18 ハンターの仕事
本来ならば、西の荒野を目指して旅立つべきだろう。
そう思ってはいたが、そうはならなかった。
川辺に一人、立っているのは金剛グリーンであった。
朝も早く、深い霧があたりに立ちこめていて、寒さが骨にまで染みこんできそうだった。
練習もかねて、火の魔術で起こしたたき火は小さく燃えていた。もう少し大きくしたいが、手頃な薪もないものだから、小さなままで我慢している。
「いらない寄り道かもしれないが……」
なんとなく一人で呟く。
それでも今回の仕事は気になる点があった。
ギルドで掲示されていた仕事の一つであるが、内容はドラゴン亜種ホースイーターの討伐である。
なんでもストラ川の下流に通常よりも巨大なホースイーターが現れたということだ。
既に隊商が襲われ、死人こそ出てないが、何頭もの馬が食われたという。
ホースイーターの特徴は、名前の示すとおりに馬さえも食べるほどの巨体であり、気性はどう猛である。
最も、狩りをする時以外は、消耗を押さえるために滅多に動かないらしいが、今回現れた個体は活動的であると言うことだ。
当然ながら、パーティーでの討伐推奨であったが、金剛グリーンは一人で来ていた。もしも、情報通りに凶暴ならば、半端なハンターなど足手まといになるというのもある。
もう一つの理由は、巨大化薬を使われた可能性を考えてのことだ。
その時は、戦艦を呼ぶ必要があるかもしれないし、当然変身もする。
それだけ目立つことを他人に見られるのは極力避けよという意図もある。
今は教会で傷を癒やしているマリアが聞けば、いい顔はしないだろうか。
「ん?」
センカンジャーレシーバーに通信が入る。
今、通信が入る相手となるとたった一人、いや、二人だろうか、心当たりはそれだけだ。
「こちらグリーンだ」
『もしもし? マリアです』
「ああ。君かかもめしかいないだろうな。今日も美しくいらっしゃる」
『……コホン。本題に入って良いですか?』
わざとらしい咳払いは、抗議の印であろうか。
「あ、ああ」
どうも肩すかしとなった金剛グリーンは曖昧に頷く。
『そうですね。手がかりは何か見つかりましたか?』
「そうだな」
とりあえず、ドワーフに会って手に入れた情報を手短に伝える。
『うむむ』
何か唸っているが、心当たりか何かでもあるのだろうか。
『ひとまず、このレシーバーに使われているのが、賢者の石だとすれば納得はできます』
「ほう? すまんが、そもそも賢者の石とは何なのか?」
『伝説上の存在に過ぎませんが、過去から未来までのあらゆる知識と知恵を持ち、莫大な魔力を有する存在としか。ですが、それはつまりあらゆる願望を叶える可能性があります』
「あらゆる願望を?」
それはつまり、世界平和であるとか世界征服であるとかそういったことも叶えると言うことだろうかと思いながら、レシーバーを横目で一瞥する。
『そもそも魔術自体が、願望の具現化が起源とされています。願望を詠唱で魔力に働きかけて、魔力で現実に起こす。それこそが、魔術です』
「ふむ。火をおこすのも風を起こすのも、願望を叶えていると?」
『そうです。ここからは私の仮説ですが、このレシーバーは、戦うための力を具現化しているのかもしれません。いえ、実物かどうかすら分かりませんが、莫大な魔力を感じるのは間違いありませんので、その力を引き出すことであの姿になることができるのでは?』
「ならば、地球の科学力は、知らずに魔術を引き起こしていたと言うことか」
『見たことも無い方法ですが、私の目からすれば、魔術にしか見えません』
問題は、この世界に伝わる賢者の石が何故、地球にあったのか。
否、それは、怪人が異世界から地球にやってきているようだということからも、異世界から地球に来たとしても不思議は無い。
『こちらでも、調べてみましょう。それと、その口伝ですが』
「そちらも分かるか?」
『にたような口伝は各地に伝わっています。ただ、おとぎ話の類いでして、本気にして研究している人間も少ないか、いないと言っても差し支えないでしょう。一応、教会の歴史に詳しい者を当たっていようかと思いますが』
「わかった。そちらでも調べは頼む」
『最後に、魔女については全く分かりません。お力になれずすみません』
「いや、いいんだ」
金剛グリーンが、川の水面をにらみ付けながらそう言った。
