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閑話~カイト・アルベック~②

 それから俺はコバチェビッチラボに籍を移した。

 DKに教わる技術は、かなり高度なものだった。師匠とは全く別の視点で、いかに相手を潰すか、いかに相手を殺すかに特化した技能だった。基本的に考えるポイントが違ううのだ。


 相手をいかに潰すかを追求したのがDKの思想。

 師匠の場合、如何に使い手が上手く使えるかを追求したものだった。殺すためでなく、使い手を守る為に考えたもの。

 師匠の考えはDKと全く異なるのだ。使っている技術は全く同じだと言うのに。




 聞けばDKはかつてはデヤン・クラシッチという東欧の飛行技師(メカニック)だったらしい。驚くべきはダルコ・クルスタイッチ時代にその悪名を轟かせて追放されたが、それ以前にもエアリアルレースの業界から追放されていたらしい。

 ただ、当時は状況が異なったそうだ。

 そもそも今から50年前のエアリアル・レースはスポーツ系の流行りと軍事系の流行りが混在していたらしい。

 そして50年前にその騒動に決着をつけたのがエリック・シルベストルだった。俗に飛行技師王キング・オブ・メカニックと称される、歴史上最高の飛行技師(メカニック)である。

 そして、その決着によってエールダンジェのレギュレーションは大幅に書き換えられ、殺し合いに近い興行賭博のような面が失われ、大衆スポーツへと広がったのだ。

 ある意味で言えば、長いエアリアル・レース業界をここまで大衆スポーツとして親しまれるようになったのはエリック・シルベストルがいたからといっても過言ではない。


 だが、その反動で、軍事の流行の代表的な飛行技師(メカニック)デヤン・クラシッチらの軍事系派閥は一気に駆逐された。

 クラシッチにおいては、かつて許された事でさえ殺人未遂として逮捕される事に至り、INAAC(国際エアリアル・レース委員会)から永久追放処分受けたのだった。この時の経緯を聞くに、業界は利益をとるために、負の遺産を抹消するための理不尽な処置だったのは否めない。

 クラシッチが業界を恨む事に関して、一概に逆恨みとは言い難い面があった。


 そのデヤン・クラシッチは脳を他の体に移植し、ダルコ・クルスタイッチとしてエアリアルレースへの復讐を始めた。彼が飛行技師(メカニック)についた飛行士(レーサー)が、欧州史に残る天才を地に堕としたのは有名な話だ。そして、その危険性からダルコ・クルスタイッチは永久追放となった。レギュレーションをはみ出ていなかったが、明らかに悪意のある機体調整だった事が指摘されたためだ。




 そして、クルスタイッチからコバチェビッチと名乗るようになった男によって、俺は世界最高峰の飛行士(レーサー)を葬る事さえ可能な技術を徹底して叩きこまれた。

 元々、類似技術をやっていた為、コバチェビッチラボ内における序列をあげるのには時間が掛からなかった。

 カジノの担当飛行技師(メカニック)としてプロ資格を持つアステロイド帯の飛行士(レーサー)と練習をさせてもらえる事で、一気に上へと駆け上った。


「今度の10月と11月にエリアスをレースに出す。お前が飛行技師(メカニック)をやれ」

 DKに勧められた仕事はエリアスとのコンビを組んでレースに出ろという事らしい。エリアスはコバチェビッチラボと契約をしているアステロイド帯で傭兵や暗殺者などを本業としている兼業飛行士(レーサー)である。

「俺がですか?」

 コバチェビッチに初めて飛行技師(メカニック)としてのデビューを言い渡されたのはこの時だった。


「エリアスに幻影攻撃(ファントムアタック)を仕込んだそうだな。丁度いい、それで今度のカジノで行われるギャンブルオープンに出て優勝するのがお前の使命だ」

「優勝?チャレンジツアーでも、グレードCのレースですよ?」


 このチャレンジツアーはINAACのレギュレーションに入らないけれど、プロ相当のレベルのレースと認められている非公式ツアーレース戦だ。

 一流のプロでもここに出てくることが多くある程で、中には一般的にも注目されているレースさえ存在している。

 事実、このグレードCというのはプロで言えばトッププロが出場するメジャーツアーと同グレードである。

 何故、レギュレーションに入らないかというと、そもそもカジノ居住区(ハビタット)のあるアステロイド帯は傭兵が拠点にしており、この傭兵たちがエアリアルレースを専門にするプロよりも強いケースがある。

 彼らの機体の多くがレギュレーションに入らない軍用である為、アステロイド帯で行われるレースのほとんどがチャレンジツアーという扱いになっている。


「エリアスとお前ならさほど高いハードルでは無かろう」

「初のプロが認める世界ランキングが手に入るレースに出るのにか?」

「プロになるのが目標だった男が情けない」

「そりゃ、エリアスさんなら勝てるでしょうけど、そもそもあの人は暴走癖が酷いじゃないですか。前のレースでも対戦相手を追い込みすぎて反則負けですよ。これは実力以前です」

