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17 再び鍛冶屋

 レンガや漆喰で作られた壁に挟まれた路地を足早に進んでいく。

 時々すれ違う人々が、見慣れぬ服装の金剛グリーンを一瞥して、何も無かったかのようにすれ違っていく。


 都市が大きければ大きいほど、人が多ければ多いほど、異物に対して寛容に、言い換えるなら無関心になる。

 今は、それでいい。


 例え一時だとしても、平和であれば、無関心の対象となってもかまわない。

 一度しか来たことが無いが、道順はしっかりと覚えている。にたような路地がずっと続いているが、しっかりと覚えている。

 何のために覚えたのか。

 それは、もしかすると今日という日を予感していたからかもしれない。

 金剛グリーンは立ち止まる。

 目の前には、木の扉。

 相変わらず薄暗くて、湿っぽくて、空の狭い袋小路にある店に辿り着く。


「さて」


 なんとなくそう呟いて、意味は無いかもしれないとノックをする。三度コンコンコンと木の扉を叩くが、反応は無い。

 扉に手をかけると鍵はかかってないらしくゆっくりと開いた。

 扉の先からは、相変わらずかび臭さが漂ってくるが、ためらうこと無く中に入る。


「邪魔するよ?」


 数日前に見たのと同じピカピカの武具類が並んでいて、それを抜けていった先に、目当ての人物が座り込んでいた。

 座り込んで、一降りの剣をじっくりと見ては、水をかけて研石で研いでいく。

 金剛グリーンは、ゆっくりと歩いて行き、ドワーフの店主を見下ろした。


「聞きたいことがある」


 そうは言ったものの、ドワーフは作業を止めること無く続けて……およそ一分後に、ようやく手を止めて、金剛グリーンを見上げた。


「また来ると思っていた」


 これまた変わらず嗄れて低く、こもっていて聞き取りにくい声であった。


「この刀だが……」

「なんだ? 文句あるのか?」

「いや、見て貰った方が早いか」


 そう言って、金剛グリーンはセンカンジャーレシーバーを取り出して胸元に当てた。金属のリングが足下に現れ、瞬時にして変身する。

 センカンジャーライフルにはヒヒイロカネの銃剣が付き、ハンドガンにも曲がった銃剣が付いている。

 ドワーフは、伸ばし放題の髪の間から目をこらしてその様を見つめる。

 目をこらしているが、あまり驚いた様子では無い。かといって、予測していたとも考えにくい。


「刀が、こう変化した。心当たりは?」

「賢者の石を持った異邦人」

「?」


 ドワーフがボソリとつぶやく。金剛グリーンは、変身を解いて、再びドワーフを見つめ直す。


「それはどういう?」

「古くから口伝されている予言だ」

「予言?」


 金剛グリーンが怪訝そうに聞き返す。

 

「俺はただの鍛冶屋だ。人斬り包丁を作るしか能がない。予言の意味もよく分からん。だが、今の異形の姿を見て確信はした。あんたは、賢者の石を持った異邦人だ」

「賢者の石……異邦人……」


 異邦人は分かる。この格好をしていれば、嫌でも異邦人という言葉が出てくるだろう。

 そして、賢者の石。

 最初は分からなかったが、変身を見て確信したと言った。

 それはつまり、インファニティストーンの事だろうか。

 それならば、つじつまも合う。

 問題は、一切合切について見当すら付かないことであるが。


「詳しく教えて貰えないか?」

「俺は予言を信じ、ひたすら武器を鍛え上げ、異邦人を待っていた」

「来なければ?」

「俺の次の代が待ち続けるだけだ」


 そんな曖昧な予言を信じ、途方も無く待ち続けたというのだろうか。

 異邦人が賢者の石を持っている保証も無いというのに。


「賢者の石は、あらゆる知識と力を持つ秘宝であり、あらゆる願いを叶える。ただ、それしか知らん。そして、賢者の石を持った異邦人が混沌の世に現れ、邪悪な月を封じると言われている」

