46 絶望の雨
市場に集まっている人々が次から次に、呻きながら倒れ込む。
それも、一人二人どころではなく、至る所でだ。ただでさえ、人々でごった返していた市場は瞬く間に混乱状態に陥っていった。
金剛グリーンとかもめは、飛び出そうとして、足を止める。足下から空を見上げて、そしてにらみ付ける。
雨は徐々にであるが、強くなっている。だが、それ以上の異変に気がつく。
「雨が……黒い?」
「ただの雨じゃないのか?」
二人とも魔力の感知力は低いため、ただ、なんとなく雨に嫌な感じをうけるだけだ。
レシーバーから一瞬ノイズが聞こえ、通信がつながる。
『こちら、マリアです。応答願います!』
切羽詰まった様子のマリアの声が聞こえる。
「こちら、グリーンだ。雨か!?」
『邪な魔力の気配があります。触れないで下さい!』
「わかったが……しかし、目の前に」
倒れ込んだ人々の中には、完全に気を失った様子でうつ伏せに倒れ込んでいる姿も見えた。
『駄目です! どうやら、雨に触ると生命力を吸われっ!』
突如として背後から大きな音が聞こえ、通信が途絶える。
「どうした? 応えろ!」
『すみません。住民が襲ってきました』
「何?」
その不可解な言葉の意味を、金剛グリーンは目の当たりにする。倒れ込んでいた人々が、まだ動ける住民に飛びかかっていき、噛みついた。
まるで、虫の死骸にたかる蟻のように、悲鳴を上げる人にたかって噛みついていく。血が溢れ、黒い雨と混ざってどす黒い染みが広がっていく。
そんな不可解でグロテスクな光景があちこちで起きていた。
『いいですか! 雨に触れると生命力を著しく奪われ、不死者になります! 不死者は新鮮な生命力を求めて本能的に生者に襲いかかります! こんな魔術は見たことがありませんが、呪術の一種だと思います』
「どうすれば止められる!?」
『恐らく、雲に術を仕掛けて発動させています! それを解いてみます! そして、術者は少なくとも、町の中にはいるはずです。術者も止めなくては……』
「わかった……こちらで術者を探す」
そう言うと、さらにレシーバーに通信が入る。
『ヴィハンです』
「無事か!?」
『港に怪人とアヴェンジャーが出まして、いま、怪人を半殺しにはしたところです。こちらはどうも術者では無いようですが、こちらを殺し尽くし次第、私も術者を探します』
やや気になる発言を何気なくするが、今は任せるしか無いだろう。
「分かった」
『センカンジャースーツを着れば、雨にはなんとか耐えられます。一応伝えておきますね。では』
通信が途絶えたところで、市場にいる人々の阿鼻叫喚は止まることを知らない。不死者になって者、不死者に襲われる者、不死者から逃げる者、雨に打たれ身動きの取れなくなった者。
不死者が、金剛グリーンに気がついて迫ってくる。皮膚に血色は失われ、虚ろな目は焦点が合わず、口から血の跡を垂れ流しながら、モタモタと歩いてくる。
「かもめ、建物の中に。窓も閉じて、絶対に開けるな!」
「わかった」
かもめが無事な人々を誘導して酒場へと入っていく。
金剛グリーンは変身し、不死者となった住人を避けて、屋根の上へと飛んだ。
黒い雨がセンカンジャースーツを濡らしていき、奇妙なほど雨は冷たく感じられ、体温を奪っていくように感じられる。
眼下を覗けば、不死者の大群があちこちの建物に侵入していこうとする姿、衛兵によって槍で貫かれながらも、歩みやめない不死者など、大混乱に陥っている。
「どこにいる……」
ヴィハンが怪人と戦っている以上、他にも怪人が現れた可能性がある。
雨は街中に降り注ぎ、街中に不死者であふれかえっている。守るべき対象と倒すべき対象が多すぎる以上、術者である怪人を倒すことを最優先に考える。だが、果たして、既にこれほどまでの被害が出ている状態で、守り切れるというのだろうか。
「港にも怪人が出たとすれば……」
港の怪人は、それが陽動の可能性もある。では、港と反対側を探すべきと判断し、屋根から屋根の上へと飛んでいく。
しかし、それほど移動すること無く、その異常を目にしてしまった。
大通りに、その異常は見つかった。本来ならば、人でごった返していたであろう道に人混みは無かった。死体すら無かった。
ただ、黒衣の者が一人と二体の怪人が悠然とたたずんでいた。
黒い雨をものともせず、ただ、目の前の光景を日常の一コマのように眺めている。
金剛グリーンは、両手にハンドガンを構えて、目の前に降り立った。
「この雨を降らしているのはお前達か?」
ハンドガンを向けて、言い放つ。
一人は、魚の頭に体が生えた怪人、もうひとつは何か海中軟体動物のような頭を持った怪人、もう一人の黒衣の人物は、様子が異なる。真っ黒な全身鎧に、ドクロをもしたような兜で頭をすっぽりを覆い隠している。兜からは羊のような角飾りが生えている。そして、怪人も黒衣の人物も優に身長は二メートルを超えるほどの大柄であった。
