05 装備準備
今回の襲撃で、幸いにも死人は出ておらず、けが人は自警団が診療所へと連れて行った。
何の目的で襲撃したのかも分からないが、自警団は状況だけを聞き込んであっさりと出て行った。
おそらくは、賞金をかけることになるだろうと言われたが、金剛グリーンは、賞金額よりも襲撃目的の方が気にかかる。
そのことを頭の片隅においたまま、ギルドのある酒場では、一番大きなテーブルに街と周囲を示した大きな地図が広げられていた。その周りには、金剛グリーンとクリス、さらに腕が立つ上位クラスのハンター達が囲んでいた。
ギルドの支部長であるという初老の男が街と街の横を流れる河を指さす。
「まず、この街は、ストラ河の上流にある集落から取水している」
次に指さしたのは、上流の名も無き集落。地図上でも家の形のマークが一つだけあるだけだ。
「取水された水は地下水路を通って街中の井戸につながっている。そして、下水は地下の排水路や水路を通って、下流に排水されている」
次にニケの街の下流を指し示す。そこには特に集落などは無いらしく、これといったマークは無い。
中世ヨーロッパ風の世界観だと認識していたが、上下水道に関してはしっかりと整備されて衛生的になっているらしい。
「そして、敵が姿を消した橋だが、丁度排水用の河だ。周囲の下水が入り込んでくる」
「流れに身を任せれば、下流に行くが、上流に行くとどうなる?」
金剛グリーンが問いかける。
「街の端部に行き着くが、そこで水路は終わっている。ただ、途中の排水路から下水道に入り込める。下水道は、使ってない水路もあって、複雑に入り組んでいる。そこに入り込まれると探索は厄介だ。だからこそ、そこに逃げ込んだ可能性が高いと自警団も見ているし、ギルドとしても、まずはそこをローラー作戦で探索するべきだと考えている」
「なるほど」
「下流も調べるのかい?」
金剛グリーンが頷いてから、クリスが言う。
「自警団と協力して調べるつもりだ。諸君らにも調査を手伝って貰うよ」
支部長が、周りのハンター達を一通り一瞥してからそう言った。
もっとも、実際に戦ったのは金剛グリーンとクリスだけであるし、他の面々は、彼らよりも腕が落ちるだろうとは踏んでいる。
金剛グリーンは、右手で中折れ帽を押さえながら、地図をジッと見ていた。
あの怪人の特徴は、分かっているのは鮭ベースの怪人らしいと言うこと。
これまでの経験上、怪人は、ベースになっている海洋生物の特徴を色濃く受け継いでいる。
そう考えると、気になる箇所が、地図に示されている。
「済まないが、俺だけ単独で動いてもかまわないか?」
「理由は?」
支部長が問いかける。周りも、奇妙な格好をした金剛グリーンに注目する。
「あれは、鮭の怪人だ。習性を考えると上流に向かっていくのではないかと思える。それも清流を好むはず。上流の探索をしたい。根拠は無いに等しいが、俺の勘では、既に街にいないと思う」
「ふむ……。したいなら、してかまわない。強制力は無いからね。だが、こちらとしては、街の近くにいる可能性をつぶしてからだ」
「あたしもついて行くよ」
クリスが金剛グリーンの肩にバンッと手を乗せて言い放つ。
「……あんた一人じゃ流石に厳しいだろ? あたしも休み用の軽装備だったが、狩り用の装備を持ってくる。かまわないだろ?」
「美女からのデートの誘いは断らない。しっかりとエスコートさせて貰うから、ドレスコードで来てくれるかい?」
「いいよ。めい一杯おめかししていくさ」
クリスがウィンクして言った。
そこで、金剛グリーンとクリスだけ集まりから抜け出した。
集まり自体は、班分けやどの班がどこを調べるかを決めていくためにしばらくは続くだろう。
二人が通りに出ると、昼間の戦いが嘘のように、人々は何事も無く練り歩いていた。痕跡と言えば、所々で石畳が割れているぐらいだろうか。それも、数日中には石工が直すらしい。
「しかし、デートの約束をあっさり受けてくれたね?」
「君のことだ。断っても付いてくる気だろう?」
どこかシニカルな笑顔を見せながら、金剛グリーンが応える。
「ばれていたか。でもね、あの化け物が気になるのは本当だよ。しっかりと装備を整えていく」
「ああ、わかった」
