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因果応報

 僕は自身の最期を感じ取る。


 思えば酷い話だ。軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)のカイトと仲良くなったが為に、学校では虐められていた。

 そのカイトは父さんや母さんを殺したテロリスト達に武器を供与して共に去っていった。

 運よく生き延びたのに、両親から貰った最期のプレゼントは騙されて盗まれてしまった。

 返してと訴えれば蹴られ殴られレースに勝手に登録させられた。

 親切な顔してエールダンジェを貸してくれた男は、やらなくて良いデスレースに出るように手を回していた。


 こんな酷い人生もこれで最期か。

 マリウスの放つ蹴りが、僕の眼前へと飛び込んでくる。




『……お前は……お前だけは……生きろ』

『とにかく、……死ぬなよな』

 死の際に遺した父の言葉、ぶっきらぼうな友人から掛けられた言葉が過ぎる。


 だって死ぬじゃないか。仕方ないじゃないか。

 僕だって死にたくない。悔しいよ。死にたくないよ!

 まだ、たくさんやりたい事があるんだ。もっと空を飛びたかったんだ。


 走馬灯のように過ぎる色々な事。まるでほんの一瞬が凄く長い時間のようにさえ感じる。


 なんでこんな理不尽な想いを僕ばかりしないといけないんだ!

 まだ…終わってない!

 終わりたくない!


 僕は指先を少し動かす。するとエールダンジェは動き出す。


 いつも虐められる時、殴られる時、拳が近付いてきても、体を動かそうと思っても体は重くて動けなかった。

 だけど、体をちょっと動かすだけで、指先が少し動いただけで、エールダンジェはノロマな僕の動きを無視して素早く動き出す。


 ゆっくり近付くマリウスの蹴りよりも、エールダンジェは僕をちょっとだけ早く動かしてくれた。それに気づき希望が灯る。


 まだ、終わらせない!終わらせてなるものか!


 マリウスの蹴りが届く前に僕の指の些細な動きを読み取って、エールダンジェは僕を連れて動き出す。


「動けええええええええええええええええええ!」

 マリウスの攻撃より早く、エールダンジェは僕を離脱させてくれたのだった。




 マリウスは地面に傷をつけるような激しいアタックをして地面に着地をし、僕を見上げる。

「ちいっ、逃げやがったか!ちょろちょろと小賢しい!」

 マリウスは重力制御輪体付靴(グラビティローラ)によって、ローラを回転させて一気に体を加速させ、再び離陸して僕を再び追いかけてくる。


 これじゃ追いつかれてしまう。


 僕とマリウスの距離はどうやっても徐々に詰まってしまう。マリウスは僕の動きを簡単に先読みしてくる。僕は加減速や左右へフラフラと蛇行しながら攻撃を避けて逃げても、マリウスは簡単に先回りして襲い掛かってくる。


 スピードが足りてないのか?


 僕がリラに言われていたのはスピードだ。

 とにかくやばかったら飛ばせって言ってた。


 僕は自分のヘッドギアについているグラスの端にある速度表示を読もうと右上に視線を動かす。だけど速度表示はない。

 ヘッドギアが壊れて地面に落ちていた。


 僕は振り返ると背後からマリウスが近付いてくるのが分かる。左右に体を振りながらライトハンドガンの照準にロックされないように動くのだが、多分、マリウスの動きが僕よりも速いのだろう。

 ならばもう少し速度を上げなければならなかったんだ。


 ここに来て、ずっと裏切られてきたけど、リラだけは僕を裏切ったりしなかった。だったら信じられる人の言葉だけを思い出そう。

 もっと速くだ。相手はどんどん追ってくる。僕はもっと速く逃げないと……そうすれば逃げ切れる筈。


 僕は自分の機体のアクセルを強く握って前へ前へと進ませる。飛ぶ事に必死で相手がどこにいるか分かり難いけど、もっともっと速度をあげて飛べば良い。

 僕は鈍間だけど、エールダンジェは僕を速く運んでくれる。


「もっと速く、誰よりも速く、スピードで引き千切れ!」


 僕は反時計回りになるように、レース場の端を全速力でに飛ぶ。マリウスを振り切れているか確認しようと背後を見る。だが、そこにマリウスはいなかった。


 どっちに行ったんだろう?


