39 癒えない傷
それはかつてあった日常の一幕だ。
場所はセンカンジャーの基地の待機所だ。
「俺は、チョコミントは認めない」
伊勢イエローが、椅子に座って腕を組み、頑なに主張する。
「歯磨き粉だろあれは!」
伊勢イエローの隣で、長門ブルーもうんうんと頷く。
テーブルの反対側には、大和レッドと陸奥ピンクが座っていた。
「断じて歯磨き粉じゃない! チョコミントって味なんだ! どうして分からない!」
大和レッドも負けじと主張し、その横で陸奥ピンクは曖昧に頷く。
「かもめ、そうだろう!?」
「まぁ、そうだな」
正直、陸奥ピンクとしてはどうでも良い話題であった。どちらかと言えば、チョコミントは好きだと言うだけで大和レッドの味方になったが、味の好みなど人それぞれだから押しつけるべきでは無いと思っている。
「大海のバカはともかく、かもめは分かってくれよ!?」
伊勢イエローが吠えるが、再びかもめは曖昧な表情を浮かべた。
そこに金剛グリーンがやってくる。射撃訓練をしていたのか、ラフな格好にタクティカルベストを身につけていた。
「グリーンさん、聞いて下さい。大海さんとかもめさんが、チョコミントはありだって言って譲らないんです」
「グリーン! あんたはどっちだ!? チョコミントが嫌いだとしても否定まではしないよな?」
長門ブルーと大和レッドに問い詰められて、くだらないと蹴るかと思いきや、ふと金剛グリーンは考え込む。
「チョコミントか、食べたこと無いな」
意外な解答に、四人はそれならば食べて検証するべきだと、五人そろってアイスクリーム屋に向かうことになった。
だが、途中で怪人が出現した報告を受けて、結局、金剛グリーンがチョコミントを食べることは無かった。
金剛グリーンは目を覚ました。
木目の天井が見え、体は固めのベッドの上にあるようだった。
部屋は明るく、上の方に目をやると窓が開いていた。
体を起こすと、そこは見知らぬ部屋だった。
チョコミントの夢を見ていたような気がするが、すでにその記憶は薄まっていく。そして、さらにその前に、町に入ったところで倒れたことを思い出す。
「ここはデラの……宿屋か?」
恐らくはそうだろうと周囲を見渡すと、ナイトテーブルにレシーバーと刀とナイフが丁寧に並べられていた。
「ふー」
軽くノビをしたところで、ノックも無く部屋が開いた。
そこには、杖を付いたかもめが、ポットを持っていた。
「目覚めたの」
そう言って、彼女はベッドの横にある椅子に座る。
「ああ、どのぐらい寝ていた?」
「倒れたのが昨日の夕方、今は昼」
不覚にも、それなりに長い間眠っていたらしい。
「お茶は飲む?」
「たのむ」
ティーカップにポットのお茶を注ぎ、手渡す。ティーカップからはややぬるいぬくもりが伝わってくる。
すっと一口飲むと、乾いた喉が潤っていく。
「マリアさんが診断するには、疲労だろうって。怪我はともかく、疲労までは魔術でもあまり回復できないそう。今は、ゆっくり休んで」
「……そうか」
こんな風に倒れたのは初めてのことだ。
きっと、ずっと戦い続けてきた所為だろうと思い返す。だが、決定的だったのは飛沫の死だ。張り詰めていた緊張が限界に達してしまったのだろう。
「……私からは大したことは言えないけど、あまり背負いすぎないで」
「そのつもりはなかった……」
あまり、感情を表に出さないかもめがここまで心配した様子なのも初めて見た。
いま、自分がそれほどまでに酷い顔をしているかと思うと、どこか滑稽にも思える。
きっと酷い顔をしているのだろう。
鏡が無くて良かったのか、悪かったのか。
「昔、みんなでチョコミントを食べに行こうとしたな」
唐突に金剛グリーンが呟く。
かもめがはっと気がついた様子で、どこか穏やかな顔になった。
「そうね。結局、あれから食べた?」
「いや」
「そう。こちらの世界には無さそうね。あればいいけど」
「そうだな」
金剛グリーンは、笑ったつもりだったが、笑ったように見えただろうか疑問に思えた。
かつての日々は、穏やかだった日々は、最早永久に失われた。




