06 届かぬ声
外は日も暮れて暗く、満月の月明かりだけが窓から差し込んできていた。
金剛グリーンが、スラックスにワイシャツだけになって、硬く粗末なベッドに座っている。
場所は、ギルドに併設されている宿屋の一室である。
ろうそく一本の火だけでは、狭い部屋とはいえ薄暗い。
その薄暗い中で、真っ赤な刀剣をかざしていた。刀身の色合いを除けば、柄に鍔、鞘等などの造りは日本刀そのものだと言っていいだろう。
あのドワーフの店主がどのような経緯でこの刀剣を作ったのかは知らない。
恐らく、あの店主の性格と態度から言って、口を割るにも一苦労することだろう。
金剛グリーンは、刀の根元からろうそくの明かりで照らし出し、徐々に先端まで照らして念入りに眺めていく。刀身は怪しく光を反射して輝いていた。
先端まで眺めると、刀を縦にして全身を眺めていく。
相変わらず不思議と、見れば見るほど吸い込まれそうな程に見入ってしまう。
金剛グリーンは、どちらかと言えば、射撃を得意としている。接近戦をしないわけではないが、これまでの訓練としても射撃を中心に行ってきている。刀に特別興味をもったことはない。
だというのに、不思議と見入ってしまう。
「妖刀ってわけではないと思うが……」
思わず、つぶやく。
確かに、刀身は何度も見入ってしまうほど美しいが、邪な気配は感じ取れない。おそらくは、ただ、ひたすらに芸術品としても武器としても高い完成度を誇っているからだろうと、結論を下す。
どちらにしろ、今更になって、とんでもない代物を譲られてしまったものだと苦笑いを押さえられない。
「使いこなせるかねぇ」
試しに立ち上がって、狭い部屋で慎重に振るってみる。
鈍い空を切る音が部屋に響く。
間違いなく、恐ろしく手になじんでいた。
「不思議なこともあるもんだ」
刀を鞘に納めた。
そして、ろうそくの横に置いていたポケットウィスキーの瓶を手に取る。これは地球から持ってきた数少ないものの一つだ。この異世界において、あまり上質な酒、得意にウィスキーはなかなか手に入らないとわかってからは、時々舐めるように味わう程度になっていた。
瓶のふたをしっかりと閉めて、今度はセンカンジャーレシーバーを取り出す。通信をオンにして、口元へと近づけた。わずかながら、ノイズの音が聞こえてくる。
「こちら金剛グリーン。こちら金剛グリーン。各隊員、応答を求む。各隊員、応答を求む。オーヴァー」
そして、祈るような気持ちでレシーバーを見るが、ただ、ノイズだけが絶えること無く聞こえてくるだけだ。半分分かっている結果だったが、もう一度通信を繰り返す。部屋にただ、金剛グリーンの渋い声が響く。
結果は、同じだった。
誰からの応答は無かった。
「どうして、応えないんだ……」
異世界に来てから、合間合間に何度も通信を試みているが、どういうわけか、誰からも応答がない。
考えられる可能性は、レシーバーを紛失、故障した、隊員自身が応えられる状況に無い、通信の範囲外といったところで、最悪なのは、隊員が怪我や病気などをして応えたくとも応えられないところだろうか。一番ましなのは、通信の範囲外にいる可能性であろうか。
「同じ渦潮に飲まれ、バラバラか。どういう理屈か……」
金剛グリーンは、ベッドから立ち上がり、窓辺に腰掛けて夜空を見上げる。
この世界にも一つの月がある。
パッと見は地球のものと同じように見える。しかし、模様は地球とは異なっていて、この世界の住人はその模様に何か意味や話を見いだしているのかは知らない。
一度、クリスにでも聞いてみようかと少しだけ思う。
あったとしたら、何だろうか。地球の日本では、ウサギであるが。
今日は、満月で星が見えにくいが、星の配置なども見慣れないものばかりだ。
センカンジャーとして、航海士の訓練も受けており、一通りの星座の知識も持っているのだが、その知識にかすりもしない。
見慣れない空と返ってこない通信に、どこか不安がよぎる。
改めて、異世界に来てしまったのだという実感がわいてきて、これはセンカンジャーとしての最大の苦難であるという事実を突きつけられている気分になってくる。
「分からないことが多すぎるな」
今一度、冷静に今の状況を考えてみる。
分からないことは次の通りだ。
何故、渦潮に飛び込んだら、異世界に来てしまったのか。
何故、異世界にも怪人がいるのか。
何故、モンスターが怪人のように巨大化したのか。
何故、仲間と連絡が付かないのか。
そもそも、怪人とは何なのか?