 回りを確認するのだがマリウスはレース場中央でゆっくりと僕の方へ近付こうとしている。先回りしようとしているのか?


 だったらもっと速く動かさないと。


 僕は前に回り込もうとしているマリウスが辿り着くよりも速く移動できるようにさらにアクセルを強く握る。

 レース場の壁があっという間に近付く様になる。だが、その程度なら体の重心をずらせば、ぶつかる前に曲がることが出来た。


 なんだ、思ったより簡単じゃないか。

 握力全開でどこまで速く飛べるか分からないけど、もっと強く握って一気に進んでしまえ!


 僕はマリウスが全然動こうとしていないのを眺めながら、マリウスが回りこもうとしていた場所を通り過ぎて進む。


 あれ?

 何、アホ面してんだ?


 僕はさっきからマリウスが動いていない様子を怪訝に感じる。あまりにも相手が遅かった。もしかしてエールダンジェを壊したのではないかと思ってしまう。


 あれは本来僕の持ち物なのに勝手に壊したのか!?


 そう感じた僕は怒りを感じるも、同時にチャンスだと確信する。相手は動けなくなってるし、随分と困った顔をしていた。僕は、このままプロみたいに後から回り込もうと機体を動かす。体が反応できなくても、エールダンジェが勝手に動いてくれる。頭で考えた事がほとんどダイレクトにエールダンジェが動いてくれていた。


 僕は飛びながら急に飛ぶのが遅くなったマリウスの背後に回りこむ。マリウスは慌てて僕をみる。


 だけど、もう遅い。


 僕のライトハンドガンをマリウスに向ける。ヘッドギアがないので照準が合わない。トリガーを引いてみるが全く当たらなかった。

 でも、練習でもやったようにこっちが撃ってる時は相手も撃って来る。相手の照準を僕へ合わせるより早く、即座に慣性飛行から加速飛行へ戻す。

 そもそもマリウスは遅くなっている。まるでスローモーションのようにとろい。彼がトリガーを引く頃には、彼の照準の先に僕はいなかった。


 こんなに相手が遅いなら、こっちは好き放題に動けるんじゃないか?


 そんな考えが僕の頭に過る。冷静になれと自分に言い聞かせようとするが、対戦相手があまりに鈍間過ぎてあくびが出そうだ。

 まるで相手だけ時間が止まっているような錯覚に体が熱くなってくる。

 僕はマリウスがこっちに近づこうとするのを見て、さらに速度を飛ばして距離を取り、そのまま一直線にマリウスと擦れ違い様にマリウスの左肩に直接銃口を押し当ててトリガーを引く。


 僕にポイントが入る。相手には既に3点入っているので1対3となる。だけど、僕はあまりに点数を取る事が簡単すぎた。


「はっ…はははっ……何だ、これ。超簡単じゃん」


 笑いが止まらない。

 自分は殺される側の立場だとばかり思っていた。

 実際、箱を開けてみたらどうだろう。対戦相手のなんとも無様な事を。もしかして僕から盗んだ僕のエールダンジェが僕を助けてくれているのかもしれない。


 僕は更に加速させて、マリウスへと向かう。マリウスは僕に銃口を向けようとするが、あまりにも遅い。ちょっと加速するだけでマリウスは僕が数瞬前にいた場所に無駄な光弾を撃つだけだった。

