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45 安らぎの酒

 ダンジョンから脱出し、無事かもめと合流してひとまずデラの町に戻っていた。

 夜も更け、男部屋に四人は集まっていた。


「これからの方針だが……とにかくブルーを見つける必要がある。それに、イエローの後継者も必要だ。それから、船を見つけるか……」


 金剛グリーンが地図を広げ、遺跡で見たのと同じぐらいの場所に印を付けていた。

 さらにブルーの姿絵を描いた紙も置かれている。やや小柄で、ほっそりとしていて、穏やかな人物である。


「ですが、既に各地で聞き込みをして、通信にも出ないわけですね?」


 ヴィハンが、ブルーの姿絵を見ながら呟く。


「ああ。ここまで来ると、何かトラブルがあったと考えるべきだろう……」


 金剛グリーンの脳裏には、すでに最悪の結末までも描かれている。死ぬ以上に最悪のなのは、賢者の石を怪人に奪われていることだ。


「人捜しとなると……いえ、東方風の人物なら比較的探しやすいと思いますが……」


マリアが呟く。


「潜伏している可能性もあるのでは?」

「……なんとも言えん」


 金剛グリーンとしては、当初は他のメンバーも彼と同じように仲間を探して行動していると思っていたが、イエローのような誤算もあった。ブルーの性格から言えば、あのような堕落をするとは思えないが、懸念が全くないわけでも無い。


「ひとまず、もう一度、この町で情報収集をして、もしも何も無ければ次の町に行ってみましょうか」


 ヴィハンの提案に頷く。すでに、海賊が駆逐されたことで、毎日大勢の人の出入りがある。その中で、目撃者がいる可能性はある。


「それと、船の場所ですが」


 ヴィハンが、今度は地図に目を落とす。


「なんだ?」


 金剛グリーンは、ヴィハンの横顔を眺めた。


「沖にある空飛ぶ島ですが、心当たりは一つだけです」

「知っているのか?」

「僕だけではありませんが、行ったこともあります。……魔王軍の本拠地です。今も魔王城が残っているはずです。僕たちが行ったときは、飛龍に乗って上陸でしたね」

「そんな島に?」

「ですが、魔王軍が変わった船を持っているという話は聞いたことがありません。今も封印されているのか、すでに無いのか……」

「……早めに行くしかないな」

「そうですね」


 とりあえず方針も決まり、女性陣は女部屋に戻り、ヴィハンも外の空気を吸ってくると言って出て行った。


「ふぅ」


 金剛グリーンはワインを取り出して、グラスに注いでいく。

 喉を赤くぬるいワインが通っていく。

 ふと、窓の外を見上げると、三日月が白く光っている。

 何度も何気なく見上げてきたが、あそこに怪人の元凶がいるとなると、妙に不思議に思えた。

 センカンジャーの使命は、元から怪人への対抗だ。怪人を駆逐するその日まで使命は続く。そして、邪悪な月を封印すれば、それが果たされる。

 ここに来るまで既に大きな犠牲を払ってきた。

 だが、遂に明確な目標は見えた。

 使命を必ず果たすと心に誓う。

 それが、自身の正義と信じて。



 ☆



 翌日、四人で情報収集に出かけた。かもめは脚の悪いこともあって、宿近くの市場での聞き込みとなり、金剛グリーンはギルドと酒場に、ヴィハンは旅商人を当たり、マリアは教会へと向かった。

 金剛グリーンの成果はゼロで、小さなため息をついて他の酒場へと向かうがてら、市場にいたかもめに出くわした。


「お疲れ」

「ええ。お疲れ様。どう?」

「なにも」

「そう」


 彼等らしい短いやりとりのあとに、市場に置かれているものに気がつく。それは、水晶をあしらったアクセサリーを置いている屋台だ。肌の黒い商人がニコニコと商品を指し示しながら、誘い文句を謳っている。


「ああいったものも売っているのか」

「そうね……」


 市場を見渡せば、ニケの町同様に、串焼き、ジュースや菓子、ナイフ、布に服と様々な商品が並んでいる。

 彼等が海賊を討伐したことで、今まで商品が届かなかった分、活気づいて大勢の人々でごった返していた。


「少し、休むか」

「そうね」


 酒場でブドウジュースを買って、店先の席に着いた。空はやや曇っているが、目の前の活気の前ではあまり気にならない。


「珍しいね」

「……何がだ?」


 かもめの言葉に、金剛グリーンは少々戸惑った。


「地球にいた頃も、誰かと一緒に食事したりはほとんど無かったから」

「……そうだな。嫌でも騒がしかったから、一人で静かになりたくてね」

「一人でさみしさは?」


 金剛グリーンはそこで黙り、ジュースを口にする。


「まぁ、あまり感じないな……」

「……そう」

「警察だったとき、殉職者が出たことは?」

「急ね。いえ、ないけど」

「そうか、俺は軍にいた頃、毎日バカみたいに酒を飲んで騒いでポーカーをして、上官から怒られていたが、どうしてもな、戦友を失うことはあった」

「……」


 金剛グリーンが遠くの曇った空を眺める。


「大勢いても、一人欠けると、やはりみんなして寂しくなった。いなくなった奴の分までグラスに酒を注いでいつものように騒いでいた。それが俺たちなりの喪の服し方だった。……ある日、チームの中で俺だけが生き残った。外は酷い雨で、俺は、死んだ奴の分グラスに酒を注いで、一人で夜通し飲んでいた。そのときは、怒鳴ってくる上官まで死んでな……誰も止めてくれなかった」

「……」

「それ以来、涙なんて涸れちまった。その分、雨が降ったのかも知れないな」

「……」


 金剛グリーンは伏し目がちになり、ジュースを見つめる。


「仲間を失う怖さを知っていたからな……親しくなればなるほど、失ったときに怖くなると思って、距離をとっていた……。今思えば、間違いだった。一緒に酒を飲む機会は限られているなんて、今更のように分かった気がする」

「……グリーン」

「降ってきたな」


 金剛グリーンが誤魔化すように、ポツポツと振ってきた雨に気がつき、空を見上げる。先ほどよりも、雲が黒く濃くなっていた。

 市場では、心配性の商人は商品をたたみ始め、楽観的な者は、気にもせずに客を呼び込んでいる。

 足早に歩いて行く客も多い。

 雨は徐々に強くなり、市場はやけに騒がしくなっていく。


「……妙に騒がしい」

「そうだな……」


 ジュースを飲みきってから、立ち上がると、異様な光景が広がり始めたのだった。

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