藤宮桜
ダブルヘッダーの2試合目が終わると、俺とリラはチェリーさんの所有しているエールダンジェ用の工房へと足を向ける。
下層にいた頃から、使わせてもらっている場所だ。
実は、チェリーさんの土地は最下層から最上層まで縦に長々とつながっているらしい。俺達は中層より上に行けないのだが、チェリーさんは普通に最上層からエレベータで行き来をしている。
中層は非常にセキュリティがしっかりしているので、余程の事故がないと自分のいけない区画へ入る事は不可能だ。下層にある作業場に入れるのはチェリーさんから権限を貰っているからだ。なので、下層の店の方へ行こうと思ってもセキュリティに引っ掛かって移動できないようになっている。
ちなみに、俺とリラはチェリーさんの所有する中層の部屋を使わせてもらっている。
勿論、部屋は別々だ。
さすがに12歳の男女が同じ部屋でお泊りするのは良くないらしい。まあ、俺がいくら思春期を迎えたからって言っても、油と鉄錆で汚れた女を異性とは感じないので、一緒でも何の間違いも起きるとは思わないけど。
むしろあの赤茶けたケセランパサランみたいな相棒にどう欲情せよと?
とはいえ、俺としては、一人でいたい事もあるので、別々の部屋は助かっている。
作業している時に、時折見える胸元の膨らみが気になったりするが、それは男子の習性ゆえだ。基本、俺とリラは男友達みたいなものだから。
同年代の女子とは思えない良好な発育をしてやがるとか、思ったことはない。あんな赤茶けた鉄錆汚れ系女子の稀に屈んでいる時に見える谷間に見とれたとか、そういう事実はない。
………ホントニナイヨ?
俺とリラはエレベータを下りて工房へたどり着くと、そこには珍しく俺たち以外の客人がやって来ていた。
「げ」
「リラ。貴方、私の顔を見るたびに嫌そうな顔をするのをやめなさい」
リラが露骨に嫌そうな声が漏れてしまい、先に来ていた客人は肩をすくめて注意をする。
工房にいたのは車椅子の美少女、藤宮桜さんだった。昨日の対戦相手でもある。
神秘的な長い黒髪を背中まで伸ばし、質素な長着を着流している姿は東洋の巫女を思わせる姿だった。金属質に黒く輝く瞳は軍用遺伝子保持者である事を色濃く示している。
「だから、お…私はおま……アンタが苦手なんだよ」
「全く、実力は半人前なのに、口先とプライドだけは10人前くらいあるんですから」
桜さんはリラを見てわざとらしく溜息をつく。
実はこの2人、俺とリラが出会う前から面識があったらしい。何でもリラはチェリーさんの伝手で何人かの飛行士と組んだらしいのだが、その1人が桜さんだそうだ。
「桜さんはどうしてここに?」
「ああ、私のインナースーツってチェリーさんの提供してくれている作品だから。今日は新しいのを貰いに来たんですよ。あと部品調整をちょっと頼んでいて状況を確認しに来たのもあって」
俺の問いに桜さんはニコリと笑って返答をする。
なるほど、そういえば女性飛行士の中には、チェリーさんがインナースーツを提供している人もいるとは聞いていた。俺達はお金をもらって安物の服を着ているのだが、モデルとして出る場合はかなり本格的な服装が提供されている。
言われてみれば桜さんはチェリーさんの店のモデルもしていた。インナースーツを提供していて貰っていてもおかしくはない。
ちなみに俺のインナースーツも白に薄いピンクのラインが入ったチェリーさんデザインである。派手なピンクじゃなくて良かったと心から安堵しているけれど。
リラはチェリーさんから服を提供してもらってないので、いつも麻色のツナギという西暦時代のメカニックみたいな格好をしている。
あれは反抗の表れなのだろうか?