 マリウスがトリガーを引く瞬間さえ手の動く感じで分かってしまう。避ける事が、あまりにも簡単な作業だった。


 次は鈍間なマリウスの背後から近づいて右足に直接銃口を当てて撃つ。

 マリウスは背後にいる僕の方を向いて、銃口を向けようとするので、さらに引き返して前方から左足に銃口を当てて撃つ。


 あまりにも簡単に点数が取れてしまってうっかり近づきすぎていたことに気付く。そこで、今度は近づかないで当たるか試そうと心に決め、マリウスの照準を加速して振り切る。

 加速飛行から慣性飛行へ移り、銃口をマリウスにむける。ヘッドギアが無いから射線が見えないけど、銃口を相手に向けて撃つことは出来る。距離も近いし、相手が鈍間なのでこっちに攻撃を向けるまでゆっくりと狙って撃てばいい。


 ゆっくりと慌てずにトリガーを引く。


 見事に射線で確認する必要もなく相手の胸に命中してポイントをゲットする。そして、マリウスがこちらに照準を合わせる前に離脱する。

 右肩、胸、腹と簡単に相手のポイントを撃ち落としていく。ポイントは気付けば6対3で僕が勝利している状況になっていた。

 残すポイントは頭のみだった。


 すると、マリウスは重力光盾(ライトシールド)で頭のポイントを死守し始める。最後のポイントを奪わない限り、このレースは終わらない。一撃で落とせるような痛い攻撃があるからまだあきらめてないのかもしれない。いや、レースが終わっても襲ってくる可能性はある。だったら、さっさとレースを終わらせるべきだと感じる。


 でもそんなノロノロ動いてちゃ、話にならないよね。


 僕はさらにぐるっと旋回してマリウスの持つ重力光拳銃(ライトハンドガン)の銃口から自分の体を外しつつ、今度は彼の背後に回りこんで近付く。彼は必死に僕から頭のポイントを守って起死回生を狙っているようだった。

 でも、僕は重力光盾(ライトシールド)の障壁と頭の間に、僕は直接銃口を差し込んで最後のポイントに照準を合わせる。

 マリウスはすごく驚いた顔で僕をみていた。驚くというよりは、まるで僕が化物か何かのように恐れている表情をしていた。

 だけど、もう遅い。僕は彼の額に直接重力光拳銃(ライトハンドガン)を当ててトリガーを引く。これなら盾なんて無意味だ。


 ビーッ


『7対3 レナード・アスター選手、KO勝利です!』


 思ったよりも簡単に僕は生き延びた。

 いや、負けた腹いせに襲ってくると言うケースもあるらしいし、まだ油断しちゃだめだ。逃げる準備をしないと…


 そんな事を思っていたが、何故かマリウスは必死に逃げ出すのだった。

 やっぱりエールダンジェが壊れてたら戦えないから怖いのだろうか?今なら何度やっても僕に勝てないから。

 っていうか、まさか僕のエールダンジェ壊れてないよね?


 僕はどちらかというと後者の理由で愕然とするのだった。



***



 レースが終わると、僕の入出常口の鉄格子も上に開いていた。


 僕は鉄格子を潜って元の控室に戻ると、目の前の空間にポップアップする。


『貴方のモバイル端末情報に15000MR(ムーンルーブル)が課金されました』


「ほえ?かつてないお金が。ん、でもこれってウエストガーデンだといくら位なんだろ?」


 儲かったような大した事がないような。そもそも、命を懸けてこの値段って考えると命の安さに悲しくなってくる。

 帰ろうとして出入口へ行こうとすると、既に次の選手が準備をしているようだった。年齢は30代くらいだろうか、かなりガタイが良い。だけど、真っ青な顔で震えて、何かを呟いていた。