「メカで制御出来ていれば良い。あのバカは腕だけなら世界一を狙える才能があるだろう。それにギャンブルオープンなら万が一の事件が起こってもそういうものだと流すだろうよ」

「起こしちゃまずいだろ」

 一応、AARP(プロエアリアルレース協会)がグレードを認定している大会なのだが。


「何、カジノ居住区(ハビタット)でやる以上、奴らは何もできんよ。何が起こってもな」

「そりゃ、…そうだけど」

「あのバカはいずれメジャーツアーに出すつもりだ。私は別に反則負けを好んでさせているわけじゃない。勝負事というのはルールがあるから面白いのだからな。奴は強い以前に精神面がいかれている。それを調整しなければならない。その為にキャリアを積ませる必要がある。イライラしても暴走しないようになるまで」

「まあ、そりゃ、反則負けさせるためにやる訳じゃないでしょうけど」

「そもそも、私はルールの内側で戦ったにも拘らず、私の技術を恐れ疎み、そこから追い出そうとした奴らが許せない。故にこそ、私のやり方で奴らの作るルールの中で、奴らが苦渋に塗れる様を見たいのさ」


 このDKという男は、俺にとって第二の師匠になるのだが、頭の方は完全にいかれていた。人として大事な何かを完全に置き去りにして、私怨によってのみ、エアリアルレースの世界に存在している。

 名前を変えて、姿を変えて。

 コバチェビッチラボの前身はクーコッチラボというらしい。常に東欧系の姓を持ちながらもKの姓を持つラボ名を持つことから通称を『Kラボ』と呼び、いつも『D.K』のイニシャルを持つ研究所の所長がいる為、彼をDKと呼ばれている。


「ただ、報復するため?認めさせるのではなく」

「どうせ奴らは認めやしないだろう。だからこそ、報復だ。これはルール内で戦い勝利したにもかかわらず、あの世界から追い出した奴らに対する私の正当な権利だ。奴らを破滅させる。それこそが私のエールダンジェだ」

 DKは歪み切った思想を語り、クツクツと笑う。

 既に頭が壊れたような男だが、その飛行技師(メカニック)としての腕は確かに天才と呼ぶに相応しいものだった。


「そうだ、カイト。今日から表に出るには名前を変えろ。下手に嗅ぎつかれてもかなわん。そうだな、今日からキース・アダムスと名乗れ」

 ダビドは俺にそう命令を下す。


 キース・アダムス…ね。名前はカイトの英語読みだが、苗字の方はかつて栄華を誇ったイオ連邦帝国のクローン兵団に名前を付ける際にAから始まる姓は全てアダムスだったという。

 ある意味で、非合法組織にいる訳ありの軍用遺伝子保持者(カラス)が使いそうな苗字である。

「分かった」

 この日からキース・アダムスという名前の飛行技師(メカニック)となった。



***



 そして俺はエリアスと組んでプロのエアリアルレースに初めて出場することになる。

 カジノ居住区(ハビタット)は小惑星エロスを包み込むように存在しており、巨大なカジノ施設でもあった。地獄のような最下層領域は完全な治外法権区画となっており、多くのテロリストや金持ちの派閥によって区画が別れている。地球でも有名な実業家や有名な慈善活動家などが、このテロリストの巣窟で巨大な派閥を持っている事を知り、正直に言えば知ってはいけない事を知ってしまったような気分になる。


 ギャンブルプンは多くの傭兵たちが集まる為、大会は予選から始まる。レース形式がそもそもプロと異なるので、成績のいいエリアスでも予選から進むことになる。


「ったく、何で俺様が予選からでなければならないんだよ」


 イライラした様子でぼやくのは髪をオールバックにした茶色い瞳を覆うように輝く黄金の輝きを持つ男、エリアス・金。軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の中でも、違法組織によって独自に生み出された遺伝子だという彼の戦闘能力は、エアリアルレースの世界においても圧倒的だった。


「仕方ないでしょ。以前のレースで反則負けして、チャレンジツアーの序列が下がってるんだから」

「あの野郎がレース前に挑発したから、ちょっとボコっただけじゃねえか」

 エリアスは短気と呼ぶにはかなり語弊のある問題人物だ。わざと相手からポイントを取らずに痛めて遊ぶ癖がある。


「コンバットクラスで格上を挑発するバカも考えものだけど、反則負けになったら意味ないですからね?」

「わーってるよ。その前の負けで金が減ってるんだよ。この大会で優勝して金稼がないといけないから我慢するよ」


 エリアスはかなり性格が適当で努力を知らない。

 というか、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)が嫌われている理由の一つは多分そこである。純粋な加工されていない遺伝子を持つ一般人は、死に物狂いで努力をして万全の態勢で競技に臨んでも、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)は一切努力せずだらだらと舐めた試合をやっても簡単に圧勝してしまうのだ。

