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戦う理由

 大会は順調に行われていった。


 俺はというと大会を既に4連勝を達成しており、決勝進出を決めた。

 準優勝以上を確定し、上層行きの金額を貯め終わっていた。とはいえ、まだ、大会は終わっていない。それでも、第一目標を達成した事で一段落着いた気持ちでいた。


「かんぱーい」


 ジュースの入ったコップをぶつけあう。

 俺とチェリーさん、桜さん、桃ちゃんの4人は中層のカフェでささやかながら俺の中層脱出祝いと称して、ケーキセットを頼んで、祝杯をあげていたのだった。


「レン君も上層にくるの?」

 目をキラキラさせて俺を見上げながら質問してくるのは桃ちゃん。明日対戦する桜さんの妹だが、俺のファンだという。ファンがいるというのも嬉しい限りだ。


「上層には立ち寄るけど、とにかく今はウエストガーデンに戻って状況を確認したいかなぁ。でもフィロソフィアの上層って凄い綺麗な観光地なんでしょ?お隣だし少しくらいは見て回りたいな」

「えへへ。だったら面白い所紹介してあげるね」

「うん、ありがと」

 桃ちゃんは俺に案内を申し出てくれる。


「まあ、ウエストガーデンと連絡を取って、向こうに行くまでに1週間くらいは時間もあるし、折角だから観光をしたり、日程的にはプロ試験もあるし、一度受けてみたらどうかしら?」

 チェリーさんも今後の事をアドバイスしてくれる。

 確かにプロ試験も出てみたい。試験内容を見るに普段の練習と変わらないので、案外行けるのではと思ってしまう。


 いや、まだ早いかな?


 でも、このプロ試験が受かればプロのツアーレースに出場する権利が得られるのだ。勿論、最初は世界ランキングを上げないと無条件で出場と行かず、本選前には予選があり、予選もランキングが低いと出場規定より人数が不足してないと出れない。

 でも、最低グレードなら2~3枠は余るものなので出場できないことは無いはずだ。


「レン君はリラと一緒でウエストガーデン出身だったんですか」

「いや、リラは勝手にフィロソフィアに来ているみたいだけど、僕は2年前のテロでゴミ山の方に逃げてたら、ゴミ山が崩壊してフィロソフィアの下層に入っちゃっただけだからね。別に好きで来た訳じゃないよ」

「……え、そうなんですか?」

「うん」

「………チェリーさん?」

「あら、どうしたのかしら?」

 ジトと責め立てるような視線を桜さんがチェリーさんに送る。そんな桜さんの視線に対して、チェリーさんは逃げるように目が泳ぐ。

「何で不慮の不法侵入をしちゃった子供を元の都市に通報しないんですか?未成年だし普通にウエストガーデンに戻せますよね?」

「え?……………おい」


 桜さんの言葉に俺は気付いてしまう。

 まさか2年前騙されてレースに出されてひどい目にあったと思ったが、実は2年前から更に騙されて中層に居続けさせられたのか?

 本当はすぐに中層から脱出できたのにあのまま放置か?


「れ、レンちゃん。こ、これは誤解よ?」

「まさか……リラと組ませる飛行士(レーサー)を中層に残す為に、直に帰せるのを黙っていたとか……じゃないよね?」

「あ、当たり前じゃない。ふふふふ」

 物凄くチェリーさんの額から汗がだらだらと出ていた。思い切り嘘吐きの様子だった。


「本当に?」

「ほ、本当よ。レンちゃんの事をウエストガーデンには連絡したのだから」

「あら、そうなんですか?」

 桜さんは意外そうにポツンとぼやく。

 なんと、既に通報済みだったのか。では、何故挙動不審になるのだ。


「そうよ。でもレンちゃんの身元保証人もいないし、レンちゃんを直接上層に連れて行ってウエストガーデンの役人に渡すにしても、レンちゃんを上層へ連れていく権限は私にないわけだから」