 そりゃ、命懸けのレースなんだからそうなるよなぁ、と思ってしまう。というか、さっきまでの僕もそんな感じだった気がする。


 通りすがりに何を呟いているのかと耳を傾けると

「桜ちゃんのプロマイド、桜ちゃんのプロマイド」

 何やら呪文のように唱えていた。

 意外と余裕があるようだ。



***



 僕が控え室を出て選手入場口につながる通路の分かれ道に出ると、バッタリといった感じでさっきまで対戦していたマリウスがいた。


「あ、ねえ、僕が勝ったんだからエールダンジェをかえ…」

「ひ、ひいいいいいいいいっ!くるな、化物!うあああああああああああっ」


 何故かマリウスは顔色を変えて逃げていくのだった。


「…持ち逃げされた!?」

 まあ、このスラムで奪われた物を喧嘩で勝てない相手から奪い返せるとは思って無かったけどさ。ひどすぎる。溜息しか出てこない。


 何ていうか、ここでは誰かに期待するなんてやっちゃいけない事なのだとよく理解できた。


 足場を固めて、じっくりと戦って、自力で戻っていくしかないのだと。

 あ、でもそういえば、ここで稼いだお金があれば中層に登れるって言ってたような気がする。少なくとも警察がまともに働いていない下層から脱出は出来るのではないだろうか?


 廊下を歩いて裏口の選手入場するロビーに出ると、チェリーさんとリラが待っていた。

「あ、リラ」

 僕はブンブンと手を振って場所を示す。


 2人がやってくると、チェリーさんは巨大な図体を地面につけて僕の前に平伏す。

「ごめんなさい!」

 と謝るのだった。


 これが噂のジャパニーズ土下座と言う奴か。環太平洋連邦の北端にあるサムライが存在したと言われる島国の屈辱的謝罪方法である。確かに、何ともみっともない姿である。

「ゴメンナサイって…言われても、今更…」


 僕は困ったように蹲るピンク色の女装親父を見下ろす。リラもまた凄く呆れた顔でチェリーさんを見ていた。


「話は聞かせてもらったよ。まあ、気付かなかった俺やレンにも問題はあったけどさ」

 リラは溜息をつく。やっぱりリラも気付いていなかったようだ。


 確かに……破産した人間が落ちてくる場所で、死ぬような巨額な借金を背負わされる筈なんて無いのだ。リラが言うように、気付かなかった僕にも問題はあったかもしれない。

 とはいえ殺されかけたのは事実だ。チェリーさんは僕が殺される事を確信犯的に分かっていて話を進めていた。

 僕を嵌めたのだ。正直、許せるものではない。


「許せないのは分かるわ。でもそれを込みでお願いがあるわ。フィロソフィアにいる間だけでも、私を貴方達のスポンサーをさせて欲しいの」

「「は?」」

 僕とリラは目を丸くして首を捻る。

「さっき言ってたようにレンと組んでやってみろって話か?」

 リラは凄く胡散臭そうにチェリーさんを見る。

「ええ」

 チェリーさんは膝をついたまま体を起こして、リラを見て頷く。


「正直、僕はもうあんまり信用できない人とは…」

 もう散々騙されてきたのだ。正直、信用できない人を近くに置きたくはない。

 このフィロソフィアの下層で誰が信用できるというのだ。最後まで信用できたのは同郷のリラだけだった。この都市の人間なんて信用しろと言われても絶対に無理。


 そんな事を僕が考えていると、そこでリラは僕の肩に手を回してニヤニヤと笑いながら、耳元に口を近づける。

「レン。俺にいい考えがある」

 という言葉を囁き、僕の言葉を止める。


 僕は何だろうとリラの方を見る。

「チェリーさんを許せないのは分かる。つーか、こっちだって人殺しの片棒担がされてたんだからな。だけど、フィロソフィアの下層を抜けるのは犯罪してない限り難しくは無いけど、中層は結構やっかいなんだよ。上層への移動権限は100万MR(ムーンルーブル)掛かる。下層みたいにインフレしてないから稼ぐのは大変だ。でも、レン。下層でこれ以上稼げると思うか?稼いだら誰かに襲われて殺されるかもしれない。命の危険が付きまとう。中層は庶民の住んでる場所だから、時間はかかるけど、確実にウエストガーデンにはたどり着けるだろ?」

「あ、う、うん」

 リラの言葉にうなずく。

 命がけで稼いでも、レース場の外で襲われるかもしれない。モバイル端末を勝手に操作させられて金を移すよう脅されることは十分にあり得る。下層と違って中層は警察機能も動いているらしいから、稼ぎが悪くなっても中層へ上がりたいというのは当然だ。


