38 海上の葬儀
洋上には二隻の戦艦が浮かんでいた。金剛と伊勢である。伊勢は、センカンオーの時にひっくり返して、再び甲板を天に向けていた。
生き残っていた海賊は十人にも満たず、伊勢の甲板の上で震えている。海水に濡れたことでは無く、嵐のような戦闘を目の当たりにして、恐怖で震えているようだった。
「あのシオンとかいうのは、見つかりませんね」
ヴィハンが海賊達を見ながら呟く。結局、戦闘の後に助けた中にシオンの痕跡すら見つけることができなかった。
海賊達が言うには、ある日、飛沫とシオンが現れ、海賊達に圧倒的な実力と戦艦を見せて従えさせたらしい。シオンは元から海賊というわけでもないらしく、今となっては飛沫とどのような関係であったのかさえも不明なままである。だが、飛沫を助けようとした辺り、一種の信頼関係があったのかもしれない。
「そう簡単に死ぬような人間とも思えないがな」
金剛グリーンが、どこか感傷的に呟く。
実際に戦った身としては、いずれにしろ相当の使い手であることは確かである。
また、海上を歩く術をもっていることも踏まえれば、逃げた可能性も十分にある。
「僕もそう思います」
その点については、ヴィハンも同意のようだ。
伊勢の船首では、マリアが目を閉じて手を合わせて冥福の祈りを捧げていた。
多くの海賊達が、そして飛沫が散った海に、正義こそ違えど安らかな眠りにつけるように祈りを捧げている。だが、果たして、その祈りは深い海底にまで届くのだろうか。
金剛グリーンが、黄色いレシーバーを取り出す。
ジッと見つめて、強く握りしめる。
飛沫が存在したという痕跡は、最早これだけである。
体はバラバラになって、海に沈んでいった。
果たして、魂はどこを彷徨っているだろう。
「……」
金剛グリーンが、無言で見つめたまま懐にレシーバーをしまい込んだ。ヴィハンは、その様子を見ていたが、何も言わない。
マリアが、立ち上がって二人の元に歩いてきた。
「お待たせいたしました。……行きましょう」
マリアが伏し目がちに言う。
「ああ。伊勢は金剛で引っ張っていく。そのまま次の街にまで向かってしまおう」
既に、ワイヤーで固定する作業は終わっていた。
「では、海賊達は僕が見張っておきます。逃げる気もないとは思いますが」
ヴィハンの言葉に頷いて金剛グリーンは、一人金剛へと乗り込んだ。マリアも、海賊を見張るのか、さらなる祈りを胸でしておきたいのか、その場に残る。
金剛に戻ると、かもめが無言でうつむいていた。
舵を握り、戦艦は進み出す。
「何故、彼は……」
かもめが小さな声で呟く。
仲間が、仲間だった者が、正義から転げ落ち、そして死んだ。
「……わからん」
金剛グリーンにとっては、大海のこと以上に衝撃であった。センカンジャーとして選ばれた以上は、正義の心を宿しているに違いないはずであるのに、そうではならなくなった。
この世界に来てから、仲閒の身に異常が起き続けているのは、果たして偶然なのかとまで、疑い始めている。
もしも、この世界に来たのが一種の必然だとしたら、どうしてこれほどまでの受難が待ち構えているのだろうか。
乗り越えなければならない壁であり、正義を試されているのだろうか。
試されているなら、飛沫には資格が無いと断定し、制裁した自分の正義は正しかったのだろうか。
問いかけ、問いかけ、問いかけ、自身を疑い始める。自身の正義を疑い始める。
果たして、正義とは何なのか。
他人に求めておいて、自身の正義が揺らぐ情けなさを感じ取る。
「……俺が飛沫を殺した」
ふと、金剛グリーンが呟く。
「そんな……」
かもめが、否定するが、目は伏していた。
「俺が信じてやり、説得し続けていれば、死ななかったかもしれない。奴の心が変わったかも知れない」
「だけど、彼は罪を犯していた」
「償えない程か? 償う機会さえ俺は奪った」
「そんなことは……」
仲間の死と自身の後悔に、今更涙すら出ない。
クリアな視界に飛び込む、ディスプレイ越しの海はとても穏やかだった。異世界の海をじっくりと見る機会は始めてかも知れない。水平線まで青色が続き、彼方には海鳥が並んで飛び、絵画のモチーフにでもなりそうな光景だ。
とてもこの世界には凶暴なモンスターが住み着き、怪人の企みに狙われているとは思えなかった。
しかし、飛沫がこの海に散った事実は変わらない。
「怪人を倒さなければ……結局、俺に出来るのはそれだけだ……」
「グリーン……」
戦艦は半日ほど進み続けて、ラシャの街から西にある港町デラにまで辿り着き、沖から再び格納庫に置いておいた漁船で町へと入る。
そして、町に入ったところで、金剛グリーンは倒れた。