「もしかして昔からですか?たしか5年前からここに出てたって聞きましたけど」
「ええ。基礎学校の1年の時に全国大会で優勝して、それ以来、専属でインナースーツを提供してもらっているんです。飛行技師のノウハウもチェリーさん直伝だし、名前も同じだから親近感があるというのもありますね」
「名前が同じ?」
「ああ、私の『桜』って名前は、母国語でチェリーって意味なんですよ。私の亡き父は環太平洋連邦のジャパン出身だったらしくて」
なるほど、『サクラ』って聞きなれない言葉だとは思ったけど、アジア地方の聞きなれない言語だったのか。
覚えておこう。
「でも、強いとは知ってたけど、僕の上の年代の全国王者なんだもんなぁ。どうりで勝てないはずだよ…」
未だに一度も勝てていない。相性が良くない以上に、経験で上手くかわされている感じだ。もう600戦ものキャリアを積んだ今でも、中々届かない。今の所、俺達の目標としている相手でもある。
「前期中学の全国優勝はあまり自慢にはなりませんよ。基礎学校からやってる子は少ないですし、あの年代はスピード制限もありますから。U13のレースなんてお遊戯です。まだカジノの方がレベルは高いですからね」
俺の言葉に対して、桜さんは全国王者だった事を笑い流す。大したモノだと思うけどそうでも無いのだろうか?
俺が首を捻っているとリラが助け舟を出してくれる。
「前期中学生の大会は時速200キロまでの出力制限でレースするんだよ。ぶっちゃけ、前期中学生のレベルってフィロソフィアカジノ以下のスピードで戦って、機体レベル低め、身体能力低め、経験も技術も低めと、この競技場の方が遥かにレベルが高いんだ。メカニックなんてやれる仕事がほとんどない」
なるほど、言われてみれば俺達が試合に出ているカジノでは、スピードはプロと比べたら遅い。それでも時速200キロ以上は普通に出す。
当然、前期中学生のレベルは弱いと感じても仕方ないのかもしれない。
だから、前期中学の間くらいはとリラもここにやってきたのかもしれない。
「っていうか、桜さん普通に200キロオーバーで飛んでるじゃないですか」
桜さんはまだ前期中等学校の学生だったはずだ。彼女は今年の9月で後期中学1年生に、俺は前期中学3年生に上がる年齢だ。
勿論、俺は学生ではないので自主勉強中なんだけど。
「でも、制限があるから強いというのもありますね。時速200キロのくびきから解放されて一気に強くなる飛行士はいますよ。実際、スピード規制のなくなる後期中学生大会の全月レベルに今の私が通用するとは思えませんから」
「後期中学になったらプロの育成部門に入るのか?」
リラは桜さんに将来の事を尋ねる。
「はい、その予定です。スカウトがいくつか来てますのでどこにしようかは検討中ですが」
「うう、俺にもスカウトしてくれても良いのに」
未だに俺は声を掛けて貰ったことは無い。勿論、中層に住んでいると接触する機会がそもそもないから仕方ないんだけどさ。
ただ、凄い人とレースをしていたんだとは感じていた。もしかしたらエアリアルレース界の未来の女王と戦っていたのかもしれない。
一生自慢できそうな気がしてきた。後でサインとか貰えないだろうか?
そんな話をしているとチェリーさんが奥の部屋から歩いてやって来る。
相変わらずピンクのフリルを着た女装のオッサンである。
「チェリーさん。こんにちは」
俺達は挨拶をする。
チェリーさんは右手に何か白い布に包まれた棒をもって来ていた。俺が何だろうと首をかしげていると、チェリーさんは桜さんの方へと歩いて行く。
「あ、もしかして、もう出来たんですか?」
「ええ。桜ちゃんにはモデルでお世話になっているからね。久し振りにメカニック業務しちゃったから時間掛かっちゃったけど」
「あんな難作業を2日で終わらすとは……。さすがは世界最強の飛行技師集団ジェネラルウイングの元飛行技師ですね」
桜さんは上品に笑いながらチェリーさんに羨望の目を向ける。
「…チェリーさんって元プロ飛行士兼飛行技師だったって聞いてたけど……ジェネラルウイングの人だったんですか!?そういえばジェネラル市へ留学したとか聞いたような覚えもあったけど……」
