19 誘拐された令嬢
正義とは何か。
言うならば、生存本能に従って人類種を守るための大義原則であろうか。
それは問題ない。
人に害をなす存在は、ケースバイケースといえど裁かれるのはその大原則があってこそだ。
問題は、突き詰めていったときにどのような判断をするかだ。
例えば、一人と百人のどちらを救うべきか。
合理的とは理にかなった考えではあるが、その理も突き詰めていけば人は理由も無く生きていくべきと言う、人によっては合理的ですら無いという曖昧な根拠でしか無い。
さて、数が正義であれば、百人を救うのが正義であろうか。
だが、一人の聖人と百人の悪人であれば、一人の聖人を救うべきだろうか。
一人の赤子と百人の老人であれば、一人の赤子を救うべきだろうか。
一人の金持ちと百人の貧乏人なら、どうするべきか。
一人の肉親と百人の他人であれば、どうするべきか。
肉親を助ける方が、より人間的であろうか。
他人を助ける方が、より英雄的であろうか。
それとも、価値のある人間を助ける事が、より合理的であろうか。
人間的であることと英雄的であることは相反するということであろうか。
ならば、自分は人間として生きていきたいのか、英雄になりたいのか。
中途半端を選べば、助けられる人間が不公平になる。
だが、根本的に公平などありうるのだろうか。
「なーに、悩み始めているんだか」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
もっとも、センカンジャーになってからずっと心に引っかかっている問題ではあった。
レシーバーという仮初めの与えられた力で無敵の英雄になる。
そこに、違和感を覚えていたのは何時からのことだったか。
力はあくまでも人間として獲得するべきだと思っていたはずが、センカンジャーという力を手にしてしまったが故に、あまりに大きすぎる力に恐怖を抱いていた。
ピンクに堂々と正義と力を背負う覚悟があるかと問いかけておいて、実のところ、彼自身が曖昧な正義しか持っていないとすれば、どれほど滑稽なことであろうか。
「はぁ」
これまでは忙しくて、幾度ものピンチがあって、目の前に壁が在り続けた故に、考える暇の無かったというのに、たいしたことも無い戦いで、自分自身について思い出してしまった。
金剛グリーンは、目の前の不味いエールを飲み干した。
少し間を置いて、ギルドに併設されている酒場の店主が、何も言わずに新しいエールを注ぎ込んでいった。
しかし、注ぎ込んだはいいが、店主は目の前から立ち去ることも無く、無言で居座っている。
「なにか?」
「いや、何を悩んでいるのかと?」
「答えの無い問題だよ」
「そりゃ、悩むか」
金剛グリーンは、再びエールを飲む。
本来であれば、仲間を探しに行くべきであるし、そうでないなら、西の荒野の魔女に会いに行くべきだが、どうも気分が乗らず、起床してからずっと酒場でエールをチビチビと飲んでいた。
今頃は、センカンジャーの誰かが苦難に陥っているかもしれないし、ピンクとかもめは訓練に専念しているだろうと思うと気後れしてしまうのだが、それでも、久しぶりに酔いたくなっていた。
「まぁ、実は、新しい仕事が入っていて、みんな出払っているんだが」
「ああ。そういうことか」
金剛グリーンは、朝から閑古鳥の鳴く店内をわざとらしく見回した。その新しい仕事でハンターの多くが出払っているらしい。
「あんたは参加しないのか?」
「モンスターハントか?」
「いや、人捜し」
「人?」
店主が片手で差し出してきた紙には一人の女性の姿絵が描かれている。
凜々しくそれでいて、華があって堂々とした姿の若い女性の絵である。
どういうわけか、髪は所謂縦ロールと呼ばれる巻き髪であり、年齢は十代の半ばといったところだろうか。一瞥しての印象はどこかの貴族のお嬢様といった様子だ。
姿絵は白黒であるが、その下に書かれた文章によると、髪の色は金色で、肌は白く、目の色は青と特徴が示されている。
どうも、この女性を探す仕事が入ってきているらしい。
「相手は、リベリオン伯爵の一人娘で、反乱軍に拉致されたそうだ」
「ふむ」
「助け出せば報償もたんまりだっていうんで、みんな出て行ったんだぞ? どうだい? あんたも行かないか?」
「そもそも、どういった経緯なんだい?」
金剛グリーンの問いに、店主が説明したのは以下のような内容であった。
そもそもの問題は、近隣で最も力を持ったリベリオン伯爵が数年前から圧政を行い、領地からの逃亡者が後を絶たないらしい。しかし、逃亡する者は厳罰を与え、次々と処刑や奴隷落ちにしていった。また、美しい女性は側室にするように差し出される始末であるという。
そのような事があって、一年ほど前に各地の村の人間が集まって自称革命軍が組織されたという。最も、伯爵に逆らうことは国に逆らうにも等しく、他地域からは反乱軍と称されているようであるが。
半年前に、反乱軍は総力戦を行い、結果、リベリオン伯爵と国軍の連合部隊に痛手を負わせつつも、瓦解。
現状においては、少数の生き残りがゲリラ的にリベリオン伯爵に反乱している程度となっているらしい。
あまり賞金も高く設定されていないので、ハンターの多くは関与したがらないようだが、ここにきて事態が変わった。
「それが、誘拐というわけか」
「そうなる。なんでも馬車で山の中を移動中にさらわれたそうだ」
「なかなか不用心な話だ」
「そういうこった」
ここまでの話を聞く限り、正直言って、金剛グリーンは気が乗らなかった。
金は旅をするのに十分あるから、わざわざ土地勘の無い土地を捜索する気が起きないのは当然であるが、そもそもとして、センカンジャーとして人と人の争いに関与する気が無いからだ。
もちろん、犯罪者に襲われている民間人がいれば助ける、災害時の要救護者だって助ける、だが、人と人の争いである戦争に関与する気がない。というよりも、それは正義と力の使い方として適切では無いと判断している故のことだ。
だからこそ、関与するべきでは無い。
そう思えて仕方ない。
だが、元から持っているぐらつく正義が何かを知るためには、戦いに身を投じるべきでは無いかと思えたのも事実。
戦いの中に本当に正義があるのかはわからないが。
センカンジャーとしては関与しない。
あくまでも、灯台洋として関与するのはどうだろうか。
センカンジャーの力に頼らずに、ただ、自身の力で切り抜けていく。
自分自身の力がどこまでいけるかわからないが、たどり着けたところが、自分の力の手の届く範囲であると言うこと。
銀貨を数枚おいて、金剛グリーンは立ち上がった。
「お? やっぱり行くかい?」
「アルコールを抜きに少し運動をね」