「ところで、あんたが、魔法の力で戦うのは分かったけど、剣の一本ぐらいはもっておいたらどうだい? いちいち変身するのも大変だろう? それに、武装していないハンターは逆に目立つよ」
「そうだな……」
確かに、変身しなければライフルもハンドガンも使えない。
「準備しておくよ」
「なら、あたしのオススメを案内しようか? 装備もそこで調整中だし」
「では、任せるよ」
そうして二人は、路地を通って一度表通りに出る。表通り沿いの店かと思ったが、再び裏路地に入り込んでいき、どんどん細く湿った路地へと入り込んでいく。
「ところで、あんた、ハンターのランクがFって本当かい?」
「なりたてでね」
何故知っているのか、疑問に思ったが、おそらくは買い取りの時の商人とのやりとりでも聞いていたのだろう。
「そう。あたしはこれでも、Aランクだからさ、もっと頼って貰ってもかまわないし、分からないことは聞きなよ」
「ありがたいね。なら、いい酒を出す店でも教えて貰おうか」
「それは知らないなぁ。この先の店で教えて貰う」
「初めての街なのに。こんなところにある店に?」
「師匠からの紹介さ。腕利きだっていうから、前から会ってみたくてね」
「なるほどね」
所々で、雑談しつつ、とうとう辿り着いたのは、袋小路にある店の前だった。道幅は狭く、それでいて家の軒が出ているので、本当に見える空が狭く、まだ夕暮れ前だというのに薄暗く、じめっとしている。
あまり、好んで住もうとは思えないエリアである。
店はというと、看板すら掛かっていないどころか、ただ、窓すら無く、木製のドアが付いているだけだった。
「店?」
「らしいよ。ちょっと変わり者なんだよ」
クリスが、ノックするが、特に反応は無い。だが、彼女は、気にせずにドアを開けて入っていった。やれやれといった調子で、金剛グリーンもそれに続く。
中に入ると、かび臭さが鼻につくが、目の前には所狭しと武具が並んでいた。
壁には長剣、大剣、短剣、槍、斧、根等など様々な武器が飾られ、フルプレートの鎧も幾つも鎮座している。
意外だったのは、それらの武具類にホコリ一つかかっておらず、ピカピカに輝いていることだ。恐らく、毎日のように念入りに手入れされているのだろう。
一人歩くのがやっとの狭い通路を抜けていくと、炉の前で一人の男が剣を研いでいた。男は、背は低く、顔は胸まで届くほど長い髭で覆われている。そのせいで、年齢はよく判別ができない。
所謂、ドワーフと呼ばれる種族であった。
「おっちゃん。整備終わってる?」
「ああ」
ドワーフは、こちらを見ることすら無く短く答えた。聞こえる限り、声はしわがれて、随分と低く聞き取りにくかった。
返事はしたものの、その店主らしきドワーフは剣を磨くことをやめず、クリスが何か言いかけたときに、ようやく剣を傍らにそっと置いた。そして、ようやく二人の姿を確認する。どこか不機嫌そうに、二人を眺めて、再び口を開く。
「そこの棚にまとめてある。勝手に持って行け」
「あたしのものだから、そりゃ、勝手に持って行くけど」
そう言って、クリスは棚に置かれた装備を手にとって、なにやら確認を始める。
手持ちぶさたになるが、どうもドワーフの店主は気むずかしいようで、金剛グリーンは黙って眺める。
こんな場所で、こんな風に店を開いているのだから、それもう、変わり者なのは当然のことだろうかと思っていると、ドワーフがさらに金剛グリーンをにらみつける。
いや、にらみつけると言うよりも、正確には見定めているのだろうか。
「何が欲しい?」
「そうだね。片刃の短い剣があれば、それを」
「そっちの棚にある武器ならいい。気に入ったものを持って行け」
そう顎で指し示した棚には、赤く輝く武具が置かれている。
刀剣類に、槍、斧、根とバリエーションも豊富であった。
どうやら、武器は売ってくれるようだと言うことには一安心して、棚の武器を手に取る。
「重いな」
短剣を手に取った瞬間に、その見た目以上の重みに驚く。色合いといい、重さといい、どうやら少なくとも鉄製ではないようである。かといって、これは何でできているというのだろうか。
「それ、確か、ヒヒイロカネ製だよな?」
後ろからクリスが覗き込むように見ながら、ドワーフに問いかける。
「その兄さんなら、使いこなせるだろう」
「なんだ。あんた、見込みありって思われているよ」