「邪悪な月?」

「それもわからん」

「ふむ」


 どうもこのドワーフはあまり知っているようでは無い。ドワーフが分からないのだから、当の金剛グリーンなどさっぱりである。


「何かの例えか?」

「知らん」

「……わかった」


 何も分からないがそう言った。

 なかなかこのドワーフとのコミュニケーションは骨が折れるし、得る者があるのかもわからない。

 だが、もう一歩踏み込むべきだろうかと迷ったが、その前にドワーフが口を開けた。


「俺が知っているのはそれだけだ。西の荒野に魔女がいる。魔女が賢者の石と予言についても知っている。魔女に会いに行け異邦人よ」

「……ああ」


 ドワーフは言い切るように言葉を切り、再び剣を研ぎ始める。

 まるで、もう何も言うことは無いと言わんばかりの態度だ。

 これ以上は何も出ないだろうと判断して、輝く武器の間を縫って店の外に出た。

 すでに、日が落ちて、路地は薄暗くなっている。所々の家から明かりが漏れ出して、薄暗く照らし出している。

 金剛グリーンは足早に店の前から立ち去っていった。




 ☆



 ギルドにある宿屋に戻っていた。。

 結局、ハンター達を使っての下水道の探索はこれといった成果は無かったらしい。そして、他に事件らしい事件も起きていないという。


 他に怪人が出現していないのなら、それはそれでかまわない。

 街の薬屋に例の巨大化薬のレシピについて尋ねてみたが、これと言った収穫は無い。

 見たことも無いような調合法であり途中で魔術を用いて性質変化を加えているなど非常に高度な調合程度であり、それは想定の範囲内である。

 さらにいえば、詳しくは分からないが、暗号化されている様子であることも分かった。これもまた、想定の範囲内である。


 解読するには、高レベルの錬金術師で無ければ扱えないだろうと。

 誰にでも作れるものでは無いことが分かっただけでも、ひとまずはよしとして一安心は一安心である。

 Mと呼ばれる存在、賢者の石、異邦人、予言、そして西の魔女。

 西の魔女についてはギルドで聞いてある。


 しかし、西に荒野があることは判明したが、魔女についての情報は得られなかった。ニケの街からは距離もあるので、近くの街にまで行けば情報が得られるだろうか。

 結局、謎が謎を呼ぶだけの状況に、困惑しつつも一度、雑念を振り払った。

 硬く冷たい床にあぐらをかいて座り込む。

 目の前には、火の付いてない蝋燭が一本立っている。

 蝋燭を挟み込むように両手を掲げて深呼吸をする。

 再び雑念を取り払い、深く深く集中する。


「照らせ

 暖めろ

 燃やせ

 灯火」


 短い詠唱を唱えるが、何も起きず、ただ、狭い部屋に詠唱が響いただけだった。

 もう一度、深く呼吸して、身体の力を抜く。

 頭の中で暗闇をイメージする。

 暗闇の中に一筋の光を浮かべる。

 小さな光は燃え上がり、熱く、辺りを照らし出す。

 その炎をどんどん大きくしていき、イメージの中の視界を炎で満たすほどに大きくしていく。

 そのイメージを、外へ漏らしていくようにして、蝋燭に集中力を向ける。


「照らせ

 暖めろ

 燃やせ

 灯火」


 一瞬、火花のような小さな炎が現れ、蝋燭に火をつけた。

 狭い部屋を蝋燭が照らし出す。

 照らし出された金剛グリーンの疲れた顔が映し出される。


「ふぅ」


 たかが、小さな火をおこすのにドッと疲れたように思えた。

 だが、魔術は魔術だ。

 何度目になるか分からないが、教会でのマリアの言葉を思い出す。


「いいですか、魔術は誰でも使うことはできます。それこそ種族の差すらなく誰にでも使えます。問題は、実践的な魔術のレベルとなると一握りの人間になることです。ですから、通常は魔術式や魔方陣を込めたアイテムを補助的に用います。私の制裁者の服とこのアミュレット、そして魔術筒には魔術式が込められています。これが無ければ、あそこまでの魔術は使えません。さて、魔術ですが、恐らくグリーンにも使えると思います。メカニズムは詳しくなると長くなりますが、簡単に言えばイメージの具現化です。イメージして、それを魔力を用いて具現化する。この行程を行います。そのイメージと具現化の補助のために詠唱が必要となりますので、慣れれば詠唱が不要であったり短縮も可能となります」


 そう言われて、教会でも半日ほどであるが、練習用と言われる魔術を教わった。

 それが、いま行った灯火の魔術だ。

 結果から言えば、グリーンにも魔術を扱うことはできた。

 異邦人であることすら関係ないらしい。

 それとも、この世界が特別なのだろうか判断は付かない。

 少しでも戦いの力になればと思ってのトレーニングであるが、まともに使いこなせるまでの道は長そうだ。

 金剛グリーンは、再び身体の力を抜いて頭の中にイメージを組み立てる。

 今度は、風だ。

 草原を描き、風が渦巻く様子を思い浮かべる。

 イメージが固まったら、今度は、そのイメージを掴んで目の前に出すようなイメージを行う。


「揺らげ

 渦巻け

 吹け

 微風」


 手のひらからかすかな風が巻き起こり、蝋燭の火をスッと消してしまった。

 今度は一度目で成功だった。

 が、さらにどっと疲れる。


 マリアが曰く、金剛グリーンの内包する魔力は少ないらしい。理由はこれまで魔術の訓練をしてきていないためだ。

 人間が体内に保有できる魔力には限りがあるが、それも訓練を続ければある程度は増やすこともできるそうだ。


「異世界に来て、魔術まで使い出すか。即席のウィザードねぇ」


 立ち上がり、窓辺へと腰掛ける。

 残り少ないウィスキーを開けて、一気に口の中に流し込む。

 冷たい液体が熱く喉を流れ込んでいく。

 既に空となった瓶から、わずかにたれる滴まで喉へと流し込んでいった。


「おしまいね」


 まだ物足りない様子であるが、そのまま窓辺から月を眺める。

 邪悪な月の正体すらわからないが、虚空に浮かぶ月は地球で見るのと同じように光り輝いている。

 とても、邪悪なものには見えない。


「成し遂げてみせる」


 ただ、それだけを呟いて、金剛グリーンは空の瓶をギュッと握りしめた。

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