LAvsSF
フィロソフィアカジノのエアリアルレース専用スタジアムは大きく盛り上がっていた。
直径200メートル、高さ200メートルの中空円柱状の競技場を包み込むように大量の観客がやって来ていた。
LA vs SF
イニシャル表記された俺と桜さんの戦いの宣伝がスタジアムでは大量に流れている。
それぞれのこれまで勝ち上がって来るまでのレースのダイジェストが空中に浮いている画面に流れており、観客の気持ちを盛り上げているようだ。
『フィロソフィア・アンダーカジノ・フェスティバル317!エアリアルレース決勝戦の投票は今を持って締めさせてもらいます!』
レース1分前となり、賭けの金額が出る。
戦績を考えてもやはり桜さんの方が圧倒的にオッズが低いようだ。
俺との直接対決で13戦13敗は伊達ではない。誰も俺が勝つと思ってる人がいない雰囲気がある。
よくよく考えたら結果で示すとは言ったものの、本気で戦っても勝てる可能性は低いのでは?
少し早まったような気がしてきた。
カウントダウンが始まりオレはスタートの準備をする。
200メートル先で車椅子に座ってレースを待つ黒髪美少女の姿が見える。背まで伸びた長い髪を後で結っており、桃色のインナースーツに青いエールダンジェを纏っている。
オレと瞳が合うと、これから戦うというのに余裕があるかのようにニコリと微笑む。掛かっているものの大きさを考えれば、こんな状況でも笑えてしまうのだから強い人だと感じてしまう。数字が徐々に小さくなっていく事にオレの時間もゆっくりと進むように感じていく。
カウント0と同時にオレはエールダンジェを起動し空を舞う。
勝負です、桜さん!
オレは心を決めて強くエールダンジェのコントローラを握り締めてアクセルを入れる。
刹那
頭に強力な衝撃が走り、飛行と同時にバランスを崩す。
「!?」
オレの頭のポイントが落ちていた。
慌ててオレは態勢を整えて飛行開始する。一気に加速するが、最初にもたついているうちに早々とオレの斜め後に桜さんが近付いてくる。
よく分からないが、恐らく開始直後に撃たれたのだ。200メートルの射撃は飛行してなくてもオート照準でもかなり難しい。起動して震動が伝っている状態で構えるのは腕がぶれやすいからだ。だから、まさか狙ってくるとは思わなかった。
だけど、よく考えれば普通のスタートはカウントダウンに合わせて助走をつけてダイブしてから飛行を開始するのに対して、俺はスタート直後に機体制御で動くので、カウント0の瞬間は動きがほとんど無い。
前々から、リラやチェリーさんからその弱点は指摘されていたけど、レース中に高所を意識して恐怖で気絶して敗退するケースがあった為、修正し切れていなかった。それに狙って当ててくる相手がいなかったから、真面目に取り組んだ事も無かった。
そこを桜さんに見事に射抜かれたのだ。
オレは必死に壁沿いに合わせて壁を右手側にして円を描くように飛んでいると、即座に内側斜め45度後方の位置に、青白い翼を広げた対戦相手の影が早々とつけてくる。
桜さんはオレと違って何でもできる。俺と対戦するときは俺が圧倒的に近接が弱いのを漬け込み、特に近接戦闘を狙ってくる。
内側に行こうとすると近接で叩きに来る事は読めていた。
完全に壁に押し付けられたと感じる。上へ下へと飛行をして逃げようとするが、全く隙がない。
威嚇射撃も余計な回避行動さえ取らない。数メートル程度の動き、時速300キロを超えて飛ぶ俺達にとっては、数メートルという本当に些細な動きで回避してしまう。
600戦のキャリアの中で、何度と無く戦ったプロ崩れなどとは訳が違う。
プロ候補生としてスカウトされているプロ資格を持つ本物の飛行士だ。同年代最強にもなった事のある彼女はずっとオレやリラが超えるべき巨大な壁だ。
きっと今日だけじゃない。これからもずっとだ。
相手の攻撃を避けるように逃げる事に集中していると、自分の場所がどこなのかちゃんと把握して無かったことに気付く。
レース場がプロなどでよくありがちな球形だったならこういった心配は無いのだが、ここのレース場は円柱形だという点だ。球形なら壁に沿ってどのようにも移動できる。でも、円柱形はをグルグルと壁に沿って飛んでいても上か下へと移動する事になる。当然だが、底面が存在するのだ。この場合、斜め上から蓋をされると下から回りこみたくても行き止まりになる。
内側どころか頭まで抑えられてしまっていた。
このレース場で600戦以上も戦っておいて経験不足を露呈してしまった。
そもそもこの展開になった事がない。何故なら常に逃亡者ではなく飛行で相手から主導権を握っていたからだ。強者との経験が圧倒的に不足しているのは否めない。
急減速、急上昇、急旋回、どこに逃げても即座に桜さんが叩きに来る準備をしていた。彼女は既に重力光拳銃を左手に持ち替えて射撃しつつ、右手には重力光剣に持ち替えていた。
それでもここはどこかに逃げなければ一方的に攻撃されるだけだ。
減速は下策、上か内側なら内側、急旋回狙いだ!
