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03 酒場で乾杯

 街は大人の男の背丈の倍ほどの高さの城壁に囲まれていて、南にある正門では門番が厳しく入場者を監視している。

 監視するだけで、よほど不審でない限りは、呼び止めて調べることもないのだが。

 旅人に商人、傭兵やハンターが絶え間なく通行していき、常に雑踏がひしめいてにぎやかであった。


「おい! そこの男! 止まれ!」


 とはいえ、その男に関しては見慣れない格好をしていることから呼び止められていた。

 外套はやや変わった程度といえるが、その下に着ているスーツは、この世界の住人が見慣れないものだったのが原因だろう。


「怪しいものじゃ無いんだけどねぇ」


 しかし、男は慌てることもなく、内ポケットから手のひらに収まる大きさのカードを取り出して、門番に見せた。


「む、バウンティギルドのハンターか」


 門番は。しげしげちカードを眺め、仕方ないといった様子で頷いてから通ることを許可した。


 男は、そう、金剛グリーンはやれやれといった様子でその場から再び歩き出しながら、カードを内ポケットに収めた。


 正門から入ると、北の裏門にまでまっすぐに石畳の大通りが続いている。

 大通りに面した建物は、どれも白いレンガを積み重ねて作られ、例外なく細長い建物ばかりだ。この街では、通りに面している長さによって税金が決まるため、少しでも税金を抑えるために通りに面している部分は短く狭くなっている。


 さらに、この大通りはほかの道よりも税金が高いために、よけいに細長くなるようだ。

 大通りを歩いていくと、時折小さな広場に出て、広場ではよく屋台の姿も見える。

 果物ジュースに串焼き、パンに、飴、装飾品にカバン、珍しいところだとナイフを置いている屋台もある。

 これまた、商店同様に賑わっていて、商人の大きく威勢の良い掛け声が絶えることもない。


 金剛グリーンは、世界が変わっても人々の生き生きとした営みは変わらないものだと妙なところに感心しつつ、荷物を背負いなおした。

 荷物は、薄汚れた麻の布に包まれていて、長さは二メートル近くと大きく、太さは桶ほどはあろうか。

 金剛グリーンは、大通りに並ぶ看板を眺めて、横道に曲がっていった。


この町は、ニケという名前で、金剛グリーンがこの異世界に来て初めてたどり着いた街である。

 話をさかのぼれば、数日前のことになる。

 ウズシオと呼ばれる怪人と戦い、そして怪人が逃げるときに飛び込んだ渦に、センカンジャーも飛び込んだ。

 金剛グリーンの記憶はそこで途切れる。

 気がついたときには、異世界の浜辺でたった一人で倒れていた。

 近くに仲間の姿は見えなかったし、何度通信しても応答は無かった。


 とりあえず、近くの街にと来たのが、このニケの街であった。

 見る限りは、中世ヨーロッパといった様子の町並みと人々であったが、見たことも無い文字を使って、聞いたことも無い言葉を使っていた。

 しかし、センカンジャーの変身や戦艦を呼び出すことができる汎用救難デバイスのセンカンレシーバーには、自動翻訳機能がついており、それを起動することで、通じるようになった。ひとまず、言葉の問題は解決済みである。


 金剛グリーンが、裏道を歩き、目的の場所にまでたどり着いた。バウンティギルドの前である。店構えは、どう見ても酒場のそれである。

 そう、正確には、酒場の一角にギルドがあるというのが正しい。

 中に入ると、正面には酒場のカウンターがあり、左右には丸いテーブル席がいくつも並んでいる。

 そこに座っているのは、全身鎧を身につけた戦士、屈強なドワーフ、ローブを着た魔法使い風のエルフ、革の鎧を身につけた弓使い等などバラエティに富んでいるが、共通するのはどれもこれもそれぞれの得物を持っており、おそらくはバウンティハンターのようであることだ。


 彼らは、入ってきた金剛グリーンを一瞥だけして、すぐに興味を無くして、自分たちの興味に戻っていった。

 金剛グリーンは、横へと曲がってバウンティギルドの受付に向かう。そこには、ギルドの制服を着た受付嬢が退屈そうに座っていた。


「買い取りを頼む」

「買い取りはお隣のカウンターとなります」


 言葉は丁寧だが、受付嬢は座ったまま横を指し示す。そこには、もう一つのカウンターがあり、そこには商人風の男が座っていた。今度は、そちらのカウンターに持って行くと、金剛グリーンは荷物をカウンターに置いた。