「上層に上がれないのはフィロソフィアの法律上無理ってのは知ってるけどよ、中層までチェリーさんが金払って出してくれるなら、受けても良いぜ。あと、スポンサーだからって、例のバイトを俺にやらないってのも含めてな」

 リラは僕とは関係なく勝手に条件をつけてくる。横目で見るのだが、ボサボサ頭に隠れてよく見えないが、凄い悪い顔をしていた。


「あの、リラ。僕の意見は?」

「レン、お前、飛行士(レーサー)になりたい…とは言ってたよな?」

「まあ、言ってたよ?でも、今の状況は……ねぇ」

「そうだ。そんなお前に丁度いい話だろう?」

「えと、どういう事?」

 僕はリラの意図が分からない。何を言いたいんだろう?


「ウエストガーデンに戻るには上層に行って、ムーンネットに接続する必要がある。だけどな、フィロソフィアって場所はフィロソフィアの興業で100万MRを稼げないと上層への居住権が与えられないし、移動することも許されない。ムーンネットにもつながらないんだよ。つまり、どうあがいても、お前が上層に行くにはお前の才能でフィロソフィアにある場所で稼いで上に行くしかないって訳だ」

「そ、それは前にそれっぽい事は聞いてたけど……」


「でも、中層は法律が機能している。レースではコンバットクラスだから確かに少しは危ないけど、下層のデスレースとは違う。最低限のルールはある」

「あ、そうなの?」


 コンバットクラスってのは、てっきりそういうルールなのかと思ってた。下層の殺し合いを楽しむ享楽的な不法の遊び場とは違うのか。


「チェリーさんは最上層の人間だ。少なくとも中層に登れれば、俺達と交わした法的手続きに対して信用できる交渉相手といえる」

「なるほど。つまり……中層に上らせてくれるなら、受けても良いと?」

 僕はポムと手を打つ。なるほど、中層に上ってしまえばコツコツと稼いで上を目指せばいいのだという事か。


「ああ。それに稼ぐにも俺らには技能がないだろ。飛行士(レーサー)で興業に参加していれば、お前だって食い扶持に困らないだろうし、俺だって飛行技師(メカニック)の仕事も出来る。その最低限の軍資金をチェリーさんが出してくれる。お前は飛行士(レーサー)目指しながらウエストガーデンへの資金を集めつつ、俺は飛行技師(メカニック)の仕事が出来る。丁度良いじゃん。中層に連れてってくれるなら受けても良いんじゃねえか?下層じゃ、どんな言葉を吐いても全く信用できないからな。…だろ?」


 リラが口角を持ち上げて笑う。


「そ、そうだね。うん、リラが言うなら僕もそうするよ」

 僕は大きく頷く。

 飛行士(レーサー)をしながら上層を目指すというのは楽しいかもしれない。時間はかかるけど、そもそもウエストガーデンに待ってる人はいないんだ。こんな掃き溜めみたいな場所から抜け出して、生きていく算段が付くなら喜んで受けるに決まっている。


「うーん……でも、良いのかな?いくらさっきの対戦相手が元プロだからって言っても、明らかに機体が壊れて超遅くなってたじゃん。別に勝てたのは僕の腕がいいとかそういうのじゃないと思うけど?」

 何だか騙したみたいで気持ちよくないんだけど。

「?………別に相手の機体は壊れてなかったぞ?」

 リラは不思議そうに俺を見て訊ねる。

「そ、そうなの?」

「恐ろしい事に……レンちゃんはスピード耐性に優れているわ。普通、長い時間をかけて、飛行技師(メカニック)のサポートを受けながら超高速の世界に慣れて、ようやく戦えるようになるものなのよ。でも、レンちゃんは既に飛行技師(メカニック)を必要とするスピード耐性を持った飛行士(レーサー)の資質があった。リーちゃんの飛行技師(メカニック)としての修行相手に、レンちゃん程適した人材はこのフィロソフィアにはいないわ」


