628戦487勝141敗
いきなりですが、時間軸は2年ほど進みます。
親を失い、フィロソフィアでたくましく育った結果、レンはかなりしたたかになってます。
オレ、レナード・アスターがこのフィロソフィアの中層区画に来てから2年が過ぎた。
喋り方がちょっと変わったけど、これは仕方ない。相方であるリラ・ミハイロワのせいだ。
現在、スポンサーとなったチェリーさんは俺達に無償で作業場や練習場の使用権や食費、全て彼が提供してくれる。
とはいえ、消耗した機体部品や新しい工具、それに娯楽の為の色んなものが欲しくなるので、自分で自由になるお金が欲しいのだ。
そこでチェリーさんも色んな要求を出してくる。偶にリラはバイトに行ったりしているがそれでも足りないらしく、リラの言葉遣いも直してくれたらお金を出すという話をし始めた。リラの言葉遣いは男らしいというよりは口汚い。
リラの見た目は鉄錆と油まみれの小汚い赤茶けたケサランパサランのような奴だけど、一応女である。チェリーさんは、リラに女らしい言葉遣いをしてほしいらしく、チェリーさんのスポンサーとしての要望だった。
色々と協議した結果、『少なくともレンちゃんより丁寧な言葉を使いなさい!』というチェリーさんの言葉に対して、リラはなんと斜め上の強制命令を俺に出した。『俺より汚い言葉を使え!』と。
そんな無茶苦茶な発想ゆえに、リラと俺の言葉遣いは微妙に崩れ去り、今の形になった訳だが。それでも俺より汚い口遣いが稀に出て修正されるのがリラスタンダードである。
とは言え俺としては幼馴染のカイト以来の信頼できる友人として仲良くやっている。だが、リラを異性としてみる事はほとんどない。スパナで殴ってくる乱暴性さえなければ、申し分ない親友だ。
ちなみに、俺はチェリーさんのデザインしたインナースーツを着てレースに出る事でお小遣いをもらっている。幸運なことにピンク色の怪しげなインナーじゃなくて、白を基調にした薄いビンク色のラインが入っている程度のものだった。チェリーさん曰く、レンちゃんにピンクが似合わない、とがっかりしていたようだ。男が似合っても嬉しくないし、あんたも似合ってないよ、といってやりたい。
ちなみにこの薄いピンクの色のラインがチェリーブラッサムという色らしい。周りに回って凄く嫌な感じだ。
とにもかくにも二年が過ぎて、俺達は着実にフィロソフィア中層脱出に向けての資金を積み立て、あともう少しという場所にまで辿り着いていた。
フィロソフィアカジノで行われるエアリアルレースにおける勝利報酬金額は6000MRと下層よりも少なかった。負けても金を取られたりはしないけど、出場費用が2000MR、つまり3戦して1勝すれば五分五分といった所か。
この出場費用を払わないと、レース前にお腹を壊してレースに出れなくなった場合、賭博成立しなかった際の損害を払えという事になる。この損害、一般飛行士に払えるものではないのだ。
なのでこの出場費用は一種の義務と化している。
ちなみに、それ以外の雑費は全てスポンサーから出ているので、とにかく俺達は負け数よりも勝ち星を多く増やせば、上層に登れるという仕組みになっている。
そして今日も今日とて俺はレースに出る。
***
『さあ、フィロソフィアカジノ・コンバットエアリアルレース第29レースが開催されます!対戦はSF選手とLA選手という若い2人の注目の一戦。レース開始は残るは2分となっております。あと1分で投票期限ですので、お客様方はお早めにお賭け下さい!』
フィロソフィアカジノのエアリアルレーススタジアムでは毎日のようにレースが行われていた。
ちなみに、カジノの飛行士は身元を隠すために名前をイニシャルなのは昔からのルールらしい。レース映像も顔をアップで撮影しないので、基本的には顔を明確に見せないのだ。でも、ほとんどバレバレらしい。
俺は白銀のエールダンジェを装備して、中空円柱状内の競技場の端にあるスタート台の近くに立っていた。
俺の横には赤茶けたボサボサ頭にダブダブのツナギを纏ったリラがついていた。
レース場の真向かいにいる対戦相手へ視線を送る。
そこにいるのは車椅子に座った、青いエールダンジェに桃色のインナースーツを纏っている女性だ。黒くて長いストレートヘアが印象的で、黒曜石のような黒く輝く瞳をもった美少女である。
