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エールダンジェ・ゼロ~高所恐怖症の飛行士とスパナが凶器の飛行技師~  作者:
第4章 ウエストガーデン後期中学1年生
26/84

アンリ・レヴィナス

 翌日、俺は学校の講義の受講を終わると、アルベック養護施設へと向かう。実に3年ぶりの訪問だった。


 あのテロ騒動で破壊されたらしいのだが、住人たちは避難して助かっていたらしく、復興時に早めに再建されたらしい。今のウエストガーデンは5人に1人が養護施設育ちという状況で、大変なことになっていた。

 俺達の住むウエストガーデン・ロブソン地区には元々孤児や育児放棄された子供たちが集まる養護施設が3つあった。アルベック養護施設、ミハイル養護施設、フロン養護施設の3つだ。

 だが、それに加えて、学校みたいに巨大な養護施設がいくつか建つことになった。それ程、親が亡くなった子供が多いらしい。


 アルベック養護施設は、カイトがあのテロで行方不明になってしまったが、カイト伝手で知り合った友人は何人かいる。

 その1人が今日会いに来たアンリ・レヴィナスという少年だ。カイトとよくつるんでいたので、印象に強く残っていた。カイトを挟んだ共通の友人といった所か。


 アンリは短く刈った黒髪に褐色の肌を持つ黒人の少年で、運動神経が恐ろしく良い。瞳の色は黄金に輝いており、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)としての血がかなり濃いらしい。大体、アンリとカイトがつるむと碌な事が無いと言われる問題児コンビでもあった


「カイトがいた~?」

 アンリは俺の説明に対して怪訝そうな声を上げる。


「この映像見てよ」

 オレは録画した映像を流そうと、カード型モバイル端末を操作して空中に画面を出す。


 エリアス・金選手の背後で作業をしているカイトと思しき少年を指差す。


 訝しむように空中に浮かぶウインドウパネルを見て、アンリは眼を細くして少しだけ驚いたような様子を見せる。

「むむむむ。……確かに……似てるかもしれないな」

「でしょ!?」

「んー。で、このメカニックは何て名前で登録されてんだ?」

「それが……キース・アダムスって名前だけど…」


 年齢は一緒だったけど、全く別人の名前だった。

 もしもカイトなら偽名なのだろうとは思うが。それ以外、何も示されるものが無かった。本人では無いかと思っても俺だけが勘違いしている可能性もあるので、カイトの最も古い幼馴染であるアンリを訪ねたのだ。


「うわー、これカイトの偽名臭い」

 オレの自身なさげな声とは裏腹に、アンリは苦笑を見せて、確信を持った言葉を口にする。

「そうなの?」

「アダムスって苗字、100年前の第3次太陽系戦争でイオ帝国軍が軍用クローンにつけた苗字じゃん。イオ帝国皇帝の息子を元に大量作製したクローンの苗字にアダムスがあったから間違いないよ」

「でも、普通の苗字でもあるでしょ?」

 アダムスさんなんてどこにでもいる。確か英語圏あたりの苗字だった筈だ。アダムスさん捕まえてよくある偽名と言うのは無理がある。

「それにキースってカイトの英語読みじゃん」

「あ」

 さすがにアンリ、鋭い指摘である。俺もそれには気付かなかった。

 と言うか気付かなかった事に赤面してしまう。


「まあ、良かったんじゃないか?」

「良かったって?」

「ほら、3年前のテロの関係者みたいな感じで警察にも追われてたみたいだし……。大好きなエールダンジェの世界に行きたくても絶対にキャリアの邪魔になるだろ?別人として新しい人生が送れるならそれで良いんじゃないか?」

「まあ、確かにその通りではあるけどさ。ただね、今回の件、事故とは言ったものの……」


 人を殺した飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)をしていたという点が凄く気になってしまう。

 カイトは出力が低くても刃物として使える重力光剣(レイブレード)を加工する事が出来る。確かライトエッジと呼んでいた。その技術で相手を切らせたのだとしたら今回の事件は殺人事件だ。