驚愕の事実が発覚。ここに来て2年を過ぎるが、初耳だった。まさかそんな凄い飛行技師だったとは。
ジェネラルウイング社は、世界で一番売れているエールダンジェメーカーであり、世界で一番エアリアルレースで優勝しているクラブでもある。王者ジェネラルウイングの一員だったなんてびっくりだ。しかもそこでプロ契約をしていたなんて凄すぎる。月の子供たちの憧れじゃないか。
言われてみれば、俺達にくれたエールダンジェはジェネラルウイング社製だった。スポーツクラブチームがジェネラルウイングと契約をしてレース仕様の機体を使っているケースもあるから、あまり気にしてはいなかった。
でも、こんな桃色の女装したオッサンがあの名門クラブにいただろうか?少なくとも俺の記憶には一切存在しない。っていうか、記憶に残らない筈がない。
謎が謎を呼ぶ。
「あれ、レン君、チェリーさんの事を知らないでお世話になってたんですか?」
驚いたように桜さんが首を捻る。
「知らないでって……ピンクのフリフリなチェリーさんみたいな人、ジェネラルウイングの飛行士でいたら普通に気付くと思うけど」
「グラチャン出場経験もある『凶暴熊』ランディ・ゴンサレスって言えば有名じゃないですか」
桜さんは苦笑気味にチェリーさんの本名を教えてくれる。
「もう、その名前で呼んじゃ嫌よ、桜ちゃんってば~」
すると、チェリーさんは照れた様にモジモジする。可愛い女の子ならときめきそうな様子を、女装のごっついおっさんにされるとさすがにきつい。
でも、そうか。
なるほど、チェリーさんはランディ・ゴンザレス選手だったのか。
………ランディ・ゴンザレス?
「は?」
俺は耳を疑って桜さんの言葉を頭の中で反芻して凍りつく。
「お、おい、バカ野郎!レンにその事を話すんじゃねえ!」
「リラってば、言葉遣いが壊れてますよ」
「そういう問題じゃ…」
ランディ・ゴンザレス
ジェネラルウイング育成部門から育った飛行士で近接系格闘を得意とするスター選手だ。飛行技師としても一流で、若き日にはあの飛行技師の王の弟子の1人でもあったという。飛行士としては、ジェネラルウイングというスーパースター集団の陰に隠れていたが、チームキャプテンとして団体戦においてはクラブを引っ張っていった凄腕である。世界最強決定戦とも呼ばれるたった16人しか出場できないグランドチャンピオンシップにも出場経験がある。
そもそもグランドチャンピオンシップ出場者は選手紹介の際に大会公式で『二つ名』が与えられるのだが、『凶暴熊』の異名はその時に与えられたものなのだ。
全ての技術に優れたオールラウンドで団体戦に強みのある本物の飛行士、それがランディ・ゴンザレス選手だ。
「あ、あは、あはははははははははははは」
何故だろう、肺から空気が出てきて何故か笑い声が出てしまう。
「ああ!桜の所為でレンが壊れた!」
リラは俺の様子を見て頭を抱えていた。
何か喚いているけど、なんだろう。俺はもう今、感情を整理するのに忙しい。チェリーさんがランディ・ゴンザレス?あのランディが女装?よく分からない。今、俺は何を聞いたんだろう?
「何で私のせいなのでしょうか?」
「コイツは一応エールダンジェファンなんだぞ。しかも近接系が好みだ。ランディ・ゴンザレスがこんなのになってた事実を知ったら普通に現実逃避するに決まってんだろ!俺だって最初はそうだったから!」
「まあ、いつか通る道ですよ」
「フィロソフィア出たら2度と会う事ないんだから、懐かしい思い出と一緒に封印すればよかったって話だろーが!」
「言われてみたらそうですね」
リラと桜さんは何やら話をしていた。
「リーちゃん。言葉遣いが戻ってるわよ。それと酷いわねぇ、こんなのだなんて」
チェリーさんは拗ねたように抗議する。
そういえば、俺、何で笑ってたんだっけ?
すると突然、頭に鈍痛が走る。
「いたあっ!な、何!?」
「いつまで現実逃避してんだよ!」
俺は頭を抱えて叩いた主を見る。まあ、いつものようにリラだった。
リラさんや、それは凶器じゃないからね?それと言葉遣いがまた男に戻っているよ?