「そう、なのか? 光栄だね」
ろくに会話もせずに、一体何の見込みがありと思われたのか知らない。しかし、ヒヒイロカネという言葉には覚えがある。日本の神話に出てくる伝説上の金属である。なぜそんなものが異世界に存在するのか全くもって不明である。しかし、おそらくは良品なのだろう。
「しっかし、ナイフ? が欲しいのかい?」
「銃剣の予備にもなればいいと思ってね」
「ジュウ? ジュウケン? あっ! あの鉄砲につけた剣のことかい? 短槍みたいな使い方してたね」
「ああ。鉄砲というのはあるのか?」
「こっちのラビ公国には少ないね。ブランハイム公国でなら、生産輸出しているけど」
「ほう」
その情報については初耳である。最も、この世界における銃とはマスケットのことを指し、彼の使うようなタイプの銃は存在すらしていない。
「鉄砲の弾だと、矢避けの呪いも効かないらしくてね。戦争じゃあ、大勢の魔術師達が鉄砲の餌食になっているそうだね」
「そうかい。すまないが、こちら側の情勢にはあまり詳しくなくてね」
「ああ、また後で説明するよ」
会話しつつ、数本の短剣や小剣を手にとって確認していく。どれもこれも、赤く輝いて、ずしりと重い。センカンジャーライフルの銃剣は、シーニウムと呼ばれる特殊合金であり、非常に軽くて丈夫な点から言えば、対照的である。
そういった刀剣類の中で、一つ手頃そうな形状と大きさのものを選ぶと、ふと一つ目を引くものがあった。
手にとって、鞘から抜くと、薄く湾曲した美しい刀剣が姿を現した。
「東方の剣だろ? それ?」
「刀だな。装飾といい、刃の美しさといい、紛れもなく……いや、赤くはないがね」
そう、それは刀だった。
日本刀と呼ばれる、芸術的かつ鋭い切れ味を持つ強力な武器である。
何故それが、あるのかというのも謎であるが、ヒヒイロカネに比べればどうということもないだろうか。
しかし、目の前の赤い刀は、不思議なほど目を引かれる。刀剣類についてはあまり詳しくも無いが、武器の完成度の高さが、美しさとして表れているのだろうか。
見れば見るほど引き込まれるような魅力を感じ取る。魅力と言うよりも、艶と言えばいいだろうか。
「そいつも欲しいなら持って行け」
いるかどうかでいえば、必要性は薄いように思える。本来の得物は、銃器である。剣道、剣術もかじった程度でしかない。
それでも、ズシリとした重みが異様なほど手になじむ。
自然と振るうことができるような、不思議な感覚がわいてくる。
欲しい。
ただ、自然とそう思えた。
こういった機会を逃すべきでは無いと、本能がささやいてくるかのようだ。
「そうだな。これとこれで、幾らになる?」
「いらん。持って行け」
「やめとけ。こう言うと、金受け取らないんだ」
懐から財布を取り出そうとした金剛グリーンにクリスがそっと耳打ちする。この様子では、このクリスも金を払わせて貰えなかったのだろうか。
「いいのか? 失礼だが、店が」
「俺がいいと言って、何が悪い?」
ドワーフの店主が、今度は、ジロリとにらみつけてきた。
これ以上いらぬ事を言わないほうが良いだろうと判断し、金剛グリーンはありがたく頂戴することにした。
早速、刀は、腰のベルトに差し込んでみる。不思議と、何年も前から差していたような程に違和感が無い。これが匠の品だろうかと思っていると、クリスが装備品を袋にひとまとめにして出口を指さした。
ほこり臭い店内から、表に出た。ジメジメとした空気が、やけに清涼に感じられるのは、店内のカビ臭さがあまりに強かった所為だろうか。
時刻はわかりにくいが、空を見ると雲が赤く染まっている。どうやら、思いの外長くいてしまったらしい。
「宿はギルドのところ使うんだろ?」
「ああ」
「なら、明日に備えてもう帰ろうか?」
「そうだな」
「変わっているけど、腕はピカイチなんだ」
「そのようんだな」
まだ数分と立っていないというのに、相変わらず刀に違和感が無い。まるで、身体の一部のように感じ取られる。
「まぁ、なんでドワーフが人間の街に住み着いて、こんな場所に店構えているのかは全然分からないけど」
「確かに不思議な人のようだ」
「ってか、本当に生計立てられているんだかね」
「あまり、邪推するのも良くないだろうかな」
そして、二人のハンターは奇妙な店を後にした。