僕たちの夢はかなり高いらしい
いきなり拳が目の前に現れる。
鈍痛が僕の顔に叩き込まれた。目の前に星が飛び、足から力が抜けてしまい、気付くと教室の床に倒れこんでいた。
喧騒の絶えない休み時間の教室は一瞬で静かになる。
「カイトがいないのに偉そうな事を口にしてんじゃねえよ」
目の前で僕を怒鳴りつけたこの男はペレーダ・ポジェ、僕の同級生で、クラスで一番大柄な奴だ。
僕より誕生日が3ヶ月早いだけなのに身長は10センチくらい違う。体格を含めるとふた周りくらい違う。褐色の肌をしたその巨体は、どう見てもたった9歳になろうという基礎学校最終学年である3年生とは思えない体格だ。
クラスでは乱暴者として恐れられている。
「で、でも、……宿題をコピーするのはよくないと…」
「うるせえよ!カラス野郎なんかの友達やってる奴が偉そうにしてんじゃねえ。どうせテメエだっていつもカイトの宿題、コピーさせてもらってるんだろーが」
「そ、そんな事する訳ないだろ!」
僕は必死に否定してみるが、誰も聞いてはくれなかった。
助けを求めて周りに目を向けても、だれも目を合わせようとしない。
正直に言えば僕はクラスメイトから避けられていた。
このペレーダに目をつけられてしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
というよりも、ペレーダは僕の親友カイトを極端に嫌っており、カイトやその友達を排除しようとするのだ。つまり僕がカイトと仲良くするのがムカつくらしい。
「はっ、どうだかな」
そう言って、ペレーダはもう一度僕に拳を振り上げる。
とっさに僕は体を守るように縮こまる。
だが拳は一向に降って来ない。何かと思って恐る恐る見てみるとペレーダはニヤニヤと笑って僕を見下していた。
「何ビビッてんだよ」
嘲笑するペレーダに、クラスメイトも追従する様に笑う。するとペレーダは僕のポケットからカード型モバイル端末を奪い取ると、勝手に弄って空間にモニターを映し出し、僕の持ってきた宿題のデータを自分の腕時計型モバイル端末にコピーをするのだ。
「おっと、手が滑った」
さらに、毎度の嫌がらせの様に僕のデータを念入りに削除して、ゴミ箱や履歴からも消す。
「や、やめろよ!」
「うっせえよ!」
再び顔面に拳が叩きこまれる。
そしてペレーダは教室の外に僕のカード型モバイル端末を放り投げるのだ。
「あああっ!」
「ほら、取ってこいよ。授業に遅れるぞ」
ペレーダは僕に対して馬鹿にするように言う。
僕は慌てて教室を出て行く。周りのクラスメイトはそれに対して一切誰も文句を言わないどころか失笑が漏れる。
学校の校庭まで下りてカードを拾い、走って学校の3階にある教室に戻る。その間にチャイムが鳴り、教室には既に先生がやって来ていた。
「遅刻だぞ、レナード・アスター」
「す、すいません」
先生に謝る僕を他所に、ペレーダはニヤニヤと笑っていた。
カアッと頭に血が上る。腹が立つし、文句をいってやりたいところなのだが、何を言っても無駄なのが分かっている。
だから、口を噤むしか僕にはできなかった。
以前、ペレーダにやられたと先生に言ったが、先生は僕のいう事なんて聞いてくれなかった。
逆にペレーダに追従して僕を怒るばかりだったからだ。
ペレーダは僕らの住むウエストガーデンでも有名な会社の御曹司で学校に寄付金を払っている。だからなのか、ペレーダは何をしても不問にされる。
「また宿題を忘れてきたのか。遅刻だけに飽き足らず。これだから軍用遺伝子保持者なんかと付き合っているガキは」
先生は僕に吐きつけるように暴言を叩きつけるが、イライラで頭に説教が入ってこなかった。
最初は反抗していたが、何をどうしても抗えない事で反抗さえできなくなっていた。
理不尽な日々が嫌だった。
***
5回目の授業終了のチャイムが鳴ると、僕は直に教室を出る。階段を下りて、そのまま昇降口へと向かう。