対戦相手は、非常に落ち着いた様子で車いすに座ったまま堂々とそこに君臨していた。
『人気と実力を兼ね備えた飛行士、SF選手の登場です!現在、このカジノで最も良い戦績を上げています!』
放送が流れると、会場は美しい可憐な女の子の紹介に盛り上がっていた。会場そのものが揺れるような歓声に包まれる。
最初の頃は戦う事で頭がいっぱいだった為に気付いていなかったが、気づいてしまうとこの歓声が緊張させてしまう。
とはいえ、俺も2年もの間、毎日のように戦っていたので随分と慣れたモノだった。
ただ、今日の歓声は別段に大きい。
何せ対戦相手のSFさんは、カジノでは1~2を争う有名な飛行士だ。多くのフィロソフィアに住む飛行士志望者は、カジノで場数を踏むケースが多い。チェリーさんも俺と同じ年代からカジノで活躍して、プロ資格を取ってエアリアル・レースのメッカとも言うべきジェネラル市へ留学したらしい。
このカジノでは名前や顔を隠しても、それなりに素性が明らかなら直ぐに判明してしまう。
例えば、このSFさんは誰なのかはフィロソフィアの人達からすれば周知である。前期中学生のインタージュニアミドルの覇者・藤宮桜選手が全く同じ姿でテレビに映っているのだから当然だ。フィロソフィアカジノでは最も有名な飛行士と言えるだろう。
彼女は8歳の頃からこのレースに出ていて天才少女として名高かったらしい。そもそもこのレースに出る前、月の基礎学校で行われた全国大会の覇者になってから、このレースに参加したとの事。
基礎学校のレベルが低くて練習にならないからという話だった。
戦績は1252戦1195勝20引き分け37敗。
8歳から5年も飛んで、元プロや傭兵相手に未だ37敗しかしたことがないというのが恐ろしい。だが、実際に軍用遺伝子保持者の子供というのは5歳にもなればeスポーツの世界では簡単に世界一に立ってくる事がある。エアリアルレースは激しい運動量を必要とするスポーツではないので、頭角を現すのが非常に早いのだ。無論、そこから頂点に行くまでは非常に長い道のりで20代半ばくらいでピークを迎える。
このカジノは賭博がメインなのだが、やはり地元の若い選手が試合経験を積みに来て、活躍をしている場合では客層も全然違う。
いつもは観光客よりも、地元の賭博狂いのおっさんおばさん連中が目立つのだが、桜さんとのレースではファンやマスコミが多くみられる。
お揃いのピンクのTシャツを着て、勝手にファンクラブを名乗るおっさん達が野太い声で応援する姿が見られるからだ。一種のアイドル的な存在でもある。
『そして対するはLA選手!2年で680戦485勝140敗55分け、レース出場数が多い事から、400勝までかかった時間は2年満たず、SF選手の勝利数を遥かに上回りカジノ記録を更新したほどです!』
俺が手を上げると桜さんよりは歓声も大きくないが、それでも十分なくらい大きい歓声が飛ぶ。
「良いか、桜には近付かれるなよ。今日は加速マシマシだからな」
リラはやる気満々という感じで俺の横にいた。SF選手とは何度も戦って負けている。
今回こそはという想いがある。
「分かってるよ。それと口遣い、粗くなってるよ」
「い、良いじゃん、チェリーさん見てないし」
慌てたようにキョロキョロするリラ。見た目はアレだけど、こういう所は意外と可愛いのだ。
とはいえ、俺も今日はかなり意気込んでいた。
彼女は俺より一つ年上、ほぼ同年代である。その年代で月では最強を誇る飛行士。つまり、彼女に勝てれば月での同年代最強という事になる。フィロソフィアの中層に押し込まれて久しいが、月で最強の前期中学生飛行士に挑めるのは嬉しい。
彼女と初めて当たった時は圧倒的な実力で簡単にねじ伏せられた。2年の歳月を経て、彼女との距離はかなり詰めている。
彼女との戦績は12戦12敗でも、前回のレースは4対3の判定負け。最後の10秒で苦手の近接戦闘に持っていかれて2点取られなければ勝てていたレースだった。
それだけに、今日こそは勝ちたいと意気込んでいた。
『レース開始10秒前、飛行士は所定の位置に立ってください』
場内放送が流れ、レース場にはカウントダウンの文字がコミカルに動く。アンダーカジノと同じなのだが、恐らく、アンダーカジノがこっちのものを使いまわしているだけなのだろう。
