エールダンジェ同好会
アンリから話があった翌日、オレとリラの2人は学園ビルの中にあるサークルや部室のある階へと足を運んでいた。
「それにしてもリラが中学のレースに出場するのを許可するとは。てっきり却下されるのかと思ってたよ」
オレはリラに事情を話すと、リラは快く良い返事をした。
そもそも、去年の前期中学校の頃はそんな遊びをする余裕は無いの一点張りだったはずだ。後期中学校はOKって事なのだろうか?
たしかに後期中学校からは時速200キロのスピード制限から解放される。調整で一々機体に制限をかける必要がないのだから問題はないのだろうが。
「ん?ほら、部活なら金かからないじゃん」
リラの回答はとても分かりやすく、そして世知辛いものだった。
「…………スポンサー問題かぁ」
「深刻なのよね」
2人で溜息をつく。
俺達はフィロソフィアの地下スラムから脱出してから、ウエストガーデンを拠点にプロとしての活動を始めた。様々なメーカーに売り込みをかけて、自分達の足でスポンサー協力を願い出て、レース参加の資金援助を求めたのだ。
ウエストガーデンはインフラ設備や医療、福祉、福利厚生施設が充実しており、ほとんどのものが無料である。
但し、プロが賞金の出るレースに参加する際には一切の援助がない。働いても税金で多くが取られてしまい収益が低い。生きるには困らないが稼ぐには困る。これがウエストガーデンの一長一短である。
つまる所、プロ活動をするには活躍してもほとんど奪われてしまうので、バックアップしてくれる資金が必要なのだが、中々入手する手段が無いのだ。
「あと、後期中学からはスピード制限が解除されるからね。最近、レンも勝ててなくて調子崩してるから、たまにはスカッと飛ばせてやろうかと。それに学校のサークル活動だと学校からサークル活動資金が出るし、飛行練習も学校内ならエネルギー充填が無料だし」
「そこか…」
「そこなのよ」
やっぱりお金の話だった。プロってこんなにシビアだったんだって、13歳にして初めて痛感することになっていた。
プロ飛行士って輝かしいだけじゃないんだよな、世の中。
そういえば父さんも言っていた。大学卒業の22歳の時にプロ試験を受ける準備をしていたが、母さんと結婚するには安定した仕事が必要だからプロになるのを諦めた、と。もう一度レオン・シーフォと戦うのが夢だったんだけどなぁ、何て昔を懐かしむようにぼやいていたけど、諦めて正解だったと思う。そもそも、父さんが22歳の頃、レオンはすでに世界最高の飛行士だったから、再戦は限りなく不可能だった筈だ。あのレベルになると、並の飛行士では、出場さえ不可能な高グレードのレースにしか出てこないから。
そんなことを思い出していると、リラの声が俺を現実へと引き戻す。
「まあ、正直、レンにとって中学のレースってのは団体戦以外で得るものは何もないわね」
「そうなの?」
「レンが苦手なのは近接戦闘。形振り構わずくっ付いて点数を奪う事。プロは相手のバランスを崩すような強力な出力で戦うから、レンの場合、一度捕まったら逃れるのが難しい。そこで4~5点くらいごっそり奪われてしまって、結局、2回捕まればKO負け。1回捕まって五分五分。まあ、何度も同じパターンで負けてるから、分かってるとは思うけど」
「散々2人で泣きを見たし。つーか、あんな破れかぶれの特攻卑怯じゃん」
「その破れかぶれの特攻がアンタの弱点なのよ。誰だって、2回捕まえたら勝てるって分かってるなら、2回捕まえに行くでしょう」
現在、俺達は大きい壁にぶつかっている。
詰まるところエアリアル・レースとはマシンバトルレースである。オレにとって壁は『バトル』という部分だ。
フィロソフィアの地下スラムでのレースはスピード感覚に優れた飛行士がほとんどいなかった。さらに言えば機体の質も俺達が持っている機体より、スピードのある機体を敵は持っているケースが少なかった。主だった機体は軍用で、攻撃力重視でスピードが低い。
その為、フィロソフィア時代は、俺を捕まえられる飛行士がほとんどいなかったのだ。
うって変わってプロの世界に飛ぶ込んでみると、全員が全員スピードを持っている。機体はすべて俺よりも上のプロ仕様。
