閑話~カイト・アルベック~①
カイト視点です。
レンがフィロソフィアの下層に落ちた頃の話から始まります。
俺はエールダンジェの飛行技師になる為に、ウエストガーデンで、一人の師匠の下について様々な技術を習っていた。
師匠は全く別の技術分野で活躍していたが、俺の目指すエアリアル・レースの世界に通じる技術を持っており、その技術を目の当たりにして俺は弟子入りをしたのが切欠だった。
師匠は街のはずれにあるしがない技師だ。
もっと大きい仕事を出来るだけの技術があったと思う。実際、太陽系にも100人といない国際特殊軍事技術士の資格を持っており、毎月、監査の為に国際機関から人がやってきたりと、小規模な工務店とは思えないものだった。
例えば、大企業が超一流の技術士として高額な契約を持ち掛ける事もあった。それほど優れた技術を持っているのに、街にある凡庸なしがない技師に甘んじている。
街の人達に感謝されているし、良い腕だと評判だった。
今の時代、技術に関しては既に上限に近づいて大きい差が無いので、製品の性能よりもより自分が使いやすいオリジナルティを好む傾向がある。高級品を購入するより、手頃な品物を自分の求める形に変える方が多い。フリーの技師も多くいるが、企業専属の方が依頼も多く収益も大きい。
だが、師匠は何故かそんな低い場所に留まって、フリーパスで行ける事さえ可能な高みの世界へと、自分から行こうとはしなかった。
それが、俺には全く理解できなかった。
「俺達、技術者はどうしたって他人の為に機械を調整する。だから相手に必要なものに直して渡す必要がある。だけど、自分の作ったモノによって、相手が道を誤らないようにしないと駄目だ。ガキの頃の俺はそれが分からなかった。流されて、生きるために武器を作り続けて、気付けば死の鍛冶師などという不名誉な異名を貰っていた。黒歴史さ。お前は俺みたいに間違えるなよ」
師匠は子供の頃の俺に諭すように口にする。
「何言ってんですか、師匠。俺は将来、エールダンジェの飛行技師になるんですから、師匠みたいな面倒な事にはなりませんて」
「まあ、あの世界は武器をスポーツにした真逆の思想でやっている世界だからな。俺の技術が少しでもお前に受け継がれて、平和に貢献できるならそれは嬉しい事だ、うん」
俺の言葉に師匠は嬉しそうに笑っていた。
彼は両親のいない孤児だった俺にとって、父親のような存在でもあった。
***
軍用遺伝子保持者の少ないウエストガーデンにおいて、俺達軍用遺伝子保持者は差別対象にされていた。
俺にとってこの世界で信用できたのは、一緒に育った養護施設の家族、師匠、ガキの頃からの付き合いのレンとその両親、そして数少ないウエストガーデンに住む軍用遺伝子保持者達の小さなコミュニティだった。
俺は師匠の言いつけを破り、軍用遺伝子保持者の仲間たちに頼まれて、大量に重力光剣をライトエッジという殺人さえ可能な光の刃へと作り変えていた。
出力規制のある月の居住区内においても、人を切れる光の刃だ。
師匠には決してその技術を持っていることを他人に教えるなと念を押されていたものだったが、師匠の友人の1人にその事をポロリと口にしてしまった事で露見した事だった。
俺は困っている軍用遺伝子保持者達に頼まれて、師匠に内緒で技術を使って彼らにライトエッジを渡したのだ。
その技術の本当の恐ろしさを何も知らずに、自分の腕で金が稼げるという事実が嬉しくなって調子に乗っていた。
そしてライトエッジを渡した男たちは、ウエストガーデンを燃やし、レンの父親を斬り殺した。
俺は師匠の言葉の意味を全く理解せず、腕っぷしだけが経つから一人前なのだと勘違いしていた。自らの過失で、自らの居場所に居られなくなった。
父親代わりの男を裏切り、親友の家族を殺し、そして養護施設を燃やす手伝いをしてしまった。
