20 森の追跡
森の中は思っていたよりもずっと静かで、思っていたよりも鬱蒼としていなかった。
それでも、どこにいても何かしらの動物の気配は感じ取られた。
川のほとりで、金剛グリーンは座り込んで、広げた地図を眺めていた。その横にはたき火の跡が残っていいた。
「さて、どこから探ったものか」
地図にここ半年程度の期間に起きた反乱軍と思われる襲撃を書き込んである。
被害者は大抵が商人である。
ただし、最新の一件は例の令嬢誘拐に関しての事で、それだけ二重丸で書き込んでいた。
森の中の道を村のガイドを雇って実際に歩いてみて、そのロケーションについても調べてある。
ロケーションとしては大抵が曲がりくねった道の近隣で起きていて、これは真っ直ぐに逃げられないようにという点から襲いやすかったのだろう。
令嬢誘拐も曲がりくねった道で起きている。
金剛グリーンが行おうとしているのは、地形と襲撃ポイントを分析しての絞り込みだった。
広い森と山の中を他のハンター同様に無闇に探しても収穫は無いという判断である。
反乱軍は、森の中で生活しているようであるが、人が生活して行くには住居と水が必要になる。住居は、モンスター相手に警戒できて見晴らしの良ければなおさらよいポイントが良いだろう。
そして、水だが、それはとりあえず川沿いに考えていこうと判断する。わき水や井戸があるならそれてしまうが、そもそもとして土地勘が無いというハンディを他のハンターに背負っているのだから、仕方ない。
そうして、襲撃ポイントと地形条件から、捜索範囲を三つ程度のエリアにまで絞り込んで、地球から持ってきたボールペンで地図に書き込んでいく。
一つのエリアを捜索するだけで、およそ一日程度はかかる範囲である。
「未だに令嬢は見つからずか。そろそろ、体力的にもまずいか?」
令嬢が誘拐されて、すでに一週間が過ぎていた。その間にも、有力な手がかりはないし、伯爵への要求も無い。
改めて、地図を眺めると、一番近い捜索エリアに目をこらす。
この手の分析は初めてのことでは無い。
怪人の出現を予想するために、諸条件から絞り込むことは日常的に行ってきたことだ。もっとも、この手の分析は彼とピンクしかして来なかったわけであるが。
ただ、みっつのエリアの内で、近い方から捜索するべきだろうかと思うが、さらに条件を付け加えて絞り込めないだろうかと思案する。
「他に条件か」
まずは、令嬢の人となりだ。
伯爵領地の村々で聞き回った結果として、彼の印象としては、貴族らしくプライドが高く、それでいて高貴なる者としての義務、ノブリシュオブリージュを体現しようとする意識の高さがある。
それでいて、狩りや剣の訓練なども行うなど活発な人物。
気が強く、それで過去に婚約破棄になったこともあるという。
それがこの異世界でどの程度の重要な出来事なのかは分からないが、相応に大事なことなのだろうと推測する。
次に、反乱軍の様子だ。
かつては、伯爵に真っ向から抵抗してきたが、現在は人員、物資ともに枯渇しており、散発的にゲリラ活動を行っている。
そういえば聞こえはいいが、実情は盗賊に近いだろうか。
ただ、村では彼らに同情的と思える声を聞くこともできた。
実際に、今の村は圧政に苦しんでいて、村への略奪と言った行為は行っていない。
襲われた商人も、伯爵の物資を運んでいる領地の外を拠点としている外部の商人ばかりだ。
盗賊は盗賊でも、義賊に近しいのかもしれない。
貴族的で活発な令嬢、伯爵に対抗する反乱軍、反乱軍に対する村の反応、それらを考慮すると、一つの推測が浮かび上がってきた。
「まさかな……」
だが、不自然と言えば不自然な点も説明が付くことから、金剛グリーンはもう一つの捜索エリアに目をこらすのだった。
☆
時刻は昼過ぎ、木々の間で金剛グリーンがしゃがみ込み、踏み倒された草を丁寧に調べる。
決して、動物のものではなく、人の靴によるものだろうと思える。それに新しい。
場所は、目星をつけた捜索エリアの一つだ。ある推測をもとに、まず捜索を始めたエリアになる。
こんなにも簡単に痕跡が見つかって良いのかどうか、判断に迷うが、幸運と信じるべきだろうか。
「幸運ね」
最近のことからそんなことを呟きながらも、足跡の向きからゆっくりと歩いて行く。
そしてまた、木々の間に足跡を見つける。今度は地面が柔らかいのか、先ほどよりもはっきりと残っていた。
ここに来て、彼は確信する。
念には念を入れて、いつでも抜刀できるように左手で刀を持ち直す。