明らかにあの殺伐とした裏カジノのレースに、このコミカルな動きは似合わない。
逆に、フィロソフィアカジノでは、激しく戦うも、どこかショーのようなレースなので、このコミカルなカウントダウンがよく似合っていた。
そのカウントダウンも一桁に入り、出場準備に入る。
俺と桜さんは広大な競技場を挟んで、200メートルを越えて睨みあう。
3、2、1
カウントは0になる。俺達は同時に左側にダイブする。桜さんは近接狙いなのでセオリーと逆方向へ飛ぼうとしているのが見えたから、俺がそれに合わせた格好だ。同時に彼女の背中から青白い六枚の翼が広がる。
刹那、俺は重力による落下感が背筋を冷たくさせる。慌てて下を見ると凄まじい高い。上空100メートルの高さはハンパ無い。
「ひっ」
俺は桜さんとの再戦に気を取られて、うっかり桜さんと同じように翼を広げずにスタート台を飛び出してしまっていた。
やばいやばいやばい。
早く翼を、翼を、翼を広げないと!
手袋型コントローラを握って、翼を広げようとする。だが焦って指が硬直し、上手く動かない。
迫る地面。俺は恐怖で体を凍らせる。
結局、レース中だというのに俺は気を失ってしまうのだった。
***
「テメエはまたやらかしたな、このバカ野郎!」
怒鳴り声が響き渡り、同時に頭に激しい鈍痛が走っていた。
怒鳴られて起きたのか、叩かれて痛みで起きたのか定かではない。頭蓋が割れたのではないかと思うような痛みに耐えながら、頭を押さえて起き上がる。
目の前には血走った目で俺を睨むリラがいた。彼女の右手には大きなエールダンジェ専用スパナ。まあ、何で殴られたのかはいつもの事なのですぐに察する。
「痛いよ、リラ」
「お前、一体、何度そのアホな失敗するんだよ!いい加減にしないとキン●マもぐぞ、テメエ!」
「だ、だって怖いものは怖いんだよ!」
「そっちじゃねえ!普通の人間と同じ感覚でダイブしてから飛ぶな!飛んでから外に出ないと、高いのが怖くて気絶するじゃねえか!」
「いや、何か舞い上がっちゃって、うっかり」
「舞い上がる前に落ちてるじゃねえか!」
「お、上手い事言うね」
「反省しろ、このボケ!」
更にスパナが俺の頭を襲う。
激しい痛みに本当に頭が割れるのではないかと心配になって来る。いや、むしろ叩かれているせいで忘れてしまうような気がする。記憶が怪しい。20敗くらいそれで負けてたりしていたが、別に故意ではないのだ。
両親が亡くなりフィロソフィアで暮らしてから2年、つまりフィロソフィアの下層に落ちて、そこから中層に上がってからも2年、フィロソフィアカジノで飛行士として働くようになってからも2年という歳月が経っている。
今は新暦317年6月、正確には10歳の誕生日を迎えてから2年と1か月が過ぎていた。
だが、残念なことに俺の高所恐怖症は治る事が無かった。
ちょっとでも重力を感じたり、落下を感じたりしたり、足元から隙間風が吹いたり、地面の見える場所が高かったりすると、怖くてクラクラしてしまい、長続きすると気絶してしまう。
エールダンジェによる重力制御で浮遊感を無くさないと、どうしようもないのだ。
「そうか、負けてしまったのかぁ。くうっ、結局、桜さんとの直接対決はこれで0勝13敗か」
「その内、3度は今日みたいなアホをしでかしたじゃねえか!テメエ、いい加減にこんなアホな事ばっかりしてると…」
するとそこで控え室にチェリーさんがやってくる。
「あほな事ばかりしてると……怒りますわよ」
「おお、見事にチェリーさんが来た瞬間、女の子っぽくなった。そして言葉遣いが微妙におかしい」
スカーン
再び目から火花が出るようなスパナの一撃が俺の頭をヒットする。
「ばらしてんじゃねえ!」
「うふふふ、リーちゃん、言葉遣い気をつけなさい」
チェリーさんはリラにウインクをして窘める。
チェリーさんは相変わらずピンクでフリルがたくさんついたワンピーススカートを着て、ピンクの髪をツインテールに決めた女装姿である。女の子だったらかわいらしい格好なのだろう。彼が女の子であったなら。
だが、その筋肉はここ2年で鍛えてきた12歳児の俺の腹回りよりも遥かに分厚い腕や太ももを持ち、青髭と割れた顎が男らしさをまざまざと見せ付ける。
っていうか、何で金があるのにそういう部分を整形しないんだろ?