一般仕様、スポーツ仕様、プロ仕様と分ける時、フォーミュラレースで例えるとわかりやすい。一般仕様は一般人が道路の上を走らせてる飛行車。スポーツ仕様は一般人が道路の上でフォーミュラレースのような速度まで出せるという売りの高級飛行車。プロ仕様とはそのままフォーミュラレースで走るようなマシンだ。
それでも飛行でイニシアティブを取れていた。プロの下っ端では、そもそもプロ仕様を持て余している例が多いからだ。
だが、相手も追い詰められると一発逆転の特攻を狙ってくる。例えばKOされないように重力光盾で残りの1点を防御しつつ、強引に組み付いて無理やり逆点を狙うという方法だ。悔しいのだが、それが見事にはまってしまう。
これはフィロソフィアで一番負けた例でもあるのだが、あの頃はそれでも逃げれた。しかし、プロだとほぼほぼ確実にはまってしまう。
レース前に相手の過去のレースを確認するのは常識だ。そしてオレが近接に圧倒的に弱い事が対戦相手に知られた状態で戦う。
「にしても、リラはもっと激怒すると思っていた。オレが負けた事に関しては」
「機体がそもそもレンの能力に追いついてないのよ。対戦相手はプロ仕様じゃない。瞬発力でどうしても負けるの。近接は距離を詰めたら最後は瞬発力で距離を埋めるからね。向こうはプロ仕様であってもプロ仕様のスペックを一切生かしていないけど、それでも最後の追い足だけは残せるから厄介なのよ」
「結局、プロ仕様をゲットできる金って事かよぉ」
オレはガックリと肩を落とす。世の中、すべてが金である。
「「世知辛いなぁ」」
最近、とみに口から出る言葉はこれである。
そもそもプロ資格を持つ現役飛行士はプロクラブに所属するか、その育成組織に所属するか、或いは企業のアマチュアのサークルに所属している。
そして、そんな彼らはクラブや企業が所有しているプロ仕様の機体を貸し与えられて試合に出て来るのだ。つまり機体はプロ仕様なのである。
実力が同程度でも、機体に圧倒的な差があるのだから勝てないのは道理であった。
とはいえ、リラらしくない…というのはある。
昔ならもっと五月蝿く、金なんてクソ食らえだと言いそうなものだが。
ともあれ、毎晩遅くまで調整どころか機体改良にまで手を出している始末。それでも、どうしようもない差が出てしまう。恐らくだが、リラは俺以上に機体に対して不満があるようだ。
いや、案外、プロ仕様さえも、ランクの落ちる機体で覆そう位の気持ちがあるのかもしれない。実際、対戦相手で俺より高い技量の飛行士はまだ当たっていないと思う。
***
俺達が辿り着いたサークル区画は学校のビルの中央付近にある。何せウエストガーデンの後期中等学校は平均して1学年で800人もの生徒が通っている。サークルや委員会、さらには教師の職員室や各講義の為の部屋などを含めると100を軽く超える場所が必要となる。
オレはサークル区画の25階、エールダンジェ同好会という表札のある部屋へとやってきた。
ノックをして部屋を開けると、そこには7人の男達がいた。
その内の6人の男達は全員がカーキ色のツナギを着ていて、テーブルの上におかれている2つのエールダンジェをばらしていて、ああでもないこうでもないと輪になって何やら相談をしていた。
「よ、レン。来たな」
そんな中、6人の男達の輪から外れた場所にいるアンリがヒラヒラと手を振って呼びかけてくる。
アンリはジーンズにTシャツとラフな格好。1人だけかなり浮いている。
「来たけど………この会は一体何なの?レースやるならレースの練習とかしないの?」
オレはエールダンジェの機体を取り囲む男達を眺めて訊ねる。
正直に言えばむさい。
何ていうか、昔のもさっとした感じのリラがそこにいても違和感がないくらい怪しげな集団だった。
自慢ではないが、フィロソフィアから脱出して実に16ヶ月、エールダンジェをいじるのは美少女という環境で生きていたので、この状況はかなり辛かった。日頃、練習しているスカイリンクではリラと一緒にやっていて、偶に桜さんが遊びに来たりする。その為、美少女に囲まれて練習をしているのだ。