俺は急旋回を選択して円柱の回転半径100メートルよりも更に鋭角に急カーブをかけて中央へ一気に逃げようとする。
だが、俺の狙いは完全に読まれたかのように桜さんは内側に回りこんで重力光剣を一閃する。
俺は咄嗟に重力光盾を使って防御しようとするが、それを軽々と弾き飛ばす。空けてしまった俺の左肩のポイントを桜さんは左手で持つ重力光拳銃で見事に奪ってくる。
さらに桜さんは重力光剣を持って、俺に併走しながら併走戦へと移行しようとしてくる。
オレは重力光盾を持ち直して桜さんの重力光剣の攻撃を防御する。
俺と桜さんは重力光盾と重力光剣をぶつけ合ったまま時速300キロでレース場の縁を回り睨み合う。
俺は右手の重力光拳銃を手にして攻撃しようとするが、既に桜さんは左手を重力光盾に持ち替えて、俺の攻撃を軽く受け止める。
互いに頭がぶつかりそうになる程押し合いへし合いになりながら飛び続ける。簡単に桜さんは逃がしてはくれないようだ。
「レン君は素直ですね」
桜さんは顔を近づけて笑う。
「?」
「逃げるにしてもフェイントくらいは使わないと。勿論、今までそういう展開が無かったからやった事も無かったのでしょうけど、何度も対戦相手にやられて逃げられているのに」
「!」
桜さんの指摘はもっともだ。そうやって何度も相手を逃がしてしまっていた。
相手がやっていた事を自分がやればよかったのに、それをやらずに素直に逃げてしまった。
「減速は下策。リラなら絶対にスパナでぶん殴って教え込むでしょう。上か急旋回か。並のレーサーなら急旋回自体が上手くできずに失敗するのを恐れて上に行くでしょうが、レン君は飛行技術に余裕がありますからね。それに高所恐怖症の君は、きっと本能的にコンマ数秒の選択肢で上は選ばないと思ってました」
桜さんはキッパリとオレの内面まで見透かしたように断じる。そうだ、この人は相手の事もかなり研究して戦いの場に臨む人だ。
「そして、レン君、盾は防御だけの武器でもありませんよ!」
桜さんは俺の重力光拳銃の攻撃を重力光盾で防御をしながらも、さらに体当たりでもするかのように、思い切り突き出してくる。
重力光盾が俺の体に強くぶつかって大きく吹き飛ばされる。
胸と腹のポイントが同時に奪われる。
やられた!シールドバッシュだ。
だけど、互いの距離が吹き飛ばされた拍子に少しだけ離れた。オレは体を入れ替えて上へと逃げる。
俺が離れれば、俺が逃げている一瞬の間に、桜さんは右手に重力光拳銃を持ち替えて、左手に重力光盾を持つ。コンマ数秒で腰のホルスターに武装を入れ替え差し替えする様は手品師の如く素早い。
この人が何でプロ候補だったのか改めて思い知らされる。
プロ崩れと呼ばれる相手ならいくらでも戦った。彼らはプロ資格を持っていてもほとんど勝つ事無く消えて行く飛行士らしい。
そんな彼らと桜さんは全く格が違う。
これが本当に前期中等部の子供のレベルなのか?