狙ってんのか?
怖くて聞けないけど
「うぐ。し、仕方ないだろ、じゃなくて、仕方ないでしょ。子供の頃からそんな言葉使ったことね…なかったし」
「2年経って、意識すれば使えるようになっただけ成長かもしれないわね。桜ちゃんという良い見本があるのに、どうして上手くいかないのか謎だけれど」
チェリーさんはふふふふと笑う。
2年たっても気持ち悪いものは気持ち悪いままだし、仕方ないのかもしれない。慣れと言うのは中々難しいのだ。2年見ても未だにキモいもん、このおっさん。
「それにしても、レンちゃん、またやらかしたわねぇ」
「うっ」
「相手が強いと、気持ちが逸るのは良いけど、それでスタートミスっちゃったら話にならないわよ。レンちゃんのスタートミスは敗戦確実なんだから」
「うううう、分かってるんだけど、そういう時こそ、その重要部分が頭からスパーンと抜けてしまうって言うか」
「明日のレースまでスタート練習の特訓だからな……じゃなくて、特訓だからね」
リラは俺に対して厳しく言う。毎度の事ながら飛行技師をしつつも、鬼コーチを兼務している。
***
俺が中層に来てからと言うもの、フィロソフィアカジノでは毎日のように賭博が行なわれており、俺はほぼ毎日の様に上層の観光客が賭博に興じるレースに参加していた。時にはダブルヘッダーもしている。
626戦485勝141敗は伊達じゃない。
最近では中々負けていない。
とはいえ全く歯の立たない相手もいる。その1人がSF選手こと藤宮桜さん。今日の相手だ。
オリエンタルな容貌をした綺麗なお姉さんで、僕らよりも幼い頃にカジノ飛行士としてデビューしており、フィロソフィアではちょっとした有名人である。
実はこのお姉さん、水着姿の写真データなんかも売られている。
俺も密かに入手して、こっそりと色んな意味でお世話になっている。まあ、俺個人としての一押しの二次元画像データは別の女の子ではあるんだけど。
12歳の思春期の少年にとってこの問題は切実なのだ。
さて、桜さんに不甲斐なく何もせずに負けた翌日はダブルヘッダーだった。
大会の空いていた枠に無理やり放り込まれた。リラから言わせれば、どうせ1試合してないんだからという理由らしい。
いや、1試合でも結構疲れるんだってば。
俺の言い分は基本的にスルーである。チェリーさんもこのカジノの管理者の一人なので、かなり上手い具合にレースに組み込んでくれてる。
基本的にスパルタで俺に接するのがリラ。逆にチェリーさんは俺に甘いのだが、それ以上にリラに対して甘い。いつものやり取りを訳すとこんな感じ。
『まあまあ、可哀想じゃない、さすがにレンちゃんでも無理よう。でもリーちゃんが言うなら仕方ないわね』
結果、俺はいつでも地獄の猛練習をさせられている。出たくないレースにだされる。
昨日の夜7時頃にレースをして、帰ったら夜中までトレーニング、そして起きたら翌日の試合前のトレーニングが始まり、現在に至る。
いつもでないが、基本的にはこんな感じの毎日だった。さらに学校の勉強もしなければならない。チェリーさんがフィロソフィアの学校用教材を持ってきて、毎日データを見て講義を聞くようにとの事だった。ウエストガーデンに戻った時に年齢相応の学力が無かったら悲惨だからだそうだ。
それはそれとして、本日の最初の相手とのレースをあっさりと勝利した。
対戦相手は40歳の傭兵で、小遣い稼ぎ狙いだったようだが俺の前には無力だった。7対0のKO勝利だった。傭兵というのはスピードよりも威力や格闘能力が強く、エアリアルレースには不向きな人が多い。俺からすると止まって見える程だ。
フィロソフィアのアンダーカジノで初めてエアリアルレースをしてから2年経つが、大半の対戦相手はまずスピードが遅い。加速で相手の動きを簡単に振り切ってしまう。相手がまるで止まっているように見える。