「なるほど」

 俺と桜さんはうむうむと頷く。

 桃ちゃんもよく理解していないが、俺と桜さんを真似てしてうむうむと頷く。緊張感を醸し出していた雰囲気がほんわかしてくる。


「分かったでしょ?」

「でも最上層の管理者権限持ちは色んな抜け道持ってますからね。やろうと思えばどうにでもできたけど、そこまでするならレン君をリラの飛行士(レーサー)にして中層脱出まで使おうとか……思って、そういう事を態々しなかっただけとか、そんな理由の気がしますね」

 桜さんの指摘で、ビクッとチェリーさが反応する。

 どうやらビンゴだったようだ。なるほど、そういえばチェリーさんはそもそもこの都市の大御所だったと聞く。居住区(ハビタット)の管理者達のみが住まう最上層の住人でもあり、フィロソフィアカジノの管理者の一人だとか。

 その気になれば人一人くらい一時的に上層に持ち上げる力があってもおかしくない。だけど、そういうパワーを使わなかったというのは、考えられる話だ。


「まー、良いですけどね。今更。俺だってリラには世話になったし、どうせウエストガーデンに戻っても家族はいないし、どこかの養護施設に突っ込まれるだけでしたから。あのぶっきら棒で暴力的な相方にも恩返ししたかったし。それに飛行士(レーサー)の夢に少しでも近づけましたし」

 この2年、大変ではあったけど、別に嫌な生活じゃなかった。

 どうせウエストガーデンに帰っても親がいないし、自分のエールダンジェで飛ぶという夢は打ち切られていた状況だ。

 ここでエールダンジェ三昧して無事にウエストガーデンに帰れるというのは嬉しい話である。おっかない相方が実は初恋の女の子だったというサプライズもあったし。

 いや、それでもおっかないんだけどさ。


「良かったですね。チェリーさん。罪は不問だそうですよ」

「桜ちゃんは怖いわねぇ。でもレンちゃんが飛行士(レーサー)として生きるならメリットはあったはずよ。それにレンちゃんがやってる基礎飛行練習の飛行姿勢や重心の取り方は、世界最高峰の飛行士(レーサー)育成機関の持つジェネラルウイングのコーチ資格を持つ私が手取り足取り教えたんだから。普通に家庭教師として雇ったら、金持ちじゃない限り払えないコーチ料が、無料だったのよ?」

「え、チェリーさんって元プロとは聞いてたけど、ジェネラルウイングにいたことあるの?」

 俺の言葉を聞くと桜さんとチェリーさんがなんだか可哀そうなものを見るようにこちらを見る。


 あれ、何か失言した?もしかして以前、それっぽい事を口にしたけど俺が覚えてなかったとか?

 そんな話あったか?いや、ないな。


「でも、2年であれほどしっかりした基礎飛行が出来てしまうとは。チェリーさんの教えの賜物でしょうか。正直、2年であのスピード感覚と基礎が出来てるって聞いたら、誰もが軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の子だと思うでしょうね。私もうかうかできませんし、明日の決勝が楽しみです」

「ま、負けませんよ」

「でも、レン君には聞いてみたかったんですよ。一体、どういう練習をしたらあそこまで基礎が上手くなるのか。コツとかあるんですか?」

 桜さんは俺を見て訊ねる。

 するとチェリーさんが噴き出す。

「?」

「ふふふふ、コツなんてないわよ」

「でも…」

「だって、レンちゃん、他の練習に一切興味がないんだもの。基礎飛行でいかにメリハリ付けるか、ウチの狭い飛行場でどこまでスピードを出せるか、その一点だけしか興味がない位、基礎飛行練習しかしてないのよ。普通、基礎飛行練習みたいな退屈な練習は義務だから30分はやるけど、自主練習ならそれこそ10~20分くらいしかしないものでしょう?レンちゃんの場合、動けなくなるまで、それこそ軽く10時間くらいずっと基礎飛行練習やってても満足しちゃうのよ」

 チェリーさんは人の練習に対して笑って説明する。

 そんなに変な事か?普通に飛ぶだけで十分に楽しいじゃん。むしろグルグル回ったりするのはぶつかりそうで怖いし楽しくないのだ。

 だが、桜さんまでも驚いたような顔で俺を見ていた。

 さすがの俺も不安になる。

「え、おかしいですか?」

「バスケットボールにおけるフットワークみたいなものですからね。エアリアルレースにおける基礎飛行練習は。誰にも嫌われている練習ですよ。そればかりやってる選手なんて聞いた事がありません」