「ううう、頭がきしむ」
「うぐ。まあ、チェリーさんの事は気にするな」
ポムとリラは何故か僕の事を同情するように言う。
チェリーさんの事ってなんだっけ。何か殴られた拍子に思い出したくない事もつぶれたような気がする。思い出そうとしたら頭が壊れそうな感触に襲われる。まあ、だったら何も無かった事にしよう。
「チェリーさんの事ってなんかあったっけ?」
俺は首をかしげてリラを見ると、リラは思い切り引きつった表情をする。隣にいた桜さんが何か悲し気に俺を見ていた。
何か変な事があったのかな?
「それよりも、俺、気になってたんだけど……チェリーさんのブティックの表の画像に映し出されているモデルの中に桜さんがいるよね?」
「ええ。元々、私が彼女と接点を持ったのは子供用女性服のモデルとして誘ったのがきっかけなのよ?」
チェリーさんのブティックの大きな窓となっている半透明な映像が流されているのだが、そこにはテレビ画面のようにたくさんのモデルさんがチェリーさんの店の服を着てポーズをとっている。
俺の知る限り、その中には桜さんもいた。というか、桜さん、何げに色んな画像データがこのフィロソフィアスラムに出回っている。ちょっとしたアイドルっって感じだ。
「稼いでるんですか?上層生まれだから、そこまで急ぐ稼ぐ必要はないのでは?」
「妹が病弱で色々と必要なんですよ。治療費の為に」
「妹さんがいるんですか?」
「はい、遺伝子病なので保険が利かないから、治療代を稼ぐためにフィロソフィアのレースに出たり、モデルをしたりして、稼いでいるんです」
桜さんはニコニコしながら、さらっと重たい事を話す。
「じゃあ、稼ぐ為にレースに?」
「それもありますね。勿論、プロ志望なので実力向上も兼ねてます。とはいえ、リスクを犯して下層に落ちたら本末転倒ですから。カジノのレースに出ている分には着実に稼ぎは伸びますし、自分で飛行技師を兼用していればメリットも大きいですし」
「う」
リラが大きく引き攣る。彼女は組んだ飛行士は亡くなった際に借金を押し付けられて下層に落ちた口だ。思う所もあるだろう。
するとチェリーさんが口をはさんでくる。
「でも、本当の事を言えば、飛行技師に頼る事も覚えて欲しいのよね。勿論、桜ちゃんの事情を知ってるから、勧めるつもりは無いけれど。本当に強い飛行士はしっかりとチームを作ってくるわよ」
チェリーさんが桜さんに対して飛行士としても大きい期待をしているのが分かる口振りだ。
「プロの育成組織に入ると、こういった賭博レースになんて出れませんから。それにプロ資格は持っているので、フリーで飛ぶ事もできます。勿論、予選突破も困難でムダ金を使う訳にも行きませんから、よほどスポンサーでも付かない限り、レースに出たりしませんけどね」
桜さんはさらりと12歳と言う年齢でプロ資格を持っている事を口にし、自分の実力を把握した上でレース選定をして稼いでいるようだ。
「一流のレーサーになるには速いうちからレベルの高い環境に行った方が良いのは分かってますけどね。そういう意味では……レン君はこんな所で遊んでるよりは、プロの育成の方がよほど有意義でしょう」
「そ、そうですか?もしかして俺ってば強い?」
「いえ、スピード耐性のある飛行士は速いうちから自分と同じレベルのスピードの相手と練習をしないと、上達しません。正直、レン君にとって、このカジノではあくびが出るほど相手が遅くてつまらないのでは?」
「まあ、コンバットルール独特の激しさから来るスリルはあるけど、まともにレースを出来る相手は限られているのは確かですね」
俺もそれには同感と頷く。最初の半年くらいは初めてのエールダンジェ、初めてのエアリアルレースという事で四苦八苦したものだ。しかも毎日レースをリラに組まれていたから大変だった。
でも、それから2年も経つとマンネリ感が強い。