だけど、今度は下を押さえられてしまった。まさに無限の追いかけっこ。
4対0という状況は一向に変わらない。背後への反撃はするが全く当たらない。とはいえ、今度は上に押し付けられるまでには時間も掛かるし、狙いが分かれば自分のポジションをしっかり把握して上や下の底面に押し付けられないようにすればいいのだ。
息も吐けないほどの10分間の死闘がどうにか終わる。どうにか4対0で折り返すことができたが、依然として不利な状況である事は違いなかった。
俺はハーフタイムに入るブザーを聞くと、自分の出場したスタート台のある控え場所へと戻る。
戻るなりリラは俺のつけているエールダンジェの外部装甲を外して、電力供給装置の充填を開始しつつ、俺にスポーツ飲料とタオルを投げ付ける。
オレはそれを受け取って体と心の補充をする。
リラはフェスティバル仕様で女性らしい格好をしている。しゃがんだ時にスカートの中が見えそうだったり、胸元の谷間が強調されたりしている。うっかり不埒な場所に目が行きそうになってしまう。
「いやらしい事この上ないわね」
リラは溜息をつくようにぼやき、俺は慌てて目をそらす。おかしい。リラはノート型モバイル端末でデータを入れ替えつつ機体調整をしているので、こっちを見てない筈なのに。
「桜はああいういやらしい駆け引きが上手いのよ。まあ、でなければ基礎学校や前期中学で月でトップに立ったりしないんだけどさ」
「え、あ、そっち?」
オレは少しだけホッとする。胸元に視線がいっていたのがばれたらスパナで殴られる所だった。
「フェイントくらい使いなさいよ」
「う、はい」
練習はしていたけど、試合で使う機会が全く無かったのだ。だから完全に頭から落ちていた。桜さんに同じ指摘を受けていた後なのだ。
「レンの高速急旋回は読んでなきゃ、桜でも捉えられないわ。だから急旋回は悪い手じゃなかった。ただ、あの場面で急旋回という選択肢を選ぶ可能性が高いのがバレバレだったし、逃がした所で桜には直に追い詰めれる自信もあったから、堂々と急旋回を狙ってたのよ、アイツは」
リラは俺に小言ともつかない注意をしながら機体整備をする。充填が終わると早々と外装を閉めてボルトを締める。
「それは分かるよ」
桜さんにもレース中に指摘されたから。
すると、リラはオレのヘッドギアを取って調整を始める。別に変な感じは無かったけど、何か気になったのだろうか?モバイル端末からデータの変換を行っていた。
「照準がおかしかった?」
「ううん、別の事よ。気にする必要は無いわ。レン、相手が強いと思ったらとにかく相手に合わせない事。アンタは基本的に手数が多い訳じゃないし、盾裁きが上手いわけでも無い。しかも今日は既に左肩のポイントも落ちてるから盾は使う必要性が失ってる。だから、エネルギー残量を気にしないで、もっとスピード上げて加速で振り切りなさい。むしろ相手の後ろを取ること」
「う、うん」
「負けたら…許さないんだからね」
コツンとオレの胸を叩く。
「…相変わらず……」
ハードルが高いんだよなぁ、いつも。
元プロが殺そうとしている中、生き残れって言ったり、同年代最強の飛行士に負けるなって言ったり。
よく考えたら、ここでレースするのもおかしい。フィロソフィアカジノでは過去に例の無い低年齢の選手が高年齢層を勝ち抜いて来ているとスラム中層ではどこもかしこもニュースだった。
カウントダウンが始まり、リラは早々と荷物を纏めて後に下がる。もうメカニックとしてやる事は無いのだ。
後は俺が今の状況でどうにかするだけ。
カウントが刻一刻と小さくなる。
0と同時にオレは走りながら飛行を開始する。スタート台からダイブしなくても、走りながら翼を広げれば当たる事はない。
だが、スタート台のオレのいた場所に大きい衝撃が走る。
桜さんは再び狙ってきた。
しかもかなりのピンポイントだ。対策をしてなければ間違いなく当たっていた。
あれで近接が得意とかどうなってんだと聞きたい。オールラウンダーというのは羨ましい限りである。オレは飛行速度を上げて桜さんに背後を取られないように飛ぶ。
桜さんは直径200メートルの競技場の丁度逆側を飛んでいる。互いに重力光拳銃を撃ち合うが一向に当たる気配は無い。
息が詰まるような膠着した遠距離での撃ちあいが5分と続く。外から見ている人達は息が詰まるような戦いに見えるだろう。