「他に何すれば良いか分からないし。あの50メートル四方の飛行場で時速300キロを超えるのは中々に難しくて面白いですよ?」

「………他の練習はしないんですか?」

「一応面倒くさいけど射撃練習位はしますね」

「レン君のちぐはぐな実力の一端がやっと理解できたような気がします」

 桜さんは頭を抱えて小さく溜息を吐く。ちぐはぐな実力とはいかなものか。


「レン君はビューンって速くて凄いんだよ。お姉ちゃん、明日は負けちゃうよ」

 桃ちゃんが俺をフォローしてくれる。

「まあ、……カジノで私よりスピード感覚に優れている選手はレン君だけですから、油断はしてませんよ」

「お姉ちゃんより強い?」

「あら、13戦して負けなしですよ?」

「むー、お姉ちゃんの意地悪」

「意地悪じゃなくて実力の世界ですから」

「良いもん。明日はレン君が勝つから。ねー」

 プウッと頬を膨らませる桃ちゃんだが、俺の勝利を信じてくれているようだ。

 そんな姉妹のやり取りにほっこりするのだが、明日は目の前の相手と戦う事になる。厳しいレースになるだろう。


 俺と桜さんの戦績は13戦13敗で、俺は完全に負けている。


 桜さんは飛行士(レーサー)のタイプで言えばオールラウンダーだ。遠くからでも射撃を当てて来るし、飛行も上手くて主導権を握るのが困難。しかも近接で重力光剣(レイブレード)を使ってきて、レスラータイプの飛行士(レーサー)を相手にしても体格差やパワーの差をリーチと技術で埋める巧みさがある。

 無論、俺の場合、剣術が出来ない以前に体格で既に負けているんだけど。桜さんは普段車いすに座っているから身長を意識した事がないのだが、意外と背が高く、リーチも長い。モデル体型という奴だ。

 まあ、俺の背が同年代と並んでもちょっと低めというのが大きい気がしなくもない。


 成長期よ、早く俺を縦に伸ばしてくれ。


「そういえばリラは何で来てないんですか?次に会うのはレース、それ以降はこうして会って話せるか分からないというのに」

「勝利に燃えて、今から調整に入ってましたよ?」

「あの子は相変わらずなのですから」

 ハアと大きく溜息を吐く桜さん。なんだかやんちゃな妹をもう一人持っているような感じに見えなくもない。

「リーちゃんはプライドが高いからねぇ。そして、桜ちゃんには負けたくないんだと思うわよ」

「どうしてですか?」

 俺は首をかしげる。

 戦うのは俺と桜さんであって、リラは俺の飛行技師(メカニック)に過ぎない。


 するとチッチッチッチッと指を振って分かってないわねとでも言いたいように、チェリーさんが俺を窘める。

「桜ちゃんは飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)だけど、リーちゃんは桜ちゃんの飛行技師(メカニック)を一度だけした事があるって言ったでしょう?」

「ええ、まあ。だから知り合いなんですよね?」

「桜ちゃんの大元の調整が、仕事を任されて中身を見たら、自分が手を入れる以上の状態だったら、飛行技師(メカニック)としてどう思うかしら?」

「あ」

「しかも相手は飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)なのに、専業飛行技師(メカニック)が負けているとなれば……。リーちゃんにとっても桜ちゃんは越えるべき壁なのよ。あの子は不器用だから、手を差し伸べてくれるような相手でも、越えるべき壁と仲良くできないの。だからあの子は、元飛行技師(メカニック)だった私にも教えを請おうとはしないわ。あくまで必要な技術書や調べ事の答えを教わる為に私に聞くだけにしている。あの子は私さえも超える壁だと思っているから。引退している身としては何でも頼ってくれた方が嬉しいんだけどね」

