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15 レクイエム

 戦いの後、お互いに傷の手当てをしてから、崩壊した敵のアジトへと戻った。

 やることはいくつかあったが、まずは弔いであった。

 瓦礫をどかし、屍を一体、一体、丁寧に運び出して床へと並べ、粗末な麻の布をかけていく。


 並んだ屍にマリアが、一人ずつ静かに祈りを唱えていく。彼女もまた、体中に包帯を巻いて痛々しそうな姿であった。まずは自分のことを考え、休むべきだと金剛グリーンは思ったが、それを口にすることはできなかった。

 その光景を眺めているのは、マリア以上に傷を負ったクリスであり、背を壁に預けていた。遠くに見えるマリアが金剛グリーンのように変身したところから起きた出来事は覚えている。


 そして、自分が無力であったことも身体の痛み以上に堪えていた。

 包帯が巻かれた右手を掲げる。

 ニケの街で、金剛グリーンと共にならば、怪人相手でも、それなりの手応えがあった。そして、用意した最強の装備で万全を期して挑んで、この様である。


「私、なんなんだよ」


 結局、何の役にも立たなかった怒りが絶えること無く沸いてきて、右手をギュッと握りしめるとそのまま壁を叩き付けた。

 何度となく、叩き付ける。

 その様子を見る者はおらず、マリアはマリアで、後悔している。

 何かあれば、制裁者の自分が守ると常々言っていた。

 しかし、事が起きてからは遅かった。


 果たして、あの住人達はこのような最後を迎えて、安らかに眠ることができるのだろうかと疑問が浮かんでくる。

 仇は倒した。

 だが、それだけである。

 それだけしかできなかったと言ってもいい。


 彼女らが信仰する神に等しい精霊が本当に存在するのなら、何故こんな受難を与えるのか。

 制裁者という戦闘を司る仕事に就いている以上、これまでも仲間を失ったことや守るべき相手を守れなかったことはある。

 それでも、今ほど一度に多く喪失したことは初めてだった。

 流れで正義と力を背負ったが、これほど多く喪失してもなお、進まなければならない正義とはなにだろうか。果たして、この力は本当に意味があるのだろうか。

 安らかな眠りを祈れば祈るほどに、自分の進むべき道すら見失いそうであった。

 

「精霊よ、どうかお導きを」


 自然と、そんな祈りが口から漏れ出していた。

 二人の女は、それぞれ苦難を背負い込んで、ともに未熟さを嘆くのだった。




 場所は変わり、つぶれたアジトの奥底に、金剛グリーンはいた。

 彼もまた、満身創痍で身体に包帯を巻き付けていた。それでも、屍を安置する手伝いをした後に、手がかりを求めてここにまで辿り着いていた。


 部屋の半分は瓦礫で埋もれているが、どうやら怪人の書斎らしき場所だ。ペンライトで照らしながら、あのタコの怪人が書き記したと思しき記録を読んでいた。

 読むと言っても、異世界の言葉で書かれた言語を直接は読めない。しかしながら、翻訳機能によって、頭の中に文字が流れ込んで意味を理解できる。

 そもそも、何故異世界の言葉さえも翻訳できるのかは疑問と言えば疑問なのだが、そこは深く考えずに、ひたすらにページをめくっていく。


「またこのMか。やはり、何かしらの取引相手はいるようだな……」


 記録の大半は、巨大化薬の実験について書かれているのだが、時々Mと記された人物もしくは怪人だろうかが、ここを訪れていたようだ。もとより、こんな場所にこれほどの設備を整えるのなら、外部と連絡をとっていると思ったが、それはビンゴであった。


 そのMは、アジトで使う設備を調達してきたり、巨大化薬をモンスターに使用したり、材料の人間を数人単位で調達してきたりしたようだ。


 最近の記録では、あの鮭の怪人を紹介されたらしい。ただ、使いつぶしてもかまわないという条件付きだったという。とんだかませ狗もいたものだ。だが、結果としては、あの鮭の怪人の軽率な行動が、ここを発見する切っ掛けにもなったわけである。


「まずいな……」


 日記の最後のページに記されていた文章を読んで、金剛グリーンは思わず呟く。

 巨大化薬そのものが完成したのはつい最近であるらしいのだが、その薬とレシピをMと呼ばれる存在に渡している。


 薬自体は、少量のようであるが、レシピもあるのは非常にまずいと言える。レシピさえあれば誰にでも作れるのか分からないが、手渡している以上は、Mという存在は巨大化薬を生産する伝があると踏んで間違いないだろう。


