フェスティバル開幕
ついに、カジノフェスティバルが開幕する。
俺の目標はフィロソフィア脱出資金を稼ぐこと。気合を入れて、レース開始前の2時間前には控室へとやってきていた。
まあ、俺達がレース開始前より2時間早く来てたのはチェリーさんに呼び出されていたからでもある。
レースはいつも入口近くにある作業場兼入退場部屋が控え室になっているのだが、今回は祭りだからなのだろうか、個人の部屋が割り当てられていた。
「待ってたわよ、リーちゃん。ついでにレンちゃん」
部屋の入口を開けると、そこにはピンクのフリルが過剰に入ったワンピースを着た桃色髪をツインテールにした女装のオッサンが立っていた。
青髭に割れた顎。
うん、いつものチェリーさんだ。
最初の頃は何度見ても一種のホラーのように恐怖を覚えたものだ。
「な、なんだよ、チェリーさん」
リラは自分が指名されたので身構える。何故オレの時はスパナを構えるのに、チェリーさん相手だと拳を握るんだ。明らかに差別だ。
「約束よ~。約束は守らないとねぇ」
「や、約束?」
「貴女が飛行技師としてフェスティバルにでる事がある場合、女性らしい格好をする、それも3年前にウチの工房を無料で貸す契約内容だったはずだけど」
「うがっ……し、しまった。そういえばそうだった。い、いや、でも今は違う契約を更新した筈だし」
「だーめ」
「ううう、小さい頃から養護施設の姉や妹達に着せ替え人形みたいにされて、女装には本当に拒絶感しかないんだけど」
「契約違反は下層行きよ」
「鬼!」
チェリーさんがリラの腕を掴んで凄くいい顔をしている。腕を掴まれているリラはというと、腰が引けていた。具体的にいえば高所にいる時の俺みたいな感じだ。
なるほど、養護施設時代は女装をさせられていたから、嫌なトラウマがあるのか。分かるぞ、俺も高い所から落ちた為に、高い所が苦手になっていたからな。
ん、でも、お前は女性なんだから女装じゃないだろう?
「ダメよ。リーちゃんは武器を活かし切れてないわ。メカニックには知識、技術力、分析力、そして管理能力よ。管理能力ってのはつまり人を使う事。人ってのは機体と違って感情が支配している生物なの。きつい女が年長の男にヒステリックに命令したってついてこないけど、若くて可愛い女が年長の男に優しくお願いすればなんだって聞くわよ。男ってのはそういう生物なの。エールダンジェの世界は男性社会。今の貴女には何の武器も無いけれど、1つだけ武器がある。それは容姿よ!それを活かさずに何とするの!」
「無茶苦茶だ!」
リラはチェリーさんにずりずりと引き摺られて奥の着替え部屋へと連れ込まれる。
あ、ここの控え室、ちゃんと更衣用の部屋と機材を弄ったりするメカニック用の部屋とで区切られてたんだ。
オレは暇になってしまい、大きな長椅子があるので、そこに寝転がる事にする。すると隣の部屋から声が漏れてくるのが聞こえる。
「ちょ、チェリーさん。これ、胸元開きすぎじゃない?」
「あら、この位の方が魅力的よ。大体、作業中はツナギ着てても結構胸元開いてるじゃない」
「そりゃ、作業してると暑いから…」
「偶にレンちゃんがすっごい目で凝視してたわよ」
「そういえばアイツ変態だったな」
チェリーさん、何を吹き込んでんだよ!
オレはそんな女に全く異性を感じてないから!今後の友達付き合いに溝が作られるような事を言わないでくれ。死んでもあんな赤茶けた頭のスパナを振り回す女なんか興味ないから。
た、確かに、作業中に暑い時とか胸元を開いているとついつい魅入っちゃうけど。だって年齢の割りにかなりでかいんだもん。
男って生物はな、強い風が吹いた時、パンツルックの美女よりも、スカートのまくれたブスへ目が行っちゃうんだよ!それは本能であって決してやましい気持ちは無い。
見て後悔とかしてるんだから!