 チェリーさんはリラの事を思いながら寂しげにつぶやく。


「まあ、リラがいなければ俺だってここまでこれなかったし。セミプロやアマしか出てないような大会でも、そこそこ大きい大会で決勝までこれる事なんて生涯設計には無かった事です。こんなに舞台にこの年齢でたどり着けたのだし、せっかくだから勝たせてもらいます」

「ふふふ、私とてこの大会を最後に後期中学に上がる際にはプロの育成に行く予定です。将来のライバルを叩いてから出発する予定ですよ」

 桜さんは俺と睨み合う。

「ふふふ、良い感じに燃えて来たわね」

 チェリーさんは嬉しそうに笑う。


 でも、ウエストガーデンに居たら、こんなチャンスは確かになかった筈だ。全月大会になんて出れるとは到底思えない。だけど、今、こうして大人も出ている賭博レースの大会を勝ち抜いて、前期中学生でも月で一番強い選手と戦えるチャンスが舞い込んできたのだ。

 不運ばかりだったし、酷い目にも合わされてばかりだったけど、リラには感謝をしているのだ。


 暫く歓談して、俺達はカフェを出ようとする。

「さて、そろそろ戻ろうかしら。レンちゃんも練習があるからねぇ。リーちゃんも待ってる頃でしょうし。それが終わったら前期中学のカリキュラムを勉強しないといけないし」

「くふう、オレに休息は無いのか…。大会中だというのに」

「まあ、明日会いましょう」

 ガックリと肩を落とす俺に、サクラさんはニコリと笑って手を振る。

「はい、それじゃあ、サクラさん、モモちゃん。それじゃ……ん?」


 オレが声をかけようとすると、サクラさんの隣にいたモモちゃんが何故か顔を真っ青にさせて上体をふらつかせている事に気付く。

 そしてモモちゃんはいきなり崩れ落ちて膝をついて座り込んでしまう。


「桃!貴方、また無理して黙って……!?」

「だ、大丈夫だよ…お、おねえちゃ…ケホッケホッ…んんっ…ゴホッ」

 桃ちゃんは咳をしていると、今度は吐血して倒れてしまう。

「え?」

 あまりの衝撃に俺が凍り付く。


「救急車をお願い!いや、ここなら直接運んだ方が早いですね」

 桜さんは慌てて桃ちゃんを引き寄せて自分の膝の上に乗せようとする。車椅子に乗っているので桜さんはかなりもたついていた。

 チェリーさんは即座にモバイル端末で画面を出して、近隣にある病院に手配をかける。

「俺が抱えたほうが速いです。病院まで案内してください」

 桃ちゃんを抱き上げて立ち上がる。

「でも………あ、ありがとう。助かります」

 桜さんは頭を下げて病院へと急ぐように車椅子を走らせ、チェリーさんと俺はそれについていくのだった。



***



 俺達はカフェの裏手に見える、上層とつながっている巨大な白亜の塔へと向かう。

 上層とエレベータで繋がっている病院で、俺達がAIに説明すると即座に対応をしてくれた。

 エレベータにつながっている医療ポッドの中に桃ちゃんを入れるように指示をされると、俺はそこに優しく桃ちゃんを寝かせる。

 桜さんは医療ポッドの横にある端末に桃ちゃんのIDを登録して事情を説明すると、医療ポッドは桃ちゃんだけを乗せてそのまま上層のエレベータで上に送られていくのだった。


 俺もチェリーさんも桜さんも、上層エレベータのついている治療センターへ運ばれていく桃ちゃんを見送るしか出来なかった。



***



 暫くして医者がやって来て、問題ない旨を伝えてくる。この場で人間がやって来るのは少々珍しい。最近は全てAIのついているロボットなのだが。

 だが、それを聞いて桜さんはホッと大きく溜息をつく。


「すいません。お手を煩わせてしまって」

「いえ、そのような事は。ただその……だ、大丈夫なんですか?吐血してたし……ええと…」

 桜さんはそれで、思い出したように俺に感謝を述べる。

 だが俺が気になったのは、桃ちゃんは病気だとは聞いていたがかなり悪いのか?という事だ。

 まさか命に関わる病気なのだろうか?ちょっと怖くなってきた。

 さっきまで普通に話していたのに。


