105.第5話 実行支配ということ
ロリポさんにはほしいものがあった。財布をさかさまにしたが何も出てこなかった。インターネット・ドミニオンに参加している者たちは自由にクレジットカードを使えない。支配地域が少ないロリポさんたちは、現金だけが味方である。八ヶ岳ケーブルテレビのネットワーク範囲であれば、クレジットカードも使えるがロリポさんのほしいものはこの辺に売っていない。
「現金が必要だね」
しかし、ロリポさんは働くことができない。いや、成人しているのだが、見た目が小学生のため、どこも雇ってくれないのだ。
「どうするんですか? お貸ししましょうか?」
由香里は少なくないお金を持っている。それは由香里の祖父である翁が遺言に残してくれた金塊の一部を現金化したものだ。銀行に預け入れることができないので、叔父の家で残りの金塊とともに預かってもらっている。
『信用』がないということは、それに関係する金融システムのすべてが使用不可能になるのだ。インターネット・ドミニオンに参加するとはそういうことである。
「いや、由香里のポケットマネーじゃ足りないからさ、ちょっとトレジャーハンターでもしようかな?」
「埋蔵金でもお探しになるんですか?」
「由香里は時々鋭いよね」
八ヶ岳のある山梨県は武田信玄が作った甲州金山がある。戦国時代の採掘技術では掘り切れなかった金鉱脈は江戸時代になって徳川家が掘り出した。つまり、徳川埋蔵金が山梨県のどこかに埋まっていてもおかしくはないのである。
しかし、埋蔵金を探したことがある人は知っているだろうが、どこに埋めたかなんて情報を他人に漏らすことはほぼない。埋めるときでさえ箱の中身を偽って埋めただろう。
またテレビ局が埋蔵金を追って何年間も掘り返したことがあるが、それでも見つからなかった。多数の重機や人員を投入したことで莫大な金を使ったにもかかわらず。
つまるところそう簡単に埋蔵金など見つからないのである。
「まあ、詳しい手段はゲイツにまかせるんだけど、埋蔵金と言っても現代版だよ。現代の埋蔵金」
「どなたがお埋めになったんですか?」
由香里の祖父のように莫大な財産を持っていたとしてもそれを隠しておくことは難しい。とある政治家は金塊にして自分の家の地下室に隠したというが、もしそういう埋蔵金であれば由香里たちが手に入れるのは困難を極めると言わざるを得ない。
「誰が埋めたかもある程度わかってるんだけど、それは問題じゃないんだよ。誰も取り出せない金庫に入れてあるようなお金だからね」
ロリポさんはにっこり笑った。
「誰も取り出せないのなら、どうやって手に入れるんですか?」
まるで禅問答である。誰も取り出せない金庫に入っているのなら、ロリポも取り出せないのではないだろうか。
「鍵を見つけるんだ。それも秘密の」
ロリポのいう『鍵』とは確実に『秘密鍵』のことだということは理解できた。技術に疎い由香里でも昨今の暗号技術が公開鍵、秘密鍵、セッション中の暗号鍵で成り立っていることは知っている。
「さて、この鍵、どこの鍵でしょう?」
「どこのって……あ!」
そこまで考えて由香里は昔読んだニュースを思い出した。
「ビットコイン!」
今では誰もが知っている暗号通貨であるビットコインは秘密鍵を紛失したというニュースに事欠かない。秘密鍵を入れたハードディスクを山の中に捨ててしまったとか、誤って削除してしまったとか。
それらの秘密鍵が使われていた口座のビットコインは一切動くことなく今現在に至る。
ロリポのいう『埋蔵金』とは、秘密鍵がなくなった口座のビットコインのことなのだ。
「でも、どうやって秘密鍵を手に入れるんですか? もう本来の所有者でさえ分からなくなってしまっているのに」
「まあ、技術って進歩するんだよ。あたしも詳しいことはわからないけど、ゲイツなら何とかなると思うよ」
ゲイツの方を向くと、ゲイツは軽く頷いた。