大体、髪も服装も適当で、鉄錆と油塗れのもっさり感満載な相方に異性とか感じるはずないだろう。俺が好きなのはチェリーさんの店のモデルをしている名前が公開されていないがあの美しい容姿をした俺の天使、ただ一人だ。
「って、頭まで洗わないとダメなの!?」
「ダーメ。っていうか油ギトギトじゃないの。もう、こんなに綺麗な髪なのに勿体無い。ウエストガーデンに戻ったらちゃんと手入れするのよ。あまりに酷いようならウエストガーデンまで行くからね。ほら、脱いで脱いで」
「やめ、ちょ、こんな所で全部脱ぐの!?れ、レン!今、その扉開けたら見たものの記憶を失うまでスパナで殴るからな!」
「あけねーよ!」
隣の部屋ではどうやら汚れた犬をあらうかのようにチェリーさんによってリラが洗われているらしい。
正直、俺はお前の全裸などには全く興味がない。女扱いしてもらえると思ったら大間違いだ。
でも、最低限の身なりを整えたほうが良いとは思う。だって、オレの中でのリラに対するイメージは汚れたドブネズミに近いものがある。
大体、リラの女装姿なんて誰得なんだよ?
チェリーさんだけじゃねーか。
まだまだ時間が掛かりそうだ。
そういえばこういった散髪なんかは、俺なんかは機械任せだけど、女の子は美容師に散髪してもらって、散髪機械に登録したりするらしい。家が散髪屋の場合、毎日のように髪型を変える子もいたなぁと思い出す。
一流の美容師とかいるらしく、女の子達の話題はもっぱらそれだ。チェリーさんもデザイナーだから、そういう技術を持っているのかもしれない。
***
1時間ほどして全て終わったらしい声が聞こえてくる。
オレは自分のカード型モバイル端末からフィロソフィアネットに接続して、チェリーさんに使用権限をもらった義務教育のカリキュラムを進めて時間を潰していた所だった。
時計を見るとなるほど、既に試合開始の1時間前になっていた。
2時間前に来いという話はこのための準備だったのか。リラは何だかんだで約束した事は守るから、チェリーさんのゴリ押しにも負けてしまうのだ。
オレはカード型モバイル端末から出ている空間画面を消すと、そのままカードをポケットに捻じ込む。
「さあ、おめかしの初公開よ。レンちゃんだけ一足早めにお披露目ね」
チェリーさんが部屋から出て来る。チェリーさんは汗だくだった。
隣からバタバタと格闘していたのはよく聞こえていたのでどれだけ大変だったかが物語る。そりゃ、あのドブネズミみたいな相方をキチッと整えるにはさぞ大変だろう。
とはいえ、リラの為にもあまり期待してはいけない。所詮はオレの相方、スパナが凶器な狂気的な飛行技師である。
スパナを持てばオレの意識を刈り取り、俺が弱気を見せれば罵詈雑言を吐き散らし、女の子なのに「キン●マもぐぞ、テメエ!」とか平気でいう恐ろしい女だ。
チェリーさんに促されて出てきたのは何故か天使だった。
彼女はチェリーさんから貰っていた画像集の中でも一番のお気に入りの女の子。
クリッと開いた大きなダークブラウンの瞳、形の良い鼻の形、赤みを帯びた茶色の髪を後に結っており、うなじが色っぽかった。
膝丈10センチほどのデニムスカートから伸びる足はスラリと長く、飛行技師用の作業靴も薄い桃色のカジュアルなデザインをしていて女性的だ。
薄いピンクの長袖のジャケットがボーイッシュな雰囲気を醸し出しつつも、Vネックの白い作業用のシャツから見える胸元の谷間が蠱惑的だった。
オレの画像だけで知っていた天使はリアルでも天使だった。映像で一目惚れした天使は、リアルで再び俺を虜にしたのだった。
「……って、あれ?リラは?」
オレの天使が出てくるのは嬉しいんだけど、ウチの飛行技師はどこに行ったのだろうか?
俺がキョロキョロと周りを見てみるが、赤茶けた鉄錆汚れ系女子がいない。
「だから、この子がリーちゃんよ」
「な、何だよ、文句あるのかよ」
オレの天使に断りも無く肩をポムと叩くチェリーさん。
そしてオレの天使から、よく聞いてきたドスのある飛行技師の声が放たれる。
「………えええええええええええええええええっ!?」
「って、何だよ、文句あるのか!?文句あるならやめよう。元に戻そう!な、チェリーさん。レースに影響あるとまずいし」
「いや、単にリラ・ミハイロワと今の格好のアンマッチに驚いているだけよ」
チェリーさんは首を横に振る。
「オ、オレの初恋を返せ!知ってたのか!?知っていて黙ってたのか、チェリーさん!オレの天使がなんでリラなんだよ!」
「す、凄い言われ様ね。だって、契約の時に口外しないと約束していたからねぇ。それに、一緒に寝泊りする事だってあるから、レンちゃんがリーちゃんに襲い掛かる可能性も捨てきれないもの」
「ま、まあ一理はあるけど……男と女だし…。とはいえ、どちらにしてもそんな事をしたら俺はスパナで撲殺されますが」
ウチのメカニックはスパナを凶器として使うのだ。最近ではレース以外でスパナを持って近付かれると嫌な汗が出てくるくらいに。
既に犬の順位付けのようにオレは精神のレベルでリラには逆らえないように躾られていた。
「それよりもレンちゃん、見違えた相棒に掛ける声はないのかしら?」
チェリーさんはリアを俺の前に押し出す。
ああ、まさか、俺の天使がこんな身近にいたなんて。あまりに印象が違い過ぎて気付かなかったが、髪の色も瞳の色も全く同じだった。
どんな声を掛ければいいのだろう?