俺は結局、親友の顔を見る事もできず、俺達軍用遺伝子保持者を纏めていたリーダーの手を取り、そのまま月の外へと共に逃げたのだった。
***
俺達はウエストガーデンを襲撃したテロリストの小型宇宙戦艦に乗って月から逃亡をしていた。
俺達の起こしたテロ事件は、血の5月テロ事件と呼ばれ、世界中で大々的に報じられた。
あの事件で亡くなった住民は100万人を超えるらしい。無論、テロに加担した仲間達も多く死亡した。
何でこんなことになったのかも分からなかった。
ただ、俺が武器を作らなければテロは起こらなかったかもしれないのに、という想いが、何度も何度も後悔となって俺を苛まらせる。
俺が宇宙戦艦で塞ぎ込んでいると、そこにやってきたのはケビンさんだった。
彼はウエストガーデンにいた俺達軍用遺伝子保持者を纏めていた人で、俺と師匠を結び付けたのも、元々は彼の紹介だった。今回の計画のリーダー的な存在だ。
「どうして、こんなこと!俺は聞いてなかった!」
だが、ケビンさんの顔を見た俺は怒りで頭の中が沸騰した。
そもそも、この人に騙されたとしか言いようが無かったからだ。殴りかかろうとしかけて、本能がそれを止める。
目の前の男は、つい最近までウエストガーデンでのほほんと生きていたが、かつては傭兵としてアステロイド帯を渡り歩き、伝説的な強さを誇った正真正銘の化物だ。
「そりゃそうだ。俺も言ってはいない」
ケビンさんは冷たい視線で俺を見下ろす。俺は燃えるような怒りで睨みつける。
「今回はいくらか想定外が多すぎた」
「どういう事だよ」
「元々、俺達は小規模な襲撃を予測して街の防衛に入っていた。仮想していた敵はルヴェリア連邦王太子の持つ秘匿軍隊。守るべき者は我らの仲間や家族だ。奴らは特殊な遺伝子を入手すべく侵入してきていた」
「それは…聞いてたけど」
「問題は他に二つの勢力が介在して戦争を始めてしまったんだ。その為に、状況が変わった」
「その一方のテロリストと手を組んで逃亡って事か?」
「ああ。ルヴェリア連邦の王太子を殺すのに一番近い場所にいたのが俺達だったから共謀したって事さ」
ケビンさんはきっぱりという。
俺は怒りを押し殺すように歯をきしませ、目の前の右腕を失った大男を睨みつける。
「お前も知ってるだろう。火星王太子夫妻の遺伝子遊びの噂を」
それは有名な話だが、それが今回の事件と何の関係あるのかというのだろうか。
「奴らは宇宙中の遺伝子情報を集めて、遊んでいたのさ。ウエストガーデンで懇意にしている組織に騒動を起こさせ、その騒動の間にウエストガーデンの孤児の中にいる自分たちの遺伝子弄りで生み出した子供を回収する事を計画していた。あれは元々自作自演だった訳だ。火を放ち、多くの人間を殺して行方不明者を大量に出すというな」
「子供を誘拐?」
「奴らが欲してたのは子供の遺伝子だ。その為だけにウエストガーデンを最初から火に包む予定だった」
「そんなくだらない事の為に、あの連中は、あんな事件の引き金を引いたのか?」
あまりにも狂気じみた行動に、呆気に取られてしまう。
元々、火星の王太子夫妻はテロリストに通じているとか遺伝子改造実験をしているとか、怪しげな噂は多くあった。
「で、俺達は、王太子夫妻を殺し、他のテロリスト達と合流し、火星の船を奪って逃亡中だ」
「それじゃ、犯罪者の仲間入りじゃないか!守る戦いをするアンタがどうしてテロリスト側に回ってるんだよ!」
「………元々、王太子夫妻の持つ特殊部隊と俺達という構図の中に、二つのテロリストが介在し、王太子夫妻を殺しに向かったテロリストと、騒動に紛れてその王太子夫妻の持つ技術を手にしようとしていた連中が嗅ぎ付けて、4勢力で殺し合いを始めちまったのさ。出来るだけ多くの人間を守るにはこれが最善と判断した。それでも人間は半減したがな。結果として、王太子夫妻の死体をテロリストに明け渡して一緒に逃亡という訳だ」