学校が終わったのは午後2時頃。まだ、頭上には青空が広がっている。
勿論、僕らの住む月は銀板に覆われていて、空に映し出されている青空は銀板に映し出されている映像なのだが。僕は毎日変わらない空と、映像でしか見る事の出来ない空が息苦しくてたまらなかった。
僕が速足で歩いて学校から出ようとすると、スイッと僕の背後に3人の少年達が空を飛んで現れる。
ペレーダとその取り巻き達だった。正直、彼らと近付きたくないから早く学校を出たと言うのに。運が悪いのか狙われたのか、凄くうんざりしてしまう。
「よー、遅刻と宿題忘れの常習犯さんよ」
「そ、それはペレーダが…」
「あ?」
ペレーダは顔を歪めて僕の言葉を遮る。
睨まれてしまえば、僕も何も言えない。どうせ殴られるだけで、誰も助けてなんてくれないのだ。
嫌なやつに睨まれたものだと諦めるしかない。だが、どうしても納得いかなかった。
「あれ?」
僕はそこでふと気付く。彼らが空から飛んで現れた事に。
彼らの背後には薄白く輝く菱形翼が左右にそれぞれ3枚並んでいた。
エールダンジェ
フランス語で天使の翼の意を持つ機械装置を彼らは装着していた。
胸と背中を守る西洋鎧のような形状をしていて、背中に6つの重力制御装置が搭載されている。そこから形成される重力場はあたかも6枚3対の光の翼のように見え、エールダンジェという名称が一般的となった。
僕はずっとそれが欲しくて親にごねていたが、買って貰えないでいた。そんなエールダンジェを、目の前のクラスメイト達は惜しげもなく下校時に装着していた。
悔しいが凄く羨ましい。
しかもペレーダの装着している白銀のフレームはジェネラルウイング社の誇る『スティンガー』だ。二か月前の大会で世界王者になったステファノティディス選手と同じモデルである。
「どうよ、このエールダンジェを見ろよ。親父に買ってもらったんだぜ。お前みたいな貧乏人じゃ絶対買えないだろうがよ」
誇らしげに語るペレーダのエールダンジェをみて僕は確信する。
彼の着けているエールダンジェがプロ仕様である事に。
エールダンジェは『一般仕様』、『スポーツ仕様』、『プロ仕様』と3つの仕様が売られているのだけれど、プロ仕様は一般仕様の2桁くらい値段が高い。安い家が買える位高い。そんなものを登下校に惜しげもなく使える辺り、金持ちは違うといった所だ。
べ、別に悔しくないし。羨ましくも無いもん。
僕だって今度の誕生日にスポーツ仕様のエールダンジェを買って貰えるって約束したし。プロ仕様はプロになった時に企業が選手に貸し出すものであって、自分で買うものではないはずだ。
富豪とかが買って乗ってたりするから、あれはスポーツカーと同じ括りだしね。うん。
「何、物欲しげな顔してんだよ。テメーなんかには一生触れる事もできねーだろうけどな」
ゲラゲラと僕を笑うペレーダ。
腹が立つが相手にしちゃダメだと僕は心に決めて、もう少し機体を眺めていたい気持ちを押しとどめてさっさと変える事にする。
「なあ、飛ばしてやろうか?」
「え?」
ペレーダが僕にボソリと口にし、僕はその言葉に反応してしまう。一番悪い反応をしたと自分でも自覚があった。
うっかりだ。
「ははっ!誰が機体に触らせるかよ。飛ばすってこういう事だ!」
ペレーダはいきなり僕の両腕を乱暴に掴む。他の2人も僕の足を掴んで、空を飛ぶ。
「え?え?や、やめて!助けて!そんな危ないよ!落ちたら死ぬから!」
僕は慌ててジタバタするのだが、彼らは構わず僕を持ち上げて学校ビルの5階くらいのところまで持ち上げてしまう。もうその頃になるとさすがに僕も怖くて動けなくなっていた。
「せーの」
そして彼らは僕から手を離す。
「や、やめ…うああああああああああああああああああああああっ!」
一気に僕は地面へと落ちて行く。
地面が物凄い勢いで迫り、僕は慌てて体を竦めて目を瞑る。
だが、衝撃は襲ってこなかった。体に感じた加速はゆっくりと減速して地面の頭からゆっくりと着地する。
「え?……あ」