「ええと、その……結婚してください」
「アホ言ってんじゃねえ!」
スパナが閃き俺の横っ面に叩きつけられる。理不尽だ。
チェリーさんが腹を抱えて笑っていた。くそう、詐欺に等しいぞ、この仕打ちは。
「さ、とにかく、レース前なんだから機体整備するよ。レンもヘッドギアつけて、レース前の準備しろよな。脳波測定やバイオリズムの計測しないと。チンタラしないで早くする!」
「はい、リラさん。やらせていただきます!」
「…って、何、この、いつにない従順振りは。それとリラさんはやめろ、キモイ」
オレの天使が思いっきり引き攣って毒を吐く。そういえば、目の前の美少女はリラ・ミハイロワ、俺の相方だった。
いつも通りリラって呼ばないと。…え、俺、こんな美女を呼び捨てしちゃって良いの?いやいや、普通にしてたよな。うん。
「ちょっと、早く計測」
「お、おう。分かってるよ、リラ」
オレは慌ててヘッドギアを取り出して脳波やバイオリズム計測をする。
リラは自身のノート型モバイル端末を取り出してメカニックの作業に取り掛かる。
何故だろう、普段は威圧感と恐怖しか感じなかったのに、今日は罵られるだけで幸せになってくる。変な世界が開きそうだ。
「ん?何か今日は妙に落ち着いてるわね…。ただ心拍が早すぎるような…」
むぅとリラはオレのデータ取りをしながら目を細める。
「まあ、慣れない格好とかすると落ち着かない部分はあるでしょうね。とはいえ、このメンタル面の落ち着きは、圧迫感がないからよ。美人ってそれだけで有利なのよ。知らなかった?」
「…へー、そんな利点があったとは……」
「かの『精密機械』ブリギッテ・桂も昔はキーキー五月蝿くて飛行士と喧嘩はするし、嫌われていたけれどね。結婚して子供を持って落ち着くようになると、随分と丸くなったらしいわ。それが周りに良い効果を齎して勝てる飛行技師になり、グレードSで優勝したのよ。私がリーちゃんに言ってたのはそういう所よ」
「ふーん、面倒だけど効果があるなら続けても良いかもな」
「大賛成です!一生ついていきます!」
「いや、そこまで付いてこられても困るけど」
いかん、うっかり本音が出てしまった。そして思いっきり拒否られた!?
くそう、アレは卑怯だ。
リラといえば、鉄錆と油に塗れたもさっとした感じのドブネズミみたいな格好の男に見紛う女じゃないか。酷いな、おい。
大体、リラが美人とか誰得だって?
……オレ得だった!