複雑に絡み合っていて、何がどうなったか理解が全く及ばない。だが、おかしな点、不可思議な点が存在していた。
「ケビンさん。アンタ、ここまで簡単にテロリストに手はずを付けてたって事は、最初から繋がってたって事じゃないか?」
「あの王太子夫妻さえ殺せればあとはどうなろうが問題じゃない。諸悪の根源の一つ絶つことになるのだからな」
「だからって………だからって100万以上もの命を奪うことに意味があるのかよ!」
「お前も共犯だろう?」
「!」
ケビンさんの言葉に俺は愕然とした。そう、俺の手はとっくに血に塗られていた。人殺しに加担した男の手だ。
俺はこの時、初めて師匠の言いつけが分かった。あの人はこんな思いをしながら、目の前の男と共に戦場を渡り歩いていたのだと。
自分のような失敗をするなと言われていたのに。……顔向けが出来ないとはこのことだと、自分の置かれた状況に後悔だけが残る。
***
俺達はアステロイド帯最大の観光地であり光と影のコントラストの激しいカジノ居住区に渡ってから暫くして、俺は食って行く為だけに人殺しの兵器を弄り続けた。
カジノ居住区には治外法権区画が存在し、どんな犯罪者でさえも匿う事が可能な地区が散在している。自国の犯罪者を捕らえようとカジノ居住区にやって来る調査員は後を絶たないが、その多くが不慮の事故で消える。
そしてカジノ居住区は多くの資産家の租税回避地として使われ、しかも多くの隠し資産が眠っており、世界的な権力が守っている実情がある。
その権力に守られるように、テロリストが多く潜伏している土地としても有名だった。
俺は、世界の諜報機関さえ立ち入りが困難な場所で、ケビンさんの庇護の下、人殺しの道具を作り続ける。俺は、自分の作るモノがどのように扱われるかなど考えないようにして、仕方ない事だと割り切って仕事をつづけた。
そうでなければ生きて行く事も出来ない。カジノ居住区を出て行っても犯罪者として捕まるだけだったからだ。
あの事件から1年を過ぎた現在、俺は二代目死の鍛冶師という若き日の師匠が受けていた異名を引き継ぐ程まで、多くの人を殺す武器を作り続けていた。
いつものようにカジノ居住区の一角にある聳えるビルの地下作業場で、武器を作り続ける。
俺の専門は銃器ではなく、重力光剣や強化服だ。
ケビンさんの紹介でやって来た傭兵や殺し屋、あるいはテロリストの切るクセや殴るクセ等を見て、そこから低出力で人を殺せる兵器に作り変える。戦場ではなく都市の重力子制御が行われている防衛設備内で人を殺す為の兵器を一人で作っていた。
この手法は師匠から言わせれば『当たり所が悪かった』という偶発的な事故だったり、『会心の一撃』を100%の確率で起こすようなものだ。そういう偶然を100%の確率で起こす為に、不幸な角度に力が向くように、作るのだ。
それにより、人を殺せない筈の武器を人を殺せる立派な兵器に作り変えてしまうのだ。
俺がやっているのは、重力光剣の重力制御装置を弄り、強化服に運動情報を入れるだけで、人と機械が組み合わせて初めて殺人が可能になる兵器を作る仕事をしていた。
俺は武器を作り直し、机に一つずつ置いて行く。10本目のライトエッジを机に置いて、大きく溜息を吐く。
「これで今日のノルマは終了か」
そんな時、出入口からケビンさんが1人の男を連れて現れる。
「言っておきますけど、今日の仕事は終わりですよ」
俺はケビンさんが無理難題を言う前に最初に釘を刺す。
「最近、本当に生意気だな、お前は」
ケビンさんは俺に文句でも言いたげに溜息を吐く。
そもそも人殺しの道具なんて作るのも嫌なんだ。食う為に作ってるだけ、それ以外に何のやる気もないのだから仕方ない。
「ほほう。この坊主が例の天才か」
「ああ。以前の相棒、死の鍛冶師に匹敵する実力がある技師だ」
褒められても何も出ないぞ?
