26 遅き目覚め
金剛グリーンが、全身の痛みで目を覚ましたとき、そこは見知らぬ部屋であった。
質の良い調度品が置かれている様子を見るに、城の一室だろうかと思いながら体を起こす。
体には包帯が巻かれて、着ていた服は身につけていない。不安を感じる前に、傍らの台に、レシーバーとヒヒロカネの刀とナイフ、それと中折れ帽子が置かれていた。
何はともかく、レシーバーを手に取ると、特に異常は無いようだ。
そこでほっとする間も無く、横から声が聞こえてきた。
「お目覚めのようですね?」
振り返ると、そこには金剛グリーンよりも大量の包帯が巻かれたヴィハンが、ベッドの上であぐらをかいて座っていた。
その手には赤いレシーバーが握られている。
「あんたは……」
「僕は記憶に無いのですが、伯爵に化けたモンスターを倒したそうです。その後に、僕と貴方は意識を失ってこの部屋に」
ヴィハンは金剛グリーンを見ずに、ただレシーバに視線を落としたままだ。
「そうか。間違いなく、倒したのはあんただ」
「そのようですね。記憶が無いので実感がありませんが」
どうやら、本当に怪人を倒したという記憶が無いらしい。それもそうだ、あのときの彼は立ち上がることさえ不可能に近いダメージを負っていたのだ。
「ちなみに、領主はモンスターに操られていたと発表し、今は令嬢と家臣が事後処理をしています。傷が癒えるまでは匿ってもくれるそうです」
「助かるな」
「さて、このレシーバーは貴方の仲間のものだそうですね」
「そうだ……大海は?」
部屋には見る限り、他の人間がおらず不安になって問いかける。
「別の部屋です。なんでも隷属の秘薬を使われたそうですね」
「ああ……」
「その秘薬は、自白剤と麻薬を混ぜたようなもので、直接脳を破壊する代物です。あまりに危険すぎて教会は五十年も前に使用、所持どころかレシピを知ることさえも死罪としています。……残酷ですが、恐らくは回復は不可能です」
「それは聞いている……」
分かってはいたことだ。
だが、改めて言われると、その言葉の重みに耐えきれなくなりそうだった。
「そうですか。それはともかく、これはお返ししたほうが良いのでしょう? これからは強い魔力を感じられ、非常に特殊なアーティファクトかと思いますが」
「……それは」
ここで、金剛グリーンは躊躇った。
変身できたのは、恐らく、レシーバーが、インファニティストーンが、賢者の石が、彼を選んだと言うことではないかと。
恐らく、マリアの時と同じだ。
やはり、レシーバーがセンカンジャーにふさわしい者を選んでいるようにしか思えない。
だが、ベッドに座る穏やかな優男は、果たして本当にセンカンジャーにふさわしいのか、それだけが疑問に思えた。
センカンジャーをするには、あまりにも独善過ぎる正義の持ち主である。行きすぎた正義は悪というのも頷けるほどに、あまりにも規格外の正義である。
レシーバーが何を基準にして選んでいるのか分からない。
だが、選んだ以上はそれを認めるべきなのだろうか。
非常に悩ましかった。
「どうしました?」
ヴィハンが穏やかな笑顔を崩さずに問いかけてくる。
「少し、話をしても良いか?」
「? ええ」
金剛グリーンはそれから、自分たちが地球にいて、センカンジャーとなり怪人を倒していたこと。ある日、こちらの異世界に迷い込んでしまったこと。ニケの街からの追跡と結末。そして、ここにまで来た経緯を話していた。
二人は、話の後に部屋のベランダに出て、城下町を見下ろしていた。どこか人通りが多く活気があるように見えるのは、ミリアリアが上手く事後処理しているからだろうか。
「あのようなモンスターいえ、怪人ですか。実際に対峙した以上は、信じるしか無いでしょう。ですが、それが僕に何の関係が?」
「あるかもしれないし、無いかも知れない。一つ聞く、あんたは正義と力を背負う覚悟があるのか?」
ヴィハンが、金剛グリーンに向き直った。
顔は穏やかなままであるが、その目にはどこか力強さを感じた。
「僕は平和を愛しています。しかし、人であろうと魔王であろうと、行き過ぎた力が適切に使われなくては平和を乱す原因となります。僕の正義は、間違った力の使い方をただすこと、それだけです。教会を破門になり暗殺者を差し向けられようと、僕のなす正義は只ひとつ、責任無き力を叩きつぶすだけです。ここの領主は、力の使い方を間違っていると判断し、それを叩きつぶしに来ただけです。僕は、全世界を敵に回しても、平和のためなら暴力を叩きつぶすために暴力を使います」
金剛グリーンにとって、やや意外な答えだった。
見るからに柔和な優男は、ただ平和を愛してやまない男だった。平和のために暴力で暴力を消し去るという矛盾に満ちていながらも、それを受け入れている。
ただの狂犬では無い、狂気に満ちた思想を正義のために使っている。
なんとも矛盾に満ちた狂人だろうか。こうして話が通じるということが奇跡に思えてくる。
「ひとつ聞きたい。センカンジャーになってくれと言ったらなるか? 怪人といつまでも戦い続ける過酷な日々を過ごす覚悟があるか?」
「ええ」
間髪すら入れない返答に、金剛グリーンは思わず苦笑する。
わかるようなわからないような、言葉に言い表せないが、なんとなくレシーバーが彼を選んだのもわかってきた。
「なってくれるか? この世界の怪人を倒さなければ、平和が乱される。大海がリタイアしてしまった以上、大和レッドを担ってくれる奴が必要だ」
「構いません」
そのまま無言で、金剛グリーンは手を差しだした。
ヴィハンも、和やかな笑顔のままその手を握り返した。
かくして、勇者にして狂犬は、大和レッドになったのだった。