僕は周りを見渡して、羞恥で一気に顔が赤くなるのを感じる。悔しさで涙が目
にたまるのを感じる。
「バカじゃねえの?校舎の中で落ちても死ぬわけねーじゃん」
学校の中は重力制御装置がしっかり機能しているので、死ぬような速度で人間が落下すると、その人間の周りに安全機能が働いて止めてくれるのだ。
自殺防止用らしい。
勿論、学校の外だと安全機能が働かないので危険なのだが。
反応が悪くて怪我する事もあるらしいが。少なくとも体重の軽い僕達がそのような事故に会うケースは聞いた事がない。
「だっせーの」
「ウアアアだって。ウアアアだって。だっせー」
「テメーなんてカラス野郎がいなきゃ何も出来ないクズなんだから調子に乗ってんじゃねえよ」
3人は僕をからかうだけからかって去って行く。
あと4ヶ月で基礎学校から前期中等学校へ進学する。そうすればクラスも変わるはず。確か学区も違ったはずだ。
それまでの我慢だと、僕は心に言い聞かせて彼らの去った学校を後にするのだった。
***
基礎学校の授業が終わったので、家路には着かず、家のある方向とは異なる方向へと足を向ける。
この日、学校に来ていなかった同級生のカイトに会う為だ。
カイトは小さい頃からよく一緒にいた僕の幼馴染で親友だ。
但し、カイトは凄く頭が良くて、既に飛び級して理系科目に関しては後期中等学校の単位も取得しているから、学校では最近会わなくなっていた。
カイトはエールダンジェの飛行技師を目指している。
エアリアルレースでは飛行士をサポートする唯一の存在で、フットボールには凄い選手のいるクラブには凄い監督がいるように、エアリアルレースでも凄い飛行士のいるクラブには凄い飛行技師がいるのだ。
カイトは飛行技師になるべく、単位の取り終わった分だけ学校に行かないで良いので、余った時間を機械いじりや飛行技師のための勉強に時間を費やしていた。
そもそも、カイトがいなくなったから、ペレーダ達はでかい顔をしているのだ。カイトがいた頃は返り討ちに遭うので、それが怖くてペレーダ達は陰湿な悪口位しか言えなかったのだから。
僕がカイトの住むアルベック養護施設の方へと歩いていくと、建物の奥の方に巨大な鉄の山が見えてくる。
あのゴミ山こそが、僕たちの住むウエストガーデンの北側に聳え立つ巨大なランドマークでもある。ゴミ山がランドマークっていうのはちょっと格好悪いけど、そうなのだ。
このゴミ山には宇宙中のゴミが捨てられていて、宇宙戦艦から電動髭剃りまで、機械製品なら何でも捨ててある場所だ。
僕とカイトはそこで廃棄された故障しているエールダンジェ関係部品を拾い、使える部品をくみ上げようという試みをしていたのだ。
コア部品は中々捨てられていないので未だに組み上げられていない状況にある。
ゴミ山の奥にはフィロソフィアという異なる街がある。カジノが有名な土地で、同じ月連邦共和国でも所属する州が異なる。
最も近い街だけど別の国みたいに遠い場所でもある。
僕たちの住む街は生き易く稼ぎ難いと呼ばれ社会保障が充実しているらしいけど、フィロソフィアは生き難く稼ぎ易いという非常に治安の悪い土地らしい。
僕はカイトの住む養護施設に辿り着くが、カイトはどうやらバイトに行っているとの事で、さらにゴミ山の近くの方へと足を向ける羽目になる。
***
辿り着いたのは、青柳工務店というカイトのバイト先の町工場だった。
普通の民家よりちょっと大きい位の作業場があって、10人と社員のいない小さな会社だと聞いている。
カイトはそこの工場長に機械技術を習っているらしい。師匠と呼んでいた。
若くて温厚で優しい工場長さんらしく、天才と呼ばれるような人種じゃないのに、技術は自分をはるかに超えると、他人に厳しいカイトが絶賛するような人物だとか。
「バカ野郎!何がバイトだ、ふざけるな!」
いきなり怒鳴り声が見せの中から外にまで響き渡る。野太い男の人の声だ。かなり怖い。
……温厚で優しいんじゃなかったの?