夕方にはダブルヘッダー2試合目が行なわれる。というか、既にカウントダウンが0へと近付いていた。
コミカルにピョコピョコ動くカウントダウンの文字が、今日ばかりは憎たらしい。ささくれ立った気持ちで見ると挑発でもされているかのように感じる。
本日の2度目のレース開始。
俺はエールダンジェを起動し、白銀の光翼を背に広げる。そして競技場を右回りするように空へと飛び立つ。
対戦相手はスタート台から走って空へとダイブをし、赤白い光翼を広げて競技場を右回りにするように空を飛ぶ。
互いに中空円柱状となった競技場の空をグルグルと回るように飛ぶ。
左手に持った重力光盾で相手の攻撃から防御しようとしつつ、右手に持った重力光拳銃を向ける。
まずは互いに銃撃戦。
加減速を繰り返して相手の銃弾をかわしつつ警戒をする。
相手はスピードも緩急も足りていない。相手が撃つより早く加速で銃口の延長線から逃れ、稀に照準が合うときは重力光盾で防御する。
そして撃つのをやめると同時に、俺が照準を合わせてトリガーを引く。
レースが始まって早々に先制点ゲット。ダブルヘッダーで疲れているけど問題ないみたいだ。
レースはいつも単純な展開になる。今日の対戦相手もその口だ。
対戦相手は俺より二回りも三回りも巨体なレスラータイプである。別に体の大きさや体重の重さ位でタイプが変わるわけではないけど、相手は強力な射撃と肉弾戦を得意とするタイプが多い。傭兵出身が多いからかな?
飛行士は識別して3タイプに分類される。
まず1つ目のタイプは今日の対戦相手のような遠距離射撃が得意なタイプ。
ある程度距離を取って積極的に狙ってくる。当たると反動が強いのでバランスを崩す。そこから一気にポイントを奪っていくのが定石だ。特にプロレース以上に攻撃威力の規定が緩いフィロソフィアカジノレースでは一撃が当たる事で怪我で負ける事もあるし、バランスを崩してそのまま畳み込まれることも多い。
でも、当たらない事には話にならない。飛行速度で俺に勝てる飛行士はカジノではほとんどいない。二年間レースを続けてきたが、まともに当たった事がない。どうも、これが俺の才能らしい。
俺は更にスピードを上げて射撃の照準を軽々と振り切り、逃げる相手の背後を取りに行く。いつまでも相手と距離を取って撃ちあうのは趣味じゃないし、遠距離射撃は苦手なのだ。相手は逃げようとするが即座にスピードで追跡して背後を奪う。こうなればもうこっちのものだ。
さて、先程挙げた3つのタイプだが、もう一つが俺、レナード・アスターのタイプ、俗にいう飛行タイプだ。
飛行戦と呼ばれる飛行による争いをして、相手の背後を取って攻撃の主導権を握ろうとするタイプだ。
遠距離タイプからすると、飛行で主導権を握られると攻撃がやり難くなるので、俺達みたいな飛行系を苦手とする。
とはいえ、飛行技能はだれしも持っている。俺のように基礎飛行だけしか練習していない変わり者は珍しく、基礎飛行のみで相手から主導権を握ってしまうのはかなりレアだそうだ。実際、俺もやった事ない華麗な飛行テクニックを、飛行タイプじゃない相手が使ってきたりするケースがある。
対戦相手は背後にいる俺から逃れようと右に左に蛇行をして、振り回そうとしながら逃亡をする。そこで下にフェイントを入れてから一気に急上昇をする。
その技が何であるか、俺でも直に分かる。
宙返りだ。
ジェットコースターのようにグルリと回転して、後ろにいる俺の背後に回りこむ高等技術だ。
実は最初の頃は引っ掛かってまっすぐ飛んで背後をつかれてしまう事も多かった。
さすがに600戦も色んな相手と戦えば、プロしか出来ない高等技術を除けば、一般的によく使われるすべての技術を体験して、その対策もできていた。宙返りもその対策済みの技の一つ。
俺はそのまま同じように相手の背後を付いて行くだけである。