だが、そこで、俺はふと気付く。正確には飛行技師のいる控え場所でリラがなんだか大声出して訴えているのが見えたからだ。
「!」
オレは4対0でリードされているという事実を思い出す。ずっと一本調子の遠距離戦では埒が明かないとは思っていたが、そもそも桜さんはこのまま何もしなくても、俺が点を取れなければ勝てるのだ。
ここのレース場は気の荒いぶつかり合いが多いし、基本的にオレが主導権を握って先取点を取っていたから無理にでも近付いてくる相手が多くて失念していた。
桜さんはもう攻める気なんてなかったのだ。
「やられた!」
まんまと5分も無駄な時間を過ごした。オレは一気に加速して桜さんへのアタックを狙う。桜さんはまるでミラーリングするようにオレに向かってくる。
逃げるのかと思ったら戦いに来た。
逃げは主導権を奪われる事になる。つまり、遠距離で逃げるなら問題ないけど中距離で戦うなら主導権は絶対に握らせないという意思が感じられる。
とはいえ、俺もそこで直に気づく。これは桜さんの得意な近接戦闘のシチュエーションの1つ、擦れ違い戦だ。
まんまと嵌められた。擦れ違う前にポイントを取りたいと思って重力光拳銃を向けるが、桜さんは既に体を倒して盾の中に体をしっかりと隠し、左右に小さく蛇行しながら俺のライトハンドガンを避けて近付いてくる。
俺も同様に重力光拳銃を構えて左右に小さく蛇行をしながら、すれ違う前に右へ切れようとする。
桜さんは近づいたところで右手に重力光剣を持ち換えていた。だから桜さんの左手方向なら重力光剣は届かないと判断した。
だが、そこで桜さんはぐるんと体の上下を引っ繰り返す。俺が逃げようとした方向に右手が来る。
エールダンジェにとって重力は関係ない。上も下も右も左も関係ないのだ。競技場の形と壁の位置、それ以外は重力を完全に無視して空を飛ぶのがこのレース。右だろうが向きを変えれば関係ない。オレは慌てて左手の重力光盾を射出して防御に備える。
桜さんの重力光剣が鋭く閃き、俺の構える盾の下側を掻い潜って腹に光刃が叩きつけられる。
既に腹はポイントを取られているので相手の得点にはならない。だけど叩かれた威力でオレは体を錐揉みに回転してバランスを崩す。
やばいっ!
これ、完全にバランスを崩された。
桜さんの狙いはポイントではなく、俺のバランスを崩すことだったのだ。そこから重力光拳銃に持ち替えて俺に向かって撃とうと構える。
どこに逃げる?これは緊急回避しかない。
これ以上点を取られたら勝ち目が消える。
思いっきり体が回転してるので、頭方向へアクセルを握り締める。ドリルが進むようにあらぬ方向へ回避する。
当然、頭は壁にぶつかるくらいの勢いで飛んで行くので、そこでオレはバランスを戻しつつ壁沿いに飛ぶように方向を転換する。どこに向かってるか分からないけどとにかく桜さんからの攻撃を避けたのでよしとする。ポイントもまだ4対0のままだ。
逃げれたと思って息を吐こうと思ったものの、さすがに桜さんは甘くない。今度は壁沿い正面から回りこんで近接のすれ違い戦を挑んでくる。
この人は鬼だ!
綺麗な顔して人を休ませてなんてくれない。
だけど、向こうが攻めると言う事はこちらも攻めやすくなる。エールダンジェにおけるレースはリスクとリターンが基本的に釣り合ってる。その釣り合いが飛行士の相性の違いで変わってくるのだ。
リスクは大きいが、近付く分だけ俺のリターンが増えるのだから、遠くはなれた場所での膠着状態よりはよほどマシなのだ。何故なら、俺は攻めないといけない立場だからだ。
もっと速く!
でも、すれ違い戦は相手との距離が一瞬で詰まるから速度を速めすぎないようにと、俺は自身の飛んでいる時速を確認すべくヘッドギアについているグラスの端にある速度数値をチラリと一瞥する。
なんと、何故か速度数値が書かれている場所に???km/hと書かれていた。
リラさん、大事な部分が消えてますよ!?
完全に整備ミスだ!
俺は愕然としつつも、分からないなら分からないでもう、自分が分かる範囲で飛ぶしかない。相手の動きを見えるギリギリまで速度を上げれば問題ないのだ。
俺は強くコントローラを握って速度を上げる。
桜さんが重力光剣を持ち、刃を閃かせる。
俺は重力光拳銃を手にする。
もっと速く動かねばならない。どう考えても攻撃が遅れている。攻撃が来る前にすれ違って背後から攻めるしかない!