僕は何があったのだろうかと思ってオロオロしていると、工務店から1人の少年が追い出されるように外に出てくる。
怒鳴られていたのは友人でもあるカイトだった。黒髪に東洋風の顔立ち、銀色に輝く瞳が綺麗で、クラスメイトの女子曰く『イケメン』なのだそうだ。
「で、でも親っさん。良いじゃないですか、ケビンさん達は俺らの為に活動をするって」
カイトは必死になって、町工場の出入り口に立ちふさがる若く筋肉質な男に弁解をしていた。
「オレはお前にそんな小銭稼ぎの為に技術を教えたんじゃねえ」
筋肉質の若い男は面倒くさそうにボリボリと頭を掻きながら呻く。
「で、でも…」
「でもじゃねえ!良いか、テメエが何をやらかしたか反省できないようなら、この店に2度と帰ってくるな!」
男はカイトを指差して、再び怒鳴りつけ、ビシャリと工務店の出入口のドアを閉める。
カイトは唇を尖らして閉められた出入口を睨む。何をやらかしたかは知らないが、これは明らかに反省していないようだった。
何だか遠くで見守っていても変なので、思い切って気まずいながらも声を掛けてみる。
「や、やあ、カイト」
「ちっ、見られたか」
カイトは顔を歪めて気まずそうに僕をみて思い切り舌打ちをする。まあ、怒られている所は見られたくないよね。でもその態度は無いと思う。
カイト・アルベック、僕と同じ基礎学校3年生。アルベック養護施設出身の為、アルベック姓を名乗っている。幼い頃に公園で出会ってから、何かと一緒にいる親友だ。プラチナのように輝く瞳が綺麗な、東洋系の顔立ちをした少年で、女子に結構もてるのだ。
「何があったの?」
「んー、ちょっと隠れて小遣い稼ぎしたのがばれて怒られた」
素性の怪しげな人間でも快く引き受けてくれた町工場の工場長さんに怒られるようなことをするのはどうかと思う。
「バイト先で他のバイトして怒られるなよ…」
そんな僕の呆れた様子に、カイトは肩を竦める。
「良いんだよ。結構良いギャラになったから。ほとぼり冷めるまで我慢だな」
カイトはニッと唇の端を持ち上げて陽気に笑う。
「……お世話になってたんだろー?」
「でも10万ユニーバサルドルも手に入るバイトだぜ。結構ハードスケジュールだったけど、その金でエールダンジェ買えるし」
「それ大丈夫なの?えと……へんな人に騙されてるんじゃないの?」
10万ユニバーサルドルは凄い大金だ。プロ仕様でも購入可能な金額だ。ウチの両親の年収を合わせたくらいの金額だ。
ちょっとおかしいのでは無いだろうか?
「大丈夫だって。ここら辺じゃ昔から有名な人だし。信用できるから」
ここら辺って僕らが生まれた頃は、スラムだったって聞いた事があるんだけど。
スラムが抗争で焼け落ちたから街を一新して、あぶれた子供をアルベック養護施設が引き取ったのがこの付近の成り立ちだったよね?
