04 怪人の襲来
金剛グリーンとクリスが表に出ると、そこには異様かつ剣呑な光景が広がっていた。
多くの住民が突然の事態に思考と歩みを止めて、その存在を眺めていた。
先に酒場から出て行った若手のハンターが呻きながら倒れ込んでいて、その横には全身が濡れた海藻に包まれた人の形をしたものが何体も見える。
さらに、いえば、その海藻に包まれた人型の向こう側に、頭部だけ魚の形をした異形の姿も見えた。何故か、王冠のような金色に輝くものを被っている。見ようによってはコミカルな姿に見えないことも無いが、それがかえって不気味さを漂わせていた。
どことなく、生臭さが辺りに漂っているのは、彼らの臭いであろうか。
「なんだれ? 見たことも無いモンスターだけど、モンスターだよな?」
「アヴェンジャーだと?」
クリスが剣を抜きながらつぶやくが、金剛グリーンは、異形の者達を見た瞬間に、先ほどまでの余裕は無くなっていた。
アヴェンジャー。
それは、カイナンの怪人が戦闘員として連れて歩く存在だ。
戦闘能力は常人を遙かにしのぐ、しかしながら、数さえそろわなければ、センカンジャーにとっては大した脅威では無い。
存在自体は謎に包まれているが、一説には、海で亡くなった怨念を抱いた者ともいわれている。なお、アヴェンジャーは、カイナン側が呼称している名前であり、センカンジャーもわかりやすいためにその呼称を使っている。
しかし、金剛グリーンが脅威を抱いたのは、アヴェンジャーの向こう側にいる異形だ。
海生生物と人間を合体させたような奇妙なフォルムであるが、あれは間違いなく怪人である。
そう、センカンジャーが倒すべき相手だ。
「何故、こんな場所に、怪人が……。いや、いてもおかしくはないのか」
そもそも、ウズシオと呼ばれる怪人の作り出した渦潮に巻き込まれて異世界に来てしまったのだ。ならば、怪人がいることもなんら可笑しくないと納得する。
「下がっていろ。あれは、厄介な相手だ」
そう言いながら、金剛グリーンはクリスを制しながら、センカンジャーレシーバーを取り出した。
「あんなモンスター見たことも無いけど、何か知っているのか?」
「恋人の心変わりぐらいには知っているつもりさ」
どこかシニカルに言いながら、センカンジャーレシーバーのつまみをトランスフォームチャンネルに合わせる。
「変身」
「え?」
そうつぶやくと、瞬時にして金剛グリーンは緑色のスーツを着ていた。クリスと周囲からどよめきが起こり、アヴェンジャーと魚の怪人もその存在に気がついた。
「な、なんだいそれ!? 魔法!? あんた魔法使いか!?」
「なに、パーティー用のタキシードに着替えただけさ」
クリスの言葉に応えつつ、センカンジャーライフルを構える。
「ここは戦場になる。市民の避難を頼めるか?」
「あ、ああ」
クリスは疑問点を一杯持っているようだったが、それどころでは無いと思ったのか、すぐさまに行動を起こす。
「みんな! モンスターだ! 落ち着いて離れろ!」
「う、うわぁ!」
「きゃー!」
「に、逃げろ!」
と住民達がようやく我に返ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。クリスと、さらに他のハンター達も、見たことも無いモンスター相手に対して、まずは市民の避難が優先だと考えたのか、クリスを手伝っていく。
それに一安心し、金剛グリーンは、ライフルを構える。
下手に撃てば、倒れているハンターに当たる可能性も考え、撃つことは選択肢から外す。
「はあぁぁぁ!」
緑色の陰が駆けだして、瞬時にアヴェンジャーの目の前に現れる。
コンパクトに銃剣を振るうと、斬られた瞬間に火花が散り、アヴェンジャーが三体、吹き飛んでいった。
今度は、怪人が驚き金剛グリーンに目を見張る。
「なに!? 何者だ」
金剛グリーンは応える代わりに、ライフルから光る弾を撃つ。