 目の前の男はそれをまさに体現していた。


 先日、俺は彼と組んで近接系飛行技術の一つ、幻影攻撃(ファントムアタック)をマスターしたが、以前から彼自身はマスターしていた。

 DKが彼に幻影攻撃(ファントムアタック)を教えて、たったの1週間で出来るようになったと言っていた。通常は2か月かかると言われている技をだ。

 彼はそれほど天賦の才を持っている。



***



 予選1回戦はあまりにもあっけない終わりだった。

 レース開始直後、エリアスは真正面に相手に向かって行く。

 対戦相手に重力光拳銃(ライトハンドガン)を乱射されるが、体の向きを変えたり、首を横に振るだけで全てかわし、一直線に相手に向かって行って重力光剣(レイブレード)を振る。

 重力光剣(レイブレード)は相手の首を叩き、ポイントを奪う事なく相手の意識を刈り取って棄権による勝利となる。


 俺は呆れる以外の反応を取れなかった。

 あまりに強く、あまりにめちゃくちゃだった。だが、世界一を狙う飛行士(レーサー)とはもしかしたらこういった規格外なのかもしれない。

 翌日も予選二回戦があると言うのに、飲みに行ってしまう位だ。こっちは調整が大変なのだが、恐らくそれでも勝ってしまうだろう。



 俺はエリアスがいなくなった自分の作業場で、エールダンジェニュースをみようとテレビをつける。


 自分のレースがどのような評価を受けているか、どこに反省点があったかを客観的に聞く為と、やはりエールダンジェが好きだから情報を聞きたいという想いが大きかった。


 だが、そのニュースで、ちょっとした気になる情報が入って来た。

『次のエアリアルレースニュースは月のステップアップツアーです。ジェネラルウイングのお膝元、ジェネラル市で行われるムーンレイク工科大オープンツアーレースにおいて、月の最年少プロになった若干12歳の子供がデビュー戦を飾る快挙が成し遂げられました』


 そんな放送が流れ、俺は自然と注目してしまう。

 12歳という事は俺と同じ年齢だ。そんな年齢でプロになるなんて余程才能が無ければ無理だろう。


 ダイジェストが始まるのだが、最年少飛行士(レーサー)がどちらかは直ぐに体が小さいので分かった。

 だが、どう見ても才能が感じられなかった。よくもまあプロになれたものだと思うほど。およそ戦闘センスは皆無だ。

 ただ、飛行姿勢は反復練習によってしっかりと身についているようで、非常に高いレベルの基礎飛行技術を持っていた。プロになるにはこの基礎飛行技術が最低限を持たないとライセンスを取得することが出来ない。

 そのレベルが恐ろしく高いのだろう。対戦相手は同じプロでも基礎飛行をおざなりにしているようなタイプなのか、何をやっても追いつけず、一方的に攻撃をされていた。

 最後は相手の特攻を運よくかわせてカウンターが入りKO勝利という危なげある勝利だった。


「三流だな。早熟って感じで、次の最年少選手が現れたら忘れられるような飛行士(レーサー)かねぇ」

 俺はそんなレースを眺めてぼやく。

『近接戦闘は危なっかしいですが、幼いわりに安定した飛行でしたね。よほどしっかりと基礎飛行をしていたのでしょう。軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)でない最年少プロ、レナード・アスター君。今後、どのように育っていくのか注目ですね』

『これからが厳しい戦いになるでしょうが、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)でないプロで活躍する選手が少ないだけに、期待したい所ですね』


 そんな放送に俺は驚いてテレビを凝視する。

 自分の見知った友人と同じ名前を聞いて驚きを隠しきれなかった。


 あのレンが?まさか……。


 2年前まで月に1度位、家族でスカイリンクへ遊びに行く程度の素人だ。最年少飛行士(レーサー)になるような奴はそれこそ幼少期からエアリアルレースのプロを目指すような子供でなければ無理だ。まして軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)でないなら尚更。


 同姓同名、レンである筈がない。


 そう思いながらもAARPのウェブサイトにある選手名簿からレナード・アスターの名前を探す。するとレオン・シーフォの隣に見知った親友の顔がそこに存在していた。




氏名:レナード・アスター

誕生日:A.N.305年5月1日

出身:ウエストガーデン

備考:10歳の誕生日に血の五月テロ事件ブラッディ・メイ・アタックによって両親を失い、行方不明になる。317年にフィロソフィアで生存が確認され、プロ資格を取得。行方不明の時期に、フィロソフィアカジノで活動していたとの事で、レース経験の豊富さと基礎力が売り。




 まさか、あの頼りないレンが、俺同様にこの世界に来ているとは思ってもいなかった。

 そしてこの時ほど運命を呪いたくなった事は無かった。

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