24 報復せよ
大海をピーターともう一人の兵士に任せて、金剛グリーンとミリアリアは城内を走っていた。
ところどころで、何人もの兵士が倒れているのは、鉄血の狂犬の仕業だろう。
領主がいそうなところは、二階の謁見室と三階の執務室あたりだろうとミリアリアが言い、今まさに謁見室に辿り着いたところだ。
だが、そこにはこれまでの通路同様に兵士が何人も倒れ込んでいるだけだった。
「……あれだけの兵士を一人で?」
「だろうな」
一度見ただけであるが、それだけでも相応の実力者だろうとは踏んでいた。
それが、魔王討伐した勇者と言うのなら、この強さにも納得がいく。
恐らく、兵士は誰一人として相手にもならなかったに違いない。
謁見室の奥の階段を上り、執務室の前に行くと、荒々しい金属音が鳴り響いていた。
一人は巨大な馬上槍を軽々と振り回す勇者、いや、狂犬。
もう一人は、恰幅が良く、立派な髭を蓄えた男、領主である。
いや、領主であったと言うべきだろうか。
眼は白目を見せて、顔の皮はゴムのように歪に伸びて、口から白い触手が何本も這い出るように伸びていて、一本一本が鋼の剣を掴んで、計十本近くの剣を振り回していた。
一度に剣の攻撃が嵐のように襲いかかり、狂犬はランス一本で振り払ったが、全てを振り払いきれずに胴体に直撃して壁にまで吹き飛ばされた。
「……お父様!?」
ミリアリアが、異形の姿となりはてた領主に向かって、口を隠しながら息をのむ。
そう、とうていまっとうな人間とは思えないような姿だ。
まるで、触手に身体でも乗っ取られているかのようにしか見えない。
「おお。ミリアリア。愛しき我が娘よ」
一体、どこから声が出ているのかも分からないが、確かに領主らしき者から声が漏れ出している。
領主の顎が外れ、裂けそうなほどに口が開かれると、中なら白い塊が出てきた。
見る限り、イカの頭に近い。ギョロッと巨大な目玉で、ミリアリアと金剛グリーンを見つめる。
「この姿を見られたか。全く、厄日だよ。こうなっては、全員始末しなくては」
「お父様をどうしたの!?」
「どうしたもこうしたも、殺して身体を乗っ取って使わせて貰っている」
「……ずっと、前から。ずっと前から、悪魔が取り憑いていたのだわ。あ、悪魔め、お父様の敵を!」
ミリアリアが剣を引き抜こうとした瞬間に、金剛グリーンがレシーバーを胸に当てながら前に出る。
「下がっていろ」
金剛グリーンの足下にリングが現れ、瞬時にして変身を終えていた。
両手に握っているのは、銃剣付きのハンドガンだ。
「悪魔ではなく、怪人だ。大して変わらないがな」
「怪人?」
「人間の手に負える相手じゃない」
「……なるほど、あの戦士の仲間か」
怪人がそう言うと、口の中から何か四角いものを取り出した。
真っ赤なセンカンジャーレシーバー。
大海のものだ。
「それは返せ」
金剛グリーンが、静かににらみ付ける。
「ふふ。やはり、なにか重要なものみたいですねぇ。随分と強い魔力の反応がするが、使い方が分からずにこまっていたところだ。教えてもらっ」
その瞬間、領主の身体が銀色のとがったもので貫かれた。
「ごちゃごちゃ、五月蠅いんですよ。貴方の相手は、僕でしょう?」
領主を後ろから貫いたのは、鉄血の狂犬、ヴィハン・ボールドウィンであった。
口から血を吐いた跡が見えるが、そのランスを握る様子は力強く、戦意を喪失した様子も無い。
「き、さま」
再び十本の剣と触手が一度に振り払われて、ヴィハンを吹き飛ばした。
吹き飛んで行くも、ランスを強引に床に突き刺して踏みとどまる。
「さて、どこの誰か知りませんが、僕の正義の邪魔をするな」
「なっ、私は、ミリアリア」
「知らないって言っているでしょう。口を閉じれ」
丁寧な口調ではあったし、見た目通りの優しい雰囲気も崩していないのだが、乱入してきたようにしか見えないらしく、邪魔扱いしてくる。