アヴェンジャーと魚の怪人に命中し、当たった瞬間に火花が散り、「ぐわぁぁぁ」等と叫びながら吹き飛ばされていく。
しかし、金剛グリーンは、その怪人の様子からセンカンジャーについて、どうやら知らないらしいことが気にかかる。
だが、様子を見る限りは人を襲っている。
ならば、倒すのが道理だろうと判断する。
アヴェンジャーは、倒れてぴくりともしないが、魚の頭をした怪人はゆっくりと起き上がった。どうもあまりダメージは無いらしい。
「返事も無く撃ちおって、貴様、何者だ!?」
再び問いかけてくる。
「センカンジャー。金剛グリーン。貴様達は何者だ?」
「センカンジャー? なんだそれは? だが、お互い敵であるようだな」
やはり、知らない。
敵対する組織カイナンは、地球を侵略しようとしていると推定される謎の組織である。
分かっていることと言えば、目の前の魚の怪人のような、海洋生物に由来すると思われる怪人が多数所属し、アヴェンジャーという戦闘員を保有していることぐらいだ。
そう、センカンジャーは、あまりにもカイナンに関する知識が乏しい。
敵の拠点さえも不明なのだ。
そして、今になって、異世界に来てしまい、金剛グリーンは一つの仮説を立てていた。
この異世界こそが、カイナンの本拠点なのではないかと。
そう考えると、どこからともなく現れることと、拠点らしき物が全く見つからないことの説明がつく。
しかし、目の前の怪人は、センカンジャーについて知らないようであるし、その点が奇妙である。さらにいえば、現地人もモンスターかどうか判断に迷うようで、決して一般的に知られる存在でも無いことだ。
だが、今は、目の前の怪人をどうにかすることが先決だ。
ジッと怪人を眺めると、頭部は鱗で覆われ、体はまるで王族のような服を着ているが、指先は半漁人のような鱗に覆われている。まさに、半漁人と言っていいのだろうか。
特徴的なのは、とがったあごだ。
「鮭……か」
金剛グリーンがつぶやく。
とがった力強そうなあごは、鮭に酷似していた。おそらくは、鮭の怪人だろうと推測する。
「そうとも、俺様は鮭の怪人。キング・サーモン様よ」
「ああ、だから、そんな格好をしているのか」
洒落なのか本気なのかも分からないが、王冠や王族のような格好は、そういうことらしい。
「何が目的だ?」
「ふん。それは俺様の台詞よ。行くぞ!」
キング・サーモンが剣を抜き、振りかぶって走ってくる。
金剛グリーンは、恐るべき速度で振られた剣を銃剣で受け止める。
「ぐぅ!」
受け止めた瞬間に、金剛グリーンの足が石畳の道路に数センチだがめり込んだ。さらに、グイグイと押されていく。
キング・サーモンの体長は約二メートルといったところで、体重もそれに準じて相当にあるだろう。威圧感とともに、恐るべき怪力で押されていく。
「どうしたどうした!? 人間が!」
「はっ!」
金剛グリーンが、振り払って受け流し、一回転して切りつけた。切りつけると、火花が散って一瞬だけ怪人がひるむが、すぐさまに剣を構え直して金剛グリーンに斬りかかった。
怪力も恐るべきであったが、予想以上の速度に反応できず、剣が直撃し金剛グリーンの体から火花が散って数メートルも吹き飛ばされて、石畳に叩き付けられる。
「くっ!」
辛うじて受け身はとったが、どこかよろめきながら立ち上がる。
いつもなら、怪人との戦いはセンカンジャー五人で対応する。
それが、今はたった一人である。
大抵の怪人は、恐るべき身体能力を保有しており、なおかつアヴェンジャーも連れてきている。
そんな相手に対して、センカンジャーは五人で連携して対応してきた。
五人そろえば、どんな怪人でも退治してきた。
そもそもが、それほどまでに恐ろしい相手なのだ。
金剛グリーンは、怪人相手にたった一人で挑むことの無謀さを、改めて実感していた。
「全く、元気だね」