宙返りは相手を先に行かせて、背後を取るという手法だが、一緒について行ってしまえば相手は後を取れない。
それどころか、それが手一杯な相手だと回転中は無防備なのだ。
相手はこっちを見ていないし、回転した先に俺が居なくて少し驚いているようだ。チャンスなので、俺は体を捻りつつ、重力光拳銃で相手の背面を撃つ。
これで既に2-0とリードを広げる。
すると対戦相手は突如戦術を変えて来る。スピードを急に緩めて、追ってくる俺に組み付こうとしてくる。
まあ、傭兵上がりは射撃と格闘戦がベースだからだろう。こうやって飛行で主導権を握ると、身を翻して近接を狙いにくるのが多い。結構ワンパターンなので、慣れている。
そう、最後の3つめのタイプが近接格闘タイプだ。
でも、このタイプが俺にとっては一番厄介ともいえる。近接でぶつかったり時に組み付かれたりするから、弱い相手でもKOで簡単に負ける事がある。
エアリアルレースは盾で一カ所だけを必死に防御する事ができるから、飛行や遠距離射撃ではKO決着というのは少ない。しかし、近距離だと盾を手で押しのけて直接殴ったり、重力光剣で盾を避けて攻撃も可能なので、KO決着が非常に多い。
勿論、相手も近接戦闘になるので点数の奪い合いになる。
俺の敗戦は、高所恐怖症で失敗する以外は、組み付かれて近距離で叩かれてKO負けをしているケースが多かった。
さらに、攻撃規制が緩いからマジで怪我をする。2年間、ほぼ毎日試合に出ているが、大体、試合に出れない日は怪我で休んでいるせいだ。
だが、相手が近接をするのは想定通り。
近接で組み付こうとしても、そこを咄嗟に避けて、相手から一定の距離を保つ。さらに近づこうとする相手の脇の下から潜り抜けて背後に回り込む。
そしてそのまま重力光拳銃で乱射。たくさんのポイントが落ちる。その中には左肩のポイントも存在していた。
この時点で勝敗は決していた。
通常、盾を持つ左側の肩のポイントは奪われてはならない。これがエアリアルレースのセオリーだ。
相手は防御を失い一気に戦闘方法のバランスを崩す。7点を取るのに前半の10分さえも必要なく終了した。
『7対0!LA選手、KO勝利です!』
俺が7点目を奪うと、大きい歓声が降り注ぐ。
プロのレースであっても、一般公開されている賭博場のカジノや非公開賭博場のアンダーカジノであっても、基本的にエアリアルレースは賭博要素がある。
その為、賭博用簡易カードを投げて嘆く人がたくさん見られるのもエアリアルレースの醍醐味であった。
西暦時代に行われていた競馬なんかでもよく見られた光景らしい。
俺は勝利に盛り上がる観客に軽く手を振ると入退場口であるスタート台のあった場所へと戻る。
***
「お疲れ。今日は相手の宙返りに反応できたわね」
俺がスタート台に戻ると、珍しくリラが労いの言葉と一緒に迎えてくれる。
今日の結果には満足だったようだ。俺が勝ったというのに、何も喋らずにスパナが飛んでくるときがあるのだから、それを考えると今日は合格点だったらしい。
恐ろしい女だ。
「体を捻って丁度良い感じに背中が見えたからポイントを奪えたよ。ループが得意とは聞いてたけど、思ったより角度が無かったから余裕だった」
というか、フィロソフィアカジノの対戦相手は基本的にとろいし、飛行技術がいまいちだ。
コンバットルールはダメージ規定が緩く、重力光拳銃を食らうと強い衝撃が走り、気絶する事さえあるんだけど、俺はそんな負けはしたことがない。
どちらかというと、追い詰められた相手が無理に突っ込んできて、近接で組み付かれてKOというのが多い。
「これで、628戦487勝141敗かぁ」
俺はフィロソフィアネットワークに繋げて、腕時計型モバイル端末から空中に画面を浮かべて自分の戦績を確認する。
かなり立派な戦績だと思う。最近はもう高所恐怖症で気絶しなければ負けないくらいだ。20試合に1度くらいしてしまうんだけど。