昔から有名な人だと、完全にスラムの顔役っていうかマフィアかチンピラだよね?
怪しいよね?
「本当に大丈夫なの?大体、何をすればカイトが突然お金持ちになれるんだよ」
犯罪に手を染めたんじゃないかと疑われてもおかしくないと思う。
「傭兵してる人なんだよ。軍用ライトエッジを調整して欲しかったらしくて」
「らいとえっじ?何それ」
何となく武器っぽい名前なのは分かるけど。
「特殊な斥力光剣の事だよ。レンは本当に物を知らないなぁ」
「斥力光剣なら知ってるよ。態々、変な言い方しなくても」
小馬鹿にされたようで腹立たしいが、斥力光剣なら僕だって知っているのだ。
エアリアル・レースで使われる装備の1つなんだから、エアリアル・レースのファンの僕が知っていて当然だろう。
この斥力光剣という装備は、単純に言えば光の剣だ。
古典SF映画なんかでも有名な武装で、長さは1メートル程度の光の刃が飛び出す剣である。
確か重力制御装置を配列して、セキリョクバを何かズバーッと出して、相手を痛める武器だったはず。元は軍用装備……だったっけ?
エアリアル・レースでも競技用として使われている。というか、アルバック養護施設の一人が斥力光剣を使う剣術道場に通っていた筈だ。
勿論、ポカポカ叩くので『ブレード』と呼ぶより、光の棒なんだけどさ。
「まあ、頭の悪いレンにも説明してやるとだ、ライトエッジってのは簡単に言えば切れる斥力光剣だ」
「斥力光剣って、試合では叩く棒だけど、基本的に切るものじゃないの?」
軍用物資の頃はそれで切っていたからブレードなんでしょうに。まさか、そんな事も僕が分からないとでも思っていたのか、親友よ。
「軍隊や警察とかが使っているのは、高い出力に設定して、強い衝撃で壊してるんだよ。切断しているというよりは潰しているとか焼いているとか、そんな感じだな。で、レース用だと死なないように出力制限してるって訳。そもそも高出力の力場放出は居住区の中じゃ、制限されているから使えないだろ」
そりゃ、戦いの無い場所で人殺しの道具をブンブン振り回されたら困るだろうに。
そんな僕の顔色を読んだかのように、ニヤリとカイトは笑う。
「だけど、ライトエッジは違う。力場放出装置の配置を換えて、押しつぶして切るのではなく、引くようにして斬る事で、低出力でも鉄なんかでも切断することが可能なんだ。まあ、今では伝統工芸としてしか存在してないし、月では師匠を含めて10人と職人がいないんだけどさ」
カイトは生き生きと説明をしつつ、師匠自慢をする。カイトは大抵技術の話をするときと師匠の自慢話をするときだけは生き生きする。
何だかんだで工務店にいる師匠を尊敬しているようだ。
「へー……って、師匠に習った技術で隠れて金稼ぎしたの!?それ、怒られて当然だよね!?」
カイト、それは流石に僕もフォローできないよ。師匠に黙って師匠の技術を勝手に稼ぐ為に使っちゃダメでしょ。
「う、うっせーな。良いんだよ。お前だってエールダンジェ欲しいだろ。オレだって将来は飛行技師になって世界中でチヤホヤされたいし、その為には早い内から本物の機体を弄る金が必要なんだよ」
慌てて弁解をしつつ、思いっきり目をそらして、右頬の古傷をポリポリと搔く。
カイトは基本的にこういう奴だ。しっかりしているというよりは、ちゃっかりしている。そして何か困った事があるとそっぽ向いて右頬の古傷を搔くのだ。
「またゴミ山に行ってパーツを探さないの?あともう少しで組みあがりそうじゃん」
「明後日のレンの誕生日にはスポーツ用エールアンジェも手に入るし、俺も金のめどが立ったし、別にもういらないかなぁ」
確かにお父さんに機体を買ってもらえることにはなった。
だけど、僕たちでゴミ山に行って拾ったゴミを一生懸命組み上げて作った機体の飛ぶところも見たかった。
幼い頃よりコツコツとゴミ山に登って、危険を冒しつつも二人で作り上げてきた思い出の品だ。
それをもういらないと捨てるのはもったいない。
「だってちゃんとした機体をいじり放題だぜ」
「いやいや、僕の機体は僕のだよ?」
やっぱりカイトは僕の機体を狙っていたようだ。
絶対に分解とかさせないからね?治らなかったらどうするのさ?