「それにしても、私が引くくらいに良い反応するわねぇ、レンちゃん」
「ちょっとキモイけど、まあ、嫌々従ってたのが素直に従うようになるなら面倒じゃないし、別に」
俺達を見守るチェリーさんと機体整備をしているリラはそんな世間話をしているが、俺は次の準備をする。準備運動として軽くストレッチから開始するのだった。
近接格闘をしない俺は、レースでは基本的に体を動かす事は少ない。飛行姿勢を常に保ち、銃を構えて撃つ。その位の作業しかしないけど、それでも何があるか分からないので準備運動をするように教え込まれている。
***
こうして、俺達のアンダーカジノフェスティバルにおける最初のレースが始まる。
対戦相手は以前戦って負けた事のある相手だった。名前はGH選手とか言ったか、軍人さんでプロ飛行士の資格ももっているらしい。細身だが軍用のエールダンジェを装備しており、速度よりも威力重視の戦い方をする。
コンバットルールなので過剰威力が許されるからだろう。ダメージを負わせて動きを遅くしてから7点を取るような事が許される。ポイントよりも体に当てる事をベースにした戦い方なので、俺としても注意すべき相手だ。
レース場は観客席と仕切られているが物凄い歓声が響き渡る。フェスティバルの為かいつもよりも遥かに人の盛り上がりも大きい。
「相手の戦略は分かってるから何も言わない。以前負けた相手だからね。また同じように変な策に引っ掛からない事」
「分かってる」
相手は、取り敢えずどこでもいいから俺に攻撃を当てて、動きを止めよう作戦だ。要は一切攻撃に当たらなければいい。相手の速度からすれば難しい話ではない。
「じゃあ、行って来い」
リラはポンとオレの背中を押す。
オレはスタート台に立ち、レース場へと繋がるスタート台の上に片足をおく。
本当はその上で飛ぶ準備をするのだが、相変わらずの高所恐怖症なので、腰の引けた感じでスタート準備をしていた。格好悪いという声も聞くが、仕方ないのだ。うっかり飛ぶ前に跳んでしまうと、そのまま重力を感じて体が硬直し、混乱して、そのまま失神してしまうのだから。
分かっていてもダメというのはつらいものがある。
好きな食べ物が突然アレルギーになって食べられなくなる心境に似ている。
カウントダウンが始まる。相も変わらずコミカルな動きをするカウントダウンの数字。フィロソフィアスタジアム共通らしい。プロのツアーレースでも使われているそうだ。もう何百回も見ている光景でもある。
カウントが0になった瞬間、俺はエールダンジェの機体を起動させ、白銀の光翼を広げ、体から重力が消える。
そしてにスタート台を蹴って中空円柱状のスタジアムを時計の反対方向に回り始める。
スタートは完璧だった。まずは第一関門突破である。
すると、相手はスタート早々にオレを狙って重力光発射砲という、片手持ちの強力な重力反動を叩きこんでくる大砲を俺に向けてくる。
この重力光発射砲というのが何気に侮れない。通常のエアリアル・レースでは、攻撃にエネルギーを多く取られるので使われることは滅多にないが、大きい規模で攻撃が叩き込まれるので、痛い上に一度で2~3ポイントも落ちる事がある。
勿論、エネルギー消費量も大きいので、一発逆転がある反面、全力で飛べる時間が少なくなる。
最初から使う?
それは下策だろう。それとも威力を上げて一撃で戦闘不能にでもするつもり?
相手の考えが読めない。いつも通りのレースをするつもりだけど、距離は少し取ろう。主導権は取れるんだ。
俺は相手の後方を早めに付いて追走する形になる。相手は必死に動き回って逃げるようだが、俺からすればそれでも付いて行く事が簡単なことだ。簡単に好ポジションを取るのだが、相手は重力光発射砲を向けてくる。
「ちっ…厄介だな」
オレが離れるとライトバズーカをホルスターに入れて重力光拳銃に持ち替えて攻撃をしてくる。
既に背面を取っているが良いポジションから攻撃を仕掛けようとするが、そこに射程の大きい重力光発射砲向けられると、仕方なくそこを離れざるを得なくなる。
オレが警戒して飛行系の得意な背面からの中間距離を諦めて、遠距離で様子を見る事にする。
互いに重力光拳銃での撃ち合いとなる。
結局、レースは前半を0対0で折り返すことになる。後半に向けてスタート台のある待機所に戻る。
「アホなの!?何で飛び込まないのよ!」
いつもの罵詈雑言が相棒から飛んでくる。
いつもだと、ウッとなってしまうが、美しい容姿で言われると威圧感が薄れて、少し和んでしまう。これはいかんな。
もっと罵られたいと思えてしまったのは内緒だ。
「でも、飛び込んだらバズーカを…」
「撃たせれば良いのよ。中距離でも1メートル以上の回避が出来てるわ。バズーカは怖くない」
リラは罵りながらもオレの胸の下にあるボルトを緩めて外部装甲を外して、|電力供給装置《エネルギーパックを露出させて、エネルギー充填を開始する。