俺はジトリと相手を見る。ケビンさんと同年代くらいの男だろうか。白い肌に白い髪、20歳前後にしか見えないのだが、どことなく雰囲気が老人のような落ち着きを感じる。
「私はダビド・コバチェビッチ。君と同じ技師だ」
「ども」
「坊主、私の下へ来ないか?」
「あん?」
目の前の男はどうやら俺をヘッドハントしに来たらしい。正直に言えば全く興味が無い。俺の技術を利用する事なんて、どこに行っても同じだ。
俺はケビンさんを見上げる。
「コイツはクソ野郎でな。まあ、己の欲望の為に技師をやってるクズだが、腕は確かだ。なにより多くの技師を抱えている」
「その技師の1人に加われと?」
「お前も知ってるように、俺は他人を拘束するのは好きじゃねえ」
物理的に拘束はしてないが、アンタの籠の中の鳥ってのは確かだ。これは拘束していると言えるのでは?
オレはジトリとケビンさんを見上げる。だが、ケビンさんは俺の視線を一切の関心も持たずに話を勝手に進める。
「まあ、お前が好きに選べばいい。俺としては困らないからな」
「困らない?」
俺がいなければ実質的に技師不在では、ケビンさんの組織そのものが立ち行かなくなる。この人一人だけならどうとでもなるだろうが、ウエストガーデンから逃げてきた多くの仲間もいる。
「お前さんを私のラボに置く代わり、私のラボが彼らの組織をバックアップするという事だ」
「そりゃ、景気のいい話だけど、むしろ逆にコバチェビッチさんに聞きたいが、何のメリットがある?」
俺一人の獲得の為に、そこまでする必要があるのだろうか?ケビンさん的には一人ではなく複数の人間がサポート可能になるなら、かなり大きい話だ。その手の専門業者なら俺と同等以上の腕を持った奴がいてもおかしくない。
「こいつはちょっとした狂人でな。粘着質と言ってもいい。憎しみの為だけに生きてるような奴だ」
ケビンさんはそんな事を口にする。
「私を裏切った連中にただ報復したいだけだ」
「報復?」
俺は首を傾げる。
「ああ、報復だ」
コバチェビッチはコクリと頷く。
「追放されたエアリアル・レース業界に逆恨みの嫌がらせをしているだけさ」
ケビンさんはさらっと中身を話す。エアリアルレース業界に何かやられたのだろうかと俺は首を傾げるが、そもそも逆恨みなのだから、理解の範疇外だろう。
だが、エアリアル・レース業界への嫌がらせというのは看過できない。
そもそもそんな若い身なりで一体どんな悪さをして追放させられたというのだろう。元々エアリアル・レース業界は傭兵崩れのゲームが発祥だから、懐の深い世界だった筈。無論、第3次太陽系大戦以降は非戦の象徴になるべく、軍事的なものとの切り離しに積極的になってきているのだが。
「追放、いったい誰の事を言っているんだ?」
だが、ケビンさんの鋭い視線を、コバチェビッチはクツクツと笑いながら軽く流す。
「以前はデヤン・クラシッチ…だったか?ダルコ・クルスタイッチだったか?一体、お前はどこのどなたの子供の誰なんだか?」
ケビンさんの言葉に、俺の背中には一瞬で冷たいものが過ぎる。
ダルコ・クルスタイッチならば俺もよく知っている飛行技師だ。
今から10年前位に君臨した世界王者が過剰な攻撃により選手生命を絶たれた事件があった。
その際に、飛行技師だったクルスタイッチはエアリアル・レースの抜け道を利用した過剰出力攻撃を使っていた事が分かり、しかもかつての世界王者を意図的に落とした事によって多くの世論が彼に敵対し、この天才飛行技師は飛行士共々エールダンジェ業界から永久追放となった。
だが、どう見てもクルスタイッチには見えない。彼は当時35歳だったから今は45歳位の筈。それに永久追放された後、宇宙船の事故で死んだはずだ。
クルスタイッチは東欧系の名前だが黒人種だった筈。だが、目の前の男は明らかに白い肌に白い髪、年齢も20歳前後と若く、そんな中年男性には見えない。
「まさか…」
今の技術は万能だ。宇宙中が法的に認めていないが、脳を他人の体に移植するという技術が存在している。いくら、カジノ居住区は何でもありの場所だが、そんな非人道的な事が許されるのか?