「貴様らか。我らが同胞を倒している者達は」
魚の怪人が、黒衣の人物の前に出て、トライデントを構える。
「術者を探しているか。賢明な判断だ」
だが、黒衣の人物は手で怪人を制した。声は明瞭ながら、高くも低くも無く、男女の区別もしにくい、どこか人工的な響きだ。
そして、底知れぬものを内に秘めていると、本能が告げる。
これは、強い弱いなど超越した何か。
敵うかどうかでさえなく、相手にすらならないことを本能が告げ、次に逃げろと告げる。
だが、金剛グリーンは逃げない。全ての恐怖を正義で覆い隠して、震えそうな体を強引に突き動かす。
「貴様がMか?」
「そう呼ばせてもいるな」
「怪人か?」
「否」
「何が目的だ?」
「荒野の魔女に出会ったなら、分かっているだろう? 我は魔術。我自身の封印を解き、星の命を食い尽くすために動いているに過ぎない。それが我の使命。我は使命に従って動いているに過ぎない。それは貴様も同じだろう?」
緊張が走る。
目の前に、謎多くも追いかけていた存在がいる。
それは、魔術そのものだと名乗る。全ての元凶が目の前に悠然としている。
「このような者など、私にお任せを」
魚の怪人が再び前に出る。
「うむ」
「まて!」
だが、怪人がトライデントを突き出す。恐ろしく早い突きを銃剣で受け止めかわし、ひたすらに怪人の顔面に連射していく。
しかし、怪人は銃撃をものともせずに、再び鋭い突きを放つ。
再び、銃剣でトライデントを受け止める。恐ろしく重い一撃で、石畳の上を滑っていき、押されていく。
だが、ハンドガンにチャージをさせる。
「清らかに焼け
真っ直ぐに貫け
大地へと倒せ
炎の矢よ」
詠唱を唱え、魔力もハンドガンに込めていく。
右のハンドガンの引き金を引くと、銃口から炎の弾丸が飛び出し、怪人に直撃し、吹き飛ばしていく。
「ほう、異邦人よ、魔術を習得していたか……」
転がり火傷の跡を抑える怪人を気にすることも無く、Mは興味深そうに呟く。
金剛グリーンは、無言のまま左手に持ったハンドガンを撃つ。同様に、炎の弾丸が飛び出して、Mに向かって行くが、Mは腰の剣を抜いて一閃し、弾丸を弾いた。
「だが、悲しいかな。貴様は異邦人。魔術の素養があるようには見えぬ」
「これでも、念入りに練習していたんだがね」
Mは、抜いた剣をそのまま倒れている怪人に向け、あっさりと胴体に突き刺した。
「なっ」
「やはり原始生物をベースにしたところでたかが知れているな」
「な、なぜ? ぐぁぁぁぁぁ」
怪人が剣を掴みながら身をもだえさせていく。剣はノコギリのように細かな刃がついて黒いが、特筆すべきは、怪人の体がどんどん弱っていく点。恐らくは、生命力を吸っているように見える。
剣を引き抜くと、魚の怪人はすでに干からびていた。
そして、Mは金剛グリーンに剣を向ける。
「我は、マジックマスター。宇宙で最も優れた魔術そのもの。さぁ、賢者の石を渡して貰おう」
「断る」
金剛グリーンも銃口を向ける。
銃弾を撃ちながら、駆け抜けていく。弾丸は、全て禍々しい剣に弾かれていき、両者がぶつかる。剣と銃剣がぶつかり合い、大きな火花が散る。
まるで、巨石を押しているのでは無いかと言うほど、マジックマスターの剣は重い。
「賢者の石を持ってして、その程度か?」
マジックマスターが、ここに来て剣に左手も添えた。ただ、動作は振り抜くだけであったが、その動作だけで、金剛グリーンは十数メートル吹き飛ばされ、背中から石畳に叩き付けられた。
「くっ、なっ!?」
起き上がろうとした瞬間には、いつの間にかマジックマスターが現れ、剣を振り下ろしてくる。金剛グリーンは転がって、それを回避したが、剣の一撃は石畳を粉々に吹き飛ばし、小さなクレーターを作り上げた。
体をひねって、起き上がりながら、マジックマスターの体の側面に弾丸を撃っていくが、音も無く消え、弾丸は避けられた。
側面から横一文字に剣が振るわれ、再び銃剣で受け止める。金剛グリーンの脚が石畳にめり込んでいく。
「つまらん」
さらに剣に強力な力が込められ振り抜かれると、金剛グリーンは再び宙を舞い、軟体動物の怪人の横を抜けて、さらに吹き飛んでいった。
体をひねって、着地する。
「どうすれば……」
先ほどから動かない軟体動物の怪人も気になるが、それを気にしている場合では無い。
直感的に分かっていた異常に、あまりにも圧倒的、あまりりのも絶望的だ。
「奴ですか。貫き殺します」
隣から声が聞こえた。
振り返る間も無く、それは炎に身をくるんで砲弾のようにマジックマスターへと突撃していく。
「ヴィハン!?」
いつの間に現れたのか、だが、あの突撃力さえもマジックマスターは剣一本で受け止める。
「すばらしい」
そして、もう一人隣に姿を現しそういった。
「なに……!?」
その姿に驚く間も無く、町の教会から一本の光が上空の雲を貫いた。