 あのカイトが大好きなエールダンジェの世界でそんな事をやろうと思うだろうか?少なくとも俺の知っているカイトがそんな事をやるとは思えなかった。


「人が1人死んでるのか。………個人的には死んでしまえと思うような奴だったから別に良いんだけど、確かにカイトらしくないよな。アイツが自分の大好きな世界で人殺しなんてするかね。そもそも尊敬している師匠から教わった技術を人殺しに使いたいと思わないと思うぜ、アイツの性格なら」


 アンリは不穏当な言葉を口にするのだが、同様にカイトらしくないという点では一致した。


「……悪い人に良いようにコキ使われてるんじゃないかって思えちゃって。あんな連中について行っちゃったから…」

「何やってんだよ、あのバカ」

 オレとアンリは一緒に大きい溜息をつく。どちらも友人を思う気持ちは大きい。

「どうにかならないかなぁ。会って話がしたいんだけど」

「どうにか?直接会うって?無理だろ」

 アンリは率直に言い切ってしまう。あまりにも断言してしまっているので俺も不思議に思う。


「何でさ?」

「何で?お前さ、見た目だけでカイトだって判断して何も調べないでここに来ただろ」

「そりゃ、まあ、そうだけどさ」


 キース・アダムスという名前がよくある偽名だなんて考えてもいなかった。ただどう見てもカイトだと思ったからその証明を出来なくても知り合いに判断して欲しかったのだ。

 そこで改めてキース・アダムスの経歴を見る。


『キース・アダムス 13歳 国籍:カジノハビタット 所属:コバチェビッチラボ』


「カジノハビタット?カジノハビタットって、あの小惑星エロスに建造されたラスベガスに並ぶ太陽系最大のカジノの?」

「それこそ、お前が2年も潜ってたフィロソフィアのカジノの比じゃない場所だ。世界中のVIPが財産を隠してる場所で、裏では殺し合いでさえ賭博になれば公でやるし、人の命だろうが賭博対象にする、世界最大の観光地にして世界最悪の魔窟。自由に国籍を取れる反面、テロリストや犯罪者の温床にもなってる太陽系最大の治外法権地域だぞ。テロリストがいると分かっていても、莫大な富を隠している宇宙中の大富豪の隠し財産のある場所だから、誰も手が出せない」


 アンリの言葉に俺は冷たいものを感じる。

 フィロソフィアの下層も大概だったが、カジノハビタットは比にならない程、酷いらしい。


「今回だって事故の一点張りでメディアも、そう報道しているけど、殺人事件にならないのはカジノハビタットで行なわれて、カジノハビタットが絡んでるからだろ?」


 それもあるけど、チャレンジツアーはエアリアルレースのINAACからすると非公式で、グレードだけを与えられている独立したレースというのも大きいと思う。チェレンジツアーはAARPが一切管理していない。管理していたら大問題だっただろう。