よほど強い相手じゃないと攻撃が当たらなくなってくる。最近のカジノにおける俺のオッズはかなり低い。それだけ俺の実力はこのカジノでもずば抜けてきていると言えるだろう。
「そうよねぇ。いい加減、レンちゃんもリーちゃんもここは卒業したいところよね」
「でも、よくよく考えればウエストガーデンに戻っても帰る家がある訳でもないし、待っててくれる人がいる訳でも無いからなぁ。目先の目標がぼけてきて、モチベーションが上がらないんだよ」
正直に言えば、俺は目先の目標らしい目標が消えている。
当初は下層から出ていきたい一心でリラに調整をお願いした。
だが、中層は意外と普通に暮らしていて、ウエストガーデンみたいに便がいいわけじゃないけど、チェリーさんの保護下で暮らしている限りは安全快適なのである。
レースで稼ぐのも普通のレースよりは危険だし、稀に死者も出る危険な部分はある。それでも、俺に関していえばそこまで危険にはならない。相手の攻撃を避けるのが簡単だし。
既に、フィロソフィアの中層脱出も時間の問題だしね。
「そう、俺のモチベーションはチェリーさんから貰える勝利報酬だよ」
俺はチェリーさんを見上げて、データを催促する。そもそも、それを貰う為にここに来たと言っても過言ではない。
「最近のレンちゃんのモチベーションはレースでの勝利より、ウチのモデルの画像データだものねぇ。これだから男って奴は即物的で嫌ね」
チェリーさんは深々と溜息を吐きながらも、ちゃんと俺にデータ送信をしてくれる。
目の前の空間に半透明の映像がポンとポップアップしたので、YESをタップしてデータを受領する。
「何だろう、チェリーさんに言われるのがとても釈然としない」
「っていうか、最近、勝ったご褒美だかに、何のデータ貰ってんだよ」
リラがジトと俺を見る。
むむむむ、やはり気になっていたか。
別に変なデータではない。思春期なら誰しもが異性の女の子の画像とか興味があってしかるべきだ。このご時勢、18歳未満がR18をデータとしてゲットする事は困難だ。モバイル端末は人それぞれで形こそ異なるが、個人証明にもなっているからね。
「ええと、芸術、みたいな?」
俺は言葉を濁して説明する。リラだけならともかく、桜さんの前ではさすがにいう事は憚れる。
その言葉にリラと桜さんは首をかしげると、おもむろにチェリーさんがフォローをするのだった。
「ウチのモデルの女の子達の画像よ。フリーで使っていい素材データね。勿論、ウチは服をメインで撮影しているから変な画像があるわけじゃないけど、色っぽい服もあるから。水着とか水商売の子達の為の服とか」
「サイテーだな」
リラは、俺を不潔なものでも見るようにボサボサ髪の奥から濃い茶色の瞳を細めて向けてくる。
「まあ、リラ。レン君も男の子ですからね」
「そういうもんなの?」
「私達には分からない事もあるんですよ」
桜さんは俺達よりも少しだけ年上なので、やはり少しだけお姉さんらしく助言をしてくれる。
そうだ、男の子は大変なのだ。
男みたいなナリをしようと、女のお前には分かるまい、リラよ。
「で、レン君はどういう女の子が好きなのでしょう。ちょっと興味がありますね。妹がレン君を応援しているもので。本当はカジノの試合は激しいので見て欲しくは無いのですが」
「え、桜さんの妹さんって俺のこと、応援してくれてるの?」
意外にも桜さんの妹は俺のファンだと!?
桜さんの妹なら同じく美人である事は予想がつく。しかも妹と言う事はまさか同年代?なんてこった、ついに俺にガールフレンドが出来てしまうかもしれないじゃ…
「まあ、まだ基礎学校にも入っていない子供ですけどね」
「何だぁ…」
お子様かぁ。まあ、そこまで期待して無かったけどね。
だって、この数年間、ずっと不運が付きまとってきたし。そんな嬉しい出来事が起こるなんて思ってもいないよ?