「あれは、ただの人には過ぎた化け物だ」
金剛グリーンが、一歩前に出てハンドガンを構える。
「知ったことではありません。勝てそうに無いから戦わないなんて負け犬は引っ込んでいてください。僕はね、腕が折れようと脚がもげようと、目がつぶれようと、耳が聞こえなくなろうと、命をかけて正義を貫きたいだけです。僕の正義のためなら命を捨てても構わない。目の前の平和を揺るがす負け犬のクズをいっぺんの存在すら残らないように、蹂躙し撃破し殲滅し処刑し壊滅させなきゃいけないんですよ」
優しい口調とは裏腹に、恐ろしく力強く独善的な言葉を口にする。
きっと、普段の金剛グリーンなら、行き過ぎた正義と見なしただろう。
力に振り回されていると見なしただろう。
だが、今は、大海の為に報復を誓った。
自らの正義など、後回しにしてでも、なんとしても報復するべきだと思っている。
そんな彼にとって、ヴィハンの言う正義に、同感さえも覚えていた。
「俺は、仲間のために奴を倒さないといけない。それが、俺の今の正義だ」
「ふむ」
「協力しよう」
「勝手にどうぞ。邪魔だけはしませんから」
「何をゴチャゴチャと言っている」
怪人が、二人の戦士をにらみ付けながら再び剣を振るう。
二人が同時に動いた。
ヴィハンは、両手でランスを持ち直して、重装備とは思えないほど素早く突撃していく。
十本の剣が絡みつくように襲いかかってくるが、今度は違った。
腰を少し落とした金剛グリーンのハンドガンが、剣に狙いを、光の弾を次々と撃ち出してく。
剣は次々と弾かれ、時に、へし折れ、足も吹き飛んでいく。
結果として、ヴィハンに届いた剣はたったの二本。
たったの二本程度であれば、その突撃力に押し巻けて、再び怪人はランスに貫かれた。
今度こそ、貫いたのは、イカの頭だ。ギョロッとした大きな眼が飛び出すほどに大きく動く。
剣を弾かれたが、今度は足がそのままヴィハンを吹き飛ばそうとしたが、その前にヴィハンは大きく飛び上がって、回避していた。
「き、貴様、ただの人間が!」
「援護ありがとうございます」
怪人のうめきなど意にも介さずに、背後の金剛グリーンへの謝辞を述べるヴィハン。
金剛グリーンは、今度ははっきりと見た突撃に感心する。
あれだけの重量物を、あの速度で撃ち出しているのだから、それはもう恐ろしい破壊力になっている。
まず、人間に止めることなどそう簡単にはできないだろう。
これが、鉄血の狂犬とまで呼ばれた勇者の実力である。
しかし、怪人の様子が妙だった。
領主の身体から、大きな塊が抜け出して、領主の身体は、ただの皮だけのようにしぼんでしまった。
領主の身体から出てきたのは、人間の身体に頭がイカになっている怪人であった。
あちこちから、青い血が漏れ出している。
あれが、領主の身体を使ってなりすましていた元凶の本来の姿であろう。
「き、きさまら!?」
「わめくな。死ぬまで口を閉じろ。平和を乱す化け物は死ね。人間に殺されろ化け物」
ヴィハンが冷徹に、ランスを向けながら物騒な台詞を吐く。
「このぉぉぉぉ!」
怪人の十本の足が三つ編みのように絡みついて、二つの束になる。先端だけは、人間の手のように開いていた。
擬似的な手に突如として黒い液体の塊が現れ、それを握りつぶすと、それは巨大な剣へと形を変える。
足で作った擬似的な腕と手、それだけでも巨大なのに、握られている剣はさらに巨大であった。
さらに、人間に近い身体の手にも長剣を二本引き抜かれて握られていた。
いつの間にやら、赤いレシーバーは懐にしまい込んでしまっていた。
「もう、ゆるさん! 貴様らは、地獄の苦しみを与えてやる!」
金剛グリーンは、何も言わずに、ハンドガンを向ける。銃口に光が収束していき。狙いを定める。
「撃ったら行け!」
「言われずとも」
ハンドガンからのチャージショットが撃ち放たれる。