「じゃあ、相手は何で…」
「時間稼ぎ」
「……時間稼ぎ?」
「後半最後にバズーカを撃ってくるわ。それで失敗して出力が下がっても、エネルギーを充填して延長でカバーできる。その間は致命的なポイントを避けるためにチラつかせてるだけよ」
「なっ」
リラは相手の作戦を読んで指摘するのだが、あまりにも相手の策略の汚さに絶句してしまう。
「組み付くかバズーカでの一発逆転、この二択しか持ってないのよ」
「まんまと前半は騙されたってことか」
「でも、だからって迂闊にバズーカを喰らったら負ける。それは分かってるでしょう」
「まあ、だからこそ踏み込んで攻撃できなかったわけだし」
一撃で吹き飛ばされてポイントが大量に落ちるのだ。その時点で、俺は立て直すのは不可能だろう。下手をすると出力過多でそのまま病院行きかも知れない。
「とにかく、レンはもっと加速して近付く」
「加速?近付いちゃわない?」
「ええ。近付いて相手が捕まえようと手を伸ばしたらもっと加速して逃げる。相手はね、スピードや飛行に自信が無いの。だから駆け引きを使ってスピードや飛行を押さえ込もうとしてるの。だったら向こうの策に乗りながら、向こうの嫌な方へ行ってやればいい」
リラは対策まで助言してくれる。多分、普通の飛行技師は絶対にしない事だろう。
「捕まらない?」
「捕まえられないわ。レンが本気でスピードを出せばここのレース場でついていける相手は5人もいないわ。レンの悪い所は相手の速度に合わせちゃう所」
「むう」
リラの言葉に自覚がないので困ってしまう。そもそもレースは相手ありきだ。
飛行タイプは追いかけて背後からポジションを取る側だから、相手のスピードより速く後ろに向かうが、そこからは同じ速度で飛ぶしか無いのだが?
リラは整備を終えると電力供給装置を元の場所において外部装甲を閉じてしっかりとボルトをスパナで締める。
特別な中間調整はないようだ。このままで勝てるという事なのだろう。
「まあ、取り敢えず加速で回避。追い抜いたら再び相手の後ろを取ろうと動けば良いだけよ。良いわね?」
リラはニッと笑って俺の胸を拳でコツンと叩く。
「お、おう、分かった」
いつもやってることなのだが、美少女にやられるとまた違う感じだ。
何だろう、今までのマンネリ感が何だったか分からなくなる位にやる気が出てきた。
オレは相手を見る。再びのカウントダウンが始まる。コミカルな動きをするカウントダウンの数字も、今のオレにとっては癒しにさえ感じる。
カウントダウンが0になると同時に、俺はエールダンジェを起動させて白銀の翼を放出する。そして空へと舞い上がる。
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
オレは一気に加速して相手に近付く。
相手は前半何度もやったかのようにライトバズーカを向けてくる。
避ける時は減速して方向移動ではなく加速して射線から外れる。そのアドバイスの元に更に加速しえ相手に近付く。相手は近接に行こうと更に近付いてくる。
遅い!
オレは彼の手をギリギリで掻い潜り、すれ違い様に重力光拳銃のトリガーを引いて真っ先に左肩のポイントを奪う。
とはいえ、加速すると相手から離れてしまうし、相手よりも前に出てしまうのでポジション的には良くない。
再度ポジションを取りに行く為に旋回して再び相手の背後を取りに飛行する。面倒な話だが、これで試合は動き出した。
でも、背後を取ろうとすると、やはり相手は重力光発射砲をこちらの照準に合わせようとする。ならばと更に速度を上げる。
相手はなんと想定とは異なり、早々とトリガーを弾いて来る。
「!」
予想を超える効果範囲、俺は直撃を避けるが強力な重力子が空気を切り裂き、その余波による乱流が俺の体を巻き込んでくる。
重力感を一瞬消し去られ、ぞっと冷たい消失間に自分が地面に叩きつけられる事が頭に過ぎる。
ヤバイ!
そう思った瞬間、重力の落下感から浮遊感に戻る。一瞬だった。危うく高所を自覚して落ちるところだった。
オレは気を取り直して再び強くコントローラを握って加速する。相手の速度がガクンと落ちる。もはや俺を捕まえる行為さえ止まって見えるレベルだった。
相手は必死に攻撃してくるが、当たる筈も無い。彼が出来る事は俺が数瞬前にいた場所に攻撃するだけだった。
俺は銃を構えてトリガーに指を掛ける。
そして今度は頭を、胸を、腰を、次々とポイントを奪っていく。
後半10分も必要なく、俺の攻撃は対戦相手のポイントを7つ全て奪うのだった。
終了のブザーと同時に凄まじい歓声が降り注ぐ。
『KO!勝者LA!』
勝利宣告にオレは観客の歓声にこたえるように拳を高く上げてから、入出場口で待つリラの元へと戻るのだった。