「おい、お前。今、桜の妹なら美人に違いない。年齢近かったら嬉しいな、とか思ったろ」
「何でリラは俺の心を読めるんだ!?」
今、俺の中では、担当飛行技師という相方であるリラ・ミハイロワという女が一番怖い。稀に俺の心を読んでくる。
「で、レン君の一押しは誰でしょう?」
「桜ちゃんは二番目よね」
「何故、チェリーさんがそれを知ってるの!?」
「そりゃ、データの供給元ですから。レンちゃんの好きな女の子はこの子よね」
チェリーさんが勝手に俺に提供していた画像データを見せる。年齢は俺と同じくらいの女の子だ。チェリーさんの一押しの女の子でもある。
赤みがかった茶色い髪をポニーテールにして纏めており、パッチリとした大きいダークブラウンの瞳が魅力的である。また小さな鼻と口は大人しそうな印象を与え、すました表情はクールであるが、年齢の割りには桃色の薄着からチラリと見える胸元に谷間が作られてセクシーなのである。
天使のような美しさだ。
「凄い可愛いでしょ。っていうか、桜さんってこの子と一緒にモデルで並んだ画像とかありましたけど、本人に会った事あるんですか?ぜ、是非紹介をしていただけたら嬉しいです」
俺は画像データを指しながら桜さんが知り合いだったらお近づきになれるのではとちょっとだけ押してみる。
「こ、この子…ですか?ええと、チェリーさん…」
「ええ。レン君ってば見る目があるでしょう」
「だって、この子………え、知らないの?」
「秘密だもの」
桜さんは戸惑った様子で俺を見る。
チェリーさんはモデルのプライベートは守るので基本的に素性を教えてはくれない。桜さんは俺が彼女の事を知らない事に驚いているようだった。
もしかしてこのモデルの子って凄い有名人だったりするのだろうか?
少なくともウエストガーデンの頃は見た事はない。
すると、桜さんは驚いた表情でリラの方に訊ねるよう視線を向ける。リラは不機嫌そうにそっぽ向く。
何故、俺が他の女の話をしてリラが不機嫌になるのだろう?まさか、知らぬ間にリラの奴が俺に惚れたとか?
いやいや、それは無いだろ。お前みたいな赤茶けた鉄錆汚れのケサランパサラン女はないわー。
「何だ、リラ。嫉妬か?悪いけど、俺には天使がいるからちょっと」
「だれが嫉妬だ、阿呆!っていうか、コソコソ何してんのかと思ったら、こんな……つーか、チェリーさんもやめさせろよ!」
「あら、このデータの肖像権も私のモノでしょう?それと言葉遣い」
「ううううううう。だ、大体、その写真データでその猿が何をしてるかなんてこっちも何となく把握してるってのに、何て事を!」
ゴフッ
隠れてしているつもりだったけど、何気にナニをしているか気付かれていた。
でも、仕方ないんだ。成長期というか性徴期な思春期男子にとって、それは自然の摂理なのだ。
安心しろ、間違ってもお前みたいな女は使ったりしないから。
だが、リラは地団太を踏むようにチェリーさんに抗議をして、更に親の仇でも見るかのように俺をにらみつけてくる。前髪の奥から覗く濃い茶色の瞳は燃えさかる殺意と一緒に『変態。殺す』と書いてあった。
あの行為そのものを否定するならこの世の男性全員を否定するようなものだぞ。出来れば広い心で許してもらいたい。
「あら、別に良いじゃない。貴方には関係ないことでしょう?」
「か、関係ない…けど…」
うううううと悩ましげにリラが呻く。
「そ、それに、そういう事に使うのは主目的ではない。副次的な結果であって、主目的は俺の天使を眺める事だ。それに、俺だってマイエンジェルは極力汚さないようにしているのだ。男子特有の作業はどちらかというと、桜さんの方が………じゃなくて」
うっかり誤爆する所だった。本人が直近くにいるのを忘れていた。
「レン君、さすがに面と向かい合って言われると引きますよ?」
だがリラだけでなく、桜さんまで、俺を小汚いものでも見るような視線を向けてくる。しかも桜さんは車椅子でバックして露骨に俺から距離を取る。
うっかり誤爆ではなくて、十分なほどに自爆していた!?
「っていうか、そういう頭で桜とレースやってっから、テメエはいつも負けてんじゃねえか!」
リラは怒りなのか首まで真っ赤にして、右手に持ったワナワナと震えながらスパナを高々と掲げる。
「ま、待って、リラ、話せばわかる!スパナは凶器じゃないから!まずそれを置いてから建設的な話し合いを…」
「死ね!」
何度となく俺の頭に振り下ろされてきた凶器が、今日も今日とて天上より舞い降りる。
凄まじい音と衝撃と激痛が俺を襲い、こうして今日の俺の一日が幕を閉じるのだった。