 チェリーさんはよく分からないけど、どうやら俺には才能があると言っているようだった。気分は良いけど……どうしたものだろう。

 でも、リラは俺を助けてくれたのは確かだ。そして、リラの夢に俺の才能が必要だというのなら、貸すこと自体は吝かではない。さんざん世話になったんだ。ここで無視したらお父さんに怒られるだろう。


「分かったよ。リラには世話になったし、僕なんかで良ければ」

「ありがとう」

 チェリーさんは感動するように両手を祈るようにして組んで俺を見上げる。

 そこまでしてリラの飛行技師(メカニック)として買っていたのだろうか?


「でも、だましてくれた事は許してねーし」

「だね」

 リラも自分が騙されて殺人の片棒を担がされた事に関しては許していなかったようだ。僕も心のどこかで引っ掛かりを覚えたまま生きていくのだろう。とはいえ、これはある意味で良い勉強だったのかもしれない。

 僕とリラは肩を並べて苦笑しあう。


「でもなぁ、1つだけレンには条件を付けるから」

「は?」

「前に言ったよな。オレは飛行技師の王キング・オブ・メカニックを超える事を目指してるって」

「う、うん」

「オレの相棒として飛ぶなら、世界一を目指してもらうからな。それを誓えないなら話は無しだ」


 リラは僕の目を見て問う。

 カイトと良い、リラと良い、僕に何を期待しているのだろうと首を傾げてしまう。

 だけど、カイトに言われた時は何の覚悟も誓いも無かった。結果としてカイトは僕に背を向けて去ってしまった。だから、僕は


「良いよ。どこまでやれるか分からないけど、一緒に世界一を目指そう」


 今度はちゃんと返事をする。

 裏切られてばかりいた下層で、僕を唯一救ってくれた友達に誓いを口にする。

 こうして僕達は飛行士(エアリアル・レーサー)飛行技師(メカニック)になった。



 僕たちがフィロソフィアの下層にあるアンダーカジノを出ると、黒服のやばい感じの男達が明らかに武装して集まっていた。拳銃を堂々と表に出して立っているから素人でもわかる。

 そんな拳銃を持っている男たちに囲まれているのはマリウスとペドロの2人だった。

「じ、自分、関係ないっすよ!おやぶ、いや、こいつが勝手にやった事で…」

 ペドロは腰が引けた様子で、マリウスから離れて自分の無実を訴えているようだった。

 何をしでかしたのかは分からないけど余罪は腐るほどありそうなので何とも言いようがなかった。

 ペドロは拳銃を突き付けられて『ヒッ』と悲鳴上げて凍り付いていた。


「悪いけど俺らも遊びじゃねえんだよ。マリウスよ、ウチのボスが何でお前の暴行罪に目をつぶっていたか分かってんのか?ん?稼がせてもらってるからだよ。それがテメエ、あんなド素人に負けて、大損害だ。テメエら最下層行き決定だとよぉ」

「くっ…誰があんな場所なんかに!」

 マリウスは僕のエールダンジェを付けたままだったようで、そのまま空を飛んで逃げようとする。

 だけど、光の翼が放出する前に銃口が鳴り響く。


 ゴオンと僕のエールダンジェが火を噴いて故障してしまう。

「捕らえろ。そいつは殺すなよ。下層での殺人罪の可能性もある。署長もたまには犯罪者を捕まえないと上層のお偉方ににらまれるからな」

「全く、ひでー場所だぜ」


 いや、お前らが酷いだろ。


 そう突っ込みたいけど、もうここには関わりたいので何も見なかった事にする。僕のエールダンジェが思い切り穴を開いてしまってショックだけど、もうここには二度と足を踏み入れたくなかったし、関わりたくもなかったのだ。


 因果応報


 最下層に行く二人を庇おうという気持ちには到底なれなかった。



 こうして、僕はフィロソフィアの下層、アンダースラムを後にするのだった。


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