『それはそうと、かもめさんにも変わりましょうか?』
「是非そうして欲しいところだが、あいにく、これから仕事だ」
その言葉に、マリアは察したのかやや険しい雰囲気が伝わってくる。
『ご武運を』
「ありがとう」
通信を切ると同時に、胸元へと当てる。
金属のリングが足下に現れ、瞬時にして金剛グリーンは変身した。手足にフィンがついており、最初からダイブモードへの変身である。
変身が終わると同時に、川の中から巨大な陰が姿を現した。
そうあまりにも巨大だった。この世界には無いが、大型バスに匹敵するほどの大きさだろうか。
硬そうで鎧のような刺々しい鱗に覆われ、複数ある黒い目はギョロギョロと周囲を探る。例えるならドラゴンと言うよりも鎧を着たワニだろうか。羽は無く、四つの脚で川辺を踏みつけて、その姿形から言えばドラゴン亜種というのも分かる言葉だ。
「グァァァァァァァァァァァァァァ!」
大きな口を開けて、断末魔のような咆吼をあげる。あまりの勢いに、水面が激しく揺れる。
確かに、あの大きな口ならば、馬どころか馬車ごと丸呑みにできてしまうほどだろう。
「事前情報よりも巨大化しているか?」
ライフルを片手に、そう呟く。
事前情報通りならもう二回り程度は小さいはずである。
それが、目の前の大きさということは、短期間で巨大化したか、別個体であるか。
このサイズのものが何体もいるとは考えにくい以上、巨大化したのだろう。
それが、生物としての特徴なのか、それとも恐らく与えられたであろう巨大化薬の影響なのか。
金剛グリーンは、足早に川へと飛び出した。沈む前に脚のスクリューが回転し、水上を走って行く。
ライフルのチャージは完了している。
狙いをつけて、チャージショットを撃った。
狙いは当然、どんな生物にとっても弱点となる眼球である。
当たった瞬間に、眼球の一つが光弾とともにはじけ飛ぶ。
「グァァァァァァァァァァァァァァ!」
再び叫び、ようやく今になって、ホースイーターは金剛グリーンのことを意識に入れたようであった。
だが、最早遅かった。
水中、水上を自在に動き回る金剛グリーンを捕らえることは難しく、対する金剛グリーンは幾度もチャージショットを当てて、ホースイーターの身体と体力を削っていく。
調子は良かった。
武器の性能は上がっているし、身体の調子も悪くない。二体の怪人との戦いで負った傷もさほど深くなく、体力も落ちていない。
ホースイーターが飛び上がって、突っ込んでくるが、金剛グリーンもまた水面を蹴り上げて離脱する。
ホースイーターの主な攻撃手段は真正面からの体当たりと噛み付きだ。しっぽも振るってくることがあるが、それはさほど精度が良くない。
ワニの身体に複眼という地球では考えられない生物であるが、金剛グリーンはずっと冷静だった。
不思議と心が落ち着いている。
幾多もの困難があり、解決していない問題もあまたとあるが、それでも、妙に落ち着いていていた。
人の欲の中に力を振るうことがあるのなら、その欲を満たしているのかもしれない。
正義という大義名分を掲げて、力を振るうことを許し、そして満たされている。
ふと、そんな自分に気がついて、金剛グリーンの脚が止まった。
「……そういう葛藤は卒業したはずなんだが」
正義とは何か。
力とは何か。
唐突に、改めて突きつけられる気がした。
それでも、身体は動く。
計算し尽くした動きで動いてくれる。
気がついたときには、複眼の全てを失ったホースイーターが腹を天に向けて川に浮かんでいた。
巨大化薬を使われたと思っていたが、特に巨大化も爆発する様子も無い。
無事に終わった。
そのはずだった。
金剛グリーンは変身を解いた。
もしも、この力が無ければ決して勝てなかったらだろう。
ならば、この力は自分自身のものと言えるのだろうかとそんなことまで考え出す。
この力は、願望を叶える力だというのならば、自分の願望は何か。
正義と平和のために戦う。
ならば、正義とは、平和とは。
そう、結局のところ、突き詰めれば曖昧なものを心のよりどころにして戦っている。
結局、戦う理由が欲しいだけなのではないか。
「今の今更になって、悩むのか……」
レシーバーをギュッと握りしめて、金剛グリーンはその場から立ち去った。
まるで、過ちから目を背けて逃げるかのように。
いつもの口笛は鳴らなかった。