「そのまさかだ。こいつは実際の年齢は60過ぎ、お前みたいなガキは知らないだろうが、カジノ居住区の裏社会でDKの名は有名だぞ」
ケビンさんの言葉に対しても、全く涼しい顔をしていた。
「坊主の技術を見せて貰ったが、……エアリアル・レースをベースに技術を磨いてきた口だろう?」
「!……分かるのか?」
「ソフト側に添わせるようにハードを変える、使い易いように機体のソフトをメンタルグラフに合わせこむ。そんな業界は他にあるまい。あれはシルベストルの手法だ」
全く関係ない武装を見て、そこに気付くとは思わなかった。
「そもそも……私がやっていたエアリアルレースにおいての手法とは、お前のやってる死の鍛冶師の発想をレースに適応させていたもの。あの手法は、言わば私こそが元祖だったと言っても過言ではない」
コバチェビッチは淡々と恐ろしい言葉を放つ。それは単純にレース内で人を殺す為の手法を使っていた事に他ならない。
「元よりエアリアル・レースの世界と戦う為に資金を集め、使える部下を育成し、機械屋活動していたが、今では居住区における一大派閥の長の1人となり、あの世界に乗り込むことが難しくなっている。G16の奴らにもマークされているからな」
コバチェビッチは忌々しそうに口にする
「お前さん、ウチに来て俺の代わりをしろ」
「俺にあの業界を裏切れと?」
「そうは言わん。そもそもメジャーツアーに出せる飛行士はまだほとんど育てていないからな。そして、私のコア技術を会得し、体現可能な飛行技師もいない。今、それをやろうとしても実行は困難だ」
「どういう事だ?」
「つまるところ、私の報復をする為には、何よりも飛行士を育てる必要がある。だが、実行可能なポテンシャルを持つ飛行士をレースに出して育てるには、私一人ではどうしようもないという事だ。お前の技術は私に似ている。お前さんは私の下にいる飛行士と組んで、戦いの中で飛行士を育てればいいという事だ」
つまり、コバチェビッチは組織の長、つまりクラブオーナーみたいな地位にいて、現役飛行技師でもあり、飛行士の育成も行っている。野望を果たすのに必要な飛行士を育てるには時間と人が必要だが、そんな時間と人材が全くないという事らしい。
特に、自分の代わりを出来るような飛行技師がいないので、自分の代わりになれる飛行技師を探していたと。
「俺が、エアリアル・レースの敵になるような真似をするとでも?」
「何、別にお前さんがやりたくない事をやれ、という訳では無い。お前さんは単に私のところにいる飛行士を育てる為に、カジノ居住区にいる飛行士と組んでプロとして活動して経験を積ませれば良いだけ。単に私はお前さんが育てた飛行士と組んでメジャーツアーに乗り込む、それだけの話よ」
つまり、飛行技師をやれという事だろう。それだけだ。それだけなのだが。何かやってはいけない気がする。
だけど、その提案は心躍らせるものだった。
当然だ、ずっと夢に見ていた飛行技師の仕事が出来るのだ。それも地元の友達と組む訳では無く、才能があり、メジャーツアーの優勝さえ狙える可能性のある飛行士と組めるという。
それは幼い頃より憧れたものだ。
「どうだ、坊主。俺のところに来い」
もう一度、レースの舞台を目指せる。
恐ろしくも甘い誘惑だった。
エアリアルレースの世界に災いをもたらす男の尖兵になるのは、恐らくやってはいけない事だ。だが、あの世界に行けるという誘惑に抗う事は出来なかった。