しばらく歩いて行くと、再び足跡らしきものが遠目に見える。
だが、すぐには近寄っていかない。
周囲を伺い、足下に落ちていた石を拾い上げる。
そっと足跡の付近に石を放った。
石が落ちた瞬間に、地面が浮き上がるようにして何かが飛び出していった。
木の上に吊されたのは網であり、捕獲用のトラップだ。
確認するとほぼ同時に、矢が飛んできて、金剛グリーンは前転しそれを避ける。
「幸運なんてなかったか……」
最初の足跡からこれにつなげるためのトラップだったのだと悟りつつ、ヒヒイロカネの無銘の刀を抜く。
矢の飛んできた方向に、わずかながらの気配を察知する。
そこに切り込んでいくかとすり足で近寄った瞬間。
「はぁぁぁぁ!」
まさかの木の上から人が、剣を振りかざしながら落ちてきた。
真正面から剣を受け止める。体重と勢いの乗った重い衝撃が刀から身体へと突き抜けていく。
「この!」
「反乱軍かな?」
「革命軍だ!」
金剛グリーンが刀を振り払うと、その襲ってきた男は後ろへと引いた。
鎖帷子と革でできた鎧に両刃の剣、歳は三十程度だろうか。
まるでケモノのように殺気を溢れさせている。
「名は体を表すか……。俺にはどちらでもかまわないといえば構わない話ではある」
「貴様……我々がどれほどの苦汁を舐めたと思って」
「知らないさ」
金剛グリーンはひょうひょうと応える。
そう、関係は無い。
背負った力を使う対象では無い以上、関心の外にある出来事ではある。
最も、圧政に苦しむという点に同情はあることはあるが。
「この……」
「まぁ、こちらはただのハンターで、令嬢を探しているだけだ。案内して貰えると助かるが」
「戯れ言を!」
再び反乱軍の男が剣を振り回してきた。
刀で受け止め、時に受け流し、兵士の猛攻を防いでいく。
体格差はやや兵士の方が上、パワーは明らかに上であるが、金剛グリーンは手数とスピードで補っていく。
それでも、金剛グリーンは体格差からくるパワーの違いから、徐々に押し込まれていく。背後が木にあたる、そうした時に、避けようのない剣を受け止める。兵士はまるで、木に押しつけるように力と体重を込めてくる。
そのとき、金剛グリーンの左右から人影が見えると同時に、鋭い突きが迫ってきた。
左右からの鋭い突き同士が交差する。
だが、捕らえたはずの金剛グリーンの姿は無かった。
木を蹴って、飛び上がっていた。
上からは、兵士と同じような格好をした若い兵士が二人槍を持っていた。
身体をひねって、兵士の後ろへと着地する。
「まぁ、一対一なんてルールを定めたわけでもないしな」
「貴様、何者だ?」
「今になって聞くことかい?」
「その身体裁きはただ者では無いな」
「いや、まぁ、ダンスの練習には余念無くね」
余裕を見せてはみるものの、依然として一対三人、否、四人である。
背後に狙いをつけている弓使いがいる。最初の攻撃をしてきた兵士である。
ここからどうやって切り抜けるか。
センカンジャーに変身すれば、切り抜けることなどたやすい。
しかし、彼らにセンカンジャーの力を向ける気は無い。
クリスがいたら、やはり、単独で動くなと説教されそうである。
「やれやれ、気張ってみますかねぇ」
その瞬間、金剛グリーンは動いた。
倒れ込みそうなほど深く身体を沈み込め、下から兵士へと切り上げる。
剣で受け止められると思われたが、ヒヒイロカネの刀は剣を折った。折れた剣が回転しながら金剛グリーンの背後へと飛んでいく。
「なに!?」
「やっぱり、いい仕事しているもんだ」
さらに袖の中から同じくヒヒイロカネのナイフを取りだして、首元へと当てる。
「おっと、動くな」
「くっ、貴様余力を……」
「いや、こちらもギリギリだよ」
不意を突かなければこうはならなかっただろう。
見える範囲の槍を持った二人の兵士は、緊張した面持ちで金剛グリーンを眺め、背後の殺気も強まる。
だが、それでも、彼らが動くよりも金剛グリーンが首をかっさばく方が断然早く、動きようがないのだ。
「さて、ひとつ聞こう。行方不明のお嬢さんは元気かい? なにせ、自らあんた達に会いにきたほどだ。元気だと思うんだがね」
「なっ」
首元にナイフを当てられた兵士の顔色が変わった。
どうやら、金剛グリーンの令嬢の誘拐が狂言という推測は間違ってはいなかったらしい。
色々と不自然な点があったが、やはり、令嬢が態々誘拐されるようなところを通ったというのが一番不自然ではあった。
問題は、何故そのようなことをしたのかである。