うん、でも良く考えたらエールダンジェの飛行技師業界は男社会だから、これが普通なのだろう。
「それはオレから説明しよう」
そこで挙手して椅子から立ち上がるのは一際体の大きな男だ。中学生ながらも180センチはありそうな身長、飛行技師というよりは格闘技でもやってそうな強靱な肉体、少し色素の薄めな黒い髪を短く角刈りにした厳つい風貌の黒人男性である。
「こいつがドミトリ・ルソル。エールダンジェ同好会のサークル代表でもある」
アンリはさらっと付け加える。
同じ黒人系の容姿だが、アンリの場合は女子に可愛らしいといわれるような甘い顔立ちをしており、実は結構もてる男なのだ。リア充なんて爆ぜればいい。ジャパニメーションファンのくせに生意気だ。
対するとドミトリはゴツイ系にカテゴライズされ、ぶっちゃければ中学生に見えないくらい老けて見える。
「まあ、紹介にあったとおりサークルの代表で3年のドミトリ・ルソルだ。ドミトリと呼んでくれ。実は我々はちょっとした問題に直面している。端的に言えば飛行士不足と言う奴だ」
ドミトリの説明に、俺は首を傾げていると、リラは「ああ」と勝手に納得して付け加えるように尋ね返す。
「つまり、レースに出たいけど、飛行士がいないって事?貴方達が出たいのはもしかして団体戦?」
その問いに、ドミトリはコクリと頷く。
「俺達はエールダンジェ好きの集団で、皆で機体を作ってたんだ。去年までは先輩がいて、先輩達がレースに出てくれたんだけど、今年度に入って飛行士がいなくなってさ」
「飛行士のいないエールダンジェと飛行技師集団って……」
オレは目を細めてぼやく。
そもそも飛行士がいなかったら、何を目的に調整をするのだろう?オレのぼやきに対してリラも微妙な顔をしていた。
プロのクラブは飛行士がいて飛行技師がいないという例は聞いた事がある。機体と飛行士がいればレースには出れるからだ。弱小クラブなんかはそういう場所が多い。
だが飛行技師がいるのに飛行士がいないというのは聞いたことがない。
だってそうだろう?飛行技師ってのは機体をいじるのが本業の仕事じゃない。機体を飛行士に合わせこむのが本業だ。飛行士がいなければ仕事自体が存在しないのだ。
「もう俺達も引退だ。とはいえ、最後にレースに出て思い出を作りたいわけだ。機体を作っても何の成果も無いのではあまりにも寂しい」
ドミトリ先輩の言葉になるほどとオレも頷く。
「でも、何で個人戦じゃなくて団体戦なんですか?」
飛行士不足なのに、3人も飛行士の数を必要とする時点でちょっと計画がおかしい。
「俺達は文字通りエールダンジェが好きな人間の集まりだ。それぞれ得意分野も異なる。一つ一つの機体でそれぞれ好きなパーツや部品が異なるからな。つまり、2つ機体を持っているんだけど、それぞれがかけ持ちをしてたりしているんだよ」
「つまり、全員で2つの機体を掛け持つには団体戦が理想。だけど機体は2つ、飛行士がいないと?」
リラは納得したように訊ねる。
「ああ。どうせ他のエールダンジェ系部活は試合に出れない奴が1人くらいはいるだろうとタカを括っていたんだ。だけど、誰も引っ掛からなくて焦ってさ。でも、まさかアンリがあのレナード・アスターと知り合いだったとは驚きだよ」
ドミトリ先輩はバンバンとアンリの肩を叩く。
「あの…って、先輩はオレの事を知ってるんですか?」
俺が恐る恐る訊ねると、一同が『エッ』って怪訝そうな顔をする。俺は何か変な事を言っただろうかと悩む。
「そ、そりゃ、同じ学校でプロのレースに出てるやつを知らない訳ないだろ?それに地元の3部や4部のプロ相手に勝ってるしさ。他の学校はともかく、ウチの学校でお前らを知らない奴なんていないって」
ドミトリ先輩は熱っぽくオレの事を語る。
「……知られざる事実。俺氏、学内で有名人だった」
「お前、気付いて無かったのかよ」
アンリが唖然とした様子で俺に視線を向ける。
そんな有名人な割には何故か女子にもてないのはなぜだろう。入学してから4か月、リラは既に2桁の男子に告白されてたりするのに、俺は女の子とマトモに話をした事さえない。
もう少しチヤホヤしてくれても良いんだよ?
