に胸が揺れて、俺を含めた男子陣がうっかり視線を向けてしまう。オスの習性である。だが、あれは俺のだからお前ら勝手に見るんじゃないと言いたいが、それを言うとスパナが飛んできそうなので絶対に言わない。
「でも、ミハイロワは口だけじゃなくて本当に詳しいんだな。俺らもここまで仕上がるとは思わなかった」
「何か、皆の楽しみを首突っ込んで取り上げたみたいで申しわけない気持ちでいっぱいなんですけど」
「いや、別にそうでもないぞ。こうしたらもっと良くなるのに、こうしたいけどどうすれば良いのか分からないとか、基本的に俺達のイメージに合わせてサポートしてくれてるからな。まあ、ベースが出来上がってる状態で弄りようがないというのもあるんだけどさ」
俺はドミトリ先輩達の楽しみをリラが取り上げてるんじゃないかと不安に思うが、どうやらそうではなかったようで何よりだ。
「ほら、さっさと飛ぶ」
リラは俺の尻を蹴りながら指示を出す。
「飛ぶのは良いけど、隊列ってどう組むんだ?そもそも俺はエールダンジェをよく知らない」
アンリは首を横に振る。
「基本は上手い人が先頭で進んで、守備の上手い人が敵の多い内側、攻撃力のある人は守られつつ、時に攻撃をするって感じかな?」
「まあ、レンが先頭、ドミトリ先輩が守備でレース場の内側、素人の俺が外側で良いんじゃないの?」
「そうなるな」
ドミトリ先輩とアンリが勝手に方針を決めてしまう。
「え、俺が先頭なの?」
「「「「「「「おまえ、プロの自覚持てよ」」」」」」」
俺のぼやきに対して、全員が同時に突っ込んできた。解せぬ。
この後、隊列飛行練習をを行うのだが……
『レーン!飛び出しすぎ!スピード緩めて!』
インカム越しからリラの声が聞こえてくる。
「えー、めっちゃ遅く飛んでるよ、皆に合わせて」
『後ろが付いてこれてないのよ!周回差つけるつもり!?』
リラの声を聴いて後ろを一瞥すると、誰もいなかった。それどころかかなり突き放して競技場の反対側に二人がいたりする。
「い、いつの間にこんなに」
『後期中学生って言っても最高速度200キロのスピード制限が切れたといっても、地区予選レベルは100キロ超えるのがせいぜいなのよ。アンタみたいに常時300キロオーバーで飛んでるバカポンとは違うの!普段の3分の1!』
「ま……まじか…」
プロで飛んでいるとこれでも遅くて困っているのに、まさかこれでも速すぎるとは……。
どうやら俺はプロに慣れて、学生レベルの速度を逸脱したスピードで飛べるようになってしまったようだ。