そもそもメカニックってガッツリ機体を開けたりしないでしょ?5分の休憩でどこまで弄れると思ってんのよ?
「昔の偉人は言いました。俺のモノは俺のモノ。お前のモノも俺のモノと」
カイトは感銘を受けた言葉のように口にするのだが。
「いつの昔!?っていうかどんな理屈だよ。いじるのは良いけど分解はダメだからね!?」
それとそのセリフは偉人のセリフではなく、コミックか何かで他人のものを取り上げる虐めっこの台詞だったようなきがするんだけど?君の養護施設にいる同級生のジャパアニメーションマニア、アンリから聞いたセリフのような気がするんだけど。
そもそも、かつて僕の携帯型ゲーム機を分解して帰らぬ人、ではなく帰らぬモノにした実績があるのだ。ゲーム機よりも繊細な機体を容易に分解なんてさせるわけにはいかない。
「まあ、分解はしないけど、お前だって飛行技師がいないと飛行士は出来ないんだから、まあオレに任せろよ」
「う~ん」
そこまでならむしろ頼みたいところだ。
だが、カイトは油断ならない。
機械の事になると目の色を変えるからだ。ちゃんと釘を刺しておかないと大変なことになるのを僕は知っているのだ。
「そして、いつかは2人でグラチャンを取るのだ!」
「でかいよ!その夢はちょっとデカ過ぎるよ!相棒が凄い事言い出した!?」
カイトは僕の肩を掴んで空へと指を向ける。とんでもない無茶振りを受けた僕は思い切り焦る羽目になる。
だが、カイトの白金色の瞳はギラギラ輝かせていて、冗談を言っている様子はなかった。
ここ、キラキラじゃなくてギラギラなのがポイント。確実に野心に燃えているのだ。ちょっと怖い。
グラチャン、僕らの母星である地球の広大な海を借り切って、昨年度の大きなレースの優勝者と準優勝者を集めて最強決定戦をする世界最大級の大会『グランドチャンピオンシップ』の略称だ。
月ではテレビ視聴率50%を超えるビッグイベントで、出場するだけで栄誉ともいわれている。
カイトの言葉を訳せば、2人で世界一になろうって事だ。カイトはともかく凡人の僕に何を求めているのだろう。
「俺の飛行士になろうっていうなら、その位は目指してくれないとな」
「相変わらず無茶振りなんだから」
ニッと唇を吊り上げて悪戯っぽく笑うカイトに、僕も楽しくなって一緒に笑う。ジョークなのか本気なのかよく分からない大きい事を言うが、カイトはいつも僕に小さな自信を与えてくれる。
「ところで、お前、顔の傷どうしたん?」
それからエールダンジェの話へと移行し、どういう風に飛びたいかなど二人で話し合っていた。
そんな中、ふとカイトは唇を指さして訊ねて来る。僕は自分の唇を服で拭ってみると、血が付いているのが分かる。
「何ていうか、いつものアレっていうか」
また虐められていた、という言葉を使うのはあまりにも格好悪いので『アレ』とぼやかしてみる。
「はあ?またあのデブに虐められてんの?やり返すか?最近、学校行ってねえからな。たまにはデブを叩きのめしてやっても良いぞ」
「別に良いよ」
どうせ、奴はカイトがいなければ絡んでくるのだ。いない間にいじめられるのは目に見えているので、出来るだけ距離を取りたいのだ。
「こんど、ビシッとやり返してやればいい」
「うーん、僕もカイトみたいに運動神経が良かったらあんなヘナチョコパンチ、避けれるのになぁ。パンチ自体は遅いんだけど、避けようと思っても体が動かないんだもん」
「その運動神経の悪さは飛行士になるには致命的だよな」