「買い取りだね?」

「ああ、頼む」


 そう言って、布をほどいていくと、中から出てきたのはブラッディブルの牙であった。所々、土で汚れているが、太さ、長さといい立派な牙である。


「ほうほう、こいつは上物だ」


 商人が楽しそうに頷いた。


「査定するから、少し待ってくれ」

「ああ」


 バウンティギルドとバウンティハンター、それは、この世界においてメジャーな仕事である。主な仕事は賞金首や犯罪者、モンスターの討伐である。

 当ても何も無くこの世界に来てしまった金剛グリーンは、街の兵士に勧められてハンターになった。

 ハンターは犯罪者で無ければ誰でもなることができる。

 ギルドが発行するカードがあれば、最低限の身分は保障される。そういった理由で勧められ、金剛グリーンも、この世界で活動しやすくなるだろうと踏んでハンターになった。

 仲間を探し、地球に戻るためにも、とにかくできることは全てする覚悟なのだ。


「はいよ。一つは小銀貨二百枚、もうひとつが百八十枚ってところだが、どうする、これだけの上物ならオークションに出してもいいと思うが」


 ちなみに、街では小銀貨十枚もあれば最低限の生活が一ヶ月はできる程度である。また、小銀貨十枚で大銀貨一枚分の価値になる。


「オークションに出すとどうなる?」


 モンスターの素材は、買い取りが基本だと聞いており、オークションに出すというのは初耳だった。


「オークションは初めてかい? 落札額の十パーセントは手数料で貰うことになるが、このぐらいの上物なら、普通の買い取りよりも高くなるのは間違いないね」

「時間がかかるか?」

「次のオークションは三日後だから、換金できるのはその後だな」

「なら、この場で買い取りを頼む」

「いいのかい?」


 商人は意外そうに問いかける。素材の良さを考えると、二つで小銀貨六百枚はいく可能性はある。素材としてはありふれたものだが、これだけ大きく質の良い牙は滅多にないものだ。


「ああ。次の目的地に行く可能性もあるのでね」


 ただし、実際のところ、仲間の手がかりは何も無いので、どこに行く必要も無いのだが、いつでも動けるようにしておいた方が良いという判断である。


「分かったよ。じゃあ、二つ合わせて銀貨四百でいいかい?」

「頼む」


 少しだけ勉強してもらえるようだ。ギルドカードの提示を求められたので、出すと商人が目を見開いた。


「こいつは驚いた! Fランクでブラッディブルを仕留めたのか!?」


 バウンティハンターにはF~Aまでのランクが存在し、ランクはイコール信用であり強さでもあるため、ランクが上がれば高難易度の依頼されることもある。

 また、立ち入り禁止区域に入ることや閲覧可能な資料も増える。そのため、情報を集めるためにはランクを上げるというのも一つの手なのである。


「まぁね」

「なるほど、期待のルーキーか。ブラッディブル一匹とはいえなかなかやるじゃ無いか」


 実際のところ、群れを始末し、何故か巨大化したボスまで倒しているのだが、そのことは言わないでおいた。全ての牙は持ち帰るわけにもいかないので、一番上質そうなものを適当に選んで持ってきただけである。


 そうこうやりとりしているうちに、大銀貨と小銀貨、少しだけ銅貨にしてもらった。

 横の壁には巨大なコルクボードとなっていて、賞金首や各種以来の張り紙がされている。今は、特にこれといって目につくものは無い。もし、あの怪人ウズシオがモンスター扱いされていれば張り出されているかもしれないし、あの怪人を追いかければ仲間と再会し、地球に戻れるかもしれない。


 もっとも、そう簡単に事が進むとも思っていないが。

 もしかすると、事態は自分が思っているよりも深刻なのかもしれないと考えがよぎった。

 あまり良くない想定を繰り返しながら、金剛グリーンは、酒場のカウンターに座る。

 この世界で一般に流通している酒と言えば、エールにハチミツ酒、ワインぐらいなもので、さて、何を飲もうかと思ったら、いきなりエールの入ったジョッキが目の前に置かれた。