大きな光の弾は、巨大な二つの剣を弾く、その隙に、再びヴィハンが突撃していく。
が、今度の突撃は、怪人が両手に握る長剣に遮られた。
「くっ!」
「全く、馬鹿の一つ覚えみたいに突撃してきて」
イカの眼が真っ赤に染まる。
瞬間、ヴィハンが爆炎に包まれて吹き飛び、ゴロンと床に転がり落ちた。
ランスを突き立て、立ち上がろうとするも、口からドロリと血と胃の内容物をはき出した。
「あ?」
「立ち上がれるものか。今の魔術は、精神にも影響を及ぼすのだよ」
ヴィハンの眼が定まっていない。
立ち上がろうとするも、五感が狂ってしまったように頭がふらふらとしている。
怪人の使う魔術は、どうやら通常とは異なることは分かっていたが、あれだけ血気盛んに突撃していったヴィハンをこうも簡単に封じられるとは思っていなかった。
「彼を頼む」
「え?」
ミリアリアにそう言い残し、金剛グリーンは飛び上がった。
壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴り、イカの怪人の周りを縦横無尽に飛び回りながら、ハンドガンを撃っていく。
「なんだと!?」
金剛グリーンの凄まじい動きに、イカの怪人はむやみやたらに足で持った巨大な剣を振り回すが、捕らえることは無い。
光の弾丸は、正確無比にイカの怪人を捕らえ続ける。
視界に捕らえているのは、当然イカの怪人であるが、隅にミリアリアがヴィハンに肩を貸している様子を捕らえて、一安心する。
そして、イカの怪人に対して、徐々に距離を詰めていく。
イカの怪人の真上から一直線に、降り立ちながら、ハンドガンの銃剣が光り輝き、足を切断した。
巨大な剣が床に突き刺さる。
「なっ!」
痛む間も驚く間も無いほど早く、イカの怪人にハンドガンが向けられる。
が、金剛グリーンもまたヴィハン同様に爆発に包まれる。
強く、身体の芯にまで響くような衝撃が走る。走るだけで無く、まるで意志でもあるかのように衝撃が身体の中をかけずり回り、最後には脳を揺らす。
気がついたときには、金剛グリーンは、壁を背にして座り込んでいた。
立ち上がろうとするも、四肢に力が入らない。
方向感覚が狂い、前後左右上下が分からなくなるほど、あたまがくらくらとする。
センカンジャースーツを着ていてなお、これほどまでのダメージがあるとは、信じられないほどの破壊力の魔術だ。
それでも、それでも、金剛グリーンの左手には、真っ赤なセンカンジャーレシーバーが握られていた。
「貴様、貴様、貴様! よくもよくもよくも!」
足を切られたことで、激高しているが、金剛グリーンの耳には何かの雑音にしか聞こえなかった。それほどまでに、今の攻撃は、強い衝撃だった。
立ち上がろうとするも、そもそもとして、上下がわからない。
足の感覚が鈍く、重力の方向がわからない。
だが、それでも、視界は怪人が迫ってきていることを捕らえていた。
立ち上がらなければ、そう思うが、どこにどう力を入れて動かせばいいのかさえ分からない。
そのときだった。
もう一つの影が、彼に迫ってきていた。
ランスを杖代わりにして、一歩一歩強引に身体を動かしてくる人影。
ヴィハンである。
焦点すら定まらない目で、意識があるのかさえも分からないような焦燥ぶりである。
同じ攻撃を受けて、しかも彼は、センカンジャースーツをまとっていないにもかかわらず、もう動いていた。
その原動力は執念の一言である。
金剛グリーンの横にドサリと膝を突いて、彼は真っ赤なセンカンジャーレシーバーを手に取った。
明確な意志があったのかさえ、分からない。
一種の本能的な動きであろうか。
ただ、勝つためという本能だけに動かされた動きだろうか。
未だに回復しない視界であったが、ヴィハンがレシーバーを握りしめた瞬間、彼の足下に金属のリングが現れたのが見えた。