カイトは呆れた様に溜息をつく。
「うー。そんなことよりさ、あともうちょっとで僕達のエールダンジェが組みあがりそうなんだし、捨て置くのも勿体無いよ」
お互いにエールダンジェが手に入るからと言って、それを中途で辞めてしまうのは勿体無い気がした。
「だな。じゃあ、今日もゴミ山に行ってパーツ漁りと行きますか」
「おー」
僕達はゴミ山へと向かう。
***
ゴミ山と街の境は大きな壁で仕切られているが、別にバリケードがある訳でもなければ監視がいるわけでも、まして無断で入っても通報するようなシステムもない。
大きな仕切られているけど、あちこちにほころびがあって壁の隙間が大きく人一人が入れるスペースがあったりとしていて、中へ入るのは容易である。
僕たちは壁の大きい隙間の出来ている場所にハイハイをしながら奥へと進む。
壁を抜けると、一面ゴミで埋め尽くされていた。
見渡す限りの鉄屑の集まりが存在していた。何故か巨大人型ロボットの残骸とか宇宙戦艦の前の部分とかが転がっていたりする。兵器をポイッと捨ててよいのだろうか?
まあ、誰も何も言わないって事は、多分問題ないのだろう。
……問題ないのかな?
「電力供給装置、今日こそ見つけるぞ!」
カイトは銀色の瞳を輝かして、拳を振り上げて僕に言う。
「その前は、川田重工の暴走電力供給装置はたくさん見つけたのにね」
「いくらプロ仕様でも試合中に暴走して爆発したリコール品とかいらねえから!っていうか、使えないから環太平洋連邦の輸入品の在庫置き場からこのゴミ山に送られてきただけだろ、あれ!すげー綺麗なまま捨てられてるし!騙されちゃダメだろ!」
「勿体無いよね」
ハアと溜息をつく。
エールダンジェの部品はいくつかのパーツに分けられている。電力供給装置とは文字通りエネルギー源となる部分で、半球帯に差し込みプラグが付いているだけの簡素な部品だ。前時代的に言えばで電池とでも言えばいいのだろうか。
エールダンジェはこれがないと動かない。一般仕様、スポーツ仕様、レース仕様などと様々な仕様が存在しているが、この出力の違いが仕様を決めるともいえる。
僕らはこのエールダンジェ専用規格の電力供給装置を探している。とはいえ、電力供給装置はエールダンジェでなくても使われる。
それでも市販の普通に飛ぶだけのエネルギーパックなら中古を小遣いを溜めて買えるのだ。欲しいのはスポーツ仕様かプロレース仕様の値が張るものだ。
僕達は今日も今日とて夢を目指してゴミ漁りをする。
まあ、今日初めて知ったのだが、どうやら僕達の夢は随分と高い所にあったらしい。僕としては父さんが目指してなれなかったというプロ飛行士になれれば結構満足なんだけどな。
そんな事を頭に過らせながら、ゴミ拾いをするのだった。
ある程度、ストックがあるので暫くは毎日更新できそうです。
SFは時間軸や常識が現代と異なるため、一人称で書くと当然のように分からない単語が出てきます。主人公が子供で分からない単語が多いから、いちいち説明を入れていくように書いていますが、おそらくフォローしきれていないと思います。
説明不足な単語等々があったら連絡してください。できるだけ設定資料集にくっつけるつもりです。分量が多くなるようだったら登場人物一覧を出しても良いかも。
もしもエールダンジェ・ゼロを気に入ってエールダンジェ本編が見たいと思った方は、ブックマークやポイント等を突っ込んでくれると作者のやる気が上がるかも(笑)