「それでも、もう一度くらいはカイトと話をしたいなぁ。今回の事も含めてね」

「そりゃ、気持ちは分かるけどよ。アイツ、テロリストに重力光剣(レイブレード)を納めてたんだろ?カイトだってばれたらまずいんじゃないのか?」

「でも、テロに使われるなんて分かって無かったよ、カイトは。こっちに戻って来た時に事情聴取を受けたけど、それも警察にはちゃんと話したし」

「まあ、そうなんだけどよ。きっとアイツは誰よりお前に会いたいと思ってないんじゃないと思うぞ」

 アンリは目を細めて俺を見る。まるで俺が大きい勘違いをしているといわんばかりに、苦々しそうな表情をしていた。


「?」

 とはいえ、俺も理解していないので首を傾げるしかない。


「だって、お前の父ちゃん、斬られて殺されたんだろ?自分の作ったものでダチの親父斬り殺されたんだろ?」

「………」

 アンリは昔から茂みの周りを叩くような真似をしないのだ。

 なので繊細な僕やカイトからするとちょっと苦手な部分がある。そこは遠慮するべき所ではなかろうか?と突っ込みたい。

 とはいえ、カイトが僕から去っていった理由は恐らく『それ』だろうとは分かっていた。


 カイトの件はもう少し状況を確認しないとわからなそうだ。

 だが俺がここをたずねたのはもう1つ理由がある。最近、レースで勝てない原因となる近接格闘術に関することだ。

 目の前にいるアンリはこう見えて喧嘩に滅法強くて有名だ。


「まあ、話は変わるけど、そういえば、アンリって剣術を習っているんだよね?」

「そういえばも何も、知っての通りだろ」

 オレはわざとらしく話を切り替える。アンリは当然だが知っている事を聞かれて何を今更と笑い飛ばしてくる。

「俺に剣術を教えてくれない?」

「それはあれか?憧れのカルロスさんと同じ剣術をやってみたいとか言うミーハー的な?」

 呆れたような視線をアンリは向けてくる。


 確かに俺が一番大好きな飛行士(エアリアル・レーサー)であるカルロス・デ・ソウザ選手は剣術使いだ。

 だからって剣術を今更やりたいとは思っていない。俺にとってのエールダンジェは小さい頃に思い描いた憧れとかではなく、リラと共に築いて現実として現在進行形で進めている仕事だ。

 格好良さそうだからと貴重な時間を腰掛けで割くようなバカではない。


「最近、近接格闘戦で負け続けていてね。とはいえ、レース費用もバカにならないし、スポンサーは離れちゃうし。近接格闘を習うお金も持ってないんだよ。だから詳しい人にちょっとでも習えないかなぁ…と」

「ふーむ。とはいえ、俺は人様に教えていい立場に無いからな」

 アンリにしてはまともな事を口にする。

「いーじゃん。ちょっと教えてくれれば良いんだよ」

「うーん、どうしよう。………師匠に黙って勝手にものを教えたとき、師匠の逆鱗に触れるのが一番怖い」

 アンリは何かを思い出したように顔を青ざめさせて体を震わせる。この自由奔放で気まぐれな友人が恐れるとはどれほどのものなのだろう?


「そんな怖いの?」

「いや、意地悪な人では無いのだけれど……まあ、色んな意味でとにかく怖い。ウチの道場は師匠に心酔した連中ばかりでさ。師匠の言いつけを無視したらどちらかというと兄弟子達が何をするか……」

 俺の問いに対して、アンリは両手で自分の体を抱きしめるようにして震えを押さえる。

 相当に厄介な事らしい。


 だが、アンリ程の少年が恐れていても通っている道場とは、一体どういう場所なのだろうか?どんな師匠なのだろうか?ちょっと興味を持ってしまう。


「そうだなぁ、まあ、隠れて教えるならこっちの都合も聞いて……あ、そういえば、俺もお前に頼みがあったんだ」

 アンリはそこでふと何かを思い出したように手を叩く。


「何か頼みがあるなら聞くぞ?」

「フロン養護施設って知ってるか?」

 そこでアンリは突然とある養護施設の名前を出してくる。

「フロン養護施設?」

 確か俺の住むウエストガーデンのロブソン地方に昔からある3つの養護施設の一つだ。


「テロ事件が起こる前から存在していた市営養護施設だよ。ミハイロワ養護施設もアルベック養護施設も交流はあるんだぞ?」

「へー。で、その養護施設がどうかしたの?」

「そこに、2つ年上のドミトリ・ルソル先輩って人がいるんだよ。カイトがいなくなって、オレのレイブレードや『剣武(ソードバトル)』用の強化服(パワードウェア)なんかを代わりに調整してくれてたんだけどな」