「大丈夫かい?」
横からクリスが駆け寄ってきて、心配そうに問いかける。クリスもまた、怪人に警戒を怠っていない。短い戦闘であったが、生半端なモンスターとは次元が違うことを認識しているようだ。
「下がっていろ。あれとのダンスの相手は、俺にしかできない」
「そういうわけにもいかなくてね」
クリスが、不敵に笑い細身の剣を右手に持って構える。先端に行くほど細くなっていて、切ることよりも突くことに向いているように思われる。
「これでも、腕は立つほうさ」
そう言って、クリスが怪人に向かっていく。
「まっ」
待てという前に、既にクリスは怪人の目の前に出ていた。
怪人の振り払われた剣を華麗に躱し、がら空きの胴体に一瞬にして数回突いていく。
しかし、怪人は意にも介した様子も無く、強引に剣を振り払い続ける。
何度も華麗に避けては、瞬間に何度も怪人の体を剣で突いていくが、キング・サーモンは効かないと分かっているのか、避けることもしない。
クリス、彼女の身体能力と剣術は、確かに人間離れしている。だが、それでも、あの怪人には有効打になっていない。
しかし、何度目かの攻防の隙を突いて、金剛グリーンが怪人の横に回り込んだ。握られているライフルの銃剣は、チャージモードによって光り輝いていた。
「はっ!」
再び気合いを入れた声を発しながら、銃剣で脇腹を狙って突く。
「ぐわぁ!」
刺さった感触は無かったが、十分に手応えはあり、怪人も呻きながら一歩後ろに引いた。
「これでいこうか?」
「ああ。全く、こんな近くに勝利の女神がいるとは思ってなかったよ」
出会ってわずかな二人で会ったが、そこからは圧倒しはじめる。
クリスが怪人を引きつけて、隙を突いては金剛グリーンが銃剣を突き刺していく。
怪人は、何度も攻撃を食らい続け、後ろへと引いていく。
とうとう、石でできた橋にまでたどり着いた。
「ぐ、きさまらぁ!」
そう怪人が大きく口を開けたときだった。
金剛グリーンが、腰に差していた大口径のハンドガンを取り出して、銃口を怪人の口に突っ込んだ瞬間に、光弾が放たれる。
「ぐわぁぁぁ!」
怪人が叫びながら、倒れ込む。口の横側が貫通して、中の桜色の身が見えていた。
「ぐ、ごの、たがが人間がぁ」
口を怪我したので、濁った声で二人の人間をギョロッとにらみつける。
このままもしも巨大化されれば、被害が尋常では済まないことから、金剛グリーンは、そのことだけを懸念している。
「あきらめろ。知っていることは全て話して貰う」
金剛グリーンが、ライフルとハンドガンを向けながら言った。
ただ、本心としては、できるなら、巨大化する前に撃破したい。
「ぢ、覚えでろよ!」
「ん!?」
怪人が、手の袖から小さな玉を投げつけた。
瞬間、玉は弾け、辺りに煙が立ちこめる。
ほんの少し先も見えないほどの濃い煙だ。
金剛グリーンはすぐさまに、煙から脱出する。
それから、十数秒ほど経過しいていたが、煙が晴れると、怪人の姿はどこにも見えなかった。
「逃がしたね」
そうは言いつつもクリスが、剣を構えたまま、橋の下をのぞき込む。
「河か……」
金剛グリーンは、ハンドガンを構えながら同様に橋の下をのぞき込む。恐らく、この短時間に消えたのなら河に飛び込んだのだろうと推測する。
河は、やや泥色に濁っていて、臭気が漂ってくる。汚水や排水が流れ込んでいるのだろうか。
「どこにつながっているかわかるか?」
「あいにく、あたしもこの街には昨日来たばかりなんだ。近くにストラ河が流れているから、取水も下水もそこを経由しているとは思うけど。酒場に戻って確認するかい?」
「そうだな」
油断したつもりは無いが、怪人がこういった手を使ってくることは初めてのことだった。
センカンジャーとしてはたった一人であること、異世界であること、それを考慮していままでとは違う戦い方が求められていることを、改めて実感するのだった。