怪人はどこから来るのか?
地球に戻る手段はあるのか。
疑問だらけの状況に、悩ましくて頭痛がしてきそうだった。
気分転換に、再びウィスキーの瓶を開ける。今度は、一口分しっかりと口の中に入れて、じっくりと味わって、冷たく熱い液体を流し込んだ。
喉を通る、久しぶりの感触にどこか精神が落ち着いてくるような気がした。
しっかりと絶望的に思える状況を、自分で自分に突きつける。
それでも、まだ余裕があるのは、センカンジャーになる前に、地球で遭難したことがあるからだろうか。
たった一人で、ヨットで太平洋を横断していたときのことだ。
船が時化で壊れ、通信機も壊れ、多くの食料品と飲料水を失った。
それでも、たった一人で生き延びて、最後には救助された。
その時の命のかかった絶望に比べれば、まだ序の口だと思うことにする。
希望は、ある。
そして、使命もある。
あの鮭の怪人から人々を守ることも、重要な使命だ。
センカンジャーとして、使命を果たさなければならない。
「それがセンカンジャーとして生きること」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
普段、おどけて軽口の多い彼であるが、使命に関しては人一番責任感が強い。
それは、力を持ってしまったことに対する責任を持ちたいからだ。
いや、持たなければならないと考える。
恐らく、地球においては、センカンジャーは人類最強の戦隊である。
怪人に対抗できる数少ない戦力の一つだ。
そんな希少な存在故に、力を正しく使い必要があると思っている。
異世界に来てしまっても、ただひたすらに、状況の改善のために行動し続けているのも、力に対する責任感と、存在の使命感によるところが大きい。
金剛グリーンは、疲れた体をベッドの上に投げ出して、すぐに寝息を立て始めた。
英気を養うこともまた、ヒーローの努めだ。
☆
起床し、酒場で朝食をとっていた。
唯一のメニューは、野菜とソーセージが入ったスープと黒パンのセットだけである。
パンは固くボソボソとしており、あまり旨いとは思えないが、麦の香りが強く、その香りだけは気に入った。
スープは、塩気が強く、野菜は食感を喪失するほど雑に煮込まれていて、これまた旨いとは思えない。
どうも、この異世界において、食事事情は上等ではないということは、ここ最近わかりきってきた。
まだ、味や栄養よりも、量が最大のごちそうと言える段階なのだろう。
むしろ、地球の日本における食事が贅沢すぎるのかもしれない。
「よっ!」
気安い挨拶とともに、隣に座ったのはクリスだった。
昨日までとはまるで格好が違っている。
上半身は白色の金属でできた随分とゴツい鎧を着込み、間接部は鎖帷子らしきもので保護されている。兜はフルフェイスで、今は首の後ろで、鎧にセットされていた。
左右のガントレットも、小盾付きとなっていて、これまたゴツい。
クリス自身、平均的な身長であるが、これほどの重装備をよくしていられるものだと感心する。
鎧の下からは、青色の布が垂れ下がり、それが下半身をスカートのように覆い隠していた。さらに、左右の腰には細身の剣が一降りずつ差している。肩には短剣が差し込まれていた。
これが、昨日受け取った装備なのだろう。
「ミスリルドラゴンの大鎧に剣のセットさ。これだけそろえるのに、苦労したよ」
「君に、似合っているよ」
ミスりルドラゴンが何か知らないが、恐らくAランクの腕の立つ彼女のことだから、よほど凶暴なモンスターなのだろう。
「ありがとう。Aクラスだと、これぐらいの装備は無いときつくてね」
そうして、クリスも同じ朝食を注文した。
「少し考えたけど、金は私が出してもいいから、馬を借りていこう」
「それは考えていた」
金剛グリーンも、馬を借りていくつもりだったので、クリスの提案に同意する。
「なんとなくだけど、やっぱり急いだ方がいい気がしてきたんだ。馬なら集落まで二日もあればいけるしね」
「二日か。間に合えばいいが」
何に間に合うか、それははっきりとしていない。
怪人がいるのかどうかもはっきりとしていない。
それでも、金剛グリーンは、どこかでいやな予感がしていた。