「へー。剣武(ソードバトル)も調整が必要なの?」


 剣武(ソードバトル)とは重力光剣(レイブレード)を持ち、全身タイツみたいな強化服(パワードウェア)を着て戦う陸上戦闘の剣術大会だったと認識している。

 実はエアリアルレースの陸上版とも呼ばれていて、所有武器が重力光剣(レイブレード)だけという指定以外は、頭、胸、腰、両肩、両腿の7点を奪うという同様のルールがあるのだ。実際にはこれからエアリアルレースのルールが派生したらしいのだが。しっかりとしたメカを扱う訳でもなければハーフタイムがある訳でもないので、飛行技師(メカニック)はいないけど。


「まあ、エールダンジェほど複雑じゃないけどな。で、話は戻るけど、ドミトリ先輩はエールダンジェ同好会にいるんだ。2月のインターミドルに出たいらしいんだが、飛行士(レーサー)が不足してんだってさ。それを手伝ってくれるなら、その借りとして剣武(ソードバトル)を教えるのも吝かではないという訳だが」

 アンリは交換条件を出してくる。

「レースってつまり中学の大会に一緒に出ようっていうお誘いがあるの?」

「まあ、アホみたいな話なんだけどな。世話になってるし、俺も手伝ってやろうかな、と。で、お前もそういえば飛行士(レーサー)だったな、と」

「そういえばも何もプロのレースに出てるプロ飛行士(レーサー)だよ?」

「プロとしての成績がよければ説得力もあるんだけどなぁ」

 アンリの鋭い突っ込みにオレは言葉に窮して顔をゆがめてしまう。


 この16ヶ月で10レースに出て、本選出場は1度だけ。予選をほとんど勝ちぬけていない状況にある。お陰で8度のスポンサー契約が切り落されたわけだ。

 俺の出ているレースはステップアップツアーと呼ばれる一番格付けの低いツアーレースなんだけど、このツアーは本選で1勝しないと世界ランキングのポイントが付かないのだ。

 テニスなら予選でも勝てばポイントが付くのだが、エールダンジェの世界はそんなに簡単に点数が取れない。なのでプロになっても世界ランカーの敷居が極端に高いのだ。


「ま、まあ、プロ資格はプロのレースに出る際に、予備予選に出る必要がなくなるし、|AARP《エールダンジェプロ協会》の登録選手として顔も載ってるし」


 そう、プロになると、AARPの選手登録名簿に名前と顔が載るのだ。

 引退してもポイントが0になるだけで、死なない限りはAARP登録からは外れない。

 実はABC順で名前を検索すると、レオン・シーフォというかつてのスーパースターの隣に名前が載っている。父さんが生きていたら大興奮しただろう。父さんはレオンのファンで、だから俺にレナードという名前をつけたほどだから。


「あ、でも、プロって中学のレースって出れるのか?」

「別に中学の試合に出るのは問題ないけど。中学の内にプロ資格取って、高校に行く選手も多いし。問題はウチの相方が是とするかだな」

「相方って、あの変人美女と名高いリラ・ミハイロワ?本当にお前って尻に敷かれてるんだな?」

 変人美女、それがオレの相方の蔑称だ。まあ、男子の間では良くも悪くも人気がある。見た目だけは超絶美少女、中身は毒舌メカオタク&エールダンジェバカ。


「仕方ないじゃん。尻に敷かれているも何も、そもそもあの機体、オレのじゃなくてリラのだし」

 チェリーさんは2人にと選別に渡した筈なのだが、あの機体は何故かリラのものとして所有権が登録されてしまった。そして有無を言わせてくれなかった。

 だが、事実として俺はアンリの指摘どおり、尻に敷かれているのだから仕方ない。


 というか、最近は昔のような暴力による服従だけではない。可愛く上目遣いで『お願い』をしてくるのだ。俺も男なのでうっかり二つ返事でOKしてしまう。逆に、惚れた女にそんな風に言われて、断れる男がいるなら見てみたい。


 チェリーさん、アンタの可愛がってた飛行技師(メカニック)は着実に女の技能も身につけてるよ。


 最近、リラに振り回されている事が多いので、そんな複雑な思いをオレは抱いていた。

初出場キャラです。話の中で、何度か名前は出てるけど、一度も出てなかったので。

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