更に強くアクセルを握り締め、桜さんの攻撃より速く桜さんの横をすれ違う。
「貰った!」
完全に無防備な桜さんの背後から4連射。
慌てたように桜さんは振り向くが遅い。オレの重力光拳銃は2発外したが、2発はしっかりと桜さんの両腿にヒットした。
これで4対2だ。まだ行ける!俺は桜さんの足元を取ろうと急降下してから一気に背中を取りに行く。
桜さんは逃げる。
思えばいつもレース場で作ってるこのパターンに持ち込めたのは、対桜さん相手では初めてだった。逆を言えば一度も主導権を握った事が無かったともいえる。
初めて握ったこの勝機、絶対に逃さない。
桜さんの逃亡は速い。内側へ内側へと入り込んで壁に追い込まれるのを避けようとするが、俺は重力光拳銃で何度も威嚇射撃して桜さんを壁沿いから離さない。
桜さんはスピードをさらに上げるがオレはそれに付いて行く。
「!」
桜さんは何もしてないのにバランスを崩してよろめき、急に速度を下げる。
作戦か?事故か?
分からないけどチャンスだ!
オレは銃口を桜さんに向けてトリガーを引く。桜さんも盾で体を守りながら銃口をオレに向けてトリガーを引く。
だけど、桜さんの銃口の向きは明らかにオレの通り過ぎた場所だった。
「貰った!」
俺の重力光拳銃から放たれた重力子の光弾は桜さんの右肩にヒットする。
今度は桜さんが体を回転させてバランスを崩す。こういう時、体重が軽いと吹き飛びやすいという短所がもろに出る。
オレは一気に攻めようと乱射する。
桜さんは恐ろしい事に完全にバランスを崩しているのに、俺を視認して、重力光盾で光弾を全て防御する。
だけど、バランスが崩れていたのは確かで、重力光盾にぶつかって跳ねた光の弾丸が桜さんの頭に掠める。
来た!これで4対4、同点まで追い込んだ!
時間はいくつか?
もう1分を切っている。散々追いかけっ子を続けていたからだ。
オレはどうにか勝ちに行く為に桜さんを追う。
桜さんは意外にも逃げる。とはいえ、虎視眈々と近接による攻撃を狙っているのは分かる。追いかけながらも反撃の機会を狙っているのだ。いきなり急減速して俺に並ぼうとするのは厄介だ。そのタイミングで避けなければならない。
桜さんは常に内側を取って逃げるので、レース場全体を使って逃げる。俺みたいに無様に壁沿いに追い詰められるように逃げたりしない。これはキャリアの差だろう。
捕まえられる雰囲気がないのが悲しくなる。
ヘッドギアについているグラスに映されている時間は20秒を切る。
オレのエネルギーパックのエネルギーはかなり減って来ている。全部捻り出して捕まえるしかない!
オレは強く握ってアクセルを全開にする。
桜さんの射撃はさらに激しくなる。もはや連射と言って良いだろう。普通なら近寄れないかもしれない。だけど俺ならもっと速く行ける!
掻い潜って掻い潜って進む。
一発でも当たったらリードされる。ギリギリの緊張感は普段のレースの方がよほどある。普段のレースは当たっただけで怪我をするのだから。だが、桜さんは俺と同じスポーツ仕様なので、当たっても怪我をするような仕様にはなってない。
凄まじい光弾の雨霰を全て避けながら、逃げる桜さんの元へと突破していく。桜さんはそこで重力光拳銃を重力光剣へ持ち帰る。
俺が一気に突破しようとする場所に向かって鋭い突きを放つ。
狙いは右肩なのは分かっていた。体をねじって攻撃を回避し、桜さんの持つ左手の重力光盾と体の間に手を入れて直接重力光拳銃を胸に当てる。
刹那、俺の脳裏にモモちゃんの笑顔が過ぎる。
ごめん。オレはリラをこれ以上裏切るわけには行かないんだ!
俺は目を瞑ってトリガーを引く。
同時にレース終了のブザー音が鳴る。
まさか、遅かったか?
ポイントを取るまでエネルギーを全て燃やす積もりで飛ばしてしまっていた。これ、逆転できなかったら、最後はエネルギーの多さで勝敗が決するから、負ける可能性がでて来ていた。
オレと桜さんは慣性飛行でそのまますれ違い、空中に留まり、レース結果を見る。
『勝者、LA!5対4!』
放送が流れると歓声と罵声がほぼ同時に響き渡る。オレは勝利にホッとする。
その反面で、俺は桜さんを見ることが出来なかった。これが勝負の掟だ。オレはそれが怖くなって、逃げるようにレース場からリラの元へと空を飛んで戻る。
「勝ったぞ」
「ああ。よくやった。さすが私の相棒だ」
リラも少し複雑そうな表情で、苦々しそうに笑ってみせる。
オレは、こいつも本当は辛かったんだって、初めて気付いた。
俺達はきっと世界一を目指して色んなものを犠牲にして進んでいくんだって、この試合を通して痛いほどに感じるのだった。