だが、こうも頼られるとは嬉しい限りだった。
「ふっ、なるほど。それじゃあ、プロとしてガツンとその実力を持って美奈を勝利に導いてやろうではないか。ふははははははは」
「って、言ってるけど、アンタ、レースでの消耗激しい上に、初めての団体戦、初めての3対3対3対3の複合バトルで、本当にまともに戦えると思ってるの?」
「ぬう。言われてみれば俺は団体経験がない。レースならたくさん見てきたけど」
うっかり調子に乗ってしまった。言われてみれば団体戦は初体験だ。
というか今までずっとリラと二人でやってたからな。
対戦形式はプロになってからは1対1だけでなく、1対1対1対1形式も結構こなしたけど、団体戦は初めてだ。
「安心しろ。俺なんて人生初のエアリアル・レースだからな」
アンリはグッとサムズアップをする。
不安な要素がまた1つ増えてしまったのだが、どこを安心すれば良いのだろう。
「ま、まあ、レースの勝敗は拘ってないよ。とにかくレースに出て、俺達の機体が無事にレースが出来れば良い。1回くらい勝ち抜けたら嬉しい、ってレベルだし」
ドミトリは勝敗まで気にしていないという事を付け加える。
「やるからには優勝よ!」
「「「「「「えー」」」」」」
全員がリラの言葉に引き攣って異論を挟む。
「あん?私のチームが負けるとかありえないし。レン、このヘタレどもの率いて全国優勝させるわよ」
「飛行技師が本業の飛行士と素人飛行士を率いて、初めての団体戦な俺に何を期待するの!?っていうか、その乗りは俺とだけでいいから。一般人の方をお前の恐ろしい乗りに乗せないでやって!可哀想だから!」
俺はドウドウとリラを宥める。
「ええい、とにかくその機体を見せなさい!大の男がこんな場所でもそもそと機械弄りとか情けない!っていうか、私にも弄らせろ!」
リラは男の輪の中に我が物顔で踏み込んでいく。そして無造作に機体に手を突っ込みもうとするのだった。
「突っ込みどころがそこなの!?っていうか、ぶっちゃけて、お前だってエールダンジェ触るのが好きなだけの同類じゃん!」
「好きなだけな連中と一緒にしないでくれる!?私はエールダンジェを愛しすぎて、世界征服を狙うくらいよ!」
勝手に盛り上がるリラを諌めようと俺は頑張るが、やはり無理だった。
むさくるしい男6人の輪の中に紅一点が混ざりこみ機体整備に参加を始める。
唖然としている俺だが、集団の中央に入っていくリラを止めることはできなかった。
「あれが噂の変人美女か」「黙ってれば可愛いのに」「勿体無い」「でも罵られたい」
一部不穏当な発言が聞こえたようだが、リラの様子に呆れたような声がポロポロと漏れてくる。
結局、リラが男達に混ざって飛行技師談義をしながら機体を弄り始めてしまい、レースの日程とか、作戦とか、色んなものを置き去りにしてしまうのだった。
リラが同好会に混ざって機体をいじり始めてしまい、押し出される格好でドミトリ先輩は様子を眺めて引き攣っていた。
「あれがリラ・ミハイロワか…」
「すいません、ウチの相方が」
俺は謝るしかできなかった。
気付いたらエールダンジェを弄る人間が1人増えてしまい、しかも無駄に薀蓄が長く、勝利の為に妥協を知らない面倒くさい美女だというのだから厄介である。
しかも無駄に知識が豊富だから、男達もリラの言葉に耳を貸す始末。
今日、部外者として参加していたはずのリラが、いつの間にかこの同好会の代表みたいになっていた。
もはや俺に打てる手は平謝りするしかなかった。
「いや、噂はね、聞いてたから。オレのいるフロン養護施設、お前らのミハイル養護施設、それにアンリのいるアルベック養護施設もウエストガーデンのロブソン地区にある養護施設だからさ。交流会とかでスカイリンクで一緒に遊ぶ事もあったし。そういうのに全く参加しないで、いつもメカ弄りばっかりやって引き篭もってる変なのがいるって。アルベックのカイト、ミハイルのリラって言ったら、まあ、近い年代の変人として有名だったし」
「あいつら…」
俺は頭を抱えてしまう。その噂の変人と最も近しい人間だった俺は何か変な縁でもあったのだろうか?
類は友を呼ぶとは絶対に思えない。
「リラが家出から帰ってきたら、行方不明中のカイトの友達を拾ってきて、しかもそいつが前期中学生なのにプロ資格を取ってるって言うだろ?正直、あんな変人達と付き合っているくらいだから、レナード・アスターって変な奴なのだろう、近付きないなぁと思っていたが、意外と普通なのな」
「友人関係の所為で、オレの評価が異様に下落していた事実が発覚してるぞ、アンリ」
「変人の介護が上手なんてスキルを磨くからだ。ちゃんと俺みたいに、レベルが上がったら剣術とかにポイントを割り振らないとダメだろ?」
「そんなスキルを磨いた覚えはない!」
そして、俺達はゲームキャラじゃないからレベルも上がらないし、スキルポイントを割り振ることもないからな?これだからジャパニメーションファンの二次元脳は。
だが、クラスで浮いていたカイト、女なのに男みたいな容姿をしていたリラ、そしてオールピンク女装を着た女装のおっさんが交友関係にある時点で、オレの変人介護レベルは隠しようも無い程に高いのかもしれない。
この世界がゲーム世界なら『変人介護力 8/10』とかになってそう。そろそろ極めるか?
「まあ、…ここの人達がよくて、リラが楽しそうなら別にいっか」
俺は諦めたように溜息をつく。
結局、この日は大した話し合いも出来なかったが、飛行技師勢は無駄に一致団結したという点は確かだった。
なる程、エアリアル・レース部ではなく、エールダンジェ同好会なのである。つまる所、エールダンジェが好きな連中が集まっただけの場所だという点は納得した。