「あの子の病気は私の足と一緒で遺伝子欠陥です。メタリックカラーの100人に1人が掛かる病ですね。私の場合は歩けなくなる程度なので大きい問題は無いのですが…」

「歩けなくなるのも結構な問題だと思いますが。それに手術するなりナノマシンで直すなりあると思うんですけど?」

「そういうお金がある程、裕福ではありませんから。上層育ちであっても、母は育児放棄して他の都市に移動し、父は最下層落ちをして亡くなっています。私と妹は二人暮らしなんですよ」


 養護施設ではなく、AI保育を受けているのだろうか?

 AI保育はウエストガーデンなら無料だけど、他の都市では意外とコストが掛かるとも聞いてたけど。


「た、大変なんですね。そっか、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)ってそういうリスクもあるんだよね。……あれ、って事は桃ちゃんはもしかして足とかじゃなくて…」

「お察しの通りです。あの子は肺です。命が掛かっている場所です。しかもフィロソフィアの医療施設ではもって7歳までには壊死するとの事でした」

「!」


 って事は基礎学校入学頃の彼女にとって、余命幾許もないって事?

「残念ながら、今の私ではプロで稼ぐほどの能力はありませんし、プロの育成に入ってしまえばこういった賭博場で副業はできません。ですから、誰が相手でも私は負ける訳には行かないんです」


 桜さんは目を伏せて、自身の車椅子の肘掛の部分をギュッと強く握る。

 この人が強い理由が分かった気がする。負けられない覚悟があるのだ。幼い頃から妹の命をタイムリミットに戦いをしていたから強いのだ。


「今日はありがとうございました。レン君、レースでは正々堂々戦いましょう。楽しみにしてます」


 サクラさんは強い意志を持った瞳で、俺に対して笑って見せる。

 そして桃ちゃんのいる上層行きの医療エレベータの方へ医者に連れて行かれていくのであった。

 俺はそんな桜さんを見送って病院を出る。



***



 俺とチェリーさんはなんともいえない感じで、チェリーさんの工房のある方角へと歩いていた。


「何ていうか……戦う理由って人それぞれなんですね」

 オレはポツンと口にしてしまう。

「そうね。あの子がフィロソフィアカジノにいる理由はまさにそれなのよ。あの子ならプロの育成に入って、自分にあったスピード領域の相手と戦ったほうがよほど自分にメリットがある。今、足踏みしているのはただお金を稼ぎたいからだけなのよ。ひいては桃ちゃんの命の為。稼ぐためなら何でもしている。ウチのバイトをしてたのもそれが理由よ」

「どうにかならないんですか?」

「それをどうにかしようとしているのよ。基礎学校のレースでそこそこ自分が強いと感じた彼女は、生まれてきた妹の為にフィロソフィアカジノに殴り込みをかけたんだから。いくら彼女に才能があったとしても、8歳から初めて勝率が9割を超えるなんてありえないわ。それ位、綿密に相手を調べ、作戦を練って、練習して、調整もしているのよ。リーちゃんがライバル視しているのは、桜ちゃんに出会って自分の甘さを知ったからなのよ」

「……」

 チェリーさんの言葉にオレは頷くも気が重くなってくる。


 だって、よく考えて欲しい。

 余命幾許なく、大きく稼げるチャンスはこのレースが最後、そこで稼げなかったらどうするの?具体的な言葉は聞かなかったけど、ラストチャンスなんじゃないのか?


 彼女の余命が尽きるまでに治療費を稼がないといけない。

 もしもオレが勝利してしまった事で、桃ちゃんが亡くなったらどうするんだ?

 フェスティバルでの優勝は400戦400勝するよりも稼げる。普通のレースの1勝とは重みが違う。俺達にとっての重みと、彼女にとっての重みは別物だ。


 オレはフェスティバルで戦う事が怖くなってくる。

 でも、明日のレースは午後7時から、あと27時間後には始まってしまう。


 結局、俺は最悪な気持ちで決勝の舞台を迎える事になったのだった。

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