「最初の頃は結構勝てなかったからなぁ」
「うぐ」
「まあでも、今の状況だと、あとは時間の問題って言うか……最近感じてきたんだけどさ、もう私達のレベルアップの為にここにいるのって何の役にも立たないよね」
リラは少し溜息をつく。
「まあ、……確かに、10戦に1度くらいは苦戦するけど……ほとんどKO勝利だし。普通ならこんなに簡単に蹴りは着かないよね」
「どっちかっていうと、実力というより、レンのポカが多いじゃん。強い飛行士が1敗たりとも落とさない為に研鑽を積むならともかく、どんどん上を目指すべき私達が弱い相手から落とさない方法を必死にやる理由って無いよなって思うんだよ」
リラは現在の状況の不満を口にする。
確かに、このカジノにおいて、俺より格上はほとんどいない。桜さんみたいな例外や元プロの40歳位のおじさんとか、偶に何もできずに負けたりするけど、それ以外の対戦相手は基本的に油断しなければ絶対に負ける要素の無い相手だ。
「そうだね。結局、ここってフィロソフィアの傭兵や元プロやプロの育成に入っていない中高生が小銭稼ぎする為に飛んでるだけで、本格的な飛行士と戦う事はほとんど無いよね。月最強の前期中学生の桜さんがプロの育成に入ってない事実こそが奇特なだけだもんね」
「ステップアップの時期なんじゃないかな。元々ウエストガーデンに戻るってのもお前の目標だったけど……プロ試験通ってプロと戦っていった方が経験詰めると思うんだよ」
なるほど、プロか。プロテスト内容は知ってるけど、確かにプロ試験は誰でも受けれるし、試験内容を知る限りでは落ちるとは思えない。
これは強さよりも基礎飛行能力を測るものなので、基礎飛行が趣味な俺はこのテストに向いていると思う。
実際、インターミドルで優勝した選手がプロ試験で落ちた例もあれば、その相手に州予選で負けた選手がプロに受かったなんて言う逸話もある。俺は基礎飛行練習しかしてないので、プロ試験は受かりやすいはずだ。
「ん?あれれ、リラはウエストガーデンに戻る積もり無かったんじゃないの?」
「おい、さすがに俺…じゃなくて私でも、養護施設の子供達は心配だ。私だって家出してから3年経つし、いい加減戻ろうとは思ってるよ。それに言っただろ?ここで経験をこれ以上積んでも意味がないって」
「まあ、確かに…」
「あと、……学業に支障がきたしそうだってのもある」
「勉強?」
「チェリーさんに学習資料は貰ってるし、それなりに勉強もしているけど、元々学力が高いわけじゃないからな。チェリーさんのアドバイスではあるけど、やっぱりどんなに飛行技師として経験を積んでも、高等部以降はプロの候補生になって技術を習ったり、チームとして戦う方法を身に付けないと駄目だ。レンの調整で分からない部分をチェリーさんに聞いているけど、結局、色んな技術を自分で調べるなり引き出す方法が分からない事にはな」
「そっか。じゃあ、取り敢えずお互いにウエストガーデンに戻る事も目標になったって訳だね」
「まあ、そういう事だ。そもそも、もう少し早く帰る予定だったんだ。中層や下層に落ちる予定が無かったし、勉強やばかったらウエストガーデンのVR教育を受ければ良いやっていう軽い気持ちだったんだ。だけど、中層じゃウエストガーデンのVR教育が受けられない。ムーンネットに繋がってないからな」
大きく溜息をつくリラの様子に僕も頷く。
そうか、ここだと情報がかなり手に入りにくいんだ。技術を調べたくても調べられない状況にある。チェリーさんがいるから直ぐに出してもらえているけど。
俺達はフィロソフィアの中層で既に停滞期に入っていた。いや、倦怠期と言う奴だろうか?
ただ、一つ言えるのは、この頃から既に、飛行士を生活の一部にしていたのは確かだった。本物のプロライセンスは持っていないが、プロになりたいという夢の一つはなんとなくかなえている状況にあった。