 そのレシピと言えば、記録に書かれているのだが、聞いたことも無い専門用語だらけで、とても解読できそうに無い代物だ。

 今はとにかく、こういった物に詳しい人物、薬師や錬金術師、魔術師あたりだろうか、そういった存在に見て貰うほか無いだろう。


「雲を掴むような話だな……」


 やれやれと言った様子で、中折れ帽を被り直す。


「どうですか?」


 入り口を見ると、灯火の光の球を浮かべてマリアが入ってきた。祈りは済んだのだろうかと思ったが、ほおにかすかに涙が流れた跡を見て、今は触れないことにする。


「こいつを見つけた。わかるか?」


 レシピの書かれたページをめくって手渡すと、マリアは無言で受け取った。十数秒ほど眺めていたが、閉じて再び返してきた。


「例の薬ですか。これはレシピということしか分かりません。私も簡単な薬を調合したことがある程度ですので……。もしかすると暗号化されているのかもしれません」


 マリアが遠慮がちに言う。

 

「そうかい」

「おそらくは、魔術を用いた製薬技術でしょう。錬金術師や魔女の領域です」

「分かりそうな人間に心当たりは?」

「教会にも錬金術を得意とする人間はいますので、当たってみます」

「そうしてくれると助かる」


 金剛グリーンは、日記を丁寧にトレンチコートの内ポケットへと収めた。


「これ以上収穫はなさそうだ。そろそろ戻るか?」

「……」


 マリアは何も言わず、ただ、金剛グリーンを眺める。


「ん? なにか?」

「連絡しなかったことを怒らないのですか?」

「そのことか」

「私たちは、魚の怪人と戦闘に入り、手も足もろくに出ませんでした。その後、アヴェンジャーに囲まれて……それはそれで、脱しましたが……それでも、連絡するべきでした」

「怒らないから聞きたい。何故連絡をしなかった?」


 それはずっと引っかかってはいたことだった。ただ、理由も無くそんな事をするとも思えないし、ただ単にそんな余裕すら無かっただけだと思っていた。


「私は、貴方のことを得体の知れない存在と思い、信用していませんでした」

「まぁ、出会って数時間で信頼関係も何もな……」


 とはいえ、彼は彼として、かもめが信頼しているようだから信頼していたわけであるが。仲間が認めているのなら、担保はそれで十分であった。


「かもめさんから、信用できるとは言われていましたが……申し訳ありません。怪人の存在も半信半疑であった以上、貴方自身を疑っていました」

「いいさ。済んだことだ」


 どことなく、そういうことではないかと思ってはいたので、あまりショックは無い。


「ですが」

「今は済んだことだ。だが、これからは頼ってくれ。俺も頼らせて貰わないといけない」

「……それは。これもお返ししなければ」


 マリアが、センカンジャーレシーバーを取り出す。

 しかし、金剛グリーンは小さく首を振った。


「レシーバーを起動できた以上、正義と力を背負って貰わないといけない」

「私に、怪人を倒す努めを背負えと?」

「そうだ」


 頷きながら肯定すると、マリアは両手でレシーバーを抱きしめるように胸元で握りしめた。


「あれほどの力を背負い、正しく使う」

「その通りだ。もう、後戻りだけはできない。だまし討ちのように思えるかもしれないが、それが俺たちの使命だ」


 マリアは、さらにギュッとレシーバーを強く握る。


「背負えと入ったが、俺も仲間もいる。辛いかもしれないが」

「いえ、是非背負わせてください」


 マリアが、強いまなざしを見せて、そうはっきりと言い切った。


「私が背負うことで、人々の救済になるのなら、報われずに眠りにつくことになった彼らの無念を晴らせるのなら、私に背負わせてください」

「そうか」


 力のあまりの大きさに、怯えはあるのだろう。

 恐れはあるのだろう。

 それでも、彼女は使命のためにそれらを振り切って、自分の言葉で覚悟を改めて見せた。


「……いま、元の陸奥ピンク、かもめが復帰不可能であることもあるが、これから頼む」

「はい」


 金剛グリーンの差しだした右手を、マリアは躊躇すらせずに強く握り返してきた。

 失った物は大きい。

 失いすぎたと言っていい。

 それでも、何も知らない異世界で、初めて大きな絆を手に入れたのだった。


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