 置いたのは酒場のマスターらしき中年の男性である。


「頼んでいないが」

「あちらから、一杯おごりだ」


 マスターが指さす方向を見ると、金剛グリーン同様にカウンター席に座った女性がいた。鎖帷子の装備で全身を覆い、腰には細身の剣を差している。

 年齢は二十代前半といったところで、種族は見る限り人間である。

 赤毛の髪は、首元に届かないほど短く、化粧気は無い。どことなくサバサバした雰囲気が感じ取れた。

 金剛グリーンに対して、親指を立ててグッとポーズをとってきた。

 彼は、エールの入ったジョッキを持って件の女性の横に座った。


「すまないね」

「いいさ」


 そういって、乾杯をする。木製のジョッキ同士の乾いた音が響く。


「妙な格好しているけど、腕、いいんだろ?」


 ややハスキーな声で、女性が問いかけてきた。


「自信は、それなりにかな」


 正直、腕には相応に自信はある。

 センカンレンジャースーツによる恩恵を受けているとはいえ、着用者にも相応の身体能力が求められるのである。

 そう、選ばれた精鋭しかセンカンジャーを努めることはできない。

 とはいえ、ひけらかす気もないが。


「おっと、あたしはクリスティン。クリスでいいよ」

「俺は、(ヒロシ)だ」


 本名である、灯台洋(トウダイヒロシ)の名前を名乗る。金剛グリーンと名乗っても、あまりに通じにくいだろうと思ってのことだ。


「そうかい。変わった名前だね? 顔つきからして東方から?」

「まぁね」


この世界の東方に詳しくないが、茶を濁す。

 彼は、この世界に来てから東方から来た人間かと問われることが多かった。どうやら、東方に地球の東洋人に似た人々が住んでいるらしい。


「でもね、いくら腕に自信があっても、ソロはオススメできないね。現場じゃ何があるかわからないからさ」


 どこか遠い目で、その女性が忠告をする。

 過去に何かあったのだろうかと思うが、深く掘り下げない方がいいだろうと思えた。

 ただ、実際問題として、ソロハンターの死亡率、行方不明者は非常に多い。

 受付嬢からも忠告を受けたことはあるし、掲示板の依頼の多くにはパーティー推奨の文字が目立つ。


「仲間はいるが、今は離ればなれになってしまってね。彼ら以外とは組むつもりはない」

「そういうことかい。そのお仲間は?」

「どこでパーティーをしているやらね、そうだ、これに見覚えは?」

「んん?」


 金剛グリーンが、内ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、黒いインクでセンカンジャーのスーツの絵と四人の似顔絵が描かれていた。

 熱血で、最後まであきらめない熱い男で、リーダーでもあるセンカンジャー大和レッド。

 真面目で優しい慈悲の塊のような男、センカンジャー長門ブルー。

 クールな才女にして、一番の狙撃手でもある紅一点、陸奥ピンク。

 大食漢でお調子者、ムードメイカーでもあるポジティブな男、伊勢イエロー。

 彼らの似顔絵である。


「へぇうまいね。あんたが描いたのかい?」

「ああ。見覚えは?」

「いや、無いね。みんな東方の人達かい? 東方の人は珍しいから記憶に残っているはずだけど、うん、やっぱり、見覚えは無いね」

「そうか。ありがとう」


 元から手がかりが簡単に得られるとは思っていない。羊皮紙をしまってからマスターを呼び寄せる。


「ランチはなんだい?」

「芋と焼いた豚肉だ。昨日も明日も同じメニューだ」

「では、それを一つ」

「あたしも貰うよ」

「まいど」


 マスターの後ろ姿を見ながら、エールを一口飲む。冷やして飲む考えが無いのか、常温のぬるいエールが喉を通っていく。

 慣れると、それなりに悪くは無い。


「さて、あんた、次はどんな仕事するか決めているのかい?」


 クリスもエールを豪快に飲んでから聞いてくる。


「いや、路銀も稼いだから、次の街に行こうと思っている」


 これは事実である。

 恐らく、他のセンカンジャーも彼同様にバウンティギルドに所属している可能性があると考えている。

 それが、他の仲間を探す一番の近道だからだ。

 それに、人々の生活を守ることにもつながる。

 だから、きっと所属して活動しているはずだと確信する。


「そうか。ちょっとばかり、やっかいなモンスターを狙おうかと思って、組めないかと思ったんだけどね」


 クリスが残念そうにつぶやく。


「デートのお誘いだったか。済まないね、こちらも急いで仲間を探さないといけないんだ」

「いいさ。そういうこともある。どこの街に行くんだい?」

「それはまだ、なんともね。風が吹く方向にでも進むかもしれないね」

「けっこう適当だね」

「何、仲間だからこそ、気ままに進んでもそのうち出会うはずさ」


 そう雑談をしているうちに、ランチが運ばれてくる。木の皿にゆでた芋と焼いただけの豚肉の塊がドカンと置かれている。この辺りでは、芋と麦が主食らしく、よく食べられている。ただ、芋はジャガイモによく似ていて、味も似ていることは似ているのだが、味が薄く水っぽい。恐らく、置かれている芋も、塩味しかしないほど芋の味が薄いだろう。

 だが、それでも、体が資本故に食べようとした矢先のことだった。


「キャァァァァァァ!!!」


 通りの方から甲高い悲鳴が聞こえてきた。ハンター達も動きを止めて、通りの方に視線を向ける。若いハンターの何人かが、得物を持って出ていった。


「何だろうね?」

「さてね。有名人でもいるのさ」

「有名人ねぇ。このあたりだと、誰かいたかな」


 そう応えながらナイフとフォークを豚肉に当てた瞬間、再度甲高い声が聞こえてくる。


「誰か! 助けて!」


 金剛グリーンは、鼻から大きく息を吐いてナイフとフォークを置いて立ち上がる。


「やっぱり行くのかい?」


 クリスも仕方ないといった様子で立ち上がった。


「昔から、チアガールのコールには応えるようにしていてね」

「あ、っそう」

「ランチはそのままにしてくれるか?」

「わかったから、早く行っておけ」


 マスターからの言葉を背に、二人のハンターが酒場の外に出て行った。

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