40 魔女を探して
金剛グリーンが起きた後、彼はまた浅い眠りにつき目覚め、その夜のことだった。彼が寝ている部屋に、全員がそろっていた。歩行に難のあるかもめは金剛の看病のこともあって残り、ヴィハンとマリアは町で情報収集を行っていたのだった。
「結論から言いましょう、魔女に関する情報はありませんでした」
ヴィハンが、そう言って優雅にティーカップを持った。彼には巨大なランスよりもそちらの方が似合っていて、やはり、とても退くことすら知らずにランスで突撃を仕掛ける人間には見えない。
「私は、各宗派の教会もあたってみましたが、過去にもそういった人物について聞いたことはないそうです」
マリアもティーカップを持った。
「手がかりはなしか……」
ベッドの上で、半身を起こした金剛グリーンが呟く。
「荒野を手当たり次第に探す訳にもな」
「ええ。件の荒野は、町から東の方角になりますが、結構な広さですよ」
そういって、ヴィハンは荷物から折りたたまれた地図を取り出して広げる。
周辺地域について、広域が記された地図だ。ニケ、リベリオン領、ラシャ、デラの他にも幾つもの町や村が小さな丸で示されている。ヴィハンが、デラの東の何も無い空欄を指さす。
「横断するだけで、馬で三四日かかる広さです。街道から外れた場所にいるとすれば、とても手がかりなしに探し回れる広さではありません」
「戦艦で空から探してみるのはどうでしょう?」
マリアが提案する。
「戦艦はどうしても目立つし、なにより、空から探して見つかる保証も無いな」
金剛グリーンとしては、やはり戦艦は最終手段としておきたい気持ちがある。
「でしょうね。僕も戦艦を使うのは反対です」
「わかりました」
「グリーン、もう一度確認しますが、その荒野の魔女は、ニケの町の鍛冶屋が言っていたのですね?」
「そうだ。彼が、レシーバーに賢者の石が使われていると言っていた。そして、予言のことについても。だが、全ては魔女が知っているという素振りだった」
「今更ですが、信用はできますか? 魔女と言えど、荒野に住むにしても、食料や衣服や生活用品の入手のために誰とも交流無しとは考えにくいのです。それでも情報がありません。普通なら、荒野に住んでいる変わり者がいるという程度の情報なら出てきそうなものかと」
本当に今更の問いかけである。金剛グリーンは、あのくぐもった声で喋るドワーフをお思い出すが、勘ではあるが、おそらく、嘘を言っていたようには見えない。
「恐らくは、嘘を言っていない。それに、それ以外にはろくに手がかりも無い」
「よろしいでしょう。では、もうひとつだけ噂がありました。そちらを調べることにしましょう」
「噂?」
かもめが、不思議そうにヴィハンを見る。
「荒野には少数の遊牧民が住んでいるそうですが、数年前に彼等から遺跡に入っていった人物がいたという話があります。どうも旅人風では無かったので、印象に残ったそうです」
「遺跡の場所はどちらです?」
マリアが問いかける。
「不明です。遊牧民に会わなければ、はっきりしません。ですが、他に手がかりが無い以上、そちらを調べてみるしか無いかと」
「そうだな……。明日発とう」
金剛グリーンが言う。その発言に、かもめとマリアが顔をしかめる。
「いえ、まだ念のために一日休みましょう。無理をされると困るのは周囲と言うことは分かって下さい」
ヴィハンが容赦なく却下した。
「しかし」
「どちらにしろ、遺跡と遊牧民の情報も集めなければなりません。取引している商人あたりなら、彼等が今の時期はどこにいるか把握しているでしょう。遺跡もモンスターが住み着きダンジョン化しているなら、それなりに準備も必要です。その手のダンジョン攻略なら、僕は経験者です。従って貰います」
「……わかった」
仕方なくと言った様子で、金剛グリーンは頷く。かもめはどこかほっとした様子で、それを伺う。
「では、明日も情報収集と参りましょう。グリーンは、しっかり休んで下さい。戦士にとって、休めるときに休むことも仕事かと存じております」
「ああ」
マリアの言葉にも金剛グリーンは素直に頷いた。
ここで、かもめが何か思い出したように口を開いた。
「二人とも、チョコミントってわかります?」
ヴィハンとマリアが、顔を見合わせる。
「ミントは、あのハーブのミントでしょうか? ちょこというのが分かりませんが」
「私も、ちょこは聞いたことありません。お役に立てず済みません」
「あ、いえ、分からないなら良いんです。気にしないで下さい」
金剛グリーンとしては、そこまで気を遣わなくても構わないのにと思いながらも、なんとなくかつての日常が、どこかで心の糧になっているような気がした。
失われた日々は取り戻せない。
しかし、紡いでいける日々は確かにあった。




